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`エピローグ
まだ幾分か冷たい春風が、ディープ・パープルを運ぶ。
意識を取り戻した私の瞳に移ったのは、一面の青空だった。コートの背中に不快な冷たさを感じて、私は自分が寝転がっていることに気づく。
起き上がれば、そこは高校の屋上らしかった。生徒の立ち入りは制限されているはずで、学生時代も見たことはほとんどなかったけれど、見下ろす街の景色は4階のパソコン部室からの景色とほとんど同じだったから、ここがどこかとパニックに陥る羽目にはならなかった。
「起きたかい」
背後でした声に振り返れば、そこには見慣れたベージュのカーディガン、雪代先生の姿があった。風の強い屋上なのに、上着も身につけずにポケットに手を突っ込んでいる。
「……なんでいるの」
「大事な教え子が風邪をひかないかって、心配でね」
「……」
「待ってるだけじゃ、説明は振ってこないよ」
「なら説明して、あれからどうなったか」
つれないねえ、と言いながら、彼は私に校舎内の自動販売機で買ったらしい飲み物を差し出してくる。ホットレモンか、ココアか、悩んだ末にレモンを受け取れば、先生はココアの缶を開けながらフェンス傍まで歩み寄り、春の街を見下ろした。
「キミたちは上手くやった。本棚を倒して、クモリくんを解放し、僕の企みを台無しにした。あの激昂したラセンモンの一撃で僕が昏倒したことを察知して、世界の恒常性はすぐに僕から管理権限を取り戻し、世界の復元をしたよ」
「世界の、復元……」
「ここはデジタル・ワールドじゃない。‶選ばれし子ども〟になる前のクモリくんや、僕に電脳空間に引きずり込まれる前のフゥさんがいた、所謂‶リアル・ワールド〟だ」
「私たちは、ループから出られたってわけ」
少し安心したように息をついたが、一番気になることをまだ聞けていなかった。
「みんなは?」
そう言われれば、先生は肩をすくめた。課題提出が遅れたりして、本当にどうしようもない時に、先生はよくこういうジェスチャーをした。
「言ったろう。世界が元に戻ったのは恒常性の力によるものだ。本来なら復元に伴ってクモリくんやレインさんは元の世界に戻るはずだけど、恒常性は、自分の虎の子の選ばれし子どもを皆殺しにした彼らを危険因子とみなした。放っておけばいずれ世界の安定を乱すだろうとね」
「なにそれ、じゃあ……」
「2人については、世界は運命を書き換えた。そもそも彼らは“生まれなかった”ことになったのさ。存在せず、誰とも出会わず、何も起こさない。で、タイヨー君については、言わずもがな、世界の敵である僕の一端末だしね」
冬の春風が、耳元でびゅう、と鳴る。よろめいて2,3歩後ずさりすれば、先生が危ないよと声をかけてきた。
「もとより、あの空間にいた者たちの中で、元の世界に帰還できる必然性を持っていたのは君だけだった。で、そうなると僕が恒常性アンチになる理由も、分かってくれただろ」
だんだんと声が遠くなる。高校生活を、あの冒険を共にした仲間たちはもうどこにもいない、という事実が、じわじわと胸の中に広がり始めていた。そこのフェンスをみて、屋上から思い切りジャンプをしようか、なんてことも思い浮かんだ。
「……と、なるはずだったんだけどね」
絶望する私の前で。雪代先生は、どこか困ったようにほほを掻いた。
「な、なに?」
「いや、フゥさん、あの部室に、本とか持ち込んだ?」
「え、あ……『イ長調の季節』……」
「あ、やっぱ君のだよね、これ」
その言葉と同時に、彼は手に持っていたその文庫本を示す。
「この大ヒット作に、冒頭いきなり赤ペンで『設定から見直すべき』はイカれてるでしょ。そもそも図書室の本に書き込みしちゃダメだって」
「……どうせ、図書室もめちゃめちゃになってたから」
私が、本棚を倒しに部室に乗り込む前に、タイヨーに時間をもらって済ませた用が、私が10年近く逃げ続けたレインのデビュー作「イ長調の季節」の読破と赤入れだった。作品自体は短いもので、あっさりと――あっけないほど簡単に読破できてしまった。
「で、感想はどうだったの?」
「そんなの、どうだって」
「いいから聞かせなよ。飲み物代だ」
「……普通に面白かったよ、ふつうに」
「でも?」
「昔思ったレインの作品の欠点はそのまんまだった」
私がずっと逃げ続けていた作品は、何のことはない、高校時代のレインの印象から想像しうる出来をしていた。どんな出来を想像し、何に怯えていたのかすらもう、思い出せなかった。
「……でも、内容にはびっくりしたな」
そう呟く私の脳裏をよぎるのは、本棚が倒れたまさにその日にレインが私に語って聞かせてきたプロットだった。
──でね。はじまりの4人の子どもたちと一緒に冒険するモンスターたちは、朱雀、白虎、玄武、青龍がモデルなの
「‶はじまりの子どもたち〟4人の設定が、まさか私たち4人そのまんまだとは思わなかった」
「あの伝承はデジタル・ワールドに実在するんだ。最初に恒常性に選ばれた4人の子どもたち。南潟レインは謎に包まれた4人の逸話に、高校時代の自分や同級生を当て込んだわけだ」
「あんなのが私って言われても困るけどね」
レインの幼稚なアイデアだが、幼稚だと言い切るには文学的な手法で、最初に読んだときは感心してしまった。とはいえ、自分たちをモデルにした登場人物のキャラクター造形には不満があったけれど。
「西担当、白虎を連れた女の子が、いくら何でも暴力的だし、思い込み激しすぎ」
「……」
「なに、その目」
「いいや、なんでも? 重要なのは、そこに書かれていたのは君たちをモチーフにした‶はじまりの選ばれし子ども〟の物語、しかもモデルの一人である君が徹底的に赤を入れて検証をしたものだってことだ」
「それが一体……」
まあ落ち着いて聞きなよ、と先生は手をひらひらと振る。
「僕から管理権限を奪い返し、恒常性は僕が倒れたあの高校の廊下に現れて、世界の復元を始めた。ただ自らの記憶領域もかなり破壊されてたこともあって、一部の過去記録については、外部の資料を参照する必要があった」
記憶領域を壊したのは、僕の腹いせなんだけどね、と彼は小さく唇をゆがめる。
「で、もとより記録が乏しい原初デジタル・ワールドの記録を復元するにあたり、手近にあったレインさんの小説を、復元の参考資料として認識してしまったようなんだよね」
「え……、じゃあ」
混乱した頭でも、それが意味するところは分かった。
「世界の復元にあたって、西島風子、松北陽太、南潟レイン、東宮久守の4人は、‶世界を救った子どもたち〟と認識された」
「世界を救った、子どもたち……」
「生まれた時代を始めとして、いくつかの明らかな矛盾があるにもかかわらず、再起動を始めたばかりのポンコツ管理システムにはその判断は下せなかった。世界の再編にあたって、君たちは英雄として特例的に保護された。ついでに、子どもたちのサポート役‶ゲンナイ〟のモデルにされた僕もね」
そこまで一息に話してから、彼は青い空を見上げる。
「僕はこれを、吐き気のするご都合主義だと思う。――君は?」
それと同時に、私のポケットのスマートフォンが、泡を食ったかのようにぶるぶると震えだす。見れば、見知った名前とともに、私の居場所を問うメッセージがずらりと並んでいた。胸にざわざわと落ち着かない、春そのものみたいな気配が沸き上がる。
いてもたってもいられなくなってその場で足踏みする私に、先生は呆れたように肩をすくめ、言葉を投げかける。
「彼らは部室にいるよ。ずいぶん様変わりした部室にね」
「様変わり……なんで?」
「なんでって……忘れたのかな? あの時は職員一同、大変だったんだけど」
彼は悔しがるような、楽しむような、微妙な表情で私を見た。
「10年前に君たちが本棚を倒して、大問題になったんじゃないか」
●
「フゥ!!!」
「ちょっ、と、飛びつかないでよ!」
部室を開けた私に飛びついてきたレインは、前に見たような、高校時代そのままの姿ではなかった。目立つ髪色はそのままだが、ツインテールは解いて長髪を下ろし、上品な革製の眼帯を身に着けている。
「……それが、大人レイン」
「そうよ! 驚いたかしら」
「うーん……ノーコメント」
「そっ……!? それが一番傷つくわね!」
オーバーに胸の痛みを表現するレインを無視して部室の奥を見れば、確かにそこにはあの本棚はなかった。書籍の類は部屋の端の棚に移動させられており、二つの部室が共同で使う理にかなった造りになっている。書棚には「南潟レイン」の著作も数冊並んでいる。
「レイン、作家のままなんだ」
「ま、まあ、これでもそれなりに書いてきたもの! 簡単にその歴史は消せないわ」
「……良かったじゃん」
「それ、ほんとに言ってるの?」
「そんな顔しないで」
私はなぜか不安そうなレインの顔を見てため息をつく。彼女の著作を読んでいなかったことを詫びるタイミングすら逸してしまった。
「ちょっと落ち着いたら、無限に文句と愚痴が出てくるから、付き合ってよね」
「……え、ええ!」
「あと……私の作品に、アドバイスも欲しい」
「……! ええ、望むところよ!」
これで元気になるんだから、変な親友だ。
さらに部室を見渡せばパソコン部も文芸部も、最近の日付の部誌や活動記録の書付があり、現役の学生らがいるようだった。
で、そんなパソコン部の機材を見ながら、こちらを見て不器用に手を上げる男が一人。
「……よう、フゥ」
「タイヨー、なんでちょっとコミュ障戻って来てんの」
「お前、情け容赦とかないのか」
「ない。 ……ま、生きててよかったけど」
「お、おう」
「タイヨーは奥さんとの時間もそのまんま引き継いだみたい! ホメオスタシスも結構気が利くわよね!」
「それも、ほんとによかったよ……」
レインの言う「ホメオスタシス」の意味は分からないが、大方雪代先生が連呼していた恒常性とやらと同じものなのだろう。とにかく、結果オーライなのはいいことだ。
と、彼が不意にまじまじと私の顔を見つめる。
「フゥ」
「な、なに」
「……ありがとうな、お前のおかげだ」
「タイヨーも、頑張ったじゃん」
「ああ、それも、そうだ。そうなんだが、俺が言いたいのは……」
彼は深く息をつく。
「お前と久しぶりに話して、最近悩んでたのが、嘘みたいに馬鹿らしくなった、ってことだ」
「……私やレインにアテられて脱サラとか、やめてよ。奥さんが可哀そう」
「当分はリスクは取らないよ」
「はっきり『リスク』って言うな」
「そうよそうよ! 作家は作家で、結構大変だからね」
「……レイン、今、顔に似合わず、大人の悩みみたいなの話そうとしてるか」
「わ、悪い!? 私だっていろいろあるの!」
いつものように――あの頃のようにギャーギャー言い出したレインとタイヨーを置いて、私は部室の一角に視線をさまよわせる。
レインとは対照的に、クモリは昔とそこまで変わらない姿をしていた。伸ばした前髪も、おどおどとした態度もそのまま。変化がないと捉えてもいいけれど、世界をアポカリモンに明け渡してから長い間、彼が守り続けた彼らしさとも言えた。
「クモリくん」
「ふ、フゥさん……」
私が彼の方に近寄れば、彼はなぜか観念したように立ち上がり、私の目と床を交互に見た。
「……あの、本当に、ごめんなさい」
「……」
「僕は、キミを大変なことに巻き込んだ」
「……」
「謝って済まされることじゃないけれど、それでも――」
「……思い出せないことがあるの」
「え?」
私の言葉に、クモリは当惑したように首をかしげる。
「さっき起きて、だんだん靄がかかってた記憶も戻って来てるんだけど、いくつか思い出せないことが、まだある」
「そ、それは……」
「私が、クモリくんをフッた日のこと」
2年生の秋、地学教室でクモリに文化祭デートに誘われ、散々な断わり方をしたあの日のこと。
「私は断った、んだと思う。『そういう青春っぽいの、私たちっぽくない』とか言ったとこで、記憶は止まってる」
「あ、あの時は、ごめん。フゥさんをいやな気持に……」
「待って、聞いて」
私がずいと顔を近づければ、クモリはしどろもどろになって後ずさる。
「でも私、そこから先のこと覚えてない。まだ、思い出せない」
「そ、それは……」
「でも、仮説は立ったよ」
クモリと過ごした他の時間の記憶がよみがえる。彼は最初、ただの隣の部活の陰気な男子だった。
でも話すうち、たくさんの長所が見えてきた。優しいところも、意外といい性格してるところも、私が部誌に乗せた作品は、ひとつ残らず読んでくれてたところも。
彼が私の言葉に笑ってくれた日は、一日中「やった!」と思ってたし、彼が嫌な目に遭うのを見た日は、世界全部が敵に見えた。
●
「今の、私とレインの2択で消去法されたみたいで、ちょっとイヤだった」
数秒の沈黙の後、申し訳なさそうなクモリの言葉。
「ご、ごめんなさい。嫌な気分に、させた」
私たちの間には、高い高い本棚があった。
でも、でも、それでも、あの日の私は、たっぷりの沈黙の後、再び勇気を振り絞ったのだ。
「――あ、あの」
「な、なに?」
「えっと、今の、もっかい、やり直したいんだけど。……ダメ?」
●
「私は――あの日、断らなかったんだね」
「……」
「で、クモリくんは自分が消えるときに、2人で一緒に過ごした時間の記憶を、念入りに消してもらったんでしょ。私が落ち込まないように」
「……」
夕焼け時にはまだちょっと早いのに、彼の顔は真っ赤に染まっていた。
「バカ」
「……」
「そんな時間があったなら、私、ずっと覚えておきたかった」
「……ごめんなさい」
「謝っても、もうやり直せないよ。10年もたっちゃったもの」
「……」
「だから、その」
今度は私が真っ赤になる番だった。
「改めて……友達から、どう?」
クモリはぽかんと口をあけて私のことを見つめ、やがて何度も頷いた。と、背後から声がかかる。
「フゥ、クモリ! 学校出ましょう! どこかでもっとゆっくり話したいわ!」
「俺、仕事の昼休み中だったんだが……」
「ケチケチしてたら彼女出来ないわよ」
「妻帯者だっての」
私は振り返り、今行く、という。クモリも似たようなことを、ごにょごにょと返す。
「そういえば、クモリはこの10年、何してたことになってたの?」
「何も。家に閉じこもってたことに、なったみたい」
「……きっついね」
「そうでもないよ、事実だし。それに――」
クモリはそう言って、すっと背を伸ばして歩き出す。その姿が、なんだか、今までで一番眩しく見えた。
「なんだか、楽しみなんだ。これからの色々が」
「……そっか」
「まずは職探し、からだけど」
「あ、それ、私もだ」
「そ、そうなの?」
なんだかあまりにも情けなくて、私たちは互い顔を見合わせ、へらりと笑った。
●
「――こういうご都合主義が、本当はいちばん嫌いだけど」
高校の校舎の屋上で、ベージュのカーディガンの男がつぶやく、風に黒髪を揺らし、その瞳は、どこか一点を見ているようで、何も見ていなかった。
「まあ、構わないよ。クモリくんはじめ、彼らに個人的な恨みはないんだ。そもそも、こうして存在できている時点で、僕は贅沢を言えた立場じゃない」
それに、誰に伝えるでもなく、男は呟く。
「恨みで言えば、一番気に食わないやつが、まんまと騙されてるしね。あれはいい気味だ」
と、春の霞でぼんやりとした街の空に、いくつかの白い点が浮かぶ。それはだんだんと屋上に近づき、その角ばったフォルムをあらわにした。
「紙飛行機、か。自分がミスをしたことに気づいて慌てて飛ばしたにしては、乙なものだね」
彼は鋭くその紙飛行機を見つめる。それは恒常性による修正パッチのようなものだ。紙飛行機が着地した時、自分が誤った情報を元に復元した世界を、誤りの部分だけ書き換える。もともとなかったかのように。
「――ああ、それは、気に入らないな」
男はフェンスに寄りかかっていた体を起こし、肩をぐるぐると回す。
「彼らはもう、一つの方向性をもって人生を歩み始めた、彼らの人生があったところで、世界が不安定になったり、逆に安定したりもしない。だろ?」
春の空気に向け、そう吐きだしてみる。しかし紙飛行機は風に乗って、ゆっくりと、着実に、学校に向かっていた。
「誤りはあくまで修正する、か」
そう呟くと、男は手を広げる。カーディガンの裾が、冷たい風にはためく。
「それなら、僕はここで、お前の邪魔をしてやるよ。誰のためでもない、お前の態度が気に食わないって、『僕たち』みんながそう言っている。正しい進化などないように、正しい可能性など、ないとね」
そして、春霞に浮かぶ紙飛行機に、目を凝らし、口の中でささやくように唱える。
「――グランデス・ビッグバン」
その言葉とともに、校舎に迫っていた紙飛行機たちが、ぽんと音を立てて空中で弾けた。あとに残るのはのどかな春の空気だけ、男は空にむかって肩をすくめて見せる。
「世界の再編に巻き込まれたと言っても、僕の力が全部失われたわけじゃない。言っとくが、エネルギー切れの心配はないよ。お前が僕の教え子あてにくだらない飛行機を飛ばすたび、僕はこれをやる」
冷たい風が一陣吹く。男は面白くて仕方ないとでもいうように、くつくつと肩を震わせた。
「やろうぜ、ホメオスタシス。――世界が終わる、その日まで」
●
高校1年の5月。念願の文芸部に入部するために階段をかけがっていた私は、部室の前で響くすすり泣きの声に、はたと足を止めた。
銀色でぼさぼさの髪、ボロボロの服。おおよそのどかな春の学校の空気に不釣り合いな雰囲気で、その少女はただ泣いていた。
「あ、あの」
私が声をかければ、少女は顔を上げる。左目についた醜い傷にうろたえながらも、私は言葉を重ねる。
「私、その部屋に用があって……」
と、彼女が寄りかかっていたドアを指させば、少女は慌てて、何度も小さな声で謝りながら、扉の前を開けた。
「あの、何かあったの?」
それを聞いたのは単に聞かないのも不自然だと思ったからだ。
その言葉に少女が話してくれた理由――大事な親友を追って世界の裏側からこの学校にたどり着いたこと。やっと会えたその親友は高校生活を何度も繰り返すのに夢中で、つれない態度を取られ、泣いていたという話も、私は荒唐無稽な作り話としか受け取らなかった。
「うーん、そういうのが好きなら」
私は今まさに入ろうとしていた部室を指さす。
「文芸部、どうです?」
「ブンゲー……?」
「私と二人きりにはなっちゃうけど、好きなだけそういう嘘をついていいと思いますよ」
「そ――」
少女のつぶれていないほうの瞳に、確かに好奇心の炎が灯る。
「それって、楽しい?」
「うん、すっごく」
そう答えて、私は不器用に笑うと、少女に手を差し伸べる。
二つの手が重なって、文芸部室の扉が開く。
春の風が渦を巻いて、私と彼女の顔にぶつかった。
(2025.12.27 madaramazeran1)
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