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トピック
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第零章:開戦
如何なる能力を持とうが身体構造は人間と同じだと理解している。
だから躊躇わない。それぞれ脳天に銃弾を二発、それだけで人の形をした紛い物どもは動かなくなった。
これで一対一。玉座の間には標的を残すのみ。「お宅の大本営だってのに随分とまあ手応えが無いもんだ」
敢えて小馬鹿にしたように告げてやる。歯応えのない任務に苛立っていたわけでも、自分が軽口を好む性分というわけでもない。それでも恨み言を言わなければならない程度の憎しみが目の前の女に、そして変わってしまったこの国とこの世界にないわけでもなかった。
指先でクルクルと回した拳銃の冷たさが心地良い。手の甲の傷がチクリと痛んだが気にするほどのことでもない。
それ以外には大した手傷は負っていないとはいえ、予備の弾倉は残り少ないし潜入用の黒服はズタズタに裂けていて二度と着ることはできないだろう。ここに来るまで果たして何人殺したかは定かではないが、人を超えた化け物を相手取った以上、この程度の犠牲で済んだと思えば御の字と言えよう。(……でも帰ったらマヤの奴に怒られるんだろうけどな)
自分に小言を言うのが趣味かと思うぐらい口うるさい同居人の少女の姿を思い出しつつ苦笑した。苦笑できるだけの余裕が生まれた、それが今の自分にとっては一番の朗報かもしれなかった。
対峙するのは一人の女、恐らく10代であろうから少女と言い換えてもいい。だがそんな彼女とて結局のところ人間ではない。ヒトガタを保ちながら人であることを捨てた怪物。脳漿を撒き散らして果てた二人の護衛を見下ろしつつ、まるで何の感慨も抱いていないかの如き瞳は確かに人非人と呼ぶに相応しい。その女を殺すことが今の自分の任務だった。
レーザーサイトをゆっくりと女の眉間に突き付ける。それでも尚、女は顔色一つ変えることはない。「命乞いでもしてみるか? ……ま、無駄だけどよ」
それが少しだけ癪に障ったからこそ、声に乗る挑発の色は更に濃くなる。
少女の年齢は自分と殆ど変わらない。この化け物どもが築く社会がかつての人類のものと同じであるならば、こんな血生臭い光景などとは無縁の生活を送って然るべき年齢だ。それなのに目の前の女はまるで視界に広がる硝煙と鮮血など見慣れたものだと言いたげに真っ直ぐこちらを見返してくる。
気圧されている。化け物どもに現人神などと祭り上げられただけの小娘に。「……何故、このようなことをするのです」
静かに、だが確実に怒気を孕んだ声で少女が告げる。
「貴方は……貴方はこのようなことをして、何とも思わないのですか」
訴えかけるような声音は自らを守るために命を散らした護衛を想い憚ればこその言葉。だから少しばかり訂正が必要となった。先に目の前の女は目の前で如何に犠牲が出ようと気にも留めないと言ったがそれは間違いだ。どうも感情表現が不得手だったというだけの話らしい。しかしどちらにせよ、いやむしろこの国の頂点に立ちながらそんな路傍の石にも劣る存在すら気に掛ける、その慈愛とやらに満ちた精神には反吐が出そうだ。
捨て置けばいいだろう、そう思う。どうせそいつらは、そしてお前も人間ではない化け物なのだから。端的に言って、その少女の姿は美しかった。透き通るような銀色の髪に巫女装束を連想させる純白のドレス。まるでSFファンタジーの世界かと見紛う造りの玉座からこちらを見下ろす瞳は長髪と同様の銀色。暗殺者を前にしてまるで崩れることのない毅然としたその姿は本人の有する唾棄すべき慈愛の心とは裏腹に、人々を教え導く現人神というより罪人に裁きを下す天使に近い印象を受ける。
尤も、そもそも人間ではない彼奴らに現人神などが在る道理もないか。「……俺はまだ何もしてないよ」
冷たく言い放ち、女の反応を確認することなく続ける。
「今の俺の目的はアンタの首だけだ。……その途中で排除した化け物どものことなんざ、いちいち覚えてられるかよ」
この時代錯誤な場所に潜入してから早数刻、果たしてどれほどの連中を処理してきたかなど記憶しているわけもない。何しろ敵に回したのは脆弱な人間など容易く縊り殺せる力を持つ化け物どもなのだ。先に殺さなければこちらが殺される、それだけの単純な理屈を胸に自分はここまで来た。
そもそも人間は弱い生き物だ。こちらの常識を外れた怪物を相手にセンチメンタルなど無用の長物、むしろ戦いの足枷になるだけだ。
女はまるで値踏みするようにこちらを見下ろしていたが、出し抜けに一言だけ。「カズマ。……確かそう言いましたね、貴方は」
「……名乗った覚えはないが」虚を突かれ、言い繕うことさえ忘れてしまった。
まるで十年来の友人の名を呼ぶかのように、女は相変わらずの無表情でこちらの名前を言い当てた。当然だが彼女を前にして自ら名乗った覚えなどないし、同様に何らかの形で名を悟られるような痕跡を残したなどということもない。そもそも、自分から名乗りを上げる暗殺者がどこの世界にいるというのか。
先程カズマがそうしたように、女はこちらの反応を見ることなく続ける。「石狩カズマ、年齢は17歳。3歳の頃に母親が死亡し、以後スポットTで殺し屋として育てられる。母の死と共に失踪した父がいたが、その父も5年前に遺体で発見された……そんなところでしたか、貴方の経歴は」
「はは……俺も知らないところで随分と有名になったもんだな」鼻で笑ったつもりだったが、声が情けなく上擦っていたのが自分でもわかる。
(何故俺のことを知っている……?)
そんな疑念がカズマの中で激しく蠢いていた。
石狩カズマが物心付くか付かないかの頃に母が死んだことは確かだ。その後、カズマはあのロクでもない女に引き取られて殺し屋としてのイロハを叩き込まれた。だが母の死の前後に行方を晦ました父が死んだという情報は初耳だった。この時代、この世界においてただの人間である父が生き延びているはずもない。それでも信じたかった、生きていると思いたかった。自分にとって唯一の、そして最後の家族は確かにいるのだと信じたかったのだ。
それを何の温かみもない冷たい声で目の前の女は否定した。「アンタ……何者だ」
引き金にかかる指に力が入る。僅か5メートルの距離に立つ女の姿が揺れて見える。
「………………」
カズマの質問に女は答えない。ただ先程と同じ、怜悧な光を帯びた瞳をこちらに向けてくるだけだ。
非人間的な長い髪と同じ銀色の瞳は明らかに人間の、日本人のものではない。それは言うなれば散りばめられたダイヤモンドダスト。しかしカズマにはそんな女の双眸を美しいとは思えなかった。むしろ何か不吉なものに、今この場に存在してはならないものであるかのように思えた。
まるで原初の宇宙を思わせる虚無の闇に食われていくような錯覚。
まるでブラックホールに呑み込まれていくような錯覚。
まるでその瞳に映し出された自分自身が溶解して消えていくような感覚。(……ヤバい)
ここに来たのは任務のためだった。だが今では最早その範疇を超え、カズマは目の前の女に対して明確な恐怖を覚えていた。
この女は危険だ。人間としての理性より先に、動物としての本能が全力で警報を鳴らしている。今までカズマが殺してきた他のどんな化け物どもよりも簡単に、この女は他人を壊すだろう。これ以上この女と対峙していれば自分もまた壊される、自分が自分でなくなってしまう。故に殺さなければ、この女は何としても今この場で殺さなければ。撃鉄を起こす指は情けなく震えていた。
「……そうですね、確かに一方的に語るだけというのも芸の無い話」
そんな涼やかな声音は、いつしかカズマの耳元から響いていた。
「非礼を詫びましょう、貴方の質問にもお答えするのが道理」
そう、気付けば女は目の前に立っていた。まるで己の眉間に向けられた照準を手伝うかのように、情けなく痙攣するカズマの手に自らの白い掌を添えて。
「私の名は……」
銃口が女の首に押し付けられる。
「 」
瞬間、乾いた銃声が響き渡った。
西暦2013年8月1日。
かつて日本と呼ばれた小さな国のお話。
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