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トピック
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あらかじめレモンの果汁と砂糖を含んでいた口内に、リキュール・グラスからブランデーを流し込む。
そうしてようやく“カクテル”になった一杯の、材料通り甘酸っぱく、同時に強い酒特有のかぁ、と全身へ熱が駆け巡る感覚に、バー『べにひさご』の一枚板風カウンターがぐにゃりと歪んだような錯覚を覚えるのだった。
「こちらをどうぞ」
今日のチョイスが背伸びだったのは、流石にギンカクモンにはお見通しだったらしい。
下手に茶化したりはせず、よく冷えたジョッキに水だけ入れて提供してくれた彼の気遣いが身に染みる。
ウチはショートドリンクに分類される今日のカクテルよりも遙かに勢い良く、口の中に残ったピリピリ感を押し流すようにしてジョッキを傾けた。
「ほんと、スミマセン。っぱウチにブランデーそのままはまだ早いみたいで」
学生の頃から推しているキャラクターの好物がブランデーと聞いて以来、成人以降はちょこちょこチャレンジしているのだが、正直ブランデーを美味しいと思いながら飲めた事って、無い。
推しには悪いけれども、こんなの実質、ちょっと香りが良いだけの消毒液である。
職場の先輩に勧められて通うようになったこの『べにひさご』で、ギンカクモンにお願いしてカクテルと言うより変わり種の“味変”を試してみたのだけれど――やれやれ、「大人っぽさ」が好きになった推しは、まだまだウチを子供扱いしてくれるみたいだ。
「お家で飲むなら、牛乳割りなんかが手軽かつ飲みやすくてオススメですよ」
「あー、それは確かにアリかも」
風味はダメでも、香りの良さはウチにも判る。それこそちょっと砂糖なんか入れちゃったりすれば、少なくとも、胸いっぱいの灼熱感に悩まされる羽目にはならない筈だ。……なんだか、それこそ子供の飲み物っぽくなっちゃいそうだけれども。
「まだかなり先の話にはなりますが、クリスマスシーズンにはうちでもエッグ・ノックを提供する予定です」
「ちょっとミルクセーキみたいなヤツですよね? ふふ、ギンカクモンさんも商売上手っすね。これは今後も通い続けないと」
「恐れ入ります」
……というか。
推し活の延長で通い始めたバーなのに、ここのバーテンダーのギンカクモンが、その、ちょっと沼なんだよな~。
こんなゴツいのに物腰が柔らかくてしっかりしていて、お酒素人のウチでも理解出来るぐらいザ・バーテンダーで。格好いいのである。
助けて推しちゃん、私、このデジモンの事好きになっちゃう。
「では、どうやらお口には合わなかった今日の一杯も特別になるよう、あたしがひとつ、面白い話をしてあげよう」
……で、ギンカクモンがいかにも大人っぽく見えるのには、彼の姉の存在も、なんていうか、一役買っているのかもしれない。
「ニコラシカ。君が口にしたその一風変わったカクテルの誕生には、シマユニモンというデジモンがかかわっているのだよ」
いや。仕草だけで言うならこのデジモンも大概「大人のお姉さん」なんだけど、ホントに仕草と見た目だけなんだよな……。
キンカクモン。水着同然の格好をしたナイスバディな女性型デジモンで、ギンカクモンのお姉さんだ。
日中は様々な理由でデジタルワールドに渡航する人間を護衛する仕事に就いているらしいのだが、日没後に関しては、少なくともウチは、このデジモンが『べにひさご』にいないところを見た事が無い。
「シマ……ユニ……」
水を煽っただけで度数40前後のアルコールが全て吹き飛ぶ訳もなし。ぼんやりする脳裏を過っていくのは、名前の通りしましま模様のユニモンだ。
しましまのユニモンなんていたっけかな……ニコラシカに関係無い事だけは確かな筈なんだけど……。
「シマユニモンというのは、その名の通り全身に縞模様があるユニモンの亜種です。とはいえユニコーンのデータはこちらの方が強く表れており、そのためユニモンのような翼を持ちません」
「そうなんだ」
シマユニモンの脳内想像図から翼を削除する。この図が正しいのかは兎も角、それだけで「これってどっちかっていうとペガサスじゃない?」感はだいぶと薄れた。
そんな真っ当な方の解説の間に、ギンカクモンは姉の分のニコラシカを用意したようだ。
リキュール・グラスにブランデーをそのまま注ぎ、輪切りにしたレモンで蓋をして、その上から更に真っ白な砂糖を盛る。
見れば見るほど、不思議なシルエットだ。三角錐状に盛られた塩には日本人として馴染みがあるけれど、砂糖で、というのは、ひょっとしたらこのカクテルで見たのが初めてかも知れない。
「そう。君も注目しているこの山型に盛られた砂糖というのは、シマユニモンの角を模しているんだよ」
「……」
そんな馬鹿な。……とは言いたかったけれど、普段の事を思えば、そしてシマユニモンの部分をユニコーンに置き換えれば、まだ説得力を感じられる範囲内だ。
とりあえず、ウチはそのまま黙って耳を傾けてみる事にした。
「ところで、お客さん。見た目もそうだが、このカクテルの名称『ニコラシカ』も、少々不思議な名前だとは思わないかい」
「それは……はい」
実際、変な名前だなとは思っていた。
「ニコラシカというのは、ロシア人男性の一般的な名前のひとつ「ニコライ」の愛称なのだが――このカクテル、実は正確な名前の綴りが判っていないのだよ」
そうだね? 弟。とキンカクモンが話を振ると、ギンカクモン曰く、ニコラシカのアルファベット表記は最低でも7種類確認した事があるらしく、同時に日本語での発音も、ニコラスキやニコラスカ等、あまり安定しないそうで。
ギンカクモンが言うなら、その点は本当なのだろう。
「しかもおかしな事に、ニコラシカはロシア的な名前なのに、このカクテルはドイツ・ハンブルクの発祥だとされているのさ」
ギンカクモンをチラ見しても、彼から追加の註釈は無い。
じゃあ、それも本当なのか。
「この摩訶不思議な現象が引き起こされた原因には、ロシアとドイツ、両国に共通して伝わる幻獣――ユニコーンがかかわっているのさ」
「ユニコーンってヨーロッパのイメージはありますけど、ロシアにもあるんですか、伝説」
「うむ。しかも旧約聖書、ノアの箱舟に関連するものがね」
「マジですか」
「大マジだよ」
曰く。
ユニコーンは恐ろしくプライドが高いために、舟を造ったノアに従う事を拒否して、大洪水を泳ぎ切ると豪語した。
ユニコーンは大嵐の中粘ったものの、その一本角に鳥が止まると、たちまち水の中に沈んでしまった。
なので、ユニコーンは現代に存在しないのである。
……と、いうお話が、ロシアに伝わっているらしい。
「ニコラシカの口内調理……口に含んだ砂糖にレモン汁を絞り、最後にブランデーを流し入れるという工程は、このロシアのノアの箱舟伝説から着想を得て考案された。という訳なのさ」
「…………」
……いや。
なんか滅茶苦茶それっぽい話ではあるけれども……。
「でも、それだとやっぱり、ちょっと変じゃないですか?」
「うん?」
「その内容だと、ユニコーンは関係あるかもしれませんけど、シマユニモンは関係無くないですか?」
「よくぞ聞いてくれたねお客さん。安心したまえ、ニコラシカとシマユニモンとは、きちんと関連性があるとも」
どうオチを付けるつもりだろう。
ここまで来るとやはり気になって、ウチは改めてキンカクモンと向き合った。
「まず、大前提として。ニコラシカのニコとは、ユニコーンの事だ」
「違うんじゃ無いですかね????」
神話とかには詳しくはないけれど、これだけは判る。ユニコーンは、単一を意味するユニと角を意味するコーンでユニコーンだ。ニコでは区切らない。
「では、ラシカ、とは何か。これは「~らしからぬ」から来ている。表記揺れがあるのは、「~らしき」や「~らしくない」等、同じ意味の語が何かと存在するからなのさ」
「急に日本語になった……!!」
ドイツとロシアは、何処へ。
「ユニコーンらしからぬ者。略してニコラシカ。あるいはニコラシキ、更に訛って、ニコラスキ。日本語に馴染みの無い海外の人々が、人名と勘違いするのも無理はない」
あ、一応残ってはいた、海外要素。
「ユニコーンの要素を強く持ちながら、縞模様といった独自の要素を持つシマユニモンは、正しく「ユニコーンらしからぬ者」だ。シマユニモンを前にあえて大洪水に呑まれたユニコーンに思いを馳せ、「地球上に本物のユニコーンはもはや存在しない」と表現したのが、このニコラシカなのさ」
「……」
「ニコラシカを最初に作ったバーテンダーは、私と同じくさぞかし博学だったのだろうね」
「これじゃニコラシカじゃなくてセカラシカですよ……!!」
いや、ウチも全然九州の出身とかじゃないんだけれども。
「これは、完全に余談なのですが」
一通り喋って満足したのか、口の中にスライスレモンごと砂糖を放り込んでしまったキンカクモンを尻目に、私の前から下げたリキュール・グラスを洗いながらギンカクモンが口を開く。
「砂糖が円錐状に盛れるのは、ほぼ上白糖を使用する日本だけで、欧米ではグラニュー糖を使う関係で、少々平べったくなってしまうんですよ」
「そうなんですか?」
じゃあやっぱりユニコーンじゃないのでは?
「つまり縞模様。という訳だね」
ダメだ、抜かりなかった。
そのままキンカクモンは、私の倍量注がれたブランデーを一気に飲み干してしまう。発言から呑みっぷりまで、無茶苦茶だ。
……それは、ウチの考えるところの「理想の大人」の仕草ではないのだけれど――
――楽しそうだな、とは。それは、やっぱり、思ってしまう。
ブランデーが似合うレディになれる日も、キンカクモンの話を余裕と共に笑って聞き流せる日も、きっとまだ当分、訪れはしないだろうけれど。
そうなった時に私がいる店は、きっと『べにひさご』のままなのだろう。
少なくとも、今年の冬にはギンカクモンにエッグ・ノックを作ってもらわなければならないし、あのクリスマスの飲み物を前にキンカクモンがどんな話を披露するのか、気にならない訳ではないのだから。
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