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トピック
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「“イエーガーマイスター”ですか」
ありますよ。と、厳つい顔に反してにこやかに、ギンカクモン。
「出せる」ではなく、「ある」
ずっと気になっていたこのお酒は、どうにもカクテルそのものの名前という訳では無いらしい。
「実は、ちょっと前に万博、行ってきてさ」
「ほう。……見ましたか、ガ○ダム」
「見たよ、ガン○ム。パビリオンは行ってないけど」
なんだか思わぬところに食いついてきた。
普段は落ち着いたバーテンダー然としているギンカクモンにもオトコノコっぽいところがあるのか。あるいは、空洞の筒になっている胴体が姉専用のコックピット(?)になっている種族特有の対抗意識なのか。……まあ、彼の姉はソラじゃなくても自由にしているが、そこは置いておいて。
折角なので写真を見せたり、他にも少しだけ別の思い出話に寄り道の花を咲かせた後、アタシはいよいよ本題を切り出した。
「ドイツのパビリオンに併設されているレストランがさ、日替わりでカクテルを提供してるって聞いて足を運んだんだけど……あいにくいっぱいで」
ドイツパビリオンは料理が美味しいとテレビで紹介されているらしく、アタシ自身、その手の媒体で情報を収集したクチだ。
一般に広まった情報は当然の如く人を呼び寄せ、昼前に足を運んだにもかかわらず、レストランは既に人数制限を実施しており、終ぞ中に入る事は叶わなかったのである。
「ただ、メニューは外の看板に書いてあるからさ。せめてカクテルだけでも、ギンカクモンに作ってもらえないかなーと」
写真を選んだスマホの画面を改めてギンカクモンに向ける。
ギンカクモンの赤い目には、アタシが最初にオーダーしたのと同じ、“イエーガーマイスター”の文字が映っている筈だ。
正確には、“イエーガーマイスターサワー”になるか。
「これ、結局どういうカクテルなんだい?」
「まず、“イエーガーマイスター”というのは」
ギンカクモンが奥の冷蔵庫から、緑色の瓶を出してきた。
ラベルには立派な角を生やした牡鹿が描かれており、角と角の間には、仰々しく十字の模様が光り輝いている。
「ドイツ産のお酒で、56種類もの果物やハーブで作られた、いわゆる“薬草酒”です。医薬品として登録されている訳ではありませんが、日本では“ドイツの養命酒”と紹介される事も少なく無いようですね」
「へぇ、そういう感じのお酒なんだ」
「他の日の事は解りませんが、様々な国のパビリオンを見て回る事になる来場者達の体調を気遣ってのチョイスなのかもしれません。このお酒は炭酸割りやジュース割りでも美味しく飲めるので、“イエーガーマイスターサワー”というのはその類のカクテルかと」
なるほど。やはり餅は餅屋。カクテルはバーテンダーである。
レストランに入れなかったのは残念だが、解消された疑問は新たな思い出の1ページになってくれる。全然「並ばない万博」要素なんて無かったけれど、違う国どころか違う世界からやって来たバーテンダーに免じて許してあげよう。ドイツのマスコットキャラクターのサーキュラーちゃん、可愛かったし。
「そして“イエーガーマイスター”使用レシピにもまた、デジモンの影響を受けたカクテルが存在する。ドイツパビリオンの謳った循環型社会に倣って、あたしも知識の循環を披露させてもらおうじゃないか」
うわでた。
他の卓で胡乱知識を語っていたと思わしきギンカクモンの姉・キンカクモンが、空のジョッキを提げていつもの席に引き返してきた。
「あとあたしも○ンダム見たい」
そんでもって、やはり姉の方もパイロット(?)として興味津々のご様子。
ギンカクモンにも見せた写真を改めてキンカクモンに見せている間に、気の利く巨大ロボ系弟はアタシと姉の分の“イエーガーマイスターを使ったカクテル”を用意してくれたようだ。
「こちら、“シルバーストリーク”になります」
円錐状がお洒落なカクテルグラスになみなみと注がれた一杯が、アタシとキンカクモン、それぞれの前にすっと差し出される。
……ぱっと見、ほうじ茶みたいな色だ。“シルバーストリーク”とギンカクモンは言った気がするが、彼の身体と同じ色は、お酒の中には見出せない。
「シルバーストリークというのは、プラスチック製品等を機械による成形で射出する際に、様々な原因によって発生してしまう銀色の筋……いわゆる外観不良の一種だそうです」
「なんでこんな名前なのか、ますますわかんなくなっちゃったな……」
味の方に答えを求めて、一口。
んー、ドイツの養命酒なんて言われているだけはある。なんだか滅茶苦茶身体に良さそうな味と香りだ。ほんのりと甘くて、なのに独特のキレがある。お酒自体がしっかりと冷やされているお陰か、酔いで眠くなるどころか一気に目が覚めてしまいそうな印象が殊更強い。
以前呑ませてもらった“グリーン・アイズ”が、「童心に返らせてくれるカクテル」なら、こっちは真っ当に「大人の疲れを癒す一杯」とでも言うか。
「“シルバーストリーク”は、先の“イエーガーマイスター”と“ドライ・ジン”を合わせたカクテルになります」
なるほど、となると辛口の部分はジン由来か。どっちもハーブやスパイスを効かせたお酒だから、相性がいいのかもしれない。……となると、輪をかけて成形不良の名前が付いているのが解らなくなる訳なのだが……。
「君は“シルバーストリーク”の名に引っかかっている様子だが、“イエーガーマイスター”もなかなかどうして不思議な名前だと。そうは思わないかい?」
アタシの首の傾きから内心を察したのか、気が付けばカクテルグラスを空にしていたキンカクモンが、お馴染みの不敵な笑みを浮かべていた。
とはいえ、現時点では真っ当な事を言っている。
“イエーガーマイスター”……狩りの名人になるのかな? 意味。
確かに、お酒に狩り名人なんて名前が付いているのは珍しい気がする。まあその辺りはメーカーの考えや好みにも寄るところだけれど。
「うむ。訳自体に間違いは無いのだけれど、この場合のマイスターとは“守護聖人”を指すようでね」
「守護聖人?」
「ヒューバートゥスという無慈悲な狩人が、ある時森の中で、角の間から十字の光を放つ巨大な牡鹿を見かけたのをきっかけに、考えを改め自然を大いに敬うようになり、後には狩人達の守護聖人となるまでに至った……という伝説を、“イエーガーマイスター”のレシピ考案者クルト・マストが大層気に入っていたらしい。故に、かの物語に敬意を表して、このリキュールにその名と逸話に関するロゴを授けた……というのが、イエーガーマイスター社のホームページに記載されている情報だ」
まさかの公式情報。
補足するように、今一度“イエーガーマイスター”のボトルをすっと差し出してくるギンカクモン。
さっきも目に留まった十字架は、相変わらず牡鹿の頭上で燦然と輝いている。……普段の彼女なら「この鹿のモデルはケルヌモン」等のたまってきそうなものなのだが、流石に公式の明記には逆らえなかったか。
「“イエーガーマイスター”は薬草をふんだんに使うリキュールだから、クルト・マストにも何か、自然の生み出すモノに対して思うところがあったのかもしれないね」
まあ……キンカクモンの事だ。
「そして、物語とは受け継がれるモノ。“シルバーストリーク”は、デジタルワールドのとある狩人の活躍を寿ぐカクテルとして、狩人の守護聖人の名を冠するこのリキュールを用いて製作されたのさ」
公式ホームページの引用だけで、話が終わるワケも無い。
「その狩人とは、シャペロモンの事だと言われている」
初耳なんだけど。とはツッコまないでおいた。
いかんせん、“イエーガーマイスター”自体が万博に赴くまで知らないお酒だったので。
「シャペロモン……」
アレだ。悪いインターネットの『赤ずきん』、みたいなデジモンだった筈だ。
見た目はものすごく可愛いのだけれど、しっかり完全体のウィルス種って感じの……。
「知っての通り、シャペロモンを構築する童話データの元となったのは『赤ずきん』だ。この童話は、民話として伝わっていたものをフランスの詩人シャルル・ペローが品の無い描写を削り、教訓を付け加える形で童話集に加えて出版し、広まったものとされている」
こうして人(デジモン)から説明されて気付いたのだけれど、シャペロモンのシャペロって、ひょっとしてシャルル・ペローの事……?
「とはいえこの時点では、赤ずきんは狼に食べられて終わり。悪い狼を撃ち殺す“狩人”というキャラクターの登場には、時代と国を経る必要があってね」
「……」
『赤ずきん』と聞いた時、アタシははじめ、ペローではない作者を思い浮かべていた。
グリム兄弟――2人はドイツ出身だった筈だ。
「正確にはグリム兄弟よりも前に、ルートヴィヒ・ティークという作家が『赤ずきん』を戯曲化したモノに、狩人自体は登場しているらしい。とはいえ両者ともにドイツ人だし、赤ずきんとそのお婆さんを生きたまま救出する狩人というのは、グリム兄弟発だそうだ」
「どちらにしても、“イエーガーマイスター”の製造元と同じ……」
「「親の言いつけを聞く」「知らない人を下手に信用しない」の教訓を子供達に伝えるために犠牲となるか弱い少女と老婆に、かの国は“守護者”を与えたというワケさ」
「……」
いよいよ繋げてきたな。
「更に長い時と世界を経て、『赤ずきん』は、もはや己が狼の狩人と化していた。彼女達自身が狩りの名人となった。聖ヒューバートゥスの伝説がリキュールに授けられたように、新時代の『赤ずきん』の体現者たるシャペロモンの勇姿にもまた、カクテルの名前という形を取って、守護聖人の加護が与えられた――それが“シルバーストリーク”なのさ」
んー……だいぶもっともらしくはあるんだけれども……。
「でも、結局どうして“シルバーストリーク”なんだい? カクテルの製作者が見たシャペロモンのボディに、シルバーストリークがあったとか?」
「いいや、もっと単純な話だ。「シルバーストリーク」と続けて読むからややこしくなってしまうんだよ。「シルバー」と「ストリーク」で分ければ、自ずと答えは見えてくる筈さ」
「シルバー」は言うまでも無く「銀」だ。
「ストリーク」は、確か。「筋」とか「縞」とか――
「――「稲妻」なんて意味もある」
「……」
「シャペロモンの振るう銀刃が、獲物の返り血を浴びてなお燦然と輝く様こそが、真の“シルバーストリーク”の由来なのさ」
「なんかシャペロモンを一旦脇に置いておくとワンチャンありそうなのが反応に困っちゃうな……」
「加えて、強大な怪物と対峙する者に銀の加護を与えたいと考えてしまうのは、ニンゲンのサガなのだろうね。“シルバー・ブレット”というカクテルが、とあるリボルモンから着想を得て作られたように……」
「さらっともっと反応に困るヤツ挟まないでもらえる??」
胡乱を重ねてくるとは思わなくて混乱するアタシの前で、キンカクモンはいつの間にか弟に注いでもらったらしい“イエーガーマイスター”のストレートを一気に煽る。
緑のボトルに入っている時は黒っぽい印象だったが、このリキュール、どうやら実際の色は赤寄りらしい。『赤ずきん』の色ってか。やかましいわ。これをジンで割るとあの茶色っぽい色になるワケね。
「これは完全に余談ですが、“イエーガーマイスター”はアップルジュースで割るのもオススメです」
ギンカクモンからシャペロモンのリンゴ酒火炎瓶《アップルフォーユー》に繋がる補足までされてしまった。おわりだ。……ところでリンゴ酒火炎瓶って何?
「……ま、いっか」
キンカクモンの話は相変わらずウソ臭くはあるけれど、国や時代の違いで変わっていく物語、という話には、心惹かれる部分もある。
今はまだ無かったとしても、デジモンのバーテンダーがいるぐらいなのだ。本当にデジモンをモチーフにしたカクテルというのも、その内誰かが作り出す可能性はある。
そんな、脈々と受け継がれる未来への展望に触れる機会が、あの炎天下の中並んだ先で覗いた各国のパビリオンであり、今この瞬間の『べにひさご』なのだろう。
だから、キンカクモンの話の真偽には一先ず目を瞑って。あの日と今日この日の出会いに、乾杯しよう。
「それじゃあ、折角だからその、“イエーガーマイスター”のアップルジュース割りを」
「承りました」
あたしのも頼むよと、キンカクモンも空のグラスをギンカクモンに差し出す。
もう少し彼女がこの席にいるなら、外国の本物知識自体は何だかんだもっているキンカクモンに、ガンダ○以外の万博写真を見せてみるのもいいかもしれないなと、そう思った。
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