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トピック
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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。雲一つ無い青空など当然似合わない姿形をしているのだが、トラバサミ自身は、空を見上げるのが好きだった。
人にそれを指摘されると、自身が堕天使型である事をその理由とする。あそこから落っこちてきた気がするのだ、と。本能的に焦がれるのだとか、何だとか。
一方で彼の相棒、スカルグレイモンのホープは生まれてこの方、ずっと地を駆ける者として生きてきた。
しゃれこうべの洞でぼんやりと光る緑の目玉が、宝石商トラバサミが自分の下で仰向けに寝転がっている間、何処を眺めているものか。それは、トラバサミにも解らない。
気になる気持ちは無いでもなかったが、無理に知ろうとは、思わないらしかった。
ただ、ホープは宝石商トラバサミの行く所に着いて行くし、その立派な一本角には、今日も古ぼけたトランクが引っかけられている。
*
「いらっしゃい、お客さん。上手い具合に台風が通り過ぎてくれて良かったですな。連絡の手段もありやせんし、雨風の中無駄足を運ばせる羽目になってしもうたらどうしようかとひやひやしておりやしたよ。
その様子だと心配はいらなんだかもしれやせんが、警報とかいうヤツが出ていたら店は開きやせん。あっしもホープも今更自然の驚異が堪えるような身ではありやせんが、トランクとその中身はそうとも限らんので。
にしても、所謂台風一過ですな。見事な晴天だ。日差しはまだちっと辛いものがありやすが、空気は爽やかで秋を感じ……。……感じ、る、事にしておきやしょう。言うてる間に冷えてくる筈でさぁ。多分。
そういう訳だ、せめて眼で見て涼しい色の石をご紹介しやしょう。
さ、ホープや、トランクを降ろしておくれ。
こちらが今月の石でさぁ、どうぞ手に取ってご覧くだせえ。
触るとひんやりしておるでしょう。少し傾けてご覧なさい。ほれ、中央に瞬く六条の星が、お客さんの眼差しから逃れるように走る筈だ。まるで海の底から仰ぎ見た、今日のように晴れた空みたいじゃあありやせんか?
サファイア……分類的には、インクブルーのスターサファイアという事になりますかな。この自然に生まれた不自然なほど鮮やかな青を、むかしむかしの人々は、自分達の作った顔料の他に例えようが無かったのかもしれやせんね。
サファイア、と言うと、まあ皆さん青色の宝石を想像なさいますが、その実、コランダムという鉱石の内、宝石としての価値があり、かつ赤色で無いモノをサファイアと呼ぶんです。なので、ピンクやオレンジ、白色のサファイアなんてのもあったりするんでさぁ。
赤色のモノは7月にご紹介したルビーにあたるワケなんですが、あの時も混ざり物の加減で赤が明るくなったり暗くなったりするとお話ししたでしょう。サファイアの場合は、混ざり物の量ではなく種類が変わったモノと、とりあえずそう解釈してもらえればよろしいかと。
兎にも角にも。コイツはそんな「ルビーじゃ無いコランダム」の中で、あまりにも「サファイアらしいサファイア」として世に放たれ、魔王の手に渡った。
魔王の所持する宝石達の中で、いの一番に、ね。
お客さん。驚きなさんなよ。このサファイアは、ほぼほぼ原石のままなんでさぁ。
デジタルワールドでは、宝石が宝石らしい形で採掘される事自体は、そこまで珍しい事でも無いんでさ。おそらくニンゲンが「宝石」と言われて想像するのが、原石よりもこちらの形という事の方が多いから、でしょうな。
しかしこれほどのモノとなるとそうは無い。
魔王を魔王たらしめる程の石なんて、ね。
……前置きはこのあたりにしておきやしょう。
それでは、こちらのサファイアに纏わる物語を。
あるいは。魔王が如何にして、宝石狂いの魔王に成り果てたのか。そんなお話を。
*
ご存知ですな。デジタルワールドには天使がいる。
彼らは神の御名の下に、世界の秩序を保つべく、“悪”の烙印を押されたデジモン達を狩る事を生業としておりやす。
ある時彼らの目に、ヴォルケニックドラモンというデジモンが留まりやした。
ヴォルケニックドラモンってぇのは火山地帯に住まう究極体で、普段は地中深くに住まう竜のデジモンなんでさぁ。
そのデジモンが、急に地上へと上がってきた。
天使達はこれを脅威と見なしやした。
ヴォルケニックドラモンはウィルス種。ひとことで言えば、周囲の環境に悪影響を及ぼしがちな種とされておるんです。
加えてかのデジモンは、一説によればデジタルワールドの創世以来、世界を地下から支えてきた功労者であるともされている。
神の御使いである天使を差し置いて世界の守護者を騙るとは、ウィルス種如きがなんたる不遜。普段は手出しのしようが無いが、姿を見せたのであればそれ程の好機はあるまい。成敗してくれる! ……と、まあ、そんな感じで。ヴォルケニックドラモンを討つべく、パワーズ……天使の軍団が派遣されたんです。
そこまでは威勢があって大変よろしいんですが、天使の奴ら、正直ウィルス種の事舐めとりますからな。
軍団長のスラッシュエンジェモンが文字通り先陣を切り、刃の腕でヴォルケニックドラモンの玄武岩の肌を斬り裂いたまでは良かったが、そのままマグマの返り血を浴びて、跡形も無く溶かされた。
参謀を任されていた副長のアルケーエンジェモンは、スラッシュエンジェモンのあっけない最期に「とても敵わない」と撤退を考えたが、上は「スラッシュエンジェモンの仇を取れ」下は「スラッシュエンジェモンの仇を取る」の一点張り。裏方でコソコソやるのが仕事のアルケーエンジェモンの言葉になんぞ、ちいとも耳を貸しゃしやせん。
更に悪い事に、いや、当たり前っちゃぁ当たり前なんですが。突如襲撃を受けたに等しいヴォルケニックドラモンにも、パワーズを逃がすつもりは毛頭無かった。スラッシュエンジェモンは、逆鱗を斬っちまったんでさぁ。
仕方なし、アルケーエンジェモンは軍団長代理として戦った。
新しい隊長? 来なかったそうですよ。「ヴォルケニックドラモンを討てる戦力は十分に使わしてある。それでも足りないなら自分で呼べ」だのなんだのと。
アルケーエンジェモンは、魔獣を召喚する技を覚えておりやしたから。
正しく焼け石に水。
部下も、使い魔も、どうにもならない湯水として消費されていく。
いっぱしに心を痛めてたって話でさぁ。アルケーエンジェモンは、種として他者を憂う気持ちが強いってハナシですからね。
どうにか損害の少ない策を捻り出そうと知恵を絞るのに、肝心の部下達が、“悪”を討つためなら命を投げ出す特攻野郎ばかり。使役する魔獣に至っては、ウィルス種を見た瞬間飛びかからずにはいられない阿呆ばかりという有様だ。
ついにアルケーエンジェモンは独り残され、その身ひとつでヴォルケニックドラモンを対峙する他なくなりました。
ヴォルケニックドラモンはアルケーエンジェモンを目にするなり、口から火を噴いたそうでさぁ。もはや天使と見れば殺さずにいられない程、煩わされてきたワケですから。
最初から有ったかどうかはいざ知らず、これで和解の芽も断たれた。
アルケーエンジェモンは聖なる杖“ホーリーロッド”を手に戦いやした。そりゃもう「死ぬ気」で。
でもね、これが不思議な事に、アルケーエンジェモンにはヴォルケニックドラモンの動きが手に取るように解ったんだそうで、全く向こうの攻撃が当たらないんでさぁ。
だって、嫌になる程見てきやしたからね。部下がみぃんな死ぬ程に、来る日も来る日も、ヴォルケニックドラモンの仕草を。
結果的に、パワーズの犠牲は無駄じゃあ無かった。上の言う事は何にも間違っちゃいなかった。
完全体でありながら、アルケーエンジェモンは単騎、ヴォルケニックドラモンを討ち滅ぼしたんでさぁ。
とはいえ終わった頃には満身創痍。アルケーエンジェモンは半ば溶けたような大地に倒れ伏した。気を失い、次に目が覚めた頃には、身体が半分焦げていたってハナシです。
こうして死に損なったアルケーエンジェモンが、えっちらおっちら身を起こすと――そこに、このサファイアが転がっていたんだと。
サファイアってぇのはね、お客さん。火山の石から出てくる事が多々あるんです。
あのどろどろと真っ赤に燃えるマグマのなれの果てから、こんなにも青く澄んだサファイアが見つかるんだと。
コイツもそのひとつだった。
どこから転がってきたのかって? そりゃあ、お客さん。さっきまでアルケーエンジェモンの目の前におった、生きた火山みたいな竜から、でさぁ。
それで。コイツに瞬く星を目にした瞬間、アルケーエンジェモンは「全てがどうでも良くなった」……と。
天使の使命だとか、善と悪だとか、他者の命だとか。そんなものの何もかも、全部が全部。
ただ、目の前で輝く“コレ”と同じものが。否、もっと価値あるものが欲しい。もっと、もっと、もっと。……そんな感情だけが、アルケーエンジェモンの全身を駆け巡ったんだと。
気付けばアルケーエンジェモンは、天を通り越して、魔道に堕ちておりやした。
聖杖は死を司る疑似餌に成り果て、白い羽は血生臭い蝙蝠の翼に。戦うための鎧は、悪趣味に飾り立てられた装束に。若き血潮は、乾涸びた翁の骨と皮に。
何にせよ、アルケーエンジェモンを殺そうとしたヴォルケニックドラモンの行いも正しかった。
アルケーエンジェモンは、この先長らくデジタルワールドの脅威として君臨する、宝石狂いの魔王へと進化したのですから。
あるいは、単純に。呪いだったのやもしれません。太古の昔から世界を支えてきた報いが、一方的な断罪でしか無かったヴォルケニックドラモンの。
そうあれかしと望む神の御使いならば、自分と同じように堕ちてしまえ、と。
何せサファイアってヤツぁ、聖なる石と持て囃される一方で、一部の宗旨では不吉の石とされている。
そういう石なんでさぁ。
真相がどうであれ、これだけは間違い無い。火山竜のサファイアは魔王始まりの宝石になった。
石を拾い上げた魔王は行方を眩まし、次に現れた時には、宝石集めを理由に世界を脅かせる存在と成り果てていた。
魔王の狂った宝石蒐集は、希望の勇者に敗れるまで続きやした。
たったそれだけの話なんでさぁ。
*
買わない。
ま、そりゃあそうでしょう。謂れがあると言うよりいわく付きですからな。
ただまあ、いわくと言いやしたが、最初から素質はあったんでさ。
だってそうでしょう? 他の天使達は使命のために命を投げうてるのに、アルケーエンジェモンときたら使命は遂行したい、だけれど味方は守りたい、なんて、少々欲が深過ぎやしょう。
だから、何も哀れむ事ぁ無い。
遅かれ早かれ、当然の帰結だった。
それに、魔王になったかの権天使は、宝石を求めるただその一点だけの都合で、魔王に相応しい所業に手を染め続けたんですから。
妙に詳しい? いいえ、魔王と交友があった者なら、誰でも知ってる話でさぁ。
尤も、その魔王と懇意にしていたデジモンってぇのが、ほとんどおっ死んじまったワケなんですが。
その割に、魔王に対して辛辣だって?
そうですかねぇ。ま、そうかもしれやせんな。
羽振りの良い客でしたが、もはやびた銭1枚払ってくれる事もありゃしやせんから。
とりあえず、今日の話はこんなモンでさぁ。
来月は、もっと愉快な話をいたしやしょう。そっちの方が、あっしの性にも合っている。
その頃には、もう少し過ごしやすい気温になっておると良いですなぁ。
それでは、またお会いしやしょう。
ご来店を楽しみにお待ちしておりやすよ」
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