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トピック
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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。以前に述べた通り彼は悪魔のデジモンであり、それ故闇の中でも夜目が利く。
天使の兜でほぼほぼ隠された6つ目で何が見えているのかは定かでは無いが、少なくとも、昼間よりはいくらかしゃきりとした様子で、人と比べて手足の長い身体ではいささか窮屈そうな折り畳み椅子に身体を預けて客を待っている。
トラバサミの相棒、スカルグレイモンのホープを形作る白い骨は、月明かりの下、ぼうと輝いているかのようだ。
不気味に浮かび上がった頭蓋の輪郭は日本の妖怪がしゃどくろを連想させたりさせなかったりしたが、道行く人々からの視線を、今更気に留める事も無い。
日差しを逃れて日暮れに開いた宝石商トラバサミの店では、今日も看板代わりにホープが一本角からぶら下げたトランクが、生ぬるい風に揺れている。
*
「おお、いらっしゃいお客さん。夜分にもかかわらずありがたい事で。
早速ですが、始めちまいましょう。帰りが遅くなってはよろしくない。人の街は夜も明るいですが、その分朝も早いのでしょう?
ホープや、トランクを降ろしておくれ。
今月のヤツは少々大物ですよ。こっちの世界ではまずお目にかかれない代物だ。
ふふ、その顔が見たかった。ようトランクに収まったでしょう。……鐘が出てきた時点でそこは今更? まこと、おっしゃる通りで。
それはさておき、こちらが8月の石、ペリドットでさぁ。
大きいでしょう。幼年期Ⅱ……ニンゲンで言うところの赤子ほどある。リアルワールドではそう見つけられないとは言いやしたが、デジタルワールドでもこのサイズが出たのはこれきりでして。
実は、お客さんを夜にお招きしたのは、気温の他にもこの石を、日差しの下より宵闇の中で見て欲しかったから、というのもある。
ペリドットというのは、昼間でも夜中でも光り方が変わらないと言われておりましてな。「夜会のエメラルド」なんて小洒落た別名もあるんでさ。
どうです? 大きさもさることながら、初夏の陽の下で見せたエメラルドの鐘にも負けず劣らずの輝きを宿しているでしょう。
深緑のエメラルドと比べると、小魚が戯れる浅い海だったり、仔馬が食むような若い草だったり。そういう、淡く優しい緑の色だ。
こちらのペリドットの場合は、出自も相まってこの浅緑を木漏れ日に例えられておりましてな。
そう。出自。
不思議な“生まれ”であるんでさぁ、このペリドットは。
時にお客さん、ご存知ですかな?
ペリドットというのは、宇宙から飛来する事があるんです。先々月の話じゃありやせんが、隕石というヤツですな。
つまるところ、ペリドットには地球産のものと、宇宙産のものがある。
デジモンにも居るんでさ。宇宙から来たとも言われているし、デジタルワールドで生まれたりもするデジモンが。
今回のお話は、そんな摩訶不思議なデジモン――ベーダモンと、このペリドットとの、数奇な巡り合わせの物語でごぜぇやす。
と、その前に。もう一度よぉくペリドットをご覧になってくだせえ。
形もなかなか珍しいでしょう。
木の実みたいには、見えやせんかね?
*
デジタルワールドのとある森。その奥深くに根ざす大きな木に、これまた大きな果実が生りました。
ある日その実が2つに割れて、ベーダモンが生まれたのです。
たま~にあるんでさぁ。
デジタマから孵る以外にも、幼年期以上の姿でデジモンが誕生する事が。
ベーダモンもそんな例外の1体でした。気になるなら、一般にも公開されているデジタルモンスターのアーカイブをご覧になってみるといい。そんな話が載っておる筈です。
ベーダモンは宇宙人に似た見た目の通り、宇宙の果てからやって来たとも。
いやいや、植物の実から孵ったデジモンなのだとも。
本当のところはどっちでも良いのです。デジタルワールドに一度そのように記録された以上、お天道様の向こう側からいきなりやってくるベーダモンもいるし、果実から出てくるベーダモンもおる。そういうモノなんでさぁ。
繰り返しやすが、今回の話のベーダモンは後者でした。
地上に生まれ落ちたベーダモンが、自分の親とも言える巨木の方を振り返ると、もう1つ、自分が生まれたのよりも一回りほど小さな木の実が生っている事に気付いたようです。
その木の実にもうっすらと亀裂が走っていて、そこから巨木の果てを見上げた時に注いでいるような、木漏れ日と同じ光が零れていたんだとか。
ベーダモンは、それを自分の“きょうだい”だと考えたんだそうだ。
折角なら、“きょうだい”が生まれてくるところを見守ってやろう、と、ベーダモンはその場から動かずに、果実が割れるのを待ちやした。
ところがどうした事か、もう1つの実は待てども暮らせども、どうにも一向に孵らない。亀裂は徐々に広がって、漏れ出す光も少しずつ強くはなっていきやしたが、割れる気配だけは微塵も無い。
それでもベーダモンは辛抱強く“きょうだい”の誕生を待っていたようですが、いつの頃からか、森の奥に光り輝く木の実があると。嗅ぎつけてやって来るデジモンが現れたようで。
生まれて間もないとはいえ、ベーダモンはハナから完全体。その中でも上澄みに位置する強力なデジモンでしてな。
“きょうだい”を狙ったデジモンが寄ってきても、並の相手なら返り討ちだ。
だがベーダモンが躍起になって“きょうだい”を守るものだから、かえって噂が噂を呼んだ。森の奥にある輝く木の実は、完全体が守護するほどのお宝だ。と。
ひっきりなしにデジモンが襲ってくるようになるまでに、そう大した時間はかからなかった。
こうなると多勢に無勢だ。いちいち相手なんざしてられない。
ベーダモンは意を決して、襲撃者が途絶えたほんの一時の間を突いて、巨木から“きょうだい”が入った実をもぎ取った。
そのまま持ち上げた足の触手何本かで“きょうだい”を抱え込んで、森から行方をくらませたんでさぁ。
とはいえこの“きょうだい”、木漏れ日の光だけは、どこに行っても振りまいておりましたから。
「行方をくらませた」とは行っても、ベーダモンと“きょうだい”は、行く先々で噂になり、その輝きに惹かれたデジモンに付け狙われたそうです。
ベーダモンはその度に下手人を返り討ちにしていたようですが、やがて彼らの噂がかの宝石狂い、魔王の耳にまで届いてしまった。
ついに魔王の配下が訪れたのを見て、ベーダモンは観念したようです。
ベーダモンはやって来た部隊の者達の前で頭を地に垂れ、懇願したそうでさぁ。
「“きょうだい”は魔王に差し出す。だが今更離ればなれになるのは耐えられない。自分も魔王軍に入れてくれ」と。
魔王はベーダモンの願いを快く受け入れました。……というよりも、むしろ「しめた!」という心境でしたでしょうな。
この時点では石では無く木の実でありやしたが、宝石にも負けず劣らずの光を放つ大層な珍品に加え、強力なベーダモンまで部下として手に入る。願ったり叶ったり、ってヤツでさぁ。
故に、特別に。……という事にして、魔王は“きょうだい”の管理もベーダモンに任せました。デジ心掌握の一環でしたが、まあベーダモンは喜んでおりやしたし、実際、他のデジモンが到底手出しできない環境に身を置いた事で、ベーダモンと“きょうだい”は、これまでに無い程穏やかな時間を過ごせるようになったようです。
ですが、魔王の配下になった以上。いつまでも彼の城でまったりしていられる訳じゃあありやせんでした。
希望の勇者の台頭です。
希望の勇者の快進撃に伴い、強力な完全体であるベーダモンも当然戦いに駆り出された。
そして死にやした。
……ベーダモンが死んだ、まさにその時だったようです。
城に残してきたベーダモンの“きょうだい”が、闇夜の中でなお目映い、地上に落ちた彗星じみた光の中で割れたのは。
光が収まったその場には、実の状態よりも一回り小さな、このペリドットが内側にあの木漏れ日を宿して、きらきらと輝いておりやした。
果実の中身は宝石だった。
そんな話を聞いて、多くのデジモンがベーダモンを強突く張りだと考えたようです。
ま、端から見れば。そして実際に。ベーダモンはただただ、大ぶりで美しい宝石を手元に置いて、離さなかったというだけでありやすから。
ただ、強突く張りの中の強突く張り、宝石狂いの魔王だけは、どうやらそうは思わなかったようでして。
魔王はむしろ、ベーダモンは無欲だったと笑っておりやした。
「余はこの業故に、生きている限り宝石を求め続けるが、宝石のために死のうとはとても思えんよ」……だ、そうで。
生き残った部下の報告によれば。
ベーダモンは死ぬ間際、魔王の城がある方を向いて、投げキッスなんてしてみせたそうでさぁ。
*
お優しいんですなぁお客さん。たといこの先二度と相見える事は無くとも、デジタルワールドとリアルワールドで引き離してやるのは可哀想。と。
日本人は特にその手の感性が強いのでしたっけ? アミニズム、でしたか。このペリドットをそういう目で見て下さる方がいるのなら、こやつの“きょうだい”も報われましょうや。
宇宙から落ちてくる事のある石と、宇宙からやって来たのかもしれない宇宙人型。
同じ木に生った果実から生まれたペリドットとベーダモン。
彼らは確かに、“きょうだい”だった。
故に、このペリドットはベーダモンが亡くなった今でも“木漏れ日のきょうだい”と呼ばれておるのです。
うん? ベーダモンと面識、ですかい。
ありやすよ。あっしもそこそこ魔王にご贔屓いただいていた身だ。魔王軍の連中ともある程度顔見知りでした。
大体皆死にやしたよ。少なくとも、希望の勇者と対峙した奴は全員。
はは、そんな顔してくださるな。強ければ勝ち、弱ければ負ける。それがデジタルモンスターでさぁ。
こちらの側から言えば、戦う力も持たないのに、戦う力を増幅させる力だけはあるという理由で天使共に喚び出された、希望の勇者の方が哀れなモンですがね。
その上で、希望の勇者は魔王を終わらせた。……魔の者のあっしが言うのも何ですが、ご立派だとは思いますよ。ええ、本当に。
そうですな……来月は9月でしたか。
お客さん、足繁く通ってくださっておるし、そろそろ宝石狂いの魔王について、少しだけお話をいたしましょう。次の宝石は、そうするのにちょうどええんですわ。
それでは、夜道に気をつけて。
……あっしが言うとなんだか洒落にならない? それで無事に帰路につけるなら、まあ構いやしやせんよ。
またお越し下さるのを、あっしも楽しみにしておるんですからねぇ」
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