-
トピック
-
宝石商トラバサミはネオデビモンだ。ネオデビモンという種は、ニンゲンの感性でいうところの半裸と呼ばれる格好をしている。もちろんトラバサミもその例に漏れない。
加えて堕天使型の翼は穴だらけ。傘代わりには到底ならない。
トラバサミの相棒、スカルグレイモンのホープに至っては、その名の通り肉と皮すら失くして久しい。
あばら屋以前のあばら骨では、流石にこの天気は厳しいかと、青いビニールシートを合羽の代わりに羽織っている。雨漏りが無いではなかったが、トラバサミは構わず、急拵えの屋根を小刻みに叩く雨音に微睡みながら、今日も今日とて、一応店だけは開いている。
普段はホープの立派な一本角に引っかけられているトランクも、この時期ばかりはトラバサミの枕元、ホープの背骨と心臓が重なって、万が一にも濡れない位置を陣取っている。
尤も、人の世界で宝石を売るネオデビモンなどトラバサミぐらいのもので、人の世界で宝石屋の屋台を買って出るスカルグレイモンなどホープの他に居る筈も無い。
看板代わりのトランクが無くとも、宝石商トラバサミを見つけ出し訪ねるのは容易だろう。
*
「おや、いらっしゃい。まさか本当にまたお見えになるとは。
いやいや、迷惑だなんてとんでもない。コイツはなんとも嬉しい誤算だ。物珍しさに覗きに来るモンは少なく無いのですが、続けてとなりますと、なかなかご縁がありやせんで。
さて、こちらにいらしたという事は、今月の目玉を見に来たんでしょう?
ちゃあんとご用意しておりやすよ。あっしも嘘は吐きやせん。
さ、どうぞ、お入んなさい。
先月お見せしたモノに比べて、少々小ぶりですからな。それにお客さんが雨に打たれるままにしておくのも忍びない。
ちょいとばかし狭いですが、そこは堪忍なさってくだせぇ。……うん? お客さん、折り畳み椅子なんて持ってきたんですかい? 話し手としては冥利に尽きやすが、ちょいと変わっておられますな。なかなかご用意の良い事で。
ご期待に添えるモノをお出しできるかはわかりやせんが、少なくともモノは此度も一級品。魔王自慢の逸品でさぁ。
早速ご覧に入れましょう。
どうです? お月さんと言えばきんきら黄色に光ってるモンではありやすが、金に輝くムーンストーンというのは、お客さん、初めて見たんじゃぁありやせんかい?
面白みの無いシンプルな楕円のカットではありますが、これが一番、ムーンストーンの遊色を際立たせる。
こうやって傾けると……薄暗いせいで些かわかりにくいですな。ライトを出します故しばしお待ちを。
気を取り直して。
如何です? 光に沿って、青白い帯が走るでしょう。そこにうっすら、しかし華やかな桃色も付き従っている。月面を兎の群れが跳ねているようじゃあありませんか。これは専門用語で“シラー”と言いましてな。コイツがあるのが、同じ長石の仲間であるサンストーンやラブラドライトとは違うところなんでさぁ。
黄金月長石と呼ばれるこの石は、デジタルワールドでも有数のムーンストーンの名産地にて発掘されたと聞いておりやす。
ええ、向こうにも鉱山というヤツがありましてな。あっしの店に来るぐらいなんだから、デジモンについてちったぁご存知でしょう。“クロンデジゾイト”って単語に覚えはありやせんかね? あれも専用の鉱山で採掘されているんですよ。
同じように、宝石が採れる山もある。
今回の黄金月長石にまつわる物語は、そんなムーンストーンが採れる山に伝わる、不思議な不思議な御伽噺でさぁ。
時にお客さん、ムーンストーンはこの国、日本でも採れる事をご存知ですかな?
“人喰谷”と。そんなおどろおどろしい名前の渓谷が、美しいムーンストーンの産地だそうで。この「人喰」というのは、その地が雪崩の頻発地帯で、山を越えようとした旅人を度々呑み込んでしまうから。というのが由来らしい。
奇しくもデジタルワールドのムーンストーン一大産地も、デジモンにとって「人喰い」に等しい名で呼ばれているんでさぁ。
“トラッシュバレー”。別名、“鳥撃谷”というんですがね。
*
トラッシュバレーでは雪もさる事ながら、トラッシュの名の通り、ニンゲンの世界から削除されたデータがよく降った。まあ、アレです、ニンゲンの感性で表現するのであれば、宇宙ゴミみたいなモンですな。
不意に隕石のように降ってくるそれらが、飛んで谷を越えようとするデジモンをよく穿つから。故にトラッシュバレーは、いつしか鳥撃谷とも呼ばれるようになったんです。
空を行く者には手厳しく、地に住まう者の滞在をも拒む。
トラッシュバレーはそんな土地でしたが、手付かずな分、鉱物データは豊富。天の落とし物は人からすればゴミの類でも、デジモンにとっては貴重な資源となり得る物が数多混じっておりやした。
故に、危険を承知でトラッシュバレーに身を置いて、回収屋的な事をやっているデジモンというのも、実のところ、それなりの数が居たんだとかで。
その中に、インセキモンというデジモンがおりました。
お客さん、ゴツモン、というデジモンをご存知ですかな? 人懐こい成長期だから、ひょっとするとお客さんでも見た事があるやもしれませんね。
インセキモンというのは、見た目はゴツモンそっくりなんです。ゴツモンは鉱石データで肉体を構築したデジモンなんですが、なんでもその鉱石に隕鉄のデータが混じっていると、進化する際にソイツが表層化する事が有るんだとか無いんだとかで。
それからゴツモンがインセキモンに進化するまでの間に、アイスモンという、全身が氷でできた成熟期が挟まる事もある。コイツも前述の2体とほぼほぼ同じ姿のデジモンだ。
……なんで突然氷になるのかって? ンなモン、学者先生にでも聞いてくだせぇ。
とはいえトラッシュバレーに限って言えば、ゴツモンがアイスモンになり、アイスモンがインセキモンになるのも、何ら不思議な環境じゃありゃしやせん。
トラッシュバレーには鉱物データが豊富で、万年雪が降り、外の世界の欠片まで落ちてくる。
ゴツモンがゴツモンの姿を保ったまま進化を続けるのに、これ程おあつらえ向きの土地もありますまい。
とはいえこの物語に出てくるインセキモンは、成長期の頃から微塵も形が変わらない事を、どうやら不満に思っていたようですな。
力ばかりは強くなりやしたが、ニンゲンでもほら、いつまでも背が伸びないと、それを嘆く事も少なく無いのでしょう。何にせよ、インセキモンは己の姿に納得しておらなんだ。「もっと華やかだったり、豪快だったりするデジモンに進化する同胞もいるのに」と。
そもデジタルワールドでは、完全体に進化できる個体というのがまずほんの一握りなんですがねぇ。逆を言えば、完全体に至るだけの力を有していたからこそ、インセキモンは欲をかいたんでさぁ。
故にインセキモンは、デジモン一倍、更なるステップへの進化を渇望しておったそうです。
そんな風にしてインセキモンが、冷たい身体に不満の火種をぶすぶす燻らせていたある日の夜、空から月が降ってきやした。
月、というのはもちろんモノの例えです。だが見紛うのも無理はない、ソイツは三日月の形をした、大きな黄金の船だった筈ですから。
それはジョウガモンという究極体――これが、完全体の更に上を行く段階です――デジモンが駆る、“広寒宮”という名の飛行船でした。
インセキモンは、鳥を撃つトラッシュバレーのデブリに月までもが墜とされたその瞬間に、たまたま居合わせたようなのです。
巻き込まれるのは免れたようですが、大変な衝撃だったでしょうな。
さながら神籤入りのクッキーを割った時のように、中央から真っ二つになった広寒宮の周りには、同じ色の破片が散らばっていたのではないかと思いやす。
その中には、船の繰り手であるジョウガモンの姿もありやした。
ニンゲンの女性に似た身体に、これまた金に輝いた、兎を模した鎧兜を纏った神人型デジモンです。
ジョウガモンは武術の達人だという話ですが、予期せぬ墜落に際して受け身を取れる程の猶予は無かったのでしょう。蹴りの必殺技を繰り出すための足が、哀れにも。それはそれは酷い有様だこと。ひと目見て碌に身動きが取れないと解る様子で、ジョウガモンは雪の上に投げ出されておったそうです。
とはいえ形がある以上、ジョウガモンはまだ生きておったんでさぁ。
インセキモンがこのジョウガモンに気付いて、おっかなびっくり歩み寄ると、ジョウガモンもまた、インセキモンに気付いたようでした。
「もうし」……こんな感じですかな。「そこなるお方。どうか、どうか船の中にある、“玉兎”を取ってきてはくださいませんか?」ジョウガモンは絞り出すような声で、インセキモンに乞うたとか。
玉兎というのは、ジョウガモンの武器です。これまた三日月の形をした刃だ。
しかしこの刃、敵をなますに切り刻むばかりではなく、治療の力も秘めている。ジョウガモンが掲げれば、如何なる傷をも癒やすともっぱらの噂でさぁ。
ジョウガモンの足は見るも無惨な有様でしたが、玉兎を使えば、たちまち元通りだったに違いありやせん。そんな奇跡じみた御業を可能とするからこその究極体なのです。
とはいえ手元に玉兎が無ければ、流石にソイツは叶わない。強過ぎる能力に対する制約みたいなモンですな。
インセキモンは、ジョウガモンの懇願に頷いたといいます。
ですが、腹の内はと言えば。ね。
……ジョウガモンは、目映く、煌びやか。つまり、美しいデジモンでしたから。
インセキモンはしっちゃかめっちゃかになった広寒宮の中から、どうにか玉兎を掘り起こしました。
主や船がこの有様にもかかわらず、玉兎には傷一つ無かったとか。
インセキモンの体躯の2倍はある大太刀でしたが、完全体の膂力があれば、持ち上げるのには苦労しない。
ジョウガモンにもよく見えるよう、インセキモンは、玉兎を掲げてジョウガモンの元に引き返しやした。
ああ、と。ジョウガモンは痛みに耐えるために結んでいた唇を、僅かに綻ばせた事でしょう。
そうして安堵に気を緩めたジョウガモン目掛けて、インセキモンは玉兎を振り下ろしました。
玉兎はジョウガモンの首を落としました。
その時です。今度はインセキモンが息を吐くためかぱと口を開けたのも束の間。けたたましくさえ感じる大笑いが、しんと冷たいトラッシュバレーを震わせたのです。
笑い声は、ごろんと向こうに転がったばかりの、ジョウガモンの首から発せられていました。
ジョウガモンの首は呆けるインセキモンに向かって、嘲るように言いました。自分も元は、この谷で生まれ育ったゴツモンであった、と。
「そしてあなたと同じように、私はある日天から落ちてきた月の女神を殺しました」ジョウガモンは続けます。「そうして得たのは、長きに渡る孤独の日々。しかしそれも今宵まで」
ジョウガモンはもう一度呵々と笑って、インセキモンへと言い渡しました。
「私と同じ情け知らずのあなたは、私と同じく孤独の末に、情け知らずの手にかかって死ぬでしょう」と。
それだけ言い残すと、ジョウガモンの首は消えて無くなりました。デジモンは死ぬと光になって消えてしまいやすからね。
しかしインセキモンもまた、もはやそこにはおらなんだ。
気が付けばインセキモンは、ジョウガモンへと進化していたのです。
インセキモンだったジョウガモンは、ここにきてにわかに恐ろしくなりました。
首を落としたジョウガモンの声が、耳にこびりついて離れんのです。
長きに渡る孤独とは、一体如何ほどの長さなのか。
己を殺す情け知らずは、一体如何様な死を己に与えるのか。
考えるだけでおかしくなる。いいや、おかしくなってしまったんでしょうな。
たまらなくなって、ジョウガモンは新しい自分の手で、今一度、先のジョウガモンが最期の言葉と共に遺した玉兎を取り上げました。
そのままジョウガモンは、もう何も考え無くて良いように、己の頭を首から切り離しました。
こうしてジョウガモンは、情け知らずの手にかかって死んだのです。
その亡骸が斃れた所に遺されていたのが、この黄金月長石だと伝わっておりやす。
あくまで御伽噺ですからねぇ。嘘か真かは解らない。
だけれど金に輝くムーンストーンが見つかったのは、後にも先にもトラッシュバレーのコイツだけ。しかし同時に、黄金月長石はこの世にただ1つ、確かに存在しておるのです。
*
如何でしたかな? お客さん。
……はあ。裏声がキツかった。
他に言う事無いんですかい? あんさん、鳥撃谷のインセキモンに、負けず劣らずの情け知らずだ。
ま、よござんすよ。あっしはお喋りは好きですが、ソイツが仕事って訳じゃあ無い。
それで? こちらの黄金月長石は如何なさいますかな?
買わない? ま~あそうでしょうな。そんな気はしておりやした。こんないわく付きみたいな謂れ持ち、好んで手元に置く者なんて、それこそ宝石狂いの魔王ぐらいのモノでしょうから。
とりあえず、この先も足を運んでくださるなら、気に入る石の1つや2つくらいはありましょうて。
例えば、先の話にも出て来たゴツモンですが、あの種にまつわる宝石とお話も、実はもう1つあるんでさぁ。話すとすれば、ひい、ふう、みい……9ヶ月も先の事になりやすが。
気長に待ってくださるなら、こちらも気長に待たせていただきやすよ。そうです、どうせ暇なんでさぁ。
そういう訳だ。どうかまたいらしてくだせぇよ。
またのご来店を、お待ちしておりますのでね」
- このトピックに返信するにはログインが必要です。