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トピック
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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。種族特有のマスクではなく、十字の意匠が施された下級天使の兜で顔を隠している。
だからというか、トラバサミは気ままな自由人、いや、自由デジモンだ。何せ、己の意志を誰に操られる事も無いのだから。
そうでなければ、この悪魔が。人の世界で宝石を売っていられる筈も無い。
宝石商トラバサミには相棒がいる。アンデッド型のスカルグレイモン。トラバサミの足であり、用心棒であり、そして店そのものだ。
客が来なければ日がな一日、トラバサミは屋根にもならないあばら骨を見上げて寝転がっている。そんなトラバサミの怠慢を許す程度には、このスカルグレイモンは珍しく、非常に大人しい個体である。
スカルグレイモンの名前は、ホープといった。
ホープの見事な一本角には古ぼけたトランクが引っかかっていて、その中身は宝石商トラバサミの売り物の全てであり、その外身は宝石商トラバサミの店がそこにある証、すなわち看板なのである。
*
「おや、いらっしゃい。珍しい事もあるモンでさぁ、まさか客がお越しになるとは。
まあ、半分道楽みたいな商売ですからな。魔王の時勢ならいざ知らず、宝石って奴ぁ我々デジタルモンスターにとっちゃ大して価値のあるモノでもありませんので。
それでも、かつては王の御機嫌を取るべく各所のデジモン達が、汗水鼻水垂らして必死に掻き集めた逸品ばかりです故、捨ててしまうのも忍びない。なのでこうして、少しでも価値の解るニンゲン様々方に是非とも手に取っていただこうと、そういう寸法で始めた商売なんでさぁ。
うん? あっしが魔王と直接宝石を取引していたのか、ですかい?
ええ、ええ。よく存じておりますよ、かの魔王は、これ以上無い太客でしたから。
あっしだけじゃない、あの頃魔王の隆盛に乗じて“宝石商”を名乗り出したデジモンは、多かれ少なかれ、魔王からお零れを頂戴しておりやした。
何せ魔王は、強欲の業を背負っておりましたからな。
何でもかんでも欲しがりやしたよ。極端な例ですが、気に入りさえすりゃあそれはもう、路傍の石にだろうが大枚をはたく始末でした。世間じゃ宝石狂いなんて称されちゃおりましたが、鉱石狂い、と呼んだ方が、いささかしっくりくるやもしれませんな。
ま、そんなこんなで、流行ったんでさぁ。
魔王の恩恵に預かろうと、魔王のお眼鏡に適うぴかぴかの石ころ探し出すのが。
何て事ぁ無い、あっしもその内の1体だというだけの話です。
しかしお客さん、ウチはそん中でもモノは良い方ですよ。
ここだけの話ですがね。魔王亡き後、王の城から幾つか“お預かり”してきたんでさぁ。
はは、そんな顔なさんな、盗品なんぞじゃありゃしやせん。
言ったでしょう、忍びないと。なまじ宝石商など始めてしまったばっかりに、解っちまうんでさぁアレらの価値が。
廃墟化した城で埃に埋もれるならまだマシな方。天使の跡継ぎ共に堕落の引き金と打ち壊されでもしたら……そりゃあ、あんまりじゃあありやせんか。
なので、あっしがやっている事は引き継ぎ作業。ボランティア。リユース? リデュース? リサイクル? 何れにせよ、所謂えすでーじーずという奴でさぁ。ニンゲンの方々のお好きな概念と聞いておりやすよ。大事にしてくださる新たな持ち主に、ちょっとした手数料だけいただいて、魔王の蒐集品をお渡ししている次第なのでごぜぇやす。
あ、それとも何です。宝石の謂れをお疑いか。
失礼な。正真正銘、魔王自慢の蒐集品……と、いくら御託を並べたところで疑いは晴れますまい。
あんさんの目利きで判断してもらう他ありませんなぁ。
ま、宝石とはそういうモノでさぁ。結局のところ、値札云々の話では無く、買い手が欲しいと納得したモノでなければダイヤも石炭も同じ事。宝石の価値は、求めた者が決めるのです。……値段はあっしが決めますが。
何にせよ、ひと目だけでも、ご覧になってお行きなされ。
あっしの店に足を運ぶぐらいだ。あんさん相当お暇でしょう。あっしも同じくらい暇なんです。
真偽の審議の材料に、宝石にまつわる昔話も聞かせて差し上げましょう。
何せ魔王の蒐集品。見た目の善し悪しだけでなく、辿った命運も数奇なものなのでごぜぇやす。
聞いて損はさせませんよ。あっしも商売人の端くれです故。
……よござんしょ。
ホープや、トランクを降ろしておくれ。
それでは、時にお客さん。こちらの暦は、どの月を指しておりましたかな?
5月。でしたら、コイツのお話をいたしやしょう。
お客さん。『オズの魔法使い』という御伽噺は、ご存知ですかな?
*
のどかな田舎町の話でさあ。1体のノヘモンがおりやした。
ノヘモンってえのは……厳密には違えんですが、一旦、案山子のデジモンと紹介しておきやしょう。
喋って動く案山子。それも、大法螺吹きの案山子でさぁ。
中でもソイツには定番の法螺話があって、なんでも、そのノヘモンはかつて世界を――そう、希望の勇者よりも前の時代に――救ったニンゲンのパートナーだったとの事で。
そのニンゲンというのが大層な知恵者、所謂賢者というヤツでして、当時の悪党を懲らしめて後、疲弊したデジモン達が落ち着くためのまちづくりにまで手を貸したんだと。
やがて街が大きく育ち、都と呼べる規模になった頃、安心した賢者はパートナーであるノヘモンに、己の知識を含めた全てを託し、デジタルワールドを去りましたとさ。
残されたノヘモンは都の長。即ち王として君臨していた時代があったんだと。そんな話を飽きもせず、繰り返し繰り返しやるんでさぁ。
そう。『オズの魔法使い』。
――エメラルドの都の主オズは、案山子に糠と針を詰めた脳を授け、終いには都の統治を任せた。
デジタルワールドでもいくらか知られている話です。だからだぁれも、ノヘモンの話を真に受けるモンなんざぁ居なかった。「きっと『オズの魔法使い』の記録データがデジコアに紛れ込んだんだろう」と。
本当に王だと言うのなら、そんな田舎町に居る筈もありゃしやせんからね。
とはいえノヘモンと言えば口から先に進化したようなデジモンだ。なかなかどうして、語り自体は面白い。
日が暮れれば皆して酒場に集い、ノヘモンの法螺話に耳を傾けた。
闇の魔術に手を染めた末、デジモンですら無い異形の怪物と化したウィッチモンを呪いから解放するための旅路。
賢者を強襲したレイヴモンとの死闘。
旅の仲間、ローダーレオモン。……ブリキ人形と臆病な獅子を兼任しているようなチョイスですなぁ。
そして、オズの治めた国と同じように、全てが無機質な緑で彩られたエメラルドの都。
ノヘモンの紡ぐ物語は。
物語を紡ぐノヘモンは。
住民達に大層愛されていたようでごぜえやす。
そんな折でした、魔王・宝石狂いが台頭し始めたのは。
のどかな田舎町。一帯に広がる肉畑以上の宝物なんぞありゃしやせん。
にもかかわらず、魔王の配下の1体が、そんななんでも無い町に目を付けた。
何て事ぁ無いんです。ノヘモンがなまじ面白可笑しく“エメラルドの都”なんて地の話をするものだから、いよいよ真に受ける阿呆が現れた。それがたまたま、魔王の手先だったというだけなんでさぁ。
かの町の住民達は、「都」と呼称したくなる規模のエメラルドの鉱脈を隠している、と。
とんとおかしな話でしょう。あっしも事のついでと一度足を運んだ事がありやすが、緑のモノなんて、森と草っ原しかありゃしやせんでした。
けれども思い込んじまった以上は、もはやだぁれにも止められやせん。
そいつがまかり通る程度には、魔王は常々宝石を探し求めていたんですから。
大法螺吹きとは言ってもね。ノヘモンもまた、町を、町の住民達を愛しておりやした。
責任を感じたんでしょうなあ。
「どうせ何も無い町だ。荒らされたって痛手すら無い。命以外は何でもかんでもくれてやろう」と、皆々揃って町から逃げ出した筈なのに。気付けばノヘモン1体だけが、一団の中から姿を消していたのです。
どこに行ったのかと言いますと、ええ、迫り来る魔王軍小隊の前に。無謀にも単騎、躍り出たのでさぁ。
ノヘモンは死にやしたよ。
だがタダでは死ななんだ。
多勢に無勢もなんのその。あれこそ獅子に例えられるべき奮迅の戦いぶり!
まこと美事なものでした。いやまあ、実際に見た訳じゃ無えのですが、様子は幾度となく伺いましたので。
ノヘモンは種族として弓矢の達人なんですが、かのノヘモンは戦い方そのものが突出しておったとの話です。
ありとあらゆる遮蔽物を死角という死角に変え、予備の身体、ようするに案山子を次から次へと繰り出して、たった1体で魔王の軍勢と渡り合ったんだと。
ええ、ええ。厳密には違うと言ったでしょう。ノヘモンは、案山子を操る、念力使いの鴉人形のデジモンなんです。
案山子に弓を引かせるだけじゃあありゃしやせん。念力使いですからね、案山子の操作だけじゃなく、矢の軌道は縦横無尽、一度放ったそれらの回収もなんのその。射るものが無くなれば、石の雨霰を降らせての徹底抗戦。その上で、肝心のデジコア、ニンゲンで言うところの心臓を持つ本体の鴉人形は、矢よりも自由にあちこち飛び回りまるで捕まえようが無い。ああ、おまけに上も取られているモンですから、陸にいる魔王軍の動きは筒抜けときたモンでさぁ。
ノヘモンはね、魔王の配下に討ち取られたんじゃなく、超能力の使い過ぎで、デジコアが焼き切れて死んだんでさぁ。
そうしてノヘモンが死んだ後、すっかり痛手を負いながら、魔王の配下達は田舎町の中を検めやした。手ぶらでは帰れやせんからねぇ。
が、なぁんにも無い町でしたよ、やっぱりね。
ただし、その内彼らは、町の外れにノヘモンの住まいを見出しやした。
そこがノヘモンの住まいと解ったのは、家中に隠された地下室があって、その最奥に、エメラルドで出来た鐘が吊り下げられていたからです。
ご存知ですかな? お客さん。エメラルドというのは硬度自体は高いんですが、性質上、内部に傷を沢山拵えがちなんだそうで、実は衝撃に弱いんでさぁ。
ひどい時には指輪の台座に嵌めるだけでも割れる事もあるそうで、「職人泣かせ」なんて呼ばれる事もあるぐらいだ。
だというのに、鐘ですよお客さん。叩いて鳴らす、あの鐘です。
縁をぐるりと一周する、つる草模様まで細工されている始末。掘り出すのに相当の技術を要したと、加工に関しちゃてんで素人のあっしでも想像に難くありやせん。
宝石自体の質も相当のものだ。町を囲うどの草花よりも深い緑を湛えているのに、その透明度ときたら、向こう側が透けて見える。鐘の内側に頭を突っ込んで周囲を見渡せば、たちまち確かに、世界はエメラルドの都へと塗り変わりましょう。
尤も、それが可能な頭の持ち主は、せいぜい鴉が関の山。
傷を付けようものならたまったモンじゃありやせん。嘴も柔らかな布であらねばなりますまい。
ほれ、ご覧なさい。こちらがエメラルドの鐘でごぜぇやす。
どうです? 思わずうっとり眺めちまうでしょう。硝子の杯になみなみ注いだメロンソーダを、ひっくり返して宙ぶらりんにしたみたいに、甘く涼しく爽やかだ。
これを見せれば、大法螺吹きだなんて、だぁれもノヘモンを疑いやしなかったろうに。
うん? 音は鳴るのか。その疑問はご尤も。
しかしその前に、事の顛末を語り尽くしてしまいやしょう。
配下から報告を受けた魔王は、エメラルドの鐘だけを持ち帰り、他のモノには一切手を付けるなと部下達に厳命を言い渡しました。
何も無い田舎町とはいえ、略奪できるモノがまるで無かった訳じゃあ無い。何も無い田舎町なだけあって、肉畑は相応に立派ではありやしたし。
……え、そういえば肉畑って何かって? お客さん、そいつは自分で調べてくださいな。
話を戻しやす。
配下達は魔王に命じられた通り、エメラルドの鐘だけ持って魔王の城に引き上げやした。
ご覧の通り鐘は見事な逸品でしたが、犠牲の割には合わない代物。
とはいえ魔王は作戦を決行した部下を粛清したりはしやせんでしたよ。そういう事はやらなかった。何せ強欲の業の体現者、一度手にしたモノを簡単には捨てられない、そんな性分だったんです。
それに、弱さを理由にその者を切れば、魔王軍相手に戦い切ったノヘモンを侮辱する事になり、それだけ鐘の価値も下がろうと。そのように考えたようなのです。
魔王は玉座の近くの梁に鐘を下げさせ、見合う大きさの木槌で鐘を叩きました。
あっしもたまたまその場に居合わせたんですがね。音色も素晴らしいモノでした。
静かで、澄んでいて、それでいてよくよく響く、木漏れ日の欠片が泉に落ちたかのような音でした。
魔王はノヘモンを称えました。同じ王として敬意を払うとまで。
この一打はその証と、弔いのために、と。それきりです。
鐘は魔王が滅びるまで玉座の間に飾られてはいやしたが、魔王が鐘を鳴らしたのは、そいつが最初で、最後でした。
どうです? お客さん。ここに木槌もある。
鳴らしますかい? 魔王でさえ1度しか耳にしなかった鐘の音だ。こんな機会は、またと無ぇですよ。
別にいい? あ、そう。
それよりも、町はどうなったのか、と。
お客さん、ニンゲンの割に可笑しなところを気になさる。
町は何も変わりやせんよ。何も変わらなかった。
帰って来た住民達は細々と、だだっ広い肉畑を耕し暮らしておりやす。
酒盛りの席を賑わせる英雄譚だけは、ひとつレパートリーが増えたそうですが。
そいつは一番ウケが良い割に、話そのものは面白みに欠けるとか、何だとか。
まあ、仕方がありゃしやせん。敵いますまい、口から進化したような、法螺吹き鴉の喋りには。
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はあ、買いやせんか。
よござんす、値打ちモノばかり扱う手前、冷やかし上等の商売だ。職人泣かせとまで呼ばれる繊細なエメラルドの工芸品、おちおち飾れもしないでしょう。そもそも吊す場所も無いとみた。
あっしにしたって、魔王みたいな好事家がそうぽんぽん見つかるとは思っちゃいやせんよ。
そもそも先に言った通り、道楽みたいな商売でさぁ。こうしてお話できただけでも、なかなか楽しい時間でした。
良ければまたいらして下さいな。来月には、また違う石をご用意しておきやしょう。もちろん、石にまつわる物語と一緒にね。
忘れられるのも忍びないですからな。
それでは、またのご来店をお待ちしておりやす」
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