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トピック
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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。悪魔である以上、彼もまた、支払われた対価には見返りを用意する。
そういう訳で、トラバサミは今月の品とは別に、ラッピングされた小箱を用意しているようだった。
包装紙の上から巻かれたリボンの向きなど度々気にしているようであったが、名前の由来にもなっている鉤爪でうっかり裂いてしまってはかなわないと、下手に触れず、そうやってどうしようも無い事でずっとそわそわしているようである。
トラバサミの相棒、ホープが普段より落ち着きの無い相方を見下ろす眼から、その心情を伺う事はやはり出来ない。
とはいえ何も反応していない以上、若干呆れていたりもするし、仄かに微笑ましく思っているのかもしれない。
少なくとも、トラバサミもそうだが、毎月やって来てはなんだかんだと何も買わないあの客の事を好ましく思っていなければ、骨の竜は何らかの行動を起こす筈なのだ。
ホープの見事な一本角にかけられたトランクが、先月よりもずっと柔らかくなった風を歓迎するように揺れている。
もうすぐ、1年が経とうとしている。
*
「お待ちしておりやしたよお客さん。随分と気候もようなりましたからね。そろそろ来るんじゃないかと、それはもう、首を長くして。
今月の石をご紹介する前に、どうかこちらを受け取ってくだせぇ。勿体ぶっても仕方無えですからな。
お忘れですかい? アレですよ、ホワイトデーの。先月のお返しです。
悪魔が柄にも無い真似をとお思いかもしれませんが、先に渡してきたのはお客さんの方ですので。あっしもいっぱしの悪魔として、対価をお払いするまででさぁ。
なんて言ってみたところで、大したモンではありやせんよ。あっしの店の商品なんかで返された日にゃあ、逆に気を遣うでしょう?
なので、コイツは普通に菓子です。
ティラミス風の焼き菓子だそうで。本物のティラミスをお渡しするか悩んだのですが、消費期限当日中のモノは顰蹙を買いがちと小耳に挟みましたのでな。
うん? どうしてティラミスにこだわったのかって?
流石に贈り物の意味まで説明させるのは野暮ってモンでさぁ。後で自分で調べて勝手に解釈してくだせぇ。
しっかし菓子は意味を宿している上に食えるとなると、これでは宝石も形無しですなぁ。見た目までそっくりに作れるとなれば、なおの事。
うまかったですよ、先月いただいたチョコレート。目にも楽しい、素敵な逸品でした。
とはいえそれはそれ、これはこれ。
商売はまた別の話でさぁ。今月も面白い石をご用意しておりやすよ。是非是非手に取ってご覧になってくだせぇ。
さ、ホープや、トランクを降ろしておくれ。
さて、それでは。こちらが今月の石。ソイツで拵えた“仮面”でごぜぇやす。
顔を覆い隠す道具だというのに、淡い青を通して、向こう側が透けて見えるでしょう。それから触ると、ひやりとしている。この冷たさが、石と硝子を見分けるための、一種の目印だったりするんでさぁ。
両の手の平で掬った水で、ばしゃん、と顔を洗おうとするなり、ソイツがそのまま固まっちまったかのような作品だ。表面の研磨は荒々しいものですが、それがかえって、この石の「瑞々しさ」を一層に際立たせている。
石の名前は、見た目そのまま――アクアマリン。
「海の水」を意味する宝石でごぜえやす。
ところでお客さん。去年の6月にあっしが言った事、覚えておいででしたかな?
「9ヶ月後に紹介する石は、またゴツモンに纏わる石となります」等。
仮面の上部に、耳のような、シニヨンのような、丸いコブが2つ備わっておりますでしょう。
ソイツはゴツモンの顔の特徴なんでさぁ。つまるところ、この面はゴツモンの顔を模しておるという訳でして。
どうしてこれ程立派なアクアマリンで、成長期デジモンに過ぎないゴツモンを象った面が拵えられたのか。
答えは単純明快。このアクアマリンの持ち主が、ゴツモン“そのもの”だったからでさぁ。
より単刀直入に申し上げますと。こちら石は、ある意味ゴツモンの身体の一部なんです。
このアクアマリンは、生きておるのですよ、お客さん。
*
ゴツモン。成長期の鉱石型デジモン。
かの種は周辺地形の鉱物データを身に纏う習性がありましてな。当然、生息地によって構成データが異なるのです。
ここまでお付き合いいただいたお客さんなら、もうお解りでしょう。
そのゴツモンは、アクアマリンの産地で生を受け、アクアマリンのみで全身の肉体データを構築したゴツモンだったんでさぁ。
ただ、彼奴の存在は、半ばこちらでいう“都市伝説”のようなものでした。
ただでさえ海の水と見紛うような宝石なんです。同じように青く澄んだ“氷”と見比べて、簡単に見分けが付けられましょうか。
そう、アイスモン。
よく覚えておいででしたね。ゴツモンと姿形がそっくりの、全身が氷で形成された成熟期デジモン。そんなアイスモンを誰かが見間違えたか、勘違いしたか、あるいは、法螺を吹いたのか……何にせよ、実際のところ、全身アクアマリンのゴツモンなんていやしなくて、正体はアイスモンだ。ってぇのが通説でした。
噂がある以上かの魔王、宝石狂いも部下に捜索はさせてはいましたが、流石に眉唾。本腰までは入れなんだ。
捜索地域は元よりアクアマリンの産地ではありやすからね。質の良いそれが自分の手元に届くよう、現地の住民と取引を交わすそのついでに、といった調子で、部下の調査が片手間でも、別段咎めようともしなかった。
状況が一変したのは、皮肉にも。部下の1体がアクアマリンゴツモン探しをほっぽりだして、町の酒場で仕事を怠けていたのがきっかけでした。
その日酒場には、旅の芸者が訪れておりやした。
芸者の種族はリェンフーモン。ちょいと発音しづらいこのデジモンは、お隣の国で伝わる“変面”芸のデータを取り込んだとされる突然変異型でございます。
次から次へと、マントや手で顔を隠した一瞬で、身につけた仮面をささっと入れ変えるこの伝統芸は、本来であれば門外不出の絶技と称されるだけあって、酒の入った荒くれ共にも大ウケときた。
魔王の配下もほろ酔い浮かれてリェンフーモンの技を眺めておったのですが――ソイツも刹那の出来事でした。リェンフーモンはゴツモンを模した仮面と、一見するとアイスモンと思われる透明な仮面の2枚を取り出し、己の真の顔は巧みに隠しつつ、仮面の前後を高速で入れ替える、という芸を、数秒、披露したんだそうです。
……ところで。少し話は逸れますが、宝石というのは偽物が出回るのが世の常でしてな。
アクアマリンもその例には漏れやせん。というか、カットされた状態ではほぼほぼ内包物が見受けられないアクアマリンは、素人には鑑定が難しい石のひとつでして。
合成スピネルや硝子に色づけしたモンが、我が物顔でアクアマリンの札を貼られているなんて事もそう珍しくは無いそうで。……念のため言っておきやすが、あっしの店で扱っているのはどれも本物ですからね?
閑話休題。
ようするに、魔王から宝石の取引役を命じられた部下というのは、その手の偽物に惑わされない、いわゆる目利きの技量を求められておったのです。
この日はちょいと酒が回っておりやしたが、ソイツもアイスモンとアクアマリンを日夜連日見比べる羽目になっていたからこその息抜きだ。
仮面の出番はほんの僅かではありやしたが――魔王の部下は、一種の職業病故に。透明の面に対してひっかかりを覚えずにはおられなんだ。
「今の面、アクアマリンじゃなかったか?」とね。
先日紹介した“葡萄酒殺し”みてぇな便利な石、末端が持たせてもらえる筈もありやせんからね。飲んだ倍量氷水を腹に流し込み、無理矢理酔いから冷めた魔王の部下は、自分が飲み干す筈だった酒瓶の残りを携えて、ショーを終えたリェンフーモンに「奢らせてくれ」と誰よりも早く駆け寄った。
そうして同じ形の2枚の面を用いた芸が特に良かったと褒めそやし、それとなく仮面を手に入れた経緯を聞き出そうとした、までは良かったが―――このリェンフーモンというデジモン、この時の部下にとっては、少々困った性質を持っておりましてな。
兎に角喋らんのです。
言葉ではなく、身振り手振りと面の入れ替えで感情を表現するリェンフーモンは、自身には笑顔の面を装着し、ゴツモンの面を陽気に左右に振るばかり。
魔王の部下は内心苛立っておりやしたが、仮にも普段から交渉事を任されておる身です。どうにかこうにか透明の面に直接触れさせてもらえる程度には打ち解けて、その材質が本当にアクアマリンである事だけは突き止めた。
再びリェンフーモンの特性についての説明になりやすが、かのデジモンは、親しくなったデジモンがおると、その顔を模した面をマントの中で持ち歩くという性質を有しておるそうで。
アクアマリンの仮面もその内のひとつだと、魔王の配下は考えたんでさぁ。
だが改めて「これをどこで」と尋ねても、リェンフーモンは通常のゴツモンの仮面を顔に付けて、大袈裟に腕を振るばかり。
埒が明かぬと思いつつ、ようやく見つけた“全身アクアマリンのゴツモン”の手掛かりだ。
それに、殺して仮面を奪う事自体は造作も無かったが、町の酒飲み達にこれほど喜ばれる芸を披露したリェンフーモンを手にかければ、ソイツがバレたあかつきには、通常のアクアマリンの取引に支障が出かねないと。ここは努めて冷静に、魔王の部下はリェンフーモンに、今度は自分の上司の前で変面芸を披露しないかと持ちかけた。もちろん、宝石狂いの名は出さずにね。
リェンフーモンは大きくふたつ返事。再び喜色の面を取り付けて、その誘いに乗ったそうでさぁ。
……まあ、その“酒の席で知り合った相手の上司”の正体がかの魔王だと判ると、さしものリェンフーモンも「面食らった」ようですが。
城の玉座の間に通されたリェンフーモンは、即座に顔……に着けた面を真っ青なモノに付け変えますと、そのまま平伏して、まだ何も言われていないのにアクアマリンの仮面を差し出しやした。宝石狂いの事ですから、狙いは件の仮面だと即座に察しちまったのでしょう。
ただ――そういう業を背負っておりやすので、もちろん仮面も欲しがりやしましたが――魔王の真の望みはソイツじゃあ無い。
「その仮面、いかなる経緯で手に入れた」と。魔王自ら、リェンフーモンに尋ねたのです。
しかし結果は部下が目にしたモンと同じだ。
部下の時より大層必死に、ではありやしたが、リェンフーモンは普通のゴツモンを模した面を被って、水かきのついた手で何度も己を指し示すばかり。
ひとつ違ったのは、魔王は配下の者よりも、多少察しが良かったってところでした。
……魔王はリェンフーモンに変面を披露させ、客人としてもてなした後、アクアマリンの仮面と芸に対する褒美を授け、かの者を害する事無く帰らせやした。
全てが終わった頃にはリェンフーモンの仮面は笑顔のそれに戻っており、新作の仮面を手に、弾むような足取りで城を去って行ったとの事で。
リェンフーモンをそのまま帰らせて良かったのか。
奴はけして言葉を話せないデジモンという訳では無い。ポリシーを曲げてしゃべり出すまで拷問しても、なんなら殺してデータを奪い取り、記憶を解析してやっても良かったのにと部下達が不思議がっておりましたところ、「阿呆」と。魔王は手に入れたばかりの透き通る仮面をひらひら降って、大きく溜め息を吐きやした。
「むしろアレには、この先も息災であってもらわねば困る。護衛をつけてやっても良かったぐらいだ」等。……溜め息の割に、どこか可笑しそうに言うのです。
魔王は“全身アクアマリンのゴツモン”が実在したと判っただけでも、一先ず良しとしたんでさぁ。
……うん? わかりませんかい、お客さん。魔王は何を察したのか。
ですが、思い返せば単純な事なんです。
リェンフーモンは親しくなったデジモンの面を作って持ち歩きますが、あくまでデジモンのツラを象った面。材質まで寄せるわけじゃあありません。
アクアマリンで面を作りたければ、アクアマリンが必要なんです。それも、己がデータとして内包した物がね。
もうお解りですね? どうしてリェンフーモンが、アクアマリンの面について尋ねられた際、毎回通常のゴツモンの面を被っていたのか。
……大方、アクアマリンのゴツモンは、希少な鉱物で構成されてしまった我が身を守るべく、さながら仮面を被るように、種族を偽って生きてきたのでしょう。
それが転じて、いつしか自在に好きなツラを選べるデジモンへと進化した。恐らくそんなところでさぁ。
そしてデジモンが死ねば、原則、その構成データは付属品も含めて消滅しちまいやすからねぇ。
とはいえデジモンの成長は不可逆ではありやせんので、真偽を確かめるという意味でも、リェンフーモンを退化させるという手も無くは無かった。
ですが、如何せん魔王は強突く張り。宝石狂いというだけで、その他の物欲も大概だ。
だから、さんざんぱら悩んだようですが、己の目で確かめた末に、結局惜しんでしもうたんです。
この世から愉快な芸がひとつ消えてしまうのも、ソイツぁなかなかの損失だ、と。
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ええ。リェンフーモンのままかは存じやせんが、全身がアクアマリンだった元ゴツモンは、今も何処かで生きておる。それだけは確かなようですな。
とは言っても、デジタルワールドは弱肉強食。いつ消えて無くなるやも知れない工芸品というのは、やはり手出ししづらいですか。ま、仕方がありませんな。
うん? どうかしましたかい、お客さん。
今月の石として“生きたデジモンの一部”をご紹介したのに、何やら他意を感じると? はて、何の事やら。……等しらを切るにしても、来月で暦が一周する訳ですからなぁ。
とはいえお客さんの方にしたって、薄々勘付いてはおったのでしょう? そも、どうしても知りたい事があったから、閑古鳥のやかましいあっしの店を尋ね、ここまで十一の貴石の物語に、耳を傾けてくださったんじゃあありませんかい?
……あっしがこれまでお話ししたのは、魔王・宝石狂いの一面でしかありやせんよ。
だが同時に、リアルワールドにまで伝わる伝説の魔王の像もまた、ひとつの側面でしか無いんでさぁ。
ソイツをお伝えできたなら――ええ、よござんす。来月は、希望の勇者に纏わる品を、あんさんのお目に入れて差し上げましょう。
店の場所は、あんさんならきっとお解りになる筈だ。
それでは、また来月。
きっとお越しになってくだせぇ。お待ちしておりやすよ。
あっしも。それから、ホープもね」
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