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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。先月からの繰り返しになるが、この種は上半身に衣服らしいテクスチャを纏っていない。
堕天使の身体に冬の木枯らしはそよ風と大差を感じられない程度のものではあったが、その見た目が買う顰蹙にはいささか堪えたか。トラバサミは申し訳程度にケープを羽織り、長い手足を折り込むようにしてなるべくその身を縮こめていた。
トラバサミの相棒、スカルグレイモンのホープはそんな彼をあばら骨の下に収め、隙間風をそれこそ涼しい顔で、悉くその身に受け入れている。
骨の間をひゅるひゅると空気が駆け抜けていく様はさながら笛のようで、来客を知らせてくれるものでこそ無かったが、その音色はそれなりにトラバサミとホープを楽しませていたようである。
そこに時折、ホープの一本角に引っかけられたトランクが、ばたばた竜の頭蓋と打ち合って、細やかなドラムを添えたりするのだった。
*
「少々早いですが、恐らく今年は最後でしょうからね。先にご挨拶申し上げておきやしょう。
本年は大変お世話になりやした。来年もどうか、ご贔屓に。……とは言いつつ、お客さんにはまだ一銭もいただいちゃあいないワケですが。
ええんですよ。お話できるだけで楽しいのも本当ですから。既にこんなに冷え込んでおるんです。冷やかしと懐の寒さを理由に、今更無碍にはいたしますまい。
そういうワケだ。身体まで冷やしたとなれば、僧侶型も走る年の暮れに一大事でごぜぇやすからな。早速いつもの紹介に移りましょうか。
とはいえ。
今月の宝石は、石とはもう呼べないやもしれませんなぁ。
気になりますかい? まあ、百聞は一見に如かずでさ。
ホープや、トランクを降ろしておくれ。
それではこちらをご覧くだせぇ。
ほれ、あっしの言いたい事も解るでしょう。というか、コイツを一見して石と判断する者こそまずおりますまい。
ええ、ええ。
しかし、美事なものではあるでしょう? ……身の毛がよだつ程の出来映えだ。
見ての通りだ。こちらは絵画。それも“幽霊画”でございます。
顔料にウルトラマリン――即ち、ラピスラズリを用いた、ね。
ウルトラマリン。
直訳で「海を越える」という意味のある深い青は、鉱物を用いた顔料の中では原初のもののひとつだと言われておりやす。その名の通り、海を越えてヨーロッパに伝わったこの色は、そのほとんどが聖人の衣を塗るために用いられた超貴重品であったとか。
特に有名なのは、まあ宗教画でこそありやせんが、バロック期を代表する画家、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』でしょうか。ひと目見たら忘れられない鮮やかな青いターバンは、他ならぬラピスラズリで染色されておるのです。
それで、こちらの幽霊画だ。
見ての通り、青一色。ウルトラマリンだけで描かれております。
にもかかわらず――まあ門外漢です故、詳しい事は解らんのですが、溶き油や筆のタッチ等で調整しておるんですかな――絶妙な濃淡で、暗がりを彷徨う死者の魂、この世のものでは無い灯火のゆらぎを表現している。
この国で幽霊画と言いますと、江戸時代の浮世絵師・円山応挙でしたかな?
応挙の描く幽霊、その出来映えといったら。あまりにおどろおどろしく真に迫り過ぎているせいで、びっくり仰天、絵巻の中から飛び出してきた事さえ有るんだとか、無いんだとか。
この幽霊画も、それに匹敵する作品だとあっしは考える。
何せ、時折本当に出てきましたからな。この絵に描かれた幽霊の王――ネクロモンは。
*
ある時、恐れ知らずにも魔王の城に盗人が入り込みました。
地下から穴を掘る形で宝物庫に侵入したかのデジモンは、数日前に魔王に献上されたばかりの巨大なラピスラズリを持ち帰ろうとしておった。
……まぁ、当然のように見つかって、当たり前のようにお縄となった訳なんですが。
下手人はグロットモンといいました。
グロットモンというのは特殊なデジモン――というか、特殊な「くくり」に属するデジモンでしてな。
十闘士。天使やロイヤルナイツのように、世界の守護者に分類される種族です。十、と数字が入る通り、十の属性の闘士がおり、その中でグロットモンは、土の属性を司り、物作りを得意とする、小鬼のような姿のデジモンなんでさぁ。
故に、トンネル工事も何のその。未遂に終わってしもうたとはいえ、地下から侵入できただけでも大したモンだ。技術も、そして、度胸もね。
ま、そうは言っても入り込まれた方はとても穏やかではおられませなんだ。
引っ捕らえられたグロットモンは、即座に魔王の前へと突き出された。
魔王はグロットモンに尋ねました。「何の企みがあって余のラピスラズリを狙ったのか」と。
……グロットモンときたら、魔王相手にまるで臆せず「企みなんてねぇやい」と、むしろ食ってかかるような勢いで。
「仲間にウルトラマリンを欲しがってるヤツがいるんだ」グロットモンは噛み付くようにして答えました。「質と量の条件を満たせる原料となりゃ、魔王のコレクションに行き着くのも当然だろう」と。
ここで、魔王は初めて顔料としてのラピスラズリの用途を知ったようですな。
否、鉱物顔料について全くの無知って事ぁ無かったでしょうが、宝石を砕いて絵の具に変えるなんて発想は、まず存在しなかったに違いありやせん。
宝石狂いであるが故に、魔王は己の知らない宝石の用途に、俄然興味を持ちやした。
魔王はグロットモンに取引を持ちかけました。
ラピスラズリは分けてやってもいい。だが、それ以上に価値ある物と引き換えに、だ。と。
正確には、魔王が自前のラピスラズリ以上の価値を認められるモン、となりますかな。
もっと具体的に言うとですな、ウルトラマリンを用いて自分にも何か描いて寄越せ。駄作だったら残りの対価は命で支払ってもらう。とまあ、そんな感じで。
それを聞いたグロットモンは、まずは目をまん丸に見開いて、それから大口を開けての大笑い。
それから、一にも二にも無く魔王の提案を受け入れやした。グロットモンに何ら迷いは無かった。“ウルトラマリンを欲した画家”という輩を、余程信用していたのでしょうな。魔王を落胆させるような作品はまず描くまいと。
とはいえ持ち逃げされては敵いません。魔王は城の一室をアトリエとして解放し、そこにグロットモンの仲間とやらを招き寄せた。
そのデジモン、何と言いましたかな……見た目は忘れようも無いんですがねぇ。あっしが言うのも何ですが、珍妙な見た目のデジモンでした。人型の鏡、とでも言いますか。
顔のパーツと言やぁ唇ぐらいのものなのに、その唇だけでハッキリとグロットモンに呆れの意思表示をしていた様を、遠目に見ていただけのあっしもよく覚えておりやす。
そんなこんなで。グロットモンとそのお仲間は1ヶ月ほど城に滞在し、魔王のための絵を完成させた。
ええ、そうです。この絵画でさぁ。
おどろおどろしいでしょう? 木枯らしよりもなお冷たく、背筋に寒気が走って行く。
白では無く黒い布を張ったカンバスに、青一色、鬼火の身体。
装飾品はあえて直接描かず、人魂からの照り返しだけでそこに在る事が表現されている。
その分、炎の方はごうごうと、音まで響いてきそうな有様だ。まさに命を燃やし尽くす火。魔王も地獄の業火を操る必殺技を持っておりましたが、この焔もまた、地の底より現世に這い出てきたようじゃあありやせんか。
いかんせん顔料に限りがありました故、作品自体はお客さんでも胸元で抱えられるサイズですが、その小ささをまるで感じさせない迫力を感じやしませんかい?
ネクロモン。ゴースト型の頂点に立つ究極体デジモン。
ありとあらゆる“恐怖”という概念を取り込んで肥大化した怨念の王。
ソイツがなんとまあ、生き生きと――いや、幽霊にそれもおかしな表現ですな。……死に死にと? そんな感じで描かれております。
魔王ですからね。悲鳴を上げたり、腰を抜かしたりだのの面白リアクションはしやせんでしたが。
お披露目のために布が取り払われた際、魔王はしばし身じろぎひとつせず――たっぷり十は数えた頃に、固唾を呑んで反応を見守っていた土の闘士とその仲間の前で、ふう、と息を吐いたそうです。
そうしてこう言ったんだと。「首を絞められたかと思ったわ」と。
「実に恐ろしい体験であった」魔王はくつくつと、自由になったらしい喉を鳴らしました。「まさか余の身の毛に弥立つ機能が残っておろうとは」等。
こうして、魔王は残りのラピスラズリをも手放しやした。
大層後ろ髪は引かれていたようですが、アレです、悪魔は、約束は守るようにできていやすので。
とはいえ見返りの品として、という意味では、魔王はラピスラズリから生まれたこの絵画を、十分なモノとして認めていたようですな。
上手くやっていたようです。この絵画が飾られた部屋に魔王が入ると、決まって談笑が廊下にまで漏れ出していたそうですから。
……誰と何を話していたのかって?
そりゃあ、お客さん。ねえ?
本人が目の前に居るんですから、試しに聞いてみたらどうですかい?
*
怖い話はお嫌いでしたか。いえ、そう言われるような気はしていやしたので。
それよりも、気になる事がありそうなお顔ですなあ。
よござんす。その疑問を解消するのも、商売人としての仕事でさぁ。
何故、世界の守護者と称される十闘士は、魔王を誅しようとしなかったのか。
土の闘士の仲間は、その後、ラピスラズリで何を描いたのか。
こんなところでしょう。
聞くまでもありやせんよ。当の魔王自身が彼らに尋ねた事ですからねぇ。
まず、十闘士が魔王と敵対しなかった理由ですが――コイツは所謂、管轄の違いってヤツですな。
十闘士の担当は“デジタルワールドそのもの”だとか、なんとかで。
土地や自然、と言い換えれば、なんとなくは理解できやすかね?
魔王は略奪を重ね、虐殺を厭いませんでしたが、反面、森を焼き払ったりだとか、河川に毒を撒いたりだとか、そういう真似はしなかった。だって「資源がもったいない」ですからな。
特に鉱山の運営に関しては、むしろ気を配っているレベルでしたからねぇ。それで潤った町もあるぐらいだ。なので、少なくとも。鉱物を含む“土”を司るグロットモンからすれば、進んで敵対を考えるような相手でもなかったんでしょう。
一方で、天使共の担当は“秩序”でしたから。そりゃもう魔王なんざ悪の中の悪、敵の中の敵、目の敵でさぁ。世を乱し、聖なる光では無く光る石ころに重きを置く大悪魔なんざ、許せるはずもありゃしやせん。
ましてや、魔王は元はと言えば、天使軍団パワーズの参謀長。いわゆる“身内の恥”なんですから。
そういう訳で、十闘士は魔王にはかかわらなんだし、天使共は自分達では敵わんので、希望の勇者を遣わせた。そんなところです。
次に、土の闘士の仲間は、ウルトラマリンを以て何を描いたのか。
城を去る前に魔王の尋ねたところによれば――鏡のデジモンは、しばし悩んだ後、結局素直に白状したようです。
強いて言うなら、美人画だ、と。
……魔王はそこで、興味を些か欠いたようですな。
美しいだけなら、宝石以上のモノなんてありやせんからねぇ、かの魔王にとっては。
それでも、「余の目に留まらぬようにせよ」と、忠告はしてやったようです。
「ラピスラズリで描く以上、気に入れば、きっと奪いに行くぞ」と。こちらもまあ、素直にね。
すると、横で見ていたグロットモンが呵々と笑いました。要らぬ心配だと。
曰く、その絵はとあるデジモンの肖像画になる予定で、しかしどれだけ美しく描いたとしても、きっとモデルの手元に在る内は、どうあっても霞んで見えるだろうよ。等々。
この話を聞いた当初は意味が良く解りませなんだが――魔王亡き後、この幽霊画を売りに出すにあたって、一度作者を訪ねたんです。
その時、作者と一緒に行動していたモデルを前にして、あっしも腑に落ちやしたよ。
そりゃそうだ。
いくら綺麗に美人を描いても、本人より美しいなんて、そんな事、まあまずありゃしないんでさぁ。
……と、オチもついたところで――と言いたいところですが。
お客さんにはひとつ腑に落ちない事が増えたと見える。
大方引っかかりを覚えておいでなのでしょう。
希望の勇者の伝説で語られている魔王は、美しい勇者を金剛石――ダイヤモンドとまで称えて、欲したという話ですからなぁ。
……ま、伝説ってヤツぁ、勝った側の視点ですからなぁ、大抵の場合。
ただ、そう謳われてもなんら不思議は無い程に、希望の勇者は強く優しく気高かった。きっとそれだけの話でさぁ。
さ、何だかんだと話し込んじまった。そろそろお身体に障りましょう、帰って暖かくなさってくだせぇ。
来月は、年明けだっていうのにそう愉快な話にはなりそうもありやせんからねぇ。今の内に聞く気力を蓄えておくのがよろしいかと。
ええ。それでは改めて、良いお年を。
来年もお会い出来るのを、あっしもホープも、楽しみにしておりやすよ」
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