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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。あからさまな悪魔の風貌は、当然滅多に歓迎を受ける事は無いが、そろそろ迎春の空気も冷めやり、縁起でもないと渋い顔をされる程でも無くなってきた。
そんな頃合いを見計らって、トラバサミはまた今年も店を出す。めでたい場に交わりたいとまでは願わなかったが、トラバサミは季節の移り変わりに一喜一憂する人々の空気感を、それなりに好んでいたものだから。
見た目だけの話をするならもっと縁起でも無さそうなホープもまた、宝石商トラバサミの店として、文句ひとつ発する事無く彼の居るところに鎮座している。
尤も、ホープは文句以外も何も口にはしないのだが、もしもトラバサミを嫌うなら、きっと彼の傍には留まらないだろう。
だから今日も、ホープの立派な一本角には、古ぼけたトランクが引っかけられている。
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「あけまして――いや、寒中見舞い申し上げます。の方がええんでしたかな?
何にせよ、今年もよろしくお願いしやす。どうぞご贔屓になさってくだせぇ。
さて、前置きはこの辺にしておきやしょう。春を迎えたとは言っても、暦の上ではまだまだ真冬。先月に引き続き、ニンゲンのお客さんを長くお留めするのも忍び無い。
予告した通り、そう明るい話でもごぜぇやせんからなぁ。身体を冷やすと、余計に気分も沈みましょうて。
という訳で早速。ホープや、トランクを降ろしておくれ。
それでは、こちらが今月の宝石――ガーネットの首飾りでごぜえやす。
いかがですかな。研磨済みのモノをお出しした事は何度かありましたが、既に金具に取り付けた状態で、となると、ひょっとすると初めてだったやもしれません。
加えて今回のコイツは、石の一つ一つはえらく細かい。正しく「粒ぞろい」、首から胸元までをほぼほぼ覆う、金細工とガーネットで編んだ玉すだれみてぇなネックレスだ。
質の良いモンの数が揃っている分煌びやかではありますが、これまでと比べると少々異質ではありましょう。
でも、この石はこれでええんです。
ガーネット。別名、石榴石。
それこそ、石榴の実のようでしょう。実際ガーネットの語源は、旧いラテン語の「種が多い」という意味の言葉から来ているんだとか、なんだとか。
赤い石というのは既にルビーをご紹介しておりやすが、ガーネットの赤みというのはまた、アレとは異なる趣がある。
そうですなぁ……ルビーは血の色に例えられるが、石榴はアレだ、肉を想起させる事が多いのでしたか。
鬼子母神の逸話はご存知ですかな? 子を失う痛みを知った鬼は、二度と人の子に同じ思いをさせないよう、人では無く石榴を食らうようになったとかいう。
こちらのガーネットもね、言ってしまえば肉の礫なんでさぁ。
こんな話をするとまた、お買い求めいただけないかもしれやせんが、あっしも嘘は吐けませんので。この首飾りに纏わる物語も、包み隠さず誇張せず、詳らかに申し上げるといたしましょう。
ま、先に断っておくとですな。
此度も、天使連中の碌でも無さが招いたお話なんでさぁ。
*
時にお客さん、“カストラート”をご存知ですかな?
デジモンのあっしにはよくわからんのですが、殿方に語ると揃って眉と股間をヒュンと寄せるような方法で、「声を子供のままにする」施術を施された男性オペラ歌手の事なんだそうで。
彼らの奏でる旋律は「天使の歌声」とまで称えられ、声変わりを経ていない高い声のまま、大人の男の肺活量で歌を歌うものだから、例えようも無い甘美さと力強さにあてられて、時には失神してしまう観客までいた程見事だったのだとか。何だとか。
そんなカストラートの多くは、穢れ無き者の代表者として神の偉大さを謳うべく、教会お抱えの合唱団に所属していたんだと。
……こういう情報が天使共の耳に入ると、まあよろしくない。
とっくの昔に廃れた手法であるにもかかわらず、しかし神を称えるためであれば、と、連中、デジモン流のカストラートを、デジタルワールドに拵えちまったんです。
簡単に言うとですな、成長期デジモンの進化を封じ、しかし経験値データだけは供給し続け、擬似的に「進化寸前」と呼べる状態を維持したやや強力な成長期を頭数揃えて、合唱団を形成させたんでさ。
悪を討つための戦力を、“希望の勇者”という外様に頼ってまで求める天使共からすれば、あまり噛み合わない手段のように思えますが、天使型の成長期には、ルクスモンというのがいましてね。
ルクスモンの張る防壁『クラウドバリア』は、数が居れば居るほど防御力が上がるという仕様なんです。時に上級天使の護りをも上回る程に、ね。
だから天使共は、ルクスモンを常に一定数確保しておきたかった。
疑似カストラートシステムは、ルクスモンの数を保つ意味でも、彼らを日常的に連携させる意味でも、随分と都合が良かったんでさ。その上で、進化を封じる縛りを突破してまで成熟期に至るルクスモンがいれば、それはもう超エリート個体という事になりますからな。そういう奴らは上級街道まっしぐらですし、進化できないルクスモン達からしても、そういう個体は励みになり、また目標にもなったって訳なんでさぁ。
ただ――まあ。
集団である以上、エリートがいるなら、落ちこぼれもおるんです。
そのルクスモンは、歌声も貧相、ステータスも貧弱、優しさだけが取り柄でしたが、その優しさ故に戦いを好まない、デジモンに生まれた事自体が間違いみたいな個体でした。
デジ一倍努力はしていたそうですがね、先々月にお話ししたブイモンと違って、まるでソイツが実らなかった。本人は前向きに、直向きに頑張ってはいたようですが、本当に才能がありやせんでした。
それでも、通常であれば時間経過と共に、種族は何であれ成熟期には進化できていたでしょうが――そこにカストラートシステムだ。
ルクスモンは同世代からも、教師役からも、一見目をかけられている風にうっすらと見捨てられて、本質的には孤独な日々を送っておりました。
ま、先に言うた通り、本人はあくまで前向きで直向きだったんですがね。
信じれば夢は叶うと、努力はいつか報われると、口当たりの良い標語を真に受けて、自分なりに日々精進しておったんです。……頭も悪かったんでさぁ。
何が残酷かって、このルクスモン、いっこうに上達しないのに、いつまでも歌が好きだった。
他のルクスモン達が寝静まった後も、そのルクスモンは中庭に出て、歌の練習をしていた程でした。……他者の眠りを妨げる程の声量もありゃしやせんでしたからねぇ。
そんなある夜の事でした。
ルクスモンは、己のそれとは比べ物にならない、不思議な歌声を耳にしたのです。
ルクスモンには出せない、低く、純粋に力強い歌声――いわゆるテノールというヤツですかな。ソイツが途切れ途切れに、ではありますが、しぃんと静かな星空の下、細々と、しかし確かに、夜風に音色を刻んでいたんだそうで。
ルクスモンはいてもたってもいられず、歌声の出処を探りました。
天使だって、小さい内は可愛らしいモンですからねえ。純粋な好奇心に突き動かされての事だった筈でさぁ。そうして、ルクスモンはカストラート用宿舎の外れに辿り着きました。
歌声は先程よりもはっきり聞えていたでしょうが、ルクスモンの気配に気付くと、声の持ち主はぴたりと歌うのを止めてしまったんだとか。
「邪魔してごめんなさい」ルクスモンは慌てて謝りやした。「とってもきれいな声だったから、もっとよく聞きたくて」等、ねだる言葉も添えながら、ね。
しばしの沈黙の後、声の主はゆっくりと弦を弾いたコントラバスみたいな声音で応じたそうです。「嬉しい事を言ってくれますね。そんな事を言われたのは初めてです」と。
「ねえ」ルクスモンは遠慮も臆面も無く、声の主に尋ねました。「ぼく、あなたみたいに上手に歌を歌えるようになりたいんだ。どうすればそんな風に、きれいな声で歌えるようになるの?」等。
声の主はくつくつと喉を鳴らした事でしょう。無垢に問いかけるルクスモンに、声の主は快く指南役を買って出たといいます。……条件を提示した上で、ね。
曰く、声の主は地下での業務を任された天使であり、大事な仕事故、滅多に外には出られないのだと。
その気晴らしに時折歌を歌っているが、ここでは十分に歌声を届ける事が出来ない。折角歌を教えるのだから、外に出てしっかりと発声できる状態で君に歌を教えてあげたい。なので、地下室の扉を開けるのを手伝ってほしい。「私の歌声は、本来ならばもっと美しいのです」云々……。
賢いお客さんならお察しでしょう。
嘘です。
結論から言えば、声の主は魔獣でした。
先々月の話に出て来たマンティコアモンよりも余程ひどい。あろう事か天使の領域に直接襲撃をかけ、返り討ちにはされたが、しかし天使達でも殺しきれず、敷地内に封印する事しか出来なかった生粋の悪魔獣――ガルフモン、というのが、その正体でした。
その封印すら完全では無かったのでしょうな。年月と共に綻びが出始めていて、故にこそ、ガルフモンの声は、夜風に乗ってカストラート宿舎の付近にまで漏れ出していた。
しかし悲しいかな、やはりルクスモンは声の主がとてつもない脅威で有る可能性に、そもそも思い至る事すらできなんだ。
外部から封印を解く手段をレッスンの一環みたいに教えられ――まあソイツにしたって相当に手間取って、ガルフモンを内心苛立たせたという話ですが――最終的に、ルクスモンは封印を解いてしもうた。
復活し、地上に這い出るなり、ガルフモンは荘厳な賛美歌をあたり一面に響かせました。
ただの歌じゃあありません。『ブラックレクイエム』――ガルフモンの技です。
耳にした者のデータを粉々に砕き、二度と修復出来なくする、まさしく必殺の能力でさぁ。
ルクスモンは、いの一番にその歌を聴かされて――諸手を挙げて、にかと笑って見せたそうです。
「すごい、すごい!」と。己に騙されたルクスモンを嘲る一言を繰り出そうと口角を吊り上げていたガルフモンに向かって、そのように。
思わず言葉を失ったガルフモンに向けて「あなたが言っていた通りだ、さっきとは比べ物にならないくらい、本当にステキで、きれいな歌声だ!」と、それはもう無邪気に、笑いながら。
「ねえ」ルクスモンは続けました「もっとよく聞かせて! ぼく、そんな風に歌を歌うのが夢なんだ」言いながら「ぼくは、あなたみたいになりたいんだ!」一歩を踏み出そうとして――躓いて、転んで。
そのままバラバラに砕け散りました。
……正確には、転んだんじゃありません。『ブラックレクイエム』で全身が脆くなっていたところに踏み出したモンだから、片足に負担がかかって、そこから亀裂が入って、崩れたんです。
ガルフモンは歌うのを止めました。
歌どころか、全ての動きを止めました。
何秒。
いえ、何拍もの沈黙の後。頭を抱え、悲鳴を上げたそうでさぁ。
ガルフモンは、あっしのような悪魔の類にとってすら恐ろしいデジモンです。
彼奴はあらゆるデジモンの生を否定し、世界すら無に帰す事を望むと言われている。
故に、誰にも己の生を肯定された事が無かった。
……何も知らない愚かなルクスモンが、その悍ましい歌声を褒めて称えるまでは。
ガルフモンは必死になって粉々になったルクスモンをかき集めやした。
だからといって、どうなる話でもありゃしやせん。『ブラックレクイエム』を聞いたデジモンは、二度と元の形には戻らない。蘇らないし、生まれ変わる事も無い。
ガルフモンは、生まれて初めて自分の命を認めてくれた存在を、この瞬間永遠に失っちまったんでさぁ。
そうして、異常に気付いた天使達が駆けつけるまでの僅かな間に、ガルフモンは行方をくらませました。
次に現れた時には、ガルフモンはもはやガルフモンでは無かった。
完全体のメフィスモンにまで退化したかの魔獣は、デジタルワールドの新たな脅威として台頭していた宝石狂いの魔王を尋ねて、彼の城にまでやって来た。
このガーネットの首飾りと、先達としての忠告を携えてね。
曰く、「我々魔の者は、己で思っているよりも遙かに脆いものなのです」と。
「いずれ、宝石以上に君を狂わせかねない何者かがこの城の門を叩くでしょう。王のまま死にたければ、努々忘れる事の無きよう。こちらの首飾りは、警句の証として献上いたします」等。
メフィスモンが謁見の間を後にしようとしたその時、魔王はふと、首飾りの金具のひとつから、ガーネットの粒が抜け落ちている事に気が付きました。
もしや、とメフィスモンの背を見やれば、かの者の指先にちらりと光るモノが見える。
魔王はメフィスモンをその場で焼き殺しました。
案の定、メフィスモンが灰も遺さず消し飛んだ跡に、石榴の実じみた一欠片が転がっておりやした。
ガーネットの一粒を拾い上げ、確か、魔王はこのように言っておりましたかな。
「そなたの警告、しかと胸に刻んでおこう」と。
メフィスモンの進言に、はたして意味はあったのか。
その辺は、遺された伝説から、読み手が独自に解釈してもらう他ありやせんねぇ。
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いやまあ、意味深に匂わせちゃおりやしたが、この首飾りを彩るガーネットの粒がルクスモンの成れの果てかどうかはわからんのですよ。あっしだって『ブラックレクイエム』をくらったデジモンの実物なんざ見た事ぁありやせんし。
メフィスモンが宝石にハクをつけるために適当言った可能性は十分ごぜえやす。なんたって、悪魔は約束は守りやすが、嘘吐かないとは言っておりやせんので。あっしは吐きやせんけど。
嘘だとしても買わない。あ、そう。……ま、そうでしょうな。メフィスモンが首飾りと一緒に持ち込んだ物語の真偽はどうであれ、この首飾りを持ってきたメフィスモンがその場で魔王に殺された事だけは確かだ。お客さん、宝石に不吉な噂はお求めでは無いようですし。
それに、少なくとも魔王はメフィスモンの言を信じやした。価値を認めていたからこそ、石榴の一粒、一欠片まで、奪い取らねば気が済まなんだ。
そうなるように仕向けたメフィスモンもまた、既に壊れ果てておったのでしょう。
どれだけ綺麗事を並べたとて、石榴で腹など満たされますまい。真に魔の者を終わらせるのは、いつだって――
――……おっと、いささか喋りすぎましたな。長くお留めするつもりはありやせんでしたのに。
今日はここまで。どうかお気を付けてお帰りになってくだせぇ。
ああ、来月はそれなりに愉快なお話をしますので、その点はご安心を。ひょっとすると、ちっとはお客さんも欲しくなるかもしれやせんね。いかんせん、次のは石自体がちょいと不思議な石ですから。
それでは、またのご来店をお待ちしておりやす。
……なあ、ホープや」
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