剣の聖女:クロスロード編

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    アバター快晴
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       ――勝った。
       
      「ダルクモンが、勝ったんだ!!」
       キメラオメガモンが消滅し、ヴァーミリモン――が、進化したデジモン・ガイオウモンが歓声を上げる。
       
       ダルクモンは、それに応えたかったのだが。
       流石に、今回は文字通り「骨が折れた」らしい。
       
       彼女は、その場に倒れ込んだ。
       
       完成した『ラ・ピュセル改』は、確かにダルクモンの力を100%以上引き出した。
       しかしその代償は凄まじく、打ち合いの反動だけでも、成熟期のテクスチャに耐えられるような代物では無くて。
       
       ――ああ、でも。
       
       意識まで朦朧とする中、ダルクモンは、背の方角にいるピエモンの事を考える。
       「どんな傑物に育ったか。この眼に見せて下さい」と。戦いの直前、彼にかけられた激励を――かつて、自分とピエモンを巡り合わせた言葉の結実を、ひっそりと1体、噛み締めながら。
       
       ――きっと、養父殿は喜んでくれただろうな。
       
       それなら、この程度の負傷など安いものだ。と。
       
      「ダルクモンッ!」
       
       奇しくもその時、ピエモンがダルクモンの名を呼んだ。
       少し遅れて、指先に温かな感触。
       手を、握られているのだと。ぼんやりとした意識の中でも、ダルクモンにはそれが判った。
       
       ダルクモンは残された力を振り絞り、瞼を持ち上げる。
       見たかったのだ。
       オメガモン7種のデジクロス体、合聖騎士キメラオメガモンという超大物を討ち取った自分を、彼が、どんな嬉しそうな顔で見てくれているのかを。
       
      「?」
       
       だがダルクモンの予想に反して、辛うじて無事な右手で彼女の手を取ったピエモンは、今までに見た事が無い程悲痛な表情を浮かべていて。
       
       どうして? と。疑問符がダルクモンの頭の中を埋め尽くして。
       ピエモンが彼女を庇うように覆い被さったあたりで、視界も、思考も、闇の中へと、呑まれて行くのだった。
       
       
       
       剣の聖女 最終話
       クロスロード編
       
       
       
      「よくもまあ、こんな厄介なモノを探り当ててくれたな」
      「~♪」
      「つまるところ、私にどうしろと言うのかね?」
      「~♪」
      「君の言い分はわからなくはないが、このデジモンは――――だろう。第一、現キング殿のお蔭で退屈な平和を享受しているこのデジタルワールドにおいて、これ程負傷しているのは怪しいとは思わないのかね? 一介の貴ぞ……。……聖騎士見習いには荷が重すぎる。放っておいても、どうせどこかのお節介が」
       
      「~♪」
       
      「っ、ぺたぺたと鎧を叩くのを止めたまえ! これ以上君の無駄に強い正のオーラで漂白されると、単純に見栄えの問題が――うう、わかった、わかったから! とはいえ、向こうの里まで運ぶだけだ。私が顔出せば、小うるさい連中も居るのでな。……デッドリーアックスモン。三元士の取り扱いなど、さしもの私も懲りたのでね。そちらは君に任せるとしよう。私はこちらの道化を運ぶ。……くれぐれも、丁重にな」
      「~♪」
      「手伝えとは言わんがデッドリーアックスモンの荷物を増やすなルミナモン……! 違う、私の頭に乗れという意味では――ああ、もう。兄上は……面倒なモノばかり、私に遺しておいでだ。……全く」
       

       
       ピエモンはベッドから、文字通り跳ねるようにして飛び起きた。
       全身、特に左腕はずきりと痛みを主張したが、動けない程では無いとやせ我慢に歯を食いしばりながら、彼は壁際へと着地して周囲を見渡す。
       
       木製の床、妙に柔らかい壁、いくつかある家具はベッドを含め、どれも造りは簡素だが、ひとつ残らず、やけに派手な水玉模様の装飾が施されている。
       
       窓から挿す光は暖かで、穏やかで。
       ダークエリアの景色で無い事だけは、確かなようだった。
       
      (ロイヤルナイツの拠点か? それにしては)
       質素と派手。正反対の感想が浮かぶ内装に、ピエモンは額を押さえる。
       一先ず、見知らぬ場所とはいえ危険は無さそうだと判断して、窓の方へと歩み寄った。
       そうして、外の景色を確認して――絶句した。
       
       キノコ。
       それも、天を突くほどの巨大なキノコが、何層にも連なりそびえ立っているではないか。
       よく見れば、軸の部分には窓枠や扉が見受けられた。
       1本1本が、家屋、という事になるのだろう。……つまるところ、ここはキノコの集落であるようだった。
       
      「……」
       ピエモンは、キメラオメガモンと戦う直前のダルクモンが、どうにもキノコ料理の気分であったっぽい事を思い出した。
      「夢だな。寝直そう」
       自分の深層心理にその手の記憶が反映されているのだろうと、そう片付けて。
       ぶり返した眩暈に重い足取りをよろめかせながら、ベッドに戻ろうとした――その時だった。
       
      「キュッ!?」
       
       甲高い、驚いた様な声に、ピエモンは顔を上げる。
       部屋の入り口。
       ピンク色の兎デジモンが、ピエモンを見上げて丸い瞳を大きく見開いていた。
       
       見た事の無いデジモンだった。
       
      「……あなたは?」
      「ま――」
      「ま?」
       
      「まだ寝て無きゃダメキュ~~!!」
       
       ぱたぱたと愛らしい足音を立てて駆けてきた兎のデジモンは、ピエモンの前で制止すると、彼のブーツを引っ張ってベッドに引き摺って行こうとする。
       ……もちろん、ピエモンはびくとも動かないのだが。体幹云々では無く、兎のデジモンが小さくて軽過ぎるのだ。
       
      「キュ、キュ~~~~!」
      「……」
       
       ふとピエモンの脳裏を過るのは、初めて出会った時のダルクモンの姿――プロットモンの事。
       不可視のトランプソードを見切り、相手の剣さえ利用して攻撃に転じ、その目論見が破られてなお、果敢にも足元に噛み付いてきたあの小さな子犬が、目の前の兎のデジモンと重なって。
       
      「キュ!」
       
       ピエモンは兎のデジモンをうっかり蹴り飛ばさぬよう気を付けながら、自主的にベッドの方に赴く。
       身体を横たえはしなかったが、その場にすとんと腰を下ろした。
       
      「ロイヤルナイツ直属の衛生兵の方でしょうか? お心遣いには感謝しますが、僕も起きたばかりで、状況が解らなくて……あなたの種族名と、戦いの後何がどうなったのかだけでも、先に教えてはいただけませんか?」
      「キュ? ロイヤルナイツの事は知ってるけど、ボクの所属は『クロスハート』! ボクは、『クロスハート』のキュートモンだキュ!」
       
      「クロス……ハート?」
       
       聞き覚えの無い組織名に、知識に無いデジモン。
       さらに見知らぬ風景ときては、ピエモンに困惑するなと言う方が無理な話で。
       
       とはいえキュートモンもそれは同じのようで、彼は困ったように首を傾げた。
       
      「キュ~。一緒にいた子はグリーンゾーンの事を知ってるみたいだったけど、おじさんはそうじゃないのキュ?」
      「一緒にいた子……ダルクモンの事ですか!? 彼女の容体は!?」
      「キュ!?」
       
       キュートモンの肩がびくりと跳ねたのを見て、自分が自分で思っている以上に声を張り上げていた事に気付くピエモン。
       「すみません」と慌ててトーンを落として謝罪した後、彼はもう一度、同じ質問をキュートモンに繰り返した。
       
      「あの子なら大丈夫キュ。ケガもほとんどよくなって、今朝も一緒に朝ごはんを食べたキュ! ……ずっと、おじさんのこと心配してたのキュ」
      「僕は、どのくらい気を失っていたのですか」
      「3日くらいキュ。シャウトモンのライブを聞きにこっちに来たら、この里の前でけが人が倒れてるって、大騒ぎになってたのキュ」
       
      「シャウトモン?」
       
       キュートモンがまたしても目を見開く。
       いや、それまでの比では無い。驚きのあまり身体をのけぞらせていて、このままでは尻もちまでついてしまいそうだ。
       
      「おじさん、本当に知らないのキュ!?」
      「ええと、有名な歌手デジモンなのでしょうか。申し訳ないのですが、流行には疎くて」
      「シャウトモンは、このデジタルワールドの“キング”だキュ! キュ……本人が聞いたら、ショックで卒倒しそうキュ……」
      「キング……」
       
       単語の意味はもちろん知っているし、吸血鬼王を筆頭に王という概念自体はピエモンにもなじみ深いものだが、「デジタルワールドそのものの王」となると話は別だ。
       そんな制度は、ピエモンも耳にした事が無い。
       
       と、ここで「あ!」と声を上げて、キュートモンが手の平をぽんと打つ。
      「もしかしたらおじさん、記憶喪失なのかもキュ! こんなにケガが酷いんだから、記憶データに破損が出ててもおかしくはないキュ!」
      「いや、僕は」
      「そうだ、そもそもボク、おじさんの治療をしにきたのキュ。左腕を出すのキュ」
       
       治療。
       包帯を変えるのだろうか、にしては手ぶらのようだがと疑問を抱きつつ、まあ害意も無さそうなのでピエモンは素直に左腕を差し出す。
       包帯を外すと、相変わらずテクスチャは消し飛び、ワイヤーフレームも綻んでいるように見えたが――多少、見れた形になっているような気もして
       
      「《ヨクナオール》!」
       
       途端、キュートモンの手の平が光を放つ。
       光は驚くピエモンの左腕を包み込み――それが消えた後には、腕はさらに元の形へと近付いていた。
       
      「治癒の技ですか。これは珍しい」
      「キュ! ケガの治療は、キュートモン族の十八番キュ!」
       汗を拭いながら、自慢げに鼻息を吹き出すキュートモン。
       ……だがふいに、彼の表情が曇ってしまう。
       
      「でも、おじさんの左腕、瘴気が纏わりついていて、ボクの技がほとんど効かないのキュ」
       
       瘴気――闇の闘士・ダスクモンの愛刀『ブルートエボルツィオン』の効果によるものだろうとピエモンは推測する。
       キメラオメガモンの《雅琉々砲》で腕が半壊してなお残る瘴気だとは、と。闇の闘士の在り方――その執念をナメていたのは自分の方だったのかもしれないと、今更になって若干反省を覚えたりするピエモンなのであった。
       
       とりあえず、経緯を説明した方が良いのかと、ピエモンは口を開きかけて――
       
      「こんなの、タクティモンの時以来なのキュ」
       
       ――キュートモンの口から出たそのデジモンの名に、彼は言葉は霧散してしまう。
       
       タクティモン――名前こそテイルモンに教えてもらったとはいえ、それ以外の実体を一切知らないデジモンだ。
       なのにキュートモンは、かのデジモンを知っているかのような口ぶりで。
       
      「まさか、ここは」
       
       知らないデジモン。知らない組織。知らない景色。
       
       ……例えばの話。
       異界の剣と無敵の剣が衝突した結果発生した次元の裂け目に落ちそうになったダルクモンに、ピエモンは、咄嗟に駆け寄って、手を伸ばして。
       
       
       2体とも、裂け目の中に落ちてしまったとして――
       
       
      「あ、そうだキュ! あの子の持ってる剣がタクティモンの『蛇鉄封神丸』と同じ剣だったから、それで大騒ぎになったのもあったのキュ! おじさんたちは、どうして『蛇鉄封神丸』を……そもそも、なんでこんなにボロボロに……あ、でも、まずは治療のためにお休みしてもらわなきゃ……あ、あれ? ええっと……」
       
       目を回すキュートモンに、思わずくすりと笑ってしまうピエモン。
       混乱度合いで言えば、自分も大概なものだと自覚があった故だ。いわゆる、「笑うしか無かった」というやつである。
       
      「何からお訊ねして、何からお話するべきでしょうね」
       
       まさか、こんな形でこのデジタルワールドを訪れる事になるとは、と。
       今、ここにはいないダルクモンが、この世界を前に何を思っているのかを頭の片隅で想像しつつ、一先ず、キュートモンを落ち着かせるためにピエモンは口を開くのだった。
       

       
      「結論を言えば、私はタクティモンの生まれ変わり、という事にはなる」
      「……」
      「だからお前とはお久しぶりだし、同じくらい初めましてという訳だ。略してからおけだな」
      「そう……か。正直お前の話は半分以上頭に入ってこなかったんだが。……ああ、やっぱり。そうだったんだな」
       
       茸の里の、ひときわ高くそびえ立つキノコ、その傘の上に、2体のデジモンが腰を下ろしていた。
       片や、背中に大太刀『ラ・ピュセル改』――この世界では『蛇鉄封神丸』の名で知られる、ひとつの災厄の象徴――を背負った、翼の無い天使・ダルクモン。
       片や、『蛇鉄封神丸』の持ち主とは対照的に、この世界の英雄の1体でもある、『クロスハート』所属の獣型デジモンの戦士・ドルルモン。
       
       対照的なシルエットの2体は麗らかな日差しの下、しかし談笑とは言い難い雰囲気で、お互い目を合わせる事無く緑の地平線を眺めながら言葉を交わしていた。
       
       彼らは元上司と部下であり、世界の命運を賭けて対峙した敵同士であり、紛れも無い初対面なのだ。
       
      「見た目より複雑な茸の里で、なのに迷わず俺が指定したこの場所に来られたのも、お前がここの地形を完璧に記憶してたから、って事でいいんだな」
      「綿密に下調べをしたからな。結局マッハレオモンはしくじったが、奴は元より目の曇り切った愚か者。片腕たるお前が我が戦歴に残した汚点と比べれば、さしたる問題では無かったぞ死神の風」
      「っ、貴様……!」
      「と、無茶苦茶それっぽい事を言える程度には、私はタクティモンだった頃の記憶を取り戻している。すごく変な気分だ。恐らくこの感覚は、「チャーシュー入りメロンパンは割とイケる」が最も近い」
      「……お、おう」
       
       ドルルモンにはその感覚は解らなかった。
       解らなかったし、目の前のダルクモンが、根っこの部分で何を思っているのかも、皆目見当がつかないでいた。
       
       彼女の弁を信じるのであれば、ダルクモンはタクティモンの生まれ変わりであり、それ故に厳密な意味では別個体であると考える事も出来る。
       しかしそう断じ切るには、彼女は以前の事を覚え過ぎていて。
       
      「お前。何故、またこの世界に現れた」
      「なんでだろう。気付いたらここに居たから、私にもわからない」
      「……」
      「びっくりどっきりダイナミック里帰りという訳だ」
      「そうか……」
       
       ドルルモンはくじけそうになった。
       とてもくじけそうになった。
       
       歴戦の戦士として、これまでの人生で様々な経験をしてきてはいるドルルモンだが、『蛇鉄封神丸』を所持したデジモンが馴染みのある里に担ぎ込まれたと一報を受けて駆けつけてみれば、そこに居たのはトンチキな発言を繰り返す翼の無い天使デジモンで、しかも敵対していた元上司ほぼ本人だったというケースは今回が初めてだったので、大分くじけそうになっていた。
       
       なのに、一先ず青空の向こうを眺めて落ち着こうとしているドルルモンの心情を知ってか知らずか、ダルクモンはまた、思い出の中にしか無い巡り合いの戦へと話題を切り替えていて。
       
      「陛下の大望は……いや、皆までは言うまい」
      「……」
      「志ある主の下、私は最後に誇ある戦場を得た。……だが、陛下御自身の戦をこの眼で見届けられなかったのは……ふっ、本懐を遂げた武人が、未練がましくも。少しばかり、心残りではあるな」
      「……タクティ」
      「と、私の記憶は言っている。略してしきいだ」
      「……」
       
       情緒がおかしくなる。というのは、こういう時に使う言葉なんだろうなとドルルモンは思った。
       一瞬、どうしてここに彼女を呼び出したのかさえ風に流されて行きそうになって――しかし流石に気を取り直して頭を振ると、ドルルモンはここにきてようやく、ダルクモンの方へと向き直った。
       
      「お前、これからどうするつもりなんだ」
      「心配しなくても、私はもうこの世界で暴れたりはしないぞドルルモン。……もう、そうする必要性も無いしな」
       
       しかしダルクモンは、ドルルモンの方を見ないまま、引き続き地平線を眺め続けていた。
       昔話と同じくらいに、遠いところを。
       
      「そもそも、タクティモンというデジモンは、何度も言うようにあの戦いで終わったんだ。……“私”は本当なら、もう武人になんて、なるつもりは無かったのだけれど」
       
       ダルクモンは回想する。
       
       所属していた群れの事は、嫌いでも何でも無かった。
       拾われ、育てられた恩を、全く感じていなかった訳でも無い。
       
       でも、ぼんやりと。この世界に自分は、場違いなのだと。そんな思いは、ずっと胸の奥にあった。
       時折、夢には見ていたのだ。
       戦って、戦って。数万年分もの無念と、誇りをかけて剣を振るった前世の記憶を。
       
       だけど結局、今の自分にとってそれは夢でしかないと、幼い彼女は、割り切っていた。
       
       とても誇など感じられない、世代差があろうが無かろうが、ウィルス種と見れば悪と断じて数の暴力で襲い掛かる群れ――『ウィルスバスターズ』やり方は、本音を言えば気に喰わなかったのだけれど。
       自分には、それに物申すだけの地位も実力も、そして志も無いのだと。そうやって何もかもを、諦めていたのである。
       
       夢の中の武人は、戦場ゆめの中で死んだのだから、と。
       
       
       なのに、“あの日”。
       彼女は、巡り合ったのだ。
       
       
       見るも鮮やかな、道化の剣に。
       
       
      「「なるつもりは無かった」って事は」
       ドルルモンがその場から立ち上がる。
      「今は、武人のつもりなんだな」
       
      「ああ」
       ようやく彼の方へと向き直り、ダルクモンは即答する。
       迷い無く。
       
       ドルルモンが、にやりと口元を吊り上げる。
       相応に警戒し、相当に辟易もしたのだが。
       彼の望みも、ただ1つ。
       
      「手合わせを願いたい。ダルクモン」
       
       ドルルモンはかつて、上司であるタクティモンを裏切った。
       彼のやり方を、許せなかったからだ。
       そして彼の在り方を、未だ許した事は無い。
       
       だが――彼にも信念があった事は、かの最終決戦を経た今、もはや、疑うべくも無く。
       
      「お前をもう一度武人にした信念に、今の俺の信念をぶつけてみたいんだ」
      「うん、わかった」
       
       ダルクモンも、その場から腰を上げる。
      「「もうタクティモンじゃない」とは言っても、気にしてなかったワケじゃないからな。陛下の望みは、この世界は、……お前達の未来は、どこへ向かったのか」
       
       2体の武人が、向き合った。
       
       
      「勝負だ、ドルルモン」
       
       

       
      「ズィードミレニアモン、ですか」
       また、とんだ化け物の名前が出てきたな、と。ピエモンは思わず宙を仰ぐ。
      「その様子だと、知っておるのだな」
      「一応は。とはいっても、僕達の世界とあなた方の世界の伝承とが同じものとは限りませんが」
      「ふむ。それもそうじゃ。しかし伝承は兎も角、彼奴の能力については同様の話が伝わっておる筈じゃ」
      「……《タイムデストロイヤー》。敵対者を、次元の彼方へと葬り去る必殺技」
       
       その通り、と、ぼさぼさの髪と髭に覆われたデジモン――ジジモンは大きく頷いた。
       
       ピエモンとダルクモンの話を聞きつけてやって来たそのデジモンは、茸の里の隣にある集落、このデジタルワールドのキング出生の地として知られる微笑の里の長老だという。
       老いた見た目通りに年の功を蓄えたそのデジモンは、キャパオーバーに目を回すキュートモンに代わって、このデジタルワールドのおおまかな歴史と、ダルクモンに関する考察をピエモンに語って聞かせた。
       
       分断された世界に侵略の魔の手を伸ばした一大勢力『バグラ軍』。
       人間の子供をジェネラルに据えた『クロスハート』と『ブルーフレア』の連合軍により、『バグラ軍』は、そして『バグラ軍』の皇帝バグラモンの封印していた“人の絶望の心”を反映したデジモン達は、打ち破られたのだという。
       
       そして彼らに倒されたデジモン達の内の1体・タクティモンが、『ラ・ピュセル改』と“同じ”剣・『蛇鉄封神丸』の担い手だったのだと。
       
      「タクティモンが打ち倒された時、ズィードミレニアモンは解き放たれ、暴れている真っただ中じゃった。恐らく霧散したタクティモンのデータもまた、《タイムデストロイヤー》に巻き込まれ、異世界へと飛ばされたのじゃろう」
      「そして、その中でうまくデジタマにまで転生し、無事に育ったのが――ダルクモン」
       
       おそらくはな、とジジモンは付け加えるが、ピエモンからすれば、そう結論付ければ納得のできる部分が多々あって。
       
       
       理が違う。
       
       
       ウルカヌスモンが『ラ・ピュセル改』を鍛える際にダルクモンについて述べた所感だ。
       
       ピエモンの属するデジタルワールドにおいて、成熟期までの進化とは、時間経過によっても行える“当たり前”のものだ。ダルクモンに至るまでの進化は、あくまで成長の過程として、現在彼女が属しているデジタルワールドのルールが適用されたのだろう。
       
       だが、本人の研鑽や才能が不可欠となってくる完全体以降の進化に際しては、彼女の中に眠る“異なるデジタルワールドのルール”が妨げとなっていたのだ。
       
       聞けば、このデジタルワールドには長らくの間、進化が存在しなかったのだという。
       
       バグラモンの封じていたデジモン達との決戦の最中、進化の力は将を持たないデジモン達の間にも花開いたそうだが、タクティモンは進化がこの世界に広まる数時間前に死亡したらしい。
       新たな理が適応するよりも前に異次元へとデータが飛ばされたのだとすれば、そうおかしな話でも無いのだろう。
       
      「その、タクティモンというデジモン。変な癖――例えば、やたら文章を省略したがる癖とかってありませんでした?」
      「? そんな話は聞いた事が無いのう。「完璧パーフェクト」という単語を好んでおったという噂はあるが」
      「ソウデスカ」
       
       とはいえ生まれ変わった以上は、データが同じだとしても別個体なのだろう。
       元のタクティモンにダルクモンのような略し癖は無かったというし(そもそも話を聞く限り、彼女のようなトンチキ属性持ちだとは思えなかったし)、また、ダルクモンが「完璧」という言葉を使った場面に、少なくともピエモンは覚えが無い。
       やはりあのトンチキ具合は自前なのかぁと、『イリアス』ぶりにピエモンは脱力するのだった。
       
      「しかしまあ、これでお互い、ある程度は疑問は解消されましたかね」
      「うむ。『蛇鉄封神丸』を携えたデジモンが現れたと聞いた時は、ワシも久方ぶりに肝を潰したが――別世界からの客人を蔑ろにするというのは、我が微笑の里の流儀に反するわい」
       
       もしよければ、と、ふいにジジモンは、どこからともなく2枚のチケットを取り出し、ピエモンの方へと差し出した。
      「傷の具合が悪く無ければ、ウチの悪たれ……いや、キング・シャウトモンのリサイタル、どうか聞いていってくだされ。タクティモンの生まれ変わりが現れたとなれば、あやつも張り切るじゃろうて」
       
       ロックで世界中をドハッピーに。
       
       それが、この世界のキングの政策方針であるらしい。
       鼻で笑ってしまいそうな程お気楽な理想は――シャウトモン自身が、この世界の頂点に立った上で、既に叶えた夢。
       この世界における、“現実”だ。
       
       ――「いいところ」、か。
       チケットを受け取りながら、テイルモンのこの世界の評を思い出して、ピエモンは幽かに表情を緩めた。
       自分達の世界の管理プログラムに、煎じた爪の垢を分けてほしい等思ったりもしながら。
       
      「それが終わったら、おぬしらが帰るためのゲートを開きますじゃ。コードクラウンの力もありますし、何よりおぬしは元の世界の座標を記憶しておられる。ゲートを長時間安定させる技術はまだ確立されておらぬのですが、帰り道を開くだけであれば、問題はありますまい」
       
       まさかうんざりする程書類に自分達の世界のアドレスを書いた経験が、こんなところで役に立とうとは。と、若干複雑げな表情を仮面と笑顔で覆い隠し、ピエモンはジジモンへと頭を下げる。
       
      「お心遣い感謝します。微笑の里の長老様」
      「いやいや、本来であればすぐにでも準備するべきなのじゃろうが……何分今回の祭は、皆の衆も楽しみにしておる故」
       むしろそこに関しては、自分達が突然現れたせいでライブが延期になっていたそうなので、申し訳なく思うピエモンなのだった。
       
      「ライブは今日の昼過ぎから、でしたね。聞きに行くだけであれば、怪我も問題は無いと思います。ダルクモンも連れて、お邪魔させてもらいますよ」
      「ほっほっほ、是非楽しんで行って下され!」
      「さて、となるとダルクモンにもチケットを渡しに行かなければ。この時間帯なら、食堂でしょうか。キュートモン、案内をお願いしても良いですか?」
      「キュ!」
       
       再度ジジモンに礼を告げ、キュートモンの案内の下、ピエモンは茸の里の大食堂へと足を向ける。
       
       ……その最中だった。
       
      「おいおい聞いたっシュか。あの余所者の羽無し天使とドルルモンが、微風の花園のあたりで模擬戦をやるらしいっシュ」
      「ホントっシュか~? 『クロスハート』の英雄サマに喧嘩を売るなんて、アイツも大した度胸っシュ。まあどうせドルルモンのボロ勝ちっシュ」
      「だけどアイツ、タクティモンの剣を持っているって話っシュよ? わシュはあの余所者に賭けてやってもいいっシュ」
      「お? 言ったっシュね? それなら結果に明日の掃除当番を賭けるっシュ」
      「望むところっシュ!」
       
      「……」
      「……」
       
       通りすがりのマッシュモン2体組の話を耳にして、ピエモンとキュートモンはどちらともなく足を止める。
       
      「……あの、キュートモン」
      「キュ」
      「ちょっと案内先を変更してもらう事になりそうなんですが、よろしいですかね?」
      「うん、怪我してるのに、ゴメンなんだけど」
       振り返ったキュートモンの表情は、恐らく、ピエモンとも似通ったもので。
       
       
      「案内するから、ボクも連れて行ってほしいのキュ」
       
       

       
       微風の花園。
       その名の通りの優しい風に、美しい花々が揺れる中で、2体の武人は向き合っていた。
       
      「ドルルモン、進化――イェーガードルルモン!」
       獣型から、獣人型へ。
       尾に装着していたドリルを槍に変えて携えた獣の騎士は、真っ直ぐにダルクモンの方を見据える。
       彼女が中段で構える『ラ・ピュセル改』は、鞘に収まったままの状態だ。
       
      「いいのか、剣を抜かなくて」
      「念のため言っておくが、手加減じゃないぞ。お前は大丈夫だと思うが、この辺一帯は『ラ・ピュセル改』の斬撃には耐えられない。グリーンゾーンをぱかんと割ったら、多分、養父殿に叱られてしまう」
       
       実際、今この瞬間。ダルクモンがやらかす事を危惧して、ピエモンは茸の里を飛び出したばかりである。
       ついでにピエモンに黙って模擬戦を受けた時点でダルクモンは叱られる運命にあるのだが、現時点では彼女はその事に気付いてはいない。
       
      「それもそうだな。そんな真似を許したら、俺もキュートモンにどやされちまう」
       
       ほとんど治っているとはいえ怪我人を連れだした事をこの後キュートモンにどやされるドルルモンは、そう言ってふっと微笑んでから、ドリルの槍の先端をダルクモンへと向けた。
       
      「所属『クロスハート』、戦士イェーガードルルモン。いざ、推してまいる!」
      「所属、養父殿のところ。ダルクモン。……来るがいい!」
       
      「……」
      「……」
       
      「「なんてな」」
       
       同時に言って、
       地面を蹴って。
       
       剣と槍が、交差する。
       
       お互い衝撃にのけ反り、また構える。
       槍とは、その長さを以って相手の間合いの外から敵を仕留める得物だが、『ラ・ピュセル改』はそんな長物にも匹敵する大太刀であり、鞘越しにも衝撃波を操る力を秘めている。
       故にリーチの差を強みには出来ないと、イェーガードルルモンはあえて愛槍『シュツルムスティンガー』を『ラ・ピュセル改』を受けるための盾にしながら、ダルクモンの懐へと滑り込んだ。
       
       彼の左腕に装着された盾は、ただの盾では無い。
      「《シュバルツナーゲル》!」
       攻防一体。鉤爪を備えた盾『ザッシュシールド』を、イェーガードルルモンは振り下ろした。
       
       ダルクモンは身を捻る。
       『ラ・ピュセル改』は、両手で振るう事を前提とした太刀。本来のダルクモンのような二刀流や、イェーガードルルモンのように2種の武器を操るような真似は出来ない。
       だが、そんな彼女にもまだ振るえる“武器”は存在する。
       
       足技。
       
       薙ぎの剣技を模して振るわれたつま先はイェーガードルルモンの脇腹を捉え、打つ。
       いくつかの必殺技に合わせて鍛えた脚力は、『ラ・ピュセル改』の威力には及ばないとはいえ、鉤爪を逸らすには充分であった。
       鎧の硬度を利用してダルクモン自身もその場を跳ね、間合いは仕切り直しとなる。
       
      「やはり養父殿のようにはいかないな」
       
       とはいえ言葉を零した通り、直接のダメージとはなってくれない一撃の威力に、ダルクモンが不満げな表情を覗かせる。
       イェーガードルルモンの方も、若干怪訝そうに首を傾げた。
       
      「お前にしちゃ、と、初対面の相手に言うのも何だが、付け焼き刃の技だったな」
      「ああ。でもその内、この蹴りも必殺技に昇華しようと絶賛目論見中だ。色々考えたんだが、名前は《斧煉地武舞フレンチブル》にするつもりだ。……探りを入れた時の、養父殿の反応次第だがな」
      「それを、何故今俺に披露した? 未完成の技でも、俺になら十分だと思ったのか?」
      「その逆だ」
       
       ダルクモンは『ラ・ピュセル改』の切っ先をイェーガードルルモンに向けて、頭の横にまで柄を引き寄せる。
       
      「私はまだまだ強くなると、お前には教えておこうと思って」
      「……」
      「そして今から見せるのは、今の私の最高到達点だ」
       
       ダルクモンの踏み込みが、大地に深くのめり込む。
      「そうか」
       呼応するように、『シュツルムスティンガー』が唸り声を上げて渦を巻き始めた。
       
       微風はドリルの回転に応えて、今この瞬間だけは、竜巻と化す。
       
      「なら、俺も全力でお相手しよう」
       
       互いに向けるは、刃の先。
       見据えるは、互いの征く先。
       
       突撃、突進、一直線。両者共に、吶喊の文句は突きの技。
       
       
       いざ、尋常に。
       
       
      「《鬼神突デモンシャルジュ!!》」
      「《ヴァイスシュピラーレ》!!」
       
       
       嵐が起きる。
       穿たれた2本の閃は真っ正面からぶつかり合い、爆ぜる。
       舞い上がる花弁と日差しだけは場違いな程に牧歌的で、こんなにも激しい衝突の中、2体を包む景色には、時間がゆっくりと流れているかのようだった。
       
       だから。
       戦いは、永遠に続くようにも思われたのだけれど。
       
       やがて――『ラ・ピュセル改』の鞘に、ヒビが走った。
       
      「!」
       亀裂は瞬く間に鞘全体に広がり、瞬きの後に、呆気なく砕け散る。
      「っ!?」
       鞘の割れた反動か、剥き出しになった剣から噴き出した衝撃によるものか。槍を手にしたまま、イェーガードルルモンが後退する。
       
       槍が纏っていた渦は行き場を失い、再び微風の中へと還っていった。
       
      「これ」
      「は……」
       
       どちらともなく、己の武器を見下ろす。
       
       ふとダルクモンの脳裏を過ったのは、『イリアス』でミネルヴァモンと繰り広げた“チャンバラ”の記憶。
       
       ――チャンバラごっこで木の枝折っちゃうとか、あり得ないんですけど
       
       勝敗を決したのは、そんなミネルヴァモンのひとこと。
       際どい勝負だったが、ミネルヴァモンの使っていた木の枝が折れたので、ダルクモンの判定勝ちだと。
       
      「と、いう事は。私の負けか」
      「最終的に押し負けたのは、俺の方なんだが」
      「でも、それは『ラ・ピュセル改』の鞘が砕けたからだ。……うむ、改めて。お前の勝ちだ、イェーガードルルモン。すごく悔しいが、ここはタクティモンに倣って「すごい天晴」と褒め称えておくとしよう」
      「タクティモンはそんなこと言わねぇ」
       
       そして元上司の言わなさそうな台詞以上に釈然としない勝利の味に、少しばかり複雑そうな表情を浮かべつつも、イェーガードルルモンはドルルモンへと退化する。
       
      「だが、お前と戦えて良かった、ダルクモン。……またやろうぜ」
      「ああ、もちろんだドルルモン。今度は負けないぞ」
      「ふん、どうだか。今度は俺が、お前風に言うなら「完璧」に勝利するかもしれないぞ」
      「残念だったな。私は当時と違って全然「完璧」じゃないから、その口癖は使っていないぞ」
       
       
      「どうやら、僕に黙って実に有意義な時間を過ごしたようですねダルクモン」
      「ドルルモンも、けが人を連れだして随分楽しそうなのキュ」
       
       
       2体は同時に固まった。
       
       固まってから、数秒間を置いて。そーっと、静かに、振り返る。
       
       ピエモンと、彼の背につかまったキュートモンが、視線の先で揃ってにこりと圧のある微笑みを浮かべていた。
       
      「キュ、キュートモン、これは」
      「言い訳は聞かないキュー! 《アカリ直伝・ストライク》!!」
      「ぐーわー!」
       小柄ながらキュートモンが全体重をかけた飛び込みのエルボーが、ドルルモンの背中に突き刺さる。
       そのままお説教モードに移行する彼らを尻目に、ダルクモンの前に引き続き凄みの有る笑顔で立ちはだかる影も1つ。
       
      「ダルクモン」
      「おお、養父殿。怪我はもう大丈夫なのか?」
      「気遣うぐらいなら病み上がりに全力疾走させるような真似は控えてもらえれば」
       ピエモンは両方の手でダルクモンの頬をつねって、伸ばす。
      「そして僕の回復度合いはこの引っ張られている頬で判断して下さい」
      「ふにゅ。左の握力が弱い」
      「僕の方は安心しました。というより心配して損しましたよお元気そうで何よりです……ッ!」
      「お元気ついでに、ひとつ尋ねてもいいか、養父殿」
      「あなたの引っ張られても動じない厚い面の皮に免じて許しましょうダルクモン。何ですか?」
       
       
      「《斧煉地武舞》のくだりは、聞いてなかったよな、養父殿?」
       
       
      「……フレンチブル?」
       何の話だろう、と首を傾げるピエモン。
       だがすぐにそれが犬の種類である事を思い出して、はぁ、とひとつ、嘆息する。
       
      「何の話をしていたのかは存じませんが、僕が覚えのある武術は、何度も言うように《武舞独繰ブルドック》です。……まあ、犬種としては近いですから、これまでの間違いと比べれば多少はマシかもしれませんが」
      「……」
      「それは一体どういう意図を込めての細目なのですかダルクモン……!? そんな顔をしても、今日という今日はお説教から逃れられると思わないでくださいね!?」
       無事でよかったですけれども。と、随分と早口で前置きしてから。
       そうしてから、ピエモンは改めて、知らない土地で、知らない相手との――もっとも、ジジモンの話を聞いた直後だ。ダルクモンが自分以上にこの世界に詳しいと解ってはいたのだが、それはそれとして――単独行動を、つらつらと咎め始めるのだった。
       

       
      「そうだな、ここからなら茸の里に戻るより、ライブ会場に直行した方が早い」
       
       ダルクモン達を見つけた時よりも太陽が大きく移動していると気付いたピエモン・キュートモンの両名は、シャウトモンのライブについて思い出した事で、説教タイムを一度切り上げた。
       開始まではまだ少し余裕があったが、茸の里に戻っている程の暇はないと判断した彼らは、駆け足で微笑の里の麓の会場へと向かう事にしたのである。
       
      「この剣、持たせたままで大丈夫なのでしょうか」
       単独行動以上に「『ラ・ピュセル改』の鞘か? 壊れたぞ」というダルクモンの発言は、ピエモンから大いに血の気を引かせた。
       『ラ・ピュセル改』はキュートモンが予備に持ってきていた包帯にくるまれてはいるが、露わになった羽状の刀身までは隠せそうにない。
       心なしか、時折蛇の形を取ってあふれ出す『ラ・ピュセル改』のオーラも気まずそうである。
       
      「まあ、覆いさえ取らなきゃなんとかなるさ。武器を常に携帯しているデジモンなんて、いくらでもいるからな。……すぐに、ってワケにゃいかないが、鞘についてはアテがある。壊しちまった詫びに、その辺はどうにかするから安心してくれ」
       
       ドルルモンの弁を信じる事にして、一行はライブ会場へと急いだ。
       
       しばらくの間走り続け、4体は大きな木をくりぬいて造られたと思わしき集落――微笑の里の麓に設立された、屋外用の舞台の前に辿り着く。
       
       見渡す限り、デジモン、デジモン、デジモン。
       会場は既に黒山のデジだかりとなっており、集まった彼らは種族、属性、世代、その何もかもがバラバラで。
       
       そんな彼らは、皆一様に
       これから始まる“お祭り”への期待に、胸を膨らませている風であった。
       
       キングに用がある、というドルルモン達とは一度別れ、ダルクモンとピエモンは会場を見て回る。
      「流石は、デジタルワールドのキングが主催する祭典、さぞかし強く、求心力のある偉大なデジモンなのでしょうね」
      「養父殿、養父殿。すごいぞ、ケーキみたいなデジモンにクレープをもらった」
      「なっ、勝手なことはするなと言ったばかりでしょうが……! ……いや、まあこんな祭りの日に、無粋な真似をする輩もいないでしょう。よかったですね、ダルクモン」
      「養父殿、養父殿」
      「今度は何ですか」
      「おいしいんだが、滅茶苦茶食べ辛い」
      「……そうでしたね、あなたはその手の食べ物を食べるのがド下手くそなのでした」
       
       ピエモンはハンカチを出して、溢れ出たクリームまみれになったダルクモンの口周りを拭いてやる。
       
       強大な敵と死闘を繰り広げ。
       前世は世界そのものを脅かしていたデジモンだったと聞かされて。
       拾った当時からは想像もできない、とんでもない傑物に育ったと。それは、もはや疑うべくもないというのに。
       
       こうやってつい余計な世話を焼いてしまう程に。何故だかずっと、彼女を子犬の時と同じようにしか見ていない自分がいると。ピエモンにもやはり、自覚自体は存在していて。
       
       と、
      「HEY! 待たせたなブラザーズ!!」
       サングラスをかけた星形のデジモン――ピエモンの知る姿とは少々異なっているが、この世界におけるスターモンだ――が、仲間であるピックモンズと共に壇上へと躍り出た。
       
       あたりがしん、と。嘘のように静まり返る。
       
      「いよいよ我らがキングのお出ましだ! オメーら、今日は楽しんで行けYO!!」
       
       一転。割れんばかりの歓声と同時に、舞台の縁から花火が噴き出した。
       
       
      「Yeah!!」
       
       
       そうして掛け声と共に、このデジタルワールドのキングが、マイクを携えてステージ上へと飛び出す。
       
       ピエモンは目を丸くする。
       キングの体躯が、想像以上に小さかったからだ。
       
       成長期相応にしか見えない、小さな赤い竜。
       
       だが、次の瞬間には――
       
      「レッツ――ロケンローRock & Roll!!」
       
       キング――シャウトモンは、その肩書に相応しい有り余る声量で、会場の空気を全て、自分のものへと塗り替えてしまった。
       
       リリモンとサンフラウモンのかき鳴らすギター&ベース。
       カブテリモンのような角を持つ、またしても見た事の無いマシーン型デジモン――バリスタモンが打ち鳴らすドラム。
       宙を舞い、コーラスもこなすスターモン&ピックモンズ。
       
       その中央に、ど派手なだみ声が、力いっぱい響き渡ったのだ。
       
       まさしく、叫びシャウト
       その名の通り、魂の全てを乗せた“歌”が、会場に押しかけたデジモン達の心を、1つに纏め上げ、燃え上がらせる。
       
       
      「ヘッ、俺のロックを聞きに来たからにゃあ、どんなしかめっ面のヤローもケラケラドハッピーに笑わせてやるからよ!」
       
       
       シャウトモンはぐるりと観客たちを見渡してそう宣言すると、再び、新たな歌を仲間達と紡ぎ始める――
       
       単純な力にも勝って、心を揺さぶるもの。
       ピエモンでさえ、圧倒されずにはいられなかった。
       
       何年も
       何百年も、旅をして。
       
       その上で、知らない景色だった。
       
       
       ふと、彼は隣にいるダルクモンの方を見やる。
       
       彼女は
       
       
      「ははっ、すごい。すごいな!」
       
       
       当たり前のように、笑っていた。
       
       それもまた、ピエモンが初めて見るもので。
       こんなにも沢山のデジモンが、同じ表情を浮かべているというのに――いや、だからこそ。何よりも眩く、ピエモンの瞳に映り込む。
       
      「……」
       ピエモンは、急に周囲が静かになったような錯覚を覚えた。
       そんな訳は無い。観客は皆熱狂の渦の中に居るし、シャウトモンの歌は空の彼方、ひょっとすると世界の向こう側にまで、高々と響き渡っている。
       
       なのにピエモンは、ダルクモンが無邪気に笑う声しか聞こえないでいた。
       視界を独占するのも、そんな彼女の笑顔ばかりで。
       
      (ああ、ダルクモン)
       つられるように、道化は微笑む。
       
      (あなたに必要だったのは、剣でも、戦いでも無く――)
       
       ダルクモンの視線がステージの中央に注がれている内に。ピエモンはそっと他の観客の中へと紛れ込み、その場を後にした。
       道化の派手な装いでさえ、シャウトモンの歌に釘付けにになった彼らの目に留まる事は無く。
       
       そうして、歌が、曲が、演奏が終わった頃。
       
      「なあ、今の、すごかったな養父殿!」
       
       彼女は隣にピエモンが居ない事に、ようやく気が付くのだった。
       
       
      「……養父殿?」
       
       

       
      「やあ、兄弟。具合はどうだい?」
      「何故あなたがここに居るのですか兄弟」
       
       いや、これ「居る」にカウントしても良いのか? と、ピエモンは訝しむ。
       
       ライブ会場を出て、微笑の里からもいくらか離れたところまで歩いてきたピエモンの胸元から、突如1匹の蝙蝠が飛び出してきたのだ。
       額にAと赤い刻印が施されたそれは、ピエモンが知る限りアンデッド型デジモン・ヴァンデモンの使い魔で――それが発した声は、紛れも無く吸血鬼王のものであり。
       
      「私もこんな骨董品の事はすっかり忘れていたのだけれど、何せ、君と私とは、かつて因子を交換した仲。漠然とした居場所はサーチ出来なくも無かったから、ちょっとしたツテも使って、君に持たせている通行証を変換してみたんだ」
      「……」
      「上手くいって良かったよ、兄弟。そして何より……無事でよかった」
       
       蝙蝠から、元から読めない吸血鬼王の表情を伺う事は出来ない。
       だからこそ、伝えられる音声には、グランドラクモンには有り得ない筈の、妙に真摯な“心”を感じる事が出来てしまって。
       
       何か、言って返すべきか。
       ピエモンがそう悩んでいる内に、蝙蝠は再び、縫い付けられた口を動かす。
       
      「ところで、君の従僕イヌの姿が見当たらないが、もしやはぐれてしまったのかい?」
      「……ダルクモンは」
      「いや、君の顔を見れば何となくはわかる。……そうだね。やはり、君はそろそろ、あの翼の無い天使から手を引いた方が良い」
      「……」
      「今回の一件で身に染みただろう。今度こそ、君が何と言おうが、私は断言する。……君は、あのデジモンに心を傾け過ぎた」
       
       言葉が、思い浮かばなかった訳ではないが。
       結局、ピエモンがグランドラクモンに反論する事は無かった。
       
       それでもなお、彼の旧友は構わずに続ける。
       
      「キメラオメガモンの誕生により、我々のデジタルワールドはデジクロスを識ってしまった。これから先、まああれ程の馬鹿の考えた最強の煮凝りみたいなデジモンはそうそう生まれやしないだろうが、新たな脅威が創り出される可能性自体は十分に残っている。その度に君の従僕は呼び出されて、きっと君はまた彼女を気に掛ける。……そう何度も幸運が続くと、私は思わないよ」
       
       腕の傷だけならまだ勝手にやった事だといくらでも言えたが、異次元の裂け目に呑まれかけた彼女を助けようとしてしまった下りに関しては――もう、言い訳ができない。
       
       勝手は勝手でも、身体が、勝手に動いたのだから。
       
       自分の意思とは関係無く行動を起こしてしまった以上、同じ事は繰り返さないなどと、誰が約束できようか?
       
      「君が1人でこちらに帰ると言うのなら、私の方からゲートを開こう。何分正規のものじゃ無いから、デジモン1体分しか通れないゲートだ。……これ以上、情が湧く前に。帰っておいで、我が兄弟。元聖剣の坊やがごねると言うのなら、私が何とでも記憶を操作しておくから」
       
      「あなたに言われずとも、僕は1人で帰りますよ、兄弟」
       
       ようやく開いた口から洩れたのは、頼りない声音で、そんな台詞だった。
       ピエモンは力無く笑いながら、頭上をぱたぱたと羽ばたくグランドラクモンの使い魔を見上げる。
       
      「そも、ダルクモンはどうやら、こちらの世界にこそ適正があるようです。置いていった方が、彼女のためにもなるでしょう。そのくらいの心遣いは、許してくれるでしょう? 兄弟」
      「……結果が同じになるのなら、とやかくは言わないさ、兄弟」
       
       わかった、と。グランドラクモンは使い魔に飛ぶ軌道で円を描かせる。
      「早速ゲートを開くとしよう。誤作動すると危ないから、離れて待っていてくれるかな」
      「わかりました」
       言われた通りその場から少し離れて、グリーンゾーンの景色を見渡す。
       不毛のダークエリアとは比べようも無いくらい、芳醇な緑が香る、美しい景色だ。
       
       これが、ダルクモンが、本来育つべきだった世界。
       
       かつて、このデジタルワールドを傷付けた側のデジモンだったとしても。
       生まれ変わってさえしまえば、きっと何にも囚われず、彼女はきっと、ここで笑って育つ事が出来た筈だったのだ。
       
       そしてそれは、今からでも遅くは無い。
       自分だって、本来であれば望みもしない不死の王の道を歩まなければならなかったところを、あの日出会った友に救われたのだから。
       
       ……そんな風に、物思いにふけっていたから。
       ピエモンは、予期せぬ背後からの接近を、完璧に許してしまったのだろう。
       
       
      「《鬼神突(※頭突き)》!」
      「ぐはっ!?」
       
       宣言に反して、先にぶつかったのは剣の柄。
       切っ先では無いが先端であるが故に、凝縮された衝撃はそこそこの一撃と成り、ピエモンの身体を文字通り突き飛ばす。
       
       無様にも地面に倒れ込んで、何事かと顔を上げれば。視線の先には、もう二度と顔を合わせる事は無いと決めていた、見慣れた剣士の姿が在って。
       
      「ダルク、モン?」
      「ひどいぞ養父殿。私には勝手に行動してはいけないと叱っておいて、自分は1人でどこかに行ってしまうだなんて」
      「何故、あなたがここに」
      「養父殿を探していたら、通りかかったピンク色のデジモンが教えてくれたんだ。……ひょっとして養父殿、迷子だったのか? お手洗いの場所は微笑の里の中らしいぞ」
      「違います。誰がトイレを探してこんなところまで出歩くものですか」
       
       だが、こうやって再び無表情に戻ったダルクモンを前に、かえってピエモンも踏ん切りがついたらしい。
       彼はにこりと微笑んで、ダルクモンを見下ろした。
       
       
      「ダルクモン。……僕はあなたを、このデジタルワールドに置いて帰るつもりでした」
       
       
      「……え?」
      「そして、今もそのつもりでいます」
       
       ダルクモンが閉口したのを良い事に、ピエモンはさらに、まくし立てるかのように続ける。
       
      「あなたはもう、十分過ぎる程僕に“面白いもの”を見せてくれました。だから、これ以上は、結構です」
      「……」
      「あなたは素晴らしい傑物に育った。あのキメラオメガモンにさえ勝ったのです! あれ以上に愉快なショーなど、もう望めると思いますか? あなたの価値は、もう、あそこで終わったのです」
      「……」
      「それに聞けば、あなたは元々この世界の住人。美しく、平和で、それでいて強敵も居て、娯楽もいくらでもある、素晴らしい世界があなたの故郷! ……ここに残りなさい。ダルクモン。この世界の王の言葉を借りるのであれば、「ケラケラ笑ってドハッピー」に暮らせる事でしょう」
      「……」
      「毎日愉快に、楽しく過ごせる筈です。食べるものだって、こちらは豊富だ。あなたは食事が好きじゃありませんか。だったらきっと、ずっと、こっちの方がいい。あなたには、この世界がお似合いだ」
      「……」
      「なのに」
       
       ピエモンの表情が、崩れてしまう。
       道化が道化で、居られなくなる。
       
      「どうして泣くんですか、ダルクモン」
       
       
      「嫌だ!!」
       
       
       声を張り上げたダルクモンの頬を、大粒の涙がいくつもいくつも、伝って行く。
       成長期の時となんら変わらない、鮮やかな、このゾーンと同じ名前の色をした瞳を輪郭が歪む程に潤ませながら、彼女はシャウトを続けるのだった。
       
      「嫌だ、嫌だ! 私はずっと、養父殿と一緒がいい!!」
      「……」
      「私、もっともっと強くなるから! 養父殿をまだまだびっくりさせられるから!」
      「……」
      「だから――お願いだから、置いていかないで……」
       
       しかし、勢いは長くは続かず、最後は消え入るように、縋りつくように。一番伝えたい筈の言葉は、掠れて、小さく零れるばかりで。
       
      「……どうして」
       
       そしてピエモンの方も、辛うじて返す事が出来たのは、ありふれた疑問の言葉だけで。
       彼女の、答えを待つ言葉だった。
       
      「わからないの?」
       ダルクモンが、顔を上げる。
       
      「私、養父殿が大好きだから」
       顔を上げて、真っ直ぐにピエモンを見つめる。
      「初めて会った時からずっと、養父殿みたいに、強くて優しくてかっこいい剣士になりたいと思ったから」
       最初に彼女と、出会った時と同じように。
       
      「だから――」
       
       続く言葉は、涙に呑まれてしまう。
       
      (……嗚呼)
       
       わあわあと、溢れ出した感情に押し流されて、ついに何も言えなくなってしまったダルクモンを前にして――ピエモンはようやく、理解する。
       
      (そうだったのか)
       
       皆殺しにされた仲間達を想って睨み付けている風でも無く、怯えて命乞いをするでもなく。自分を見上げていた、あの大きな瞳。
       
       
      (あれは――見惚れていたのか)
       
       
       ワープの特性も、改造した《武舞独繰》も含めて徹底的に無駄を排除したピエモンの剣技を、ヴァーミリモンは以前、「これを美しいと言うには見る者にも相当の技量が必要だ」と胸の内で評した。
       
       だがプロットモンの内には幾万年分もの戦いを経た武人が存在し、故にこそ、ピエモンの剣技を理解する事が出来たのだ。
       
       
       だから、私もああなりたい。と。彼女はただ、願ったのだ。
       あんな風に、思いっきり戦ってみたいと。その望みを叶えるために、プロットモンは剣を取ったのだ。
       
       タクティモンの生まれ変わりであるがために武人になったのではない。
       武人になりたいと願ったから、タクティモンのデータが彼女に応えたのだ。
       
       進化によって見た目が変わり。
       成熟期としては有り得ない程に強くなってなお。
       ずっとダルクモンは、年端のいかない少女のままだった。
       傍から見れば意味の解らない言葉遊びを、ずうっと繰り返してしまう程度には。
       
       
      「……」
       ピエモンは泣きじゃくるダルクモンの手を取って、ただ、そっと握り締める。
       ダルクモンが泣き止むまでは、そうしてやるつもりでいた。
       そして彼女が泣くのをやめた後も、恐らく、手を離す事は無いだろう。
       
       と、その時。はぁ、と。わざとらしいぐらいでかでかとした嘆息が耳に届いて、ピエモンが顔を上げれば、額にAの字を持つ蝙蝠が、辟易したように赤い目を細めていて。
       
      「私に無駄働きをさせるとは、いい度胸だね、兄弟」
      「……すみませんね、兄弟」
      「まあ、いいさ。私と君の仲だからね。ゲートは放っておけば数分で消えるから、正規のものを開いてもらって、後でゆっくり、帰っておいで」
       
       ただ。と。
       言い終えるなり飛び立とうとした蝙蝠は、何かを思い出したらしく、もう一度ピエモンの目線の位置へと降りてくる。
       
      「元聖剣の坊やだが、色欲の君のところに捕まっているんだ。なんでも、大量のオメガモンに荒らされたデジタルワールドの復興支援に力を貸してやるから、見返りに君の従僕――いや、君のダルクモンに会わせろと、そんな事を言い出してね。彼は君達が帰るまでの埋め合わせ、実質人質というワケだ」
      「色欲の君……リリスモンが?」
      「聞きたい話と、聞かせたい話があるのだそうだよ。彼女の城に居る大きな賓客も、楽しみにしているとかなんとかで。……あの気紛れの化身のような彼女の相手をさせられていると思うと、流石の私も不憫でならない。早めに迎えに行ってやるといい」
       
       どの口が言うかと思うピエモンだったが、伝える前に蝙蝠はその場から飛び立ち、ピエモンの代わりにゲートへと飛び込んでゆく。
       
      「その後でも許してあげるから、ちゃんと私のところにも遊びに来るんだよ」
       
       半ば捨て台詞のように、そう言い残して。
       

       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       それから、数年の月日が流れた。
       
       
      「いいじゃないか。なかなか様になっている」
       
       と言いつつ、グランドラクモンの対応はややそっけない。
       ピエモンが拠点の近くにある館の主・フェレスモンと契約を交わし、彼の館の庭に何故か蔓延り出したデジミントの駆除を条件にダルクモン達が得たのは、デジタルワールドの外の世界の住人の外見――人間の姿であった。
       
       彼女達は“新しい旅”に出る前に、それをグランドラクモンにお披露目しに来たのだ。
       
      「何ですか。見たいと言ったのはあなたでしょうに」
      「だから褒めているだろう。でも、君の肌の血色が良いと、なんだか落ち着かないんだよ兄弟。服も道化の割には派手さが無いし」
      「仕方が無いでしょう。今回は向こうで“選ばれし子供”を探す事を条件に渡航を許してもらったんです。あまり目立つ格好をすると怒られるんですよ」
      「目立つ真似も、な! ほら見てよ、俺の『菊燐』なんか、こんなちっちゃなキーホルダーにされちゃって……」
       
       「小中学生が旅行先で買うアレ」と化した自分やダルクモン達の得物を順繰りに眺めて、刺々しい銀髪を頭頂で結った、ガタイの良い青年の姿になったガイオウモンが嘆息する。
       
       この数年の間に、彼もまた『コキュートス』の吸血鬼王の城に足を踏み入れられる程に、大きく腕を上げていた。
       
       そしてガイオウモンの成長と同じくらい、彼らの所属するデジタルワールドにも、大きな転換があって。
       
       
       キメラオメガモンの登場を経てデジタルワールドに根付いたデジクロスの概念を悪用する者は、当然のように現れた。
       彼らは『デスジェネラル』を名乗り、ロイヤルナイツにも引けを取らない力を行使して、この世界の支配を目論んでいるという。
       
       そしてグランドラクモンの予言した通り、『デスジェネラル』の対処には同じくデジクロスの力を識るダルクモンに白羽の矢が立ち――同時に「これは人間呼ぶ案件かもしれん」と、未だイグドラシルの代理を務める管理システム『ホメオスタシス』が、預言を弾き出したのだ。
       
      「だからと言って私に選ばれし子供を探して来いと言うのもどうかと思うが、リアルワールドには一度行ってみたかったからな。願ったり叶ったり。略してがりだ」
      「回らない寿司には行きませんよ。予算には限りがありますから」
      「なんだよ~ピエモンのけちんぼ!」
      「略してちん――」
      「やめなさい」
       
      「ほら、今回はジャッカルの君が直々にゲートを開いて待っているのだろう? 早く行っておやり」
       
       放っておくと漫才じみたやり取りを繰り広げる旧友とその連れ達に、いよいよ吸血鬼王が割って入る。
       それもそうですね、と、ピエモンは白いシャツの襟を正した。
       
      「それでは、御機嫌よう兄弟。……いってきます」
      「いってらっしゃい、兄弟。そしてその愉快な仲間達」
      「うむ、いってくるぞグランドラクモン」
      「じゃあな、お土産楽しみにしてろよ~」
       
       こら、不敬だぞ! と声を張るマタドゥルモンに見送られて、一行は城を後にする。
       
       完全にこちらの声は聞こえなくなっただろうと判断したタイミングで、グランドラクモンは魔獣の頭の間に頬杖を付いて、それはそれは、大きなため息を吐き出した。
       
      「……我らが王、よろしいですか」
      「いいよ、言ってごらん」
       
       自分の前に膝を付いたマタドゥルモンにさえ投げ槍に返す吸血鬼王に、では、おそれながらと、少しばかり心配そうに、マタドゥルモンは問いかける。
      「このところ、ご気分がすぐれないご様子。……私めで良ければ、お話を伺いますが」
      「どうもこうも――数百年来の友人の“一番”を小娘に取られて、気分が良い訳が無いだろう」
      「……あの」
       
      「拗ねてるんだよ私は。君の想像通りに、ね」
       
       王の見透かした振舞いに、どきりとデジコアが跳ねるような感触に襲われるマタドゥルモンだったが、グランドラクモンが彼の内心を追及するような事は無かった。
       本当に、心の底から拗ねているのだ。それ以外の感情を、一々抱くのが億劫な程に。
       
      「鰐になってしまいそうだ。こっちの気も知らないで……」
       まあいいさ、と。
       グランドラクモンは、頬を膨らませる。
      「どうせ、私達の方が寿命は長いんだ。独りになった兄弟を改めて独り占めするのも、それはそれで、悪くは無いさ。……ふん」
       
      「あの……我らが王」
       そのまま獣の下半身の上に上半身を投げ出して、疑似的に横になったグランドラクモンの正面に回って、マタドゥルモンは膝を付き直す。
      「それこそ、貴方様程の偉大な王であれば、どうとでもやりようはあるのでは? いかにダルクモンの奴が、強き武人とはいえども」
       
      「わかってないな」
       片手を枕にして自分の首を持ち上げ、グランドラクモンは呆れたようにマタドゥルモンを見下ろした。
       少しばかり、八つ当たりのように。
       しかし色鮮やかなこの吸血鬼に、どうしようもない懐古を重ねながら。
       
      「兄弟の楽しみに水を挿すのは、それは、嫌なんだ。嫌だし……兄弟が幸せに過ごしているというのなら、それ自体は、歓迎すべき事柄でもあるのだよ。だって――」
       
       
       吸血種デジモンの王として、愉悦を至上とし、そのためであればいかなる犠牲をも厭わない最悪のデジモン。
       そう定義付けられ、故にこの広いデジタルワールドにただの1体しか存在しないとされるグランドラクモンが――それでもずっと所持し続けている、“個”としての特徴。
       
       三日三晩殺し合い、そうして解り合い、長らく苦楽を共にしたその存在は、例えこの先、先代のように玉座の簒奪を許す事になったとしても、絶対に譲れないモノなのだ。
       
       
      「私とピエモンは、友達だからね。……今までも、これからも、さ」
       
       

       
      「でさ、でさ。まずはどこに行くの?」
      「コートー区……でしたっけ? ダルクモンたっての希望だそうですよ」
      「そうなの?」
       ガイオウモンがダルクモンの顔を覗き込むと、彼女は大きく頷いた。
      「なんでも、そこにはすごい人間の剣士がいるらしい。手合わせしてみたいんだ」
      「人間の剣士? 選ばれし子供じゃなくて?」
      「ああ。だが見くびるなかれ。本当にすごい剣士なんだぞ、ガイオウモン。なんとその剣士は、私が以前敗れたダスクモンとも互角に渡り合い、過去の私を破った双翼の片側・『ブルーフレア』の将からほとんど一方的に一本を取ったとの話だ」
      「ま……まじか、すげえ」
      「奴の奥義の名は、《コテ》……! まるでお好み焼きをひっくり返すがごとく、繊細かつ華麗な技に違いない」
      「す、すげー! 俺も、俺も会ってみたい!! 行こう行こうコートー区!!」
       
       はしゃぐダルクモンとガイオウモンに、本当に騒ぎを起こさないで済むか、考えるだけで胃がきりきりと痛むピエモンだったが――まあ、なるようになるだろうと腹を括れるだけの度胸も、ここ数年で持ち合わせるようになっていた。
       
       数年。
       
       ダルクモンをこちらに連れ帰ってから、もう、数年もの時が流れたのだ。
       
       その間、いろいろな場所を3体で旅したが、かのデジタルワールドには、あれ以来、彼らは足を踏み入れてはいない。
       だが、ダルクモンもピエモンも、あの世界での出来事は鮮明に覚えているし、ガイオウモンも、いずれ遊びに行きたいと希望している。
       
      「……」
       
       そしてピエモンは、時折思い出す。
       ダルクモンとドルルモンを探している間に、キュートモンから聞いた話を。
       
       ――ドルルモンは、ボクの家族なのキュ!
       
       けが人を勝手に連れ出した事には憤りつつも、彼は自慢げに語っていた。
       
       一緒に旅をして。
       一緒にいろんな物を見て。
       いろんなにおいを嗅いで。
       
       一緒にお腹を空かせたり。
       雨でずぶぬれになったり。
       
       ひなたぼっこをしたり。
       風を切って走ったり。
       
       そうやって、共に過ごした彼は、自分の大切な家族なのだと。
       
       本来そんな概念を必要としないデジモンが、それでも誰かを、家族と定義づけられるとするのならば
       
       
      「行きましょうか。……我が娘よ」
       
       
       ダルクモンの事も、きっとそう呼んで良い筈だ、と。
       ピエモンは辿り着いたゲートの前で、微笑みながら、彼女に右手を差し出した。
       
      「うん! 行こう、養父殿!」
       ダルクモンもまた、とびきりの笑顔で彼の手を握り返す。
       
       「知謀、泉が如く湧くがごとし」と例えられる程の優れた頭脳を持つタクティモンが、そればかりは知らなかったが故に。ダルクモンもまた“あの日”まで、どうすればそれができるのか、解らなかったのに。
       なのに、“あの日”――シャウトモンの歌を聞いていたら、自然とその表情が花開いて。
       
       彼は「あの時」宣言した約束を守ってくれたのだと、ダルクモンはその事も、ずっと、嬉しく思っていて。
       
      「ほら、ガイオウモンも、私と」
      「おう、また置いてけぼりはゴメンだぜ」
       
       ダルクモンのもう片方の手を握りながら、ガイオウモンはダルクモンとピエモン、両名を交互に眺める。
       悪魔の貴族は何を計らったのか。2体の顔は、どこか似通っているような気がした。
       なんやかんやとタイミングを逃して、自分の顔がどんなものか、ガイオウモンはまだちゃんと確認していないのだが。
       
       ――俺も、2体に似てるといいな。
       
       と、そんな事を思ったりしているのだった。
       ……その思いが通じていると知るのは、彼らがリアルワールドに着いてからのお話。
       
       
       3体は同時に、手をつないだまま。アヌビモンが開いたゲートへと飛び込んだ。
       
       ダルクモンが腰に吊るしたキーホルダー――目立たないように小型化した『ラ・ピュセル改』が、移動に伴ってからからと揺れる。
       刀身は、しっかりと失われた筈の鞘に収まっていた。
       
       それは、彼女の前世たるタクティモンが、最後に彼女に遺していた物。
       最終決戦時に外した鞘は、激戦もズィードミレニアモンの攻撃をも免れ、タクティモン達の拠点・ジュピターゾーンの乱雲渓谷クラウドキャニオンに残されていたのだそうだ。
       
       名匠の鍛えた刀。
       太古からの怨念。
       聖剣の在り方。
       星を割る力。
       聖騎士を斬った因果。
       
       そして、元の鞘。
       
       これを以って、『ラ・ピュセル改』は真の意味で完成した。
       
       だから、これ以上の未来を切り開くのは、武人たるを願ったダルクモン本人の力。
       彼女と、彼女の家族達の力だ。
       
       
       剣の聖女は今日も征く。
       
       新たな強敵はこの先幾度となく彼女の前に立ち塞がり、降り注ぐ苦難はまるで雨あられが如し。道はどこまでも高く、険しかろう。
       
       しかし何の因果か、彼女と道、交差せし者達有りて。
       道化の養父と武者たる弟分。彼らが居れば、何が在ろうと、剣の聖女の世界は回る。
       
       それはそれは派手に、ドハッピーに。
       
       
       
       度を超えたトンチキ。荒唐無稽。剣技格闘与太絵巻。
       嘘か真か、余りに出鱈目じみているが故に、騙るにせよ語るにせよまだまだ話は尽きぬのだが、一先ずここで、大団円。
       
       剣の聖女の珍道中。これにて幕引き。
       お終い、おしまい。

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    • #4139
      ひーやんひーやん
      参加者

        初めてコメントします、ひーやんと申します。

        剣の聖女完結お疲れ様でした。

        陰ながらに応援してた身でございまして、なかなか感想を送る機会がなく完結した今だからこそコメントをお送りしたく思います。

        史実のジャンヌ・ダルクさながらの波乱万丈の旅路、本当にお疲れ様でした。

        ダルクモン本人は自身の旅路を決して波乱万丈とは思っておらず、養父と各世界を巡る旅だったんだろうなと思います。

        度を超えたトンキチ…これは果たして彼女の言動に対してか、彼女が起こした奇跡の数々かを指すかは定かではありません。

        確かに後世に語ろうとも色々と脚色されたと誤解されるような内容ばかりで…(例えばベツモンをズバモンの代わりに扱っていた珍事とか。個人的に一番気に入っています)

        悪役として起用されるピエモンが面倒見の良い保護者、並びにとても愉快なツッコミ役として描写されているのはとても新鮮でした。

        恐らくこれからの旅の中でも彼のツッコミは切れを増すかもしれません。

        そしてガイオウモンは…個人的な印象ですが、これから先ものすごく苦労人属性が色濃くなりそうなのは何故でしょうね?

        特に個人的に好きなのが最終決戦時の勢いとダルクモンの心理描写でした。

        読んでいてイメージが頭の中で膨らむ程でした。

        ギャグもシリアスもバトルも出来るなんて凄いな、という感心と悔しさと、無事に完走されたというその実績と熱量に盛大な拍手を。

        改めて長らくの連載、お疲れさまでした。

        ただの一般通過、一読者の乱文感想コメでした。

        お目汚し失礼いたしました。

        #4150

         剣の聖女完結、お疲れ様でした。
         思えば遠くに来たものと感じるのは作品が完結する度に思うところですが、最後の最後に“義父”と“娘”の出会いである最初の武舞独繰(の改良型)に立ち返るというのがとても美しい。ラ・ピュセルに敢えて“改”の文字を与えたのも、、自分の新技に犬種の近しい名前を付けようとしていたのも、全ては親愛の表れでありましたか。
         前回の時点でバトルが終了していたので、最終話は実質的なエピローグと予想していたものの、実際には皆の心の中の葛藤の決着とそもそもの起源に纏わる謎の判明と、最後までワクワクさせて頂きました。
         
         最終話で到達したのはクロスウォーズの世界。それもルミナモンがいることからして漫画版クロスウォーズ寄りだ!!
         以前よりタクティモンであろうことが明かされてはいたものの、ダルクモンが成熟期止まりで完全体以降に進化できない理由を存在がXW世界に由来するものだからと定義付ける流れに脱帽。ダルクモンが数多の者から思われてきたであろういやコイツなんで成熟期でこんな強いねんという思いが、最後の最後で辿り着いた世界で王と慕われるアイツに対する義父殿の抱いたいやどう見ても成長期なアイツが王なのかよという疑問とピッタリ繋がる流れが素晴らしい。クロスウォーズの世界とその設定をこのような形で使ってくるとは……!
         
         そしてデジモンとデジモンの珍道中にも関わらず、デジモンアニメを倣うような別離を示唆されるも、そこはXW世界を背負い既存の概念をブチ壊してきたダルクモン、まだ完璧ではないことで旅はまだまだ続く、スカッと気持ち良い締めを見せて頂きました。嫉妬に身を焦がす吸血鬼王はアレでしたがそこはしゃーない。人の心がわからないようでいて、実際にはめっちゃ人間臭いな吸血鬼王。
         キュートモンだけは絶対に許さん。
         
         最後に旅立っていくのは人間の世界、なんか江東区とかいう凶悪な単語が見えた気がしますが、あのスターモンソードで立ち回った剣術の冴えは異世界にも名を轟かせているというのかゼン○ロウ。多分XW世界も含めて岸尾だいすけの声が響き渡りまくっていたことかと思いますが、ガイオウモンもアームズの属性残してたら武器として振るわれていただろうから危なかったぜ。
         クロスウォーズ冒頭とは全く逆の展開で、逆にデジモン達が人間の世界へ旅立っていく。
         
         人間界で生まれた生き物、人間(当たり前だ!!)
         彼らはタンパク質の塊だけど、泣いて笑ってデジクロスさせてくれる大切な仲間
         たくさんのチームメイトを集めて、さあ! 君も冒険の世界へ!
         タフなハート

         
         完結お疲れ様でした。
         他作品でもまた是非宜しくお願い致します。

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