剣の聖女:イリアス編

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    アバター快晴
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      「うわあ、ダルクモンだ! ダルクモンが出たぞ!?」
      「投げられる! みんな逃げろ!!」
       
       初めて見る海の物珍しさにダルクモンが桟橋に駆け寄るなり、付近に集合していたルカモンが一目散に沖へと泳ぎ去って行った。
       
      「む。何やら私は有名人のようだ」
      「初っ端から一体何をやらかしてくれたのですかダルクモン」
      「そうは言っても養父殿。私自身まるで身に覚えが無いのだが。略して「しまえなが」だ。雪の妖精さんが暮らすには、ここは暑いな養父殿」
      「本当に何もしていないならせめて信用に足る発言を返してくれませんかね?」
       
       本当に身に覚えが無いのか、自分としては真摯に答えたつもりだったからか、あるいは、その両方か。ダルクモンは、首を小さく横に傾ける。
       何にしても、こんなところでいきなり騒動を起こしてもらっては困ると、小言の一つも浮かびかけたピエモンの前に、慌てたように飛び込んでくる影が一つ。
       
      「あらあらごめんなさいね~。あの子達も本物のダルクモンを見るのは初めてだったから、許してちょうだいね~」
       
       歌うように間延びした声に、2体の視線が同時にそちらへ向く。
       そこに居たのは、鳥と人間の女性、両方の印象を携えた白いデジモン――小柄ながら、完全体にして神人型のデジモン・セイレーンモンで。
       
      「というと?」
       怪訝そうに尋ねるピエモンに、セイレーンモンはくるくると宙を舞いながら、吟遊詩人さながらに、ルカモンたちが逃げ出した理由を歌い奏でる。
       
      「ニンゲンの世界で、ルカモンのモデルの生き物は、ネプトゥ〜ンモン様のモデルになった神様の使いなのね~。だから、ここには世界各地のルカモンに関係する神話も、たくさん蒐集されているのね~」
      「ふむ、その中に私の種に関連するものもあると」
      「そうなのね~。「ルカモンを矢の代わりに投げて砦を落としたダルクモン」の神話があったのね~。パンクでキャッチ〜だから、あっという間にルカモン達の間で広まっちゃったんでしょうね~」
      「なるほど。略してパクチーという訳か」
      「よくわからないけれど、あたしは嫌いじゃないね~パクチ〜。料理にエキゾチックを添えてくれるからね~」
       
       ピエモンは宙を仰いだ。色々とおかしいダルクモンは、自分の手元に居る彼女1体だけだとばかり思っていたのに、どうやら世界を見渡せば別段そうでは無いらしい。
       少なくとも、この世界にはルカモンを矢と認識するようなダルクモンが居たのだ。彼女達が種族として“残念ないきもの”では無いと、これで断言できなくなってしまった。
       となると、このダルクモンのトンチキ具合が後々修正される機会は、一生訪れないのでは? 彼がそう懸念してしまうのも無理は無い訳で。
       
       ちなみに天使型デジモンが矢を射るものでは無く投げるものと認識している点については、別段おかしな話では無いと追記しておく。
       エンジェウーモンのように弓を生成できるタイプ以外の天使型が、武器として支給された光の矢を投擲する光景は、天使型と堕天使型が入り混じる戦場において一般的な光景である。
       
       何にせよ、ピエモンにとっての『イリアス』訪問は、憂鬱な気分で幕を上げた。
       
      「あー、セイレーンモン。この辺りの事情に詳しいらしいあなたに、お尋ねしたい事があるのですが」
       
       しかしこのまま空の青さを見上げていても、仮にも暗黒系デジモンである彼の気分が晴れる事は無いため、ピエモンはせめて当初の目的をさっさと遂行してしまおうと口を開く。
       彼の内心を知ってか知らずか、「なにね~?」とセイレーンモンは、道化の方へと向き直った。
       
      「ウルカヌスモンの工房の所在について、御存知ですか?」
       
       ピエモン、というかダルクモンは、デジタルワールドでも随一の工匠として伝わる彼に、武器作りを依頼するためにこの地にやって来たのだ。
       

       
       ダークエリアの管理人・アヌビモンは、グランドラクモン由来の氷の通行証にやや嫌そうな表情を浮かべたものの、提出された書類に不備は無く、また、『イリアス』はその美しい環境から観光地としても人気があるので“デジタルワールド間の移動”の中では比較的制限が緩く設定されている。
       審査にすんなりと通り、翼の無い天使と道化という奇妙な組み合わせの2体は、難なく十二の神が統治する世界へと降り立った。
       
       目的地であるウルカヌスモンの工房へも、セイレーンモンの案内もあって(というか、無くても看板にでかでかと巨大な矢印とセットで案内が書かれていた)30分もしない内に辿り着いた。
       山肌を削って造られた洞窟を、鋼鉄の類で補強しただけの、武骨な工房。
       ただし、入り口付近までは誰でも立ち寄る事が出来るが、中には結界が張られており、ウルカヌスモンが認めた者以外は自動的に外に出される仕組みとなっているらしい。
       
      「そういう訳だからね~、武器、造ってもらえるといいね~」
       
       案内を終えたセイレーンモンは、にこやかにそう言い残して、2体の元を去って行った。
       最初に聞かされた話にはげんなりしたものの、出会ったのが気の良い親切なデジモンだった点に関しては、行幸だったなとピエモンは考える。
       そも、敵対者を打ち滅ぼし、上位種による統治を根付かせた『イリアス』は、それなりの長い間、戦闘種族の住まう世界としては異常と言って良い程の平和が続いていた。
       住民の一種の呑気さも、そういった事情に由来するのだろう。
       
       ……故に、戦闘種族に「平和」の概念を慣れさせる程、強力な究極体。その一角との対峙がすぐそこまで迫っている事実にピエモンは、薄ら寒い感覚を覚えないでは無いのだが。
       
      「ふむ、ここがルスのハウスか」
      「ウ・ル・カ・ヌ・ス・モ・ン!! やめなさい、本当にやめなさいダルクモン。神人型デジモンの名前は事前に覚えておくようあれほど言ったでしょうに」
      「そうは言ってもお名前が長いのだ養父殿。ただ『ベレンヘーナ』のおひたしを造ったデジモンだとは覚えているから、その点は安心して欲しい」
      「むしろ一切安心できる要素が無くなってしまったのですが!? せめて、せめて浸すんじゃありませんっ!」
      「騒いでないで入ってきたらどうなんだ。ジブンは留守でも何でもないぜ」
      「だからルスじゃなくて――」
       
       ふと、その男性の声が、女性の姿をしたダルクモンから発せられたものである筈が無いと、我に帰って。
       恐る恐るピエモンが振り返った先に、その声の主は存在していて。
       
       赤銅の装甲。8本の腕。
       最前列の腕を組んで直立する姿は、職人の佇まいそのもの。
       
      「ウルカヌス、モン」
       
       神人型の、究極体。
       ピエモンの紅い唇が、引きつった。
       
       認められた者しか入室を許されない結界の前に、ご本人が登場してしまっては、動揺するなと言う方が無理な話だ。
       「おお、お前が『ベレンヘーナ』の」と開き書けたダルクモンの口を咄嗟に塞ぐだけの理性は残っていたが、それだけである。
       
       ウルカヌスモンは、そんな2体を赤い隻眼で値踏みするように眺め――やがてふっと、息を漏らす。
       口元を伺う事は出来ないが、ピエモンが判断する限りでは、笑っているように思えた。
       
      「身の程知らずか冷やかしかと思いきや、なかなかどうして面白れぇ」
      「そうだな、おひたしは冷やすとおいしい」
      「何一つ噛み合っていないのでホントに黙ってなさい」
      茄子ベレンヘーナ料理はアツアツのムサカもいいもんだぜ。……てめぇらにゃラザニアって呼んだ方が馴染みが深いか?」
      「あなたも噛み合わせないでください……」
       
       いかに道化とはいえ、流石に異国の統治者、その一柱に強く出られないピエモンに肩を竦めながら、ウルカヌスモンは空いている手で手招きする。
       
      「ま、さっきも言ったが早く入れや。ジブンに会いに来たんだろう?」
       
       造ってやるよ、お嬢ちゃんの武器。
       そう言ってにやりと目元を細めたウルカヌスモンを前に、ダルクモンは「ラザニア……」と呟くのだった。
       

       
      「言うまでも無いだろうが、ジブンはウルカヌスモン。オリンポス十二神族の一柱で、鍛冶神だ」
       
       工房内部。
       一見神族の所有物とはとても思えないシンプルな丸椅子にどか、と腰を下ろし、ウルカヌスモンは自身の名を名乗る。
       
      「そうか、私はダルクモン。見ての通りのダルクモンだ。よろしくな」
      「もう少しマシな自己紹介が出来ないのですかあなたは。……僕はピエモン、このダルクモンの主人で、旅の道化です。ここへはコキュートスを経由して来ました」
       
       うやうやしく一礼し、ついでに隣で直立不動の構えを取るダルクモンの頭も下げさせるピエモンを鼻で笑いながら、ウルカヌスモンはひらひらと腕の1本を振る。
       
      「安心しな、ジブンが武器を造ってやりたいと思える程の技量があるなら、人格に関しちゃとやかく言いやしねぇよ」
      「と、いう事は。私にも作ってくれるのか、ラザニアを」
      「ムサカなら麓に良い店があるからそっちへ行きな。ジブンが扱うのは、武器だけだ」
       
       見せてみろ、と、ウルカヌスモンが指さすのは、ダルクモンが腰に下げた2本1対の細身剣『ラ・ピュセル』。
       ダルクモンはベルトと鞘ごとそれらを外して、彼の前へと差し出した。
       
      「ほう」
       
       『ラ・ピュセル』を引き抜いて眺めるウルカヌスモンを前に、ピエモンの仮面の下の額に冷や汗が浮かぶ。
       彼が「武器を大切に扱わない者の仕事は引き受けない」とは事前に聞いている。欠けた刀身に鍛冶神が何を思うか、ピエモンは気が気では無かったのだが――
       
      「まあ、これは仕方が無いな。最初から、お嬢ちゃんに耐えられるような剣じゃ無ぇ。むしろ折れてないだけでも御の字だ」
       
       ――その点に関しては、どうやら杞憂だったらしい。
       ピエモンは内心、ほっと胸を撫で下ろす。……と同時に、予想していた事ではあったが、神格からしてもダルクモンは特異な存在であるという事実には、やはり首を傾げずにはいられないのだが。
       
      「使い手に恵まれない武器は可哀想だが、武器に恵まれない使い手っつーのも鍛冶神として黙っちゃいられねえ。てめぇの力を100%引き出せる最高の剣、ジブンが鍛えてやろうじゃねぇか」
      「おお……すごくやる気だ。恩に着るぞ。略してすやきだ」
      「普通にお礼を言いなさい。普通に」
      「さんくす」
      「丁寧にっ!!」
      「I appreciate your kindness」
      「!?」
       
       突然の良い発音に目を見開くピエモン。
       その様子を呵々と笑ってから、ウルカヌスモンは自身の鍛冶道具をどこからともなく、取り出した。
       
      「ま、ちょっとばかし時間をもらうぜ。しばらく外で遊んできな。……ああ、ピエモン。てめぇは残りな。ちょいと伝えてぇ事があるし、てめぇもジブンに聞きたい事があるんだろう?」
      「……ダルクモンの単独行動を許せと?」
      幼年期ガキじゃねぇんだから、小遣い握らせときゃ好きに散策くらいしやがるだろう。多少突飛な事言い出したって、この辺の奴らは気にしやしねぇよ」
       
       多少で済めばよいのだが、と、ピエモンは遠い目をするが、機嫌良く仕事を引き受けた鍛冶神の提案を無碍にするわけにもいかない。
       わかりました、と。ピエモンは一度、ダルクモンの方へと向き直る。
       
      「そういう訳なので、少し外で遊んできなさい。あまり羽目を外さないように。いいですね?」
      「わかった。なので養父殿もお小遣いをくれ。ください」
      「こんな時だけ……はいはい、いくらですか」
      「5000兆bitほしい」
      「5000bit渡しておくので、無駄遣いしないでくださいね」
      「わーい」
       
       普段通りの無表情のまま、しかし喜んでいるような声だけは上げて、手渡されたデジタルワールドの通貨を握り締めたダルクモンは出入り口の方へと駆けて行く。
       
       その翼の無い背中が見えなくなってから、ふう、と息を吐いて。改めてピエモンはウルカヌスモンの方を見た。
       
      「それで、伝えたい事とは」
      「まず、先に詫びておく事がある」
      「詫び?」
       
       ウルカヌスモンはやや気まずそうに、右から三番目の手でメットの側面をぽりぽりと掻いた。
       
      「実を言うと、この工房にある素材だけじゃぁ、お嬢ちゃんに見合う武器を造るには材料不足でな。もちろん先に言った通り、100%の力を引き出せるモノは造ってみせるが、それ以上となると、な」
       
       100%以上の力――実力以上の力。
       デジモンは戦闘時の感情や、蓄積した経験値、あるいは外部からの刺激――例えば人間の存在――次第で、限界を超えるだけの能力を発揮する事がある。
       その最も顕著な形が“進化”であるわけだが……
       
      「つまり、ダルクモンが新しい武器を手にしても、それを理由に進化するような事は無いと?」
      「恐らくな。……いや、進化に関してはどうなんだろうな。アレはアレで完成……というよりも、完結している感があるというか……。まあいい。そういう訳だから、お代は請求しやしねぇよ。“完全”を超える“究極”を提供できないとなりゃ、いかなる理由があれ鍛冶神としてのプライドが許さねえからな」
      「あなたにそうとまで言わしめるあのダルクモンとは、一体何者なのです?」
       
       ウルカヌスモンが「聞きたい事」として想定していたであろう疑問を、ピエモンはぶつける。
       彼はメットの中で首を横に振った。
       
      「詳細まではわからん。ただ、前世が相当強力な剣豪デジモンだった事は確かだろうな。あとは、元居たデジタルワールドとは、いくらか理がズレてるって事くらいしか」
      「理がズレている?」
      「ダルクモンのデータの中でだけ働いているルールが存在する、とでも言うか。この『ラ・ピュセル』はその理から弾かれたせいで、欠けても元に戻らなかった、っつーワケだ」
      「……」
      「一応言っとくが、お嬢ちゃんの性格と理のズレは関係してないと思うぞ」
      「…………」
       
       じゃあ何がズレた結果があの性格なんだと思いはしたが、ピエモンは思案顔で誤魔化したまま、それ以上は訊ねなかった。
       代わりに話題を、切り替える。
       
      「ちなみに、足りない素材というのは?」
       
       ウルカヌスモンがその素材とやらを挙げていく度に、ピエモンの眉間の皺が深くなっていく。
       
      「素材集めにまで手を出すかは、てめぇらで判断しやがれ。鍛え直す時は声をかけてくれりゃあいい」
      「……それは、どうも」
       
       話は以上だ、と締めくくって、ウルカヌスモンはいよいよダルクモンの剣の製作に取り掛かる。
       洞窟の壁にもたれかかって、ピエモンは顎に手を添えた。
       
       ……ウルカヌスモンに聞かされたダルクモンの新しい武器の材料は、簡単に――どころか、1体のデジモンが一生のうちに1つでも手に入れられれば運が良かったと言えるようなモノがほとんどで。
       それでも揃えるというのなら、最低でも、元居たデジタルワールドと『イリアス』以外に、3つの世界を巡る必要があるだろう。
       
      (ただ、まあ。約束はしましたからね。武器の作成と、武者修行の話は)
       
       約束。
       外の世界にまで通用する実力を示す事が出来れば、好きなところに連れていく、と。
       
       ダルクモンは条件付きとはいえグランドラクモンの部下を下し、彼女の勝利を認めさせた。
       そして今もなお、鍛冶神の審判を前にしても、そのポテンシャルは確かな物だとむしろお墨付きをもらっているくらいで。
       
       
       ――将来どんな傑物に育つか、この眼で見てみたくなりました。
       
       
       かつて、プロットモンだった彼女を拾った際に口した言葉は、嘘では無い。
       こうやって毎日のようにトンチキな言動に振り回されている今となっても、その点だけは、変わっていない。
       辟易は、無いでもないが――興味が失せる、理由にはならない。
       
      (我ながら面倒な性質だな)
       
       やれやれと頭を振りながら零したピエモンの嘆息は、ウルカヌスモンが鉄を打つ音に、掻き消された。
       

       
       一方で、こちらはウルカヌスモンの工房を出たダルクモンである。
       
       ギリシャ風ラザニアことムサカを求めて麓に向かい始めた彼女が別のデジモンに呼び止められたのは、出発から僅か数分後の事であった。
       
      「やっほー、天使のお嬢ちゃん! ウチと遊んで行かない?」
       
       お嬢ちゃん、と、ダルクモンを呼ぶ割に、声の主はダルクモンよりもずっと幼く見えた。
       見えたというか、まんま少女である。
       
      「遊ぶって? イイコトするのか?」
      「きゃはっ、そうそう! イイコトイイコト、楽しいコト! ウルカヌスモンったら、面白いコ工房に連れ込んでるじゃん。やるぅ。……武器待ちでしょ? その間、ウチと遊ぶの。どうどう?」
      「ふむ、ウル……ウルル……ウルルカヌレモン……? も遊んで来いと言っていたしな。これは渡りに船、略してわにかもしれない。……ただ、養父殿は知らないデジモンについて行くなと言っていたし、私はムサカとやらを食べに行きたいのだが」
      「じゃ、今からやる「遊び」で、負けた方がムサカを奢るってのはどう?」
      「その話、乗った」
       
       即答するダルクモンに、少女のデジモンはにやりと口角を持ち上げた。
       
       かかった、と。
       
       もちろん、彼女は食事に困窮する程金銭に困っているデジモンでは無い。
       だが、他所から来た、何も知らない身の程知らずにちょっかいをかけて奢らせる飯は、神殿で捧げられる供物の類とは一味違う。
       加えて単純に、平和な『イリアス』においては、退屈せざるを得ない――つまり、この少女のようなデジモンも、確かに存在している訳で。
       
      「それで? 何をして遊ぶんだ? 勝敗がつくという事はダンスバトルか。となれば、私もいよいよ養父殿仕込みの《ぽめらにあん》を披露する必要があるな」
      「違う違う。剣士のデジモンが2体でやるコトと言えば、ひとつだけでしょ」
       そう言って、少女のデジモンは近くの木を蹴り飛ばす。
       
       ばきり、めきめき、と。
       
       木は音を立てて根元から折れ、どしんと倒れるのと同時に、辺りには大小様々な枝が飛び散った。
       
      「チャンバラよ!」
      「略してバラか。お洒落だな」
       
       いいね、わかってんじゃん、と、何故バラと略したのかはよくわからないが、「チャンバラ」をお洒落と形容するダルクモンに気をよくしながら、少女のデジモンはあごでくい、と飛び散らかった枝を示す。
       
      「先に好きなの拾いなよ」
      「これはかたじけない」
       
       少女のデジモンの言葉に甘え、ダルクモンは近くに落ちていた「いい感じの枝」を拾い上げる。
       彼女に翼があったとすれば、ちょうどそのくらいだっただろう長さの枝を、1本だけ。
       
      「ありゃ? 1本でいいの? ダルクモンって2刀流じゃなかったっけ」
      「私の場合、1本で使っていた。もう片方は予備だ」
      「ん、そっか」
       
       その上で、両方の刃がガタガタになってしまったのだが――わざわざ説明する程でも無いと、判断したのだろう。
       そして少女のデジモンも、もうそれ以上、ダルクモンと話す事も無いと言った風で。
       
      「よっこいしょ」
       少女のデジモンが、自分の選んだ枝を持ち上げる。
       
       否、枝では無い。幹だ。
       
       
       少女のデジモンが手に取ったのは、蹴り倒した木、そのものだった。
       
       
      「ロックだな」
      「でしょ? てか全然驚かないじゃん! お嬢ちゃんもそこそこロックなんじゃない?」
       
       ま、ウチには負けるけど。
       そう言って、少女のデジモンはみしりと指の先を沈み込ませて持ち上げた木を、それこそ小枝か何かのように振るって見せた。
       
       砂煙が巻き上がり、彼女に蹴って折られる運命は免れた筈の木々もまた、少女のデジモンの一振りに沿ってなぎ倒されて行く。
       当然そのラインには、ダルクモンの木々より細い身体もあったが――
       
      「とうっ!」
       
       ――彼女はその場を蹴って、前方斜め上へと跳び上がる。
       着地点は、少女のデジモンが振るう木肌の上。そのまま残っていた枝の隙間を縫って、ダルクモンは少女のデジモンの方へと駆けた。
       
      「ひゅう、やるう!」
       
       だが少女のデジモンも黙ってはいない。
       自分の身体を捻って、追随する木の幹をも回転させる。
       流石に回る木の上から振り落とされるのはマズいと判断したのだろう。再び足場を蹴って、ダルクモンは少女の死角、彼女の背後を目指す。
       
      「甘い!」
       
       が、その選択はむしろ少女のデジモンの思う壺。
       彼女は今度は、ダルクモンの跳ぶ線を追うように木を振り上げ――後は、重力に任せて、振り下ろす。
       
       空を飛べるならいざ知らず、このダルクモンに翼は無い。
       回避は不可能。デジモン故、当たったところでかすり傷だろうが、これが彼女の愛剣であればそうはいかない。
       
       敗北を、認めさせられるだろう、と。少女のデジモンはぺろりと出しっぱなしの舌で唇を舐め――
       
      「よっ、と」
       
       ――しかし予想通りにダルクモンが木の下敷きになる光景を、臨む事は出来なかった。
       
      「ちょ、ウソでしょ」
       
       ダルクモンは、自分の腕の太さ程しか無い枝で、のしかかる木を受け流したのだ。
       わずかに角度を間違えただけでも折れかねない枝をしならせるのみにとどめ、生え残った枝に阻まれない、筒状になった部分を狙って脇へと逸らし、その上で――構え直した枝の底で、木の表面をごつんと小突く。
       
      「っ」
       あり得ない、と、少女のデジモンは顔をしかめる。
       少し突かれただけなのに、木も、そしてそれを支える少女の身体も、僅かに傾いてしまったのである。
       
       そこを突けば、両方のバランスを崩せると。枝がある程度残っている以上、けして単純な形ではない樹木の文字通り“弱点”を、確実に理解した上で、ダルクモンは、突きを放ったのだ。
       
       当然、それは少女のデジモンには隙が生まれる。
       
       下部を柄のように右手で握り締め、ダルクモンが枝を一度腰元にまで下ろす。
       下段の構え――否、鞘の代わりに添えられた左手が、そうでは無いと物語っている。
       
       居合術。
       
       刀剣を鞘から引き抜く動作で相手を斬る。ただ一撃に全てを賭ける必殺の剣。
       その脅威は、一太刀を浴びる寸前まで、剣の軌道を予期できない点にあるとも言われている。
       
       そして如何に成熟期といえど、樹木1本分の間など、ダルクモンにも瞬きの間に詰める事が出来た。
       
      「《バテーム・デ・アムール》!」
       
       絶対に《バテーム・デ・アムール》では無いのだが、ダルクモンは必殺技の名を叫んだ。
       逆説的に、ダルクモンが使う剣技である以上は《バテーム・デ・アムール》だというのが彼女の言い分である。
       
       少女のデジモンは目と鼻の先。引き抜く枝が描く奇跡は、腰元から肩口への振り上げである。
       
      「な――なめるなぁっ!? 《ストライクロール》!!」
       
       無理やりに、ふんじばって。
       少女のデジモンは自分の体躯分宙に浮いていた木の幹を、力の限り地面へと押し付ける。
       
       途端、大地が揺れた。
       
      「!」
       路面は陥没し、ダルクモンの一閃も彼女の身体が地面と一緒に傾いた分だけずれ、少女のデジモンのなびいた髪を掠めるにとどまる。
       めきめきめきぃ! と、凄まじい音と共に、衝撃に耐えられなかった木の幹が、またしても真っ二つに折れた。
       
       木片が飛び散り、舞い上がった土埃が降り注ぐ。
       
       渾身の居合を外されたダルクモンと、怪力を以って自ら木を折ってしまった少女のデジモン。
       
       しばらくの間、2人は睨み合い――やがて、少女のデジモンが残っていた木の根元から指を外して、ぽいっ、と捨てた。
       
      「やめやめ! これ以上は遊びじゃ済まなくなっちゃう。ウチは武器を折っちゃったし、お嬢ちゃんは必殺の一撃を外した。……うーん、悔しいけど判定的にはウチの負けか。チャンバラごっこで木の枝折っちゃうとか、あり得ないんですけど」
       
       苛立たし気に頬を膨らませながら唸る少女のデジモンを前に、ダルクモンも木の枝を下ろす。
       
      「そうは言っても、実戦であれば負けていたのは私の方だった。お前の言う通り、あの居合には「次」が無い。いや、手札が無い訳じゃ無いが、お前に通用する一撃は、アレだけだった筈だ」
      「……」
      「それに、お前の技は、すごく綺麗だった。豪快さで誤魔化していたが、すごく行儀がいいというか、模範的というか……お前の剣技が綺麗じゃ無かったら、私は的確にさっきの振り下ろしを受け流せなかったぞ。きっとぴちぴちのカツオのたたきになっていた筈だ」
      「いや意味わかんない。……あーでも、嫌味が無い分逆に腹立つっていうか? おちょくってやろうと思ったウチがすっごい悪いヤツみたいじゃん」
       
       悪いヤツ? と、首を傾げて――刹那、稲妻に撃たれたかのように彼女の背筋が伸びる。
       
       
      「まさか、ムサカを奢ってくれるというのはウソだったのか!?」
       
       
       珍しくショックを受けている風である。
       違う違うと、慌てて少女のデジモンは首を横に振った。
       
      「そこはウソじゃない。……ウソじゃないけど、正直奢らせる気満々だった」
      「む。それは当然だ。勝負は自分が勝つつもりでやるものだからな」
       
       あくまで素直かつ、こちらを咎める気の無さそうなダルクモンに、少女のデジモンは調子狂うなとぽりぽり頭を掻く。
       
      「お嬢ちゃん、ホントにウチの事知らないんだよね?」
      「? もしや知ってるデジモンだったのか。ドコチューだ?」
      「いや、そういう意味じゃ無くて……」
       解ってはいた事だが、必殺技名を叫んで、使ってなお気付かれないなら本当に知らないのだろう。
       食事を奢らせる以外にも、相手を驚かせたいというのが彼女の望みだったのだが――これでは種明かしをしたところで、対した反応は得られるまい。
       
       少女のデジモンは、溜め息を吐いた。
       溜め息を吐いて、気分を切り替える。
       
      「ま、いいや! 身体も動かしてお腹減ったでしょ! 約束通り、ムサカ、奢ってあげるよ」
      「おお、やったぞ。もう少しでお腹と背中がくっついてしまうところだった。口がすごくベレンヘーナとチーズなんだ」
      「はいはい、任せて。いい店紹介してア・ゲ・ル! 早速出発――」
       
       
      「どこに行くつもりだこんなに散らかして」
       
       
       今度は少女のデジモンの身体が跳ねる。
       
       ……彼女が振り返った先には、8本全ての腕に武器を携えたウルカヌスモンが立っていた。
       
      「おお、ムサカの人」
      「ウルカヌスモンだと言っているでしょう真面目に覚える気はあるのですか……!?」
      「なんと、養父殿も一緒だったか」
       養父殿も腹ペコか? と寄って来るダルクモンに「羽目を外すなと言ったでしょう」と、肩を落として脱力を示すピエモン。
       
       大地が陥没する程の揺れが起きたのだ。近くにあるウルカヌスモンの工房にまで、伝わらない筈が無い。
       
      「そも――なんて事をしてくれたのですか、あなたは」
      「?」
       
       見れば、ピエモンのただでさえ白い肌は青みを帯びており、顎には冷や汗が滝のように伝っていた。
       見据えているのはダルクモンではなく――彼女と“チャンバラ”を繰り広げていた、少女のデジモンで。
       
      「そうだ養父殿。私はあのデジモンにムサカを奢ってもらえることになったんだ。養父殿も一緒に行くだろう?」
       
       ピエモンは絶句する。
       本当に、自分が何の、誰の相手をしていたのか、気付いていないらしいと悟って。
       
       しかも「奢ってもらえる」等と言いだすという事は、と。
       
      「まあお嬢ちゃんを叱ってやるなよピエモン。なんてったって、悪いのはこの、『イリアス』一のどら娘だからな」
      「おーおーなんだなんだー? いいように言ってくれるな、お姉ちゃん怒っちゃうぞ?」
      「その前に親父達に姉貴が文字通りカミナリ落とされるのが先だろ」
      「……てへっ、愚弟、一緒にあやまってちょ」
      「断る」
       
      「お姉ちゃん?」
       
       2人の年齢は、見た目だけで言えばどう見てもウルカヌスモンが上、少女のデジモンが下だ。
       だが、そもそもデジモンの見た目年齢など、最初からあてにはならない。
       
       どうせダルクモンは察さないし、喧嘩中の姉弟に任せてもいられないと、種明かしのためにピエモンが口を開く。
       
      「あなたと戦っていた? のは、ミネルヴァモン。……オリンポス十二神族。芸事と戦を司る、神人型のデジモンですよ」
      「略してミルモか」
       
       ピエモンはダルクモン両の頬を捻った。
       
      「この口は……この口は……!」
       
       若い天使の頬はよく伸びたが、ピエモンも対成熟期用に加減をしているためか、そこまで痛くは無いらしい。ダルクモンは我が頬ながらもちもちだな程度にしか思っていない。
       
      「まあまあ、勘弁してやってよ旦那。ウチはその子と遊んでただけだから。ちょっと森をなぎ倒して地面陥没させちゃったけど、これは全部ウチがやったコトだし?」
      「そうだ。だからケレスモンおばさまにもチクる」
      「アッ待って愚弟。じゃなかったウルカヌスモン。それはゆるして」
       
       とはいえ対峙した神格を怒らせてはいない以上、これ以上追及する必要は無いかと、それでも若干勢いよくピエモンはダルクモンの頬から指を離す。
       ぱちんと元通りになった頬を、ダルクモンは軽くさすった。
       
      「今回もよく伸びたぞ……それはまるで、とろけるチーズのように……」
      「一度食事から離れなさい、全く……」
      「つっても、ご飯奢るって言ったのはホントだし、旦那も一緒に、今からどう? 父上達も観光客をないがしろにするような真似はしないっしょ。ね? 愚弟」
      「執行猶予が伸びるだけだと思うが」
      「チーズのように?」
      「とはいえお嬢ちゃんも限界らしい。……ま、たまには誰かと飯食いに行くのも悪かねえか」
       
       行くか、と、ウルカヌスモンと少女のデジモン改めミネルヴァモンに先導されて、ダルクモンとピエモンは食事処へと足を向ける。
       ピエモンとしては、もう少しダルクモンから詳細を聞き出したかったが、彼女は腹が減るとトンチキにポンコツが混ざる傾向がある。満腹にしてからでもいいだろうと、そこは割り切る事にした。
       何より、神からの好意無碍にするのも恐ろしいと。その辺は彼も、心得ている。
       
       もっとも、ウルカヌスモンは既に、ダルクモンの武器を仕上げている。
       旅の目的もほぼほぼ果たした今、これ以上の騒動は起きないだろうと、ピエモンも多少肩の力を抜く事に決めた。
       
       の、だが――
       

       
       ミネルヴァモン行き付けだと言う麓の料理屋に辿り着き、席に着いて注文を済ませた一行だったのだが――突如、ウルカヌスモンとミネルヴァモンが纏う雰囲気を一変させる。
       
      「? どうかしたのか?」
       ピエモンにおしぼりで作ってもらったペンモンを机の上でとことこ歩かせる風にして遊んでいたダルクモンも思わず顔を上げた。
       
      「お袋から通信が入った。海辺の方に“残滓”が出たから討伐して来いとのお達しでな」
      「ザンギ?」
      「残滓よ残滓。昔ウチらオリンポス十二神族が倒した奴らの怨念が、たまーにこっちに漏れ出したりするの。……親父といちゃいちゃしてたいからお前が行ってこいって、もぉー。デジ使い荒いんだから」
      「その分今日のやらかしには目を瞑ってやるっつってくれてるんだから、働け」
      「はいはい。……ってワケだから、お嬢ちゃんと旦那は先、食べといて。すぐカタしてくるから」
       
       そういうワケだから、ウチと愚弟の分出来たら保温しといて。とミネルヴァモンが厨房に呼びかけると、顔を出したデジタマモンが「あいよー」と慣れた調子で応答する。
       この様子だと、そう珍しい事では無いようだ。
       
       と、
      「手伝おうか?」
       
       事態がそこまで重く無いと判断したからか、別に何も考えていないのか。おそらく後者の理由で、何の気なしに、ダルクモンはミネルヴァモン達へと声をかける。(ピエモンは彼女の方を二度見したが)
      「え?」
      「折角の機会だ。ごはんは一緒に食べたいしな。少しの間とはいえ一緒に行動している以上、乗りかかった船というヤツだ。略してりたいやだな」
      「いや、始まる前から終わってない?」
       
       気持ちは有り難いけど、と言いかけたミネルヴァモンに対して、ウルカヌスモンは、ふむ、と小さく頷いた。
       
      「丁度いいかもしれん」
      「へ?」
      「お嬢ちゃんの武器、新生『ラ・ピュセル』の性能を試すには、うってつけの相手だと思う。……模擬とはいえ、姉貴と打ち合えたんだろう? なら、アレに遅れは取らない筈だ」
      「おお、もう出来ているのか。私の『ラ・ザニア』」
      「……本当に食事休憩挟まなくて大丈夫です?」
       
       不安げなピエモンに、大丈夫だ、と応えつつ、なんとなく厨房から漂って来た匂いに気を取られている節があるダルクモン。
       
       心配しか無い。
       心配しか無いが――どうせ、言っても聞かないだろうとも、ピエモンは考える。
       
      「では、僕も同行します。新しい剣の性能についても、興味がありますからね」
      「そっか、りょーかい! ってワケでおっちゃん、ごめん! 全員分ちょっと置いといて! ……焼き上がるまでに片付けてくるつもりだけどさ」
      「あいよー」
       
       あくまで軽いデジタマモンの返答を合図に、4体は店を飛び出す。
       向かうのは、ダルクモン達が最初に降り立った海辺の方だ。
       
       と、
      「養父殿、養父殿」
      「?」
       並走するダルクモンが、ピエモンに耳打ちする。
      「何ですか」
      「そういえば、怨念とは何だ」
      「……」
       
       こんなダルクモンにも、苦手な物は存在する。
       斬れないのに、寄って来るから、という理由らしい。
       
       ダルクモンは、幽霊が嫌いだった。
       
      「……怨みの執念ですね。今回の場合は、その感情エネルギーの塊と受け取ってもらえれば」
      「なるほど、理解した。略してなりただ」
       
       ピエモンは一応、嘘は言わなかった。
       

       
       あれだけ賑わっていたにも関わらず、数時間ぶりに戻って来た海辺は、既に避難を済ませたのかデジモン達は姿を消し、代わりにやや沖合の方に、巨大な緑色の影が1つ、そびえ立っていて。
       
      「げぇー。海の中じゃん! ネプおじさんがヤればよく無い!?」
      深海神殿アビスサンチュクアリからここまで遠いからな。もっとも、姉貴が勝てねぇって言うなら来てくれると思うが」
      「はっ、冗談!」
       
       話している間にも、沖の影が動き出す――気配は無い。
       首を傾げるピエモンに、ウルカヌスモンは肩を竦めた。
      「アイツはジブン達オリンポス十二神族の姿を見つけない限りは、あの調子なのさ。所詮残滓でしか無いからってのもあるが、怨んでいるのは、あくまでジブン達だけなんだろうさ」
      「でもウチら、このサーバの中のどこででもウロウロしてるし、したいし。ケレスモンおばさんとか単純にデカくて目立つから……放っておくわけにもいかないの」
       
       なるほど、と納得した様子のピエモン。
       今でこそ平和な『イリアス』だが、その過去には苛烈な戦争があったとは他所のデジタルワールドから来たピエモンも知る通りだ。
       滅ぼされたた側。その恨みは、計り知れるものではないだろう。
       
      「なので、気付かれていない内に」
       そう言って、ウルカヌスモンがどこからともなく1本の剣を取り出し、ダルクモンの方へと差し出した。
       
      「ほれ、約束の、お嬢ちゃんの武器だ」
       
       それは、黒塗りの鞘に収まった1振りの太刀。
       身の丈ほどの刀身は、柄からかけられた鎖によって封じられている。
       
       
       誰がどう見ても、『ラ・ピュセル』では無い。
       
       
      「どう見ても『ラ・ピュセル』では無いのですが」
       
       先の「新生『ラ・ピュセル』」の発言を思い返してか、ピエモンは怪訝そうな視線をウルカヌスモンに向ける。
       最後の工程は隠されていたので、完成品を見たのは今が初めてだ。
       その前から薄々「『ラ・ピュセル』じゃないな」と思わなくは無かったのだが、出来上がったモノを見ると想像以上に『ラ・ピュセル』ではなかったので、困惑するばかりなのだった。
       
       
      「いや、ダルクモンが持つ以上、これは『ラ・ピュセル』だ」
       
       
       対して、ウルカヌスモンは言い切った。
       職人の自分が言うのだから間違いないと、そう言わんばかりに、言い切った。神の決定は絶対なのである。
       
      「これは……いわゆるポン刀というやつか」
      「呼び方!!」
       
       ダルクモン自身、それを細身剣だとは言わなかった。『ラ・ピュセル』のデザインがそもそも細身剣では無いという野暮なツッコミは、一先ずここではお控え願いたい。
       
       しかし、見た目に対して思うところはあれど、ダルクモンはそれ以上何も言わずに『ラ・ピュセル』という名の太刀を手に取った。
       
      「なんだかうまく使える気がする」
      「本気で言ってます?」
      「マジマジ。大マジだぞ養父殿」
       
       返事の軽さには不安になるピエモンだったが、そも、ダルクモンの返事が軽く無い事の方が珍しい。早々に諦める事にした。
       
      「よっしゃ! じゃ、早速行っちゃおっか。ウチについてきて」
      「おう、気を付けてな」
       
       『ラ・ピュセル』(刀)を受け取り、準備は万端だと判断したらしい。ミネルヴァモンがその場から駆け出す。「応」とすぐさま、ダルクモンも続いた。
       ピエモンも追いかけようとして――ウルカヌスモンが、その場から動かない事に気付く。
       
      「あなたは?」
      「うん? ジブンは戦わないが」
      「え」
      「究極体とは思えない程弱いかならな、ジブン。武器作り以外はてんでダメだ」
       
       そうなのか、と困惑するピエモンに、しかしウルカヌスモンは気を悪くするでもなく、豪快に笑う。
       
      「ま、代わりにジブンの鍛えた『ラ・ピュセル』の活躍、特と御覧じるがいい」
       
       
       それに、ジブンはあんたの剣も見てみたい。
       
       
       そうウルカヌスモンが続けるなり、ピエモンは一瞬でその場から離脱した。
       気が付けば既に先を行く女性型2名のすぐ後ろに付けている。
       
       つれねぇな、とウルカヌスモンは笑った。
       まるで、その笑みに反応したかのように、巨大な緑のデジモン――巨神、タイタモンは、ゆっくりと振り返る。
       
       刹那、濁った咆哮が、海辺の空気を揺るがした。
       
      「来るよ、構えて!」
       
       タイタモンの腕の中にある大量の頭蓋骨から、どす黒い半透明の物体が噴き出す。
       それらは種族も世代も様々なデジモンの形を取って、3体を取り囲むように降り立った。
       
       一人師団。
       タイタモンの異名、その由来である、怨霊の軍勢を召喚する必殺技――《呼応冥軍》だ。
       
      「む、これ幽霊じゃないのか養父殿」
      「違います。幽霊ではナイデス」
      「そうか。養父殿がそう言うなら、幽霊では無いのだろう」
       
       養父殿はそんなウソつかないからな。と1人納得するダルクモン。ミネルヴァモンの視線が突き刺さる思いだったが、ピエモンは気付かないふりをした。
       
      「ま、いっか」
       ただ、追及しても埒が明かないと気持ちを切り替えて、ミネルヴァモンが宙に両手を伸ばす。
       次の瞬間、彼女の手元に、絡みつく白黒の双蛇が刻まれた特大剣と、棘付きの円盾が現れた。
       
      「コイツらの相手はウチに任せて。お嬢ちゃんは大将の首を取りに行きな」
      「海はどうすればいい? 私は飛べないし、養父殿みたいに水の上は走れないぞ」
      「流石に足場くらいはネプおじさんが用意してくれてると思う! 行って!」
       
       巻き込んじゃうから、と、ミネルヴァモンは大剣――『オリンピア』を地面と水平に構える。
       先にダルクモンに見せた《ストライクロール》は、縦斬りの必殺技。地面をも割る、怪力任せの剣だ。
       
       そして今から放つのは、横斬りの必殺技。
       どうにしたって、怪力任せ。ただし、今度巻き込むのは、地では無く、空。
       
      「《マッドネスメリーゴーランド》!!」
       
       大竜巻が、ミネルヴァモンを中心に噴き上がる。
       いかに不死の軍勢といえど、強大な空気の流れには逆らえない。黒い影は、どんどん渦の中に吸い込まれて行く。
       
      「おお、あれをさっき使われなくてよかった。びっくりしてしまうところだったぞ」
      「……びっくりするだけでしょう、あなたの場合」
       
       規格外のミネルヴァモンの攻撃に対して短く所感を交わしつつ、2体は波打ち際へと辿り着く。
       
      「わあ、ダルクモンだ」
      「投げない? 投げないよね?」
       
       そこにはミネルヴァモンの言うところのネプおじさん――海の王・ネプトゥーンモンの眷属らしい、ルカモンが待ち構えていた。
       
      「あなた達が、ネプトゥーンモンの用意した足場とやらですか」
      「うん、あっちまで送っていくよ」
      「でも、矢にされるのはちょっと」
      「投げると足場が無くなってしまうからな。投げないぞ。略してながしまだ」
      「そうか、足場になれば投げられないのか」
      「じゃあ、君達を送っていくよ」
      「……喋ってないで、早く行った方がいいんじゃないですかね」
       
       ピエモンがつっこむなり、怨霊の内何体かがダルクモン達に差し迫る。オリンポス十二神族を認識した後は、ほぼほぼ見境無しらしい。
       
      「《トランプソード》」
       ピエモンはその場から微動だにせず、必殺技名だけを宣言する。
       途端、音も無く背中の『マジックボックス』から消えた剣が、怨霊の手足を切り落としていた。
      「僕はここに残って、あなた方に迫る怨念の方を対処します。本当に、あなたの新しい『ラ・ピュセル』(?)がアレに通用するのか、僕にもしっかりと見せて下さい」
      「心得た。……しかし養父殿。この黒いのも殺さないのか? おやさいだからか?」
      「彼らは不死の存在と聞いてます。急所を狙うより、機動力を奪った方が効果的そうですから」
      「死なないのか? それって幽霊じゃないのか?」
      「違います。クソデカ感情の塊なので斬ってもなくならないだけです」
      「そうか。養父殿がそう言うなら、そうなのだろう」
       
       ピエモンの言を真に受けたダルクモンは、幽かに安堵の表情を見せた後、ルカモンの片方に乗ってその場を発つ。
       もう1体も、万が一の時に片割れと交代できるよう、その後に続いた。
       
       ダルクモン達に迫る怨霊は、ピエモンが浜から自分に差し向けられた者も含めて対処し続けている。
       不安定な足場。
       圧倒的な体格差。
       懸念される要素は山ほどあったが、ダルクモンは、これで戦闘に集中できるとむしろリラックスしている風にさえ見えた。
       
       
       いよいよタイタモンが、眼前にまで迫る。
       
      「ルカモン、ここでいい」
       タイタモンが、愛刀『斬神刀』の攻撃範囲内に入って来たダルクモン達を捕捉したのと、ダルクモンがルカモンにそう囁いたのはほとんど同時だった。
       
       巨神の残滓と、戦場の女神の肩書だけはある、翼すら無い下級天使。
       2体の偽神が、向かい合う。
       
       いざ、尋常に、と。
       取り仕切る者も居はしないが。
       
       2体が動いたのは、示し合わせたかのように、同時だった。
       
       ダルクモンは、跳んだ。
       イルカの調教師が彼らの力を借りて行う芸のように、ルカモンの鼻先に押し出されての、ハイジャンプ。
       翼を持つダルクモンと変わりない程の高さにまで、彼女は宙を舞う。
       
       だが、巨体に見合わぬスピードで、唸り声を上げながら、スカルグレイモンから削り出した骨の刀をタイタモンが振るう。
       敵の防具も身体もすり抜け、触れれば最後、デジコアも精神も壊し尽す、魔の刀。
       神を殺すための刃は、確かに戦場の女神を捉えていた。
       
       が――
       
      「《壱の太刀バテーム・デ・アムール アン》!!」
       
       『斬神刀』は、防具も、身体をも、すり抜ける。
       だが、デジコアの他に、1つだけ例外がある。
       
       武具。
       
       今や怨念に飲まれようとも、タイタモンもかつては戦士であった。
       正々堂々の打ち合い。己が力に対抗しようと、巨神相手にも怯まずに向けられる切っ先にだけは、『斬神刀』はその実体を確固たるものにする。
       
       ダルクモンは――彼女の中に流れる『■■』のデータは、本能という形で、ダルクモンにそれを知らせたのだ。
       
       そして今、彼女の手元には、神を斬る刀と渡り合うだけの剣がある。
       
       世界が割れるような。
       そんな錯覚を覚える程の激突音を、鳴り響かせて。
       
       『ラ・ピュセル』の鞘は、『斬神刀』の側面を突いた。
       
       その際に発生した衝撃波で、ダルクモンはさらに高く、高く飛ぶ。
       
      「是は」
       ダルクモンは『ラ・ピュセル』の柄に手をかけた。
       柄に添えた左手の親指が、金の鍔を押す。
      「星を割る剣」
       
       ぱあん、と。
       『ラ・ピュセル』の抜刀を封じていた鎖が、弾け飛んだ。
       
       
      「お前のお尻も、ぱかんと2つに割ってやる」
      「もうちょっとマシな決め台詞は無かったのですか!?」
       
       
       キリッとキメた(と思っている)ダルクモンに、遠く離れた浜からすかさずツッコミを飛ばすピエモン。
       タイタモンの元に辿り着くまでに考えていた口上を彼が聞いてくれていたことに気を良くしながら、ダルクモンは鯉口を切った。
       
       『ラ・ピュセル』の刀身を一気に引き抜く。見た目自体は、何の変哲も無い日本刀だ。
       だが、今から放つのは、ミネルヴァモンの前で見せた居合では無い。
       見た目からは想像も出来ない、新生『ラ・ピュセル』の持つ“力”そのものを利用した、文字通りの必殺技――!
       
       
       
      「《星割り》!!」
       
       
       
       傍目からは、上段の構えからの袈裟切りであった。
       だがその刃は、巨神の堅牢な頭蓋をやすやすと切り裂く。
       
       文字通りの、真っ二つ。
       タイタモンの臀部どころか全身を分断し切って――ダルクモンはそのまま、海に落ちた。
       
      「ア、ア――」
       
       肉体を斬られ、維持しきれなくなった怨念たちが、粒子となって溶けていく。
       それらは全て、海中へ――と、見せかけて、新生『ラ・ピュセル』の鞘の中へと、吸い込まれて行った。
       
      「お見事!」
      「すごい! ダルクモンって、ルカモンを投げなくても強いんだ!」
       
       ルカモンに回収されたダルクモンは、びしょ濡れになりながらも、ルカモンの背の上で立ち上がる。
      「……しょっぱい勝利の味だ。略してぱいのみだな」
       
       チン、と乾杯のような音を立てて。
       ダルクモンは、『ラ・ピュセル』を鞘に仕舞った。
       

       
      「養父殿。ダークエリアでもお茄子は育つと思うか?」
      「無理じゃないですかねぇ」
      「ふむ、ではとりあえず、まずは緑が芽吹くか、今度フェレスモンの館あたりにデジミントを植えて試してみよう」
      「やめなさい。絶対にやめなさいそれは。っていうか、そのチョイスはわざとでしょう」
       
       それから数時間後、ダルクモンとピエモンは、ウルカヌスモンとミネルヴァモンに別れを告げ、帰路へと――ようするにダークエリアに向かうためのゲートに向かっていた。
       
       ダルクモンはタイタモンとの戦いを高く評価され、ミネルヴァモンにムサカとムサカ以外の料理を大量に奢られ、話を聞きつけたセイレーンモンはダルクモンの勇姿を讃える即興歌を作り、その音色に合わせて他に集まってきたデジモン達も、思い思いに踊り明かした。
       
       別れ際も、大層名残惜しまれたが――ダルクモンは、ここに留まろうとはしなかった。
       
      「というか、養父殿も踊れば良かったのに。踊る阿呆に見る阿呆なら踊る方がお得だって話だぞ」
      「まず僕を阿呆に分類しないでください。……見世物じゃないんですよ、僕の舞は」
      「私は養父殿の《よーくしゃーてりあ》が見られるなら見る阿呆でも良かったのだが」
      「《武舞独繰ブルドック》だと言っているでしょう。むしろなんで別の犬種ならそうすらすら出てくるんですか、全く……」
       
       ピエモンは頭を抱えるがてら、視線を落とす。
       ダルクモンの背には、新調したベルトに通した『ラ・ピュセル改』が負われている。
       
       図らずも、『ラ・ピュセル改』を完全なものにするための素材の1つは、『イリアス』で手に入った。
       
       タイタモンの残滓――怨霊の事だ。
       
       これはダークエリアでも容易に手に入るモノではあるが、ひとつ手間が省けた事自体は、行幸だったとピエモンは考える。……巻き込まれた騒動までそうだと言い切れるほど、彼はお人よしでは無いのだが。
       
       聖処女の剣の強化に何故怨霊が必要だったのかは、わからない。
       まあどう見ても聖処女の剣では無いからその辺は良いのだろうと、考える他無い。
       
      「ダルクモン」
      「うん?」
       
       ゲートに辿り着く手前で、ピエモンは振り返る。
      「本当に行くのですね? 『ラ・ピュセル改』の素材集めに。……恐らく、このデジタルワールド程平和に事は進みませんよ」
      「行く」
       即答だった。
       
       『ラ・ピュセル改』の素材の話は、ピエモンも既に、彼女に伝えてある。
       生半な道では無い事も、彼女は承知の上の筈だ。……多分。
       
       それでも、ダルクモンの返答に、迷いは無かった。
       
       
      「養父殿は、連れて行ってくれるんだろう?」
       
       
       そして、ピエモンが旅を拒否するという疑念も。
       
      「……全く」
       すっかり癖になってしまった気がする呟きと、肩を落として息を吐く仕草。
       ピエモンはいつものように繰り返して、いつものように、拒絶はしなかった。
       
      「また申請書類の山との格闘ですか……勘弁してほしいものです」
      「がんばれ養父殿。私は応援している」
      「応援じゃなくて事務手続きの手伝いをしてほしいんですがね……まあいいです」
       
       
       
       こうして、騒がしい一日を終え、翼の無い天使と道化は帰路につく。
       されど旅路は、さらに続く。
       
       鬼が出るか、蛇が出るか。それはまだ2体にもわからない。
       
       何せ剣の聖女の新たな剣は、物語の幕を切って落としたばかりなのだから。
       
       
       
       トゥエニスト編につづく!

      • このトピックはアバター快晴が4ヶ月、 1週前に変更しました。
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    • #4063

       実は気付いていないだけでタイトルが養父殿ピエモンの苦労譚なのではと思うほど振り回されていましたピエモン様。しかし冒頭で振られたダルクモンとルカモンの関係をその話の内に回収、そして何よりタイスト発売を目前にしてオリンポス祭りという憎い展開。何故か“少女のようなデジモン”と言われてティンカーモンとかテティスモン辺りを想定していたのですが、まさかのミネルヴァモン(技名で気付きました)とのことで「そーいやオリンポスだ!」となったのでした。
       ところで今回何回“略して”言った!?
       
       敢えての伏字で■■の転生とまで明かされたのでダルクモンというかかつてのプロットモンのことも追々掘り下げられていくのでしょうが、ウルカヌスモンとダルクモンの双方で己が用いる剣と剣技であるならばそれは『ラ・ピュセル』であり『バテーム・デ・アムール』であるという認識が共通していたのは面白い点。戦闘力は大したことないと自己申告していましたが、一方で剣の担い手(Fate的表現)の意図や意志はしっかり組んでくれる大した香具師鍛冶師なのでした。
       そういえばおひたしの意味が当初わかりませんでしたが、ベレンヘーナ=茄子と掛けたボケだったんだ……。
       
       ミネルヴァモンやネプトゥーンモン含めオリンポスの皆さんはいいキャラしているのに、〇〇編と表記されている辺り今回で出番終わるっぽい。何故だ!!
       タイタモンと絡ませてまさしくオリンポス編。そして次回はトゥエニスト編、宮沢〇治のクラムボンに匹敵する“意味はよくわからない”トゥエニスト編、Legend-Armsだ!!

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