ドレンチェリーを残さないでep6

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      「というわけでなんやかんやありまして、マスターは当分メモリが使えません」

       

      三日の検査入院から戻ってきた盛実はそう言うとコーヒーフロートにスプーンを入れた。

       

      「その、なんやかんやって……」

       

      この三日間、天青はいたものの喫茶店としての営業も探偵としての営業もストップしていて、猗鈴も気がかりだったのだ。

       

      「非常に負荷が強いメモリ。適性があるんだけど身体が耐えられなくて、腕が治るまではこれも使えない……というか博士にセーフティかけられた」

       

      長袖シャツとビニール手袋の下から包帯をのぞかせている天青は、そう言うと銃を取り出して引き金を引いたが、ブーとブザー音が鳴るばかりで弾は出なかった。

       

      「そりゃ本来は変身しないと使えない装備として作ってるんだもの、マスターが思ってるよりも結構身体に負担かかる作りしてるし」

       

      「……盛実さんの頭の包帯は?」

       

      「敵幹部に軽くどつかれたせいだね」

       

      だから私もまともに戦えないと盛実は言った。

       

      「その幹部、また来るんじゃないですか……?」

       

      猗鈴の言葉に、天青はいやと首を横に振った。

       

      「来ないと思う。それなりのダメージは与えたから無策で来るとは思えないし……別の、おそらくより立場が上の幹部は私を懐柔しようとしていた。多分今は組織内でどう動くかを決めようとしている筈」

       

      「……天青さんを?」

       

      「詳しくは言えないけど、私はメモリ関係なくこっちの世界にlevel6を連れて来る為の鍵を握っている。独自のメモリや独自の技術があるのもそのおかげ。奴等がそれを自由に使える様になったら、きっと奴等のボスがこの世界に出てきてしまう」

       

      「奴等のボス……」

       

      「おそらく、デジモン達の世界に君臨する七体の大魔王の内の一人、嫉妬の魔王リヴァイアモン」

       

      「その大魔王っていうのはそんなにすごいんですか?」

       

      「紀元前1200年頃の暗黒期って知ってる?」

       

      猗鈴の質問に答えたのは盛実だった。

       

      「確か……紀元前1200年頃から紀元前700年頃の歴史的資料が乏しく、文明もかなり衰退したとされる時代ですよね?」

       

      「あれ、七大魔王の内の一人のせいなんだってさ。ヒッタイトの崩壊もミケーネ文明の滅亡もエジプトを襲撃した海の民を率いていたのも魔王の一人」

       

      嘘でしょと猗鈴は思わず呟いた。

       

      「歴史的資料に乏しいのは、その魔王を封印したデジモン達やそのサポートをした人間達が後世の人間によって大魔王が召喚されない様に手を尽くしたから……らしいよ」

       

      「いや、でもそんな……デジモンは簡単にこっちの世界に来れないみたいな話もありませんでしたっけ?」

       

      「それはね、その魔王が人間の歴史をめちゃくちゃにしてしまったからそうなったんだって。複数の大魔王や大天使が互いに目の届かない人間世界で勢力を伸ばせないよう、そもそもデジモンが行けないようにとしたんだよ」

       

      まぁ、裏をかくやついっぱいいるけどね。と盛実は締めくくった。

       

      「まぁつまり、大魔王っていうのは、ヨーロッパの文明を軽く退行させてしまうような規格外の存在って話。大魔王達に対抗できる強さのデジモンはまだ幾らかいるけれど、カリスマとか政治力とか知識とか諸々含めると十体に満たないと思う」

       

      「そんな存在が……敵のボス。姉さんはその組織の中でどんな立場だったんでしょうね」

       

      「今はわからないけど、ここに来た幹部は『美園の妹』を探してた。裏切り者と捉えられているのか、それともまた別の理由があるのか……彼もまだ目を覚ましてないし」

       

      夏音の彼氏だった健はまだ意識不明のまま、メモリの毒から回復していない。

       

      「とりあえず、取れる手は二つ。杉菜から探るか、私に接触してくる幹部から探るか。他のバイヤーも大西さん達が当たってはいるけれど、幹部や中枢に繋がりそうな感じはないらしい」

       

      「そういう意味では実は今ってチャンスかもね。向こうもきっとこっちが弱っていることを把握している。何かアクションを起こしてくるんじゃないかな」

       

      「アクション……というと」

       

      その時、ポンと天青のタブレットが鳴った。

       

      「そのアクションがちょうど来たみたい。ホームページの相談フォームから、美園夏音を名乗る依頼人からメールが届いた」

       

      「姉さんから?」

       

      「博士、調べられる?」

       

      「ベルトや武器の分残してもこれぐらいなら余裕余裕」

       

      盛実はそう言うと、引き出しからごちゃついた機械のついた手袋を片手にはめ、繋ぎのボタンを外して胸元を出し、そこに巻かれた機械のレバーを下げた。

       

      『エカキカキ』

       

      電子音声に次いで、盛実がタブレットの画面に向けて手袋を付けた手を伸ばすと、手袋をはめた手首までが画面にズブズブと沈み込んでいった。

       

      タブレットを裏から見ても何もなく、消えたように見えるそれに猗鈴は一瞬目を見張ったが、やっぱりネウロは義務教育と盛実が口にしたのでなんかそういう漫画があるんだなと受け止めた。

       

      「個人の携帯からだね、キャリアは……まぁいっか。契約プランとかもどうでもいいとして、契約者は、美園夏音……名義貸しか本人の携帯を使ってるのかはわからないけど」

       

      「位置情報とメッセージアプリのログに幸夜さんとのやりとりがないか確認、あとできればカメラとマイクを起動して顔も」

       

      「とりあえずカメラとGPS起動、この場所は……どこかの喫茶店みたい。住所はコピペした。カメラの方はテープかなんか貼ってあるみたいで映らない」

       

      「メッセージアプリは?」

       

      「待って、なんか喋り始めた。こっちに接続して聞けるようにするね」

       

      『探偵の国見さんね? いつも猗鈴ちゃんがお世話になってます。是非依頼を受けて下さいね、必要なものはここのお店に置いておくので、よろしくお願いします』

       

      その声に、猗鈴は戦慄した。

       

      「あ、バッテリー抜かれた!」

       

      「メッセージアプリの方は?」

       

      「まだ途中だったけど、ともだちとして猗鈴さんのアカウントと幸夜さんのアカウントがあるのまでは確認した」

       

      天青達のやりとりが猗鈴にはどこか遠いもののように聞こえた。アカウントがどうだなんてことを考えなくても猗鈴にはそれが夏音であると声でわかった。

       

      猗鈴の知る夏音らしい奔放さや明るさはなく、理知的で落ち着いてたおやかだったが、猗鈴の脳裏には姉の顔が浮かんだ。

       

       

       

       

       

       

      猗鈴がGPS情報からその喫茶店に向けてバイクを走らせると、アタッシュケースを小脇に置いて杉菜がテラス席に座っていた。

       

      しかし、猗鈴の目が引かれたのは杉菜の正面の席、空になったカップと中途半端に戻された椅子の方だった。

       

      「……待ってましたよ」

       

      「姫芝、姉さんはどこ?」

       

      「まずは落ち着いて、ここの紅茶美味しいらしいですよ? 私は貧乏舌なのでよくわかりませんけれど」

       

      「姉さんはどこにいるのかって、そう聞いているんだけど」

       

      猗鈴はそう言うと、ベルトを腰に当ててウッドモンのメモリを取り出した。

       

      「話さないとは言ってませんよ、私」

       

      「今すぐ話して」

       

      「そうは行きません。私は、あなたと一緒にこの事件を解決して欲しいと当のお姉さんから指示されているので」

       

      店員さん、と杉菜はウェイトレスを呼んで紅茶のおかわりを注文した。

       

      「猗鈴さんはどうします?」

       

      「……私も紅茶を一杯」

       

      そう言いながら、猗鈴はメモリをポケットにしまって席に座った。

       

      「お姉さんはレモンタルトの美味しい店としてこの店を選んだそうですよ。妹は甘いものに目がないからと」

       

      「……じゃあ、レモンタルトも」

       

      ふーんと少し杉菜が口角を上げると、猗鈴はじろっと睨んだ。

       

      「さて、では依頼の話をしましょうか」

       

      「そんなことより姉さんの話をして、姉さんに指示されたってどういうこと? 姉さんは死んだ筈なのにあの声は何?」

       

      「それは依頼の報酬という事で」

       

      思わず猗鈴は立ち上がりかけたが、店員が紅茶とレモンタルトを持ってきたので留まった。

       

      「多分国見さんも聞いてるでしょうから、疑わしいと思ったら適当に裏を取りながら聞いてください」

       

      そう言って杉菜は紅茶を一口啜り、アタッシュケースの書類を一枚取り出して広げた。

       

      「これは……? 名簿と、メモリのリストみたいだけど」

       

      「ある人に殺されたと思わしき売人のリストと、奪われたと思われるメモリのリストです」

       

      「このリスト、十人ぐらい名前が載ってるけれど、まさかこれ全部?」

       

      「死体が回収されたのは半分ですけれどね」

       

      「……姉さんはなんでこの依頼を?」

       

      「それはまぁ、報酬ですから。で、どうしますか? その殺人鬼を捕まえて欲しいという依頼、受けますか? 受けませんか?」

       

      杉菜はそう言うとアタッシュケースの上で指を踊らせた。そこにはさらに詳しい情報や証拠の類がある事は明白だった。

       

      『受けない』

       

      しかし、答えたのは猗鈴ではなくそのポケットに入ったスマホからの声だった。

       

      「天青さん?」

       

      『あなたの組織は犯人を捕まえたら殺す』

       

      杉菜は天青の問いかけに対して沈黙で答えたが、それは口に出したも同然だった。

       

      『いい機会だから猗鈴さんに教えてあげる。探偵は、時には黒く染まることを厭わない必要がある。だけどそれは、幾らでも汚れていいってことじゃないし、染まり切らなければ灰色でもいいってことじゃない。自分の中に黒と白の境を作らなきゃいけない。境を越えると、歯止めが効かなくなる』

       

      内容は脅す様なもの天青の声は落ち着いていて、抽象的なのに妙に実感のこもった声だった。

       

      「でも、姉さんの情報が」

       

      『おそらくこれ以上の情報はそも話す気がないか、手を汚させようとしている。従ったってどれだけ情報が手に入るかわからない』

       

      天青は冷静にそう猗鈴を諭した。

       

      「……何故そんなことをする必要が?」

       

      『それは、夏音さんが組織の幹部で、スカルバルキモンのメモリの本当の持ち主だから』

       

      杉菜に聞かれても天青は動じずにそう答えた。

       

      「えと、何言ってるんですか天青さん……姉さんは火葬されたんですよ? 骨だって……」

       

      『スカルバルキモンのメモリは市販の中では最高級のメモリだった。これを普通の大学生が手に入れるのは金銭的に難しいし、健さんのスカルバルキモンは弱すぎた。だから、夏音さんが手に入れたメモリを使っているのは自然なこと』

       

      動揺する猗鈴に天青は淡々と説明を続ける。

       

      「でも、それは姉さんのって証拠には……」

       

      『スカルバルキモンというのは化石を継ぎ接ぎして蘇らせたアンデッドのデジモン。火葬された骨からの蘇生も……全くないとは言い切れない』

       

      「だとして、幹部ということにはならないのでは?」

       

      『たしかに、幹部である確信はないけれど……単なる下っ端ではないのは、姫芝が依頼されたとか頼まれたではなく指示されたと言ったことから推測できる』

       

      うっと杉菜は一瞬喉が詰まった様な顔をした。

       

      『そして、完全体のメモリに挿してない状態で焼かれた骨からの蘇生を可能とする副作用がほど適応してるとすれば……メモリの力をほぼ全て引き出せてもおかしくない。少し向いてる程度のメモリでは半分も力を引き出せないことを思えば、究極体のメモリをそこそこの適合率で使うより強くてもおかしなことはない』

       

      全て聞いた杉菜は、失言でしたねと呟いた。

       

      「とはいえ、私も今日聞いたばかりなんで、お察しの通り詳しいことはわかりません。でも、詳しいことを当人から聞く事だってできるんですよ?」

       

      『そう、だからこそ猗鈴さんに手を汚させていずれは仲間に引き入れようとしている』

       

      それは私にはなんともと杉菜は吐き捨て、また別の切り口から話し始めた。

       

      「でも、今は国見さんって動けないんですよね? なら決めるのは実際に矢面に立つ猗鈴さんでは? 組織に与させてそれを手土産に迎え入れる。仮にそういう魂胆だったとしてですよ? 準幹部ぐらいの地位にならすぐにつけるかもしれない。お姉さんというバックもいる。悪いことないじゃないですか」

       

      『……猗鈴さんも、そう思う?』

       

      猗鈴の脳裏に過ったのは、一杯のクリームソーダだった。彩りに添えられた真っ赤なドレンチェリーの味も食感も猗鈴は何も知らなかった。

       

      知りたいと思った、知らなきゃと思った。姉のことを、色々なことを。

       

      「……私は、姉さんのしていることを知らなきゃいけない。その為に、姉さんの側についていくことは手っ取り早い近道だとも思う」

       

      ならと杉菜は少し口角を上げた。

       

      「でも、それはとっていい近道じゃない」

       

      猗鈴が『探偵として』関わった最初の事件で知ったのは、人は変わるということと、相手の為を思えばこそ止めるべき時もあるということだった。

       

      「姉さんのことを思うからこそ、私は姉さんを止める」

       

      「……なるほど、結局依頼はなしということですね」

       

      じゃあ、というと杉菜は紙袋を机の上に出した。

       

      「お姉さんから依頼を受けてくれなかったとしてもこれだけは渡してくれと言われたものです」

       

      あとこれお会計分と、杉菜はさらに一万円札を机の上に置いた。

       

      「おつりはお姉さんからのお小遣いと思ってください」

       

      「……私がこのままあなたを逃すと? ここで捕まえればあなたが知ってることを聞き出す機会だったあるのに?」

       

      「まぁ、そうですね」

       

      そう言って微笑むと、杉菜はジャケットのボタンを外してその内側に繋げられた爆弾をちらりと見せた。

       

      「このお店、人気店だけあって人も多いですしおわかりですよね?」

       

      杉菜は落ち着き払ってそう言ったが、その声にはどこか苛立ちを押さえつけているような雰囲気があった。

       

      「……あなたもタダでは済まないのでは?」

       

      「私(雑草)はしぶといのが取り柄です。そして、雑草(私)は手段を選べませんから」

       

      杉菜を猗鈴は見送る他なかった。カメラ越しに見ていた天青も盛実も、皆に杉菜は自爆すると確信させるだけの迫力があった。

       

      『……とりあえず、資料をカメラで写して。レモンタルト食べてる間に、こっちでできる限り調べる。わざわざ場所を明かしたのは資料を直接渡して話をする為だけでなく、その場所かその近所にその事件に関わる場所があるはず』

       

      「……事件自体がフェイクの可能性は?」

       

      『まずない、こっちに警察とコネがあるのを向こうは知ってる。そして、死体が回収できたのは半分というのを信じるならば、そこに記されたバイヤーの中に、警察に生きてるか死んでるかはともかく身柄が渡った人物が一人以上いて、奴等は事件の全体像はまだ掴みきれていない』

       

      天青はだから私達に依頼したと続けた。

       

      「私達に解決させて、漁夫の利狙いですか」」

       

      『多分ね、その際には遠くから観察させてこっちのデータも取りに来る筈』

       

      なるほどと二人からの情報を待つ間にとレモンタルトに目を向けた。明るく爽やかな黄色のタルト、それは猗鈴の知っていた夏音をどこか思わせた。

       

      「……私の見てきた姉さんは、私の知る姉さんは」

       

      夏音がこの店を選んだという杉菜の言葉を思い出すと、猗鈴は夏音がよくわからなくなっていくのを感じた。

       

      あの日を境に白と黒が切り替わったというのならばまだ受け入れやすかったのに、あの日以前から夏音は幹部で、今日であってます夏音は猗鈴の姉なのだと、誰よりも猗鈴にはわかってしまった。

       

       

       

       

       

      「美園くん、織田君に対する君の仕打ちはやりすぎだ。しかも今度は彼がやろうとしていたことを……」

       

      夏音がお菓子のレシピ本を開いていると、善輝はそう話しかけた。

       

      「いやですね、本庄さん。私これでも反省してるんですよ?」

       

      そう言って夏音はふわりと笑った。

       

      「織田さんが片腕失う程弱いとも思ってなかったですし、見誤ったのは反省してます。今やってるのも、織田さんがやりかけた事であっという間に数人営業部が死んだのに、織田さんは方針を修正することもできないし、このままだと営業部が壊滅してしまうから可哀想だなと思って引き継いであげたんですよ」

       

      反省の印にねと、夏音は言ったが善輝は眉根を寄せた。

       

      「全く君は……そんなことかけらも思っていない癖に」

       

      「でも……本庄さんがどうにかできるんですか? 製造の正式なトップがいなくなって、研究のトップも兼ねているからかなり多忙ですよね。営業まで抱えるのは無理ですよ」

       

      「確かにそれは無理だけどね、引き継ぐと言ったからにはちゃんと他の仕事もやるんだよ?」

       

      善輝はそう言いながら、じっと夏音の目を見た。

       

      「……わかりました。じゃあ、織田さんが戻るまでは私が実質的な営業部の第一位って事でいいですね?」

       

      先に視線を切ったのは夏音だった。

       

      「僕は、それで構わないし、きっと魔王様もそうだろうね」

       

      善輝はそう言って少し微笑み、去っていった。夏音は善輝がいなくなると、ふぅと小さく息を吐いた。

       

      「本庄さん相手だと死ななくても死にそうな気にさせられるから怖いわね」

       

      仕方ないなぁと呟くと、夏音は広げていたレシピ本を閉じた。

       

       

       

       

       

      『大西さんによると、今回の犯人はバンシーとそう呼ばれているみたい』

       

      レモンタルトを食べ終わった頃、天青から猗鈴へと電話がかかってきた。

       

      「バンシー……って、十年ぐらい前にこの街で起きたかなり悪質な殺人事件の犯人じゃありませんでした?」

       

      『大西さんによると、当時の犯人と筆跡が同じでしかも行方不明になっているとか』

       

      「確か、何か詩を刻んでいくんですよね」

       

      『そう、ライブハウスとか地下室とか、学校の音楽室とかで人を縛り首にして殺して、身体にワンフレーズ詩を書いていく。最初の被害者が教え子にセクハラする最低な教師だったから、詩も性的被害生徒達の訴えとして最初捉えられた。それ故に泣き叫び、近い死を伝える女性の妖精、バンシーの名が付けられた』

       

      「でも、あの事件の犯人って確か捕まった筈じゃゃ……」

       

      『そう、捕まりはしたけど、当時彼女は十四歳だった。だから少年院に行ったもののもう世に出ていて……行方不明になった』

       

      「今の被害状況は?」

       

      『確認されているのはメモリのバイヤーだけ』

       

      「となると、今は性犯罪者じゃなくてメモリのバイヤーを狙っている、ということなんですかね」

       

      『……それはわからないけど、そもそもバンシーは義賊的な殺人犯じゃないから、何をするかわからない』

       

      「……さっき、義賊みたいな扱いをされたって言ってませんでした?」

       

      『そういう扱いはされたけど、それは最初だけ、二人目の被害者は特に誰かに恨まれる理由なんてない妊婦で、捕まった犯人、風切王果(カゼキリ オウカ)は一連の動機についてこう話したそうよ』

       

      電話の向こうで、天青が少しためらうのが聞こえた。

       

      『人の心を動かしたかった。普遍的に嫌われる理由がある人間を殺して被害者を装った詩を残せば、きっと話題になると思ったし、その後殺される謂れが全くない妊婦を殺せば前の欺瞞が露わになって更に怒りを煽れると思った』

       

      「……異常ですね」

       

      『うん、早く捕まえないといけない。だけど猗鈴さんも気をつけて、メモリを売っているバイヤー達がやられたということはデジモンと戦って勝ってるということ。level5のデジモンのメモリの場合、ウッドモンで正面から戦うのは不利』

       

      「……でも、わざわざ依頼してきたってことは、捕まえることで姉さんから接触があるかもしれない。そうですよね?」

       

      『焦らないで猗鈴さん。夏音さんが幹部クラスなら今のウッドモンメモリでは対抗できない。接触できても止めるのは難しい』

       

      「……わかりました。で、風切王果の居場所ってわかってるんですか?」

       

      『杉菜達のデータである程度目処が付いた。バイヤー達の担当エリアと死体の発見された地点は、その喫茶店のある町を中心に広がっている。その中に少し前に閉鎖されたライブハウスが一箇所ある。おそらくはそこが事件現場』

       

      「でも、なんで警察や組織はまだ動いていないんですか?」

       

      『警察はバイヤーの担当地域を把握できてなかったし、組織は警察が細かい情報、常に防音設備のある場所で殺していたとかの情報を伏せていたことを知らなかった。とはいえ組織の側は大体の場所の検討はついてたと思う』

       

      わかりましたと猗鈴はバイクをライブハウスまで走らせた。

       

      既に廃墟とかした建物の地下にそのライブハウスはあった。階段を降りていくと少し異臭が漂い、なんとも言えないおぞましい空気が流れているのを猗鈴はひしひしと感じていた。

       

      「天青さん、多分当たりです。天青さん?」

       

      ライブハウスは地下にある為か、電話は圏外になってしまったが、猗鈴はそのまま進んでいって両開きの扉を開いた。

       

      そこにいたのはごくごく平凡に見える女性と、その足元に転がる黒いスーツの男性だった。

       

      「……バイヤーって雰囲気じゃないよね。肝試しの大学生?」

       

      「いえ、私はあなたを、バンシーとして知られた殺人鬼、風切王果を捕まえにきたんです」

       

      「正義の味方の方ね。バイヤーの方達から噂は聞いてます、メモリ犯罪者を捕まえにくる黒い悪魔」

       

      でも、捕まるわけにはいかないかなと穏やかにつぶやくと王果は胸元をはだけさせて、そこにメモリを寄せてボタンを押した。

       

      『シャウトモン』

       

      それを見て猗鈴もベルトを腰に合わせてメモリのボタンを押す。

       

      『ウッドモン』

       

      「……レディーデビモンのメモリだと聞いてたんですけれど」

       

      そう言いながら王果は胸にメモリを突き刺し、

       

      「それは上司のことですね」

       

      そう返しながら猗鈴はベルトのレバーを押した。

       

      猗鈴の変身と同時に、王果の姿が変わっていく。Vの字の様な尖った頭に鋭い歯列、手にはスタンドマイクを持って首に黄色いマフラーを巻いた小さな竜に。

       

      その竜が素早くマイクを振りかぶって殴りかかってきたのに対し、猗鈴はマイクを掴んで受け止めると、逆の拳を腹に叩きつけた。

       

      王果の口から空気が無理矢理追い出され、小さな体がボールの様に跳ねて転がった。

       

      「……この速さにはついて来れて、この軽さでは太刀打ちできないと」

       

      立ち上がってそう言うと、王果はマフラーの中からもう一つメモリを取り出した。

       

      「二つ目のメモリ……?」

       

      『バリスタモン』

       

      ボタンを押して二個目のメモリを突き刺すと、王果はまた姿を変えた。

       

      先程より大きく、しかし猗鈴よりは少し低いぐらいの身長の四角いロボットの様になったその姿はさっきまでのそれとは別物だったが、しかし同時に、頭に大きくついたV字に先程までの面影もはっきりと見えた。

       

      猗鈴が面食らっていると、王果は構わず地面を蹴って猗鈴へと肉薄する。

       

      咄嗟にそれを猗鈴は先に迎え撃つ様に前蹴りをして防いだが、無理に動いたことと迎え撃った脚の痺れからがくっと膝を折った。

       

      「さっきより速いし、さっきより重過ぎる……」

       

      一方の王果も、背中を地面に預けることになっていたが、なるほど速さとパワーは足りててもリーチが足りないかと呟き、三つ目のメモリを取り出してボタンを押した。

       

      『ドルルモン』

       

      それを見て猗鈴は棍を取り出す。

       

      三つ目をまた胸に挿すと王果の身体はまた姿を変え、すらりと白く三メートルを超えて天井に頭がつきそうな程の体躯で八頭身の人型のデジモンに姿を変えた。

       

      脚も腕も均整が取れた美しさがあり、素直に殴り合えば猗鈴に勝ち目がないのは目に見えていた。

       

      『ウッドモン』『ブランチドレイン』

       

      猗鈴は棍の持ち手にメモリを突き刺すと、棍を地面に向けて突き刺した。

       

      棍の先から枝が伸び、地面を突き破って壁を天井を網の目の様に塞いでいく。

       

      それに王果が気を取られている隙に持ち手からウッドモンメモリを抜き出すと、猗鈴は自分が張り巡らせた枝の間を縫って王果の足元へと走り込む。

       

      王果が蹴ろうとするも、避けてその後ろへ、避けた猗鈴を仕留めようと王果は振り向こうとして、

       

      「きゃっ」

       

      顔を枝にぶつけた。

       

      それを見て、猗鈴は手近に張られた別の枝を足場に跳ぶとのけぞったその胸元に向けて飛び蹴りを叩き込んだ。

       

      バキバキバキと、蜘蛛の巣の様に張られた枝を折りながら王果の身体が倒れていく。

       

      「このまま一気に……」

       

      『ウッドモン』

       

      それを確認して、猗鈴はウッドモンのメモリをベルトのスロットに挿し込む。

       

      『スターモン&ピックモンズ』

       

      猗鈴がレバーを押すより速く、そんな音を鳴らしながら王果が四つ目のメモリを胸に突き刺した。

       

      『ブランチドレイン』

       

      猗鈴が光る脚を高く天へと持ち上げ、その胸に向けて踵を振り下ろす。

       

      しかしその踵は不意に現れた、両刃がノコギリ状に赤く光る剣に受け止められる。脚から伸びる枝を切り払いながら王果は立ち上がると、逆の拳を強く握り込み猗鈴の腹へと突き出した。

       

      受け止める様に出した手も虚しく、身体は簡単に宙に浮き、ライブハウスのコンクリートの壁に思いっきり背中を打ちつける。

       

      「ふふ、こうなってはヒーローもかたなしね。せっかくだしメモリだけ貰っておこうかしら?」

       

      「まだ……」

       

      猗鈴がそう呟いて立ち上がると、王果はおもむろに胸の前で腕をクロスさせる。それに伴って胸のV字が赤く強く光出す。

       

      そして、その腕のクロスを解くと、V字の光はビームとなって放たれ猗鈴の身体を壁へと無理矢理に押し付けられた。猗鈴の背後の壁から身体を覆う木の鎧を通ってV字にビームの跡が深々と刻み込まれていく。

       

      「ぐっ、うぁ……」

       

      膝をつき変身さえも解けた猗鈴に、王果は枝を縫って近寄ってくる。

       

      「……あ、そうだ。あなた姫芝杉菜ってブローカーについて知ってる? 最近会ってくれないの」

       

      「今、会いに来てやったよ!」

       

      不意に伸びてきた緑の蔦が王果の身体を締め上げる。

       

      「あ、みーっけた」

       

      入り口にザッソーモンの姿で立つ杉菜を見て、王果は身体に巻きついた蔦を力づくで外そうとし始める。

       

      「……化け物め」

       

      杉菜はそう呟くと逆の蔦を猗鈴に伸ばして枝の合間を縫って手元まで寄せると、身体に巻きつけていた爆弾を外して投げ込んだ。

       

      「わぁ」

       

      王果が呟くと、杉菜は自分の腕を噛み切って猗鈴を連れてライブハウスから出ようと走る。

       

      「なんで……私を、助け……」

       

      「上司の妹だから以外に理由なんてないですよ」

       

      地上への階段を駆け上ると、杉菜は先端の千切れた蔦と歯を使って爆弾の遠隔スイッチを押した。

       

      ややくぐもった爆音が地面と空気をひどく強く揺らす。

       

      杉菜が足を止め振り返ると、爆音は収まったものの、みしみしバキバキとビルから音が鳴り始め、猗鈴達の目の前で一階が崩れると、そのまま倒壊した。

       

      「……今あなたは、彼女を殺した」

       

      猗鈴がぽつりと呟くと、杉菜はハッとそれを鼻で笑った。

       

      「足止めにしかならないですよあんなの、あの化け物は私でも耐えられる程度の爆弾とビルの倒壊程度じゃ足りない」

       

      そう言いながら杉菜は猗鈴を連れたまま蔦を伸ばして近くの建物の屋上へと上がると、鍵の壊れたドアから中に入り込んだ。

       

      「見てればわかりますよ」

       

      この辺りに設置されたカメラの映像らしいものを杉菜は猗鈴の前に差し出した。

       

      粉塵と瓦礫の山にしか見えないそれが、ふと揺れたかと思うとV字の光線と共に瓦礫が下から爆発する。それが数度繰り返された後、先程までとはまた少し違う姿ではあったものの王果らしいデジモンが這い出て来ると、そのまま空を飛んでどこかへと消えていった。

       

      「……信じられない」

       

      「信じるしかないんですよ。私達があなた方に話を持ちかけた一番の理由はこれ、無軌道で破滅的な存在に持たせるには強すぎる力」

       

      杉菜がそう言って人間の姿に戻った。自分で噛みちぎった筈の手を一度二度ぐっぱと動かして、それから猗鈴の顔をじっと見た。

       

      「本当に組む気はありませんか?」

       

      「組む気は……ない……」

       

      『ウッドモン』

       

      猗鈴がウッドモンメモリのボタンを押すと、杉菜ははぁとため息をついた。

       

      「恩人にそれはひどくありませんか?」

       

      『ザッソーモン』

       

      そう言って、杉菜もメモリのボタンを押した。

       

       

       

       

       

      あとがき

       

      先週振りでございますへりこです。第六話の更新でございます。

       

      ここでお知らせなのですが、スクルドターミナルでは連投の基準を、間隔二週間以上もしくは3レス以上としているということなので、土曜日時点で3レス流れていなければもう一週間待って投稿という感じでやらせていただきます。

      ではではまた来週、あるいは再来週。

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    • #3712

       作中世界の治安がどうこうTwitterで言わせて頂きましたが、当たり前のように連続殺人鬼の話題を共通認識として喋り出したり目的の場所に向かったらシレッと死体が転がっていたりで恐ろしい世界である。というか姫芝も躊躇いなく自爆の手段を取れるので(いや本人ザッソーで生き残りそうですが)陽都の治安はもうズタボロ。
       妹の為に札を一枚を用意しておくお姉ちゃんは姉の鑑。実は先に飲んでた紅茶代とタルト含めてトントンという説。

       マスター&博士の正体というか繋がりはこの時点で普通に明言されておりましたね。それを示す為の当て馬として片腕飛ばされた織田さんに合唱。姫芝はどれだけ千切られようとブッ飛ばされようと雑草わたしはしぶといんで理論のみで復帰してくるというのになんて時代だ。営業部門の乗っ取りまで図ってくるお姉ちゃんを許すな。……あれ? 今更ですが営業部門ってことは織田さんが立ち位置的に尻彦さんだった……!?
       上司二人が有能過ぎる為、お姉ちゃんの正体と死のカラクリは速攻で解き明かされてしまうのでした。お姉ちゃんも妹の行動を九割方見抜いているっぽいのでお相子でしょうが……。

       というわけで来ました風切シャウトモン! 主人公デジモンを豪勢な扱い! 1クール目の幹部怪人の如くノリ良く乱入して助太刀まで噛ます姫芝の勇姿。超・燃ゑる。
       ラストシーンは間違いなくライダーの8時23分のガシャーン!鳴る奴でした。見事です。

       それでは来週までに3作品流れるだろうと確信しつつまた宜しくお願い致します。

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