ドレンチェリーを残さないでep1

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      ドレのこ1話表紙絵

      彼女の姉が死んだのはほんの数週前、茹だるような夏の日だった。

       

      大学から帰ってきた彼女、美園 猗鈴(ミソノ イスズ)を、おかえりといつものように迎え、彼女と同じで高身長を活かしてうまく着こなして、彼にもらったネックレスをつけて、飲みに行くと家を出ていった。

       

      結局猗鈴の姉、夏音(ナツネ)は飲みにはいけなかった。家と店との間の路上で、家を出た十七時過ぎから十八時頃の間に夏音は凍死したというのだ。

       

      名前にも含まれている夏の暑さの中で、しかも路上でだ。本当は別の場所で殺されたのではないかと猗鈴は思ったが、現場を見にいくとその考えは消えた。道端の雑草が夏音のいた位置を中心にぐるりと円形に枯れていたのだ。

       

      ここで何かがあり、夏音は凍死させられた。周りの草もその寒さにやられたのだろう。でもその何かとはなんなのかが猗鈴にはわからない。

       

      棺の中で横たわる夏音は、大きな傷もなくて、でも猗鈴が触るとその体は冷たくて、確かに死んでいた。

       

      なんで凍えて死んだ姉をまだ冷やさなければならないのだろうとは思ったが、その時の猗鈴は泣けなかった。

       

      お経を聞いても、お悔やみを聞いても、友人や彼氏なんかの話を聞いても、とうに姉は灰になった後だというのに、悲しみはそのくだらない疑問を上回らない程度のものでしかなかった。

       

      家に帰って喪服を脱ぎベッドの上に寝転がると、ふと、猗鈴は自分の部屋に姉さんから借りた漫画があるのを見つけた。

       

      それを手に取ると、なんでか頬をつーっと涙が伝った。

       

      猗鈴から見た夏音は軽率で考えなしで、下品な下ネタでゲラゲラ笑う人。その漫画も、猗鈴の記憶では好きな男子との会話のきっかけが欲しいと浅はかな理由から買ったものだった。

       

      人の悩みや不安に伴って現れる怪物を、怪物の力を持った保健室の先生が生徒達に寄り添い諭し、助けていく。そんな漫画に、姉にしては珍しくいい影響を受けていると猗鈴は思っていて、あたしもかっこいい先生になるわなんて言い出した時には心底驚いた。

       

      とはいえ、一番おすすめの回として、男子が女子のプールを覗く為に団結するギャグ回を勧めてきたのは苦笑ものだったが。

       

      夏音は児童館への就職も決まっていて、彼氏もいて、彼氏の勤務先がどこになるか次第では同棲も考えていた。性格のいい姉だなんて擁護できない姉ではあったと猗鈴は思うが、明日も来年も十年先も生きていると思っていた。

       

      一度流れ出した涙は止まらなくて、でも同時になんだか冷静でもあって、涙を垂れ流しながらしっとりと姉のことを思った。

       

      一晩寝れば涙も落ち着くもので、かわりに何かしたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。とはいえ何ができるだろうと考えても何も思いつかず、猗鈴はぼーっとテレビを見ていた。

       

      すると、今日起きたという、夏音と同じように路上で凍死した事件の話が流れ出した。場所も近所の路上で、被害者の年齢も夏音に近いらしい。

       

      ひとまず行ってみようかと猗鈴は現場に向かった。

       

      現場には野次馬やマスコミが何人もいて、パトカーも集まっていたが、その中に一人猗鈴には奇妙に見える女がいた。黒くてボロボロのコートかマントの様なものをまとった女、目つきもお世辞にもいいとは言えない三白眼だった。

       

      その女は猗鈴に気づくと、スタスタと早足でどこかへと行こうとする。

       

      それを見て猗鈴は思い切ってその後を尾行することにした。幾つかの角を曲がり、バスにも乗って、そうして辿り着いたのはブルーヘヴンという小さな喫茶店だった。

       

      いきなり現れた手がかりに半ば興奮した頭では一度引き返すなんてことは思いつかなかった。

       

      客として入って様子を伺おうと、猗鈴が扉を開けると不意に伸びてきた手によって店の中へと引き摺り込まれた。

       

      「さて、と……まずは名前から聞かせてもらっていい?」

       

      扉を塞ぐ様にさっきの三白眼の女が立っていた。白いシャツの上から黒いベストにえんじ色のネクタイをつけて、まるで喫茶店の店員の様だった。

       

      「……そういうあなたは何者なんですか?」

       

      「私は国見天青、この喫茶店のマスターであり、探偵でもある」

       

      三白眼の女はそう言ってネクタイをきゅっと締め直し、名刺を机に置いた。

       

      「美園猗鈴、大学生です」

       

      「……ん、美園夏音さんの妹で間違いない?」

       

      「そうですけど……」

       

      「……なるほどね、もしかしてだけど、お姉さんのメモリとか持ってたりする?」

       

      天青が口にしたメモリという言葉に、猗鈴は首を傾げた。

       

      「なんのメモリですか? 姉さんがなんか殺されなきゃいけない様な情報とか取り扱ってるとは思えませんけど……」

       

      「入ってるのは、強いて言うなら……力。怪物から取り出した力、時には怪物そのもの、使った人間を怪物に作り替えたり乗っ取らせたり、使った人間は超常的なことを可能にする効果があって、デジメモリとか単にメモリって呼ばれている」

       

      それは常識的に考えれば突拍子もない言葉だったが、猗鈴は、天青の言葉を笑わなかった。

       

      姉、夏音な死亡現場はその場に冷蔵室でも作り出したかの様な異常な状況を説明するにはそういった超常的なものでもないと納得できないとは考えていたのだ。

       

      別の場所で凍死させたなら周りの草木まで枯れないか、周りの草木を瞬く間に枯らすほどの冷たさを例えば液体窒素などを人体に浴びせたならば体は凍結してもっと無惨になっていてる筈だった。

       

      そして、これがそのデジメモリによる犯罪と考えると路上なんて場所の意味も見えて来る。万が一疑われても立証しようがない、裁きようがない。

       

      「……私は、知りません。それはどんな形なんですか? 姉さんのパソコンを調べたらわかったりしますか?」

       

      「……基本形は小さめのSDカードを少し縦長にしたぐらい。それ用のツールは色々あるけど……一番主流なのはUSBメモリみたいな形。持ち歩くのが楽だし不自然じゃない。でも知ってる人は判別できる様特徴的なデザインをしてる」

       

      こんな感じと、天青は一つのやや不気味なデザインのメモリを見せた。SDカードを差し込める様な穴があって、悪趣味な形以外、猗鈴にはただの変換アダプタに見えた。

       

      「見覚えないです」

       

      猗鈴の言葉に天青はそっかと呟いた。

       

      「……ところで、なんで私を尾けてきたの?」

       

      「なんか怪しかったからです。姉と同じような死に方をした人がいたニュースは見ました。事件現場に行ったら、報道とも警察とも思えない不審者がいた。それで後をつけてみたというわけです」

       

      なにかと猗鈴が言うと、天青は喉乾いてないと猗鈴に聞いた。

       

      「……じゃあ、クリームソーダを」

       

      クリームソーダが出て来るまでの間、猗鈴は姉のことを思った。

       

      天青は姉がデジメモリと関わりがあるかのようなことを言っていたが、果たして本当にそうだろうかと。

       

      そう考えていると、軽率だとか下品だとか漫画の趣味とか、幾つも覚えていることはあるけれど、姉に関して大して知らないことに気づいた。

       

      大学で何をしていたとか、どんなサークルに入ってたとか、どんな人の付き合いがあるのか、彼氏とかも葬式の時に一応会いこそしたものの、当たり障りのないことぐらいしか話さなかった。

       

      まさか姉がと思う一方で、だけど姉ならばとも思ってしまう。そんな自分が猗鈴は嫌になりそうだった。

       

      「はい、クリームソーダ」

       

      そんな言葉と共に目の前に出されたのは実に古典的、着色料の緑が眩しく、そこにバニラアイスの白とよくわからないがやたら赤いさくらんぼの赤が映える、お手本の様なクリームソーダ。

       

      猗鈴がクリームソーダを頼んだのは、別に好きだからとかじゃなくて、コーヒーも紅茶も砂糖を入れないと美味しく飲めないから。怪しい探偵の前で弱みを見せたくないが、ほかに喫茶店にありそうな飲み物がクリームソーダしか思いつかなかった。

       

      そういえばと猗鈴は思う。私はこのクリームソーダを知っているのだろうか。喫茶店のクリームソーダ、昭和レトロなクリームソーダ。

       

      猗鈴は昭和なんて生まれてさえいないし、メロンソーダはファミレスのドリンクバーぐらいでしか飲んだことがない。

       

      クリームソーダを一口飲んで、アイスクリームを少し食べて、猗鈴は少し安心すると共に少し辛くなった。

       

      味は予想の範疇を超えない。予想通りの安っぽさ、美味しいけれどただそれだけ。でも、じゃあ知ってる体験かと言われるとそれも少し違う。

       

      思ったよりもアイスクリームは氷っぽく、少しメロンソーダに沈めた部分を掬い取るだけでも炭酸の主張は激しい。添えられたさくらんぼは嫌いではないが食べるタイミングも猗鈴にはよくわからない。

       

      下手に醜態を晒すよりはと頼んだメロンソーダの飲み方も猗鈴はよくわかってなかったのだ。わかった気になっていただけ。

       

      「……国見さん」

       

      「なに?」

       

      「姉さんの事件について調査して欲しいという依頼を出したら……どれくらい依頼料が要りますか?」

       

      「結構高いよ。手付け金で……五万。あとは実際に調査にどれくらいかかったかとかによって追加料金がかかる。幸いこの事件自体には別の依頼者がいるからそんな程度で済むけど、高校生が出すには高いでしょ?」

       

      確かにそれは猗鈴が出すには大きな金額だった。しかも、それで手付け金なのだから実際はその上にということになる。

       

      「……その、探偵業の方でバイトとか募集していませんか?」

       

      「喫茶店の方なら募ってる。私が探偵として調査してる間のホールのバイト、でも調査状況は依頼者じゃないと伝えられない」

       

      「それでいいです」

       

      天青は猗鈴の言葉に少し面食らった。

       

      「手付金の五万円は今度持ってきます。その後はバイト代でお金を支払わせてください」

       

      「……なら、止めはしないけど。依頼を受けるのはお金を持ってきてから」

       

      契約は大事だからと天青は言った。猗鈴は必ず持ってきますと言って急いでクリームソーダを飲み干した。

       

      「じゃあまた来ます!多分……一時間ぐらいで」

       

      後日でもいいんだよという声を背に受けたが、猗鈴はそれに答えず自宅に向かった。

       

      「結構猪突猛進タイプなのかな……」

       

      店内に天青の声がぽつりと溢れた。その直後、店に置かれた電話がなった。

       

      「もしもし」

       

      『国見さん? 例の事件ですが、二番目の被害者は先の被害者、美園夏音のバレーサークルの後輩でした。葬式会場から、美園夏音の彼氏だった男と共に去っていくところが目撃されていました』

       

      「……バレーサークル。被害者は確か長身でしたね?」

       

      『そうですね、二人とも百八十近い長身でした』

       

      「……美園夏音の住所を教えて下さい」

       

      天青の脳裏には最悪の可能性がよぎっていた。

       

      猗鈴はあまり物欲がなかったから、高校生時に誘われてやっただけの短期バイトのお金もそのまま口座にあった。

       

      「よし、あとは店に行く前に郵便局に寄って行けばOK……バス停も郵便局の近くにあるし」

       

      通帳を見つけて、ふと猗鈴はちょうどいい鞄がないことに気づいた。通学に使っているカバンはあるが、余計なものが多すぎるし重い。

       

      そう考えて部屋の中をふらふらと探していると、ちょうどいい肩掛けカバンを見つけた。姉からプレゼントされたものの、基本的に学校と家の間を往復するだけだった猗鈴にとっては無用の懲罰だったものだ。

       

      猗鈴が家を出て、郵便局でお金を下ろしてバス停のベンチで待っていると、ふと、玄関前に猗鈴より少し背が低い、百七十前後の、感じがいい白いTシャツの男が近寄ってきた。

       

      「えと……確か姉さんの彼氏の……」

       

      「萩谷健だよ。葬式の時は忙しかったろうから、覚えてないのも仕方ないね」

       

      「すみません……それで、健さんは何かこの辺で用事ですか?」

       

      猗鈴の質問に、健は少し頭をかきながら話し始めた。

       

      「実は特に用はなくてね、少し呆然としながら散歩してたんだ。そしたら君を見つけたから」

       

      迷惑かなと言う建に、いいえと猗鈴は首を横に振った。

       

      「……よかったら、姉さんのこととか色々教えてくれませんか。私の知らなかった姉さんを知りたいんです」

       

      いいよと健は微笑んで、近くに隠れ家的な喫茶店があるんだと猗鈴を誘った。

       

      「夏音は、僕から見ると君とよく似ている」

       

      「そうですか? 身長ぐらいに思いますけど」

       

      夏音も猗鈴と同じく背が高かった。でも、根暗ゴリラというあだ名をつけられた猗鈴に対して、夏音はモデルのようと言われていた。

       

      「確かに、対照的には見えるけれど……二人とも目が似ている」

       

      「……目つきが悪いとはちょくちょく言われますね」

       

      どんどん大通りから離れていくが、隠れ家的な店ということだからそんなものかと猗鈴は思っていた。

       

      「そうじゃないよ、ちゃんと未来を見ているのが似ているんだ」

       

      その言葉を聞いた時、猗鈴は不意に背筋が凍るような感じを覚えた。

       

      「未来を見ている、ですか?」

       

      「そう、未来を見ている。夏音との馴れ初めはね、僕も彼女もフラれて慰め合うような形だったんだ」

       

      でも、夏音と僕は違ったと健は呟いた。

       

      「ずっと引きずっていた僕に対し、夏音はすぐに立ち直って僕を慰める側に回った。そんな前向きな姿に惹かれたんだ」

       

      確かに、猗鈴からみた夏音も悩みなどなさそうな人だった。軽率であっけらかんとしていて、嫌なことがあっても翌日にはプリンを笑顔で食べているような人だった。

       

      「……彼女と一緒にいれば、僕も未来を見られる気がした。前向きになれると思った」

       

      「……私、もしかしたら健さんに似ているかもしれません。姉さんが死んで初めて、姉さんのことを大して知らないって知って……」

       

      「いや、違うよ。君の目は自分で立ち上がれる人の目だ」

       

      僕は違うと健は道の真ん中で立ち止まり、ズボンのポケットにおもむろに手を入れた。

       

      「でも、君にそれを期待していたのは本当だよ」

       

      「……期待していた? 姉さんと同じ目をですか?」

       

      「そう、クズみたいな考えだけどね。夏音を殺した途端、僕は……夏音が恋しくなった。殺すんじゃなかったって、後悔した。心がぽっかりとがらんどうになったんだ」

       

      「……私は姉の代替品」

       

      「本当、ひどい考えなのはわかってるよ。最低だ。昨日の夜は同じ理由で夏音の友達に手を出した」

       

      猗鈴は健の異常な告白に、思わず後退りした。

       

      すると、ふと背中が壁にぶつかった。振り返ると道の真ん中に冷たい黒い壁ができていた。

       

      「しかも、僕はそのあとその子を殺した。長い髪が夏音に見えたんだ。夏音に見えた途端、僕はその子を殺さなくちゃと思った」

       

      「……何、言ってるんですか?」

       

      「夏音はね、僕がいなくても生きていけるんだ。僕は夏音がいないと生きていけないのに、夏音は僕がいなくても生きていける。僕は僕だけだと自殺することもできないから世を呪いながら生きている様な生き物なのに、夏音は違ったんだ」

       

      夏音は違ったんだと繰り返し言いながら、健はポケットからUSBメモリを取り出してボタンを押した。

       

      『スカルバルキモン』

       

      若干芝居がかった電子音の後、健は自分のこめかみに鈍い銀色のメモリを突き刺した。

       

      すると、USBメモリはズブズブと頭の中に沈んでいき、健の身体は淡く暗い光を放ちながら変形し肥大していった。

       

      それを見て、夏音は急いで国見の名刺とスマホを取り出して電話をかけようとしたが、その手を何か大きなものが振り払って持っていたものを落とさせた。

       

      「夏音は、僕なんかいなくても生きていけて、僕の知らない夏音の顔もいっぱいある。でも、僕には夏音が知らない僕はない。情けない僕しかいない。きっといつか置いていかれる、僕一人だけが取り残される」

       

      健の姿は、巨大な骨でできた獣の様だった。青みがかった骨は翼の生えたライオンか何か四足歩行の肉食獣の様だったが、そのままでは噛み合わないのか黒いタールの様なもので補強されていて、眼窩の奥には赤い光だけがあった。

       

      「君もそうだ、僕を置いていく目をしている」

       

      「……だから、姉さんを殺したんですか?」

       

      「そうだよ、置いていかれたくなかった……僕が狂ってるのはわかっている。でも駄目なんだ。夏音がいないと正気でいられない、でも夏音がいると怖くてたまらない」

       

      そしてまた、夏音と同じ目をしていると怪物と化した健は呟いた。

       

      「僕をじっと見定めている。失望でもなく、絶望でもない。諦めてない、生きて戻れると思っている目だ」

       

      猗鈴は落ち着いて、塞がれている壁ではなくその横の塀をちらりと見た。

       

      「見ないでくれ……僕を、僕をその目で見ないでくれ」

       

      健がそう言うと、ひんやりとした壁が少しずつ広がりだした。それを見て猗鈴は健の股下を走って抜けようとしたが、あえなく前脚で蹴られて壁まで転がされた。

       

      そして、猗鈴は黒い壁で作られた球にほとんど閉じ込められた。

       

      「二十分……夏音が死ぬまでの時間だよ。前の夏音の時もその前の夏音の時も誰も助けに来てくれなかったんだ。誰も夏音を助けてくれない。夏音がいないと僕は生きていけないのに」

       

      その言葉を最後に、ほんの少し開いていた隙間も閉じられる。外との繋がりが遮断されると、急速に部屋の中が冷え出した。猗鈴が蹴ったぐらいじゃ壁はびくともしない。

       

      「姉さん人を見る目なさすぎるな」

       

      そう思いながら何かないかとカバンの中を漁っていると、ふと指先が小さな箱の様なものに触れた。

       

      まさかと思って取り出すと、そこにはボタンのついた茶色いUSBメモリの様なものがあった。

       

      『ウッドモン』

       

      ボタンを押すとそんな音が鳴り、猗鈴の中に確信めいた気持ちが溢れ出し、何故姉からプレゼントされて以来ほとんど使ってないカバンの中にメモリがあったのかなんて疑念を吹き飛ばした。

       

      「私……このメモリ使える」

       

      使えば助かるかもしれない、使わなければ確実に死ぬ。タイムリミットは二十分と健は言ったが、実際にはもっと短いだろう。

       

      使うかと猗鈴がメモリを握りしめ、その黒い端子を自分の腕に向けたその時、ふと地面に落とした国見の名刺が目に止まった。

       

      携帯も拾ってみるが電波は圏外、今までの被害者のことを思えば助けを呼んでも音はほとんど通さないのだろう。でも、その時猗鈴はなんとなくメモリを使う前にできることがある気がした。

       

      「助けて! 国見さん!」

       

      そう叫ぶと、部屋の中を音がぐわんぐわんと反響した。まぁそんな程度でやっぱり何も変わらない、そう思って猗鈴はため息を吐いた。

       

      でも、それは猗鈴の早とちりだった。

       

      怪物と化した健と黒い球体を取り囲む様にどこからか黒い蝙蝠の群れが飛んできたのだ。

       

      「なんだ、なんだよこれ、熱い! 焼ける!」

       

      無数の蝙蝠に噛まれた痛みに健はもがき、逃れようと黒い球体から後退りした。

       

      そうすると黒い球体は急に形を失って崩れ出した。

       

      「なんで急に……」

       

      猗鈴が壁に開いた穴から身を乗り出すと、手に何かおもちゃの銃の様な機械を持った天青が健の前に立っていた。

       

      「君の声が聞こえた」

       

      「……いや、嘘ですよね」

       

      叫んだぐらいで聞こえるなら他に被害者なんて出てやしないだろうと、猗鈴はそう呟いた。

       

      「で、この人が君のお姉さんを襲った犯人?」

       

      「……そうです、姉の彼氏です。でも助けてもらっといてなんなんですけれど、何か有効な手立てがあるなら私に貸して下さい。こいつは私が倒さなきゃいけない、そんな気がするんです」

       

      猗鈴の言葉に、天青は猗鈴が手に持ったメモリをちらりと見て、自分の懐に手を入れるとまた何かおかしな機械を取り出し、手渡した」

       

      「それを腰につけて、ボタンを押したメモリを挿したら、レバーを押し込んで。それはメモリの副作用を抑えて力を引き出す機械」

       

      そう言われた猗鈴が仮面ライダーみたいと呟きながら腰にあてると、製作者が仮面ライダー好きなんだよねと天青は微笑んだ。

       

      「……じゃあ」

       

      『ウッドモン』

       

      猗鈴がボタンを押すと、機械からベルトが素早く出てきて腰に巻きつく。後はもう導かれる様に滑らかに猗鈴の手は勝手に動いた。

       

      「変身ッ!」

       

      ガシャッガコンと小気味いい音を立てて機械が稼動し、光を放った。

       

      猗鈴の身体の表面を光が駆け抜け、黒いタイツの様なもので首から下が覆われた後、光は茶色い顔に木の幹が付いたような化け物の姿を取ってから猗鈴の顔や手足へとまとわりついていく。

       

      茶色い樹皮のようなものと水色のガラス質のものが仮面の様に顔を覆う。同様の樹皮が胴をベストの様に、手は手首まで、足を覆ったものはブーツの様になった。

       

      猗鈴自身のすらりとした高身長もあって、巨大で無骨な健の姿と対照的にシンプルで洗練された姿に見えた。

       

      「……夏音」

       

      蝙蝠達が消え、夏音の事を見た健はそう呟いた。それを見て、天青はこうなってはダメかなと呟いた。

       

      「メモリの直挿しは、別の生き物の力も心も身体の中に取り込むこと。メモリにする段階で力だけ取り出そうとして作られていたとしても……メモリが心、つまりは精神活動に影響を与えるものである事自体は変わらない。一刻も早くメモリから引き剥がさないと社会復帰は絶望的」

       

      「……私は姉さんじゃないし、健さんが廃人になっても悲しく思ってあげられるほど優しくもない。でも、全部覚えておきます。その罪も、愛情も、健さん自身がわからなくなっても」

       

      「夏音ェッ!」

       

      顎を大きく広げて噛み付いてくる健を、猗鈴は横に跳んで避けると、その頬を思いっきり殴りつけた。すると少し、健の身体が揺らいだ。

       

      「相手は格上、短期決戦が望ましい。メモリをベルトについてるもう一つのスロットに差し込んで」

       

      天青の言葉に、猗鈴は数歩下がってメモリを取り出してボタンを押し、

       

      『ウッドモン』

       

      ベルトについたもう一つのスロットへとメモリを差し込んだ。

       

      『ブランチドレイン』

       

      すると、技の名前を読み上げる声が鳴り、体を覆った黒いタイツの上を光が走って右脚へと集まっていった。

       

      「な、夏音……夏音ェッ!」

       

      健はそう叫び後退りすると、また猗鈴に向かって角をむけて走り出した。

       

      「夏音、助けて」

       

      猗鈴は右脚を高く掲げると、飛び込んできた健の頭に思いっきり踵落としをした。横向きの力が下に向けられ、路上に小さなクレーターが現れると共に、健の身体から光が猗鈴の右脚へと集まってくる。

       

      「力を吸い上げている……」

       

      そう猗鈴が呟き終えると、健の身体にノイズが走り今にも身体を保てなくなりそうに見えた。

       

      それを見て猗鈴が脚をどけ、そのまま離れる様に数歩進むと、その背後で健の身体は光を放って爆発した。

       

      爆風が晴れると、地面には人の姿に戻った健が倒れ、傍らには壊れたメモリが転がっていた。

       

      「……探偵料は、払ってもらう必要なさそうね」

       

      天青はそう言うと、スマホ片手に壊れたメモリを拾い上げた。

       

      「警察への連絡は任せて、こういうの担当してる人達知ってるし、協力関係だから」

       

      人に見つかる前に帰る方がいいと言う天青に、返信を解いた猗鈴は首を横に振った。

       

      「……このメモリは、私に姉さんが買ってくれたカバンの中にありました」

       

      猗鈴の言葉に、天青は少し眉を顰めた。

       

      「姉さんはこの事件では被害者だったけど、メモリについて何かを知っている人だったのかもしれない。もしそうならば、私はもっと姉さんを知らなくちゃいけない」

       

      だからお願いがありますと、猗鈴はカバンからお金の入った封筒を取り出して天青に差し出した。

       

      「改めて依頼します。姉のことを調べて下さい」

       

      「……なるほど。じゃあ、今日から猗鈴さんは私の助手兼喫茶店のホールスタッフ、ということでどうかな」

       

      そう言いながら天青は封筒を手の甲で押し返した。

       

       

       

       

       

      本編ではなく設定語りがしたい為のおまけ。読まなくても仮に次話があったとして問題ないはず。

       

       

      警察に話を終え、喫茶店に入った猗鈴は、そういえばと疑問を口にした。

      「なんであんな仮面○イダーみたいな感じなんですか? 製作者がファンだからって言ってましたけど」

      「じゃあ、本人に聞く?」

      天青はそう言って地下に降りていくと、作業着を着た少し出っ歯でそばかすのある天青と同年代に見える女性を連れてきた。

      「彼女は斉藤盛実(サイトウ モリミ)さん。私は博士って呼んでる」

      「斉藤・ベットー・盛実ですっ!」

      「……美園猗鈴です。よろしくお願いします斉藤さん」

      ごめんごめん、そのなんか明るい感じのテンションで頑張りたかったというか若偏屈な印象を持って欲しくなかったというかと盛実はうだうだと言い訳を始めてしまった。

      「猗鈴さんはベルトについて質問があるらしいから、博士、答えてあげて。コーヒーいれてあげる」

      「え、あ、そうなの? なにが聞きたいの? 原理とかは説明し難いとこあるからやめてね」

      「えと、なんであんな仮面ライダーっぽい感じなんですか?」

      あー、そこ触れちゃうかと盛実は困った様な声を出したが顔はやっと聞いてもらえたと喜んでいる様に見えた。

      「メモリと人には相性があってね、基本的には直挿しするといろんな症状とかが出るんだけど……相性がめちゃくちゃにいいと、依存や錯乱といった副作用が全く出ないケースもある。そのケースの一人が私」

      「ふむ、これ本題まで長いやつですか?」

      「ごめん、ざっくり言うとね、私が使えるメモリの能力は、想像力に形を与えるものでさ。その能力でリスクを抑えるアイテムを作る時、好きな仮面ライダーを想像の核にした。だからアイテムはライダーっぽい感じなわけ」

      盛実の説明に、まぁ見てる感じデジモンってなんでもありそうだもんなと猗鈴は頷いた。

      「ちなみに、ピッタリしたタイツみたいな服は……」

      「イメージは詳細な程良くてね。あのタイツはベルトのフィルター機能の具現化みたいな感じ、生身と能力との間に挟まって生身を保護する様なイメージ」

      ふむふむと猗鈴が頷くと、どうやら盛実はエンジンがかかってきたらしくペラペラと話し出した。

      「私の能力だけで物を用意すると時間経過で消えちゃうから、ある程度このデジモン関係の工学的な知識でもってベルトの基礎を作ってそれに能力を上乗せしているの。理屈上は一年は使い続けられるけれど、能力を使ってない、起動してない状態の予備やパワーアップツールとかを今は作ってるのよ。そうそう、パワーアップで思い出したんだけど、元々はマスターがサングルゥモンメモリを使って……あ、サングルゥモンってのは吸血鬼のデジモンでね、ウッドモンと同じ様に相手のエネルギーを吸える特性がある。この特性があることでメモリを使ってる人間からデジモンのエネルギーだけを吸って強制的に変身解除させられるってわけ、あ、コーヒーありがと」

      ずずずと盛実はコーヒーを啜ると、さらに話を続ける。

      「そう、マスターはね、適性がわがままだからサングルゥモンでも実のところあんまり強くなれない。だから猗鈴さんがきてくれた事で既に相対的にパワーアップなんだよね。猗鈴さんとウッドモンの相性はベルトを通じて送信されてきているんだけど、猗鈴さんは結構な逸材だよ。めっちゃ適合率高い」

      ありがとうございますと猗鈴が言うと、あ、そうだとさらに盛実は話し出した。

      「必殺技がキックだったのも驚いたでしょ。あれも一応意味があってね、というのも元々は吸血狼のデジモンで考えていたからメモリから力を吸い取る必殺技は噛みつきだったんだ。でも、口って格闘戦とかで役立たないし急所に近いし、人間は噛みつき得意な人そういないでしょ? 汚いおっさんがなったデジモンとかヘドロのデジモンなんかは噛み付くの抵抗もあるだろうし、そこで蹴りかパンチがいいなとなった訳よ。変身システムのイマジネーションは仮面ラ○ダーから来てるから……こうなったら蹴りしかないなって! いぇい!」

      「……そこら辺にしといたら、博士。いきなり早口で捲し立てるオタクにはなりたくないんでしょ?」

      「そうだね、新規に対して早口で捲し立ててトラウマ作るオタクは悪気がなくともちょっと……あ、ごめん」

      「……天青さん、クリームソーダ下さい」

      なんだか疲れた頭を休めたくて、猗鈴はそう言ったがら天青は少しどうかなという顔をした。

      「一日何杯も飲んだら太るんじゃない?」

      「変身して戦ったんだし、減りますよ、きっと」

      「え? いや、エネルギーを吸う技な訳だから……メモリにほとんどは貯蓄されるけど、今日はそんな殴り合いとかしてないしダメージも受けてないから、多分消費カロリーより吸収したカロリーの方が多いよ。メロンソーダ三杯分は堅いと思う」

      猗鈴は盛実の言葉にはぁとため息を吐き、何か肉体労働ないですかと天青に聞いた。

       

       

      あとがき

      はじめましての方ははじめまして、ブログやデジモン創作サロンでご存じの方はお久しぶりです。へりこにあんと言います。

      ドレンチェリーを残さないでは、元々は一発ネタで読切にしようかなと思っていたのですが、思ったより描けそうだったので仮面ラ○ダーダ○ル風の探偵ヒーローものでデジモン創作サロンとブログで連載していたものとなっております。当分、週一か二週に一度ぐらいのペースでちょこちょこ不満なところ直しつつ最新話に追いつくまで更新していけたらと思っております。

      ではでは、二話でお会いしましょう。

      • このトピックはheliconiannheliconiannが10ヶ月、 2週前に変更しました。
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    • #1480

       こちらでは初めまして、そして改めて宜しくお願い致します。夏P(ナッピー)と申す不届き者です。

       

       後を知っていると、まだあどけない(……そうか?)彼女の様子に新鮮なものを感じさせてもらえました。そういえばメロンソーダから始まったんだなと思いを馳せつつ、ブランチドレインってメロンソーダ三杯を超えるカロリーだったんだなと戦慄。
       くr 天青サンとかいう見事なピンチ待ちを断行する女。博士と二人揃って浪漫の何たるかを理解している。そういえば猗鈴サンの依頼料は既に別口からの依頼がある前提で5万とのことですが、つまり完全新規だと高校生にはとてもじゃないけど無理な額なんでしょう。
       姉の遺したバッグに入っていた謎のアイテム、それを以って姉を殺した相手との対峙と撃破、正反対のようで実はよく似ていた(と他人からは言われる)姉妹の美しい絆を感じました。この時点では。逆にいきなり姉の彼氏が下手人という驚愕の展開で、こっからはヤバい男がバンバン出てくるんだろうなぁと予想していました。この時点では。
       
       博士も斎藤別当ってお前。その長らく続く斎藤別当への熱い拘りは一体……実は元々はライダーではなく斎藤別当への変身機能だった可能性すらある。
       サングルゥモンに関する解説で、ああそういう理屈で使えてなかったのかとなる。ピッチリなスーツや必殺技が蹴りなことにも全てきっちり理屈がある、これぞ博士の偉業!

       

       それでは改めましてこちらでも宜しくお願い致します。

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