ドレンチェリーを残さないでe13

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      「公竜さーん! 私、死んだかもー!」

       

      背後から聞こえてきた弱音に、猗鈴は思わずえっと振り返った。

       

      「あの、今のって……」

       

      「鳥羽は簡単に死にませんから……それより、しっかり掴まってください。トループモンはなるべく戦わずにやり過ごします」

       

      猗鈴が顔を前に向けると、通路を埋めるようにウジャウジャとトループモンがいて外に出ようと真っ直ぐ向かってくるところだった。

       

      それに対して、公竜はぐるりと壁と天井を通ってトループモン達の頭上を超えて走り抜ける。

       

      そうして長い廊下を通り抜けると、突き当たりには巨大なタンクから歯磨き粉でも出すようにトループモンが産み出されている部屋があった。どうやら侵入者を排除する為の部屋であり、受付でもあるらしくカウンターには、ひどく怯えた女性が座っていた。

       

      「警察です。ここに山羊頭の悪魔が来ませんでしたか」

       

      今室内にいるだけのトループモンをはねとばした後、人型に戻った公竜はそう尋ねた。すると、女性は震える指で部屋に入ってすぐに目に着く上階か下階に続いていそうな扉ではなく、タンクの裏にひっそりと隠されるように置かれた扉を指差した。

       

      その扉は壁と同じ色で塗られ、分厚い鉄のようなものでできていたらしかったが、鍵の辺りが溶かされていた。

       

      「この先はどこに?」

       

      「し、知りません……地下としか……私はバイトで雇われているだけで……でも、その扉を通った先には、企業秘密があるんだって……」

       

      「……情報提供感謝します。裏口などの場所は知っていますか?」

       

      こくこくと女性は頷いた。

       

      「では、そちらから避難して下さい。他にこの建物の地下を知らなそうな人がいたらその人達にも声をかけて、速やかに」

       

      そう言うと、公竜は自分の耳の裏のボタンを押した。

       

      「大西さん、小林です。ビル内にてデジメモリ使用者と戦闘の見込み。ビルから一般人を避難させます。全員保護して下さい」

       

      では、行ってくださいと公竜が言うと、女性は大きな扉の横にあった階段を上へと上がっていった。

       

      「……大西さん。避難する中には一般人以外、メモリ持ちも混ざってる可能性が多分にあります。事情を聞く際はなるべく距離を取ってバラバラに、メモリを使い逃走を図ったとしても他に被害が出にくいように配慮を」

       

      襲ってくるトループモンを足蹴にしながら、猗鈴は公竜が思ってたよりまともだなと、今の様子を見ていると、むしろ喫茶店での様子がおかしかったのではとさえ思えた。

       

      「……この姿が気になりますが?」

       

      「え、まぁ……」

       

      思っていたことは違ったが、確かにそう言われれば全く気にならないわけでもない。

       

      「とは言っても、『協力者』が私用にと作ったぐらいのことしか知りません」

       

      「協力者?」

       

      「鳥羽しか連絡できませんから私はよく知りません」

       

      何もわかってないのはどこも同じかと猗鈴は感じた。

       

      「……先を急ぎましょう」

       

      そう言って、公竜は薄暗い地下へと続く階段を足速に降りていき、猗鈴もそれに続いた。

       

      施錠されていただろう扉は何度か猗鈴達の前に現れたが、そのどれもが鍵を解かされたり壊されたりしていた。

       

      そして、その先にそれらはあった。仰々しい今までのそれからすれば当然の広い空間に、似つかわしくない少数の木箱。立ち尽くす柳。

       

      床に目をやるとメモリが数個散乱し、それと同数の人が倒れていた。そして、その内の一人は頭を砕かれて明らかに絶命していて、そこから続く血の道標は柳の足元へと続いていた。

       

      「……ちくしょう、夏音め、最低限必要分以外のメモリを引き上げるとか、こすい嫌がらせして……」

       

      柳は、木箱の中からメモリを一本取り出すとそれを地面に叩きつけて踏み砕いた。しかし、その中からメモリの本体であるチップは出てこなかった。

       

      「……柳真珠、デジメモリ所持の条例違反、並びに強盗殺人の現行犯だ」

       

      公竜がそう言って一歩前に出ると、柳は一瞬目をまぁるくした後、弾けたように笑い出した。

       

      「……何がおかしいんですか、柳さん」

       

      「いや、なんだろう……警察と探偵に揃って追い詰められて、私の動機も動機だから、やっすい探偵者のテンプレみたいで面白くなっちゃった」

       

      「あなたの……動機?」

       

      「メフィスモンが好きなの、愛していたと言ってもいい」

       

      柳の表情はどこか恍惚としていて、メフィスモンのことを思い返しているようだった。

       

      「でも、私の中にメフィスモンがいたんじゃデートもできないから、適当な男子捕まえて、メフィスモンのメモリを挿してデートしたりもした」

       

      まぁ、一日二日経つとメモリの毒で昏睡するんだけど、と柳はシャンプーの減りが早いぐらいのノリで余罪を付け加えた。

       

      「愛する存在が自分の中から奪われていく恐怖を味わったことはある? 自分の中にいたの、ただ隣にいるよりも血を分けた姉妹よりも近くにいたの。愛する存在が。それが失われていく……」

       

      猗鈴は少しだけ、柳と戦うことに躊躇いを覚えて一歩後退りをした。

       

      「だから、復讐する。そのウッドモンメモリの中にいるメフィスモンを奪い返し、夏音も猗鈴も殺してやる。メフィスモンの為なら私はなんだってやる、なんだってできる!」

       

      『メフィスモン』

       

      柳はメモリを挿すと、いつものメフィスモンの姿へと身体を変じさせ、よくわからないエネルギーの塊を猗鈴達へと投げかけた。

       

      猗鈴の脳裏に炎が映る。当時の小さな小さな猗鈴には、その炎は世界を覆っているように思えた。愛するものを失ったその時が、猗鈴の脳裏を占有する。

       

      「確かに、安いドラマのようだ」

       

      ふと、公竜がそう呟いた。

       

      「君の愛が本物だとして、その為に他の誰かにとっては愛する人かもしれない誰かを消費する。それでは、ただの駄々と同じ、視聴者が置いてけぼりになる三流ドラマだ」

       

      『タンクモン』

       

      公竜がアタッシュケースのボタンを押すとアタッシュケースは公竜の胸部についた檻の意匠の上に被さり、砲塔へと変化した。

       

      「……御高説ありがとう。で、刑事さんはlevel4のメモリで三流ドラマに幕を引けると?」

       

      真珠はそう言いながら、黒い霧を発生させて壁にしつつ公竜と猗鈴を追い詰めようとした。

       

      「これはその為の装備だからな」

       

      『エレファモン』『モスモン』

       

      公竜がベルトのダイヤルを回すと、その背中に巨大なタービンが、さらに右腕にはガトリングガンが現れた。

       

      『……猗鈴さん、これ、アクセ◯じゃなかったんだね……』

       

      「盛実さん? いきなりなんの話ですか?」

       

      『私、猗鈴が単体でライダーだし、彼は刑事だからア◯セルだと思ったの。バイクにもなったし……でも、多分これ、設計思想がバー◯! ミミックモンの檻の施錠をダイヤルにしてガチャガチャのアレと動きを重ね』

       

      「……盛実さんからの音声切りますね。切りました」

       

      盛実と猗鈴がそんなやりとりをしている間に公竜の背中のタービンの回転数はどんどん上がっていき、産み出された突風によって真珠の方へと霧は急速に逆流する。

       

      そこにさらに公竜はガトリングガンを撃ち込む。

       

      それを柳は腕でガードするが、モスモンの弾丸は爆発する鱗粉の塊、level5のメフィスモンの皮膚を貫くことはできずとも食い込み爆発する。

       

      「ぐっ、くぅッ!!」

       

      吹き荒ぶ突風と絶え間なく撃たれる弾丸に、柳は脚と腕に力を込め続けなければ立っていることも難しい状態になり、一歩二歩と背後に追いやられていく。

       

      そしてふと、柳の脚がもつれて転んだ。それを見て、公竜はガトリングガンになった右腕を戻し、ベルトのダイヤルをガチャガチャと回した。

       

      『タンクモン』『ハイパーキャノン』

       

      既に胸元にできていたキャノン砲が淡く発光する。

       

      それを見て、避け切れないと悟った真珠は、不意にメモリによる変身を解除した。

       

      「なんッ……!」

       

      真珠の言葉に、公竜がベルトのダイヤルを逆向きに回すとキャノン砲の光はしゅうと音を立てて収まり、突風も止まった。

       

      「……大人しくメモリを手放す気になったんですか?」

       

      「いいや、違うわ」

       

      『メフィスモン』

       

      メモリをもう一度取り上げて、真珠はそのボタンを押した。そして、それを身体に挿す直前に、急に胸を押さえて地面に嘔吐した。

       

      「柳さん……?」

       

      「あー……気にしないで、いややっぱ気にして。多分私、メフィスモンの子供身籠ってるんだと思う」

       

      だから、これはつわり。と真珠は続けて軽く震える手でもう一度メモリを持ち上げた。

       

      「……メフィスモンとの、子供?」

       

      「そうよ。絶対そう、他に心当たりないもの、私のお腹の中には赤ちゃんがいる。私からメモリの力を無理やり奪ったりしたら、赤ちゃんに何が起きると思う?」

       

      「……自分の子供を人質にするつもりですか?」

       

      「そんなのやりたいのがいると思う? でも、メフィスモン取り返さないといけないでしょ? そしたら、少なくともこの場からは逃げなきゃいけない」

       

      真珠は猗鈴の問いにそう答えた。

       

      すると、真珠の状況を噛み締めるかのように沈黙していた公竜が、不意に口を開いた。

       

      「……デジモンとの間に生まれた子供なんて幸せになれる筈がない」

       

      『アトラーバリスタモン』

       

      公竜の左腕を包み込むように二回り大きな機械の腕が現れると、その腕が伸びて真珠の首を掴んで壁に押し付けた。

       

      「ぐぁっ!?」

       

      真珠の身体が壁に押し付けられ、汚い声がその口から漏れた。

       

      そのまま公竜の手は首をぐぐぐと締め上げていく。

       

      「小林さん……殺す気ですか?」

       

      「……そうだ。彼女が子供を盾に地上に戻った時、僕達から逃れる為に多くの人を危険に晒すだろうことは想像に難くない。メモリを破壊できないなら殺すしかない」

       

      公竜はそう強い口調で断言したが、猗鈴にはそれがまともな論理には思えなかった。

       

      「拘束できている今ならメモリだけを破壊できるのに」

       

      「いや、そうしようと力を緩めれば彼女はきっとメモリを挿す。そして、逃げて人を殺す」

       

      「だったら力を緩めずに私がメモリを奪います。それなら……」

       

      『モスモン』

       

      公竜がベルトのダイヤルをを回すと、また右腕がガトリングガンへと変わり、その銃口は迷わず柳に向けられた。

       

      『レッジストレイド』『ブランチドレイン』

       

      反射的に猗鈴はその身を割り込ませ、踵落とししながら公竜の伸ばした腕を床に蹴りつけて柳を解放すると、伸ばした枝で柳の前に盾を作ると共に公竜の腕を床に拘束した。

       

      「ゲホッ、ガッ、ゲェッ」

       

      モスモンの弾丸が爆発する音が響く中で、柳が自分の首を押さえながら何度も何度も咳き込んだ。

       

      「……メモリを渡して下さい」

       

      猗鈴は、盾になる位置に陣取ると、真珠に手のひらを向けた。

       

      それを見て、柳はメモリを手に取ると、そのボタンを押した。

       

      『メフィスモン』

       

      猗鈴がそれを奪うために手を伸ばそうとするも、ちょうど枝で作った盾が全て抉られ、猗鈴に公竜の鱗粉弾が突き刺さって爆発した。

       

      「ぐぅっ」

       

      猗鈴が体勢を戻すと、そこには中途半端にメフィスモンになった真珠がいた。両角と翼、右腕、左脚本来守らなければいけない胴体や頭はほとんど剥き出しだった。

       

      「……メフィスモン、どうして? どうして全部出ないの?」

       

      狼狽しながらも、真珠は猗鈴と公竜の両方から距離を取った。

       

      真珠のその様子について聞くために、猗鈴は盛実との通信をオンにした。

       

      「盛実さん、アレって……」

       

      『体力不足だね』

       

      盛実は即座にそう答えた。

       

      『メモリの力を引き出すには呼水となるだけのエネルギーを人間が持ってなきゃいけない。強いメモリは当然消耗も激しい……妊娠中に、今日三回目という回数、メフィスモン時と生身と両方で受けたダメージ、メモリからのエネルギーの供給が切れたらどうなるか……』

       

      「どうなるんですか?」

       

      『まず、一時的な昏睡状態というか、意識なくなるのは避けられないと思う。その後は……医者じゃないから断言できないけど、ほっとくと死ぬ、と思う』

       

      「……なら、私は柳さんを、柳さん家族を助けます」

       

      『……あー、うん! いいと思う! どうすればいいかわからないけど!』

       

      盛実がそう言った後、ザザと少し音がして、天青の声が聞こえてきた。

       

      『彼女はあまりに多くの人を苦しめた。それでも、猗鈴さんは助けたいの?』

       

      「……そうです。親の都合で犠牲になる子供なんているべきじゃない」

       

      『わかった。メフィスモンが悪さできない様に二人といられる様にする方法は私が考える。そのかわり、無力化と説得は猗鈴さんの仕事』

       

      「はい」

       

      猗鈴は頷くと、ウッドモンメモリのボタンを押した。

       

      『ブランチドレイン』

       

      猗鈴がだんと床を踏みつけると、床下を辿って伸びた枝が真珠と公竜の間に盾の様に現れる。

       

      そして、それを合図に三人は一斉に動き出した。

       

      柳は天井に向けて黒い霧を噴射すると、出入り口へと真っ直ぐに走り出し、公竜はそれを追うために猗鈴の出した枝にガトリングガンを撃ち込む。枝を出した分初動の遅れた猗鈴は、急いで柳の後を追う。

       

      黒い霧に溶かされて落ちてきた天井をスライディングして避けてあっという間に真珠に追いつくと、猗鈴は足払いをかけて体勢を崩し、真珠の身体を抱え上げた。

       

      「ッ!? 何のつもり!?」

       

      「助けたいんです」

       

      「私からメフィスモンを奪っておいて?」

       

      「……そうです。だから、返します。罪を償ったりはしてもらいますけれど……」

       

      その言葉に、真珠は抱き上げられたまま猗鈴の顔面を仮面の上から鷲掴みにした。

       

      「冗談じゃないわ! このままお前の顔面を溶かしてウッドモンメモリを奪えば私はメフィスモンと再会できる!」

       

      真珠はそう言ったが、霧を即座に出すことはせず、猗鈴も何もされてないかのように地上に向けて走って行く。

       

      「子供には親が必要です。人とデジモンの間に産まれた子となったらなおさら……柳さんを守りたいというよりも、私は柳さんの子供を守りたい」

       

      柳さんだけならどうでもいいっちゃいいですと猗鈴が言うと、真珠ははぁとため息をついて手に込めた力を緩めた。

       

      「……建物出たら私逃げるから、疲れてるから今は見逃しとくわ」

       

      「それでいいです。逃すつもりはありませんし」

       

      美園姉妹のその当たり前みたいな面嫌い、と真珠は悪態を吐いたが、為されるがままに運ばれて行く。

       

      そうして、真珠を抱いたまま猗鈴が上の階へと向かうと、織田が建物内をやたらめったらに殴りつけているところだった。トループモンを産み出していた装置も半壊していて、粘度のある液体が吹き出して床一面に広がり、猗鈴の足を濡らしていた。

       

      「……どういう状況よ、メモリは?」

       

      猗鈴の方に織田の視線が向くと、一瞬目を見開いたあと、冷静にそう聞いてきた。

       

      「メモリはなかった。私が知っている建物からはメモリ引き上げさせてるらしい」

       

      「……そいつは殴っていいの? それとも味方なの?」

       

      「味方ではないですけど、柳さんのお腹の中の子供まで殺されない様にと」

       

      猗鈴の言葉を聞いて、なるほどと少し天を仰いだ後、織田は左手の鉄爪を熱で赤く光らせながら猗鈴に向けて振るった。

       

      「つまり、ここまでは勝手に死にかけを助けてくれたってことでしょ? ご苦労様」

       

      猗鈴はその爪から真珠を庇う様に腕を上げ、代わりにその攻撃をすねでガードした。

       

      片足では威力に耐え切れず、少しふらついた猗鈴の腕から飛んで離れた真珠は、ちょっと織田から離れたところに着地した。

       

      「近づけない程弱ってるの?」

       

      「……万一殴られたりしたらやばいかもぐらいにはね」

       

      でもそれ守りにくいと言うと、織田はメタルグレイモンの巨体で一歩真珠の方に近づくと、鉄爪のついてない右手で真珠を鷲掴みにした。

       

      「ちょっ!?」

       

      そして、胸のハッチを開けてミサイルを露わにした。

       

      「じゃあ、建物ごと吹っ飛んでいいわよ」

       

      そう織田が口にしながら猗鈴に向き直ると、目を真っ直ぐ狙って剣を投擲する猗鈴の姿が目に映った。

       

      目に突き刺さらないようにと鉄爪のついた左手で織田が剣を弾くと、猗鈴はそれをジャンプして掴み取り織田の太腿へと突き刺した。

       

      「がぁっ!?」

       

      『レッジストレイド』

       

      セイバーハックモンメモリを押し込みながら跳躍すると、猗鈴は姿勢を崩した織田の二の腕を飛び蹴りで切断した。

       

      『ブランチドレイン』

       

      「助けたいとは言いましたが、逃すとは言ってないんです」

       

      掴まれた腕ごと地面に落ちる真珠を尻目に、猗鈴は地面につくと間髪入れずに織田の頭の高さまで飛び上がった。

       

      「ざっけんなァッ!」

       

      織田は胸の砲口からビームを噴き出して無理矢理自分の身体を跳ね上げて猗鈴の蹴りを避けると、残った左腕の爪を猗鈴の腹を目掛けて突き出した。

       

      それが刺さらない様に猗鈴は咄嗟に手で掴んだが、足場も無い為に簡単に壁まで弾き飛ばされる。

       

      壁に足をつけて勢いを殺し、地面にストンと降り立つ。

       

      不意に、床に穴が開き、右腕にガトリングガン、胸に砲台、左腕に鉄爪、背中に一対の円形のタービンをつけた公竜が飛んで現れた。

       

      「……なるほど、奪い合いになった訳ですか」

       

      着地すると、公竜はそう小さく呟いた。公竜から見た場合、織田も猗鈴も一定の利害が一致する関係である。

       

      「とはいえ、こちらも多少頭が冷えました」

       

      公竜は右腕を織田に向けるとガトリングガンを顔に向けて連射した。

       

      完全体の装甲に、公竜のガトリングガンはメフィスモンの時にそうだった様に刺さりはしないが、爆発の光で視界は塞がれ爆発の勢いに織田は気を抜くと顔が振り回されそうになった。

       

      「野放しにするぐらいならば、保護された方が幾分マシです。その後介入する事もできますし」

       

      公竜の言葉に、猗鈴は反論せずに真珠の元へと走ると、握りっぱなしになったメタルグレイモンの手を解いた。

       

      真珠は、もうほとんど人の姿に戻っていて、猗鈴があっさりと手を解いたのを見て、人の姿に戻った自分の手を見て、泣きそうな顔をした。

       

      「……立てますか?」

       

      猗鈴の差し伸べた手に、真珠はきっと目を細めた後弱々しく払いのけ、立ちあがろうとして膝から崩れた。

       

      「メモリの力が出ない……?」

       

      『まずいよ猗鈴さん。やなパーの消耗が早い! 戦ってる場合じゃないよ!』

       

      「メフィスモンの……メフィスモンの力、なんで出ないの、見限ったの……? 私を、メフィスモンが……?」

       

      項垂れながらそう呟く真珠に、猗鈴は違いますからと声をかけて抱き上げた。

       

      すると、真珠は猗鈴のことをじろりと見たが、何も言わずにボロボロと泣きながら、メフィスモンメモリのボタンをカチカチと押し続ける。

       

      「……私、私とメフィスモンならなんでもやれるって……なのに、どうしてこんな……屈辱的な……メフィスモン、どうして反応しないの……」

       

      しかし、どれだけボタンを押しても音声は流れてこない。猗鈴はメモリを取り上げもせずただそのまま建物の外へと走り出した。

       

      『猗鈴さん、建物から出たらそのまま正面につけている大西さんのところへ、救急車を手配してる!』

       

      わかりましたと頷いて、猗鈴が建物の外に出ると救急車はすぐに見つかった。

       

      真珠を救急車の中まで運び込みベッドの上に寝かせると、ふとその手からメフィスモンのメモリが落ちた。

       

      猗鈴がそれを拾おうとすると、一人の女性救急隊員が代わりにそれを拾った。

       

      「それは危険なものなので、こっちに……」

       

      その言葉を聞いて、その女性救急隊員は少し首を傾げるとそれを真珠の元へ置いた。

       

      「……こちらで処理するので」

       

      猗鈴が手を伸ばすと、その救急隊員は猗鈴の手をパシと叩き落として、すっと猗鈴の胸元へと手を伸ばした。

       

      すると、パキパキと音を立てて猗鈴の胸元が水晶に覆われ始めた。

       

      「なっ……」

       

      猗鈴が救急車から飛び出て距離を取ると、その女性救急隊員も降りて、救急車の扉を閉めた。すると、救急車は走り出してしまった。

       

      「柳さんをどうするつもりですか、大西さんは……」

       

      猗鈴が真っ直ぐその隊員を睨むと、その女はヘルメットを脱ぎ捨てて猗鈴の目を紫がかった黒い目でじっと見返した。

       

      「私はそもそも彼女に復讐を助けてって頼まれた協力者だし、彼はそこのパトカーの中」

       

      女は楽しそうにそう言って笑った。

       

      「あなた、私の目を見たわね」

       

      瞬間、猗鈴の視界が血液でも垂らした様に端からじわじわと赤く染まり始めた。

       

      動悸が激しくなり、赤くなった視界の焦点は合わず、言うことを聞かない身体に猗鈴はその場で胸を押さえて倒れ込んだ。

       

      「……んー、堕とせない。あなた耐性ある子なのね。過去の最悪の記憶をフラッシュバックさせるぐらいしかできないなんて、人間の身体だから仕方ないとはいえ少しショックだわ」

       

      そんな彼女の言葉は最早ほとんど猗鈴の耳には届いていなかった。

       

      道端で死んでいる姉がいた。

       

      腕は寒さに耐えるかのように身体を抱き死んでいた。

       

      ヒールを履いていつも猗鈴よりも高かった姉が、猗鈴にはできないことを色々する姉が、軽率なところとか少し嫌いなところまで含めて大好きだった、愛していた姉が死んでいた。

       

      丸まって亡くなっている姿は記憶の中の姉に比べてあまりに小さく、猗鈴の心をかき乱した。

       

      ふと、場面が変わって姉の死体は棺に収まっていた。生きていた時の様に化粧がされても冷たい身体、それを、猗鈴はどう受け止めればいいかわからずに火葬場まで見送った。

       

      火があった。

       

      姉の身体を焼く火があった。そして、また場面が変わった。

       

      燃えているのは、猗鈴の幸せだった。まだ小学生の姉が猗鈴の手を引いて火の中から連れ出そうとしていた。

       

      でも、猗鈴の目は火の奥に向けられていた。じっと見ていた、そこにあるものをじっとじっと見ていた。

       

      泣きじゃくり、嗚咽し、泣きながら猗鈴を火から逃そうとする姉を困らせながら、猗鈴は火の奥を見ていた。目がどうしても離せなかった。そこに救いはないとわかっても。

       

       

       

       

       

       

       

      一方の公竜は、猗鈴がその場を去ると、マシンガンを撃ちながらダイヤルを回した。

       

      『タンクモン』『ハイパーキャノン』

       

      音声が鳴ると公竜の胸の砲口に光が集まり、一個のミサイルとなって発射される。

       

      「そんなの……ッ」

       

      それを避けようと、織田はがむしゃらに脚を動かそうとする。しかし、不意に飛んできた弾に足の指を撃たれてバランスを崩して倒れた。

       

      「避けられちゃ困りますよ」

       

      鳥羽が煙がまだ出ている銃を構えて笑った顔が、ミサイルの直撃する前に織田の見た最後の映像だった。

       

      「あ、きゃあああッ!!」

       

      爆発が晴れると、床に倒れた織田のメタルグレイモンの身体には幾重にもノイズが走る様になっていた。

       

      それを確認して、公竜は胸の砲口を消すと、自身の胸についた檻の扉の様な意匠の鍵穴に指を入れて開いた。

       

      そこには虚な穴が空いており、織田のメタルグレイモンの身体はノイズがかかった場所から人間の身体だけを残して吸い込まれていき、それも終わるとパキンと音を立ててメモリが壊れて転がった。

       

      「……腕が治ってるのは何故だ」

       

      「説明書によると、人間体に欠損があったら破壊するメモリのリソースを使って欠損を修復する様に再構成してから、メモリを破壊する様に作られているらしいです」

       

      鳥羽が懐から取り出した冊子を見ながらそう言うと、なるほどと公竜は頷いて壊れたメモリを拾い鳥羽に渡した。

       

      「脱出だ、この建物はもう保たない」

       

      気絶した織田を抱えて公竜達が建物から出ると、少し遅れて建物が爆発して崩れていった。

       

      そして、パトカーの集まっている辺りまで二人は行こうとして、その手前で変身が解けた状態で倒れている猗鈴に気づいた。

       

      『猗鈴さん!? 応答して!! 何が起きたの!!』

       

      猗鈴の持っている通信機からそう盛実の声が響く、それを見て、公竜は鳥羽に織田を預けた。

       

      「大西さん、そこに倒れている彼女に何が……」

       

      そして、すぐそばに止まっていたパトカーの側に立っていた大西の方へと小走りで近づいていき、その肩を掴んで自分の方を振り向かせ、そのまま固まった。

       

      大西の目は虚で、立ってこそいるものの意思らしい意思が感じられない状態だった。

       

      公竜が思わず手を離すと、大西はその場にくにゃりと倒れた。

       

      「なん……」

       

      「公竜さん、他の人達も同じ感じです。多分なんらかの催眠か洗脳、それの待機状態です。無力化だけして去っていった。みたいな感じ」

       

      「……そうか。命に別状がないならとりあえず病院かどこかに連れて行こう。救急車を改めて要請する」

       

      そう言って公竜が携帯を取り出すと、また、猗鈴の通信機から盛実の声が響いてきた。

       

      『すみませーん、それなら今ちょうどいいのがそっち着きまーす』

       

      「ちょうどいいの?」

       

      鳥羽が復唱すると、それはすぐにやってきた。

       

      乗用車二台いくかいかないかの幅と三メートル近い高さを持つ明らかに通常の車両とは異なるが、重機ともまた異なる車両はビルのすぐ前に止まると、その屋根がガパッと開いて見た目相応の空間が現れた。

       

      「……ちなみに、車検とかは。あと、武器を積んでいたりしないでしょうね」

       

      公竜の言葉に、盛実は少しの時間沈黙した。

       

      『そんなことより! ここから大人数連れ出すことが大事! だと!思います!』

       

      「……鳥羽、消防と警察に連絡を」

       

      「あー……はい、そうですね。つまり、私達は違反車両なんて何も見ていない。というやつですね」

       

      「……これは全く関係ない話ですが、少々感情的になって、美園さんにはひどく迷惑かけましたし」

       

      『あー……はい、恐れ入ります』

       

      かっこいいんだけどなぁと盛実は小さく呟いたが、公竜と鳥羽はその発言を無視して装甲車をいないものとして扱った。

       

       

       

       

       

       

       

      そうして事件は、真珠の逃走こそゆるしたもののひとまず収束したかの様に思われた。

       

      しかし、織田が目を覚ますと事態は一変した。

       

      「お兄ちゃんって誰ッ!? 私、私は一人っ子で……なんで、なんで私あんなことを……ッ!?」

       

      「織田さーん。落ち着いてくださーい、焦らずゆっくり深呼吸してくださーい」

       

      ベッドの上で急に叫び出した織田に、看護師がそうゆっくりと声をかける。

       

      それを見て、天青はすぐには状況が飲み込めなかった。

       

      「これは、どういうことなんですか、大西さん」

       

      「……本人の言う通りだ。あの女の子に兄はいねぇ、兄がいると思い込まされていた。催眠とか洗脳とかそういうやつだ」

       

      戸籍とか家族、周囲の人間にも聞き込みをした。大西はそう言ってバツが悪そうに頭をボリボリとかいた。

       

      「家族曰く、思い込みは強い子だったらしいが……自己暗示で実際に存在する組織の幹部が兄として急に生えてくるとは思えない」

       

      これもデジモンの能力ってわけだと大西は言った。

       

      「つまり、誰かが彼女に偽りの記憶を植え付けてメモリを渡し、柳の協力者に仕立て上げた」

       

      それを聞いて、天青は猗鈴の状態に思いを馳せた。

       

      天青はすでに、目を覚ました猗鈴から目を見ただけで猗鈴を昏倒させた救急隊員の姿の誰かの話は聞いていた。

       

      天青自身は後のことを考えれば戦えない。しかし、果たして猗鈴はどこまで正気なのか。猗鈴が自覚なく洗脳されていることも全く考えられないわけではない。そらは大西や他の警察官達も同じ。

       

      「猗鈴さんについて、本格的に調べるべき時が来たかもしれない」

       

      天青はそう口にして、織田の病室を後にした。

       

       

       

       

       

      あとがき

       

      一週間空いてのドレのこ更新でございます。と、いうわけである意味ホラー回でございました。ね、怖いですね。

       

      ということで簡単ではありましたが、また来週会えましたらよろしくお願いします。

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    • #3893

       ホラーと言ったら割と毎回ホラーなのでは。
       伊達さんじゃねえか!! とツッコんだ懐かしき日の記憶が蘇りましたが、読み返してみればマジで伊達さんでした。立ち位置は照井警視なのにブレストキャノンシュート! ハァー! を言いそうなレベルで伊達さん。合体用のリボルギャリー用意していたマスターと博士悶絶。
       開幕冒頭の台詞で死の危険があると見せかけて最後冷静に助けに来る鳥羽さんの勇姿。この時点で「実は有能!?」と警戒していましたがまさにまさにである。
       
       兄と同じように片腕落とされた!? 何ィ人間に戻ると片腕治るの!? そもそも兄妹じゃなかったの!? の波状攻撃。やなパー氏の爆弾発言を過去とする展開、やなパー女史の独白もこの世界観にあって珍しく“個”のデジモンとの結びつきを大事にしたい、手放したくないというある種でデジモンとテイマー(選ばれし子供)にも似た切実なものでしたが。いやしかしご懐妊ってことはつまりry
       
       そしてこれまで既に戦士として完成され過ぎていた猗鈴サンの過去にようやく掘り下げ展開が来た!

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