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トピック
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雨が降っている。
ぽたぽたと。
はらはらと。
しくしくと。
幼子達が泣いている。色とりどりの花を抱えながら、彼の元へ。そこには一人の騎士が横たわっていた。清廉された白い鎧は目も当てられないほど壊れ、身を覆うほどのマントはどこかへ飛んで行ってしまった。右の砲身は見るも無残に砕けており、左の剣も途中で虚しく折れている。
それを隠すように、幼子達は花々を置いていく。
あっという間に彼の体は花の山に埋め尽くされた。それは、まるで花のブランケットのようにも見えるし、美しい墓標のようにも見えた。花弁の感触をその身で感じながら、丁度いい、と彼は息を吐いた。──これから私は深い眠りに入るのだから。
体は既に限界を迎えていた。もはや目に映るもの全て、その輪郭までしか捉えることしか出来ない。
気が抜けば簡単に手放してしまう意識を、なんとか留まらせる。幼い子供達の前で死ぬのは、いささか抵抗があったからだ。
恐らく最後であろう幼子が、涙ながらに頭を下げて言う。
「たすけてくれて、ありがとう!」
「──────────!」本来であれば、この瞳には何も映らないというのに。
最後にその子が浮かべた笑顔だけが、妙にハッキリと目に焼き付く。
名前を呼ばれて去っていく幼子。その姿から、彼はある子供の面影を見た。(嗚呼、そうだ……あの子、は)
無事に帰れただろうか。
振り向かずに、まっすぐ、自分の家に帰れただろうか。
あの子は目を離すと、すぐに迷子になってしまうから──。
それだけが、いつも気がかりだった。———————
01:騎士の卵と迷い子
———————「ツムギ、どこにいるのだーッ!?」
華やかな街中で轟く一つの声。
いきなりの大声に驚いた通行人たちが足を止めて、声の主を探す。小さくも大きく張り上げられた声の主は、行き交う人外達の足元から聞こえてきた。
まるで子供が作った工作のような見た目に、落書き程度のクオリティを持つ顔。背中には背丈ほどのペンを背負っている。小さな体で、街中をせわしく駆け巡る姿は傍から見れば、なんとも愛くるしい。
『オメカモン』という名前を持つ彼は当然ながらヒトではない。デジタルモンスター(通称・デジモン)と呼称される生き物だ。
彼ら──デジモンに性別という概念はないが、便宜上──は姿形が様々だ。他にも小さな恐竜の姿をしているものや四足歩行の獣型、挙句には形容しがたいが見た目は愛らしいほ乳類型など、多種多様な姿形をしたモノ達が多い。中には明らかにほ乳類系とはかけ離れた、機械じみた体を持つ者もいる。
だが、それ以上に特に目立つ存在がいる。それが〝人間〟だ。「ツムギー!」
オメカモンは現在進行形で、一人の人間の子どもを探していた。
様々な異形(デジモン)達が絶え間なく行き交う、こんな大所帯の中で。
煉瓦造りの建物が均等に並び立つ町の中。実際は、そんな町の風景を模したテーマパークの中である。似たような外観を持つ建物が多いから、確かに迷子になりやすいかもしれない。「ツームーギーッ!!」
とはいえ、たった数秒、目を離しただけで、姿かたちも見当たらないとは。
オメカモンはふと自分に向けられている幾つかの視線に気づいた。
それもそうだ。本来であれば楽しい声がいっぱいであるはずのこの場に、切羽詰まった声が邪魔をしているのだから。当然、胡乱気な視線を向けられる。
しかしオメカモンはこれ幸いと近くにいたデジモン──コエモンに近づいて、すかさず尋ねる。「すまぬがニンゲンの子どもを見なかったか!?」
「えっ!? に、ニンゲン? ニンゲンって〝あの〟?」コエモンが目を丸くさせて聞き返す。吾輩は大きく頷いた。
「そうだ、そのニンゲンの子どもだ!」
「知らないなー。それ、ホントにニンゲン? 似たようなデジモンじゃなくて?」
「ホントにニンゲンなのだ!」コエモンが疑うのも当然だった。
まずデジモン達が住むこの世界『デジタルワールド』にはヒトの姿を模したデジモンはいれど、純正な人間など一人もいない。
彼らが人間という存在を知っているのはデジタルワールド自体が人間が住む世界の隣。いや、影というべきか。どちにらにしろ、近しい距離に二つの世界は存在している。
元よりデジタルワールドが創造された切っ掛けは人間達にある。彼らは自分達が使う電子を介して、デジタルワールドの土地の拡大や新しいデジモン達の発見などに貢献しているのだ。
その為か、デジモン達は一方的だが人間の事を知っている。それこそ、こういったテーマパークや元となった街並みなどは、元後言えば人間の世界にあるものを参考に再現しているに過ぎない。他にも食文化や生活なども人間のマネをして、屋根のある家で住み着いたり、自分で料理をするデジモンは多い。
そういった情報をどこで知るのかというと、蜃気楼として映し出される。なんとも現実味のない話だと思うが、デジタルワールド(ココ)では当たり前のように起きる現象の一つだ。主に目撃されるのが水場だとか。
故にデジモン達はみな、その映像に映し出されている人間のことを自然と目にするので、存在は認知しているという訳だ。
オメカモンはそのあとも、目が合ったデジモン達に聞いて回る。しかし、見たと答える者は誰もいなかった。
オメカモンはがっくりと項垂れていると、──ピンポンパンポーン。園内にあるスピーカーから軽快な音楽が流れた。
どうせアトラクションの時間案内だろう。オメカモンはそう思い、スピーカーに背を向けて歩き出そうとした。『迷子のお知らせです。ニンゲンの子供・ツムギちゃんが、保護者の方をお待ちです。お心当たりのあるデジモンは、迷子センターまでお越しください。繰り返します──』
アウンスを背後に、オメカモンは近くにいた、スタッフであろうデジモンに近づくと、おもむろに問いかける。
「迷子センターとやらは、どこにあるのだ?」
◇
「ツムギー!! あれほど吾輩から離れるなと言ったではないかー!!」
オメカモンは文字通り、迷子センターまで吹っ飛んできた。
はぐれた場所から少し離れた場所だったので、着くのに少し時間がかかってしまった。とはいえ、当人は元気な様子で安心した。「オメカモン、見てみて、もらったのー!」
目の前にいる子どもは無邪気に笑って、持っていたジュースやらお菓子やらを見せてくる。どうやら丁重なおもてなしを受けたようだ。
この子はツムギ。何度も言うように人間の子どもだ。オメカモンとほぼ同じくらいの背丈──と言いたいところだが、ツムギの方がほんの少しばかり大きい。(何はともあれ、無事でよかった)
オメカモンは心底安堵した。同時に疲労感が一気に押し寄せてきた。たまらず、その場にぐったりと座り込む。
「どうしたの、オメカモン。疲れちゃった? ジュースいる?」
「まあ、うむ……お言葉に甘えて、貰おう」ツムギから渡されたジュースを一口飲む。落書きのような見た目でも飲食は可能なのだ。
チラッとツムギを見ると、当人はけろっとした顔で自分を見ている。この子には迷子になったという自覚はないのか。(まあ、見つかったから良しとしよう。見たところ、怪我もなさそうなのだ)
「良かったね、ツムギちゃん。保護者のデジモンが迎えに来てくれて」迷子センター担当のデジモンがツムギの頭をよしよし、と撫でる。
「うん、ありがとう、シューシューモン!」
「うむ、この度はツムギがお世話になったのだ」ツムギとオメカモンはお礼を言い、共に迷子センターをあとにした。
「オメカモン、わたしのことを探してくれたの?」
「うむ、迷子のお知らせを聞くまで、探しておったぞ。当然ではないか!」
「心配した?」
「当たり前であろう?」
「そっか、心配かけてごめんね」申し訳なさそうに俯くツムギ。オメガモンは優しく声をかけながら、その頭を撫でる。
「ツムギが無事であれば良いのだ。そなたを無事に家に送り届けるのが、吾輩の使命であるからな」
彼らの出会いは突然だった。
端的に言えば空から降ってきたのだ。まさか子供が降ってくるなんて誰が予想出来ようか。『すごい! お人形がしゃべってる!』
オメカモンの上に落下してきた子供は開口一番、そう言ってきた。
突然現れた人間の子供、聞けば帰り道はわからないという。空から降って落ちてきたのだから当然といえば当然である。「あの時、吾輩は心に決めたのだ。そう決めたからには、吾輩は責任をもってそなたを家まで届けなければならぬのだ。ここはそなたにとっては左も右もわからぬ土地。いつ、どこで悪いデジモンが襲ってくるか分からぬ故、吾輩から離れてはならぬぞ、ツムギ──って、おらん!?」
傍らにいたはずの子どもの姿は、ほんの少し目を離しただけで、あっというまに消えていた。会ってから今まで、何度こういったやり取りを繰り返したことか。
特にここは多くのデジモン達が行き交うテーマパークだ。種類豊富なアトラクションもそうだが、売店もそれなりに軒を連ねている。一日だけで回り切れるとは到底思えない。小規模なエリアを丸ごと娯楽施設としたここは、もはや一つの巨大な街であり、小さな国であった。
こんな所で、もう一度迷子を捜すのは正直心が折れる。
だが、とオメカモンは何処か得意気に笑む。(無意味にツムギと共に過ごしていた訳ではない。あの子の言動はなんとなーく分かるようになってきたのだ)
先ほどとは違い、明らかに目的地が分かった上で歩を進める。
「あ、オメカモン!」
予想していた通り、ツムギはとある建物の前にいた。建物の前には、ずらりと多くのデジモン達が列を成して並んでいる。よほど人気なアトラクションなのだろう。
子供というのは好奇心で動くものだが、同時に好奇心で止まるものである。「ここにいたのかツムギ! 言ったそばから吾輩から離れるとは、なんたることか!」
「ねえオメカモン、色んなデジモン達が並んでるけど、ここってなあに?」ツムギは自分達の前に並んでいるデジモン達の列を指して尋ねる。
「む、ここは……はて、なんのアトラクションなのだろうか」
「並んでみたら、わかるかな?」チラッとツムギの横顔を見る。キラキラと輝いている目は何かを期待している証拠だった。
ふむ、とオメカモンは最後尾に並んでいるデジモン──アンゴラモンに声をかける。「すまぬが、ここは何のアトラクションなのだ?」
「ここは劇場型のアトラクションだよ。乗り物に乗って、劇を楽しむんだ!」答えてくれたアンゴラモンはやや興奮気味にそう答えてくれた。
「ふむ、劇とな」
「どんな劇をやるの? ここにもシンデレラや白雪姫みたいな話があるの?」
「わっ、ビックリした! なにかと思ったらニンゲンだった!」アンゴラモンはツムギを見て驚いたが、特に興味を示すことなく、あっさりと話題を戻す。
「えーと、そのシンデレラとか、シラユキヒメ? とかっていうのは知らないけどさ、デジタルワールドで知らないデジモンはいないくらい有名な話をするのさ!──って、ニンゲンは知らないか」
ツムギはまだ分からず首を傾げている。対し、オメカモンはその話を聞いてピンッときた。なるほど、あの話か。
「どうだ、ツムギ。並んでみるか?」
聞くとツムギは「うん!」と嬉しそうに大きく頷いた。
「どんなお話か気になる!」
「うむ、きっとツムギが楽しめるような話なのだ」
「どんなお話なの? オメカモンは知ってるの?」
「それは──」オメカモンはちょっとだけ悪戯っぽく笑いを含んだ声で続ける。
「入ってからのお楽しみなのだ」
◇
長い行列を経て、ようやくオメカモンとツムギの番が回って来た。
「次の方、どうぞ」
「二人、なのだ」言うと受付を担当していたデジモン・トゲモンが二人を見て「はい」と頷いた。案内役のデジモン・リリモンを呼び、彼らを建物の中へ案内する。
扉代わりの分厚いカーテンをくぐって建物の中に入る。そこからは一寸先も見えぬほどの闇が支配していた。そういえば元々建物には窓がなかったことを思い出すオメカモン。(まさか、この中を歩くのか?)
そう思っていたら、不意にリリモンが軽々とオメカモンを持ち上げた。次いで椅子のようなものに座らせる。
「身を乗り出さないようにして、しっかりと掴まっててくださいね」
カチャカチャと何やら金属音がしたと思うと、腰にベルトが回されて体を固定される。
次いでリリモンはツムギを持ち上げると、オメカモンの隣にストンと座らせて同じように体を固定させる。
暗くてよく見えないが、なにやら乗り物のようなモノに乗っているらしい。
座席に敷かれているのと同じ柔らかいクッションが背もたれにもあった。少しだけ背を預けると、あっという間に全身を包み込んでくれる。恐らく長時間座っていても辛くならない為のものだろう。
椅子自体はそこそこに大きかった。それこそ大きなデジモンが乗っても壊れないと思えるほど丈夫そうに出来ている。
横幅は小柄なオメカモンと小さなツムギが並んで座っていても、同じ体格であればあと二人分ほどの余白がある。
座っても窮屈に感じないように、前方には何も遮るものは無い。腰に巻かれたベルトで動きを制限したのは、倒れない為の予防策のようだ。「では、じっくりとご観劇下さい」
リリモンはそう言って一礼すると、分厚いカーテンを下ろした。
これで一面、真っ暗闇となった。
深い闇に怯えたのか、ツムギがオメカモンの腕を握る。「真っ暗だよ。ホントにここ、アトラクションなの?」
ツムギの口から出た言葉にオメカモンは内心首を傾げた。
パーク内に作られたアトラクションはみな例外なく人間の世界から取り入れたモノばかりだ。現にツムギは、ここ以外のアトラクションには「テレビで見た事がある!」と興奮気味に教えてくれた。だから、てっきりここもどういったギミックを持つアトラクションなのか、知っているのかと思っていた。(……暗いから、不安が勝ったのかもしれんな)
そう思い、ツムギの手をポンポンと撫でる。
オメカモンの手はUの字型になっている。なので、掴むことは可能だがツムギのように握ったりするのは少し難しい。「心配するな、ツムギよ。なにがあっても、吾輩が守るぞ」
キリッとした顔で恰好をつける。──というのが理想的だが、落書きめいた顔では、上手く恰好がついたかどうか怪しいものである。
それでも、ツムギは安心したようにうん、と笑ってくれた。
ほ、とオメカモンが胸を撫で下ろしていると、ガコン、と乗り物が動き出す。暗いので分からなかったが、どうやら椅子の脚部分には車輪がついているようだ。
どこからともなく本の頁をめくる音と共に、二人の目の前に巨大な本が顕れる。本物の本ではなく、立体映像から成る虚像だ。『昔々、デジタルワールドに悪い竜がいました』
その言葉に呼応するように本から赤くて禍々しい雰囲気を持つ竜型のデジモンが出現する。こちらも先ほどの本と同様で実物ではない。
『メギドラモンという悪い竜は、とてもとても食いしん坊で、デジタルワールドをバクバク食べていきます』
ナレーションの言葉に合わせて、邪竜が大地を食べていく。
映像と分かっていても、息を呑んでしまうくらい迫力がある。隣からツムギの小さな悲鳴が聞こえた。
やがてメギドラモンの前に、複数のデジモン達が立ちはだかるシルエットが浮かび上がった。しかし、相手が一度咆哮すると、怯えて次々と逃げてしまう。『メギドラモンは、とても強いデジモンなので普通のデジモンでは太刀打ちできません。「大変だ! このままじゃ、デジタルワールドがなくなっちゃう!」デジモン達は、とても困っていました』
小さなデジモン達は恐らく幼年期くらいだろうか。ぴょんぴょん跳ねるだけの影とはいえ、それだけで慌てているのが分かる。
『「私がメギドラモンを倒そう」──そう言って、一体の騎士デジモンが立ち上がりました』
赤いマントが翻り、騎士デジモンが姿を現す。身に纏った鎧はシンプルなデザインなのに神々しさを感じる。右には狼の砲身、左には竜の刃を持つ、彼こそは。
『そのデジモンの名前は、オメガモンといいました』
オメカモンは思わず身を乗り出しそうになるのをぐっと堪えた。
彼こそが、我が憧れ。自分が目指すべき、騎士道の頂。──オメガモン。『オメガモンは、とても強いデジモンでした。みんなを困らせるメギドラモンに、勇敢に立ち向かいました。何度も、何度も、何度も。戦って、戦って、戦って』
炎を吐くメギドラモン。対し、オメガモンは刃を振るい、砲身から氷の砲弾を放つ。
その戦っている様が、まるで実際に眼前で繰り広げられているように観える。『そして、オメガモンはついにメギドラモンを倒したのです』
メキドラモンが雄叫びを上げながら、倒れていく。
『でも、深く傷ついたオメガモンも倒れてしまいます』
説明の通り、騎士もまたゆっくりと、その態勢を崩す。彼の白い鎧もマントもボロボロで、竜の刃は折れ、狼の砲身も割れてしまっている。
倒れた彼の傍に、小さなデジモン達が集まりだす。『デジモン達は悲しみました。オメガモンはとてもとても強く、同時にとてもとても優しいデジモンだったからです。デジモン達は、オメガモンにたくさんのお花を贈りました』
デジモン達が贈ったと思われる花が、パラパラと雨のように降り注ぐ。
『赤と青、黄色に緑、紫や白』
花が彼の全身を覆う。それは墓標にも、花のブランケットにも見えた。
『色とりどりのお花を抱えて、オメガモンは深い深い眠りについたのです』
そっと閉じられる、碧眼。
今、世界を救った騎士が眠りについた。
次の瞬間、本の一頁として映像が切り替わる。『デジモン達は忘れません。オメガモンの勇姿を』
最後の一言と共に、再び音を立てて巨大な本がそっと閉じる。
『デジタルワールドを救った、騎士の物語を。これからも、ずっと語り継いでいくことでしょう──』
◇
「カッコよかったね!」
劇場から出てもツムギは、興奮が冷めない様子でそう言った。
それにはオメカモンも同じ気持ちだった。口伝しか耳に入らぬ昔話をこうした形で観るのは色々と感慨深い。「オメカモン、あのお話に出てたんだー! だから騎士なんだね!」
ツムギの言葉にオメカモンは首を傾げた。確かに騎士を志した理由はオメガモンにあるが。はて、自分はツムギにその話をしただろうか。
「あれ、でもオメカモン、マントしてないね? どうして?」
ここで、ようやく合点が一致した。この子は作中に出てきた騎士のモデルが自分だと思っているらしい。
「違うぞツムギよ。出てきたデジモンは『オメガモン』だ」
訂正すると相手は更に目を丸くさせた。
「オメカモンじゃないの? 見た目も似てるのに?」
「この姿は彼をマネてるから、似ていて当然なのだ」
「どうしてマネをしてるの?」
「……吾輩には、何もなかったからな」誰かに自分のことを話すのは、少しばかり抵抗がある。身の上話を言いふらしている気がするからだ。
「吾輩には記憶どころか、顔さえも無かった。デジモンとは本来、タマゴから生まれる。そこから幼年期、成長期と進化を経て成長する。でも、吾輩は生まれたときから……いや、タマゴから生まれたのかさえ怪しくてな。なにせ、気づいたら、この姿だったのだ」
外見でよく成長期デジモンと間違えられるが、こう見ても一つ上の成熟期。
なのに幼年期の記憶も、成長期の経験も無かった。虚ろな自分の手にあったのは、様々な色を備えた身丈ほどのペン一つ。「自分が何者か分からないまま、長らく旅をしていた。そんな時に、あの昔話を知ったのだ。吾輩は思った。みなと違う生まれだからこそ、みなの為に尽くすべきだと! それが吾輩の生まれた意味であると!」
だから、かの騎士の姿をマネをし始めたのだ。
不慣れな手付きで顔を書き、拾ってきた紙に竜と狼を模した頭を作った。これで最低限の身なりだけはオメガモンらしく整えることは出来たのだ。「トレードマークであるマントだけは手に入らなかったのが、少し悔しいところだな」
そう言うと、ツムギがおもむろに自分の上着を脱ぎ始めた。
これにはさすがのオメカモンもぎょっとして、慌てて止める。「つ、ツムギ、なにを……!」
彼の言葉など無視して、脱いだ薄い上着をオメカモンに着せようとする。いくら似たような身長とはいえ人間とデジモンでは体の形が違うし、肩の装飾品があるから着れるはずもない。
「ツムギ、吾輩は着れぬぞ。それに、吾輩は別に寒い訳では──」
「はい、出来た」ツムギの手が離れる。言葉から服を着せるのを諦めた訳ではないのが分かった。
オメカモンはそっと自分の首元に触れてみる。なにか結んだような感触があった。「お、お?」
くるっとその場で身を翻してみると視界の端で白い布が見えた。ツムギが着せようとした上着だ。その裾がオメカモンの動きに合わせて風になびく。まるでマントのように。
「鏡がないから、ちょっと分かりづらいね。でも、オメカモン、よく似合ってる!」
そう言って満足げに微笑むツムギ。
この子は自分の服をマントに見立てて、自分に着けてくれたのだ。色も丁度白だし、丈もオメカモンの足元くらいある。気を付けて歩かねば汚れてしまう。「よ、良いのかツムギ。これでは、そなたが……」
「うん、いいの。えーと……あ! 助けてくれた、お礼?」
「礼などいらぬ。吾輩は当然のことをしたまでなのだ」
「だーめ。わたしはお礼がしたいの。オメカモンにマントあげたいの!」たぶんお礼というのは建前で、本音はマントをあげる事なのだろう。
オメカモンは困ったように手で自分の頬を撫でた。有り難いが、このまま素直に受け取る訳にはいかない。だが、こうなってくるとツムギは何を言っても引き下がらない。
少し間を空けて、ポンッと手を叩くオメカモン。「ツムギよ、お礼としてマントをくれるなら、それは気が早いぞ。吾輩はまだそなたを家に帰してないからな」
するとツムギの表情が徐々に曇っていく。
うっ、とオメカモンは罪悪感に一瞬、言葉を詰まらせるも、何とかその続きを口にする。「しかし、家に帰るまで預かってほしいというならば、話は別なのだ」
ツムギの表情が一拍の間を置いてのち、パァッと明るくなった。
「うん! わたしが帰るまで、オメカモンがそのカーディガン、預かっててね! それ、結構お気に入りなんだから!」
嬉しそうに笑うツムギを見て、オメカモンはそっと胸を撫で下ろす。言葉の意図を分かってくれたようで良かった。
オメカモンは改めて自分の首元の結び目に触れる。憧れの騎士に一歩近づいたような気持ちになる。そう思うと、小さく笑みを零した。「あ、オメカモン、今笑ったでしょう?」
「う、うむ、よくわかったなツムギ」気恥ずかしさをごまかすようにオメカモンが聞くと、ツムギはキョトンとした顔を浮かべた。次いで「わかるよー」と表情を綻ばせて答える。
「だってオメカモン、分かりやすいもんー」
「そ、そうだろうか?」言われ、自分の顔をむにむにと触ってみるオメカモン。
自分は思ったことや感じたことが顔に出やすいと思っている。しかし、所詮は落書き程度の顔。分かりづらいはずだ。「そういうツムギも分かりやすいぞ?」
「そう、かな?」
「うむ。今、すごく楽しいのであろう? 今まではデジタルワールドにあるもの全てが真新しく新鮮といった感じだったが、今は心の底から楽しそうなのだ!」すると、ツムギは大きい目を更に大きくさせて丸くする。なにか驚いたような反応に、今度はオメカモンが目を丸くさせた。
「どうした? なにか、変なことを言ってしまったか?」
ううん、と首を左右に振るツムギ。
「オメカモン、すごいなーって! わたし、今すっごく楽しいよ!」
嬉しそうに笑うツムギの顔は、しかし何処か泣きそうで。
(聞くべきだろうか)
何故ツムギがそんな顔を浮かべるのか。気にはなったが、それでツムギの心を害したくも無かった。そういった質問の答えは、大抵暗いものだ。
では、とオメカモンは別のことを口にする。「もっと楽しい時間を過ごすぞ、ツムギ! 今日は一日、このテーマパークにいようではないか!」
「うん!」ツムギは大きく頷いて彼の手を取った。その表情からは既に哀愁が綺麗に消えている。
──これで良い。
オメカモンは胸を撫で下ろす。
せめて泣くのはツムギを家に帰した時。自分と別れる時が良い。
ああ、でも。
本音を言うと、ツムギには笑っていて欲しいものだ。(続く)
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