デジモンに成った人間の物語 第二章の終 ―芽吹き―

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    ユキサーンユキサーン
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      結果から言って。

      牙絡雑賀、縁芽好夢、そして磯月波音を抱えた司弩蒼矢――彼等は何事も無く病院へと到着した。

      人目のつかない場所で各々は元の人間の姿に戻り、磯月波音を連れて入り口の自動ドアを過ぎると、彼等の姿を見た病院の看護師達は迅速に動いてくれた。

      いっそ、事前に誰かが連絡を取っておいてくれたのだと言われた方が納得出来る手早さで、全員それぞれ異なる医者の下で診察を受ける事になり、応急措置も行われた。

      戦いの傷を体に残した雑賀と好夢、そして意外にも蒼矢は奇跡的にも応急処置で事足りる程度の怪我だったが、磯月波音の怪我は比べ物にならないほど酷かった。

      折れた骨が肺を傷付けかねない危険な状態にあり、他の三人とは異なり即刻の手術を余儀なくされていた。

      故に、現在彼等は磯月波音の手術室――その手前側に設置されている簡易ソファの上に腰掛け、手術の終わりを待っていた。

       

      「…………」「…………」「…………」

       

      重々しい空気だけが、空間に満ちる。

      磯月波音の怪我の度合いを詳しくは知らなかった雑賀は当然のこと、他の二人もまた――目的地に辿り着いていながら、まったく安心なんて出来なかった。

      特に蒼矢は気が気ではなかった。

      今にも泣き出しそうな顔を隠すように俯き、祈るように合わせた両手を力いっぱい握り締めている始末だ。

      どんな言葉を投げ掛けてやればいいのか、雑賀にも好夢にも検討がつかず、しばし沈黙の時間が続く。

      最初に言葉を発したのは、意外にも蒼矢の方だった。

       

      「牙絡、雑賀さん」

      「……何だ」

      「あの子を運ぶのを手伝ってくれて、ありがとうございます。あなたの言う通り、あの時点で僕の体……特に足は殆ど限界だった。多分、ここまで走り続けることなんて出来なくて、その……ウサギの子に運んでもらうしかなくなっていた……」

      「……気にするな。一番頑張ってたのは、お前と好夢ちゃんだろう。俺はただ偶然、一番オイシイ所を持って行っちまっただけなんだ」

      「……あなただって、頑張ってたんでしょう。戦いの音は僕達にも聞こえていた。……波音さんを利用して僕を連れ去った、あいつ等の仲間と戦っていたのは、あなただったはずだ」

      「…………」

       

      気付かれている、その事実に雑賀は軽口一つ返せなかった。

      気まずくなって視線を泳がせると、縁芽好夢がこちらに視線を向けている事に気付く。

      その表情は、暗にこう語っていた。

       

      ――あんなタイミングで現れておいて、バレないとでも思ってたの?

       

      (……とはいえ、あそこで介入しない選択は無かったよな……)

       

      彼女達がどこまで雑賀の行動に気付いているのか、そこまでは解らない。

      だが、返答次第では逆に怪しまれることは確実だと言えた。

      一度デジモンの力を行使して対峙した司弩蒼矢だけならまだしも、縁芽好夢は雑賀自身が過去に明確な嘘の言葉を吐いた相手であり、吐いた言葉の嘘もこうして行動に出た事で露呈してしまっているのだから。

      下手に嘘を吐けば、逆に怪しまれてしまうことは容易に想像がつく。

      牙絡雑賀は彼女の義理の兄である縁芽苦朗から『警告』を受けている身であり、今となっては『警告』が無くとも心情的には彼女に苦朗の事情を知ってほしくないと思っている。

      だからこそ、どう答えるべきか悩んだ。

      が、そんな雑賀の気持ちを知ってか知らずか、蒼矢はこんな事を聞いてきた。

       

      「どうして、僕なんかを助けようとしたんですか?」

      「? どうしてって……」

      「何も、今回だけじゃない。あなたはプールで初めて会った時だって、加害者だった僕を『助ける』ために戦っていた。関わりなんて一度も無くて、そんな気持ちが浮かび上がる切っ掛けなんて殆ど無くて……そっれなのに、あなたは力を尽くしてくれた。一度ならず、二度までも」

      「それについては既に答えたはずなんだがな。お前が『人間』だからだって。自分自身の言葉を『嘘』にはしたくなかったからだって」

      「……正直に言うと、今でも信じられないんです。お金を貰えるからとか人を傷付ける悪者を許せないからとか、今となっては僕を連れ去った奴等と同じように僕の中の『リヴァイアモン』の事を狙っていたからとか……そういうことが理由ならまだ納得が出来た。けど、きっとその全部が間違いだった。あなたは本当に、助ける事だけを目的に戦っていた」

      「…………」

      「あなたの事を、僕は何も知らない。だから改めて聞くんです。あなたは――」

       

      「――あなたはどうして、顔も声も知らない誰かを助けるために戦おうと、そう思えたんですか?」

       

      「……友達が、いたんだ」

      「!!」

      「気のいいやつでさ、趣味も合ってて、よく絡んで……一緒に何度も馬鹿をやった」

      「……雑賀にぃ……」

      「……そいつが、少し前にいなくなった。何処の誰がやらかしたのかも解らない、ただ自分の知ってる世界から『消失』したって事実だけが遅れて伝えられる、そんな『事件』に巻き込まれて」

       

      一度言葉にしてしまったら、もう止まらない。

      次々と、言葉に乗せて生の感情が漏れ出てくる。

       

      「……助けたかった。取り戻したかった。そう思って行動した。だけど、何にもならなかった。的外れな推理を打ち立てて、全く関係の無い場所を駆け回って……結局、俺はアイツを見捨てたわけじゃないんだって、自分に言い聞かせようとしていただけなんだって思い知った。訳知りなヤツから突然呼び出されて話を聞くまで、俺は何一つ……アイツを助けるための行動なんて出来てはいなかった」

      「…………」

      「なりたかったんだ。どんな方法を用いてでも、どんなに危険な道を進むことになるのだとしても……つもりじゃなくて本当の意味で、誰かを助けることが出来る自分ってやつに。だから俺はあの時……お前一人助けられないようじゃ、アイツを助けられる自分になることなんて出来ないって、そう思ったんだ」

      「……それが、あなたの本当の理由ですか」

      「本当の、というのは語弊があるな。それが一番最初の理由だっただけだ」

       

      行動の始点。

      人ならざる力を受け入れるようになった切っ掛け。

      決して綺麗なものばかりではない本音。

       

      (……誰かを助けることが出来る自分、か……)

       

      その返答は、司弩蒼矢にとってあまりにも眩しいものだった。

      本音で理由を答えてくれた以上、自分もまた理由を答えるべきだと――解っていながらも躊躇してしまう程度には。

      怖くなったのだ。

      だって、大切な友達を救うためという理由に対して――自分の最初の理由は、あまりにも自己中心的でどうしようもなくて、軽蔑されたっておかしくないものだったから。

      軽蔑される事が怖くなる相手が出来るなんて、今まで考えもしなくて。

      少しの間、蒼矢は沈黙していた。

      そうしてやがて、彼は自分の意思で口を開いた。

      あるいは、本音を打ち明けられる程度には牙絡雑賀と縁芽好夢のことを信じられるようになったのか。

       

      「……僕は、あなたほど立派な事は考えられなかった」

      「…………」

      「僕はただ、認められたかった。父さんや母さんに、褒めてもらいたかった。そのために苦手な勉強も頑張って、満点とまではいかなかったけどそれなりに高い点数を貰えもしてた。……だけど、いつからか誰も僕の頑張りに見向きしなくなった。学年を重ねるごとに反応は薄くなって……代わりに弟に対する褒め言葉ばかりが多くなって……」

       

      蒼矢自身、醜い告白だと思った。

      今更自分のやってきた事が帳消しになるわけでも無いのに、わざわざ言葉にする意味があるのかとも。

      だけど、彼もまた雑賀と同じく、と紡ぐ口を止められなかった。

       

      「……頑張りが足りないんだって、もっと優秀に出来ないといけないんだって思った。だけど、それまで以上に勉強を頑張っても、大して成績は伸びなかった。母さんと父さんの反応も変わらなかった。だから、どうにか得意分野だった水泳だけでもすごいと言われるような結果を残そうって、そう思っていた。だけど……」

      「そんな時に、交通事故の一件があったわけか」

      「……結果として失ったものを、許容する覚悟が無かった。手足を一本ずつ失って、水泳なんてまず出来なくなって……その事実を受け入れられなかった。あの選択は、他の誰でもない僕自身のものであったはずなのに……もう二度と母さんや父さんの期待に応えることは出来ないんだって、もう僕を気にかけてくれはしないんだって、絶望してしまった」

       

      そんな時に、彼は怪物の導きに従ってしまった。

      フレースヴェルグと名乗る男の言う方法を、結果として実行してしまった。

      文字通り、怪物と化して。

       

      「デジモンの力のことを教えられて、それを使えば失ったものを取り戻せるかもしれないと言われて……その時の僕には躊躇っていられるだけの余裕が無かった。どんな手を使ってでも、どんな力に頼ってでも元の自分を取り戻すって、それ以外のことは考えられなかった。……実際はこうして、元通りとまではいかずとも補うための方法があったのに」

      「……義手と義足、か。両方付けてるやつを実際に見るのは初めてだな」

      「……あのプールで止められて、最初はもう終わりなんだなと思いました。だけど違った。僕を大切にしてくれる人は、確かにいた。僕自身がそれに気付こうとしなかっただけで、答えを知る事を恐れてしまっていただけで……たったそれだけの事で、許されない事をしてしまったんだって思い知った」

       

      人間は、いったいどういった瞬間に怪物になってしまうのだろうと雑賀は考える。

      得体の知れない力で姿形も変わってしまった時か、それとも理性や知性を失って獣のように振舞うようになった時か。

      どちらも、生物学的には人間ではなくなったと言って差し支えの無い回答ではあるのかもしれない。

      だが、少なくとも今の牙絡雑賀は――誰かを頼ろうと考える事すら出来ず、誰も助けてくれないと思い込んで、心が一人ぼっちになってしまった時にこそ人間は怪物になってしまうのだと、そう感じた。

       

      「……ずっと、僕は僕自身のことしか考えられなかった。何度もお見舞いに来てくれた家族の優しさにも、すぐ近くで僕の事を大切にしてくれていた波音さんの苦しみにも、気付こうとさえしなかった。もっと早く気付いていたら、何かは変わっていたかもしれないのに」

       

      実際、今の司弩蒼矢のことを雑賀も好夢も怪物だとは思わなかった。

      完全体デジモン『メガシードラモン』を原型とした赤い竜人の姿を見た時から、その印象に変わりはなかった。

      今の彼は間違い無く、誰かを助けるために戦える『人間』なのだと。

       

      「……僕のせいで、学校の生徒も……磯月波音さんも……」

      「それは違う」

       

      だから、その言葉だけは紡がせまいと雑賀は声を上げた。

      突然の言葉に疑問の表情を浮かべる蒼矢に構わず、彼は言葉を叩き付ける。

       

      「水ノ龍高校で生徒が襲われた事件は、確かにニュースでも取り上げられていた。お前自身が行動を……あの学校に向かった事を自覚している以上、お前があの事件に関わっていたことは確かだろうよ。だけどな、俺には生徒を傷付けたのがお前だとは思えないんだよ」

      「……何を根拠に……」

      「生徒達の怪我の内容だよ。お前が仮に、プールで会った時の姿で行動に出ていたのなら、使っていたのは『シードラモン』の力だったはずだ。だが、生徒達の怪我は切り傷でしかなかったんだ、明らかに、あの時の姿のお前が出来る傷付け方じゃない。ついでに言えば『シードラモン』に切り傷を作れるような攻撃手段はそうそう無い。凍傷か嚙み痕、あるいは絞めつけの痕。お前がやったんだとしたら、最低でもそういった痕跡が無ければおかしいんだ」

       

      言われて、蒼矢は戸惑っていた。

      フレースヴェルグから教えられた事実、そこから薄っすらと思い出した光景から、自分の通っている学校の生徒達が傷付けられ怯えていた件は、デジモンの力を本能に引っ張られるような形で行使していた自分の行動によるものだと思い込んでいた。

      思い込んで、正確な情報に触れる機会も余裕も無かったために、具体的にどのような怪我をさせられたのかまでは知らなかったのだ。

      雑賀の言葉に、蒼矢の頭の中から声が響く。

      あるいは、当時から蒼矢と見識を同じくしていたかもしれない魔王の声が。

       

      『――確かに、考えてみればおかしいな。アイスアローをブッ放したわけでも、牙を剥いて噛み付いたわけでも、尾で絞めつけたわけでも無いってなると……俺にも見当がつかん。ソーヤ、プールサイドってトコには切り傷が出来そうなものって置かれてるのか?』

      (そんなものは無いよ。転んで擦り傷が出来るか出来ないかってぐらい。鋭く尖ったりしてるような所も……多分無かったはず)

      『……俺もその時は自我も何もかも色々曖昧だったからな……むしろその影響でお前も理性とか失ってたののかもしれねぇが、結果として俺は記憶なんてロクに出来てなかったし、だからこそお前の見解についても疑問は無かった。だが、こうなると……確かにツジツマが合わねえな。本当に切り傷だけだってんなら、少なくとも使われたのは刃物か……あるいは爪とかであるはずだ』

       

      原因が他にある。

      生徒を傷付けたのは、別の誰かである可能性がある。

      だが、記憶が曖昧な今はその誰かの姿さえ思い浮かべることが出来ない。

      発言者である雑賀もまた、当事者でない以上は見覚え一つ無い。

      だが――加害者が自分ではない可能性、という情報に少なからず安心は得たのか、二人の会話を静観していた好夢には蒼矢の表情から僅かにだが陰りが消えたように見えた。

      言葉を挟むなら今だ、と意を決して彼女もまた口を開く。

       

      「それに、波音さんがあんな事になったのはあなたのせいじゃないでしょ。悪いのは全部、あの人の事を利用した挙句に暴力までしでかしたクソ野郎たち。あなたが言葉や暴力であの人を傷付けたわけでもなし、その事で自分のせいなんて言うのは筋違いよ。そんな事、波音さんだって思ってほしいわけがないじゃん」

      「…………」

      「戦って、護って、運んで……出来る事は全部やったの。後はお医者さんと……生きて済むという幸運を信じるしかない。だから……自分を責めるなんて馬鹿なことはやめてよ。みんな頑張って、やっとここまで来たんだから……」

      「!!」

       

      好夢の言葉に、蒼矢は目を見開いた。

      彼女の言う通りだと、確かにそう感じたからだ。

      今この場にいる誰もが、皆で助かり助けるために頑張った。

      誰か一人でも欠けていたら、そもそも磯月波音を病院に運ぶ事も何も出来なかった。

      にも関わらず自分のせいだ、などと――それは他の二人の努力を無駄だったと嘲るのに等しい言葉だ。

       

      「……ごめん」

      「解ればいいの」

       

      それっきり、蒼矢からは一言も無かった。

      好夢も、雑賀に対して問いたい事がたくさんありはしたが――何を思ったのか、それを口にはしなかった。

      そして雑賀もまた、これ以上の言葉は無いとでも言うように口を閉ざしていた。

       

      そうして、短くはない時間が過ぎて、

      手術中であることを示す、手術室入り口上部のランプから光が消えた。

      扉が開き、手術室の中から磯月波音を乗せた手術台が複数の医者と看護師の手で運び出され、その中に雑賀と蒼矢にとって見覚えのある老人の医者の姿が見えた。

      ほぼ反射的に手術台の上の磯月波音の様子を覗きこもうとする蒼矢を老人は片手で制すと、何処か朗らかに笑って――手術の結果をこう告げた。

       

       

       

      「――もう、大丈夫じゃよ」

       

       

       

      その言葉が示す意味を、ゆっくり噛み締めて。

      緊張の糸が解けた司弩蒼矢は、その場にくず折れていた。

      その表情から痛みの色は抜け、代わりに喜びの色を浮かばせて。

      抑え込んでいたものを吐き出すように、彼は泣き出した。

      本当に、嬉しそうに嬉しそうに――泣いていた。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      磯月波音の手術が終わって、一時間ほどが経過して。

      少しずつ青空がオレンジ色に焼け始めた頃、司弩蒼矢はようやくの休息に安心を覚えていた。

       

      (……本当に、良かった……)

       

      磯月波音の容態は、もう安定した。

      手術を監督していたらしい老人曰く、本当に奇跡的な状態であったらしい。

      骨の折れ方が少しでも違えば、病院に運び出すのがもう少し遅れていたら……肺以外にも内臓のいくつかが深く傷付いて、まず助からなかったと。

      当然、命の危機が去ったとは言っても、三人と同じようにすぐ外を出歩ける状態にはならない。

      最低でも折れた骨が治るまでは医者の許可なく動くことは許されないし、意識が戻るまでは見舞いだって出来やしない。

      とはいえ、どうあれ命が繋がったことに変わりはなく。

      色々安心した司弩蒼矢は今、自分の病室に戻って来ていた。

       

      (……リヴァイアモン)

      『何だ』

      (ありがとう。波音さんを助けるために、一緒に戦ってくれて)

      『よせやい。こうなったのはお前自身の頑張りの成果でもあるだろ』

      (それもそうだけど、だよ)

      『……ったく……』

       

      デジモンの力を使って炎を操る怪物をぶっ倒したり、廃墟だらけの場所を駆け回ったりしていようが、現実には彼もまだ入院患者の一人でしかないのだ。

      退院するその時まで、人間としての彼の居場所はまだ此処であり。

      故にこそ、彼は病室のベッドの上に座り込んでいる。

      デジモンの力を行使して戦ったその影響か、あるいは病院に戻って来てからメンテナンスを受けたお陰か、義手と義足の扱いに関しては生活に支障が出るものではなくなっていた。

      満足に動ける状態であることを提示出来れば、そう遠くない未来に退院出来るはずだ。

      そうなったら今度は、蒼矢の方がお見舞いをする側になる。

      満足に退院出来るその時まで毎日――傷付いた磯月波音の心に寄り添う事を、彼は既に決意している。

       

      (ところで、あの時は状況が状況だから聞けなかったんだけどさ。リヴァイアモンの言う『デジタルワールド』ってどういう世界なの?)

      『ん? んー、どういう世界かって聞かれてもな……俺って殆ど海の底の底で引き篭ってたからそこまで地上のことに詳しくはないっつーか……知ってる事にしたって嫌な事ばかりというか……』

      (それでもいいよ。これからの事を考えても、出来る限りのことは知っておいた方がいいみたいだし)

      『……まぁ、誰でも知ってる常識レベルの話なら、いいか……』

       

      もう戦いの場にいるわけではない、という状況も手助けにはなっているのだろう。

      自分を狙う『組織』の追撃がいつ来るかどうか、警戒心こそ忘れずにいるが、今の彼は自らの内に宿る存在と気軽に会話していられる程度には落ち着きを取り戻せていた。

      これから先、デジモンの力を使う限り付き合っていく事になる相手――リヴァイアモン。

      当人曰く、過去には『悪魔獣』だの『七大魔王』だのと呼ばれていたようだが、蒼矢からすればこの自分の中に宿っているデカいワニのような何かがそんな存在だとは考えにくかった。

       

      (悪魔っぽくも魔王っぽくも無いし)

      『それ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ』

       

      それに、仮に彼が悪性を秘めていたとしても、それと向き合う事はその力を宿している自分のやるべき事でもある。

      お互いに、お互いの事をよく知らない間柄ではあるけれど、それだけは既に心に決めていた。

      そんな風に考えていると、ふとして蒼矢の病室のドアが開き、部屋の中に牙絡雑賀と縁芽好夢が入って来た――いくつかのレジ袋を手に。

       

      「……えぇと、雑賀さん。これは?」

      「差し入れに決まってるだろ。どうあれこういう疲れた時には美味いもんとか食べて気持ちを切り替えるのが大事なんだ。ちょっとコンビニまで飛ばして買ってきた。話しがてら一緒に食おうぜ」

      「しそ味のサイダーとあずき味のコーヒーとしょうが味のコーラと、それの付け合わせでサイドメニューのチキンとかポテトとか肉まんとか、色々買ってるよー。蒼矢さんは何がいい?」

      「すいません何で飲み物が全部ゲテモノ仕様なんですか???」

       

      言いながら、総じて味に期待が持てないラインナップの中から蒼矢はコーラとチキンを受け取り、次いで雑賀はサイダーと肉まんを、そして好夢はコーヒーとポテトを手に取り、看護師や見舞い客が座るために用意された簡素な椅子に二人はそれぞれ腰掛けていく。

      最初に口を開いたのは雑賀だった。

       

      「まずは一つ聞いておきたいんだが、具合はどうだ?」

      「もう大丈夫です。完全に元通り、とはいきませんが……生活する分には問題無いかなと」

      「じゃあ次の質問に移るが、デジモンの力についてどのぐらい理解してるんだ? お前の中に宿ってるデジモンが何なのか、知っているのか?」

      「デジモン……って存在のことはまだよく解ってませんけど、僕の中にいるやつなら自分で『リヴァイアモン』って名乗ってましたよ。知ってるんですか?」

      「とてつもなく有名なデジモンだよ。七大魔王って枠組みに位置するデジモンの一体で、七つの大罪の内の『嫉妬』を司る存在だ。全てのデジモンの中で一番と言っていいぐらいにデカくて、現実なら多分東京まるまる一個分ぐらいは大きいと思う」

      「……東京一個分……」

      「雑賀にぃ、いくら何でもそれは盛りすぎじゃない? 東京と同じ大きさの生き物って、食べ物とかどうするのさ」

      「そんな事を俺に言われてもなぁ……」

       

      東京一つ分の大きさ、という告げられた情報に現実味が無さすぎて、とりあえずの感覚で蒼矢は己の内の当人に聞くことにした。

       

      (……リヴァイアモン、そんなに大きいの?)

      『まぁ、そうだな。島一個分ぐらいはフツーに越すな。自分で言うのも何だが』

      (……もしかして、引き篭ってるから肥ったとか……)

      『ソーヤ君、テメェ一言多いとか言われた事無い?』

       

      「……あ、本人にも聞いたけど本当みたいだよ好夢ちゃん」

      「えぇ……マジなの……? 正直信じられない……」

       

      何やら不機嫌そうな声色が返ってきたような気がしたが、聞き流して蒼矢は好夢に回答する。

      蒼矢自身、己の内の『リヴァイアモン』に質問している事についても、それを口に出していることについても、特に疑問は無かった。

      が、そんな蒼矢の言葉に雑賀は目を丸くしていて、直後に驚いた様子で問いを出してくる。

       

      「……ちょっと待て。お前、今何て言った? 本人? 名乗った? え?」

      「? はい、夢の中で赤いワニみたいな生き物が『リヴァイアモン』って名乗ってたんですよ。で、今の雑賀さんが言ってたことについても直接聞いてみて……」

      「話せている、のか? 自分の中に宿っている、デジモンと……?」

      「……? はい、そうですけど。これってデジモンを宿している人の共通の事ではないんですか?」

      「少なくとも俺は話したことなんて無いぞ……え、まさかだがお前、こうしている間にも話とか出来てるのか? イマジナリーフレンドとかそういうのじゃなくて!?」

      「は、はい。一応、意識とか交代することもしたことがありますよ。ヤツ等と戦ってた時の事ですけど……」

       

      蒼矢の言葉に驚きを隠せない様子の雑賀を見て、好夢もまた自らの心当たりを口にする。

       

      「……自分の中の別の誰かって話なら、わたしにも覚えがあるよ。兎の耳みたいなの生やした天使みたいな……よく見えなかったし名乗ったりもしてくれなかったけど、あの天使さんもすごいデジモンだったのかな。なんかピカピカした力をくれたし」

      「――あぁ、うん。多分『リヴァイアモン』と同じぐらいビッグネームだと思う……」

       

      明らかに動揺した様子の雑賀に、好夢の目が僅かに細くなる。

      だが、彼女の眼差しを無視して雑賀はその視線を改めて蒼矢に向け、こんなことを言い出した。

       

      「……蒼矢、お前さえ良ければの話にはなるんだが……『リヴァイアモン』と直接話をさせてもらえないか? いろいろと聞きたい事が色々あるんだ」

      「……ちょっと待ってください」

       

      雑賀の申し出に、蒼矢はすぐさま己の内の存在へ言葉を飛ばした。

       

      (頼んで大丈夫?)

      『別に構わないが……あ、食い物ちょっと貰ってもいいか?』

      (別にいいよ)

       

      「大丈夫みたいです」

      「そうか。じゃあ頼むよ」

       

      僅かに疑問を含むような声色だが、リヴァイアモンは雑賀との対話を了承したらしい。

      静かに目を閉じ、自らを深い海の底に沈み込ませるイメージを思い抱く。

      すると体の感覚が曖昧になり、蒼矢の意識の代わりにリヴァイアモンの精神が意識の表層へと浮上する。

      瞼が開かれた時、その瞳は黄色く獰猛な獣の色を宿していた。

      右手をチキンの袋に伸ばしつつ、司弩蒼矢という人間の声帯を介してリヴァイアモンが牙絡雑賀に対して問いを返す。

       

      「――俺に何が聞きたいんだ?」

      「『デジタルワールド』の事。具体的に言えばその地獄とでも呼ぶべき『ダークエリア』の事についてだ」

       

      ダークエリア。

      戦闘で死亡したデジモンのデータの行き着く先だとされている、デジモン達にとっての『あの世』とでも言うべき名前。

      そこは現実の、ホビーミックスの形で語られた『設定』の中においても、リヴァイアモンを含めた『七大魔王』の住まう場所とも語られる領域のことである。

      蒼矢の体を借りたリヴァイアモンには、それを自らに問う理由も察しがついていた。

      ずばり、

       

      「……なるほど、要は『七大魔王』である俺なら詳しい話を知ってると踏んだわけだ」

      「話が早くて助かるよ。インターネット上に掲載されてるような『設定』が、本当のことを指してるのか俺には解らないからな」

      「だが、何故よりにもよって『ダークエリア』の事が知りたいんだ? 死んだ後の心配でもしているのか」

      「そういうわけじゃない」

       

      死んだデジモンのデータの行き先、それに関わる情報の提供。

      それを求める理由を、雑賀はサイダーの味に首を傾げつつこう語っていた。

       

      「俺の友達……紅炎勇輝を攫ったヤツと繋がりと持ってるらしい女が言ってたんだ。勇輝は今、ギルモンになって『デジタルワールド』にいるって。勇輝を助けるためには、まず大前提としてこっちの方から『デジタルワールド』への通り道を作る必要がある。それも、ちゃんと行きと帰りが出来る通り道を」

      「……まぁ、それが道理ではあるな。それで?」

      「さっきの姿を見てくれたら解るように、俺は今『ケルベロモン』としての能力を使えるようになってる。それを使えば、とりあえず『ダークエリア』に向かう事は出来る……と思ってるんだが……」

      「……人間の世界でその力を使って、ちゃんと『ダークエリア』に向かう事が出来るのかって事か」

       

      今回の一件において雑賀が結果として手にしたケルベロモンという種族には、他のデジモンには無い特殊な能力が備わっている。

      即ち、現世と地獄――デジタルワールドとダークエリアを繋ぐ『門』を作り出す能力だ。

      まだ一度も試してこそいないが、もしもそれを使う事で現実世界からダークエリアに移動することが出来るのであれば、ケルベロモンの能力は雑賀にとってとても大きな意味を持つ。

      魔王は少しだけ考え込むような素振りを見せると、直後に回答する。

       

      「実例に乏しい話だから憶測になるが、まず『ダークエリア』に向かう事自体は可能なはずだ。現世だの地獄だの、こっちの世界における言い方がどうあれ『ケルベロモン』ってデジモンが紐付けられているのはあくまでも『ダークエリア』でしか無い。それ以外の異世界と繋がる『門』を作れる可能性はまず無いと見ていいだろう」

      「……『デジタルワールド』と『ダークエリア』は繋がってるんだよな? どうにかして『ダークエリア』から『デジタルワールド』に行く事は出来るか?」

      「可能ではある。力をもった魔王型デジモンとかがむしろ頻繁に行き来して厄介事を撒き散らしてるわけだしな」

       

      その見解については、雑賀も映像作品として世に広まっている『アニメ』を介して察していた。

      デジタルワールドとダークエリアは、確かに繋がっており、力を持つ者でさえあれば二つの世界を跨ぐことは不可能では無い、と。

      デジタルワールドにいるとされる友人、それを助け出すための足掛かりを得たその事実に、雑賀は思わず笑みをこぼす。

      しかし、そこでリヴァイアモンが言葉を挟んできた。

       

      「が、ここまで告げておいてなんだが、懸念すべき事がある」

      「……懸念すべき事?」

      「お前に宿っている『ケルベロモン』の力、それに紐付けられている『ダークエリア』が、はたしてお前の友達が連れ去られていった『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』なのか、という点だ」

       

      その言葉に、雑賀は表情を一変させる。

      リヴァイアモンの言葉は、それまで抱いていた雑賀の希望を限り無く打ち砕くものだったからだ。

      しょうが味らしいコーラを口に含みながら、人の身を借りた魔王は冷徹に事実を告げる。

       

      「お前が知っていたかは知らないが、そもそも『デジタルワールド』と『ダークエリア』はそれぞれ無数に存在する。そして、一つ一つの『ダークエリア』と繋がっている『デジタルワールド』は一つだけ。……ここまで言えば解るな? お前に宿っている力が開く『門』の行き先が、お前の友達とまったく無関係の『デジタルワールド』にしか繋がっていない可能性があるんだ」

      「……マジかよ……」

      「真偽を知るためには、当然ではあるが辿り着いた『デジタルワールド』を隅から隅まで調べて回る必要がある。だが、一つの世界の中を探し回るだけでもどれほどの時間と危険を要するかわかったもんじゃねぇし、お前が聞いた話によると、お前の友達はギルモンに……少なくとも人間の姿ではなくなってるんだろ。同じ姿のヤツが何体も存在するなんて『デジタルワールド』じゃ当たり前の話だし、ピンポイントでお前の友達が『なった』ヤツを見つけ出すってのは……正直、かなり無理難題だぞ」

      「…………」

      「一応、全ての『デジタルワールド』と繋がっている『ダークエリア』の最深部――コキュートスと呼ばれる領域を介してなら、別のデジタルワールドに行くことも出来るらしい。だが、これについてはやめておけ。邪悪に身を墜としたりしたデジモン達を閉じ込めておくための牢獄でもあり、俺みたいな魔王クラスのデジモンの根城にもなっている領域だ。完全体デジモンの力を使える程度でそうそう生き残れる場所じゃあない。仮に運よく生き延び、通り抜ける事が出来たとしても――その先から向かった『デジタルワールド』がアタリだと確定するわけでも無い以上、推奨は出来ない」

       

      デジタルワールドが複数ある、という話までは解っていた。

      だが一方で、その同数もダークエリアが存在するというのは、初めて聞いた話だった。

      嫉妬の魔王の言う事が本当であれば、確かに今のまま『ケルベロモン』の能力でダークエリアに向かうのは失敗の確立が圧倒的に高いギャンブルでしかない。

      デジタルワールドに転移させられた紅炎勇輝がどんな目に遭っているのか、彼をデジモンに変えたと思わしき『シナリオライター』という組織の目的は何なのか。

      それ等の懸念を考慮しても、探すのであれば確実性のある方法を取るべきだろう。

      ハズレを引いた結果、どれほどの時間を無為にすることになるのか――そしてその経過時間で『手遅れ』になってしまわないか――わかったものではないのだから。

      雑賀は気持ちを切り替えるために肉まんを一口頬張ってから、率直に問いを出した。

       

      「どうすればいい?」

      「確実に友達を見つけ出したいのなら……やはり、当事者やその関係者から情報を手に入れるしか無いだろうな。わざわざデジモンに変えておいて、特に理由も無く別の世界へ放棄するなんてことはまず考えにくいし、きっとそいつ等が転移させた世界には、お前の友達をデジモンに変えた上で送り出さないといけない理由があったんだ。だからこそ、友達のいる『デジタルワールド』に向かう方法を知るには、お前の友達を連れ去ったヤツが使ったものと同じ手段を手に入れるしかない」

      「……でもさ、その、世界がどうとかよくわかってないんだけど……勇輝にぃを攫った犯人が別の世界に勇輝にぃを送ったのなら、犯人も勇輝にぃが送られた世界に行ってるってことは無いの?」

      「その可能性もあるが、現にヤツ等が起こしていると思わしき『消失』事件は今日のニュースでも新しい被害者を生んでいた。勇輝以外にも、何人か。少なくとも、事件の知らせが続く限り実行犯はこの世界に残っているはずなんだ――俺や蒼矢が会った、フレースヴェルグとかいうヤツの関係者が」

       

      そうなると、手がかりを探すためには『シナリオライター』と接触する必要がある。

      彼等の目的がどうあれ、紅炎勇輝を助けようとする雑賀に対して、無償で情報を提供してはくれないだろう。

      突然メールで呼び出して甘味を口にしながら談笑感覚で驚くべき情報ばかりを提供した、サツマイモ色の服装の女が稀有な存在であったというだけで。

      恐らく、戦って屈服させるなりして情報を引き出すことになる。

      しかし、そもそもの話として雑賀は彼等の拠点とでも呼ぶべき場所も、組織構成も何も知らない。

      現状では関係者一人を探しだすだけでも四苦八苦することは確実だ。

      どうしたものかと雑賀が思考を巡らせ、蒼矢の体を借りたリヴァイアモンがそんな彼の表情を黙って見つめ、好夢は会話の内容に疑問符が止まらずポテトをどんどん口に放り込みだして。

      そんな時、一つの言葉が病室内に一陣の風を吹かせた。

       

       

       

      「――よう、俺の事を呼んだか~?」

       

       

       

      その声を、雑賀は覚えていた。

      その声を、蒼矢もまた覚えていた。

      縁芽好夢だけが、その声を知らなかった。

       

      声の聞こえた方へ、三人は視線を向ける。

      見れば病室の開かれた窓、その縁の上に猛禽のように足を乗せた状態で、話題の男――フレースヴェルグが来訪していた。

       

      「ッ!?」

       

      雑賀は残った肉まんを一気に飲み込んで臨戦態勢を整え、

       

      「…………」

       

      蒼矢の体を借りたリヴァイアモンは静かに目を細め、

       

      (だ、誰……この人……)

       

      好夢はフレースヴェルグの雰囲気に更なる疑問符を重ねていた。

       

      「おいおい、何も戦いに来たわけじゃねぇって。そう殺気立つなよ小僧」

       

      明らかな余裕の態度で、フレースヴェルグは雑賀に対して軽口を吐く。

      その内に宿るデジモンの名を(あくまでも当人の自己申告に過ぎないが)知る雑賀からすれば、今この場に彼がいるという時点で気が気ではなくて。

      意識の内か無意識の内か、気付いた時には牙絡雑賀の姿は再び『ケルベロモン』を原型とした姿に変貌していた。

      一触即発の空気、病室の中に嫌でも緊張が奔る。

      そんな中、人の身を借りたリヴァイアモンは確かに心からの言葉を聞いた。

       

      『……代わって。そいつとは僕が話さないといけない』

      (――解った。ヤバいと感じたらすぐ力を使えよ)

       

      返答の直後、表層に浮上していたリヴァイアモンの精神が司弩蒼矢の心の奥底へと沈み込み、入れ替わるように司弩蒼矢の意識は元の位置へと帰還する。

      体の感覚を軽く確かめてから、彼はフレースヴェルグに口火を切る。

       

      「……用があるのは僕?」

      「いろいろあったみたいだからなぁ。様子を見に来たのと、重要な確認ってやつだ」

      「……そうか。雑賀さん、今は何もしないでください。少なくともこいつは、今は危害を加えようとしないと思います」

      「お前、解ってるのか? そいつは……」

      「解ってますが、どうあれコイツと話をつけないといけないのは僕の方ですから」

      「……グゥ……」

       

      蒼矢の言葉に、納得のいかない様子ながらも魔獣は一歩後ろに下がる。

      今この場で戦いになったらどうなるか、それを理解しているからこそ――戦わずに事が済むならそれに越した事は無いと判断出来たために。

      とはいえ、目の前の男が味方と呼べる存在でも無いことは事実。

      だから蒼矢も『今は』と前置きしたのだろう――必要になれば、彼もまた戦う気であることは明白だった。

      そんな彼等の思考に興味も無い様子で、フレースヴェルグはあくまでも調子を変えずに言葉を紡ぐ。

       

      「しばらくお前達の戦いを観察させてもらってたが、どうあれ生き残れて良かったな。次の段階に進んだというか、しっかり成長してくれやがって、俺としても嬉しいもんだ」

      「……観察? いつからだ」

      「一応、お前の動向を観測しとけって『上』に言われてるんでな。お前が病院を出てからの事、上空から可能な限り眺めていたさ」

       

      その言葉に、雑賀は思わず息を呑んだ。

      彼は縁芽苦朗と共に、司弩蒼矢を狙う『組織』の者と空中戦を繰り広げていた身だ。

      しかし、戦っている間にフレースヴェルグの姿を見た覚えは無い。

      ただでさえ究極体デジモンの力を宿しているのだ――その力を発揮していたのなら、その存在は嫌でも戦場の電脳力者に感付かれていたはずだ。

      ホビーミックスの『設定』にて語られている通りであれば、身隠しはおろか気配を隠すなどという行為が不可能だと言える程度には――この男が宿す『オニスモン』というデジモンは、巨体であるはずなのだから。

      誰の目も意識も届かぬほどの高さ――雲の浮かぶ高度から観察していたとでもいうのだろうか?

       

      「……じゃあ、波音さんが危険な状態になっていた時も、何もしなかったって事だな」

      「波音さん……って、お前とそこの……なんかやけに胸が小せぇお嬢ちゃんが運んでた女のことか?」

       

      誰の胸が貧相だゴラァ!? と条件反射的に殴りかかろうとした好夢の動きを雑賀が右の獣口で必死に甘嚙みして抑えている間にも、次々と言葉が紡がれる。

       

      「……きっと僕なんかよりずっと強いくせに、何で助けようとしてくれなかったんだ」

      「んー、あの時点だと俺から見てもあの女は『グリード』の連中の手先だと思ってたしなぁ。事情がどうあれ助けてやる理由も無ければ義理も無い。助けたいと思ってるやつが助ければそれでいいだろ。まぁ、そもそもお前が連れ去られた事にしたってあの女の行動が原因だったわけだし、俺からすればあの女をお前が助けようと動いた事が不思議だったわけだが」

      「波音さんは何も悪くない。あの子にはどれだけ嫌だと思っていても、アイツ等に従うしか無い理由があったんだ!! お前は見ていただけで話を聞いてなかったから知らないだろうけど、あの子は土壇場で僕の事を庇おうともしてくれたんだ……!!」

      「へぇ、それはまぁ……可哀想ではあるな。だからといって俺が出向く理由にはならねぇけど」

      「可哀想だと思っていながら、何で……!!」

      「何度も言わせるな。俺にはあの嬢ちゃんを助ける理由も道理も無いし、そもそも『上』の命令があった。役目を放棄するのも色々面倒だし。ガキの火遊びに首を突っ込んでられるほど暇じゃあない」

       

      それとも、と前置きして。

      フレースヴェルグは静かに、憤る蒼矢に対してこう返していた。

       

      「――本当に、俺のやり方で『解決』しちまって良かったのか?」

      「……それは、どういう……」

      「――蒼矢。悔しいがこればっかしはこのクソ野郎の言う事が正しい」

      「雑賀さん……?」

       

      デジモンのことをまだ詳しくは知らないからか、蒼矢は疑問と共に雑賀の方を見た。

      元々デジモンの事を知っていて、尚且つ一度対面したことがあるからこそ、この男が戦闘に介入してくるそのリスクを雑賀はこの場の誰よりも理解していた。

      最悪の事態、そう呼べる『もしも』の話を彼は告げる。

       

      「コイツが宿してると自己申告してたデジモン――『オニスモン』の力は、あまりにも大きい。翼を一振りしただけで暴風を巻き起こせるほどに。コイツが、もし本当に高高度から俺達の戦いを観測していて、それを終わらせようと考えて『必殺技』なんて使っていたら……あの廃墟だらけの場所を一瞬で壊滅させられたはずなんだ。その場にいた、俺達を丸ごと消し飛ばしながら……」

      「な……」

      「そうでなくとも、デジモンの力を使ったこいつの存在は歩く台風みたいなモンだ。仮に悪党共だけを狙って仕掛けてくれたとしても……周りへの影響は計り知れない。地上をマトモに移動することだって出来なくなってたかもしれないんだ。あの急ぎの状況で、それは絶対にまずかった」

      『――オニスモン……古代に存在し、天空の覇者と呼ばれていた伝説のデジモンか。確かに、その人間がそいつの戦闘能力を自在に操れるのなら、あの辺りを消し飛ばすことぐらい容易かっただろうな。見方によっちゃ、俺と同じぐらい危険な種族だ』

      (……もし、本当にそんな事になっていたら、あの状態の苦朗が対処出来たかどうか……)

       

      雑賀と、己の内のリヴァイアモンの言葉に蒼矢は言葉も無かった。

      フレースヴェルグと名乗るこの男が、今の自分よりも強いことはなんとなく察していたが。

      そこまで危険な力を扱っているとは、想像も出来ていなかったのだ。

      それも、当人曰く島一つを越える体躯を持つリヴァイアモンが、自らも『同等』と評価する力の持ち主であるという。

      確かに、それほどの力をあの廃墟だらけの場所で行使されていたら、デジモンの力を使って強くなっていた三人だけならまだしも、ただでさえ大怪我をしていた磯月波音はまず助からなかったことだろう。

      蒼矢は当然、予測を口にした雑賀も傍から話を聞いていた好夢も悪寒が止まらなかった。

      対照的に、フレースヴェルグは自らに対する評価など気にも留めていない様子で、話題の主導権を奪っていく。

       

      「さて、話が脱線しちまったが、元気なのは確認出来たし……確認といくか」

      「……確認って、何のことだ」

      「決まってる。司弩蒼矢、お前……俺達の仲間になる気はあるか?」

      「ッ!?」

      「…………」

       

      その問いに緊張を奔らせたのは、問いを受けた蒼矢ではなくむしろ雑賀の方だった。

      それだけは認められない、と言わんばかりの声色で彼は言う。

       

      「おいッ、お前……!! 蒼矢を監視してたのはやっぱり……!!」

      「お前には聞いてないぞ」

      「……雑賀さん。落ち着いてください」

      「これが落ち着けるか!! いいか、コイツは……」

      「お願いします。これは、僕が僕の意思で決めないといけない事だと思うので」

      「……っ……」

       

      そう言われると、雑賀には何も言えなかった。

      確かに、蒼矢が『シナリオライター』への仲間入りをするかどうかの話は、あくまでも彼が自分の意思で決めるべきことであって。

      雑賀がそれを拒みたがるのは、あくまでも雑賀の事情に過ぎないのだから。

      納得出来ない感情は、歯軋りという形で表れる。

      すぐ隣で話を聞いていた好夢も、不安に染まった表情で成り行きを見守るしかなかった。

      蒼矢はフレースヴェルグを睨みつけ、そしてこう言った。

       

      「一つだけ聞く。雑賀さんの友達を……紅炎勇輝って人を連れ去ったのは、お前の仲間か」

      「ああ」

      「それ以外の人間も含めて、ニュースで語られる『消失』事件は……お前が属している組織が起こした事か」

      「俺自身は特に何もしてないし、全てが俺達によるものってわけじゃあないが、そうだな」

      「そうか。それなら、答えは一つだ」

       

      そして。

      蒼矢は自分の意思で、目の前の暴威の化身に向けてこう告げた。

       

       

       

      「――僕もリヴァイアモンも、お前達の味方になんかならない。絶対に」

       

       

       

      静寂があった。

      嵐の前の前触れ――今となってはそうとしか思えない、不自然な沈黙が。

      フレ^スヴェルグは蒼矢の返答に何故か口角を上げると、どこか楽しそうな声色で改めて問いを出した。

       

      「……一応、理由を聞いておこうか。何でだ?」

      「お前達が雑賀さんの敵である事に間違いは無いみたいだからだ。それに、ハッキリ言ってお前達のやっている事は僕だって認められない」

      「ふーん。具体的に、何が認められないんだ?」

      「自分達の都合で、誰かの当たり前を奪っている事だ」

       

      何も知らなかった頃の自分に、絶望しきって全てを諦めていた自分に可能性を伝えてくれた、見方によっては恩人と呼べなくも無い相手に向けてそう告げる蒼矢の表情には、既に明確な敵意が宿っていた。

      彼は既に、目の前の男だけに留まらず、男の所属する組織そのものを敵として認識していた。

      あるいは、最初から言い出したくて仕方がなかったとでも言わんばかりに――言葉が次々と紡がれる。

       

      「紅炎勇輝って人や、他の連れ去られた人達が攫われた時どんな事を想ったのかは知らない。もしかしたら『デジタルワールド』って所に送られて、喜ぶ人だっているかもしれない。……だけど、嫌だと思う人だっている。家族や友達と強制的に離れ離れにさせられて、知らない世界に勝手に送り込まれて、お前達の都合ばかり押し付けられて……そこまでされておいて良かったなんて思えるわけが無いと思う。少なくとも、僕はそうだ」

      「…………」

      「僕は家族と一緒にいられる、ありふれた今を手放したくなんてない。そりゃあいつかは一人立ちしないといけないけれど、それがこんな形であっていいはずが無いんだ。そして、僕と同じことを考えている人が、攫われて『デジタルワールド』に送り込まれた人達の中にいるとしたら……僕は、お前達の行いを許せない」

      「その当たり前ってやつを、少し前はお前も奪おうとした側だったわけだがな」

      「それは否定しない。あの選択は他の誰でもない僕のもので、絶対に許されていい事じゃなかった。だけど、たとえ僕が赦されない罪を犯した人間であるとしても、それは誰かを助けることを諦めないといけない理由になんかならない。僕を助けてくれた人達に、僕を大切に想ってくれた人達に、立派に胸を張れるように……僕はこの力を、誰かを助けるために使ってみせる」

      「そうかい」

       

      明確な拒絶、ある種の宣戦布告の言葉を受けて。

      フレースヴェルグはあくまでも不快さを表さず、楽しげな笑みのままこう返した。

       

      「面白い、望む所だ。せいぜい『上』の筋書きを書き換えられる程度には暴れ回るといいさ。俺としても、お前達のようなヤツが敵である方が好ましいし」

       

      彼としては、元々蒼矢には敵であってほしかったらしい。

      思えば過去にウォーターパークの中で会った時も、彼は自分を殺せる所まで這い上がって来いとまで言っていたが、ある種の戦闘狂とでも呼ぶべき人種なのだろうかと雑賀は思った。

      そんなヤツを監視役として従わせている者が、彼が『上』だと呼ぶ存在がいる事実が、雑賀と蒼矢に超えるべきハードルの高さを認識させる。

      無論、彼等に今更折れる気は無かったが。

      問うべき事の返答を聞いた以上、フレースヴェルグにとってこれ以上の会話の必要は無い。

      雑賀も蒼矢も好夢も、彼に聞きたい事が山ほどあるのは事実だが、それを今ここで聞くことは難しいと思った。

      今でこそ彼は監視の役割に徹していて、故にこそ自らの能力を戦闘のために行使することは無いようだが、その気になれば彼はこの場の全員を皆殺しに出来るのだ。

      力ずくで聞き出そうとすることなど無理無茶無謀。

      そして、明確に『敵』となった以上、無償で益となる情報を与えてくれるわけも無い。

      今は、彼がこの場で何もせずに去ってくれる事を、幸運だと考えるしかない。

      ……そう、三人は思っていたのだが。

       

      「しっかしまぁ――」

       

      蒼矢に視線を向け、フレースヴェルグは順序も関係無しにこんな事を口走っていた。

       

      「――お前さん、もしかしてあの女の事好きなのか?」

       

      今更、彼の言う『あの女』が誰のことを指しているのかに気付かぬほど、蒼矢も間抜けではない。

      故に、問いの意味を理解した途端に顔を真っ赤にした。

       

      「――は、はぁ!? 何でお前にそんな事を教えないと……」

      (いや、まぁ……アレはどう見てもなぁ……)

      (滅茶苦茶心配してたし。助かったと解った時に泣いてたし。アレはどう見ても脈アリでしょ)

      「二人とも、そんな訳知りな顔で僕のことを見ないで!? い、いや確かに僕の事を想ってくれてたし助けようともしてくれたし大切な人であることは間違いないけど好きである事と大切である事はまた別の話であって」

       

      問いを出したフレースヴェルグではなく、味方であるはずの雑賀と好夢から無言のままに追い詰められてしまう司弩蒼矢。

      どれだけ親の期待に応えようとするために勉強や水泳ばかりに専念していようが、そのためにロクに同級生ともコミュニケーションを取れていなかろうが、彼もまた青春を生きる男子学生の一人――男女の好き嫌いの話に鈍感になれるほどご都合な認知はしていなかったのである!!

      面白い具合に慌てふためく蒼矢に対し、発言者のフレースヴェルグは更に言葉を紡いでいく。

       

      「だってなぁ。事情があったにしろ自分を騙して誘き出しやがった相手を、見捨てるならまだしも助けるってのはなぁ。見た目やら性格やら、何かしらの理由が無いと流石に不自然だと思うんだよなぁ」

      「うるさいな!? 何度も言うけどあの子は僕を助けてくれようとしたんだぞ!! だったら助け返しても別に不自然じゃないじゃないか!?」

      「いやまぁそれにしたって結果として二回も助けるってのはどう見てもなぁ。いつ合体する予定なんだ?」

      「ぶふっ!? が、がったいって、何のこと!?」

      「ジョグレス進化だろ」

      「雑賀さん適当なこと言ってないで――」

       

      そこまで言って。

      蒼矢はそこで、フレースヴェルグの言葉の中に聞き流していられない言葉が混じっている事に気付いた。

      それまでの慌てっぷりは何処へやら、疑問一色の表情で彼は問う。

       

      「――ちょっと待て。お前今、何て?」

      「いや、だからいつ合体する予定なんだって」

      「そっちじゃない!! 二回? 僕が、波音さんを……二回助けたって……?」

      「事実だろ。今回のことだけに留まらず、お前は前にもあの嬢ちゃんを助けていた。前にも言ったじゃねぇかよ。あの学校のプールで、存分に力を振るっていたって。その時の事も思い出したってお前自身言ってただろ」

      「いや、言ったけどそこまで具体的な事は……というか、助けたって事はその時の僕って……」

      「ん? あそこの女学生とかに襲い掛かってた……なんだっけな。イカみてぇな見た目のヤツを相手に戦ってたな。お前が戦ってなかったら、まぁ気に入られたヤツからひん剥かれてたんじゃねぇの? いやー、あの時の暴れっぷりときたらそそったなぁ」

      「「「……………………」」」

       

      牙絡雑賀、司弩蒼矢、縁芽好夢はそれぞれ異なる理由で言葉を失っていた。

       

      (……いや、そりゃあずっと監視してたって事は知ってて当たり前だろうけど……)

       

      雑賀は思わぬ形で真実を知った衝撃に、

       

      (……学校の生徒を襲っていたのは、僕じゃなかった……?)

      『……いやー、マジかー……』

       

      蒼矢は自分の通っている学校に本当に襲撃者が出ていたという事実に、

       

      (……イカみたいな見た目のヤツって、もしかしなくても防犯オリエンテーションの時に襲ってきたアイツ……)

       

      そして縁芽好夢は記憶にも新しい出来事を想起したことによって。

      三人揃って沈黙してしまったことに対して疑問を覚えたらしく、フレースヴェルグは珍種の動物でも見るかのような眼差しになって声を掛けた。

       

      「どうしたんだお前達? 俺、そんなに変な事は言ってないはずなんだが」

       

      返事を返すまで、数秒掛かって。

      当事者である蒼矢が、やや呆然とした様子で問いを飛ばしていた。

       

      「いや、あの。何でそんな重要な事を話してくれなかったんだ?」

      「だって聞かれなかったし」

      「学校の生徒が傷付けられたのは僕の所為だと思ってたんだけど。襲撃者がいるなんて全く知らなかったんだけど。雑賀さんを傷付けてしまった事は間違いないけど、その事についてはお前が話してくれてたら罪悪感を覚える事も無かったと思うんだけど」

      「だって覚えてないとは思わなかったし」

      「あの、この気持ちどうすればいいの?」

      「うーん」

       

      そして。

      空前絶後の罪悪感の空回りを実感する羽目になって呆然としてしまう蒼矢の問いに対し、全くもって悪びれた様子の無い監視者はこう総評した。

       

      「……ドンマイ?」

      「「ドンマイで済むかぁ!!!!!」」

       

      いっそ意図的ではないのかと疑わんばかりの情報伏せの事実にブチ切れる蒼矢と雑賀だったが、フレースヴェルグは軽い調子で「はいはい悪い悪い」と返すだけだった。

      興でも冷めたのか、彼は再度首を鳴らすと一言も残さずに窓の外へと飛び出していってしまった。

      無論、その姿を『オニスモン』を原型とした鳥人のものに変えていきながら。

      背から生える一対の大きな翼の羽ばたきによって彼の姿は一気に空に向かっていき、必然的に生じた強風が病室内を駆け巡り、雑賀と好夢が用意していた食べ物が辺りに散乱していってしまう。

       

      「ねぇ雑賀にぃ、あの野朗本当に何だったの……?」

      「知らないよもうクソ野郎って事でいいだろ」

      「……なんか……色々疲れました……」

      『ある意味もう会いたくねぇヤツだったなぁ』

       

      究極体デジモン『オニスモン』の電脳力者、フレースヴェルグ。

      突然現れて突然爆弾発言をし、終いには余計な置き土産までしやがるはた迷惑な台風野郎であった。

       

       

       

      そんなこんながありながら。

      風が止み、散乱してしまった食べ物を拾い集める羽目になった三人は、先の会話を思い返しながら思い思いに話をしていた。

       

      「それにしても蒼矢、まさかあの野朗相手にあそこまで言い切るとはなぁ」

      「……正直、断るとしてもあそこまで言うことは無かったなぁと後悔してます。恥ずかしい……」

      「正直見直したよ蒼矢さん。今のは波音さんにも見せたかったなぁ」

      「やめてよホントに……!? ああもう、いくら何でもカッコつけすぎだろ僕……!!」

      「で、結局いつ合体するんだ?」

      「雑賀さん、それ以上は罪悪感無しでぶっ飛ばしますからね!?」

       

      脚本家とでも呼ぶべき『組織』への、実質的な反抗の宣言。

      大切だと思うものを護り、助けるために戦うと決めて。

      彼等は既に『仲間』と呼ぶべき間柄になっている。

       

      「……断っておいてなんですけど、家族についてはこれからどう護ればいいんでしょう……」

      「出来る事をやっていくしかないだろ。誰かの助け……もっと言えば信用出来る『組織』を探してその力を借りるとか、狙ってくるような奴を先に倒すとか、そもそもそんな事を考えなくなるぐらいに強くなるとか。どっち道、手前の都合で拉致とかやらかすような連中を頼りには出来なかっただろ」

      「まぁ、それもそうなんですが……」

      「……これから大変だよね。いや、元々大変だった事にようやく気付けたと言うべきなのかな。今まで気付けなかっただけで、きっとずっと前からこういう戦いは起こってたんだろうし……」

      「そうだな」

       

      蒼矢のフレースヴェルグに対しての言葉が、実のところ感情のままに吐き出しただけの何のアテも打算も無いものである事など、二人は当然気付いていた。

      そして、それでも構わないと思った。

      たとえ合理的でなくとも、あの男の背後にある組織の誘いは断らなければならなかったのだと、理解しているから。

      これからどうすればいいのかなんて、解らない。

      そもそも敵として戦うことになる『組織』は一つではない。

      先のフレースヴェルグが所属している『シナリオライター』とは別に、今回蒼矢の内に宿る『リヴァイアモン』の力を狙って磯月波音を利用した悪党達の組織――『グリード』の存在もまた決して無視出来るものではない。

      むしろ、後者については今回の件で、雑賀も蒼矢も好夢も明確な障害となりえることを行動で示してしまっている。

      こうしている今も、危機に立たされる可能性は存在しているのだ。

      それでも、彼等が笑いあえるのは。

       

      「きっと、誰もが当たり前の日常を過ごせるように、戦ってくれた奴等がいたんだ。誰かを助けるために戦っているのは、俺達だけじゃないんだ」

      「……そうですね」

      「俺達は、自分一人だけで戦わないといけないわけじゃない。誰かと助け合って戦ってもいい。それが解っただけでも、俺は希望が持てると思う」

      「……まぁ、嘘吐いてカッコつけて自分一人で何でもかんでも背負おうとしてた馬鹿野朗の雑賀にぃが言っても、説得力無いけどねー♪」

      「い、いや俺はそんな言われる筋合いは――ひゃっ!?」

      「というか、何で食べ物拾うのにその両腕が頭になってる姿のままなの? その頭からも食べる事が出来るの? 金髪染めだったのに銀髪になってるし、犬っぽいのにさわっても全然もふもふしてないし……あぁでもこのちょこっと伸びた尻尾はかわいいし赤い筋肉の質感もイイ感じだし……おー……」

      「やめてくんない!? 戻るの忘れてたとはいえ一応今の俺って地獄の番犬だからね!? そんな好意的な目であちこち見たり触ったりするべきもんじゃ……ちょ、やだ好夢ちゃん何処触って!? あぉ!?」

      (……下手すると僕もああなってたのかな……)

      『さぁ?』

       

      きっと、自分が一人ではないという当たり前を、確かに知る事が出来たからかもしれない。

      七月十四日、あと一週間もしない内に多くの学生が夏休みに移行する頃。

      三人の学生はそれぞれ異なる苦難を越え、進化を果たしたその先で、新たなる戦いを予感しながらそれでも希望を抱いていた。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      無事に戦いは終わった。

      司弩蒼矢、縁芽好夢、そして牙絡雑賀は戦う決意を胸に抱き、それぞれ帰るべき場所へと足を進め始めた。

       

      「で」

       

      ……と、何もかも都合よく進むわけが無いのが世の中だったりするわけで。

      司弩蒼矢の病室にてフレースヴェルグと遭遇し、司弩蒼矢と縁芽好夢の二人共々いろいろなものを掻き乱されて、散乱した食べ物などを片付け終えて、そうして話すべき事も終えて、トイレに行くと口実をつけて足早に帰ろうとした途中で――牙絡雑賀は(激戦で大怪我をしているので当然と言えば当然だが)病院に来ていた縁芽苦朗と遭遇するのだった。

      流れ流れに屋上へ連れられると、彼は振り向かぬまま一つの質問を投げてくる。

       

      「一応聞くが、尾行とかはされてないだろうな?」

      「されてない……と思うけど。好夢ちゃんのニオイはもう覚えたし」

      「そうか」

       

      苦朗の問いに雑賀は嘘偽りなくそう答える。

      不本意な流れの中での事とはいえ、雑賀は『ケルベロモン』の力を行使した状態で縁芽好夢と隣接していた――同じ部屋にいた司弩蒼矢共々、そのニオイは魔獣の嗅覚によって記憶に焼き付けていた。

      少なくとも病室を出て屋上に来るまでの間、二人のニオイは感じなかったと彼は判断している。

      確認事項を終えると、苦朗は振り向きながらこう言った。

       

      「……まったく、次から次へとヒヤヒヤさせられたぞ。あの『グリード』の連中との戦いの時といい、さっきのフレースヴェルグが来た時といい……」

      「……ニオイで何となく解ってたけど、やっぱり近くにはいたのか」

      「急に風が強くなったんでな。奴が来たのだと潜んでみれば案の定だ。お前も好夢も、そして司弩蒼矢も……つくづく心臓に悪いことばかりしてくれやがるよ」

      「というかお前もお前で体は大丈夫なのか?」

      「大丈夫だと思うか? こちとらお前を庇って脇腹刺されるわ傷口に『ブワゾン』されるわで散々だ。応急処置は済ませたが、まぁ今の状態でフレースヴェルグの野朗と戦うのはキツいな」

      「……悪い」

      「気にするな。結果論ではあるがお前が止めに来た事で想定以上の成果があったのも事実だしな。こいつは借りにしておく」

       

      そう語る苦朗の表情は、どこか疲労を感じさせるものだった。

      苦朗からしても、司弩蒼矢が『シナリオライター』に加入することも無く、どちらかと言えば雑賀や好夢の味方として立つことを選んでくれた事――そしてそんな相手を殺そうと必死になっていた事――について、思う所が無いわけでは無いのだろう。

      とても、今の状態であの二人と面と向かって会うことは難しいと言外に語られている。

      だが、動機がどうあれ彼が現場に駆けつけ、結果として雑賀と共に敵を打ち破ったことで彼等の手助けになっていたこともまた事実。

      司弩蒼矢の決意も、苦朗の非情も、雑賀の選択も、好夢の偶然も――今回の決着には必要な要因だった。

      とはいえ、

       

      「で、そんな事を言うためだけに呼んだわけじゃないんだろ」

      「まぁな」

       

      どれだけ事態が丸く収まったように見えても、実際のところ何も解決などはしていないのだ。

      司弩蒼矢は明確に『グリード』という組織に反抗し、その力を欲される限り狙われ続ける身となっている。

      彼が逃げるために協力した者の顔がどれほど割れているのかは知らないが、生き残りのメンバーの口から最低でも自分の事は喋られるだろうと雑賀も思う。

      そして、司弩蒼矢を誘い込むために利用された磯月波音の家族の身柄だって無事だと確認出来てはいないのだ。

      今のままでは、日常に戻ったところで安心など出来るわけが無い。

      その事は、雑賀や蒼矢などよりもずっと以前から電脳力者という存在と関わってきた苦朗の方が理解していることだろう。

      彼は何よりもまず、警告をしに来たのだ。

      これから雑賀や蒼矢、そして知らず知らずに好夢もまた敵として戦うことになるであろうものについて。

       

      「今回、司弩蒼矢を狙ってきたあの連中が所属している組織は、フレースヴェルグの奴が所属している『シナリオライター』ともまた異なる組織。強欲の大罪を司る魔王バルバモンのデータを宿す電脳力者がトップに立ち管理している『グリード』と呼ぶ組織だ」

      「…………」

      「宿している大罪、そして組織の名前からまぁ察するだろうが、欲張りだらけの集団だ。人員だろうが資源だろうが心だろうが何だろうが、欲するものを手に入れるためならどんな事だってする。今回も司弩蒼矢を、その内に宿るリヴァイアモンの力を手に入れるために磯月波音を人質まで用意して利用していたようにな。一応調べはつけさせてるが、恐らくあの子の家族は既に手の届かない場所に捕らえられてることだろうな」

      「……何でそう言い切れるんだ?」

      「結果として重傷を負わせられてたが、欲張りな連中の考える事だ。あの子の事だって司弩蒼矢と一緒に仲間か……あるいは道具として引き込むつもりだったんだろう。そして、奴等のトップにそういう欲がまだ残っているのなら、人質はいくらでも役に立つ。あの子に対する交渉材料としてな」

      「……クソったれ。用済みだから開放する、なんて話にはならないのか……」

      「司弩蒼矢があの子に好意を寄せている事を知ったら、下手をするとそっちに対する人質としても機能するかもしれない。利用価値は高いほうだろうよ。忌わしい話だがな」

       

      日常に帰還する事が出来た者もいれば、出来ずにいる者もいる。

      磯月波音はその内の一人であり、そして彼女を助けようとするであろう司弩蒼矢もまた、完全な意味で日常に帰還したとは言えないのだろう。

      磯月波音の家族が助けられない限り、二人が安心して日常を過ごせる時は来ない。

      助けるためには、今後は『シナリオライター』以外に『グリード』の足掛かりも追わなければならない。

      しかし、当然ながら雑賀にも蒼矢にも身一つで組織の力に対抗出来るほどの力は無く、頼れる相手にも心当たりがあまり無い。

      つまり、

       

      「単刀直入に聞こう。身内を守り、好き勝手やる連中の企みを食い止める。そんな思惑で集った組織があるとしたら、お前は入るのか?」

      「それが、お前みたいな信用に足る奴がいる枠組みならな」

      「後で司弩蒼矢もお前から誘っておけ。同類の助けがいる状況で強がる馬鹿では無いんだろう」

       

      縁芽苦朗もまた、勧誘に来たのだ。

      以前にも彼は言っていた。

      デジモンの力を用いた不可視の犯罪、理不尽な暴力が横行する事を望まない者たちの枠組みがあると。

      小規模ながら『シナリオライター』の行いにも対抗しようとしている勢力があると。

      そして、縁芽苦朗もまた己の理由でその勢力に入っている、とも。

       

      「一応聞くんだが、好夢ちゃんはどうするんだ?」

      「……ああして『グリード』と戦った以上、いずれ事態に巻き込まれる事は確定している。であれば組織の中で力を蓄えてもらった方が身を護れるだろうよ。というか、無知を埋めるために闇雲に調べをつけようと動き回られた方が危険だ」

       

      確かに、と雑賀は素直に思った。

      経緯を聞いた限り、好夢が蒼矢の窮地に駆けつけたのは偶然の事らしい。

      絶叫じみた声が聞こえて、それの聞こえた方向に足を進めていくと違和感を感じ、その感覚を頼りにした結果だという。

      聴覚が優れているとか強い力を持つデジモンが宿っているとか、そんな事が問題なのではない。

      そもそもその自発的な行動力、危険を顧みず知りたい事のために動くその意思こそが、野放しにしておくと取り返しのつかない事態を招く可能性を引き上げる。

      彼女にもまた、誰かの助けを得られる環境というものは必要なのだと――彼女を危険に晒したくない一心で戦ってきた彼ですら、判断したのだ。

      とはいえ、

       

      (……何にせよ、コイツの口からそれを言わせるのは……酷だよな)

       

      適当な言い訳を用意して、蒼矢と同じく俺の方から誘っておこうと雑賀は心の中で付け加える。

      デジモンの力を用いての争いに、義理の関係らしいとはいえ兄の方から妹を誘おうとするなど、あってほしくないと思ったために。

      どうあれ、縁芽苦朗が所属している組織であれば、少なくとも『グリード』や『シナリオライター』よりは信用出来ることだろう。

      勢力としては小規模だと苦朗は語っていたが、それでも現在に至るまで他の勢力の手で潰されていないという事実がある以上、構成員の強さについても期待が出来る。

      ふと、この日に会った一人の男のことが脳裏に過ぎり、雑賀は問いを出した。

       

      「そういえば、あの……自称お前のパシりとかいうトリ侍もその組織に入ってるのか?」

      「ああ、アイツはウチの情報収集係の一人だ。基本的に気の抜けた奴だが、腕は確かだから今のお前よりは強いと思うぞ」

      「……え、マジで?」

      「マジで。当人は疲れるからとあまり力を振るう事をしないが、普通に完全体の力も使える」

       

      それなら何故先の『グリード』の電脳力者たちとの戦いにおいて加勢させなかったのか、と雑賀は疑問を口に出そうとしたが、寸でのところで思い留まる。

      そもそも苦朗が戦闘において利用している『ベルフェモン』の力は、手加減しなければ巻き添えを増やさない事の方が難しい類のものだ。

      本来であれば単独での戦闘が好ましく、結果としてそうはならなかったが、彼は『リヴァイアモン』の力が悪用されることを前提として現場に向かっていた。

      仮に『グリード』の想定通りに『リヴァイアモン』の力が悪用されてしまっていたら、完全体の力を扱える程度で太刀打ちが出来る状況ではなくなってしまう。

      であればこそ、魔王の戦いで無駄に巻き添えを食うリスクを含んでまで、情報収集の役回りを放棄させるべきでは無いと判断したのか。

      他のメンバーについても同様の理由か、あるいは情報を伝える暇が無かったのか。

      何にしても、情報を掴んだその時点で猶予など殆ど無かったのであろう事は、想像がついた。

       

      「あの抜けてるっぽいのまで完全体の力を使えるって、まさか他の奴もそのぐらい強いのか」

      「弱いやつだらけなら、一つの勢力として生き残れていないからな。少々変わったヤツもちらほらいるが…………………………まぁ、少なくとも強さについては信用して大丈夫な部類だ」

      「何だよその含みのある言い方と間は」

      「大丈夫大丈夫、多分きっと仲良くなれるから。多分」

      「何で二回言ったし」

       

      どうあれ、この男が信用している相手ならきっと頼りになることだろうと雑賀は結論付ける。

      多少の疑念こそあれど、今は無理やりにでも前に進まなければならないのだから。

       

      「ちなみに、その組織って名前とか拠点とかはあるのか?」

      「一応はな。シンプルな名前と、そこまで大題的ではないが集まるための場所がある。お前も組織に加わる以上、ちゃんと顔は出せよな。情報だってそこに蓄えてんだから」

      「解ってるって。俺だって情報には飢えてる方なんだ、頼りになるものならいくらでも頼っていくさ」

      「……お前はやけにこっちを信用してくれてるようで何よりだが、お前もお前で信用されるよう立ち回れよ? 俺から見てもなんかイマイチ信用しきれないからなお前」

      「そういう割りには連中との戦いであの女を倒す役を俺に託してたわけだが」

      「戦闘能力についての信用と一個人としての信用は別だ馬鹿」

       

      課題は山ほどある。

      デジタルワールドに転移させられた友達を助けるために、そして欲望を満たすために手段を選ばない者達に対抗するためには、牙絡雑賀にも司弩蒼矢にも縁芽好夢にも力を高めていく必要がある。

      それこそ、未知の話ではあるが、究極体相当のデジモンの力を使えるようにならなければ――望みを叶えることなど出来そうにない。

      どうすれば力を高める事が出来るのかなんて解らない。

      だが、やるしかない。

       

      「で、そのシンプルな組織の名前って何なんだ?」

      「『専守防衛《セキュリティ》』だ。特撮のヒーローじゃあるまいし、変に気取った名前になんてする必要は無いからな」

      「もしかしてお前発案?」

      「何だどうしたロイヤルナイツとか名乗りたかったのかカッコつけ」

      「今でこそ色々複雑な気分だけど俺はどちらかと言えば七大魔王デジモンが推しだからそんな名乗りする気はねぇよ!!!!!」

      「……え、まさかだがお前、司弩蒼矢を助けようとしてたのって……え、色々キモっ……」

      「どういう勘違いだよ!!!!!」

       

      病院の屋上に強い風が吹く。

      一つの戦いが終わったと安堵した時には、既に新たな戦いが芽吹き始めている。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      同じ頃、病室の司弩蒼矢と縁芽好夢は言葉を交わしていた。

      牙絡雑賀の方は話すべき事も無くなったために出て行ってしまったが、二人の間にはまだ解消出来ていない疑問があったのだ。

      それはすなわち、

       

      「……そういえば、結局私たちってデジモンの事をよく知らないよね」

      「そう、かな。雑賀さんは当然のように知ってたみたいだけど、確かに僕もあまり詳しくは知らない。リヴァイアモンの説明を聞いただけだと、デジタルワールドって所のこともうまくイメージ出来ないし」

      『そりゃ断片的な聞き話と専門用語だけじゃあな。むしろ何でアイツはあそこまでデジモンの事を知ってたんだ? ダークエリアや七大魔王の事も知ってたみたいだしよ』

       

      彼等は共に、デジモンという存在についての知見が浅い。

      牙絡雑賀や敵対者である『グリード』の電脳力者たちが当たり前のように語り、その力を頼りきりにしている存在のことを殆どと言っていいレベルで知らない。

      デジタルワールド? 七大魔王? ダークエリア? 何だそれは? といった状態なのだ。

      学業においては何一つ役に立つ気がしない情報だとは思うが、今後の戦いにおいてはそうした情報が必要になってくることは間違いない。

      なので、

       

      「確か、アニメとか漫画とかになってる『作品』だったと思うから、スマホで調べればいろいろ解ると思う」

      「アニメや漫画かぁ………………ははは、勉強ばかりでロクに見てなかったな僕」

      『急に闇深そうな事言うなし』

      「今から見ればいいでしょ。とりあえず検索ワードはシンプルに『デジモン』っと……うわ色々出た」

      「……これを今から全部知らないといけない、の……?」

       

      検索結果を表示したスマートフォンの画面を好夢にも見せられ、自らもまた自前のスマートフォンで検索をかけ、結果として開いたウェブサイトの内容に思わずげんなりとする蒼矢。

      主に子供が見るアニメや漫画となっている『作品』だけでも片手の指の本数では収まらない数があり、それ等に登場しているのであろうデジモンの事が記載された『図鑑』にはたくさんの種族の名前がある。

      文字情報だけではぼんやりとしたイメージしか浮かべられないため、最低でもアニメを視聴して映像としての情報は得ておくべきだろうが、それをするにも一作一作の確認に要する時間が途方も無い。

      一話につき約25分、それが一作につき約50話分。

      流石にある程度の要点を絞らせてほしいと切に願いたくなる話だった。

      これでは勉学はおろか自由時間などしばらく取れそうに無い。

       

      「……雑賀さんに聞いたら何処に見ればいいかとか教えてくれるかな」

      「無理じゃないかな……雑賀にぃって割とオタクっぽい所あるし……開口一番から『全部観ろ』とか言い兼ねない気がする」

      「いやいやまさかそんな……え、雑賀さんってそういう人なの……?」

      「蒼矢さんは知らないみたいだけどね。グッズとかカードとか集めて部屋に飾ってた覚えがあるよ。前に遊びに行った時に見たもん。金髪に染めてるのだってその趣味由来じゃない?」

      「駄目だ一気に頼りなくなった!! それ完全にオタクじゃん!!」

       

      どちらかと言えば知りたくない話ではあった。

      蒼矢の中で、どちらかと言えばヒーローのようなイメージがあった男の印象ががらりと崩れていく。

      実際、リヴァイアモンの言う通りあんまりな言い方ではあるのだが、一般人の視点から見たオタクのイメージなどロクなものが無いのだ。

      変な服着てて、好きなモノを語る時には変に早口で、変な笑い方をする。

      いやそんな事は、そんな事は無いはずだと頭の中で言い聞かせても、頭の中で『キャラ物のTシャツを着てデカいリュックサックを背負ってペンライトを振り回すノリノリの牙絡雑賀』のイメージ映像が流れるのを止められない。

      と、思わず頭を抱える蒼矢に向けて、彼の内に宿るリヴァイアモンは突然こんな事を言った。

       

      『ソーヤ』

      (……何、リヴァイアモン)

      『いやな、そもそもの疑問なんだけどよ。何で人間の世界で俺達デジモンの事が書かれてるんだ?』

      (? それってどういう……)

       

      思わず疑問を覚えた蒼矢に向けて、頭の中でリヴァイアモンは語る。

       

      『確かに俺達の世界においても、人間って存在の事は伝えられていた。御伽噺の形でな。だがそれはデジタルワールドが人間の世界からデータを流入されて発展してきた世界だからだ。だが、デジモンのデータが……俺達に関するデータが人間の世界に流れ込むなんて話は聞いた事が無い。そんな「通り道」は無かった気がするんだ』

      (……人間の世界のデータがデジタルワールドに流入してるのなら、その逆もあるって事じゃないの?)

      『あのなぁ。もし仮にそんな事になってるのなら、とっくの昔に生命体としてのデジモンが現れてるはずだろ。文字情報とかそんなレベルじゃなくてよ。そりゃあまぁ、この世界だと存在を維持出来ないとか、そういう制約があるのかもしれないが……それにしたって「図鑑」なんてものを作れてるのはおかしいだろ』

      (…………)

       

      リヴァイアモンの言わんとしている事が、蒼矢にはなんとなく理解が出来た。

      そう、彼は考えてみれば疑問を覚えて然るべき、一つの難問に直面していたのだ。

      つまり、

       

      『こういう「作品」とか「図鑑」やらを作ったヤツは、いったいどういう経緯でデジモンの事を知ったんだ?』

       

      大前提。

      デジモンという存在が、デジタルワールドという世界が、人間の世界に認知されて『作品』を作るまでになった理由、その在り処。

       

      『偶然の一致か? それとも人間の世界の方で誰かにこういう「設定」が思いつかれて、そのデータが広まったから俺達デジモンは「その通り」に生まれ存在することになったのか? もしそうじゃなかったら、何をどうすれば人間の世界にデジモンやデジタルワールドの事を伝えるなんて事が出来る?』

       

      方法は解りきっている。

      だが、それが真実だとして、どのような目的が宿る事になるのか。

      解らぬまま、されど蒼矢は魔王の問いに回答した。

       

      (……デジタルワールドから人間の世界に、デジモンの事を伝えた「誰か」がいる……って事?)

      『それが何者で、何の意味があるかは知らないけどな。だが、明らかに意図を含んでるのは間違いないだろう。デジモンとしての能力で好き放題出来るのなら、人間達にはむしろその存在自体を知られない方が都合がいいはずだし。人間の世界でデジモンの事を知られる事、それが生命として確かに存在すると伝える事、それ自体に誰かの思惑があるようにしか思えない』

       

      不吉な予感を感じずにはいられない話だった。

      その声の聞こえ方に、リヴァイアモンもまた危機を感じているのだという事がハッキリ解る。

      聞いた話の通りであれば島一つを越す巨駆を有する怪物が、恐れている。

       

      『偶然の一致で済む話ならまだいい。だが、かつて死んだはずの俺の魂……っていうかデータがこうしてお前の中に宿っている事、そして同じように人間の中に宿っているデジモンが少なからずいる事……それに誰かの意図が絡んでないとは考えづらいんだよ。偶然にしては出来すぎている』

      (……というか、今更だけど死んでいるんだね。君みたいな強そうなデジモンも、死んでしまう事があるんだ)

      『本当に今更だな。そして当たり前だ』

       

      自分を含めた多くの人間達の現在が、人間達に宿るデジモン達の現在が、誰かによって意図されたものだったとしたら。

      それは果たして善意によるものか、あるいは悪意によるものか。

      解らない、何もかも。

      解らないからこそ、恐ろしい。

      と、そこまで考えていたところで声が掛かった。

       

      「――蒼矢さん? 蒼矢さんってば、何を急に深刻そうな顔になってるの?」

      「……あ、ごめん。少し考え込んでたんだ」

      「もしかして、蒼矢さんに宿ってるリヴァイアモンってデジモンと話してたの?」

      「まぁそんな所だけど……」

       

      素直に答えると、好夢はその両手を腰に当てながらこう言った。

      蒼矢に対してではなく、その内に宿る存在に向けて。

       

      「もう、急に蒼矢さんを不安にさせたりなんてしたら駄目でしょ? 島ぐらい大きいのなら、大きいなりにもっと度量も大きくないと」

      『……まさかこんな小っこい子に叱られる事になるとは思わなんだ……』

      「……今、リヴァイアモンが私の胸が小さいって言わなかった?」

      『「言!?」』

       

      聴覚が発達しているなんて次元じゃない地獄耳に揃って慄く二人。

      頭の中での言葉に過ぎないのに、何をどうしたら聞こえるのだろうか。

      結果的に話題が脱線したため、蒼矢は好夢に対して一つの疑問を投げ掛ける事にした。

       

      「ねぇ、好夢ちゃん」

      「何?」

      「君は、自分の中にデジモンが宿っているのが、誰かのせいだとしたらどう思う?」

      「……うーん」

      『…………』

       

      聞いた蒼矢自身、リヴァイアモンに対して悪感情は特に覚えていない。

      リヴァイアモンだって好きで自分の中に宿る事になったわけではないだろうし、今に至るまで何度も自分の事を助けようとしてくれたから。

      だが、だからこそ聞きたかった。

      目の前の少女は、自らが知らず知らずの内に宿すことになった存在について、どう考えているのか。

      その見解を。

      少し考える素振りを見せた後、少女はこう回答した。

       

      「……知らず知らずの間に、変な事してくれたなーとは思うけれど……でも、デジモンの方が自分の意思で好きで宿ったわけじゃないのなら、少なくとも私の中に宿ってる天使さんや蒼矢さんの中に宿ってるリヴァイアモンは何も悪くないってことでしょ? それならまぁ、別に怖くはないかな……なんて」

      「…………」

      「まだ蒼矢さんみたいに話せてはいないんだけど、私は私の中にいる天使さんが悪いやつだとは思えないの。だって、危なくなった時に助けてくれたから。助けるための力を、貸してくれたから。そうなる事を、変な事をしたやつが目論んでたのだとしても……それで天使さんの事を邪険にするのは、間違ってるように思う」

      「――そうだね」

       

      それは、決して履き違えてはならない事だった。

      たとえ今の自分が、誰かの手で歪められたものだとしても。

      それで力を貸してくれたデジモン達の事を悪く思ったりするのは、間違っている。

       

      「雑賀さんに宿って、力を貸してくれているデジモンだって、悪いヤツじゃないと思う」

      「きっとそうだよ。見た目は怖いけど、雑賀にぃと似て優しいワンちゃんだと思う」

      『……ダークエリアの番犬をかわいい扱い、ねぇ……当人が聞いたらどう思うやら……』

       

      経緯がどうあれ、望まざる形であれ、彼等はこれから共に戦うパートナーなのだから。

      と、意図せず蒼矢にとって納得のいく回答を口にした好夢は、何かを思い出したような口ぶりでこんな言葉を紡いでいた。

       

      「そういえばさ、蒼矢さん」

      「ん?」

      「リヴァイアモンって、種族としての名称なんだよね?」

      「当人はそう言ってたと思うけど」

      「だったらさ、名前とかつけたらどうかな? 蒼矢さんと一緒にいる、パートナーとしての名前」

       

      蒼矢自身考えもしなかった提案に、魔王からも反応があった。

       

      『……な、名前……種族じゃなくて個体としてのか……?』

      「なんかリヴァイアモン凄く動揺してるみたいだけど」

      「え、これだけの事で?」

      『……デジモンが個体としての名前を持つなんて事は基本無いんだよ。種族としての名前一つあれば事足りるからな』

      「デジモンにとってはかなり珍しい事みたい」

      「ふーん……で、蒼矢さんどうするの?」

       

      うーん、と両腕を組んで首を傾げる蒼矢。

      よくよく考えてみると、以前リヴァイアモンは自らが「悪魔獣」と呼ばれていたと告げていて。

      その事について、彼は善く思っていない節がある。

      もしかしたら自分自身がそんな風に呼ばれてしまう種族である事自体、彼からすれば忌憚の対象でもあるのかもしれない。

      であれば、

       

      (一応聞くけど、いいの? 僕が決めても)

      『別にいいが……必要な事か?』

       

      これからは「悪魔獣」などと呼ばれるような存在ではなく、共に戦うパートナーであると考えてもらうためにも。

      新しい名前は、必要なものだと蒼矢は思った。

       

      「名付けるよ。きっとその方がいい」

      「そっか。それで、どんな名前にするの?」

      『(ごくり)』

       

      まるでプレゼント箱の紐を解く時のような、一幕の緊張が走る。

      暫し考え、思い悩み、そして蒼矢はこう言った。

       

       

       

      「デカワニ!!」

      「ひどい」

      『流石にありえねえ』

      「二人揃って駄目出しされた!? 特徴押さえたのに!!」

      『特徴だけでただの感想になってるじゃねぇか』

       

       

       

      あまりにもあんまりな提案と感想があった。

      好夢とリヴァイアモンの落胆の声に足りない頭を捻って案を出していくが、

       

      「ジョニー!!」

      「ありがち」

       

      「ベニ!!」

      『色じゃん』

       

      「ポチ!!」

      「ペットの名前じゃん」

       

      「あぁもう、だったら何がいいのさ!! これでも気軽に話しかけられるように頑張って考えたつもりなんだけど!!」

      「『あんた(お前)のセンスにはガッカリだよ』」

       

      ボロクソだった。

      名前をつけると決意したものの、そんな行為は彼にとって初めてのことで、彼は彼なりに良さそうだと思った名前を口にしてみていたわけだが、どれもこれも二人には不評な様子。

      もしかしたら自分にはネーミングセンスが無いのかもしれない、と知りたくもなかった真実に蒼矢は軽めにショックを受けてしまう。

      とはいえ、これは自分のパートナーの話である。

      他の誰かに任せるのは何かが違う気がする。

      変に凝った名前にしようと考えない方がいいと思い直し、改めて蒼矢はこんな提言をした。

       

      「……じゃあ、タイヨウとか……どうかな……」

      『――ん? 太陽?』

      「蒼矢さん、それは……確かに先の四つよりはずっとアリだとは思うけど、どうして?」

      「……前にリヴァイアモン自身が言ってた気がするんだ。輝きが好きだとか何とか。で、思いつく限り一番輝いてるものって言ったら……基本は太陽でしょ?」

       

      それに、と一度言葉を区切ってから、蒼矢はこう言葉を紡いでいた。

       

      「それに、よくよく考えてみると、僕にとってリヴァイアモンはそういうものかなと思って」

      『…

      「……ん? どうしたの?」

       

      てっきりまた辛口コメントが飛び出てくると思い込んでいた蒼矢は、急に沈黙した一人と一匹の様子に疑問符を浮かべていた。

      少しの間を置いてから、改めて名付けられたリヴァイアモンが口を開く。

       

      『……お、おう。そうかよ……』

      「?」

       

      何やら戸惑った様子だった。

      次いで何かに納得した様子で好夢がこう言った。

       

      「……なんか、波音さんが蒼矢さんの事を好きになった理由が解ったかも」

      「? やっぱり、別のが良かった?」

      「いやそれでいいから!! むしろそれしか無いから!! リヴァイアモンもそう言うんじゃないかなぁははは!!」

      『そ、そうそう。タイヨウねタイヨウ。いいと思うぜタイヨウ。うんうん解ったよそれでいいぜよろしくなソーヤははは』

      「ふたり揃って笑い出してどうしたのさ。変な感じだなぁ」

      『げふん』

       

      よくわからないが、今回の名付けは成功したらしい。

      リヴァイアモン改めタイヨウと呼ばれる事が決まったデジモンは、何かを誤魔化すように咳払いをすると、この話はもう終わりだと言わんばかりに話題を切り替えてくる。

       

      『名前の事はもういいから、さっさと色々見ておこうぜ。知識はあればあるだけ得だからな』

      (……それもそうだね、タイヨウ)

      『…………』

      (了承したくせにいちいち黙らないで)

       

      タイヨウの言う通り、今は少しでも時間が惜しい。

      知るべき事は多く、要点も解らない以上、とにかくがむしゃらに見ていくしかないのだ。

      意を決してスマホの画面をなぞり、ひとまずは『図鑑』の確認から始めていく蒼矢。

      レベル、属性、タイプなど検索の設定に用いられる用語に疑問符を浮かべながらも、ひとまずは今日遭遇した敵が成っていたと思わしきデジモンの事を調べてみようと考えて、

       

      『……ん? ちょっと待ってくれソーヤ』

      (? どうしたの)

      『そこ、そこに見える……アルフォースブイドラモンって名前のところを調べてみてくれ』

      (あるふぉーす……?)

       

      突然タイヨウの口から申し出が来たと思えば、確かに『図鑑』を開いてすぐ表示された名前の中には言われた名前が存在していた。

      ア行の名前から最初に出るタイプなのか、と内心で呟きながら言われた通りに調べてみる。

      名前をタッチして数秒経つと、何やら『V』のアルファベットの形をした胸当てが特徴的な蒼い鎧を身に纏った竜人のようなデジモンの画像と、それに関する詳細が記載されているのが見えた。

      見れば、詳細の中には『ロイヤルナイツ』という組織の名前らしい単語も記されている。

      また何か重要な事を聞けるのかな、などと思っていた矢先に、内なるモンスターはこんな事を言い出した。

       

       

       

      『――マジか。うわーマジか!! こっちでも知られてるのか、俺の憧れの聖なる騎士ー!!!!!』

      「うわぁうるさい!? ちょ、ちょっとどうしたのタイヨウ!!」

      「……頭の中で叫ばれるって、相当キツそうだなぁ」

       

      突然脳内に響き渡る歓喜の声に不快感を表す蒼矢と、その様子に思わず同情してしまう好夢。

      よくわからないが、インターネット上の『図鑑』に掲載されたこの『アルフォースブイドラモン』というデジモンはタイヨウにとって憧れの対象であるらしい。

      しかし、それにしたって、

       

      (聖なる騎士……このデジモンが?)

      『カッコいいだろ? アルフォースブイドラモン、ネットワークの最高位である聖騎士団《ロイヤルナイツ》に所属する十三体のデジモンの内の一体だ。いやー、絵になっても本当にかっけぇなぁ本物はもっとかっけぇと思うと尚更昂ぶるなぁ!!』

      「助けて好夢ちゃん!! タイヨウが急に手がつけられない状態に!!」

      「助けてって言われてもどうしようも無いんだけど……」

       

      『なぁなぁ!! ちょっと他のナイツの事も名前教えるから調べてみてくれよ!! どうせ後々必要になってくる情報だと思うしさぁ!!』

      (解ったからいちいち大声出さないでってば頭が痛くなる!! 何なのさ急に早口にもなって……)

       

      どうにも疑問を差し込む余裕など無いらしかった。

      言われるがままに名前を検索にかけ、その度に画面越しに出て来た名前に触れてページを開く。

      オメガモン、デュークモン、ドゥフトモン、スレイプモンなど、それぞれ個性的な姿をしたデジモンの姿や詳細を見る度に、頭の中で悪魔獣と呼ばれていたらしいワニが興奮してうるさくなる。

      何が彼をそうさせるのか、ロイヤルナイツと呼ばれているらしいこのデジモン達は、人間の世界で言うところのアイドルか何かなのか。

      少なくともデジモンという存在に触れて僅かの蒼矢や好夢からすれば、ロイヤルナイツという存在に対する印象などその程度のもので。

      ふと、こんな言葉が出てきてしまうのも仕方のないことだったりした。

       

      「……蒼矢さん。色々と騎士っぽくないのがちらほら見えるんだけど……この、ガンクゥモンとか」

      『は?』

      「……なんだろうね。騎士ってアレだよね。馬に乗って剣とか槍とか振るう人の事だったような……武器持たずに拳で戦う騎士ってアリなの?」

      『あ???』

      「うーん……というかこれどう見てもただのおじさ……」

      『ん?????』

       

      そしてゼロ距離どころかマイナス距離で圧をかけられた蒼矢はもう無理だった。

       

      「タイヨウさっきから怖いんだけど!! いや仕方無いじゃん。明らかに騎士っぽくないのが混じってるじゃん!! 好夢ちゃんが言ったガンクゥモンもそうだけどこのエグザモンってデジモンとか!!」

      『何処が騎士っぽくねぇんだ何処からどう見ても立派な騎士だろ!! ったくお前らってば意外と視野が狭いというか節穴というか何も解ってねぇというか……』

      「というか何で急にそんな盛り上がってるのさ。ロイヤルナイツって、君にとって何なの?」

      『進化したかったデジモンベスト13。あと殺されるならこのデジモンがいいベスト13!!』

      「色々と重いっ!!!!!」

      「蒼矢さーん、誰と話してるのかは解るけど普通の人から見ると変な人にしか見えないって自覚は持とうよ? 具体的に言うとうるさい」

       

      どうやら、自分のパートナーとなる相手も相手で中々に変わり者らしい。

      超えてはならないラインを知らず知らずに超えてしまったらしく、それまでの冷静沈着な思考は何処へやら、ヒートアップした……というか童心に帰った様子のタイヨウは蒼矢の頭の中でこんな言葉を飛ばしてきた。

       

      『よぉし解った。こっちの世界でも認知されてるって事は、その「作品」の中にはロイヤルナイツのデジモンが出てるものも何個かはあるだろう。さっさと観ようぜ!! ちゃんと聖騎士の活躍を見ればその間違った認知を修正出来るだろ!!』

      「いや活躍も何もフィクションだよね? 架空の話だよね? 少なくともこっちの世界における『作品』については」

      『架空の話だったら尚更解りやすく脚色されてるだろ。なんかこうドロドロとした感情とかは無い、子供に人気のヒーローみたいな感じに。そしてお前らみたいなニワカにはそれでちょうどいい』

      「……うーん、あまりイメージはしづらいんだけど」

       

      そして最後に聖騎士オタクのワニ(年齢不詳)はこうも言い切っていた。

       

      『大丈夫だって!! ちゃんと聖騎士である事は認知されてるみたいだし悪役にはならないだろ!! もしロイヤルナイツが悪役として書かれたりなんてしてたら 俺が覚えてる限りの恥ずかしい秘密の一つや二ついくらでも暴露しちゃっても構わないぜ?』

       

      必然として。

      あるいは、わざわざ言うまでも無いことかもしれないが。

      後に人間の世界におけるデジモン関係の『作品』のとある一作を蒼矢と共に視聴したタイヨウは、感情の消えた声でこう言い残したという。

       

       

       

      ――シナリオ考えたヤツを呼べ、今すぐ。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      同日、夜中。

      牙絡雑賀も司弩蒼矢も縁芽好夢も、それぞれが帰るべき場所へと帰った後。

      一時は戦場ともなった廃墟の群れ、その内の一つの上に佇む一人の男性がいた。

      青いコートを身に纏った、数日前に紅炎勇輝と接触した男、その人である。

       

      「…………」

       

      彼は感情の読めない目で、辺り一帯の建物を見ていた。

      かつては誰かが住んでいた、あるいは勤めの場所としていた、その残骸。

      人の気配も無く、夜の闇に彩られたその街並みは、ある種のゴーストタウンのようにも見える。

      されど静寂は続かなかった。

      何を思いてか独り佇む彼の近くに、闇夜に紛れて一人の女が現れたことで。

       

      「おや、こんな所で何をやっているんです?」

      「特に何も。かく言う君こそ今夜は何を?」

      「夜中に気になる気配があったもので、つい」

       

      サツマイモの皮のように紫色な衣装を身に纏った女――牙絡雑賀に情報を伝えていた女だった。

      彼女は青コートの男の傍に近寄ると、気楽な調子で問いを投げる。

       

      「こんな廃れた場所に思い入れでも?」

      「あると言えばある。君に言う気は無いがね」

      「おや冷たい。貴方がたの目論見を手伝ってあげているのに」

      「君に何か弱みでも知られると、後が恐ろしいからな……」

      「ひどい言い草ですねぇ。私の何が恐ろしいと?」

       

      互いの手が互いに届く間合い。

      見方によっては親密そうでありながら、されど微塵も気を許さぬ様子の青コートの男に対し、あくまでも女は調子を変えずに言ってのける。

       

      「というか、だな」

       

      故にこそか、男もまた女に向けて素直に回答した。

      一つの真実を。

       

      「『グリード』に縁芽苦朗の受けた傷の事を教えたのは、どうせ君だろう?」

      「ええ」

      「その上で縁芽苦朗に司弩蒼矢の情報を伝え、互いに衝突するように仕向けた。牙絡雑賀が居合わせる事になった事まで想定通りかは知らないが、結果として君の言葉を引き金にこの二日間の間に彼等は戦わざるも得なくなった。これで恐れるなという方が難しいだろう」

      「ですか」

       

      あるいは、この場に関係者の一人でもいれば、怒りを買って当たり前の事実だった。

      されど仮にこの場に友達や義理の妹がいたとしても、女は問われれば平然と答えていたことだろう。

      男の言葉はあくまでも答え合わせ。

      だからこそ、女もまた特に驚きはせず、

       

      「まぁ、結果としては良かったじゃないですか。戦いを経て牙絡雑賀は一気に完全体の力を手にし、その気になればダークエリアへの門を開く力すら得た。司弩蒼矢は内に宿る力を暴走させることもなく、街は海の暴威に飲み込まれたりせずに済んだ。全体的に見て、組織の目的には沿えていると思いますが?」

      「…………」

      「それに、苦朗君の事について私の事を責める気ならお門違いでしょう。そもそも……」

       

      変わらぬ調子でこう言ってのける。

       

      「彼に致命的なダメージを与えたのは、結果的にそうなるに至った戦闘を繰り広げていたのは、あなたですし」

      「必要な事ではあった」

       

      男もまた平然としていた。

      自らの行い、その結果に疑問など抱いていない様子だった。

       

      「彼は間違い無く怪物の類だ。今回は一度目の戦いであったから私の勝ちとなったが、二度目ともなれば話も変わる。ベルフェモン……だけではなく、ベルフェモンに至る前の姿だったのだろう種族の力まで使える高レベルの電脳力者である以上、一度戦った相手の対策などいくらでも取れる。まだ殺すわけにはいかないが、あのぐらいダメージは与えておく必要はあった」

      「あのぐらい、なんて言えるレベルでは無いと思いますけどね。結果的に面白い展開にはなりましたが」

      「私も私で力不足を痛感させられたよ。このコートを着て、包帯を操ってみせれば私に宿っているデジモンがマミーモンである……などと偽れると思ったのは浅はかだった。侮っていたつもりは無かったが、手札をある程度切らされてしまった」

       

      言葉とは裏腹に、青コートの男の声に苦痛の色は無い。

      怠惰の魔王、それを宿す人間に打ち勝つ力を有する男の表情は窺い知れない。

      偽りを身に纏うその男は誰に告げるでもなく経過事項を振り返る。

       

      「牙絡雑賀は短期間の間に戦闘を重ね、電脳力者としてのレベルを上げた。司弩蒼矢は護りたいものを見つけ、魔王の力を暴走させずに済んだ。縁芽苦朗はそんな二人を新たな戦力として手に入れた。一見、彼等は十分な成果を得られたように見える。だが『グリード』が成果を得られぬまあ黙っているわけも無い。勢力としては未だに『グリード』は解りやすく強大で、仕掛ける事に対するリスクをいちいち考えるほど利口な集まりでも無い以上、次の衝突は近い」

      「何せ欲張りの集まりですからねぇ。我慢というものを知らないから、痛い目を見ても方針を変えたりしない。それでいて悪知恵は働くんですから、欲される側からすればたまったものではないでしょう」

      「この街に入り込んだ殺人鬼も、おそらくは『グリード』の下につく事だろう。欲を満たしたいと願う者にとって、バルバモンの電脳力者である彼が管理するあの組織の環境は理想的であるわけなのだから」

      「彼等は対抗出来ますかねぇ」

      「出来てもらわなければ困る。あまり一般の人間を殺され過ぎるわけにもいかないのだからな。場合によっては私達も出向かなければならなくなる」

      「おや、意外と博愛主義。少し前に何も知らない学生を拉致ったのと同じ人だとは思えませんね」

      「彼をデジタルワールドへ送る事は必要な事だからな」

       

      此度の戦いはあくまでも、彼等にとって物語の1ページ。

      多少のイレギュラーこそ交えながらも、それ等全てはアドリブとして許容可能な範囲の話に過ぎず、本筋そのものが変更を余儀なくされたわけでもなく。

      結論からして、牙絡雑賀の成長も司弩蒼矢の改心も何もかも、シナリオライターと呼ばれる組織にとっては何の痛手にもならないものに過ぎず。

      その前提に基づいた脚本家の言葉は、まさしく予言に他ならない。

       

      「戦いはこれから激しくなる」

      「激しくなるほど『シナリオライター』の目的は達成に近付く、ですね」

      「聡明な苦朗君辺りは気付いているだろう。だが『グリード』のような枠組みがある限り、力を振るう事を止める事は出来ない。それは大切なものを失うことを容認するも同然の選択であるのだから」

       

      命を賭した闘争も、自らを害しかねない成長も、その意味も何もかも。

      彼等にとってはある種の糧に過ぎない。

      誰かが前に進む度に同じ、あるいはそれ以上の速度で筋書きを先へ進めていく。

       

      もっとも。

      彼等の描く筋書きが、全て同じ未来を見据えてのものかどうかは、別の話であるのだが。

       

      「種植えは完了し、芽吹きの時は遠からず来る。この世界でもデジタルワールドでも……争いは必ず起き、それに伴った変化が起きる」

       

      世界の行き先を描く脚本家、その一員でもある男はその視線を都市の方へと向け、終いにこんな言葉を吐き捨てる。

       

      「――誰がどのような筋書きを描いていようが知った事か。私は必ず目的を成し遂げる」

       

      夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴いた時、物語は次のページへと移り変わる。

      現実世界でもデジタルワールドでも、その摂理に変わりは無く。

      デジモンという存在に選ばれた、あるいは呪われた者達もまた、逃れられぬ運命に導かれるようにして新たな一歩を踏み出すしかなくなっている。

      牙絡雑賀も、司弩蒼矢も、縁芽好夢も、縁芽苦朗も。

       

      そして、デジタルワールドにいる紅炎勇輝や、彼と共にいるベアモンもエレキモンの下にも。

      新たな戦いの種は、とっくの昔に芽吹きつつあった。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      そして。

      所変わって、デジタルワールドの夜中にて。

      とある森林地帯の中で、とある二匹のデジモンが歩き続けていた。

       

      「……大丈夫か? まだ歩けるか?」

       

      そう問いを出す片方は、銀色の毛並みを有し二足で立つ、狐の獣人。

      女性的な声質を有するそのデジモンの問いに、もう片方が返答する。

       

      「――は、はい。どうにか……僕は、大丈夫です……」

       

      赤い羽毛に身を包み、二足で立つ小柄な、鷹にも似た鳥。

      気弱そうな声で、されど礼儀正しく返答するそのデジモンは、明らかに疲れた様子で返答していた。

      彼の様子に僅かに表情を曇らせながらも、銀の狐は言葉を紡ぐ。

       

      「あと少し頑張れば、リュオン殿のいる町に着く。どうにかそれまで辛抱してほしい」

      「…………」

      「……里の事は気にするな。あの程度の襲撃で潰えたりはしないはずだ」

      「……そうだと、いいのですが……」

      「必要なら進化して運ぼう。少しの間にはなるが、時間の短縮にはなるだろう」

      「いえ、大丈夫ですから!! 僕のことはお構いなく……!!」

      「……そう言うのなら、そうするが……あまり気負わないでほしい。あの方も、お前のそのような顔をしてもらうために私を侍らせたわけでは無いはずなのだから」

      「……ハヅキさん……」

       

      ハヅキ、と。

      そう鷹に名を呼ばれた狐は、優しげな笑みを浮かべながら姿勢を低くする。

      鷹と目線を合わせ、改めて告げる。

       

      「さぁ往こう。辿り着くまで安心は出来ない」

      「……はい……」

       

      返答し、鷹は狐と共に再び歩き続ける。

      じきに夜の帳が上がり、朝のひばりが鳴く頃。

      その表情はいつまでも、不安げに暗かった。

       

      人間とデジモン。

      現実世界とデジタルワールド。

      二つの存在と世界とを巻き込んだ物語は、これより第三の幕を上げる。

       

       

       

      ――第二章、完。

       

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    • #3886

       二章お疲れ様でした。
       実質的にエピローグと情報整理、よく考えたら苦朗同様に七大魔王なんだから必要な情報はリヴァイアモンから引っ張れるじゃんと思ったらしっかり実践されて唸らされました。そう考えると速攻で七大魔王が二人揃ってるのも凄い時代だ。いや敵側にグリードなんて名前がいた気がしますがその記憶は神に返しました。
       好夢チャンは“小さい”って単語に反応し過ぎだろ、エドワード・エルリックかよ。むしろつけっぱなに過敏に反応する道化のバギーかもしれん。
       
       青臭いところも見せましたが、登場当初は如何にも不幸そうで(実際不幸)救いを待つべき側だった蒼矢が二章通して「強くなりやがったな……」と思える域に達したのが頼もしい。今週の怪人枠だと思ったら実は主人公その2ぐらいのポジションだったみたいな燃え展開。雑賀のことまだ把握し切れてないので素で合体=ジョグレスのことだと思っている可能性を捨て切れない。リヴァイアモン様もノリノリだし、全員で東映アニメチャンネル登録して一から見るべきなのでは。triは抜かせ!
       
       そして女子はいるけど女っ気は意外と薄い作品だぜと思っていたらサツマイモの女参上。この人達今回の戦いを色んなところから見たり裏で手を引いてたり利用したりし過ぎだぜェーッ!

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