デジモンに成った人間の物語 第三章の② ―偶然の―

トップページ フォーラム 作品投稿掲示板 デジモンに成った人間の物語 第三章の② ―偶然の―

  • 作成者
    トピック
  • #3891
    ユキサーンユキサーン
    参加者

      護衛依頼、もとい都市へ向けての冒険の準備は徹底的に行われた。

      空を長く飛び続けたり、地上をマッハの速度で駆け抜ける事が出来る種族でもない限り、いかにデジモンが優れた戦闘能力を有する存在であろうと、何の備えもないまま長距離を移動し続けることは出来ない。

      必ずどこかでエネルギーを補充する手段、言い換えれば空腹を満たす食べ物が要るし、それ以外にも個々が適応出来ない地形に対応するための道具だって必要になる。

      そういった、依頼の遂行に必要なものは『ギルド』の方から多く支給されており、今回も目的地であるノースセントラルCITYへ向かう上で、リュオンが到着に掛かる日数として見積もった五日間を目安とした量の食べ物とそれを詰め込めるだけの人数分のかばん、その他にも方角を見失わないためのコンパスや大陸の地形と要所を書き留めた地図など、様々な道具を必要最低限に集めたある種のサバイバルキットとでも呼ぶべきものを、チーム・チャレンジャーズは支給されている。

      そのため、消費がよっぽど過剰にならない限り道中で確保出来るであろう分と合わせて、少なくとも成長期五名と成熟期一体のデジモンたち各々の腹を満たす分には事足りるだろう――と、少なくともこれまでの経験から腹持ちの程度を一行は知覚している。

      基本的に考えるべきは、道中で遭遇することになるであろう狂暴化デジモンの存在。

      護衛の依頼である以上、どうあれ護衛対象であるホークモンについては絶対死守、戦いからは遠ざける方針だというのが共通認識であった。

      そんなこんなで、護衛対象であるホークモンの左右には依頼主のレナモンのハヅキと、一行の中で進化の段階が最も上のミケモンのレッサーが侍り、ギルモンのユウキとベアモンのアルスとエレキモンのトールの三名が前方の警護を任されることになった。

       

      「しっかし、何にしてもいきなりだよな……」

      「まぁな。まさかこんな唐突に都に向かうことになるとか、俺も考えなかった」

       

      見れば、彼等の首元には深緑色のスカーフが巻かれていた。

      これは発芽の町の『ギルド』に所属するデジモン全てに支給されているもので、同時に『ギルド』に所属していることを証明するためのシンボルでもあるので、つまるところ『ギルド』の構成員は依頼の際に体のどこかにこれを巻きつけておくことを義務付けられている。

      現実世界にしろデジタルワールドにしろ、身だしなみが重要視されるのは変わらないということなのか――と当時のユウキは意外な事として思ってもいたのだが、慣れとは早いもので今となっては特に不思議に思わなくなりつつあるのだった。

       

      「トールは都に行ったことあるのか?」

      「いや無い。行きたいと思う理由も特別無かったし」

      「うーん、理由がやけに生々しい」

      「あのなぁ、お前は町住まいの俺にどんな返事を期待したんだよ」

      「んー、出世してエラいデジモンになりたい、とか?」

      「少なくともお前よりはエラいと思うよ俺」

      「どゆこと?」

       

      現在地は森林地帯。

      通称『開花の森』とも呼ばれ、発芽の町から少し離れた位置にある森の中を『ギルド』の一行は歩き続けている。

      デジモンの狂暴化、などという現象がいたる所で起きているわりには静かなもので、森の中で聞こえる音は基本的に風の音と、風に揺られる木々の音ぐらい。

      それ自体は自然な事であり、誰かが困ったりするような話ではないのだが、では常に緊張感を保ったまま歩き続けられるかと聞かれると、一部の除いてそこまで堅物でもないわけで。

      当然とでも言うべきか、白羽の矢は現時点で最も沈黙している者に立った。

       

      「で、さっきからやけに黙り込んで、どうしたんだアルス?」

      「……ん? 何、エレ……トール」

      「いや、お前にしては珍しく黙ってるなと思ってよ。依頼の時だろうが何だろうが、こうして歩いてる時はいつも世間話の一つぐらいはしようとしてただろ。何だ、珍しく真面目になれたのか」

      「まるで僕がいつも真面目じゃないみたいに聞こえるんだけど」

      「真面目なやつは寝坊で約束すっぽかしたりしないし、世間話で突然『昨日、どのぐらい大きなウンチ出た~?』とか聞いたりしねぇよ」

      「えー。約束のことはごめんだけど世間話についてはそこまで言われることなくない?」

      (聞いた事は否定しないんかい)

       

      アルスの返答に内心でツッコミを入れながら、ユウキはユウキでアルスの素振りに感じるものがあった。

      確かに、トールの言う通り今回のアルスは普段の様子と異なっている。

      普段のアルスであれば、依頼の中でも大抵の状況に対して余裕と自信をもって振舞っていた。

      気になる事や世間話は頻繁に口に出していたし、狂暴化したデジモンと遭遇してしまった際も「僕もいるから大丈夫」と問題が起きる度に口にして、ユウキやトールを――特にユウキを――安心させようとしていた。

      だが、今回の依頼――何やらワケ有りらしいホークモンを指定の都にまで送り届ける――を受けてからの事、何があったのか自分からは一言も口を開こうとしない。

      当然、依頼に際しての持ち物の相談など、必要な会話については頻繁に口を開いてくれるのだが――どこか、真面目すぎるように見えた。

      それが悪いというわけではないし、それだけ事態に集中してくれているという事実は確かに頼もしく思えるのだが、それはそれとして気になった。

      気になったので、今更のようにユウキは一つの質問を投げ込んだ。

       

      「そういえばなんだけど、アルスとトールっていつから一緒なんだ?」

      「? いつからって……」

      「いや、よくよく考えてみると俺は俺の事は出来る限り教えたけど、俺はお前たちの事を何も聞いてないと思ってさ。同じ町に住んでて、俺と会った時も二人一緒だったけど、別々の家に住んでるわけだし。仲良しなのはわかるんだが、それ以外のことはよくわからないままなんだよな。幼馴染とかだったりするのか?」

      「仲良しは否定させてもらうとして、確かに俺達だけ何も喋らないのは不公平か……」

      「いやそこは否定しないでよ。ユウキから見ても仲良しみたいだし」

       

      アルスの訴えを無視して、トールは歩きながら語りだした。

       

      「俺とアルスは、別に幼馴染ってわけじゃない。そもそもあの町で最初っから生まれ育ったわけじゃないしな」

      「え、そうなのか?」

      「ああ。俺やアルスは、元々流れのデジモンだったんだよ。行くアテもなくこの辺りの森を通りがかったところで、町の長……ジュレイモンに招かれて、町の住民として家持ちになった。アルスとはその後で会ったんだ」

      「そうそう、僕も放浪してる内にあの町に辿り着いたんだよね。長老のジュレイモン、町の周りの森のことはだいたい知ってるというか、解っちゃうみたいで。迷い込んできたデジモンに声を飛ばしたり、無事に町に到着出来るように誘導したり出来るんだって」

      「へぇ……」

       

      ジュレイモンという種族の事は、ユウキも知っていた。

      完全体のデジモンであり、現実世界で『図鑑』に記述された情報によれば、

       

      『樹海の主と呼ばれ、深く暗い森に迷い込んでしまったデジモンを更に深みに誘い込み、永遠にその森から抜け出せなくしてしまう恐ろしいデジモン』

       

      と語られる程度には危険性の高いデジモンであり、事実として『アニメ』でも主に敵役として登場することが多かった。

      が、結局のところ力は使いようということだろう。

      森に迷い込んだデジモンを更に深く迷い込ませるために用いる幻覚の霧を、ある種のガイドとして利用することによって、迷い込んだデジモンが逆に森の中を無事に抜けられるように誘導する。

      もしくは、あの町こそを『森の深み』として定義付ける事によって、安全地帯に招き入れる。

      アルスの口から語られたその情報は、ユウキが発芽の町にやって来たその翌日に会った際の印象とも合致するが、それはそれとして「そんなことが出来るんだなー」とユウキを関心させるものだった。

      が、同時に一つの疑問が生まれる。

       

      「……流れのデジモンってことは、お前ら何処から来たんだ?」

      「あぁ、そういやオイラもそれは聞いた事なかったな。あの町には流れ者がよく住み着くから興味無かったし」

       

      ユウキの言葉に、後ろの方から話を聞いていたレッサーもまた興味を示す。

      その言葉は、端的にユウキという余所者が町にあっさりと受け入れられた理由を語ってもいた。

      問われて、トールはこんな風に返してくる。

       

      「何処から、か……んー。遠いところにある山脈……としか言えないな」

      「すげぇ大雑把だなオイ」

      「元は野生だったんだよ俺。今でこそあの町で家持ちだが、そうなるまではどこにでもいる一匹に過ぎなかった。生まれ故郷に愛着とかあったわけでもねぇし、行く宛とか目的とかがあったわけでもない。ただただ、適当にぶらりふらりしてる内にあの町に着いて、住民になっただけだ」

      「……野生のデジモンだったって割には、理知的に見えるんだが」

      「あのなぁ。野生のデジモンの全部が全部、グルグルガアガア吠えるしか能が無いってわけじゃねぇんだよ。普通に言葉を交わせるやつだっているし、町での暮らしに飽きて自分から野良に生きようとするやつもいる。まぁ、最近は狂暴化したやつとばかり遭遇してるから、野生デジモンに偏見持っても仕方ねぇけど」

       

      何かにうんざりするように、トールの口からため息が一つ。

      野生のデジモンというものに対する偏見に呆れたのか、あるいは狂暴化デジモンが頻繁に現れる近頃のバイオレンス具合に嫌気を覚えているのか。

      恐らくは両方だろうな、と内心でユウキは予想した。

      そうしてトールの返答が終わると、彼とユウキの視線はもう一人――アルスの方へと移っていく。

      何かを考えるように沈黙してから、アルスはこう言った。

       

      「僕は遠くの村で生まれて、そこで暮らしてたよ。色々あって旅に出ることにして、トールと同じような感じで町に着いて、長老から住むことを許されて今に至るって感じ。特に変わったこととかは無い、かな」

       

      その回答に、ユウキとトールはそれぞれ「うーん」と唸ってから、

       

      「なんか普通」

      「お前にしては普通だな」

      「君達さ、聞いておいて流石に薄情すぎない? そりゃあ僕にだって、あったらいいなーって夢見た出来事とか色々あるから、サプライズが欲しくなる気持ちもわかるけどさぁ」

      「夢見たって、例えばどんなの?」

      「ある日突然デジメンタルとかスピリットとか、そういうナニカの継承者になって悪者と戦うとか」

      「異世界で生まれ変わったらそうなるといいね」

      「慰めるにしても他の言い方無かったのかな???」

       

      デジモンにも、ヒーローに憧れる時期はあるようだ。

      あるいは、フィクションとして眺める側でしかなかった人間よりも、それが有り得るデジタルワールドという現実に生きているアルスのようなデジモンの方が、そういう欲求は強いのかもしれない。

       

      「デジメンタルにスピリット、ねぇ……前者はともかく後者はおとぎ話でしかマトモに聞かないが、夢のある話だよな。かつて死んだ……十闘士と呼ばれてるデジモン達の魂が、分割されて存在してるって話だろ? 普通のデジモンならまず考えられない話だよなぁ」

      「そりゃあな。死んだデジモンの魂がそんなホイホイ残ってたら、世界はスピリットだらけになっちまうよ。あくまでもアイテムの類らしいデジメンタルのほうがまだ信じられるってもんだ」

       

      デジメンタル、そしてスピリット。

      どちらも、デジモンを特殊な進化段階へ移行させる効能を有した代物であり、その存在はどうやらこのデジタルワールドにおいても『伝説』の類として認知されているものらしい。

      以前、ユウキも『発芽の町』に存在する文献のいくつかに目を通してみたが、デジメンタルやスピリットについては、ユウキ自身がホビーミックスの範囲の話として知覚しているものよりも情報が欠けている印象を受けた。

      特に、デジメンタルについては特に重要な『奇跡のデジメンタル』と『運命のデジメンタル』の二種類の記述が確認出来ず、その点についてユウキは疑念を抱かずにはいられなかった。

      何故なら、

       

      (……ロイヤルナイツはちゃんと存在するみたいなんだよな。アルスもトールも、会ったことは無いみたいだけど……普通のデジモンに認知されてるぐらい有名なら、メンバーの一体であるマグナモンの事も知られているもんなんじゃ……?)

       

      ロイヤルナイツ。

      ユウキが大好きなデュークモンを含めた聖騎士型に該当される、合計13体のデジモン達によって構成されたネットワーク最高位の守護者たち。

      その一員として数えられ、とある『古代種』に該当されるデジモンが『奇跡のデジメンタル』を用いることによって進化するとされる聖騎士型デジモン――それこそがマグナモンだった。

      そして、そうした聖騎士たちの名前はアルスもトールも少なからず認知しているようで、その事実はこのデジタルワールドにおいてもロイヤルナイツという組織が有名で強大な存在として君臨している事実を物語っている。

      にも関わらず、デジメンタルについての情報は欠けている。

      単に『発芽の町』に存在する文献には記載されていないというだけで、他の町やこれから向かおうとしている都に存在する文献には記載されている可能性も、単に悪用の危険性を考えて情報を秘匿されているだけという可能性も考えられはするのだが。

      それはそれで、少し気懸かりではあった。

      そこまで考えたところで、ふとしてユウキは視線を後方へと移した。

      視線の先には、俯きながらも歩き続けている今回の依頼の護衛対象のホークモンがいる。

       

      (……そういや、デジメンタルと言えば……)

      「ハヅキさん、一応聞くんですけど……ホークモンはデジメンタルって持ってるんです?」

       

      ユウキの問いは単純な疑問でありながら、同時にいざと言う時に戦えるかどうかの可否を問うものだった。

      そして回答は、ホークモン自身ではなく彼の傍に侍るレナモンのハヅキの口から紡がれる。

       

      「残念ながらこの子は持っていないのでござる。持っていればいざと言う時の自衛に使えるかもしれないが、基本的に戦力にはならないものと考えてもらいたい」

      「……ぅ……役立たずでごめんなさい……」

      「……え、いや、そんな風に言ったつもりは……」

      「そもそも僕なんかがデジメンタルに選ばれるとは思えないし……選ばれたとしてもどうせずっこけのデジメンタルとか根暗のデジメンタルとか……」

      「未知へのアーマー進化やめろ」

       

      わざわざ護衛してもらう相手にまで戦闘能力を秘匿する意味は無い。

      護衛対象のホークモンに、いざと言う時の自衛手段は無いというハヅキの言葉は真実だろう。

      というか、あまり言いたくはないが当人の言う通り、このホークモンがデジメンタルに選ばれるような光景を現時点では想像しづらい。

      可能性はゼロではない――と信じたいが、何よりデジメンタルそのものを所持しておらず、それが何処にあるのかもわからない現状、自衛手段が無いという事実が揺らぐ可能性は薄い。

      自衛手段が無い、誰かを頼ることしか出来ない。

      案外、そんな現状に最も苦しみを覚えているのは、ホークモン自身なのかもしれない。

      少なくともユウキはそう思った。

      が、

       

      「大丈夫だよ」

       

      ホークモンの反応を聞いて、アルスはそんな言葉を口にしていた。

      いったい何を想っての言葉なのか、普段よりも強い口調で。

       

      「ユウキもトールも、僕もいる。どんな事があっても、君の事は必ず護る。だから心配しないで」

      「……う、うん……ごめんなさい……」

      「何も悪いことしてないのに謝らなくていいから!! ほら、どうせならもっと楽しい話をしようよ。嫌な事ばかり考えてても仕方無いんだから」

      「……お前はお前でさっきまで黙ってただろ(ボソッ)」

      「ユウキうっさい」

      「急に辛辣!!」

       

      気懸かりな事こそあれ、普段やる気がよくわからないヤツがやる気に満ちているのは悪い話ではない。

      ユウキとトールはひとまずそう受け止め、より真面目に依頼を完遂しようと意識する事にした。

      というか本音として、脈路も何もなく突然ウンチのデカさを聞いてくるヤツよりもダメなやつだと後方の上司や依頼主に評価されたくはないのだ。

      こう、プライドの話として。

       

      「お前等、雑談はいいが気は引き締めとけ。そろそろ安心安全とは言えなくなるぞ」

       

      そうこう喋っている内に、一行の視界に一つの通過点が映る。

      広大な森を抜けた先に見えるもの、普段の依頼では向かう事の無い進路。

      木々が視界を覆う森よりも、更に視界が狭められる通り道。

      通称『彩掘の風穴』と呼ばれる、大きなトンネルだった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      「あー、やっぱこういう時は火を吐けるのって便利だな」

      「だなぁ。いやー、火付け係ご苦労ユウキ君。後で肉リンゴとかも焼いてくれね?」

      「いやあの、事情に納得はしてるけど、努力をそんな雑い扱いされると普通にムカつくんだが???」

       

      言葉を交えながらトンネルの中を進む一行の手には、紅い炎を先端に灯したたいまつが握られていた。

      薄暗く、日の光がろくに通っていない場所を通る都合、当然ながら灯りとなるものが必要となるため、トンネルの中に入る前に全員分の太めの木の枝を採取し、ギルモンであるユウキが火をつけて作成したものである。

      デジタルワールドにやってきて数週間、火加減を覚えられる程度にはギルモンとしての体の使い方にようやく慣れてきたユウキとしては努力の成果でもあるのだが、自らの固有の能力を扱えることが当たり前なデジモン達からすれば、特に評価に値する話ではないらしい。

       

      (そりゃまぁ、戦い以外ではチャッカマン程度の価値しか無いのは事実だけども)

       

      雑に「便利」の一言で片付けられ、若干肩を落としつつもユウキはトンネルの壁を見る。

      衣食住に困らない現代、人間が作った現実の中に生まれた者であれば、好奇心以外の動機で行くことはまず無い野生の暗所。

      その景色とニオイには、多少覚える高揚感があったが、一方で疑念を抱かせるものもあった。

      入り口付近から現在の地点に至るまで、全ての壁に刻まれている傷跡。

      自然現象などではなく、何か人工的なもので掘り進められたような痕跡に、ふとしてユウキはレッサーにこう切り出した。

       

      「レッサーさん、ここってドリモゲモンとかいるんですか?」

      「ああ。そもそもこのトンネル自体、ドリモゲモンが闇雲にあれこれ掘り進んだ結果として形成されたものだからな。住処にしているやつはいる」

       

      ドリモゲモン。

      鼻先がドリルになったモグラのような姿の獣型デジモンであり、容姿通りとでも言うべきか、地中に穴を開けることに適した能力を有する種族だ。

      当然、鼻先のドリルは戦闘でも用いられるものであり、殺傷能力はまず楽観出来るレベルのものではないわけで、トンネルというある種閉所の環境においては脅威の筆頭として挙げられる。

      が、そんなことはこのルートを選んだレッサーも承知の上なのだろう、彼は間を置かずにこう返した。

       

      「が、まぁ奇妙なことに、今までドリモゲモンの中に狂暴化した個体は確認されてない。そもそもそんなのがいたら辺りの環境がもっとドえらい事になってるだろうし、そうなってないって事は、いるとしても普通の……ちょいと恥ずかしがりやなやつぐらいだ。少なくとも殺意をもって襲ってくる可能性は低いさ」

      「ふーん……そういうモンなんですか」

      「警戒しておくに越したことは無いけどな。そもそもドリモゲモンだけがこの辺りを縄張りにしてるってわけでもねぇんだし……あ、そこは右な」

       

      レッサーの言葉を念頭に置きつつ、紅い炎を灯りにトンネルの中を進み続けていくと、先の道が三つに分かれているのが見えた。

      が、経路として選ぶだけあって道順を覚えているのか、あるいは穴を抜ける風音から望む道筋を導き出しているのか、特に迷う様子はなく、レッサーは分かれ道を前にする度に進む方向を口に出していく。

      そうして進み続けている内に、いつしか一行は少し開けた空間に足を踏み入れていた。

      その空間には、橙色や緑色といった色取り取りな鉱石が壁際にいくつも突き出ていて、松明の明かりに照らされたそれ等は宝石にも等しい煌めきを抱いていた。

      そうそう目にした覚えの無いキラキラした光景に、トールが素直に問いを口にする。

       

      「あれは?」

      「このトンネル……というかそれが形成されているこの山は、鉱石がよく生成されている場所でな。グリーンマカライトだのパープルクンツァーだの、まぁ色々と価値が高いモノが多くあるんだ。一応言っておくが、この手のヤツを採取すんのは今回の俺達の仕事じゃあない。採りたくても食べたくても、我慢しろよ?」

      「いや、採るならまだしも食べる奴なんているのかよ。歯とかボロボロになるしそもそも飲み込めねぇだろ……」

      「そう思うのが自然でござろうが……トール殿。ドラコモンやバブンガモン、あとはゴグマモンなど……石を主食とする種族は少なからず存在し、一部の恐竜型デジモンが小粒ながら飲み込んでいる所も確認されているのでござるよ」

      (デジモンにも胃石の概念があるのな)

       

      ハヅキの回答に「マジで?」と驚いた様子のトールとは対照的に、そうしたデジモンの事を知りえているユウキは別の事に関心を寄せていた。

      やはり、実際に見るデジモン達の生態は現実世界で設定されている話に留まるものではないのだろう。

      今後のことを考えても、デジモンに関する知見は深めて損は無い――そんな風に思いつつ色とりどりな鉱石の数々を見回していると、ふとして奥のほうから音が聞こえだした。

      自分達以外の誰かの存在――それを示す足音が、隠す気も無い勢いで近付いてくるのを察知し、一行からそれまでの余裕ある雰囲気が消え去り、代わりに警戒心が浮上する。

      どすんどすん、と多少の重量を感じさせる音と共に、その主は姿を現した。

       

      「――あん? 何だ、同業者か?」

      「?」

       

      それは、知性ある言葉を介するデジモンだった。

      少なくとも、狂気に呑まれて視界に入ったもの全てを手当たり次第になぎ倒すような相手には見えない。

      ユウキ達と同じく松明を手にしたそのデジモンは、見れば背後に複数の子分と思わしきデジモンを侍らせている、集団のリーダーと思わしき者で。

      茶色の体色と機械化した左手を有し、頭部が闘牛のそれとなっている――ミノタルモンと呼ばれる種族だった。

      大柄な体格の成熟期デジモンである彼は、松明を手に立つ一行の姿を見るや否や、何かを吟味するように視線を動かし、

       

      「まぁいい。とにかく色々持ってるのは間違いないっぽいし――おい、お前たち」

      「……何だ?」

      「身ぐるみ置いてけ。痛い目見たく無かったらな」

       

      一方的に要求を告げた。

      それを受け、すぐ後ろからレッサーが指示を飛ばしてくる。

       

      「野盗か。お前等、とりあえずボコっちまうぞ」

      「話し合いとかしないのな」

      「いやまぁ、明らかに話し合いが通用するやつじゃねぇし、賊の要求なんざ飲めんし」

       

      言葉の通りであった。

      一行の表情から従う気が無いことを察したらしいミノタルモンは、手下らしいゴツモンやマッシュモンといった成長期のデジモン達に向けて号令を発する。

       

      「――お利口さんでは無し、と。よぉし野朗共、全部奪っちまうぞ!!」

      「「「「「やっはー!! 奪えー!!」」」」」

      「ひぃっ」

       

      殺意や敵意を含んでいるというよりは、お祭りでも始まったかのような楽しげな声がトンネル内部の開けた空間に響き渡り、ハヅキの傍で縮こまるホークモンの怯えの声を押し潰す勢いで野盗の群れが襲い掛かってくる。

      一見すれば、体格においても数の利においても劣る構図。

      が、護衛役として最前線に立つユウキとベアモンとエレキモンは、大して怯む様子も無いまま野盗の群れを前に身構え、こう返していた。

       

      「「「邪魔だよ」」」

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      デジモン達の喧騒がトンネル内に響き渡る。

      殴る蹴るの打撃音、放たれる飛び道具の衝突音。

      喚声に悲鳴、そして怒号などなど。

      戦闘種族と称されるデジモン達にとって、日常の一部とも呼べる状況の中。

      野盗を相手に数の利で劣るチーム・チャレンジャーズ達は、

       

      「うわっ、何だこいつ等強くね!?」

      「僕達と同じ成長期だよな!? くそっ、もっとどんどん攻撃だぁ!! アングリーロック!!」

      「ポイズン・ス・マッシュ!!」

      「パラボリックジャンク!!」

      「攻めろ攻めろーっ!! やっつけろーっ!!」

       

      特に悲鳴などを上げることも無く、群れを成す成長期のデジモン達を圧倒していた。

      それもそのはずで、彼等は今日まで依頼をこなす中で格上である成熟期のデジモンと戦っていた。

      ほぼ毎日、望まぬ事ではあったが、その経験値は確実に蓄積されているわけで。

      くぐった修羅場の数の差か、あるいはもっと別の理由か、何にせよ。

      ただの成長期のデジモンを相手取ることなど、狂暴化した成熟期のデジモンを相手取ることに比べれば、造作も無かった。

       

      「はい、次!! 泣かされたい奴から早く来なよ!!」

      「言い方なんとかならねえのかなアルス君!?」

      「どっちがワルなのかわかんねぇなこれ……っと!!」

       

      竜がその前爪で敵対者の頭を殴り、悶絶させたところを右脚で蹴り飛ばし。

      子熊が拳を振るい、体当たりで吹き飛ばし、時には自らに放たれた飛び道具の類を掴んで投げ返し。

      電撃獣が電撃を放ち、飛び道具を放つ後衛のデジモンを狙って無力化させる。

       

      「トール、後詰めを!!」「おうよ!!」

      「ユウキ、よろしくっ!!」「はいはいどいてろよ!!」

      「アルス、寝てんなよっ!!」「僕の扱いっ!!」

       

      数の差など関係無い。

      単純な戦闘能力でもって、三匹は群れを圧倒していく。

      ユウキが前に出てきたゴツモンを群れに向かって蹴り飛ばせばトールが群れごと巻き込むように電撃で追撃し、アルスが殴り飛ばしたマッシュモン目掛けてユウキが口部に形成した炎の塊を噴き放って軽く爆破し、トールが電撃で痺れさせた相手をアルスが足元にあった石を眉間目掛けて投げ放って意識を刈り取っていく。

      圧倒されている野盗の側もタフなもので、倒れた者の中には気合たっぷりに声を上げて二度三度再起する者もいたが、当然何度でも殴られ蹴られ痺れてでノックアウトさせられる。

       

      そして、その一方で。

      野盗のリーダーであるミノタルモンの相手は、今回同じ成熟期のデジモンであるミケモンのレッサーが担当していた。

      ベアモンやエレキモンと大差無い程度の背丈しか無い彼は、されど倍以上の体格を有する闘牛を相手に、いっそ遊びにさえ見える動きでもって翻弄していた。

       

      「チッ、ちょこざいな!!」

      「やーい、こっちこっち――だぜッ!!」

       

      ミノタルモンがレッサーの姿を目で追い、右手で鷲掴みにしようとしたり、機械化した左手を振るって渾身の一撃を見舞おうとする度に。

      レッサーは跳ねる、跳ねる、とにかく跳ねる。

      地面を、壁を、トンネルの天井を。

      跳ねて跳ねて、そして視界の外からミノタルモンに肉薄し、その五体に爪や足を振るっていく。

      右膝に左肩に後頭部――と、関節部や急所となりえる部位を集中的に狙い、ヒット&アウェイで着実にダメージを与えていくレッサーの姿は、可愛げのある猫のそれではなく、むしろ熊に襲いかかる狼のようにも見えた。

       

      「肉球パンチッ!!」

      「んごっ!! この野朗!!」

       

      あるいは、子分達の援護があればレッサーの動きをある程度制限し、ミノタルモンがレッサーの動きを捉えられる可能性もあったかもしれないが、ユウキ達の相手で精一杯な子分たちにそんな余地は無い。

      ミノタルモンも、その子分も頑丈ではあるらしかったが、レッサーのスピードによって持ち前のパワーを思うように発揮出来ない実情、体力を削られ続けている事実に変わりは無かった。

      そうしてやがて、元気な子分達の頭数が半分以下に減り、ミノタルモンが自らの疲れを自覚した頃。

      ミノタルモンは強く舌打ちし、自らの子分達にこんな号令を飛ばした。

       

      「お前等退け!! 一旦諦めるぞ!!」

      「えー!!」「まだ頑張れるよー!?」「これで終わりとか悔しいってば!!」

      「駄々捏ねんな!! さっさとのびた奴等を抱えて逃げろ!!」

       

      どうやら粗暴な印象に似合わず、損得を判断する程度の知性は宿していたらしい。

      ミノタルモンの号令を受けて、チーム・チャレンジャーズの一行の手で倒されていたゴツモンやマッシュモン、その他ジャンクモンやガジモンといった成長期のデジモン達はそれぞれ近い位置にいた仲間に担がれ、通ってきた道をそのまま引き返していく。

      そして、手下達の逃げる姿を横目にミノタルモンは機械化した左手を振り上げた。

      レッサーの目の色が変わる。

       

      「おい待て、逃げるんなら別に追う気は

      「味方じゃねぇ奴の言葉を鵜呑みにしてられる立場でもねぇんだよ――ダークサイドクエイク!!」

      「!!」

       

      直後に、ミノタルモンの機械化した左手――デモンアームが地面に向かって打ち付けられた。

      凄まじい衝撃と振動がトンネルの空間を駆け巡り、咄嗟に自ら地に伏せたレッサーを除いた全員の姿勢が崩れる。

      振動は長く続き、揺れが静まった頃にはミノタルモンも、その子分達もその場からいなくなっていた。

       

      「……何だったんだ? あいつ等……」

      「レッサーの言った通り、野盗の類でしかないだろ」

      「ユウキにとってどうかはともかく、珍しくはないよ。ああいうの」

      「マジか。物騒だなオイ」

       

      戦闘の邪魔になるため足元に落としていた、ミノタルモンの子分が持っていた松明をユウキとベアモンとエレキモンは拾い上げる。

      どうあれ、厄介払いが済んで誰も怪我をしていないというのは喜ばしい結果だろう。

      そう思うチーム・チャレンジャーズの三名だったが、対照的にレッサーやハヅキの表情は曇っていた。

       

      「ちっ、あんにゃろ余計な置き土産を……おい、走るぞ!!」

      「……急ぐべきでござろうな」

      「? 二人ともどうしたの……?」

       

      急かしの言葉を口にした二人に対しベアモンが疑問を投げ掛けた、その直後のことだった。

      ズズン……!! と、何かが揺れ動くような音が、周囲から聞こえ出したのだ。

      そこでユウキもエレキモンも事態に気がつき、表情を強張らせる。

      走り出すレッサーと(ホークモンを抱きかかえた)ハヅキの背中を追い、松明を手に同じく走り出す。

       

      「おいおいおいおい、マジの話かこれ!!」

      「……まさか、今のミノタルモンの一撃で山の地層がズレでもしたのか? オイオイ、あんな事出来るんなら何で戦いの中では使わなかったんだ!?」

      「違う、この程度で崩落は起きない。というか、そんなレベルの振動を起こしたらあいつ等だってタダじゃ済まないだろうよ」

      「じゃあこれは!?」

      「大方、この辺りで大人しくしてたドリモゲモンがパニくって地層を掘り進んじまってんだろうよ!! ったく、逃げるだけならあんな事しなくてもいいだろうに!!」

       

      ただでさえ、山の中のトンネル――いわゆる地中にいる状況下の話なのだ。

      もしもこの地震が切っ掛けでトンネルが『崩落』してしまったら、最悪生き埋めになってしまってもおかしくはない。

      それを避けるためにも、一行は灯りを手に暗闇の向こうにどんどん身を乗り出していく。

      地鳴りの音が響き続ける中、いつしか行く道は下り坂のような形に変わっていて、駆ける足並みは自然と速くなっていった。

      何かしらの目印でも発見したのか、最前を駆けるレッサーが言葉を紡ごうとした。

       

      「大丈夫だ、もう出口は近い。この先の道を右に――ッ!?」

      「嘘でしょオイ!!」

       

      が、その言葉は最後まで続かない。

      一行の背後から、突如として激流が流れ込んできたことで、全員揃って足を取られてしまった事で。

      ドリモゲモンの掘り進んだ地層の近くに、水源でも混じっていたのだろう――結果的に形成された自然のウォータースライダーによって、一行の体は抵抗の余地もなく下り道を流されていく。

      頼りだった松明の灯りが次々と消え、暗さと共に混乱がやってくる。

       

      「鉄砲水か……っ!?」

      「ぎゃー!! オイラ泳げねぇんだよーっ!?」

      「うわぁこんな時に知りたくなかった意外な弱点!?」

      「ユウキそんな事言ってる場合じゃ……わぶっ!?」

      「ちょ、お前ら手を――がぼぼぼ!!」

      「わあああーっ!!」

       

      どうしようもなかった。

      アルスとレッサー、そしてハヅキとホークモンの四名が予定通りの右の道に流される一方で。

      ユウキとトールの二名は、予定とは異なる左の道に流されていってしまう。

      漏れ出る叫び声さえ泡となり、上下左右の方向感覚さえ掴めなくなっている内に一つの出口へと押し出され、二名のデジモンは陽の光の下に出る。

      ばしゃーっ!! という水の音を知覚した時、ユウキとトールの視界に入ったものはと言えば。

      見渡す限りの木々の群れと。

      野生の個体と思わしき炎を纏う巨鳥デジモンことバードラモンの群れからの、珍生物でも見るかのような視線と。

      いつもより大きく見える、白い雲。

       

      ((……くも?))

       

      瞬間、ユウキとトールは真顔で下方へ視線を送った。

      とてもとても遠い位置に森が見えていて、特に足を動かしてはいないのに森の景色が自分達に近くなっていく。

      なんか風が凄く強く感じられる。

      というか、どう考えても落ちてますわよこれ。

       

      「「――――」」

       

      現実を理解する。

      流れ流れにどういったルートを通ったのかは知りようもないが、ユウキとトールが流されたルートは、さながら間欠泉のように強く上方に向かって吹き上がるものだったらしい。

      へぇー、デジモンの体ってこんなに軽いんだー♪ 重力の概念どうなってんだこりゃー♪ と現実逃避するユウキ、約一秒で恐怖をぶちまけるの巻であった。

       

      「キャーッ!! 待って助けておれ高所恐怖症なのーっ!!!!!」

      「こんな時にクソどうでもいい弱点漏らすんじゃ……いやマジでたかーい!?」

       

      デジモンの体は人間のそれよりも頑丈なのだろうが、いくら何でも山の山頂を少し越える高さから地面に叩きつけられて生きていられる自信など無かった。

      というか、普段から落ち着いたイメージのあるトールですら慌てふためいてる辺り、ガチでヤバい状況であることに違い無いわけで。

      恐怖から絶叫しながら墜落することしか出来そうにないユウキとは異なり、全力で生還出来る方法を見い出そうとしていた。

      命の危機に陥ると、思考というものは恐ろしいほど加速度的に回るらしい――トールは少し考えて、声を上げた。

       

      「クソッ!! こんなんで死んでたまるかっ!! おいユウキ俺に抱きつけ!!」

      「何だどうした急に変な趣味に目覚めたのお前そういうキャラだっけ!?」

      「真面目に見捨てるぞこの野朗!! うおおおっ、エレキモン進化ぁーっ!!!!!」

       

      叫びと共にトールの体が輝きを纏い、一時的に繭の形を取ったかと思えば即座に弾け、内側から白い羽毛に包まれた巨鳥型デジモン――コカトリモンが姿を現す。

      トールという個体の、成熟期の姿。

      言われるがままにその背にあたる部分に抱きついているユウキは、コカトリモンに進化したトールを見て思わず目を輝かせる。

      そう、コカトリモンは鳥のデジモンなのだ。

      鳥ということは翼があるわけで、たとえその背にお荷物があろうと、空を飛ぶことだって不可能では無いッ!!

       

      「おおっ!! もしかして飛べるのお前!? 不思議パワーで完全体に進化するフラグかこれ!?」

      「おうお望み通り飛んでやらぁ!! 見てろよ、俺は今ッ!! 鳥に成るッ!!!!!」

       

      ぶわさぁ!! と両翼を広げて気合の入った声を上げるコカトリモン。

      コカトリモン進化ーっ!! という叫び声が風の音に乗って響く。

      煌めく風に乗って、その姿は奇跡的に完全体の姿に、

      なるわけが無かった。

      コカトリモンの体はちっとも光らねえし、その翼が風を掴むことも無い。

      そもそもの話、生物学的にも退化しているニワトリの翼では羽ばたかせてみても飛べるわけがねぇ。

      非情な現実を知覚し、トールとユウキは走馬灯でも見ているような和やかな声で言う。

       

      「――うん、まぁ。そんな都合の良いこと起きるわけないよなー」

      「そっかー。俺って主人公じゃなかったかそっかー。デジヴァイスも無いもんなー」

      「「あははははー!!」」

       

      もはや諦めの境地であった。

      二人揃って和やかに笑って、涙目になり。

      重力に引き摺り下ろされながら、そして最後に叫ぶ。

       

      「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!!!!」」

       

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

       

      青い空と白い雲を覆い隠す深緑、聳え立つ大木の数々に、透き通った太い直線。

      森林というよりどちらかと言えば樹海と呼ぶべき領域にて、一体のデジモンが一息つくように河の水を飲んでいた。

       

      「……ぷはぁ……」

      (水質とかに異常は無し、と……まぁ辺りのデジモン達を見れば当然か)

       

      全身各部にブラウンカラーの鎧を纏い、頭部から金色の髪を、腰元からは白い翼を生やした丸い尻尾の四足獣。

      気品漂うその存在に自ら近寄ろうとする者はおらず、一方で茂みの奥からひそひそと様子を伺う者は数多く、その視線には少なからずの畏怖が混じっていることを、当の獣自身は嫌と言うほど理解している。

      獣はそちらの方へ、意識を向けることこそあれど視線を向けることは無い。

      望まない感情の向けられ方である一方で、自身がそうなっても仕方の無い存在であることを知覚しているためだ。

      なにも、このような視線を向けられたのはこの樹海だけでもない。

      つい少し前に出向いた山脈地帯も含め、どんな場所に出向いたところで、向けられる視線のパターンはある程度決まりきっていて、そのどれもが彼にとって好ましいものではなかった。

      居心地が良いと思える場所など、そうそうあったものではない。

      そして、そう思いつつも自らのやるべき事を放棄するわけにもいかず、彼は今日もまたやるべき事のためにこの森林地帯を歩き回っていた。

       

      (……イグドラシルの観測情報だという以上、異常そのものはあるはずなんだけど……)

       

      世界を隔てる『次元の壁』に生じた痕跡と、同時期に起きているらしい大陸各地の性質変化。

      その真相を確かめ解決するための、大陸各所の環境の調査。

      特に、野生化デジモン――文明ある都市のデジモン達からはワイルドワンと呼称されている――の生息する大自然の区域の調査こそが、彼の担当することになった役割だった。

      実際問題、他の『同胞』たちと自分のどちらがこの環境の調査に適しているかという話になれば、自分の方が適しているということは理解しているし、この配置について間違いは無いと彼自身も思っている。

       

      (……先輩方は、もう何かしら発見出来たのかな……見つけられてないのは、僕だけなのかな……)

       

      が、こうして広大な樹海をくまなく歩き回ったところで、成果らしい成果は無い。

      食物は美味しいし、河の水によくないものが混じっているようには感じられないし、生息しているデジモン達は自然体そのものだ。

      それ自体は喜ばしいことであり、望ましいことではある。

      だが、そうした領域に自分の居場所が無いことも、同時に理解させられる。

      自分は異常を解決するための手がかりを掴むためにやってきているのであって、ありふれた平和に安堵していい立場ではないのだと。

      異常が確認出来たほうが望ましく、平和しか確認出来ないことを疑わしく思わなければならない。

      自分は、そうした世界の危機を解決しなければならない存在なのだから。

      そういう役割を、託されたのだから。

       

      (……何で、僕なんかに聖騎士の座を……)

       

      ふと、湖面に自分自身の表情が映っているのが見えた。

      他ならぬ彼自身が『らしくない』と言えてしまう表情だった。

      見ていられないと言わんばかりに目を逸らし、視線を青空へと向ける。

      生き物の姿一つ無い自然の原風景を前に、ついやりきれない気持ちが呟きとして出てしまう。

       

      「……どうして僕が生き延びて、あなたが……」

       

      今の自分の在り方に、寂しさを覚えていないわけではない。

      だからと言って、放棄するわけにもいかない役割だった。

      逃げてしまうぐらいならば、即座に自死すべきだと、そう思える程度には。

       

      (……ああくそ、いちいちへこたれてる場合じゃないよな……)

       

      止まっていられる立場ではない。

      任された事を果たせるように、出来ることをやらねば。

      が、そんな風に自らを奮い立たせようとした直後のことだった。

      突如として、彼の耳に届く音があった。

       

      ――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――

       

      「?」

       

      キョトンとした様子で最初に疑問。

      聞こえたのは明らかに環境音のそれではない、誰かの声と呼べるもの。

      というかこれは、

       

      (悲鳴?)

       

      ――ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――

       

      次いでも疑問。

      悲鳴となるとこの辺りで考えられるのは弱肉強食、もとい弱いものいじめ。

      残酷だと思いつつも、それが自然の営みであるのならば感情で介入するべき話ではないのだが、それも何か違う気がする。

       

      (縄張り争い? いや何か聞こえ方がおかしいような……どんどん上から近付いて……)

      「――って、ちょぉっ!?」

      「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

       

      気付いて振り向いた時には、全てが遅かった。

      超高高度から流星の如く落ちてきた白と赤、もといコカトリモンのトールとそれに抱き付いたギルモンのユウキ、その一塊が絶叫と共に四足獣に向かって斜めに墜ちて来て。

      見事に獣の顔面と鶏のクチバシが正面衝突、首の(あまり良くない)異音と共に四足獣は押し出され、勢い余った白と赤と一緒に河にドボン&ドンブラコ。

      あまりにも唐突な人身事故を前に、森の住人達は目が飛び出す思いだったという。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      その頃。

      鉄砲水によって別のルートに流されてしまったもう一方――ベアモンのアルスとミケモンのレッサー、そして依頼主であるレナモンのハヅキとホークモン――は、それぞれ足を早めていた。

      トンネルから水で押し流された先に広がるのは、それまで歩いていた森林地帯のそれとは似て非なる樹海。

      気温に湿度、生息しているデジモンの種族とそれに伴う危険の度合いなどなど、一つの山を境に環境の濃さは様変わりしている。

      依頼でも来たことの無い領域を前に、明らかな焦燥を帯びた声でベアモンが叫ぶ。

       

      「ユウキ!! トール!! 生きているのなら返事をしてーっ!!!!!」

      「……うぅ、なんでこんなことに……」

       

      仲間が突然いなくなった。

      予想外に予想外が重なった事態に対応しきれず、つい少し前まで傍にいたユウキとトールの二名は彼等の知見の外に出てしまった。

      急いで探そうと、トンネルの出口が見える周辺を回ってみたが、痕跡の一つさえ見えていない。

      最悪の予感を消し去れず、ベアモンは普段のそれとは相反する険しい表情を浮かべていた。

       

      (二人ともいったい何処に……っ!?)

      「おいアルス、焦る気持ちはわかるが依頼主を放置して何処か行こうとすんなよ。今ここで別行動とか取ったら本格的に詰むぞ」

      「……っ……解ってるよ……」

      「……アルスさん……」

       

      レッサーの言葉が図星だったのか、何かに耐えるように歯軋りの音を漏らすアルス。

      もし指摘されなかったら、ホークモンの事をレッサーに任せて走り出していたと、言外に示すも当然の反応だった。

      理屈として解ってはいても、焦る気持ちは抑えられない。

      二人のことを探そうと周囲を見回すアルスのことを見ながら、ハヅキは思案するように右手を口元に寄せながら疑問を口にした。

       

      「レッサー殿、貴殿ら『ギルド』にこういった状況への備えはあるのでござるか?」

      「あると言えばあるが、もう試した。アルス、スカーフからは何も聞こえないんだよな?」

      「……聞こえてない。今も」

       

      アルス達のように『ギルド』に所属するデジモン達に各々配られる特別製のスカーフには、彼等の間で『ひそひ草』と呼称されている特殊な草が織り込まれている。

      その草はごく小さな声だけを吸い込み、同じ根から伸びた同種の草と共鳴、遠方で発せられたものと同じ声を囁くのだ。

      大声や普通の喋り声などには反応しないそれを織り込まれたスカーフもまた同様の性質を有しており、口元に寄せて囁き声を発すれば、その内容が同じチームのスカーフを通して囁かれる仕組みになっている。

      故にアルスも、トンネルを出てユウキ達の不在を知覚したその時点で、すぐスカーフに囁き声を発して『確認』を取っていた。

      スカーフの機能については『ギルド』のメンバー全てに伝えられていることであり、ユウキもトールも今までの依頼の中でその機能を頼りにした事がある。

      だからこそ、無事であればすぐにでも応じる囁きが返ってくるはずだが、反応は無い。

      それが示す意味は、単に囁き声に気付いていないか、あるいは応対出来る状況にないということ。

      少なくとも、安全と呼べる状況に無いことだけは確実と言えた。

       

      「……レッサーなら、二人は何処に行ったと思う?」

      「こちら側の出口周りにいないとなると、先のほうに進んでると考えるべきだな。出発する前にも言っただろ? もし仲間とはぐれたら、はぐれた側は基本的には引き返すより目的地の方角に向かって進めって」

      「それは承知しているのでござるが、トンネルの中に取り残されているという線は無いのでござるか?」

      「その可能性も考えはしたが、あのトンネルが形作られた経緯を考えても、まず行き止まりは無い。少なくとも外には出ているはずだ。どの出口からどんな風に出てきたのかがわからないだけで、樹海のどこかにはいるんだろう。まぁ、何で応対出来ないのかまでは解らないんだが。水に押し出された拍子に頭でもぶつけたか?」

      「……レッサー、お願いだから真面目に考えて」

      「真面目だが?」

       

      ひとまず、依頼と合流のためにも先に進むことが決まって、一行は青空さえ緑が覆い隠す樹海へと足を踏み入れる。

      踏みしめる土の質感からしてアルスやレッサーの住まう『発芽の町』周辺の森のそれとは異なり、ジトジトとした湿気を含みながらもどこか硬質で、地中に伸びることが出来なかったのであろう木の根が土の上に張り巡らされていた。

      急いで合流したい一心で前に前に進もうとする度に、苔だらけの巨大な倒木に行く手を遮られ、迂回に迂回を重ねてみてもまた倒木。

      森と同じ木々の生い茂る環境でありながら、受ける印象は全く違っている。

      歩きにくいし進みにくいし、気を抜けば迷いそうだとアルスが素直に感じていると、すぐ近くでホークモンが木の根に足を取られて転んでいた。

      アルスがそれに気づいて振り返った時には、既にハヅキが屈み込み、ホークモンの手を握って身を案じていた。

       

      「大丈夫か?」

      「……は、はい。このぐらいなら……」

      「疲れたり、体に異常を感じたのならすぐに言え。蓄えにはまだ余裕がある」

      「い、いや! 大丈夫です! まだ疲れてもいないし元気いっぱいなのでッ!!」

      「そうか、ならいい」

      「…………」

       

      力のある誰かが、力の無い誰かを案じる構図。

      正義の味方を描く物語であれば、どんなものにでも仕込まれているであろう瞬間。

      そんな光景に、アルスは胸の内に微笑ましさとは真逆の暗いものを感じていた。

       

      (……突然の出来事だったから、なんて言い訳でしかない。ユウキもトールも、僕がもっと強ければ……あの時ちゃんと手を掴めていれば……離れ離れになんて……)

       

      もしも、このままスカーフから応答の一つも無かったら?

      もしも、レッサーの見解が間違っていて本当はトンネルの中に取り残されていたら?

      もしも、助けてくれなかった事を恨まれていたら?

       

      沈黙した分だけ不安は増幅する。

      自分自身の力不足を、その結果を、嫌でも心に叩きつけられる。

       

      「アルス、耳はしっかり澄ませとけよ。仲間の声にしても、敵の声にしても」

      「……え、あ……そのぐらい解ってるよ……」

      「……ユウキとトールの事が心配なのは解るが、不安を覚えたところで何にもならないぞ。今から覚悟しとけとまでは言わんが、いつまでも肩を落としてんじゃねぇ」

      「解ってるって言ってるでしょ。それに、心配なんてしてない。ユウキもトールも強いんだ。応答出来ないのだって、スカーフを何かの拍子になくしちゃったからかもしれないし」

      「そうかい。アイツ等のこと、ちゃんと信頼してんだな」

      「当たり前だよ。同じチームなんだから」

       

      ……嘘だ、誤魔化しだと、口に出した言葉とは相反する思考が頭の奥で反芻される。

      確かにユウキとトールの強さについては、アルスも疑いはしていない。

      スカーフをなくした可能性についても、当事の状況から十分考えられはする。

       

      だけど、本当に信頼しているのなら不安なんて覚えない。

      スカーフをなくしただけという可能性についても、推測というよりどちらかと言えば願望の類だ。

      早く、とにかく早く、二人のことを見つけ出したい。

      安全を確認したい、無事な姿を見たい、いつも通りであってほしい。

      ……そうした願望を口にしたら最後、自分自身が強くいられないと感じて、弱音を押し殺す。

      だって、今ここで弱音を吐いてしまったら、悲しい気持ちになるのは自分だけじゃない。

      今回の依頼における護衛対象のホークモンだって、今までの振る舞いから考えても、自分の事を護ろうとしてきた相手がどんな形であれいなくなってしまったら、何の悲しみも覚えないとは考えにくい。

      少なくとも、自分がホークモンの立場なら、そんな状況には耐えられない。

      どんな状況であっても、自分は頼りになる自分であり続けないと――そう思って、アルスは無理やり言葉を捻り出す。

       

      「ホークモンも心配はしないで。二人共、絶対に無事だから」

      「……そうだと、いいんですけど……あ、いや……そうですよね!!」

      「そうだよ。そりゃあ何度も危ない目に遭ったけど、何度も打ち勝ってきたからね。僕たち」

       

      その事実だけが、支えだった。

      それ以外に支えに出来るものなんて、少なくとも今の彼の頭の中には浮かばなかった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      そして、当のユウキはと言えば。

      ――がぼぼ、がぼぼぼぼぼぼ!!

      絶賛大パニック、もとい溺れてしまっていた。

      超高高度からコカトリモンに進化したトールと共に墜落し、何かにぶつかった勢いのままに河の中へ入水――その衝撃でコカトリモンからエレキモンの姿へと退化したトールと、姿をよく見れていない初対面の誰かさんはすっかり気を失い、河の流れに身を任せるままとなってしまった。

      辛うじて意識を保つことが出来たユウキだったが、どんなに手足を動かしてもがいてみても、思うように水面に浮上出来ない。

      コンクリートジャングル在沖の人間だったギルモンこと紅炎勇輝氏、テレビのニュースで山の川での水難事故の類を視る度に「え、水かさそんなに高くないよな……?」などと浅い認識で疑問を抱いていたものだったが、こうして自分が事故に遭う側になると嫌でも納得させられるの巻である。

      感想なんて述べてる場合じゃねぇ。

       

      (冗談じゃねぇって……っ!!)

      「――くはぁ!! げはっ!! ごふっ……!!」

       

      どうにかもがき続けて、顔だけ水面から出して、辛うじて呼吸をするユウキ。

      身の回りの環境なんていちいち確認していられず、大きく息を吸い込むと改めて河の中に潜っていく。

      衝撃で気を失っているトールに向かって泳ぎ進み、腹回りを右腕で抱き留める。

      次いで運悪く激突してしまった哀れなデジモンの方を視界に捉えようとして――突如、浮遊感がユウキを襲った。

      水の中にいる感覚は薄れ、代わりに背中越しに強い風を感じる。

      とても身に覚えがあるというか、つい直前に味わったばかりの感覚に、いっそユウキは口をぽかんと開けていた。

       

      「――は?」

       

      水の流れに乗った先にあるもの。

      ユウキの視線の先には、下方に向かって流れ落ちる大量の水があり――つまる所、それは滝であるらしく。

      滝があるという事は、即ちそこにはそれが形作られるに足る高さの段差、もとい崖があるわけで。

      気付けばユウキは、再び高高度から落ちる羽目になっていた。

       

      「またかよおおおおおおおおおおお!?」

       

      上空からのダイブに比べればマシ、などと納得出来るわけも無い。

      河の流れから出た際の慣性によって、ユウキとトールの落下位置は滝壺から僅かに逸れている。

      視界に入った景色から、このままいけば河の浅い部分か、最悪そばの地面に頭から落ちることになると察したユウキだが、どうにもならない。

      彼の体には、空中で軌道を変える術など無いためだ。

       

      「くそっ……飛べ!! 飛べよッ!! このままだと……!!」

       

      焦りがそのまま口に出る。

      地面との激突まで時間は残り僅か。

      必死になって進化を試みるが、間に合わない。

      落下死、という単語が頭を過ぎり、悲鳴が漏れた。

       

      「くっ……そおおおおおおおおおおおおお!!」

       

      その時だった。

      ユウキの視界の外で、動きがあった。

       

      「――ぅ――っ!?」

       

      その、コカトリモンに進化していたトールと頭から激突していた四つ足のデジモンは、声に気付いてか目を覚ますと――視界に入った光景から、即座に行動していた。

      大地の代わりに流れ落ちる滝の表面から駆け出すと、さながら一本の線となって落下中のユウキに追い着き、その背でしっかり受け止める。

      そのまま勢いを殺さずに降下――地面に着地し、事なきを得る。、

      それ等全ての行動が終わるまで、実時間にして五秒も掛かったか否か。

      安心したという様子で、四つ足のデジモンは自らが背に乗せたユウキに対して目を向け、次いで声を掛けてくる。

       

      「君達だいじょ……ごほん。お前達、無事か?」

      「――――」

       

      結果として自分とトールを地面激突の危機から救った相手。

      その姿、というか顔を見た瞬間――ユウキはいっそ放心していた。

      口をポカンと開けたユウキの様子に、茶色の鎧を身に纏った四つ足のデジモンは困った様子で声をかけ続ける。

       

      「……おーい、何事も無いのならちゃんと返事をしろ。ぼk……私が困るんだからなー」

      (……マジ、で……?)

      「……えぇとその、怖くないよー? ねぇちょっと、流石にデュークモン先輩よりは怖くないでしょ。ねぇってば……!!」

       

      そのデジモンの種族名は、いわゆるビッグネームの類であった。

      茶色の鎧を身に纏い、金の髪を風に靡かせ、時には人の、時には獣の姿をとって戦場を駆ける聖騎士型デジモン。

      ネットワークの最高位組織、ロイヤルナイツにおける戦略家。

      その名は、

       

      「……ドゥフト……モン……?」

      「あ、やっと返事をした。経緯や素性はよく知らないけど、君たち随分と大変な目に遭ったみたいだね」

      「……ぅ……ん? ここ、は……?」

      「お、こっちも起きたね。とりあえず、まずは落ち着いて話でもしようか」

       

      予期せぬ大物との邂逅。

      それも、個性豊かな騎士達の中でも知性に長けた者。

      元は人間のデジモンなんて、どう考えても不穏分子と判断されかねない――そう考えたユウキは、助けられていながら明確な安心を得られずにいたのであった。

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      かくかくしかしか、ふにふにうまうま。

      突然の遭遇に驚きながらも、ユウキとトールの二人は聖騎士ドゥフトモン(けもののすがた)に、自分達の素性を話せる範囲で話した―ー下手に嘘を吐いて不審を買うべきではないと判断したために。

      自分たちが『ギルド』の構成員であり、護衛の依頼を受けて目指している場所があること。

      その道中で野党の類と遭遇し、色々あってトンネル内に鉄砲水が生じ、結果としてこの樹海までぶっ飛ばされ、更には溺れかけたことを。

      静かな様子で二人の言葉を聞いていたドゥフトモンは、僅かに考えるような素振りを見せた後、こんなことを言った。

       

      「……なるほどな……」

      「…………」

      「『ユニオン』ほどではない小規模ながら、民間の組織があることは知っていたが……まさか君たちのような成長期の子供でも、困ってる誰かのために頑張っているとはな。立派なことだ」

       

      ユウキとトールの二人にとっては意外なことに、ドゥフトモンは『ギルド』という組織とそれに所属する二人について称賛の言葉を吐いていた。

      本当に、感心するように。

      意外と話しやすい相手なのかもしれない? と思い、トールとユウキはそれぞれ言葉を紡いでいく。

       

      「一応、俺もそこのギルモン……ユウキも成熟期までは少しの間進化は出来るぜ。まぁ、究極体……それもロイヤルナイツのアンタからすればだから何だって感じだと思うが」

      「子供ならそのぐらいの力が当たり前。むしろ成熟期に一時的にでも進化できるなんてすごい事だろう。産まれて間も無いのに完全体やら究極体やらに進化してる子がいたら、それはそれで恐ろしい我が侭が現れるだけだ」

      「……その、どうしてロイヤルナイツの戦略家さんがこんな所にいるんですか? しかもその姿って……もしかして魔王か何かと戦う前とか……」

      「違う違う、姿については気にしないでいい。ずっと人型の姿でいないといけない理由が特別あるわけではなく、長距離を移動するのにはこっちの方が長けているからそうしているまでの事。……別にあっちの姿でいるのが嫌だとか気が重いとかそういう情けない理由ではないんだ。いいね?」

      「何だどうしたアンタ自爆が趣味なの?」

      「げふん」

       

      何かを誤魔化すように咳払いをするドゥフトモン。

      話しやすいのは望ましいことなのだが、それはそれとして『聖騎士』という存在とはどこか異なる印象を感じられてしまう。

      本物か? などと疑ってしまう程度には。

       

      ((なんかイメージと違う))

      「……言いたいことがあるなら言ってみたらどうかな?」

       

      どうやら疑心が顔に出てしまっていたらしい。

      思いの他厳しくはなさそうなので、ユウキとトールはそれぞれ正直に回答した。

       

      「ぶっちゃけ『力こそが正義!!』とか言いながら見下してくるイメージはありました」

      「だよな。なんかエラくて? 聖なる騎士で? 戦略家っつーんだから? まぁ『君たちは救いようも無いド低能だなハハハ』とか素で言うイメージはあった」

      「これがいわゆるヘイトスピーチ……ッ!? え、最近の若い子ってロイヤルナイツのことそんな風に思ってるの? 憧れの存在とかじゃなくて? 斜に構えすぎじゃないかな流石に?」

      「……えっ。自分で自分の事を憧れの存在扱いするとか、恥ずかしくならないんかねコイツ……」

      「ちょ、ロイヤルナイツのデジモンは他にも」

      「言うなトール。どんなにイメージと異なっていようと、ドゥフトモンである以上は偉大なるロイヤルナイツってことなんだ。どんなに現実に残念でも威厳を感じられなくてもそれを口に出したらいけない。こういうのもギャップがあって良いって思う程度には懐を深くだな……」

      「出てるよ!! 口に思いっきり出てるよ!!」

       

      成長期二名から受けた素直な感想に余程ショックを受けているのか、俯いて足元に『の』の字を書き始めるドゥフトモン。

      戦略家の聖騎士にしては意外なことに、センチメンタルらしい。

      威厳を取り繕うことすらやらなくなったのを見て、流石に言い過ぎたというか、可哀想になってきたのでユウキとトールは話題を切り替えることにした。

       

      「ところでロイヤルナイツがこんな所で何を?」

      「……調査だよ。最近、大陸中でデジモンの狂暴化とか色々起きてるのは知ってるよね? その原因が何にあるかを調べてる。まったく進展らしい進展は無いけどね」

      「? ロイヤルナイツが出張るほどヤバいことなんですか?」

      「君が言いたいことは解るよ」

       

      デジモン達にとっての常識、そして人間の世界においてユウキが知り得ている『設定』の話において。

      ロイヤルナイツとは、デジタルワールドにおける神もといホストコンピューターであるイグドラシルの命を受けて活動するとされている聖騎士達だ。

      戦闘能力が全てのデジモン達の中でも抜きん出ている一方で、その力が実際に振るわれるケースはそう多くはなく、自らの正義を貫くためか、世界の危機を打破するためにしか表舞台で動くことは無い。

      何故なら、その力はあまりにも強大すぎるのだ。

      森や都市の一つや二つ、焦土に変えてしまうことなど造作もない。

      進化の段階の話としては同じとされる究極体デジモンでも、太刀打ち出来る者はそうそういない。

      そして、それ等を理解しているからこそ、彼等は無闇にデジモン達の営みに介入しようとはしない。

      自らの行いによって、守ろうとしている『秩序』が乱れてしまわないように。

      少なくとも、それがエレキモンからも伝えられた『このデジタルワールド』におけるデジモン達の一般の認識であった。

      にも関わらずこうして調査に出向いているということは、デジモンの狂暴化はロイヤルナイツとそれに命令を下すイグドラシルからしても見過ごせない話であったりするのか……?

      疑問に対し、ドゥフトモンは誤魔化しなどせずにこう返してきた。

       

      「巷だと原因不明の自然現象みたいに語られてはいるけど、広範囲に人為的に引き起こされている以上、デジモンの狂暴化は一つの『技術』だよ。誰かが、何かのために、出来るようにしたもの。少なくともそれはイグドラシルが識るものではないし、使い方次第では未曾有の厄災を招きかねない。……何せ、要は一個体の怒りの感情を爆発的に増大させてるわけだからね」

      「怒りの感情を……?」

      「言い方を変えればストレスとも言うのかな。生きていれば誰もが背負うことになる負荷とそれに伴う感情……」

       

      初めて耳にする情報だった。

      ユウキとトールが『ギルド』の拠点の中でレッサーから聞いたのは、狂暴化の原因が『ウイルス』であり、人為的に引き起こされている事柄である以上は黒幕が何処かにいるという話だけで。

      具体的に、デジモンが『ウイルス』によってどのような異常を引き起こされ、狂わされてしまっているのかまでは、把握していなかったはずだ。

      やはりというべきか、ネットワークの最高位とされるだけあってロイヤルナイツの情報収集能力は並のそれを凌駕しているのか。

      そんな風に思っている内に、ドゥフトモンはどんどん言葉を重ねていく。

       

      「ここを含めた各大陸を調査していく中で、狂暴化してたデジモンを鎮めて、その後にどうにか一度話しあおうとしてみたことがあるんだ。口を利けないデジモンもそれなりに多かったけどね」

      「……それで?」

      「気狂いを起こしてたデジモンが言うには、いきなりムカムカして、暴れたくなったんだって。理由としてはありふれてるし安直だとは思うけど、複数の当事者がほぼ同じ事を言ってる以上は『それ』が気狂いの根本だろうと思ったんだ。どんなことをしてるのかは知らないけど、その『技術』を持っている者は、誰かを過剰に怒らせる事によって何らかの目的を果たそうとしてるんだと思う。理由も無しに『技術』は生み出されないからね」

      「怒らせるのが……目的?」

      「例えば、各大陸に存在する四聖獣の方々が怒りに狂ったら天災が巻き起こる。神域《カーネル》を守護する三大天使なら即墜天。ロイヤルナイツなら……まぁ、有名所を軽く例に挙げて雑に想像してみても、ロクなことにはならない事だけは断言出来るよ」

       

      僕自身が受けたことは無いから、我慢出来るかどうかもわからないしね――とドゥフトモンは言う。

      怒りの感情をピンポイントに増大させるもの。

      それが、今ユウキやトールが歩いている大陸とは別の大陸でも誰かの手で利用されている事実に、ユウキは思わず身震いした。

      確かにこれは、ロイヤルナイツが動いてもおかしくない案件であると。

       

      「そこまで解ってて、進展が無いってことになるんですか?」

      「現象だけが解っても、根絶に繋がるもの……例えば『技術』の持ち主とか、その居所とか。その手掛かりさえ掴めてないんだ。進展と言うには流石に不十分だよ。ちょっと前に怒り狂ったデジモンの近くに嗅ぎ慣れないニオイがあったから、それを辿ってもみたけど……何も見つけられなかったし」

      「そう、なんですか」

       

      自分に厳しい方なんだな、とユウキは思った。

      どんな経緯でロイヤルナイツになったのかは知る由も無いが、言動に威厳を感じられない一方で、問題に対する意識の向け方には強い責任感のようなものを感じたから。

      と、そんな風に考えていると、ふと隣のトールがこんなことを言ってきた。

       

      「……なぁユウキ、俺も俺で色々一気に起こりすぎてすっかり忘れてたんだがよ」

      「? 何だ?」

      「ベアモン……アルス達と連絡取ってなくね? 俺達が無事……いやまぁ無事とは言い難いが、生きてるってことを伝えないとまずいんじゃね? 死んでると思われかねないぞ」

      「あっ」

      「……そういえば、仲間と一緒に来たと言っていたね。連絡を取れるなら早くしたほうがいいよ」

       

      言われて、自らの首に巻かれたびしょ濡れのスカーフの存在を思い出すユウキ。

      突然の鉄砲水、突然のフリーフォール、突然の桃太郎、突然のロイヤルナイツ――などなど。

      短時間の間に多過ぎる出来事に直面したことで意識から抜けていたが、こうして分断されてしまった以上、最優先すべき行動はロイヤルナイツとの対話ではなく仲間との意思疎通であったはずだ。

      我ながら有名人に会った時みたいに浮かれてたんだな、と自らを戒めつつ『ひそひ草』が仕込まれたスカーフにボソボソと囁き声を立てる。

       

      (……アルス、そっちは無事か?)

      (――っ――)

       

      返事は、すぐには無かった。

      六秒ほどが経って、何かあったのかと不安を覚えたそのタイミングで、スカーフ越しにチームメンバーの安否を示す言葉が返ってくる。

       

      (――やっと出た……。ユウキこそ、大丈夫? トールもそっちにいるの?)

      (ああ、俺もトールも無事だ。そっちに……みんないるのか?)

      (――うん。レッサーも、ハヅキとホークモンも無事だよ。二人を探すのを兼ねて樹海を進んでるところだけど、二人は今どこにいるの?)

      (どこに、か……ちょっと待て)

       

      スカーフ越しに聞こえたアルスの問いに、ユウキは辺りを見渡してみる。

      遥か上方にまで伸びる滝と、それによって形作られたと思わしき湖に、どこか熱気を帯びた巨大な樹木に倒木。

      アルスが言う『樹海』と景色のイメージは合致する。

      少なくとも全く異なる地域に墜落したなんてことは無さそうだが、滝から落ちているという事実がある以上、地面の高さについては同じではないのかもしれない。

       

      (――そっか……滝から落ちた……って、それで本当に無事だったの? そこまで高くはなかったとか?)

      (いやめっちゃ高い。そもそもここには空から落ちて滝からも落ちてきたわけだし)

      (――え、空? ユウキ何言ってるの?)

      (マジなんだって。俺だってあの時のことはうまく説明出来ないけど、事実だけを言うとロイヤルナイツのドゥフトモンに偶然助けてもらったんだ。だから無事)

      (――は? ロイヤルナイツが、こんなところに?)

      (ああ)

       

      囁き声の形ではあるが、ユウキの語った事実にアルスは少なからず驚いているようだった。

      実際、ユウキもトールもこれまでの出来事に十分驚かされているため、気持ちはわからなくも無かった。

      が、今はビッグネームの存在にいつまでも注目している場合ではない。

      その事を、あるいは二人を必死に探そうとしているアルスの方こそ理解しているのだろう――ドゥフトモンについての事より先に、今後の方針についてのことを口にした。

       

      (――とりあえず、合流するために何か目立つところに集まろう。ユウキ達は僕達より低い位置にいるかもしれないんでしょ? だとしたら滝を探すのが一番ってことになりそうだけど……見つけたとして僕達がそこまで降りられるか、ユウキ達がこっち側に戻ってこられるかは正直難しい話だし……)

      (だな……トールがコカトリモンに、俺がグラウモンに進化したところでこの崖を登りきることは出来ない。ドゥフトモンに運んでもらえないか頼んでみようとは思うけど……)

      (――それがいいと思うよ。正義の味方なんだし、一度助けてくれたのなら二度助けてくれてもおかしくはないはず。助けてくれなかった時は……その時にまた考えよう)

       

      そこまで囁いて。

      少しの間を置いて、アルスはこんな言葉を付け足してきた。

      心なしか、それまでの囁き声よりも更に小さな声で。

       

      (――ユウキ、聞いたりしたの?)

      (何を?)

      (――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、人間の世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……)

      (……それは……)

       

      ユウキ自身、考えてみた事ではあった。

      相手はネットワークの最高位、今の自分が知れないことも数多く知っているに違い無い。

      しかし、同時の正義の執行者でもある。

      デジモンでありながら、元は人間であると記憶しているユウキの存在を、果たしてどのような存在として認識するか。

      不穏分子として受け取られたら最後、自分と繋がりを持つトールやアルス達がどうなるのかは解らない。

      ユウキ自身、自分という個体がデジモンとして何の危険性も持たないという確証も無い。

      フィクション上の存在として、作品のキャラクターとしてどれほど好きであっても。

      今ここに在るデジモン達は、紛れも無いノンフィクションであり、自分の意思を持つ存在なのだ。

      ここまで、思いのほか話が通じやすい相手だと感じられてはいるが、全てが理想通りなんてありえない。

      得難い機会ではあるが、無視できないリスクがある。

       

      ――そうしたユウキの不安を知ってか知らずか、アルスはこんな言葉を紡いできた。

       

      (――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない)

      (……だけど……)

      (――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから)

      (…………)

       

      その言葉に、ユウキは背中を押されているように感じて。

      不安を覚えつつ『ひそひ草』のスカーフから耳を遠ざけ、その視線を(何やら興味深そうにこちらを見ていた)ドゥフトモンに向けた。

      そして言う。

       

      「……一度助けてもらっておいてなんですが、一つお願いと聞きたいことが……」

      「……聞きたい事って?」

      「人間の世界への……行き方とかご存知じゃないでしょうか」

       

      その問いに。

      ドゥフトモンは、疑心そのものといった表情でユウキの顔を見つめていた。

      彼は答える。

       

      「……ニンゲンの世界も何も……実在するの? そんなのが」

       

      それは、ユウキからすれば重大な意味を含む回答だった。

      この世界のロイヤルナイツ――全員が全員そうだと確定したわけではないが――は、アルスやトールと同じく人間という存在をフィクション上のものとしか認知していない、と。

      現にドゥフトモンは、実在するという前提で問いを出したユウキに、珍種の生物でも見るような眼差しを向けてしまっていた。

       

      「マジか。ロイヤルナイツも人間の世界のことは知らないのか」

      「流石に、ロイヤルナイツであっても実在するかも定かじゃないものは知れないよ。僕も御伽噺の形でなら知ってるけど……実在のものとして聞いたことは無かったと思う。逆に聞くけどユウキとトール、君達は知っているのか? というか、何で知りたがっているんだ?」

      「……人間の世界に興味があるから、です」

      「あー、そういう感じか……まぁ、人間のパートナーになってみたいって言う子はたまに見かけるけどさぁ」

      「俺達はチーム『チャレンジャーズ』なんで。何にでも挑戦するチームなんで」

      「ヘーソウナンダー」

      ((あ、これ全然信じられてないな))

       

      威厳もクソも無い棒読みボイスであった。

      この様子だと、ユウキとトールの訴えも本気では受け取られていないだろう――最低でも、自分が元は人間であるという事実さえ察せられなければ問題無いので、これで良かったとも言えるが。

      受け取られ方がどうあれ、聞くべきことは聞けたので、ユウキはドゥフトモンに改めて頼み込んだ。

       

      「じゃあ、聞きたいことは聞けたので……崖の上までお願いします」

      「はいはい。それはいいけど、荷物とかなくしてないのかい?」

      「え?」

      「空から落ちて、川でも流されて滝から落ちて……それだけのことがありながら手荷物が何もなくなってないなんて、余程の幸運の持ち主でも無い限りありえないと思うんだけどね。君達がどの程度の準備をしてきたのかは知らないけれども」

      「「…………」」

       

      うっかり忘れパート2であった。

      連絡に用いる『ひそひ草』のスカーフが無事で、肌身離さず持ち歩いていた鞄も一見無事なように見えていたが、中身まではまだ確認していなかったことを思い出す。

      というか、重量感が明らかに減っている事実に今更のように気付く。

      慌てて中身を覗きこんでみれば、鞄の中身を食料どころかサバイバルキットの一部までも何処かに放流されてしまった事実を知るのにそう時間は掛からなかった。

      ユウキとトールが持つ鞄は、人間の世界で販売されているそれと比較しても密閉が完璧ではない。

      落下の慣性と空気の抵抗を考えれば、この損失は当たり前の話だったかもしれない。

      わりと今後の生死に関わる損失を目の当たりにして立ち尽くすユウキとトールを哀れんでか、ドゥフトモンはため息混じりにこんな提案を出してくる。

       

      「……はぁ。まぁ調査のついでとしてなら、食べ物探しぐらいは手伝ってあげるよ。ここで見捨てるのは寝覚めも悪いし……」

       

      全体的に赤い二名は即座に食いついた。

      この非常時に、プライドとか申し訳なさとかいちいち考えている場合なわけがねぇのだ。

       

      「よっ!! 太っ腹ナイツ!!」

      「デブ!!」

      「そろそろ子供相手でも怒っていいと思うんだ僕」

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      流れ流れで、民間組織所属の二匹と行動することになって。

      途中途中、無知故に食べないほうがいいものを手に取ろうとした子に軽く指摘をして。

      その度に、軽めの感謝をされながら。

      不思議な子達だと思った。

      ロイヤルナイツに対しての偏見がやけに強いのはさておいて。

      過度な畏怖も尊敬も含まないある種『普通』の態度で会話を試みようとするその姿勢は、近すぎず遠すぎずで僕からすれば望ましい接し方だった。

      僕のようなロイヤルナイツは、どの地域に姿を見せても向けられる感情は決まって極端だ。

      彼等のように、会話が出来る相手として扱ってくれるデジモンはそう多くない。

      これがイマドキの子供達なのかと思うと少しだけ心が和らぐ気はしたが、それとは別に大きな疑問が浮かびもした。

      主に、コーエン・ユウキという個体名らしいギルモンが、首に巻いた『ひそひ草』のスカーフを介して仲間と囁き合っていた時の、その内容。

      獣の姿を持つ騎士として発達した僕の聞き取る力は、それを確かに知覚していた。

      望んで盗み聞きをしたつもりは無いが、僕にとって彼等の内緒話は筒抜けでしかなかった。

      そして、聞き取った内容は彼等に対して疑いを抱くのに十分なものだった。

       

      ――ユウキ、聞いたりしたの?

      ――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、ニンゲンの世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……。

      ――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない。

      ――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから。

       

      直感したことは軽く分けて三つ。

       

      一つ目。

      コーエン・ユウキが(実在も定かでは無い)人間の世界へ行こうとしている理由は、決して冒険心によるものではないということ。

      二つ目。

      コーエン・ユウキには、ロイヤルナイツである僕に対して『話したくない事』があるということ。

      三つ目。

      コーエン・ユウキにとって、ニンゲンの世界に行けるかどうかの話は深刻な『悩み』であるということ。

       

      僕自身、ニンゲンの世界なんて説明した通り、空想の産物としか認識していなかった。

      他のロイヤルナイツの方々にとっても、今のデジタルワールドに生きる一般のデジモン達からしても、大方同じ見解だと思う。

      だが、目の前のギルモンは違う。

      声の調子一つ取っても、それはニンゲンの世界が在ればいいな、などという願望ではないのが解った。

      在るという前提で、ロイヤルナイツである僕に質問をしていた。

      ニンゲンの世界への行き方を。

       

      怪しい、と思った。

      彼は、コーエン・ユウキは僕が考えるに少なくとも普通のデジモンでは無い。

      何故なら、ニンゲンの世界というものが仮に実在するとして、そこに行きたいという考えは――即ち、デジタルワールドから出て行きたいという思いが確かに存在しなければ、浮かばないはずだからだ。

      興味本位で、ちょっとした旅行感覚で人間の世界に行きたいと口にするデジモン達とは、考えの切迫さが違う。

      でも、どうしてそんな事を考えるのだろう。

      今の世界にそれほどまでの嫌悪感を抱いているのか、僕の考え過ぎで本当に単なる興味本位なのか、それとも――心の底から、人間の世界が自分のいるべき場所だとでも認識しているのか。

       

      (……まさかニンゲン……って、そんなわけが無いよな……)

       

      文献上の、架空の一例として。

      僕が知るニンゲン関係の御伽噺の中に、ニンゲンからデジモンに進化をした個体というものは確かに描写されている。

      伝説の十闘士のスピリットを継承し、ハイブリッド体のデジモン達に進化して世界の平和を取り戻す――そんな物語が、確かにこの世界にも存在はする。

      このギルモンが実は元はニンゲンで、ニンゲンからギルモンに進化を果たした個体である、と言葉にすることは出来る。

      だが、そもそもが架空の話であり、実際にそうした事実があった証拠などは何処にも確認されていない。

      しかも、仮にその架空の話を現実の出来事とするなら、トンでもない可能性が生まれてしまう。

      それは、伝説の十闘士のスピリットとは別に、ギルモンのスピリットとでも呼ぶべきものが発生していて、彼という元はニンゲンであった存在はそれを用いてギルモンに進化しているという可能性。

      論外と言う他に無い。

      スピリットと呼ばれるものが生じる条件自体が今なお不明であり、古代に死した十闘士と呼ばれたデジモン達の力を継いだものしか観測されていない。

      そもそもの話、死んだデジモンのデータは次代としてデジタマに還元される。

      仮にそうじゃない時代があったとしても、今はそういう時代であり、事実としてスピリットという例外が生じたケースはこの世界において観測されていない。

       

      だが、事はニンゲンの世界に関係するかもしれない話だ。

      そもそも僕が調査に出向くことになった理由、スレイプモン先輩も述べていた、次元の壁に残されていた【痕跡】の存在がある。

      もし、本当にこのギルモンが元はニンゲンであったとしたら、どのタイミングでデジモンになったにしろ、彼の存在自体がニンゲンの世界からこのデジタルワールドにやってきた存在がいるという証明になる。

      それも、複数。

      別世界から別世界への移動なんて、普通に考えて【痕跡】の生じる理由としては十分だ。

      無論、そもそも彼が元はニンゲンであるかもしれないという話の時点で、眉唾ではあるけれど。

      何となく、無関係では無いような気がする。

      近頃問題になっている例の『ウイルス』の話もあるし。

      どうあれ確証が無い以上、この憶測を他のロイヤルナイツや一般のデジモン達に口外する気はないけど。

      このギルモンの事を、ひいてはその仲間となっているデジモン達のことを、もう少し見ておいた方がいいのかもしれないと感じた。

       

      (……悪い子たちでは無さそうなんだけどなぁ……)

       

      もしも。

      この子達に悪意が無かろうと、世界の秩序を揺るがしかねない存在であるとイグドラシルが判断したら、秩序を護るロイヤルナイツとして僕は彼等を処断する命を受ける事になるかもしれない。

      こんな、まだ25年程度も生きていなさそうな子達を、生意気ながらもちょっぴり親しみが生まれつつある相手を。

      そう考えると、途端に気が重くなった。

       

      ロイヤルナイツが、悪ではないはずの者を殺す。

      そんな出来事、もう二度と起きてほしくないと思っていたのに。

      コーエン・ユウキがニンゲンか、それともデジモンか。

      そして、秩序を揺るがしかねない異分子として、イグドラシルは判断するか。

      頭が痛くなる話だ。

      この憶測は妄想が行き過ぎた考え過ぎであってほしいと、僕は彼等の手伝いをしながら願うしか無かった。

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • 投稿者
      返信
    • #3922

       ドゥフトモンのあの見た目で気さくキャラという想定GUYの事態に噴く今日この頃。ロイヤルナイツの戦略家さんが何故ここにという疑問は読者にとってもその通り過ぎるのでした。本人は見た目気にしてるようですが、どうせ竜騎士ばっかりのロイヤルナイツなんだから獣騎士としてキャラ立ってるのはむしろいいんだよ!!
       長い一話のおかげで話の中で解決しましたね。ファイヤーボールを操れるようになったからか、松明を点けられる辺りユウキというかギルモン族は優秀。洞窟の中にミノタルモンというドラゴンボールDAIMAのOP宜しくな展開でしたが、いや待てミノタルモンって完全体じゃねーのか詰んだわと思ったら昨今は成熟期の方がマジョリティなのを完全に失念しておりました。
       
       ちゃんと設定として存在するもの(今回はデジメンタル)にはキチンと言及する作風は好みですが、これはデジタルモンスターを知っている人間の視点だからか。心理描写たっぷりなのでハヅキもといレナモンホークモンは勿論、ロイヤルナイツのドゥフトモンさえ「貴様ァ! 寝返ったのか!?」しそうにない安心感だけがある。
       しかしヘタレキャラのようでいてロイヤルナイツ、速攻で裏の事情を看破されたこと自体は結構怖いのだった。

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • このトピックに返信するにはログインが必要です。