デジモンに成った人間の物語 序章② ―海辺の出会い―

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    ユキサーンユキサーン
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      デジタルワールド。

      数多の情報のデータが集まって形成されたその世界には、人工知能を持つデータの生物であるデジタルモンスター……略称『デジモン』が生息しており、様々な種が生まれ持った個性を活かして生きている。

      そのデジタルワールドの大陸上に存在する村の一つ――発芽の町。

      丘のある草原の上に建てられたこの村には、木造にしろ石造にしろ扉の無い建物が多く建っており、丘の最上部から湧き水が溝を沿うような形で流れ、滝と川が形成されている。

      村には動物や植物など、様々な物を模した姿をしたデジモンが多く住まっており、互いに協力し合いながら暮らしている。

      そんな発芽の町の真昼間。

       

      「……ハァ」

       

      片方の手に釣竿を、もう片方の手にバケツを持ち、赤と青の毛並みに九本の尻尾を持った哺乳類型のデジモン――エレキモンが、木造の建物の中に入った途端にため息をついていた。

       

      「ぐぅぅぅぅ~……」

       

      彼の目の前には、黒に近いグレー色の毛皮を持つ小熊のような姿をした獣型のデジモン――ベアモンが、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

      彼からすれば見慣れた光景なのか、エレキモンは頭の痛さを装うように額に右の前足を当ててもう一度ため息を吐くと、ベアモンを起こしにかかった。

       

      「おい!! 起きろ寝ぼすけ!!」

       

      最初にエレキモンは、ベアモンの体を揺すって直接意識を覚醒させようとする。

       

      「ぐぅぅう~ん、あとごふぅ~ん……」

       

      しかし大して効果は無いようで、ベアモンは器用に寝言でエレキモンに返答しながら眠りの世界にしがみ付いていた。

       

      「ったく……おい!! とっとと起きろ!! 約束を忘れて何昼寝してんだ!!」

       

      「ぐぅぅ……う~ん」

       

      その様子を見たエレキモンは揺する力を更に強めると、ベアモンは寝ぼけて意識が完全に覚醒していないままで立ち上がった。

       

      「やっと起きたか。いつもながら苦労させられる……ぜ!?」

       

      しかし、エレキモンの予想はベアモンが睡眠欲に負けて前のめりに倒れこむと言う形で、文字通り押し倒された。

       

      偶然にも、ベアモンの正面にエレキモンが居たためにエレキモンはベアモンに押し倒される。

       

      「あたたかぁ~い……」

      「こら!! お前には自前のがあるだろうが!!」

      「ふにゃぁ~……気持ちいい~」

       

       

      ブチッ、と。

      その瞬間、エレキモンは自分の頭の中で何かが切れる音を聞いた。

      それが何の音かはエレキモン自身理解出来ていたが、抑えるつもりは毛頭無かったらしい。

      よく見ると額に青筋が出来上がっており、体からバチバチと火花が生じているのがその証拠。

       

      「いい加減に……しろやあァァァ!!」

      「ふぎゃぁぁぁあああ!?」

       

      次の瞬間には、エレキモンの体からゼロ距離で放たれた放電がベアモンに炸裂し、朝のモーニングコールよろしくベアモンは自業自得の悲鳴を上げていたのであった。

      流石に電撃を受けた事もあって意識は完全に覚醒し、ベアモンは目を覚ました……のだが、体の方は痺れてガクガクと震えている。

      毛皮の大部分から焦げ臭い黒い煙が出ているのは、きっと彼自身が全くの手加減をせずに放電したからだろう。

      やがて体が痺れながらも動かせるようになると、うつ伏せに倒れていた自分の体を起こす。

      それと共にエレキモンも脱出する事が出来た。

       

      「……あ、エレキモンおはよ~」

      「おはよ~……じゃねぇよ!? もう昼だ!!」

      「ほぇ? そうなの……?」

      「……ハァ」

       

      そして、電撃を受けながらもようやく眠りの世界から脱出したベアモンの第一声はと言うと……何とも緊張感の欠片も見えない朝の挨拶だった。

      電撃を受けても能天気に時間軸のズレた朝の挨拶が出来る辺り、元気ではあるようだが起こしたエレキモン自身は何処か疲れたような表情をしている。

      これがツッコミ役の宿命とでも言うのだろうか、とエレキモンは内心で思いながらもベアモンに状況を説明する。

       

      「いいから起きろボケが!! 今日は昼に釣りに行く約束をしてただろ!!」

      「………………」

      「……まさか、忘れていたのか?」

      「……あっ」

       

      約束と言う言葉を聞いたベアモンの表情が、徐々に焦燥感を帯びていく。

       

      「……昨日、次の日に釣りをしに海辺へ行く約束をしていただろ。なのに今日、待ち合わせの場所で予定の時間になってもお前は来なかった。だからまさかと思ってお前の家に来たら……このザマかよ」

      「あ~……」

      「……何か言う事は?」

      「……てへっ」

       

      カチッ、と。

      ベアモンの可愛い子ぶった返答を聞いたエレキモンの脳裏で、今度は何かのスイッチが入る音が聞こえた。

      堪忍袋の尾が切れているわけでは無いらしいが、何故か物凄く気持ちの良い笑顔を浮かべている。

      その表情を見たベアモンが本能的に危険を察知するも、既に手遅れだった。

      エレキモンは次の瞬間、全身からパチパチ音を立てながらベアモンに、とてもとても優しい声で言い放った。

       

      「四十秒で用意しな。ただでさえこっちは待ち惚け食らってるんだからな!! これ以上遅らせたら問答無用で放電ブチかます!!」

      「エレキモンの鬼ー!! 悪魔ー!!」

      「のんきに昼寝して、一日前の約束を忘れるお前に言われたかねぇぇぇッ!!」

       

      ベアモンは木造の帽子掛けにかけておいた自分の帽子――アルファベットで『BEARS』と文字が書かれた青色の帽子を逆向きに被り、同じく青色の革で作られたベルトを左肩から右側の腰に、そして手を痛めないための防具として両手にはそれぞれ六つほど巻いていく。

      急いでいるせいか、かなりきつめに巻いている所もあれば緩く巻いている所も見える。

      そして、部屋の隅に置いてある釣竿を右手に、その隣に置いてあるバケツを左手に持つと共にベアモンはエレキモンと共に用の済んだ家を後に、村の入り口付近へと向かって走って行く。

      二匹が立ち去った後に木造の部屋に残されたのは、空洞の中のような静寂と木造の建物特有の木の匂いだけだった。

       

       

       

       

       

       

      村を出て一時間ほどの場所に存在する浜辺。

      そこでは強い日光が蒼海や岩肌を照らし、美しい自然の風景を二匹の目前に現していた。

      硬い甲殻に覆われた蟹のような姿をしたデジモンや、ピンク色の硬い二枚貝のような姿をしたデジモンなど、この付近には水の世界に生きる野性のデジモン達が多く生息している。

       

      「この辺りの砂浜ってガニモンとかシャコモンとか、成長期のデジモンが多いから危険な場所じゃないんだよね」

      「だな。シードラモンとかが滅多に現れない場所だから、成長期の俺達からすれば絶好の釣りポイントだ」

       

      潮の流れる音を耳にしつつ、二匹は持ってきたルアー付きの釣竿を振り降ろす。

      鋭い放物線を描きながら、糸の通ったルアーは海の中に投下された。

      得物が食い付くのを気長に待つのみとなった彼等は、暫しの談笑に勤しむ。

       

      「それにしても、お前も中々粋なまねをするよな。普段は川釣りなのに、突然海釣りだなんて」

      「最近は森の方でも嫌な噂が流れているでしょ? 野良のデジモンが狂暴化して、暴れているとか……」

      「まぁ確かに物騒だな。でもそれだけじゃないんだろ?」

      「バレた? 実は単に魚が調達したかっただけだったりするんだよね~」

      「こいつ。まぁそういう事なら、別に何の不満も無いけどな」

       

      あはは、と二匹はニヤけ顔を見せながら笑う。

      エレキモンは自分の手に持っている竿を地味に微動させながら一度思考すると、気が変わったかのように話題を変える。

       

      「ところでよ、お前は決めたのか?」

      「決めたって何が?」

      「これからの事だよ」

      「?」

       

      エレキモンの問いを聞いたベアモンの頭上に、小さな疑問符が浮かんだ。

       

      「聞いた話によると『アイツ』は『あの事件』以来、力を付けるための武者修行の旅に出たらしいじゃんか。お前はどうすんだ?」

      「……エレキモンも、返答に困る質問をしてくるね~」

      「気になってたからな」

       

      エレキモンは思った事をそのまま口に出して返答した後、ベアモンの答えを待った。

       

      「……僕は、正直言って……『ギルド』に入ろうと思ってる」

      「……そうか」

       

      ベアモンの返答を聞いたエレキモンは納得したように軽く頷くと、そのまま言葉を紡ぐ。

       

      「お前、外の世界をもっと見てみたいって言っていたもんな。実は俺も『ギルド』に入ろうと思ってる」

      「え? そうだったの?」

      「お前とは別件でな」

      「ふ~ん……お、ひっかかった」

       

      会話の途中、ベアモンの竿にピクピクと反応が現れ、魚が喰い付いた事に気がついたベアモンは竿を持つ手に力を加える。

       

      「どっ……せぇ~い!!」

       

      後ろに走りながら一気に竿を振り上げると、突発的な噴水に似た小さな水しぶきと共に魚が海の中から釣り上げられた。

       

      「デジジャコかぁ……まぁ、当たったから良しとするかな」

       

      掛かった魚を見て魚の種類を判別すると、ルアーの針から魚を外し、持ってきていたバケツの中に放り込む。

      ベアモンの反応からして、目当ての魚と言うわけでは無いのは目に見えて明らかだ。

       

      「まぁそんな事もあるさ。そういや狙いは?」

      「デジサケ」

      「やっぱりな~……お、こっちもか」

       

      ベアモンの狙っている魚の名称を聞いたエレキモンが予想通りと内心で呟くと、自分の方の竿にも掛かった事に気がついた。

       

      「ぐぎぎ……ぐっしゃ~い!!」

       

      ベアモンとは違い、釣り竿を口に咥えて釣り上げるという変わった釣り方を披露したエレキモンは、釣り上げた魚を一目見ると直ぐにバケツへ投入した。

       

      「ちぇっ、こっちもデジジャコかよ……」

      「あはは、そっちもそっちだね」

      「うるせ~やい」

       

      自分をからかうベアモンの発言に少々イラっと来ながらも、エレキモンは再度釣り竿を海へと投下する。

       

      釣り上げた魚の大きさや美味しさなどを話の草に、釣り上げてはまた釣り上げて、時々釣りのポイントを変えながら、二匹は徐々にバケツの中へと魚を増やしていった。

       

       

       

       

       

       

      それから二時間後。

      二匹は場所を海水に濡れた岩肌のある地帯へと移っていた。

      同じサイクルを何度も繰り返していく内に、気がつくと二匹の持ってきたバケツの中は両方ともいっぱいになっていた。

      海水の入れられたバケツの中では魚達が窮屈そうに泳いでおり、後々の事を考えるとベアモンとエレキモンの口元に自然とよだれがはみ出る。

       

      「そろそろ帰らないか? もう大体釣れたんだし」

      「いや。まだ僕はメインの魚を釣れていないから、もうちょっとやってみるよ」

       

      ベアモンはそう言い自分の好物が当たる事を願いながら、もう何回投下したか細かく覚えていない釣り竿のルアーを海へ投下する。

       

      「雑魚ばっかりだもんなぁ。それでも数が多いから、飯には困らないわけだが」

      「むぅ~……だけど、たったの一匹すら当たらないのはちょっとなぁ……」

      「お前、引き運無いな」

      「うるさいなぁ。見ててよ、君がびっくりするぐらいの大物を釣り上げてやるからさ!!」

       

      少なくとも十匹以上は釣ったのにも関わらず、狙いの魚が当たらない事実をちゃっかり毒刺すエレキモンとその毒に対して同じ毒で対抗するベアモン。

       

      (ま、どうせ当たらないと思うけどな。ましてや大物なんて、そう簡単に……)

       

      ベアモンの粋がった台詞に対して、エレキモンがそう内心で呟いた時だった。

       

      「うおおおお!! 何だか凄い引きだあああああ!!」

      「……ってはやっ!! マジかよ、竿の方が先に折れたりしないよな!?」

       

      まるで誰かが仕組んだとすら思える見事なタイミングで、ベアモンの釣り竿が大きくしなり始めたのだ。

      引っかかった魚の引きが強いのか、それとも単に重いからか、腕力に自信があるベアモンでもかなり厳しそうだ。

       

      「仕方ねぇ!! 逃がすよりはマシだから、俺が手伝ってやる!!」

       

      そんなベアモンに、エレキモンは文字通り手を差し伸べた。

      後ろからベアモンの体を引っ張り支え、大物と思われる魚を逃がさないために強力する。

      ベアモンも、それに呼応するように腕の力を強めた。

       

      「どっ……こんじょぉぉぉ~!!」

       

      そして、気合の入った叫びと共に釣り竿を大きく振り上げた。

       

      ――バシャァ!!

       

      ――ガァン!!

       

      雑魚を釣り上げた時とは比較にならない水しぶきが上がり、釣り上げられた獲物は派手にベアモンとエレキモンの背後にある岩の方へと叩きつけられた。

      よっぽど大きく、そして重かったのか、反動でベアモンは岩肌に背中から倒れる。

      その際に後ろに居たエレキモンは、まるでドミノ倒しのように巻き込まれ、ベアモンと同じ姿勢で倒れた。

       

      「痛てててて……エレキモン大丈夫?」

      「俺も大丈夫だ。強いて言うなら、お前ちょっと重いぞ」

      「ひどっ」

       

      ベアモンは立ち上がり、エレキモンはそれに順ずる形で立ち上がる。

      二匹は互いに安否を確認した後、後ろの方へ向けられている釣りの糸を辿ってその先に掛かっていると思われる魚を確認しようとする。

       

      「……え? これって……」

      「どう見ても魚じゃないよな……ってか、コイツって……」

       

      釣り針が刺さっていたのは魚の口では無く、赤色の恐竜を思わせる姿をした――

       

       

       

       

       

       

       

      「「……デジモン!?」」

       

      ――デジモンの鼻の穴だった。

      返しの針が深々と刺さっているその有様は見るからに痛々しいが、二匹からすれば疑問に思う事が多すぎて、思考が追いついていなかった。

       

      「……死んではいないよな……?」

       

      エレキモンは恐ろしいものを見てしまったように腰引け気味ながらも、明らかに死んでいるように見えるデジモンの体の中央の部分を右の前足で触る。

      余程長い間海水に浸っていたのか、赤い体色に見合わず体温はかなり冷たかった。

       

      「……消滅してないって事は、まだ死んではいないって事だが……この様子だと、かなり危険な状態だな……」

      「………………」

       

      エレキモンの告げた予測に、ベアモンは目の前で倒れているデジモンを可哀想と思った。

      だが同時に、疑問も浮かんだ。

      体の形を見るに、水棲型のデジモンでは無い。

      だが、自分が生きていた『森』の地域では見覚えも無いデジモンでもある。

      どちらかと言えば火山や荒地など、恐竜型のデジモンが生息する地域に適したデジモンにしか見えない。

      そんなデジモンが海の中から見つかるなど、どう考えても異常なのだ。

       

      「……助けよう!!」

      「え?」

       

      単に同情心からか、それとも正義感からの行動か。

      ベアモンは自身の両手をデジモンの胸の部分に当て、力いっぱい押す。

      すると、恐竜デジモンの口から海水が噴き出された。

       

      「おい、そいつが何者なのかも分かんないのに助けるのか? もしも悪い奴だったらどうする?」

      「仮にそうだとしても……見捨ててられないでしょ!! お願い、エレキモンも手伝って!!」

       

      自分の力だけでは助けられない。

      そう内心で理解したベアモンは、この場で手を借りられる唯一のデジモンであるエレキモンに、手伝いを要求した。

      エレキモンは一度「う~ん……」と深く俯きながら考えたが、やがて腹をくくったように声を上げた。

       

      「……だ~!! 仕方ねぇな、やると決めたからには……絶対に助けるぞ!!」

       

       

       

      夢を見ていた。

      周りで見知らぬ人物が不気味な笑みを浮かべ、自身の何かを作り変えられていく光景。

      自身の『外側』と『内側』の感覚がよく分からなくなるような、ただただ気持ち悪い錯覚。

      そんな夢の内容を、彼は悪夢としか思えなかった。疲れた時によく見る悪夢だと、そう信じるしか無かった。

      何処で何をされ、何が起きたのかまるで分からない。

      まるで霧が掛かったかのように、全く思い出せなかった。

      何より今、自分が何処に居るのかすら分からなかった。

      周りの景色は視界が塞がっているのか真っ暗で、とにかく冷たい物に覆われているような感覚があった。

       

      寒い。

      冷たい。

      熱を感じられない。

      一体いつまで、この場所に居続けなければならないのだろうか。

      夢なら早く覚めてほしい。夏の風物詩など今は求めていない。

       

      それとも、

       

      (俺は……死んだのか……?)

       

      彼――紅炎勇輝は何も見えない、何も聞こえず感じられないそんな空間の中で、再び意識を深い闇の中へと落としていった……。

       

       

       

       

      場所を岩肌地帯から最初の砂浜地帯へと移動し、赤い恐竜型のデジモンを砂浜の上に乗せた二匹は、恐竜デジモンを助けるために行動していた。

      ベアモンは恐竜デジモンの口を強引に開かせた後、力のある限り両手でデジモンの胴部を押し、海水を吐き出させる。

      しかし、恐竜デジモンの意識は戻らない。

      その様子を見たベアモンとエレキモンは、次の行動へと移行する。

       

      「海水は全部吐き出させたな。次は……」

      「体を温めたほうがいいんじゃないかな。ここは浜辺なんだし、砂を使って砂風呂みたいな物を作られないかな?」

       

      ベアモンは右手を帽子越しに頭に当てながら知恵を働かせ、エレキモンに提案した。

      しかし、その案を聞いたエレキモンは一瞬呆気に取られた顔をした後、その案に対して難点を突きつける。

       

      「お前にしては悪くない発想だが、問題の砂をどうやって集める? 両手で掬い上げてるだけじゃ、全然効率的じゃないぞ」

       

      砂と言う物は基本的にサラサラしており、手で取ろうとすると量がどうしてもこぼれて、少なくなってしまう。

      両手で掬い上げた程度の砂を振りかけているだけでは、何分掛かるか知ったものではない。

      ならばどうすれば良いか。

       

      「ここは、体温より先に意識を覚醒させた方がいい。体温なら後で対処出来るしな」

      「……それならさ、エレキモンの電撃の応用で意識を覚醒させたり出来ないかな? 電気ショックとかで」

       

      意識を覚醒させるのに効果的な手段の一つが『刺激を与える』事だ。

      昼間の出来事でベアモンは電撃によって一気に意識が覚醒し、眠気の一切も吹き飛んでいる。

      だが、この案にも問題があった。

       

      「お前を起こした時とは状況が違う。コイツは明らかにヤバイ状態だぞ、下手したら余計に死ぬ可能性が高くなるから、それは最終手段だ」

      「それもそうかぁ……う~ん」

      「酷いやり方だけど、こういう時には痛みを与えてやればいい。体にダメージを負わせる事無くやるなら、刺激を与える事も一つの方法だしな」

      「痛みを与えるって……何だか、このデジモンが可哀想になってきたんだけど」

       

      ベアモンは恐竜デジモンに同情の念を送りながらも、それ以外の案が思いつかずに、結局恐竜デジモンの頭部にある羽のような形をした耳を掴むと。

       

      「……ごめん!!」

       

      恐らくそのデジモンにとっての特徴と言える羽のような部位を、謝罪の言葉を呟きながらぎゅっと摘んだ。

      しかし、反応は特に見えない。

       

      「その羽っぽいのは大して影響が無いんだな……次にいくか」

       

      次にエレキモンはそう言うと、自身の爪を恐竜デジモンの足の裏にチクっと浅く突き刺した。

      すると、僅かに震えた素振りを見せた。

       

      「反応したな……意外とあっさり助けられそうだ」

       

      エレキモンはそんなベアモンの方を向いてから、自身の体に電気を蓄積させ始める。

       

      「え? さっきエレキモン、電気は最終手段だって言ってたような……」

      「アレはコイツが本当に瀕死の状態だったらの話だ。こんぐらいで無意識に反応するんなら、電気を使っても問題無い」

      「そうなんだ……」

      「ち~とビリっとするけど、勘弁してくれよ。荒療治だが列記とした治療法の一つなんだからな!!」

       

      そして恐竜デジモンに聞こえもしていないであろう台詞を吐きながら、恐竜デジモンの腹部に見える刻印を目印に、ダメージではなくショックを与えるための電気を放った。

       

      「……んぅっ……?」

       

      恐竜デジモンは全身に感じた刺激に呻き声にも似た声を上げ、まぶたを開くと共に視界へ降り注いだ日光の眩しさに開けた目を少し細めながら、意識を覚醒させた。

       

      「あ、起きた!!」

      「ふぅ、やれやれだぜ……お前さん大丈夫か? 手荒に起こして悪かったな」

       

      その様子を見た二匹のデジモンは、無事に救助が出来た事にふぅと息を吐きながら胸を撫で下ろす。

      しかし、何やら助けられた恐竜デジモンの方は二匹の姿が視界に入るや否や目をこすり始めた。

      まるで、目の前の状況を疑うかのように。

       

      「………………」

       

      まず、恐竜型デジモンは無言で二匹を凝視する。

       

      「……何をそんな驚いた顔してんだ? 驚かそうとした覚えはねぇぞ」

      「君、大丈夫……?」

       

      流石に理由も無く、未確認生命体を見るような視線をされてはたまらないのか、エレキモンは恐竜デジモンに対して自分から問いを出した。

      一方のベアモンは、自分達に向けられている視線に対する疑問の答えを得ようとしていたが、結局思いつく事は無かった。

       

      「…………で」

      『で?』

       

      返って来たのはたった一文字の、意味を為さない言葉だった。

      そして。

       

      「で、でででででデジモンッ!?」

       

      次の瞬間、赤い恐竜デジモンは口を大きく開け、腹の奥底から響き渡るような叫び声を漏らしていた。

       

      「……え?」

      「……は?」

       

      その返答は流石に予想外だったのか、エレキモンとベアモンはほぼ同時に頭に疑問符を浮かべながら、一文字の言葉を無意識の内に吐いていた。

      だが、そんな彼らの疑問を解決する前に驚愕その物の表情で、恐竜デジモンは二匹に対してと言うよりはこの状況に対しての疑問を、そのまま口に出している。

       

      「ななな、何でデジモンが!? 俺はデジタルワールドにトリップでもしちまったってのか!?」

      (とりっぷ……?)

       

      返答もせずに理解の出来ない独白を続ける恐竜デジモンにエレキモンは内心で『何だコイツ』と呟き、内心で疑問を浮かべているベアモンを余所に、試極当然のように怪しい物を見るような目をしながら答えを返す。

       

      「……よくわかんね~けど、デジタルワールドに決まってんだろ? お前もデジモンなんだから」

      「……えっ?」

       

      エレキモンの何気も無く告げた言葉に、恐竜デジモンはまたもや意味を成さない一文字を口にする。

      一瞬だけ、思考が停止したように固まった後……今度は独白では無く、返事としての言葉を返す。

       

      「……何言ってんだ、俺は人間だぞ……?」

      「……お前さん、何を言ってんだ? どう見てもその姿はニンゲンじゃないだろ」

       

      互いに訳が分からなかった。

      エレキモンは、何故このデジモンが自分自身の事を人間――デジタルワールドで架空の物語として語られている存在であるはずの、人間だと言っているのかに対して。

      恐竜デジモンは、ただ単純にエレキモンの言葉に対して、だ。

       

      (……いや、まさか、そんな訳が無いだろ……)

       

      恐竜デジモンの思考に一つの不安が過ぎると、突然周りを見渡し、視界に入った青く広がる海の方へ向かって足早に駆け始めた。

       

      「エレキモン、あのデジモン一体何なんだろ?」

      「さぁな。一つだけ言える事は、明らかに頭がおかしい奴だって事ぐらいだ」

      「ニンゲンって、おとぎ話とかに出てくるアレの事だよね?」

      「だと思うが……絵本とかに出てくるニンゲンは、少なくともあんな姿じゃないだろ」

      「…………」

       

      ベアモンはエレキモンに対して素直に疑問を口にするが、エレキモンは恐竜デジモンを怪訝な想いで見ながら、ただ答えの無い言葉で応える以外に何も出来なかった。

      そして、海面を鏡代わりに自身の姿を視界に捉えた恐竜デジモンは、

       

      「嘘……だろ……!?」

       

      目に映った現実を信じられないように、ただ疑問形の言葉を吐き出していた。

      鋭利で長い爪が生えた前足が、爬虫類のような獰猛な顔立ちが、腰元から生えて動揺と共に揺れる尻尾が、全身の紅色が。

      そして、腹部に見える危険の象徴とすら呼べる印が。

      今の自分の姿を物語っていたからだ。思わず彼は、その怪物の名を口に出す。

       

      「俺……ギルモンになってる……!?」

       

      焦燥を表すかのように、波の音が強くギルモンの耳を叩いていた。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      海面に映った自身の姿を見て、赤い恐竜のような姿をしたデジモンは言葉を失い、ただ立ち尽くしてるのを一匹は頭の上に疑問符を浮かべ、一匹は怪訝な表情を浮かべながら見ていた。

      エレキモンは内心で『面倒な奴を助けちまったなぁ……』と呟く。

       

      そもそも、この世界……デジタルワールドにおいて、人間とは絵本などで語られる架空の存在でしか無いのだ。それが実際に『現れる』事など考えも出来ない。

      何故なら、それがデジタルワールドの住人であるデジモン達にとっての常識なのだから。

       

      (仮にあのデジモンが嘘を吐いているとして、何の目的でこのような見え見えの無い嘘を吐いてるんだ?)

       

      エレキモンは内心で疑問を呟く。

       

      (……怪しいな)

       

      現状、赤色の恐竜デジモンの証言に関する判断材料が一切無いため、エレキモンが赤い恐竜型デジモンに大して疑心を浮かべる。

      分からない事が多い以上、警戒するに越したことは無い。

       

      「ねぇ、君」

      「……何だよ」

      「え、ちょ、おいベアモン!?」

       

      尤も。

      そんなエレキモンの思考は勇気なのか、それとも無謀なのか、警戒もせず容疑者のデジモンに声を掛けたベアモンによって、一瞬で粉々に粉砕されたのだった。

      その行動に驚いたエレキモンは待てと言わんばかりに声を上げるが、張本人であるベアモンはそんな事はお構いなしに会話へ突入している。

       

      「君って本当にニンゲンなの? 絵本とかで見た姿とは凄く違うけど……」

      「……あぁ、確かにニンゲンだったよ。だけど今じゃこんな姿だ」

      「何があったか覚えてる? 記憶に残ってるの?」

      「……いや全く。ニンゲンだった時の日々は鮮明に覚えてるんだが……この姿になるまでの過程が、全く記憶に入ってないんだ」

       

      どうやら本人曰く、記憶喪失と言うわけでは無いらしい。

      ベアモンはそれに対して嘘を吐いている気配を全く感じられず、それが本心なのだと信じて会話を続ける。

       

      「てことはさ、自分が何で海中に溺れていたのかも知らなかったりするの?」

      「ああ……」

      「う~ん……それじゃあさ……」

      「待て」

       

      ベアモンが次の質問を恐竜デジモンに問おうとした時、質問に被せるようにベアモンの後ろからエレキモンが制止の声を上げる。

      そして、そのまま自身の質問をぶつける。

       

      「お前さんが人間なのか、そうでないのか。そっち方面の事は今はどうでもいいが、一つだけ聞かせろ」

      「何だ」

      「お前が敵じゃないかについてだ」

      「エレキモン!?」

      「ベアモンは黙ってろ。俺はコイツにどうしても聞いとかねぇといかないんだ」

       

      エレキモンは警戒心を解く事無く、見知らぬ恐竜デジモンを睨み付けながら質問を続ける。

       

      「言っておくが、俺はお前自身が敵かそうで無いかを聞いてんだ。自分が人間だったなんて言う話はともかく、そこが知れないとこちとら安心も出来ねぇんだよ」

      「………………」

      「早く答えな。沈黙は敵である事を自ら肯定していると見なすぜ」

      「ちょっとエレキモンったら……」

       

      場の緊張感が高まり、普段は温厚な性格であるベアモンも流石にムードの悪さからエレキモンに制止の声を掛ける。

       

      「この子は敵でも無いし、嘘も吐いていないと思うよ?」

      「何?」

       

      ベアモンの告げた言葉に、エレキモンは何か根拠があるのかと問い返す。

      言葉を思考する事も無く、ベアモンは自身が思った事をそのまま口に出して伝える。

       

      「だってさ、僕らがこの子の立場になってもみなよ? いきなり別の世界に来て、知らない生き物を見たら誰でも驚くけど……敵意も向けていない相手を敵にすると思う?」

      「それが演技って可能性もあるだろ」

      「あの様子で、初対面の相手に嘘を吐こうと考えるとは思えないけど?」

       

      エレキモンを説得するベアモンの脳裏に過ぎるのは、数刻前に見た独白を続けながら驚愕の形相で海面に映った自身の姿を見る恐竜デジモンの姿。

       

      「僕なら、目を覚ました時に目の前に知らないデジモンが現れてたら驚いて、壁に頭をぶつけると思うな」

      「……お前って、ホントこういう時には言う事を言うよな……」

       

      流石にここまで根拠を突きつけられては敵わないのか、エレキモンはベアモンに対して返答をした後、視線を恐竜デジモンの方へと向ける。

       

      「まだ納得してねぇけど、とりあえずお前が敵じゃないって事だけは信じとく」

      「ごめんね。エレキモンって、いつもこうやって確認しないと安心出来ない所があるから……」

      「……お、おぅ……」

       

      二人の会話の原因となった存在はただ、そう返事を返すしか出来なかった。

      思考がマトモに機能していないのか、はたまた状況に付いていけていないのか、その表情は何処か二匹に対して恐怖を感じているようにも見える。

      その感情に気付く事も無く、エレキモンは恐竜デジモンに対し、改めて声を掛ける。

       

      「……で、自称ニンゲンだったらしいお前さん。これからどうすんだ?」

      「どうするって……」

      「見た所、行く宛が無いんだろ? 何も持ってないみたいだし」

       

      エレキモンの問いを聞いた恐竜デジモンは考える。

      爬虫類のような顔立ちの小さな頭で考えて、考えて、考え抜いたが……結局の所。

       

      「……ああ、行く宛も帰る宛も無いな」

      「せっかく助けちまったし、お前さんは悪い奴じゃないと信じるから言わせてもらうぜ」

       

      エレキモンは一度緩急を付けてから、考えを言葉にする。

       

      「お前、俺らの住んでるトコに来ないか?」

      「……え? いいのか?」

      「良いんじゃないかな? 僕は賛成だよ!!」

       

      思わずそう問い返した恐竜デジモンだったが、その問いを返したのはエレキモンでは無く、ベアモンだった。

       

      「……じゃ、じゃあ……とりあえずお前らの行く場所に行くよ。色々調べたい事もあるし……」

      「これで決まりだな」

      「それじゃ、予定より結構遅れたけど……帰ろうか、僕等の住む町……発芽の町へ!!」

       

      ベアモンはそう言って、大量の魚が入った自分用のバケツを右手に持つと、この場所まで続いていた今まで来た道を引き返し始めた。

       

      「よっと……さて、帰るか。ちゃんと付いて来てくれよ」

       

      エレキモンは恐竜デジモンに背を向け、ベアモンの進路と同じ方へ歩を進め始める。

       

      「ちょっと待ってくれ!!」

       

      その途中、恐竜デジモンはベアモンとエレキモンに初めて自分から声を掛けた。

       

      「何?」

      「一応、俺には名前があるから……自己紹介ぐらいはさせてくれないか?」

      「……そういえば、名前を聞いてなかったな」

      「ちょうど良いし、互いに自己紹介しようよ!!」

       

      ふと、疑問をぶつけるばかりで恐竜デジモンの名前を聞いていなかった事に気がついたエレキモンは、一度立ち止まると恐竜デジモンの自己紹介に耳を傾ける。

      ベアモンも赤い恐竜デジモンの方に視線を向け、それを確認した恐竜デジモンは、自身の存在の証である名前を明かす。

       

      「俺の名前はギルモン。人間としての名前はコウエンユウキだ……よろしく」

      「僕の名前はベアモン。まだ個体としての名前は無いけど……よろしくね」

      「俺の名前はエレキモン。以下同文だ」

       

       

       

      もうじきに日が完全に落ち、昼型のデジモンは住処に戻り、夜行性のデジモンが行動を開始する、そんな夕方のデジタルワールド。

      海での釣りを終え、一行は住まいたる『発芽の町』へ歩を進めている――

       

      「あ~!! やっぱり美味しいなぁ」

      「ま、釣り立てで新鮮な状態だしな。美味しくて当然だと思うぜ」

       

      ――はずなのだが、今は左右に林が見える獣道の上で食事中だった。

       

      食べている物はもちろん海で釣った魚で、バリボリと音を立てながらそれらを貪り食う姿はデジモン達からすれば普通の光景。

       

      「………………」

       

      ニンゲンにとっては、動物園ぐらいでしか見る事の無い光景。

      うわぁ、とでも言わんばかりの表情で二匹を見ているのは、元は人間、現在は赤い恐竜のような姿をした爬虫類型デジモン――ギルモンのコウエンユウキ。

      彼は魚の生臭さに慣れていないのか、鼻をつまんで眉間にしわを寄せている。

       

      「ギルモ……ユウキ~? 魚食べたいなら、分けてあげるけど~?」

      「い、いらない……」

       

      そんなギルモンの様子が視界に入ったベアモンが、自分のバケツにある魚を分けようと声を掛けるが、生魚を調理もせずにそのまま食べるという行為自体に、人間としての知性が拒絶反応を起こしてしまった。

      だが、デジモンとしての本能が口元からよだれを漏らすという形で出ている。

       

      「口元からよだれが漏れてる奴の言う台詞では無いと思うぜ」

      「こ、これはよだれじゃなくて……汗だ」

      「へぇ~、お前は口から汗を出せるのか~、まぁ食いたくないなら仕方ないよな~」

       

      棒読みの声でいじられ、思わず「ぐぎぎ」と歯軋りをする元一人の現一匹。

      実際の所、生魚をユウキが人間の理性の許容範囲で食べられる物に変える方法はあるし、その方法をユウキ自身も理解している。

      なら何故それをやらないのか、それもまた単純な理由で。

       

      (元は人間だったのに、火の吐きかたなんで分かるわけないだろ……)

       

      火を吐けない竜などただのトカゲとは、まさにこの事だろう。

      自身の成っている種族の事をよく知っていてはするものの、それらを実際に行うにはどうすればいいのか、人間としてただ生きていただけのユウキには分からない。

      目の前で野菜スティックのように魚が処理されていく。

      必死に理性を振り絞ってガマンをしていたが。

       

      「……ん?」

      「おっ?」

      「………………」

       

      二匹の視線がユウキに向けられる。

      より正確に言えば、空腹のサインを意味する音を鳴らした腹部へと。

      ただでさえ赤い体をしているのに、恥ずかしさでその顔を更に赤らめている辺り、空腹に対する自覚はあったようだ。

       

      「腹、減ってんだろ?」

      「………………」

      「どういう暮らしをしていたかは知らないけどよ、空腹の時ぐらいそんな下らないプライドなんて捨てちまえ。ただ辛いだけだぞ?」

      「……プライドとかそういう問題じゃねぇよ」

      「? 何が」

       

      思わず問い返すエレキモン。そしてユウキは、その問いに対して自身の常識と言う名の答えを出す。

       

      「……元は人間だったのに、簡単にデジモンの食習慣に馴染めるわけがないだろ。生で魚を食べようとはとても思えない」

      「要するに、食わず嫌いか? 味も知らないのに、そういう事を言うのは感心しねぇな」

      「何とでも言えよ……とにかく、その状態の魚を食うつもりなんてないから放っておいてくれ……」

       

      思えば自分はデジモンに成る前、何をどのくらい食べてたのだろうか。

       

      (……フライドチキンとか豚のしょうが焼きとか、もう食えないのかな……)

       

      自身の記憶を探っていくだけで、今まで食べた経験のある物のシルエットが脳裏に浮かび出てしまう。

      その度に、ユウキはただ深いため息をつく。

      すると、

       

      「……むぐっ!?」

       

      突然ベアモンが自分のバケツから魚を一匹取り出し、ため息を吐いていたユウキの口に思いっきり突っ込ませる。

      そして、そのままベアモンはユウキの口を両手で閉じさせた。

       

      「むぐぐ、ぐ~!?」

       

      ユウキは突然の行動に驚きながらも抵抗を見せる。

      それに対してベアモンは腕の力を強めながら、ただ一言だけ告げた。

       

      「嚙んで」

      「!!」

       

      やむを得ずベアモンの言う通り、口の中で魚を嚙み始める。

      味は海釣りの魚な事もあってかなり塩辛く、食感はあまり良い気分がしない生々しい感触。

      人間としての知性が、それら全てに対して不快感を表した。

      が、

       

      (……あれ、旨い?)

       

      実際は拒絶反応を起こすどころか不思議な事に、ユウキはそれらの要因を全て受け入れられていた。

      デジモンに成った影響で味覚が変わっているのが原因かもしれない。

      当のユウキはそれを理解する事も無く、ある程度嚙み解した魚を飲み込み終えた。

      それを確認したベアモンは、簡潔な質問をユウキに対して行う。

       

      「どう? 美味しかったでしょ?」

      「……あぁ」

      「……お前、強引だなぁ。わざわざ直接食わせなくても良かったんじゃね?」

      「結果オーライでしょ。喜んでもらえたみたいだしさ」

       

      予想に反して、それなりに満足感を得られたらしい。少し前のどこか苦しそうにしていた表情は、過去形のものとなって消し飛んでいた。

       

      「……ベアモン」

      「ん?」

       

      そして、今の気持ちを忘れない内に、ユウキはベアモンに知れた事を頼む。

       

      「……もう少しだけ、貰ってもいいか?」

      「……いいよ!!」

       

      バケツの中から、追加で二匹をユウキに手渡す。

      受け取ると共に、食欲のままダイレクトにかぶり付いた。

      バリッと骨を砕く音が聴覚に、肉を喰らうリアルな感覚が思考に伝わる。

      飲み込む度に、飢えていた食欲が満たされていく。

       

      (……ここがデジタルワールドなんだとしたら、俺が元いた世界はいまどうなってるんだろう……)

       

      色々と考えるべき事は山ほどあるが、今はただ食える内に食っておき、体力を蓄えておくのが先決。

      二つのバケツにあった魚の量が最初の時から半分減った頃に、三匹は食事を終えたのだった。

       

       

       

       

      「もう暗いね~……」

      「見ればわかるだろ。食事で以外と時間を食っちまったしな」

      「うまい事言ったつもりなのかそれ……」

       

      食事を終えた後、三匹のデジモンは特に何事も無く村へと到着していた。

      デジタルワールドの太陽は既に月に置き換わり、空は神秘的な星の輝きと万物を覆い隠す闇に包まれている。

       

      「そういや町に帰ってこれたのはいいけど、ユウキはどうすんだ?」

      「どうするって……え? 何か考えがあって連れて来てくれたんだと思ってたんだが」

      「いや、町に住むって点はいいんだ。問題なのは、何処で寝るかって事だよ」

      「……あ」

       

      さて。

      町に何事も無く帰ってきたのは良かったものの、問題はそれなりに残っていた模様。

      早速三匹は、よそ者であるギルモンを何処に住まわせるかと言う問題に直面した。

       

      「長老の所にでも行ってみるか? 頭いいし、助けになってくれると思うぞ」

      「長老かぁ……う~ん、もう時間も遅いし今日はやめておかない?」

      「だがよ……俺はまだ会ったばかりの訳分からん奴を家に入れたくない。見知らぬ奴を何も言わずに受け入れてくれる家は、まず無いと思うぞ」

       

      よっぽど納得出来るほどの理由が無い限り、何処から来たのか解りもしないデジモンを同居させようと思う者はいないだろう。

       

      「う~ん……それならさ」

       

      だが、何事にも例外というのは存在するものでもある。

       

      「ギルモンは僕の家に住んだらどうかな?」

      「……え?」

       

      「もうお前が馬鹿なのか図太いのか、分からんくなってきたよ」

       

      ベアモンの発言にユウキは思わず気の抜けた声を出し、彼の性格をよく知っているエレキモンも思わず頭を痛める。

      実際の所、ベアモン自身がユウキと同居する事を拒んでいるわけでも無かったため、驚くほどに早く問題が解決してしまった。

       

      「ハァ、色々呆れちまうぜ」

      (……何か、このエレキモンって色々と苦労してそうな感じがするな)

      「じゃあこんな時間だし、俺はもう帰るわ……」

      「おやすみ~」

       

      エレキモンはもうベアモンを止めるつもりが無いのか、告げ口をした後に四つ足で自分の家に向かって駆けて行った。

      もう昼型のデジモンは眠る時間なのだろう、空がまだ明るい時間の時には見えたデジモン達の姿が少なくなっており、逆に明るい時間には見なかったデジモン達の姿が徐々に見え始める。

      無論、ベアモンもギルモンも昼型のデジモンだ。

       

      「じゃあユウキ、僕らもそろそろ寝ようか」

      「あ、あぁ……」

       

      ユウキはベアモンに付いて行く形で歩を進める。

      ある程度歩き、僅か二分程度の時間が経った頃には目の前に一軒の木造で扉の無い家があった。

      これだけオープンにしているというのに、誰にも荒らされたり物と盗まれた経歴などが見えない辺り、村の住人の中に悪いデジモンがいるわけでは無いようだ。

       

      (人間の世界なら、物の見事に空き巣に入られていただろうなぁ……)

      「おじゃましま~す……」

      「いや、これ僕の家だからそんなに畏まる必要無いんだけど」

       

      そう内心で勇輝は呟きながら、ベアモンと共に家の中へと足を踏み入れる。

      内部には特に目立った特長が無いが、逆に言えばとても住みやすい快適な環境とも呼べる印象を持てる。

      テレビや冷蔵庫といった家電の姿は、やはり無い。

      あるのは申し訳程度の本が並べられている本棚と、帽子やベルトを掛けるための置物ぐらい。

      まぁ、このように自然な空間の中に機械の類があったらそれはそれで違和感を感じるのだが。

      ベアモンは持っていた釣り竿とバケツを壁の端に置くと、自身の腕と肩に巻いていたベルトを外し始めた。

       

      「ふぅ~、今日も釣れたなぁ」

      (……ベアモンのベルトって、取り外しが出来たんだ……)

       

      ユウキが内心で意外そうにしている間に、ベアモンは肩から腰にかけて巻いていた最後のベルトを取り外す。

      ベルトを外した事で目にする事になったベアモンの手はユウキから見て、小さい肉球のような物が見える熊らしい手で、その手に秘めた力が見ただけでは把握出来ないような印象があった。

       

      「くるくるくる~……よっ、と!!」

      (え、投げんのか?)

       

      ベルトを全て外し終えたベアモンは、次に頭に被っていた帽子を片手の指で器用に回すと、そこからスナップを効かせて帽子を投げた。

      投げられた帽子は見事に帽子掛けに帰還し、ベアモンは満足そうに頷いた。

       

      「ふわぁ~……もう眠いや」

       

      全ての装備を外したベアモンは、部屋の奥に見える自然で作られたベッドの上で横になると、その体制のままユウキに対して言葉を発する。

       

      「ユウキは……とりあえず、僕と同じベッドで寝てもいいから~」

      「ハァ!?」

       

      警戒心を欠片も感じられないベアモンのあくび交じりの言葉に、ユウキは思わず驚きの声を上げた。

      と言うのも、ベアモンが眠るベッドに自分の体が入るスペースがあるにはあるのだが、ベアモンとの距離が僅か数センチの密着状態になってしまうほどの狭さなのだ。

       

      「お、おい、流石にそれだと色々と危なくない……か……?」

      「ぐぅ~……」

      「ね、寝てるゥッ!? たった数秒間の間に!?」

       

      色々な問題点を指摘する前に、ベアモンは既に眠りの中へと入っていた。

      後に残るのは、静寂と状況に取り残された一匹のみ。

       

      「……どうしてこうなった」

       

      夜中の発芽の町にて、一匹の元一人がただ自問自答をするように呟いた。

      こうして、波乱の一日は終わりを告げたのだった。

      数多くの疑問や謎、そして明日への不安を確かに残しながら。

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    • #3713

       三歩歩けば命というか身柄を狙われそうな危険極まりない人間界ご馳走様でした。死んだらどうする!
       むしろ今となっては人間だった頃を懐かしく思えてしまうレベルでしたが、序章①②で一気にデジモンに成った人間の物語でございました。久々に最初を読み返させて頂きましたので、ギルモンはともかくとしてまだ名前もない時期のベアモンとエレキモンがちょっと新鮮。
       とりあえず、食性がデジモンとなってまず思うことが「もうフライドチキン食えない」なのが実に高校生なユウキいや勇姿。

       一から読み返した場合でも、やっぱり現時点で序章①の方で何が起きてるかは全くわかりませんなぁ。珍しく人間界の話が完全に野郎二人で進行して女っ気皆無なことにだけ「何故だ!!」と思ったのは内緒。何故だ!!
       でもあそこで少年の好きなデジモンがぶっ飛んでるのにズッコケたのは恐らく伏線と見た……。

       週刊デジスト、今後もお待ちしております。

      #3718
      ユキサーンユキサーン
      参加者

        スクルドでも改めて感想ありがとうございます、夏Pさん。

        事実上、10年以上前の文章なので拙さマックスなのですが、変えるわけにもいかず素材の味そのままでございます。

        高校生の食性はジャンク系と肉系に偏るもの、古事記にもそう書いていたような気がする。

        序章段階ではとにかく主役となるキャラを最低限出して、さっさとユウキをデジタルワールドにシュートしよう……ぐらいにしか考えず書いてましたね多分。女ァなど出している暇は無し!!(ほんとぉ?)

        件の少年については……まぁいつか出番あるかもしれませんね。

        それでは簡素になりますが今回の感想返信はここまでに。

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