カワラナイモノ Part3(終)

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  • #3977
    ユキサーンユキサーン
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      鬼人の案はこうだった。

      広く動きやすい場所に出て、そこで全力で迎え撃つ。

      実際問題、サングラスの男から捕らえられた時は図書室という場所がそもそも戦いの場としては狭すぎた――その上、集団の長であるサングラスの男以外にも『同類』の手下が室内に集っていた。

      であれば、逆に広く動き回れる場所で迎え撃ってしまえば、まだ打つ手を模索するだけの余裕も作れる可能性がある――という話らしい。

      校舎の狭い通路や各教室などは論外だろう。

      であれば、戦いの場は決まっている。

      彼らは今、文字通り動き回るために用意された乾いた場所――運動場にいた。

       

      「……広いなぁ」

      「戦うにはもってこいだろ?」

       

      既に、脱走はバレている。

      これから行われる戦いに巻き込むわけにはいかない少女の扱いについては、青年が捕らわれていた体育館のそれとは異なり、運動場に個別で建てられていた倉庫の中に隠しておくという方針に決まった。

      青年と鬼人は、その倉庫を背にする形で追っ手として来るであろうサングラスの男の手下を待ち受ける。

      集団を相手取る以上危惧するべき、囲まれて袋叩きにされる危険性については、各自速やかに撃破する事で突破する方針で決めていた。

      むしろ、サングラスの男が仕掛けてくる前に多くの追っ手と戦えた方が尚良いと、青年でさえ思っている。

      何故ならこの場に来る前、鬼人は青年にこう説明していたからだ。

       

      「薄々気づいてたかもしれねぇが、俺達は戦えば戦うほどに強くなっている。今のままだとあのサングラスの野郎に力負けするのは目に見えてるからな、少しでも力をつける必要がある。その相手を、即興だが手下どもに担ってもらおうぜ」

       

      実の所、青年にはそのような形で強くなった感覚に覚えが無い。

      だが、本当であれば無視出来ない話だった。

      今はとにかく、あのサングラスの男に勝つための強さが必要だ。

      不利な状況も糧とし飲み込み、少しでも勝てる可能性を増やさなければならない。

      時が来て、視界に十人以上の『同類』の姿が見えた頃、青年は鬼人に目配りをして、

       

      「来るぞ。抜かるなよ!!」

      「当たり前だ!!」

       

      一気に駆け出し、鬼人と共に手下の群れが居る方へと自ら向かう。

      サングラスの男の怪物としての力は未だに未知数だが、手下の方は数で劣る青年と鬼人だけでも十分対応出来る程度の力しかないようだった。

      二人に比べ、戦いの経験――あるいは苦難の経験が劣っているからかもしれない。

      彼らの素性は知らないが、あのサングラスの男の思考に同調して手下となっている者は少なからずいるだろう。

      人間を越えた存在として自らの立場を設定し、力で劣る普通の人間達を虐げ支配する――そんな思想の下で日々を過ごしていたのなら、食料さえあるいは人間から搾取していてもおかしくは無い。

      本心はどうあれ、そうして楽をして過ごしていたのなら、身を挺して怪物と戦って来た回数は多くないはずだ。

      少なくとも、自分よりも強い力を持った怪物と戦って来た経験は少ないだろう。

      こうして捕まえに来た者達についても、数の利に慢心している節がある。

      この『縄張り』に辿り着くまで、日々野生の怪物と命懸けで戦ってきた青年と鬼人にとって、その程度の相手は大した事は無かったのだ。

      烏合の衆、と称するのが正しく思えてくるほどに。

      そうして数々の手下を自らの実力で下し、冷えた夜風に対して青年と鬼人の体が暖まってきた頃。

      その時は、来た。

       

      「……捕まえるのに随分と時間が掛かってると思ったら、中々やる奴等だったんだなぁ」

       

      いっそ忌々しいとさえ思える声が聞こえた。

      青年と鬼人は、即座に声の聞こえた方へと視線を移す。

      運動場の乾いた地面の上に力無く倒れ付す自らの手下を見やりながら、その男は姿を現した。

      この辺りの『縄張り』を仕切る、サングラスの男。

      既にその姿は怪物の姿――金属質な猿人間の姿――に変わっている。

      その視線はまず、青年ではなく鬼人の方へと向けられた。

       

      「お前とは互いに良い関係を築けるとも思ってたんだがなぁ。まさか、仲良くしようとしてその当日にこんな真似をしやがるとは思ってなかったよ」

      「生憎、俺はお前とは最初から良い関係が作れるなんて考えてもなかったよ。思考回路の時点でソリが合わない」

       

      ふぅん、と聞き流すような調子で受け答えるサングラスの金属猿人間。

      その視線が、鬼人から獅子の獣人と化した青年の方へと移る。

       

      「で、差し入れは気に入ったか? 選りすぐりのものを選んだつもりだったが」

      「……どうしてあんな女の子を餌にしようとした」

      「ん? もっと肥えた女の方が良かったのか? そうか、それは確かに俺の選別ミスだな」

       

      その間の抜けた返しに、青年は歯を剥き出しにして怒る。

      暗い倉庫の中、餌として閉じ込められた少女の泣き顔が脳裏に過ぎる。

       

      「ふざけるな……ッ!! あの子がいったい何をした。あんな扱いまでされるような事をやったっていうのか!? 人の命を何だと思っているんだ!!」

      「家畜。あるいは奴隷。今じゃそう思っているが?」

      「お前……ッ!!」

      「おい落ち着け!! ヤツの言葉に乗せられるんじゃねぇよ!!」

       

      鬼人の言葉に、一気に踏み込もうとした足の力を緩める青年。

      だが、口元からは歯軋りの音が鳴り、元々赤かった目は既に血走っているように見える。

      その怒りを意に介さず、サングラスを掛けたその悪魔は自らの言葉を発する。

       

      「……しっかし、その様子だと食ってないようだなぁ。あの差し入れ。でもって、何処かに隠したと見える。なぁ、何処に隠したんだ? 貴重な奴隷だからよ、食わないってんなら返してほしいんだが」

      「死んでも、お前には教えないし渡さない……ッ!!」

      「それなら自分で探すとする。その前に、まずはお前らからとっ捕まえないとな」

       

      金属質の猿人間はそう言うと、右脚を前に出して構えを取った。

      青年と鬼人もまた構えを取り、臨戦態勢に入る。

      走り出す直前、サングラスの男はこんな言葉を響かせていた。

       

      「さぁて、それじゃあまた屈服させてやろうかぁ!!」

       

      直後に、三者共に一斉に駆け出した。

      まず最初に、獅子の獣人がその膂力でもって金属質の猿人間と激突した。

      互いに右の拳を正面からぶつけ合う。

      結果は一目瞭然だった。

       

      「っ……!!」

       

      金属質の拳と打ち合わせた瞬間、その衝撃に青年が苦悶の声を漏らした。

      右の拳はもちろんの事、腕から肩までが一斉に痛みという名の悲鳴を上げる。

      続けて鬼人がその右手に持った骨の棍棒を金属質の猿人間の頭頂部に目掛けて振り下ろしたが、ガァン!! と高い音を鳴らすだけで、一発貰った張本人の反応からしても明確なダメージを与えられたようには見受けられなかった。

      お返しと言わんばかりに金属質の猿人間がまだ振るっていない左の拳で獅子の獣人たる青年の腹部を殴ろうとする。

      咄嗟に青年は後ろの方へと飛び退き、拳の一撃を空振らせる事こそ出来なかったが威力を殺す事には成功したらしい――その口から苦悶の声が漏れることは無い。

      同時に鬼人も飛び退き、一旦態勢を整える。

       

      「痒いなぁ痒いなぁ!! この程度か? もっと本気を出してみろよ!!」

       

      敵の煽りは無視し、鬼人は思考する。

      恐らくあの金属の体は、硬さだけならつい少し前に戦った骨の竜の体よりも上だろう。

      ただ拳や棍棒を打ち付ける程度で倒せる相手ではない。

      鬼人はすぐさま棍棒を左手に持ち替え、空いた右手を振りかぶる。

      同じ考えを抱いたらしき青年もまた、同じように右手を振りかぶった。

      共に、技の名を叫ぶ。

       

      「覇ァ!! 王ッ!! 拳ッ!!」

      「獣ッ!! 王ッ!! 拳ッ!!」

       

      獅子の顔の気と鬼のような顔の気が、共に金属質の猿人間の体を食らわんとして向かう。

      片や骨の竜の体の文字通り食い千切った一撃――避けられなければ一たまりも無いはずだ。

      だが、現実は彼等の願う通りの光景を見せてはくれなかった。

      二つの異なる顔の気は猿人間の金属の体に食らい付くと、食らい付いた歯の方から一気に霧散してしまったのだ。

      当然、技を受けたはずの猿人間に効いているような様子は無い。

       

      「それがお前らの『技』か? 俺様を前に『王』なんて付いた名の技とはな!!」

       

      そう受けた技に対して上から目線の感想を漏らす猿人間は、突如その右手の人差し指を空へと向けた。

      その指先に、何か黒く禍々しいものが見える。

      不吉な予感がした。

       

      「これがこっちのお返しだ――ダーク・スピリッツ!!」

       

      猿人間が響くような声で『技』の名前を告げた直後だった。

      突然、上方から巨大な黒い稲妻にも似た何かが降り注いできた。

      確かに今日の空は曇り空だったような覚えもあるが、天災と言うには異質極まる現象だ。

      次々と自分達を狙って降り注ぐ『それ』こそが猿人間が行使出来る『技』なのだと、左右前後に動きまわって回避に専念する青年と鬼人は理解した。

      そして、真っ先に青年の意識が異なる方向を向いた。

       

      (まずい、こんなものがあの子の隠れている倉庫に当たったら……!!)

      「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

       

      自らに雨の如く降り注ぐ攻撃を無視し、青年は『技』を行使している猿人間に向かって駆け出し、正面から肉薄する。

      毒を宿した爪を生やす右の五指を伸ばし、突き刺すような動作でもって攻撃を仕掛ける。

      狙うは顔面――ではなく、サングラスに覆われて見えないその眼球!!

       

      「……チッ!!」

       

      初めて、猿人間たるサングラスの男が青年の回避を選択した。

      行使していた『技』を維持するための集中を削がれたためか、上方から降り注ぐ異常な人災がパッタリと止む。

      その結果に、青年は一つの予想を脳裏に浮かべられた。

      つまり、

       

      (……あのサングラスがファッションの一環なのか何なのかは知らないが、いくら金属の体と言っても眼球まで硬くはなってないだろ!!)

       

      故に、攻撃を避けられたとしても焦りの情は無い。

      続けざまに眼球目掛けての攻撃を決行し、猿人間に回避を余儀無くさせる。

      その必死さから見ても、やはりサングラスに覆われた眼球が弱点である事は間違いなさそうだった。

       

      「鬱陶しいぞ!!」

       

      途中、突き出した手を右手で弾き、猿人間は切り返すようにその右足で青年の腹を蹴ろうとした。

      だがその瞬間、青年は左手を同じように突き出し――その爪が猿人間のサングラスのレンズを正確に貫いた。

      奇妙な形のクロスカウンターが成立する。

      猿人間の蹴りが青年の腹を捉え、その威力でもって苦悶の声と共に後方へと仰け反らせる。

      一方、獅子の爪に貫かれたサングラスのレンズは爪が抜けると共に破片を散らし、その事実を認識した猿人間の口から怒りの声が響く。

       

      「て、めぇ……っ!! よくも俺の自慢のトレードマークを!!」

      「……やっぱり、その眼が弱点のようだな」

       

      怒りの声に、今度は青年の方が笑みを返す。

      その攻防を少し離れた位置から見ていた鬼人もまた、青年の言葉に納得したらしい。

      しかし、直後。

      猿人間が再び右の人差し指を上方に向け、その先端に黒いエネルギーを迸らせようとした――その動作から来ると推測される『技』の発動を阻止しようと、青年が今度こそサングラスの奥に見える眼球を狙おうとした時だった。

      黒い力が突如消失し、人差し指を立てていた右手の形が、拳の形に変わる。

      あっさりと自らの『技』を中断したのではない――その動作でもって行動を疑わせ、誘いに乗った相手をその拳で殴り付けるためのブラフだったのだ。

      しかし、気付いてからではもう遅く。

      既に猿人間に向かって接近しようと動いてしまった青年の顔面に、金属の豪腕が振るわれた。

       

      ゴキャァッッッ!! と肉と骨を打つ凄まじい音が響く。

       

      その威力に、青年は一瞬首が飛んだかと錯覚した。

      体を丸ごと吹っ飛ばされ、数メートル以上も乾いた大地を転がる。

      吹っ飛ばした側である猿人間が、容赦すること無く追撃に走ろうとする。

      それを見た鬼人が猿人間の追撃を阻止しようと動いたが、その行動さえ読まれていたのか、猿人間は追撃に向かおうとした足取りを急に止め、振り返ると共に右の足で鬼人の体を蹴り飛ばした。

      青年と同じく飛ばされて、鬼人もまた長い距離を倒れ転がる。

      その吹っ飛ぶ様子を確認する事も無く、猿人間は再び青年の追撃へと足を向かわせた。

      そして、

       

      「……っ、ぐっ……!!」

       

      拳の威力の影響か、青年の意識は明滅していた。

      元々、捕まってから何も食べ物を口に入れていない状態だったのだ――その一撃は体の芯から力を奪うに足りるものだった。

      それでも起き上がろうと、仰向けに倒れていた状態から起き上がろうとした時。

      突然、凄まじい力で首を掴まれた。

      強制的に起き上がらせられ、直後に再び顔面に衝撃が奔った。

      殴られたと知覚した時、その視界には残忍な笑みを浮かべる金属質の猿人間の顔があった。

       

      「我が侭にしても度が過ぎてるなぁ……よくもまぁこんなひでぇ事をしやがるもんだ」

      「……っ、はぁっ……!! お前がしてきた、ことに比べれば……安いものだろ」

      「口が減らないヤツだ。どうやら、躾ってやつがとことん必要らしい!!」

       

      首から手を放されたと思ったら、今度は腹に足を落とされた。

      首を直前に掴まれていた事も相まって、腹を足と地面に挟まれた青年の呼吸がおかしくなる。

      だが、意識が遠のこうとした瞬間、顔面に殴られたかのような衝撃が奔り、強制的に現実へと意識を戻される。

      どうやら徹底的に痛め付けるつもりらしい。

      サングラスの男から、暴力と共に嘲りの言葉が発せられる。

       

      「大層な口を利いてもこの程度の悪知恵が浮かぶ程度か。これならまだ逃げた方がマシだったろうにな」

      「ぐっ、げほっ」

      「何を考えてよりにもよって俺を相手にしようとしたかは知らんが、もしかしてあの小娘でも助けようと思ったのか?」

      「は……っぐ」

      「だとしたら本当に馬鹿なヤツだ。あの野朗も含めてな。あんなのを助けて何の利益に繋がる? お前達が得をするような事が何処にある?」

      「げはっ、ぐえっ」

      「ハッ!! 馬鹿馬鹿しい。大人しく俺様の意思に従っていれば、痛い目を見ずに済んだものを。人間を守れば人間らしくいられるとでも考えたのか? 人間の暮らしに未練があるようだったしな。そんなに望むなら人間らしく扱ってやるよ。あのガキと同じく奴隷として、だがなぁ!!」

       

      殴られ、蹴られ、吊り上げられて、叩きつけられて。

      体から戦う失われつつある中、青年は意識を朦朧とさせながらも、目の前の殆ど人の形をした悪魔の声を聞いていた。

      言動も内容も、ここまでに至る青年の行動そのものを嘲るものだった。

      以前にも青年は、この男に自らの考えを否定されている。

      人間として生きようと足掻く事が無意味だと言われ、それに反論も一つも出来なかった事に悔しさを覚えた。

      だが、青年はたった今告げられた言葉の内容を否定せず、むしろ噛み締めていた。

      体感としてはゆっくりとした時間の中、首を左手で掴まれたまま、ぼんやりと思う。

       

      逃げた方がマシだった――結果を知っていれば、あるいはそう思ったかもしれない。

      少女を助けて何の得があるのか――確かに得るものは何も無いかもしれない。

      人間を守れば人間らしくいられると考えたのか――そう考えた事は全くなかった。

       

      確かにサングラスの男が語る通り、青年の行動は決して自身の利益に繋がるものではないだろう。

      戦いをする時点で傷と痛みを背負う事は避けられず、成功したとしても自分が何かを得るわけではなく、失敗すればただ厳しい代償だけを背負わされる。

      根本的に、損得の話にすらなってないとさえ言える。

      その事実を、青年は改めて認識した。

      そして、今更なことのように、今までの歩みを思い返した。

       

      (……ああ)

       

      思えば、自分自身でも理由など考えた事の無い、疑問だらけの生き方だったのかもしれない。

      記憶すら失い、知人の顔も思い出せず、自分が根本的に人ではなくなった事を理解していながら何故、それでも尚家族に会いたいと――失った過去を求め続けようとしていたのか。

      怪物の姿のまま過ごしていれば、怪物からの奇襲にも日々の食事にも困らない――その事実を認識していながら、出来る限りは人間の姿のまま過ごそうとしていたのか。

      そうして人間としてあろうとする事について、大切な物を守っているのだと、失ってはいけないものを失わないようにしているのだと、きっとそれには意味があると信じ込もうとしていた理由は、何か。

       

      不変のものが欲しかった。

      自分も周りの景色も何もかもが変わり果ててしまった世界で、記憶を失い家族との繋がりさえ断たれた自分の中に、怪物として物の感じ方だって変わってしまった後になっても、それでも人間『だった』過去から変わらず残っていると確信出来るものが。

      自分らしさ、とも呼べる心の柱を立てたかったのだ。

      それさえあれば、どれだけ醜悪な姿の怪物に変貌してしまっても、変化の過程として知らず知らずに何かの記憶を失ってしまうかもしれなくても、不安に押し潰される事は無い――自分を見失う事は無いと思ったから。

      青年はそのための柱を、過去の自分を知る家族に求めようとした。

      だが怪物の蔓延る世界で目覚めた時、周りに自分を教えてくれる家族や友人の姿は無く、青年は過去の姿である人間の姿で出来る限り過ごそうとする事で、自分が別の何かに変わってしまわないよう暗示を繰り返してきた。

      過去を失う事を恐れた。何か別の物に変わってしまう事が怖かった。

      その不安と恐怖が、いつしか不変のものが欲しいという願いの原点さえ覆い隠し、怪物としての自分を『自分ではないもの』として認識させるようになってしまいのかもしれない。

      本当は怪物としての自分も、紛れも無い自分自身であるのだと――そう信じる事が出来ず、怪物としての自分を忌避し否定し続ける思想に歪み捻れてしまった。

      思えば自分らしさなんて、そもそも怪物としての姿を『自分ではないもの』として否定し続けていた時点で、探す事なんて出来るわけがなかったのかもしれない。

      異物とは思わず許容し受け入れていれば、もっと早くから恐れから開放されていたのかもしれない。

       

      『多分だが、お前は単純にアレじゃないのか? 危険な目に遭ってる奴を見かけたら、身の危険を承知の上でも助ける事を優先するタイプ。お前、度を越えたお人好しタイプなんだろうよ』

       

      鬼人は青年の性格をそう語っていた。

      実際青年自身、そう語られるだけの選択を損得に関係無く選び取っている。

      その際に最も大きな指針となったのは、間違い無く彼の胸の内にある衝動だった。

      夜中に骨の竜と戦った際には怪物の姿で、少女の言葉を聞いた時には人間の姿で――共に、変わらぬ衝動を胸に抱いていた。

      変わらないものは、在った。

      姿が変わっても記憶を失っていても、人間と変わらぬ確かなものはそこに存在した。

      例え、それが怪物と化した結果『変わった』心によって導き出された、過去に在った自分と異なる間違った答えだったかもしれなくとも――それでもいいと、信じられるものを現在の自分の中に見つけられた。

       

      (……そうか、なら……)

       

      不安が払拭される。

      少女を救うために使うと決めた力――許容という形で仕方なく受け入れていたそれに対する疑念が、晴れる。

      怪物に成っている現在の自分を否定する必要はもう無い。

      むしろ受け入れ、信を置き、自分の想いの全てを託してみようと考える。

      どんなに姿が変わってしまっても、変わらないものがあると理解出来たからでこそ。

      人間としての自分と、怪物としての自分が、一つに重なる。

      そして、

       

      ガァン!! という金属同士がぶつかり合うような高い音が響いた。

      眼前より迫る猿人間の右拳を、青年が左手で吊り上げられた状態のまま自らの右腕――厳密には腕に幾重も取り付けられていた鉄の腕輪で遮り、受け止めた音だった。

      防御に使った鉄の腕輪には亀裂が生じ、拳の衝撃を受け取った腕の肉と骨は軋み震えている――だが、それでも『防がれた』という事実は、優勢を確信していた猿人間にとって疑問を抱かせるには十分な出来事だった。

      それだけの力がまだ残っている、という事実についてもそうだが、何より――これだけの劣勢を、これほどの戦闘能力の優劣を叩き込まれていながら、青年がまだ戦う事を諦めていないという事実が何より猿人間を驚かせた。

       

      「お前、この期に及んでまだ足掻きやがるのか……?」

      「……当たり、前だ……」

       

      猿人間の言葉に、青年は真っ向から応じる。

      今にも消え入りそうな掠れた声で、それでも眼の光だけは絶やさずに。

       

      「……お前なんかに、あの子をあれ以上傷付けさせない……」

       

      その時、猿人間は目撃した。

      息も絶え絶えに言葉を漏らす獅子の瞳の色が、赤から青に変わる所を。

      全身がひび割れるような音と共に亀裂が生じ、何か輝くものが体内より漏れ出している所を。

      青年の内側で――何かが明確に切り替わり、未知なるものが産声を上げようとしている――そんな変化の兆しを。

      猿人間はその変化が意味するものを知っているのか、表情が一気に驚愕の色に染まって、

       

      「お前、まさか……!?」

      「……そのためにも、俺は絶対に負けない……っ!!」

       

      直後の事だった。

      青年の体――獅子の獣人の体が、辺りに黄金色の光を噴き出しながら破裂した。

      その首を左手で掴んでいたはずの猿人間の体が、さながら爆発に圧されたかのように吹き飛ばされる。

      まるで夜空に輝く星ののような輝き――その奥にあるものを、一度殴り飛ばされながらも状況に復帰しようと走ってきた鬼人は真っ先に目撃した。

      そこに在ったのは、獅子の獣人の立ち尽くす姿だった。

      ただし、その体の色が元在ったものから明らかに変わっている。

      全体的に毒々しくも見えた薄い紫の体色は橙色に変じ、元は黒かった覚えのある髪の毛のような獅子の鬣は銀色になっていて、穿いている黒いズボンの色合いは以前より明るいものに見える。

      ふと見れば、両腕に拘束具のように幾重も取り付けられていた腕輪や手の甲を覆う鉄板、そして肩から突き出ていた白い骨のようなものは消失していた。

      筋肉は引き締まっていて、体格は少し前に在った姿より縮んだようにも見える。

      その変化に疑問を抱いていると、眼前の獅子の獣人に更なる変化が訪れる。

      辺りに散らばった――恐らくは元在った体の残骸と思わしき――破片が、一斉に光の粒子となって獅子の獣人の方へと集い、何かを形作り始めたのだ。

      それ等は全て、実体を伴って獅子の獣人の装備と化す。

       

      頭上に集っていた粒子は、何処かの学校が支給していたかもしれない帽子のような形を成し。

      肩の上から背中までを覆った粒子は、あるいは誰かが着ていたのかもしれない黒い色の学生服を成した。

       

      その変化が示す意味を、鬼人には詳しく理解する事が出来なかった。

      強くなったのか、弱くなったのか、そもそもアレは『あの男』のままなのか――それすらも察する事が出来ない。

      だが、それでも――理屈も過程も知らずとも、夜風に学生服を棚引かせるその獅子の姿を見て、思う事はあった。

       

      まるで、死んでいた状態から生き返ったかのようだと。

      本来在るべき姿に――『らしい』と言える姿に、戻ったかのようだと。

       

      全ての変化が終わったのか、黄金の光は空気に溶けるように消えていた。

      突如として吹き飛ばされながらも、上手く着地は出来たらしき金属質の猿人間が少し離れた位置で口を開く。

       

      「……お前、その姿……まさか『進化』したっていうのか……!?」

      「…………」

      「馬鹿な……人間としての過去に未練たらたらで、一向にその力を受け入れやがらなかった奴が、何でそれに至れる!! 何であの状態からこうなる……!! いったい何をしやがった……!?」

      「お前には、絶対に解らない」

       

      猿人間の疑問に狼狽する声を、獅子の獣人は一言で両断する。

      その声と言葉に、鬼人は確認を得た。

      一人の虐げられた少女を救うため、目の前の悪魔と戦う事を選択した、他の誰でもないあの男の意思を感じられる。

       

      「チィッ……だが『進化』が出来たからって何だ。俺様と同じ領域に立てたとでも――」

       

      猿人間の言葉は最後まで続かなかった。

      問答無用と言わんばかりに猿人間との距離を一気に詰めた獅子の獣人が、その顔面を力強く殴り付けたからだ。

      ガァン!! という音が夜の空気を伝わり響く。

      金属質のその顔を殴り付けた獅子の獣人に、痛みを感じているような様子は無い。

      殴られた猿人間の方こそが、硬く柔らかい金属の体を持っているはずなのに、痛みを感じているかのように苦悶の声を漏らしている。

       

      「……つ、強え……!!」

       

      その光景を眺めていた鬼人は、思わず呟き、そして明確に理解していた。

      通用しなかったはずの獅子の獣人の拳が、効いている。

      明らかに、彼は強くなっている。

       

      「何だ、この力……!! この俺様の金属の体が、痛みを訴えているだと……!?」

       

      理解が出来ない様子で、猿人間が言葉を漏らしていた。

      対する獅子の獣人は、ただ告げる。

      くだらない目的のために一人の少女を餌とした、弁護のしようも無い正真正銘の悪党へ告げるに相応しき、粗暴な言葉を。

       

      「覚悟しろ、クソ野郎。あの子の涙の代償を払ってもらうぞ」

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      夜中の運動場に、吠えるような声と肉と鉄がぶつかり合う高い音が響く。

      獅子と猿――それぞれ異なる獣の特徴を宿した人型の怪物の攻防は、ここに来て拮抗どころか逆転していた。

      学生服を羽織った獅子の獣人は、金属の体を持った猿人間と真っ向から殴り合う。

      攻防の中で互いに殴り殴られ、その度に苦悶の声が漏れている。

      体力の面から見ても肉体の頑丈さから見ても、金属の体を持った猿人間の方が優勢であるはずなのだが、その猿人間の方こそが獅子の獣人に防勢に立たされつつあった。

      恐るべきは手負いの獣の底力か。

      猿人間の拳を受けて尚、獅子の獣人は決して退こうともせずに前進して次々と拳を放っている。

      この程度の痛みや衝撃など、どうとでも無いと言うように。

      その勢いに圧される形で、攻防の中で少しずつ猿人間の体が後退していく。

      そして、やがて。

       

      ゴガァン!! という轟音と共に、猿人間の体が宙に浮いた。

      獅子の獣人の放った拳を捌き切れず、その腹部に一撃を見舞われた故の事だった。

      ドジャア!! という音と共に猿人間の金属の体が乾いた地面に落ち、大きな砂煙を辺りに撒き散らす。

       

      「どうした。一方的に殴り蹴る事は得意でも、殴り合う事には慣れてないのか」

      「チィッ、偶然強くなったからって調子に乗るんじゃねぇ……!!」

       

      獅子の獣人の言葉に、仰向けの状態から起き上がり苛立った声で返す猿人間。

      攻防の面でも精神の面でも、とっくに獅子の獣人は猿人間よりも優位に立っていた。

      劣勢を薄々感じているのであろう猿人間は、以前指先にだけ溜めていた黒い力を両手に溜め始める。

      すると、猿人間の周囲の空間から黒い球体のようなものが次々と出現し、数を増やしていく。

       

      (あれはやべぇ……!!)

       

      今は介入するべきではないと判断し、離れた位置から戦いを見ていた鬼人の直感が危険を訴える。

      恐らく、あの数多に出現している黒い球体は『発射口』だ。

      猿人間の意志一つで、一斉に以前放って来た黒い力が押し寄せてくるに違い無い。

      今の猿人間の注意が獅子の獣人にのみ向けられている以上、鬼人の方に『技』の狙いを割く可能性は少ないと考えられるが、それはつまり全ての『発射口』の狙いが獅子の獣人に向けられている事実を指し示している。

      先程は態度からも多少の遊び心を含んでいたのか『落雷』という形で『技』を放っていたが、今回は遊び心を取り入れるほどの余裕も無い――回避など容易く出来ぬよう、範囲を伴った攻撃を放ってくるはずだ。

      既に彼等の戦場は、運動場内でありながらも猿人間の手下達が倒れ伏している位置からは離れた位置に移行している――範囲を制限するものは特に無いのだから。

       

      「食らえ……そして死ね!! ダーク・スピリッツ・デラックス!!」

       

      猿人間が黒い力を溜めた両手の平を獅子の獣人に向かって突き出すと同時、出現した球体から以前にも『技』として扱っていた未知の攻撃力を秘めた黒いエネルギーの奔流が、星空を想わせる弾幕を成して襲い掛かってくる。

      獅子の獣人には、それを回避する事が出来ない。

      上に跳んでも左右に避けても後ろに逃げても、確実に命中してしまうと言えるほどの射線があり、体の何処にも命中しないような『余白』は見当たらないのだから。

      そして避けられなければ、未知の攻撃力を秘めた数多の黒い力に体を射抜かれるのが道理だ。

      どれほどの攻撃力を秘めているのかは解らないが、とても物理で測れるような真っ当なエネルギーでは無いだろう――射抜かれた部位からポッカリと穴を開けられてしまっていても納得が出来る。

       

      そんな攻撃を前にして。

      そんな絶望的な状況を押し付けられて。

      獅子の獣人は――それでも尚一切の躊躇いも見せずに前進した。

       

      (嘘だろ……!?)

       

      その両手に、変化の際にも生じていた黄金の光を灯して。

      真正面から次々と襲い掛かる暗黒の猛威を、輝ける拳で打ち砕く――!!

       

      「はあああああああああああああああああああっ!!」

      「何、だと……!?」

       

      自らの『技』の象徴たる黒い力を真っ向から殴り、砕き散らしていく獅子の獣人の姿を見た猿人間の表情は、まさしく信じられないものを見た時のその驚きを浮かべていた。

      猿人間は意図して自らの『技』の範囲を狭め、真正面から闇を打ち砕き突破を試みる獅子の獣人の勢いを殺そうとするが、迫る闇の勢いが増す度に、応じるように獅子の獣人の拳が力を増す。

      勢いが衰えても、前進は止まらない。

      自らが力負けしている理由を、猿人間には理解する事が出来ない。

      獅子の獣人も、闇に向かって拳を放つ度に少なからず力を消耗しているはずなのに。

      自分自身もまた力を振り絞り、闇を放つ『発射口』を増やして攻撃を増量させているはずなのに、その拳に宿る黄金の光が全く衰えを見せない――!!

       

      そうして、やがて。

      獅子の獣人の輝く拳が、猿人間の胴部を捉えた。

      ガキャァ!! という肉が鉄を打つ音が炸裂すると同時に黒い力の奔流が途切れ、猿人間の周囲に存在していた黒い球体も全てが消失する。

      猿人間の体が拳の威力に圧され、10メートル程の距離を後退する。

      だが、まだ倒れない。

      猿人間の戦意は、まだ砕けていない。

       

      「ち、くしょう……この、野良猫風情がぁ……っ!!」

       

      悪態をつく猿人間に対して、獅子の獣人の返事は無い。

      最早言葉で応じるつもりは無いと言わんばかりに一歩を踏み出し、そこから一気に猿人間の懐に向かって駆け出し始める。

      対する猿人間は、先程自らが弾幕として放っていた黒い力を右手に溜め、その状態のまま拳を構えた。

      自らの『技』が通用しない事を知った猿人間にはもう打つ手が無いように見えたが、どうやら今度は獅子の獣人の体に拳の一撃と共に直接黒い力を叩き込むつもりらしい。

      確かに、獅子の獣人が弾幕を突破出来たのは拳の威力だけではなく、それを覆っていた黄金の光によるもの――それが存在しない部位に直接叩き込んでしまえば、無事では済まないだろう。

      更に、猿人間は空いた左手から咄嗟に何かを目の前の地面に投げる。

      それは、バナナの皮のように見えた。

      あの男が元々そんなものを持っているようには見えなかったし、そんなものが偶然落ちていたとは考えにくい――あるいはこれもまた猿人間の行使出来る『技』の一つなのか。

      だとすればこれは、攻撃ではなく妨害のための『技』なのだろう。

      進路の上に咄嗟に置かれたそれを踏ん付けてしまえば、まるで漫才のような馬鹿馬鹿しい話ではあるが、獅子の獣人はバランスを崩して最悪転倒する――そして、直後に待ち受けるのは猿人間による笑えない拳の一撃だ。

      真っ直ぐ躊躇いも無く走る獅子の獣人には、咄嗟に走る勢いを弱めてバナナの皮を踏まない足取りに変えるだけの余裕など無い――そもそも咄嗟に投げたバナナの皮を瞬時に認識出来ているのかどうかも解らない。

      故に、猿人間の一手に対して一手を返す者は決まっていた。

       

      「覇王拳ッ!!」

       

      その叫びと共に、二人の戦闘を横側から眺めていた鬼人が、獅子の獣人の進路に投げ込まれたバナナの皮を狙って、拳から鬼の顔の形をした『気』を放った。

      その大きさはこれまで放って来たものと比べると小さく、とても怪物相手に通用する攻撃力を秘めているようには見えない――だが、その分速度は増しており、獅子の獣人の足が届く前にバナナの皮程度を吹き飛ばすには十分なものだった。

       

      「っ!! 糞がっ!!」

       

      獅子の獣人の道を遮るものは何も無い。

      鬼人の横槍によって一手を潰された猿人間には、最早拳で応じる以外の道は無い。

      互いの距離が詰まると同時――輝ける黄金の光を纏った拳と、夜闇よりも暗き黒を纏った拳が衝突した。

      少女の味方として人間の側に立った者と、怪物の王として君臨しようとした者。

      互いの右手に宿るものが目に見えて真逆なものであった事に、はたしてどのような意味があったのか。

       

      「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

      「はあああああああああああああっ!!」

       

      大地を踏み締めた互いの意思が互いを圧し合う。

      拳に宿る力の規模が増し、その度に辺りに衝撃の波が生じる。

      恐るべきは勝利への執着か――あるいは敗北への恐怖か。

      猿人間の黒い力は、ここに来て獅子の獣人の放つ黄金の光を圧し負かし始めた。

       

      「負けるはずがねぇんだ……テメェ如きに!!」

       

      ゴスッ!! という鈍い音が響く。

      猿人間が右拳で獅子の獣人の右拳を圧しながら、駄目押しと言わんばかりに使っていなかった左の拳で獅子の獣人の腹を打った音だった。

      姿が変わり力が強くなったとはいえ、それで失った体力が戻るわけではなかったのだろう――その一撃に、獅子の獣人の力が緩みそうになるが、

       

      「もういい加減に楽になれ!! 諦めろ!! その無意味な生き様を直々に終わらせてやるからよぉ!!」

      「ぐっ……!!」

      「お前が死んだ後で、あのガキも死体に変えて墓に同伴させてやる。精々天国とやらで慰めあうんだなぁ!!」

      「……!!」

       

      その言葉に、青年の目付きが明確に変わった。

      同時に、拳に宿っていた黄金の輝きが爆発的に広がっていく。

      それは、拳どころか獅子の獣人の全身を覆っていき、やがて獅子の形を成す。

      それは紛れも無く、過去にも使われた彼の『技』の象徴。

      誰かを助ける――その意思にて形作られた獣が今、目の前の闇を喰らい尽くす。

       

      「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

      「まだ……まだ、力が増すのか……っ!?」

       

      獅子の獣人が吠えると同時、その右拳が猿人間の右拳を跳ね返す。

      拮抗は崩れた――獅子の獣人は続けて左の輝く拳で猿人間の腹を殴り上げる。

      猿人間の金属の体が拳の威力に浮き上がり、くの字に曲がった腹部には減り込んだ拳の痕が残る。

       

      「ぐ、は……っ!?」

       

      これまで以上の苦悶の表情を浮かべる猿人間に対し、獅子の獣人は即座に一度振るった右の拳を構え直す。

      それこそが、今の自分が持つ最高の武器だと信じるが故に。

       

      「獣!!」

       

      だんっ!! と響かせるほどの力で大地を踏み締め、

       

      「王!!」

       

      心が叫ぶ言魂を手の中に込め、限界以上の力で拳を握り締めて、

       

      「拳ッッッ!!!!!」

       

      猿人間の顔面目掛けて、放つ。

      轟音が炸裂した。

      恐らく、これまで何物の攻撃も受け付け無かったのであろう金属の体を持った猿人間の顔面に拳を減り込ませ、獅子の獣人は拳に伝わる反動や痛みの全てを無視してそのままの勢いで振り切っていく。

      声を上げる事も無く、猿人間の金属の体が顔面に加わった力のみで縦に回転しながら十数メートル以上も吹き飛んでいき、落ちても尚ある程度の距離の地面を抉っていった。

      勢いが止まった後になっても、猿人間に起き上がってくる様子は無く。

      そうして、勝敗は決した。

      獅子の獣人は、気を失ったと思わしき猿人間に向けて、聞こえはしないだろうと理解しながらも言葉を発する。

       

      「……戦ってやるさ」

       

      きっとそれは、あるいは猿人間だけに向けられた言葉ではなかった。

      自分自身に対する決意であり、先の未来に対する宣戦布告だった。

       

      「王様だろうが神様だろうが知った事か。俺が俺である限り、必要の無い涙を流させるお前達のような奴等には何度だって歯向かってやる!!」

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      戦いは終わった。

      気を失った猿人間――と化しているサングラスの男を放置し、獅子の獣人は少女を匿っていた倉庫の方へと足を進める。

      その途中、共に戦っていた鬼人が近寄って来た。

       

      「……やったな。やったんだよな」

      「ああ」

       

      鬼人の言葉に、獅子の獣人は簡潔に返答した。

      運動場にいる敵対者は猿人間はもちろんの事、手下も含めて戦えない状態になっている。

      まだ校舎内に手下が残っている可能性は否定出来ないが、群れの頂点であるサングラスの男を倒された事実を知れば、好き好んで襲い掛かりには来ないだろう。

      トドメを刺したわけではないため、意識を取り戻したサングラスの猿人間が復讐のために再び獅子の獣人を襲う可能性も考えられるが、その時はその時――何度でも相手をして、何度でも打ち倒すと既に覚悟は決めている。

      鬼人もまた、それを理解しているか否かは定かではないが、トドメを刺さなかった点について獅子の獣人に問い質そうとはしなかった。

      敵対者を殺すも生かすも、決めて良いのは勝利者である獅子の獣人のみだと考えたのかもしれない。

       

      「随分とかっけぇ姿になったな……服まで付いてくるもんなのか」

      「特に望んだ覚えは無かったんだがな。服のように見えて、実は皮か何かという可能性もある」

      「どう見ても学ランだよなそれ……何というか、番長って感じだ」

      「それ不良のリーダーという意味だった気がするのだが……そう見えてしまうか?」

      「そう見える。んー、俺もそんな風に『変わった』らカッコよく成れるんかね。翼を生やしたドラゴンとか、全身甲冑で剣や盾とか持った騎士とかそういうイケメン路線」

      「……うん、絶対に違うとだけは何故か断言出来てしまうな」

       

      イケメン化済みの余裕かこのライオン丸ー!! とか何とか訳のわからない事を言って嘆く鬼人を放っておいて、獅子の獣人は倉庫の扉の前まで歩いていく。

      ……実際問題、こうして怪物の力を手にした者は何らかの切っ掛けで『変わって』いくのだろう、と彼は思う。

      今回戦った猿人間も、過去にはまた異なる姿で在った可能性が考えられる。

      あるいは、あの体も最初は金属質のそれではなかったとか、そういう可能性だ。

      仮説だけならいくらでも立てられる。

      これまで遭遇して来た野性の怪物にしろ、今回戦った『同類』達にしろ、皆過去には何か別の姿をしていて、心だって今とは異なる性質を宿していたのかもしれない。

      故に、獅子の獣人たる青年自身、今の姿のままこれから先も戦っていけるのかどうか、自身は無い。

      今でこそ纏っている学生服や学生帽、そしてズボンなど、おおよそ人間が身に着ける衣類が体についた姿をしているが、また何らかの切っ掛けで姿が変わってしまう可能性は否定出来ないのだ。

       

      だけど、一つだけ今回の事で確信はあった。

      どんなに姿が変わっても、変わらないものは確かにある。

      それを信じて行動していれば、まだ見ぬ未来でも自分を失う事は無い。

      そう、信じられる。

       

      「……しかし、どうするかな。今になってあの子の面倒を見られるかどうか不安になってきた。とりあえずあの女性を頼ってみるか? 食料の備蓄とかあればいいが」

      「無いならあの連中の備蓄から拝借しとこうぜ。どうせ見下し精神で人間達から奪ってたもんだろ」

       

      鬼人とこれからの事を口にしながら、獅子の獣人が倉庫の扉を開く。

       

      ――きっと、これから先も苦難は続くだろう。

       

      人間から共に生きる事を否定されて、居場所を失ったり。

      そうしてまた知らない道を歩き続ける日々に逆戻りする可能性もある。

      思い出したかった記憶から温度が消え、望みが知らぬ間に失われてしまう事だって。

      そんな、誰かが保障してくれるわけでもない未来を頭に浮かべながら、それでも尚――彼は内心でこう呟いた。

       

      ――それでも、歩き続けよう。

       

      ――生きて、戦っていこう。

       

      ――俺が、俺である限り。

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    • #3979

       完結お疲れ様でした。メタルエテモンDQNを「はえ~最初の街のボス的な奴か~最初から究極体とはなんてハイレベルな」と思っていたらまさかのラスボスだった。何故だ!! と言いつつも、本タイトルにもある通り描きたかった本質はまさしく変わらないものだと思いますのでこれで良かったのでしょう。
       ヒロインっぽい奴隷少女も町の女の人も直接は登場しなかったおかげで、やたら男臭い物語として幕を閉じてしまった。
       
       獣王拳のおかげで忘れがちですが、そういえば青年はマッドレオモンであったなと毒の爪描写で改めて思い出し、どう足掻いてもダメージ通るはずもないメタルエテモン相手に眼球は鍛えられまいと活路を見出すも自力では敵うはずもなく──といった状況下で、垣間見せられる己自身のこれまでの在り方。記憶は無くても不確かなものでも、自分の知らない自分の頃から変わらぬものはきっとある。超・燃ゑる。
       前回「風よ光よサーベルレオモン」ネタで感想書いたこともあって「サーベルレオモンの人型だとっ」と思ったらまさかのGAKU-RAN。鬼人の野郎のちょっとノリ良さげな性格以外、シリアス一辺倒でここまで来たのに不意打ちも不意打ち。流石にフラッシュバンチョーパンチは響きがヤバすぎて出せなかったと見える。番長になったってことは、最終的に明言されることは無かったにしても人間だった頃って……?
       そしてむしろ何者なんだダメージこそ与えられずとも決して足を引っ張ってはいなかった鬼人の野郎も。
       
       メタルエテモンDQNは20世紀少年の姉貴殺した青年を思い出させる畜生かつ空っぽな風格がありましたが、トドメは刺されなかった。真面目にダークスピリッツ関連で戦うのかと思ったら最後の最後でバナナスリップという奇襲でちょっと笑わされつつ、失神KOで〆。
       でも世界観的にこーいう奴らが他にもたくさんいるんだろうなぁと思えてしまう罠。
       勝手に予想していたのもあって、最後「あの女性は受け入れてくれるかなぁ」言われるとデビルマン宜しく「あなた達もあのDQNと同じだ!」と迫害される展開を警戒してしまいましたが、最後の決意的にそれでもやっていけるのでしょう。いや女性が理解あって優しかった方が嬉しいですが。
       
       それでは改めまして完結お疲れ様でした。デジモンに成った物語でも(いやこっちもデジモンに成った物語では)またよろしくお願いします。

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