こちら、五十嵐電脳探偵所:#18

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  • #4153
    みなみみなみ
    参加者

      一晩が過ぎた朝は、清々しい青空だった。

       

      探偵所の前を箒で掃く美玖。

      彼女に一組の老夫婦が声をかける。

      ご近所付き合いの、見知った顔だ。

       

      「美玖ちゃん、おはよう」

      「おはようございます、後藤さん」

       

      箒を動かす手を止め、夫婦仲の良い朗らかな二人に美玖は笑顔で挨拶を交わす。

      そこへシルフィーモンが顔を出した。

       

      「美玖、朝食が…おや、おはようございます、後藤さんに奥さん」

      「シルフィーモンさんもおはよう。これ、お土産なの。美玖ちゃんや探偵所の皆で召し上がって頂戴」

      「これはご丁寧に…ありがとうございます」

       

      後藤夫婦は旅行帰りからのお土産にと、菓子折の入った紙袋をシルフィーモンに手渡した。

       

      「草加はどうでしたか?」

      「良いお宿に温泉がね、とっても良かったわ。それでね…」

       

      後藤夫婦と会話を交わすシルフィーモン。

      その横で美玖は昨晩の出来事を思い出し、慌てて真っ赤になった顔を伏せる。

       

      (昨日の事が、嘘みたい)

       

      あれだけ燻るように身体の奥で何週間も残り続けていた疼きは綺麗に解消されていた。

      ドス黒く染まっていた印の色も、淡さを取り戻している。

      再発を考えると手放しに喜ぶ訳にもいかないが、なにより助手を『男』として初めて受け入れた感覚とあられもなく雌となって快楽を貪った自身の姿どちらも忘れ難い。

      一瞬、頭に想像がよぎる。

       

      (……ダメダメ!変な事考えちゃダメ!呪いのせいでこうなってるのに、そんな事考えちゃったらーー!)

       

      顔が真っ赤に熱くなるのを覚え、必死に頭の中に生まれたイケナイ欲望を振り払うためブンブン頭を横に振る。

       

      「そうそう、美玖ちゃん、美玖ちゃん」

      「はっ…!な、なんでしょう?」

       

      箒を掃く手を止め、振り向いた。

       

      「帰ってきたのは昨夜なんだけど、……美玖ちゃん、あんまり声が大きいとご近所さんから色々聞かれちゃうから気をつけた方が良いわよ」

      「!!?」

       

      思わず固まる美玖。

      シルフィーモンも平静を装っているが冷や汗をかいている。

       

      「ま、まさか、聴こえて…」

      「やぁだもう、あれだけ大きくて気持ちよさそうな声あげてるのが美玖ちゃんなのほんとびっくりしたんだから。シルフィーモンさん意外とやり手なのね」

      「いやあ、若い頃思い出すよ」

      「え、えええ、えっと…」

       

      赤裸々に発言されて慌てふためく美玖とシルフィーモン。

       

      「違うんです!昨日のあれは…」

       

      必死に考えに考えた言い訳が

       

      「ま、マッサージしてもらってただけなんです!」

       

      だった。

      が。

       

      「そうかぁ、仕事大変みたいだったものね。シルフィーモンさんほんといい人だから、仲が良いのはとっても良い事よ」

      「そうそう。そのうちちゃんと身固めんとかないとな!」

      「え、ええと…」

       

      後藤さんがシルフィーモンの背中を軽く叩く。

       

      「シルフィーモンさんも今のうちに美玖ちゃんお嫁さんにしといた方が良いぞう?今どきこんなに器量良しで可愛い子なぞそうそうおらんからなあ」

      「さすがにその件については彼女の意思に任せます!それに、我々デジモンに性別はーー」

      「やだもう、好きな人同士なら良いじゃない」

       

      後藤夫婦揃ってにこにこなので、美玖もシルフィーモンも言い返せない。

      言い返す余地も雰囲気もない。

       

      「好きな人同士で結婚しても良い時代になってきた。これからどんどんそうなってくんだよ。俺達の頃はそういうの、しようと思っても中々できなかった」

      「お二人は若いしこれからなんだから、頑張ってね。応援してるわよ」

      「あ、ありがとう…ございます」

       

      後藤夫婦が去った後、美玖は箒を、シルフィーモンは紙袋を手に、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。

      ガレージの中にいたグルルモンはなんともいえない表情を二人に向けている。

       

      「せんせーい、しるふぃーもーん、ぐるるもん、あさごはんだよー!」

       

      ラブラモンが呼びに来るまで、二人はそうしていた。

       

       

       

       

      こちら、五十嵐電脳探偵所 #18 擬似科学殺人事件

       

       

       

       

      ーーー…なるほどなあ、やはりそういうことか。

       

      デスクワークを離れた所で眺めながら。

      ヴァルキリモンは苦笑いを浮かべていた。

      朝食時に、美玖の口から打ち明けられたリリスモンの呪いの話を受け、その場にいた一同が静まり返った。

       

      ーーー闇のオーラがヤバイくらい彼女を包んでたからな、近づけばロクな事にならないとは感じてたよ。

      「どのみち今の我々ではどうする事はできない」

       

      ラブラモンが大きくため息をついた。

       

      ーーーあれ、闇の力由来なら君の権能でどうこうできたんじゃなかったっけ?

      「阿呆、今の私はまだ完全に力を取り戻せてないのだぞ。それに呪いの主はリリスモンだ。完全に呪いを除去できる保証はない」

       

      ダークエリアの守護・管理を務め、デジモンの生死を定める力を持つと言われるアヌビモンだが、そんな彼でも手出しのできない者は存在する。

      同じダークエリアに存在し、支配する七大魔王や彼らより上位の実力者と目されたグランドラクモンだ。

      それでもなお、七大魔王らとは一種の協定を結んでいる。

      その上で、監視という形で不干渉に徹底している。

      七大魔王達からして、アヌビモンはあくまでダークエリアという環境の管理人以上の特権がないので彼を攻撃する事に何のメリットもない。

       

      だが、それでもアヌビモンが彼らに対し不利である事に変わりはなかった。

       

      「先生の紋章…あれの力を得られれば」

      ーーーおやおや、私に嫉妬とはひどいな。

      「そういう意味ではない!…先生は選ばれし子どもじゃない。パートナーを持たない事が関係しているかは知らんが、彼女の持つ紋章が与える物が未知数である以上、それに賭けたいのだ」

       

      思わず声を大きく出してしまったため、美玖を一度見てから小声になる。

       

      「先生の紋章は今までの紋章とは異質な点が幾つかある。……ただ、問題は、先生自身がそれを使いこなせていないことだな」

      ーーー本人が自覚していない事も起因しているようだがね。しばらくは、彼に頼るしかないんだろう、呪いに関しては。

       

      ヴァルキリモンは言いながら膝の上のフレイアを撫でた。

      その目線の先にはシルフィーモン。

      今では再び近い距離で言葉を交わしているが、現状は彼だけしか近寄れない。

       

      「……呪いの影響で変質したシルフィーモンの身体は、もう元には戻らない。先生から呪いを除去できたとしても」

       

      ラブラモンは目を伏せた。

      今も美玖は、シルフィーモン以外のデジモンから距離を置いている。

      その気遣いが、ありがたくも複雑だと感じていた。

       

      「…ともあれ、彼の知己だというホーリーエンジェモンからの品が届くまでは待つしかないということだ」

      ーーーフレイアは大丈夫な様子だよ?

      「それは重畳な報せだな。お前のその鳥は以前と同じ働きをしてくれるはず」

       

      フレイアの翼は完治している。

       

      ーーーフレイアに彼女のそばに居てもらうとするよ。呪いの気配があればすぐ教えてくれるようにね。

      「なら、それで決まりだ」

       

      ……それにしても。

       

      ラブラモン、否、アヌビモンは、疑問に思う。

       

      (リリスモンめ、一体どこへ消えた?)

       

      ロイヤルナイツによる調査で、リリスモンが居たと思しき場所にはイーターにより侵食された痕跡が残されていた。

      なら、イーターに捕食されたのだろうか?

       

      (…捕食されたにせよ、呪いをどうにかするにはリリスモンに解呪してもらう必要が出た時の事を考えねばならんのに)

       

      今は、新たな情報を待つしかない。

      それが、アヌビモンには歯痒かった。

       

       

       

       

      依頼が持ち込まれたのは、その日の午後。

      依頼人は19歳の若い女性で、名前を滝沢直美と名乗った。

      明るいブラウン・カラーの髪を長く垂らし、病弱そうな面立ちをしている。

       

      「……真実を」

       

      開口一番、直美は嘆願した。

       

      「真実を明らかにしてください」

       

       

       

      ーー長野県のある町で今、数ヶ月に渡ってある事件が起こっていた。

      最初は地域新聞に少しだけ取り上げられた程度だったが、やがて地域を超えて現在では都市圏でも話題となっている。

       

      事の発端は、五ヶ月前まで遡る。

      発見者は50代男性。

      愛犬と散歩中の出来事である。

       

      朝の6時。

      いつも通る道を歩いていた時、犬が突然道を外れ、1キロ程まで来た地点を掘り始めた。

      一体どうしたのかと見ていると、地面から現れたのは黒く焦げた人間の腕。

      驚いて警察へ通報すると、駆けつけた彼らも事の異常さに口をつぐんだ。

      見つかった死体は女性で3人分。

      いずれも炭化した状態で埋められていた。

      周囲に人気はなく、夜間に遺棄されたと思しきそれはすぐに検分に出される。

      しかし、それだけで終わらなかった。

      なぜなら、その後も、身元不明のバラバラ死体が幾度も発見されたからである。

      棄てられた場所もバラバラで、月が経つたびに新聞のみならずネットでも騒がれるようになった。

       

       

      【二人目の切り裂きジャック、日本に出現か?】

       

       

      煽り文を交えた報道が幾度も流れた。

      ネットではこの事件に関し、大型掲示板を中心に数多くの推測が流れたが、その中で犯人と目された一人の人物が浮上している。

      ……滝沢裕次郎。

      直美の父親である。

       

      「父は科学者でしたが、3年前から錬金術といったものに傾倒していました」

       

      それゆえに娘の直美からして、些か奇行と言える行動は多かったようだ。

      ネットでは既に彼を事件の犯人と看做した書き込みが散見されており、住所も特定されてしまっている事態。

      さらに、ネットの住人と思しき全く面識のない人間が幾度か自宅の周辺をうろついたり、異臭のする何かを入れた容器が玄関に放置されたりと嫌がらせも頻発している。

      しかし、直美はなお。

       

      「ですが、父は決して殺人を犯すような人ではありません。それは、誰よりも私が知っています。警察も、何か手がかりを見つけているようなのですが、教えてくれなくて」

      「…それで、探偵所へか。しかし…」

       

      シルフィーモンは気難しげに唸り、そして尋ねた。

       

      「我々が調査したとして…それでも、君の父親がクロだという結果が出たのなら?」

      「………それでも、私は、父の無実を信じています…けほ、けほっ…」

       

      直美は咳き込み、ポケットから取り出したピルケースの錠剤をふた粒飲み干す。

       

      「大丈夫ですか?」

      「すみません、4年前から持病を患っていまして。…どうか、この依頼を受けてくれますか?」

       

      直美は切実な思いの込もった眼差しで美玖とシルフィーモンを見る。

      美玖は、しばらく考えたのち、うなずいた。

       

      「お受けしましょう」

      「……!ありがとうございます」

       

      直美は安堵の面持ちで頭を下げた。

       

      「それで、お父様に直接話を伺う必要があるのですが直美さんの名前を出して大丈夫でしょうか?」

      「悩ましいのですが、どうか、この事は父に内密でお願いします」

      「わかりました。明日にでも、お父様の元にお伺いしましょう」

       

      美玖は請け負った。

      そんな彼女を見ながら、直美はおずおずと声をかける。

       

      「……あの、所長?さん」

      「どうしましたか?」

      「その、もう一つ、お話したいことがあるんです。できれば、…その…」

       

      美玖がシルフィーモンに向かって目配せ。

      それを察して彼はソファを立つ。

       

      「…わかった。済んだら、呼んでくれ」

      「ありがとう」

       

      シルフィーモンが来客室を出ると、直美は続けた。

       

      「…事件に関係があるかわかりませんが、もしかしたら父に何かあるのではと、そう思いたくなる夢を見るんです」

      「夢…ですか」

      「はい」

       

      美玖が続きを促すと、直美はその夢の話をしてくれた。

       

      直美が言うに、誰かの目線から物を見ているような夢だという。

      夢の中で見る、直美が見た事のない場所、出会った事のない出来事。

      暗いどこか、幾つもの大きなガラス管が屹立した研究所のような場所。

      町を離れたどこかの山道、目前にはスクーターに乗って山道を登る女らしき後ろ姿。

      次に、雨降る夜の町の、人気のない道。

      自分と父が住んでいる町のどこかである事は確かだが、直美自身の記憶にない。

      昔のサイレント映画を観ているような感覚。

      最後に見た父の顔は、今まで見たことのない恐い顔をしていた。

      真剣で、恐い顔。

       

      「…夢だと信じてもらえないでしょうが、どうしても誰かに話しておきたくて」

      「……」

       

      美玖はしばし直美の夢の内容を反芻の後、首を横に振った。

       

      「いえ、夢だからこそ、決して馬鹿にはできないと思いますよ」

      「えっ…」

      「私も、夢には縁がありますから」

       

      そう、美玖は微笑んだ。

       

       

       

       

       

      ーー翌日、E地区のレディースクリニックへと赴いた後に美玖はシルフィーモンと長野県へ向かった。

      薬を受け取ってその場ですぐに1回目を服用、スクーターにまたがる。

       

      「本当にそれで妊娠というものはしないのか?」

       

      シルフィーモンが首を傾げながら問う。

       

      「完璧にとはいかないけど…一応ね」

       

      医師に説明し、呪いの事を完全に理解して貰えたとは言いがたいものの薬を受け取れた事に美玖はひとまずの安堵を得た。

      むしろ、本当に妊娠の兆候が見られたらどうしたものか、頭を抱えなければならない。

       

      「…後藤さん達はああ言ったけれど…あまり、真に受けないでね」

      「わかってる」

       

      人間とデジモンの婚姻に関しての現実は、シルフィーモンも理解している。

      ……今は、どちらにとっても、望まざる事だ。

      少なくとも美玖も、熱烈なあのひと時は愛情とはまた別のものと捉えている。

       

      (勘違い…しないようにしないと)

       

      今後しばらくはそれが続く。

      それを彼に巻き込ませてしまった。

      その責任は、何よりも重い。

       

      「……美玖?」

       

      シルフィーモンの声にハッと我に返り、改めてハンドルを握りしめ、エンジンをかけた。

       

      「なんでもない。それより行きましょう、滝沢さんに話を聞きに行かないと」

       

      長野県、○○町までは二時間。

      山々に囲まれた風景はB地区に近い印象を与えた。

      小さな集落がある山道を抜けた先に、浅間山がうっすらとした雲をかぶる姿を見ることができる。

       

      (……この辺りは初めて来るけれど、空気が全然違う)

       

      澄んだ、冷たい空気。

      そんな事を思いながら山道を登る。

      道の片方は切り立った斜面になっていて、転落を避けるためのガードレールが続いていた。

       

       

      ふと、スクーターのミラーに、一台の黒の軽トラが映るのを見た。

       

      目測10mくらい距離を空けて走っている。

      しかし、美玖はすぐに妙な事に気がついた。

       

      ーー軽トラの運転手の顔が見えない。

       

      パーカーのフードを目深に下ろしているらしく、目元に陰がかかっている。

       

      (……この人、業者や農家さんではない?)

       

      軽トラは荷台に青いシートをかぶせている。

      美玖も見慣れた、工事や農家でよく使われている頑丈なシートだ。

      不審に思うもすぐそこに、急カーブの道が待っていた。

      少しスピードを落としてカーブを曲がった時。

      上空からシルフィーモンの声がした。

       

      「待った、美玖!道を引き返してくれ!!」

       

      美玖が慌ててスクーターのハンドルを右に、大きく道を曲がる。

      逆走しないよう隣の道へ避けた先で、軽トラとすれ違った。

      ……その荷台のシートの一部が、風にあおられていたのは気のせいではない。

      空にシルフィーモンの姿がなかったため急ぎで道を引き返すと、彼は道の上に着地している。

       

      「シルフィーモン、一体な………」

       

      そう言いかけた時。

      道に散らばったモノが見えた。

       

      「これ、は……」

       

      それは、嗚呼。

      それは、紛れもない人間の胴体だ。

      炭化したその身体、手足が急カーブの道で幾つも散乱している。

       

      「シルフィーモン、これ…」

      「君の後を走っていた軽トラが急カーブを曲がった時、荷台からこぼれ落ちたんだ」

      「!!」

       

      美玖はスクーターを道の脇に寄せて、携帯電話を取り出した。

       

      「……もしもし!今、山道で……」

       

      美玖が長野県警への通報をしている間、シルフィーモンは道へ転がったものに近づいていった。

      それは紛れもなく、人体そのものだ。

      マネキンのような作り物でない事はすぐわかる。

      彼の鼻を強い刺激の薬品臭がついた。

       

      (……奴らから漂うものとは違う臭いだ)

       

      例の組織の戦闘員から臭ったものとの違い。

      人体は四人分転がっており、脚が片方だけないモノもある。

      いずれも、左側の首筋にホクロがあるのを見つけた。

       

      (これは…一体なんなんだ?)

       

      考え込むシルフィーモンの脇へ、通報を終えた美玖が歩いてきた。

       

      「これが、例の事件の死体かしら?」

      「さてな」

       

      美玖も取り出した手袋をはめ、死体を詳しく見始めた。

       

      「……死体はいずれも体つきや骨格から女性。出血の様子が見られない」

      「うん」

      「死亡推定時刻は…どれも、かなり経っていそうね。炭化しているから分かりにくいけれど」

       

      動かさないように調べていく。

      そして、美玖はある死体を調べている手指を止めた。

       

      「これ…」

      「どうした?」

      「この死体、身体から金属片のようなものが…」

       

      シルフィーモンが膝をかがめ、美玖の隣で覗き見ると死体の左胸、乳房の横から確かにネジのような金属が皮膚の内側から飛び出ている。

      まるで、生まれた時からそこに生えているかのように。

       

      「普通にありえないわ!まさか、人間の死体ではない?」

       

      疑わしげに、ツールを死体に向ける。

      しかし、ツールによる結果は更にその疑問を加速化させることになった。

      死体を分析したツールは一体のデジモンの姿をホログラムとして映し出した。

      しかし、そのデジモンは、人型でなく首の長い四足歩行と鉄の翼の竜…。

       

      「これは…」

      「ドルグレモンか。先天的にX抗体を持つデジモンの一体だ」

      「X抗体……」

       

      X抗体。

      デジタルワールドが生まれ、現在人間世界との間に交流を持ち始めるより数千年前の出来事がきっかけで、一部のデジモンの中に生まれた抗体。

      イグドラシルがデジモンを”間引く”為にデジタルワールドへばら撒いたプログラムへの抗体。

      デジモンの持つ、生き残りたいという強烈な生存への欲望と本能が生み出したと言っていい。

      一時期X抗体を持つデジモンは排除の対象とされていたが、現在は普通のデジモンと同じように暮らして生きている。

       

      「……そのデジモンのデータをなぜこの死体が……」

       

      美玖の問いにシルフィーモンはかぶりを振った。

      その時、かすかにパトカーのサイレンが聞こえてきた。

      警察が到着したようだ。

      美玖もシルフィーモンも、死体への調査を切り上げてスクーターの近くで待つことになる。

       

       

       

      ーーー

       

       

       

      長野県警で、美玖とシルフィーモンは事情聴取を受ける…だけのはずだった。

      しかし。

       

      「違います!」

       

      取調室で美玖の叫びが響く。

      美玖とシルフィーモンは今、二人の警官から執拗に取り調べを受けていた。

       

      「私はスクーターに乗っていたんですよ!それにいくらシルフィーモンの力が強くても、何人もの人間の死体を担いで飛んだままは目立つし無理があります」

      「けど、その軽トラのバックナンバーを見なかったんだよな?」

      「なら当然あんた達が怪しいと考えるのが筋だろ?」

      「……あなた達っ!」

       

      ねちっこい声色で執拗に訊ねる警官の言葉に、美玖は苛立ちを覚える。

      突然の事ゆえシルフィーモンが軽トラのバックナンバーを押さえるのを忘れていたのは、痛恨のミスだ。

      しかし、状況的な判断のみで自分達が犯人と思われるのは心外が過ぎる。

       

      「そもそもデジモンなら、なんかこう、なんかして死体隠して運べるとかできるんじゃないですかねえ?」

      「できません!うちの助手を何だと思ってるんですか!?」

       

      我慢ならず美玖が椅子を立った時。

      取調室に一人の男が入ってきた。

       

      「なんだ、騒々しい。お前ら一体なにをやってる?」

      「あ、警部補」

       

      新たに入ってきた男は40代後半。

      190cm120kgもの鍛えられた身体を窮屈げにスーツで包んだ成りをしていた。

      石原浩司警部補、それがこの男の名前と官職である。

      数々の凶悪犯に加え、凶暴なデジモンすらも己の肉体で鎮めてきた剛の者だ。

       

      「石原警部補、お疲れ様です」

      「いやあ、今、死体を発見したこの人とデジモンを取り調べ中でして。死体を遺棄した犯人じゃないかって」

       

      いけしゃあしゃあと警官二人は美玖とシルフィーモンを横目に話す。

      石原警部補は美玖とシルフィーモンを見ると、目を見開いた。

       

      「あんた……五十嵐美玖!?5年前の事件の!」

      「……はい」

       

      美玖はそっと顔を伏せた。

       

      「え?」

      「事件って、もしや前科しーー」

      「馬鹿野郎!5年前、某県の警察署で起きたデジモンによる襲撃事件を知らんのか!彼女はその事件の被害者だ。無神経にも程があるぞ!!」

      「す、すんません!」

      「ともかく、お前らは他の業務に移れ!俺が代わる!」

       

      雷を落とし、警官二人を追い出すと石原警部補は椅子に腰掛けため息をついた。

       

      「うちの若い者(もん)がとんだ失礼をしてすまない。五十嵐さん…あんたの事は当時ニュースを見て知っててな…まさかあの悲惨な事件を覚えてなかった奴がいたとは」

      「い、いえ…」

      「それと」

       

      石原警部補の目がシルフィーモンに移る。

       

      「……まさか、お前ともまた会うとは」

      「2年前以来だな」

      「シルフィーモン、知り合いなの?」

       

      美玖が訊ねると、石原警部補が代わりに答える。

       

      「さる役人が行方不明になった案件があってな…捜索の人手不足を補うため独自のルートから求人をかけたら有償で協力をかって出たのがこいつだった」

       

      役人は無事救助され、シルフィーモンはその働きを当時の県警から認められた功績がある。

      それゆえに。

       

      「あんた達がやったとは考えにくいが…まあ、今日一日はここで一泊(大人しく)していてくれ。明日には出してやる」

       

      すぐさまシルフィーモンが聞いた。

       

      「それで、こちらのメリットは?」

      「貸し1だ」

       

       

      ーーーー

       

       

       

      「困った事になっちゃったな…」

      「とはいえ、冤罪をかけられるよりはマシだろう?」

      「そうだけど」

       

      警察署の保護室(通称トラ箱)内。

      ベッドに腰掛けながら美玖はため息をついた。

      幸い、食事等の不便はなく、呪いによる発作の発情も今の所起きていない。

       

      「それにしても、…さっきの聞こえた?」

      「……ああ」

       

       

      それは、署内での手続きを済ませ、女性警官に保護室へと案内された時である。

      この時、時計は午後20時を指している。

      取調室を通り過ぎた時、またしても問答がそこで行われたのが聞こえたのだ。

       

      「正直に吐け!この金(きん)の出処は!?」

      「知らねえよ、そいつは拾ったんだ」

      「嘘つけ!今時、酒代を延べ棒どころか金塊で支払おうとする奴なんていねえよ!喋らねえなら好きなだけ豚箱に入ってろ」

      「信じてくれって!俺はやってない、本当だ!」

       

      取り調べを受けた男は酔っ払っているようで、ドアの隙間から見えた姿もおよそ清潔からはほど遠い身なりだった。

       

      「確かに金塊でお代を払う以前に、変な話よね」

      「普通はそういうモノではないのか?」

      「大抵はちゃんとした通貨で支払うものだから……金塊とか延べ棒なんて普通は手に入らない。それをどこで手に入れたのかって話になるのよ」

       

       

       

      それからの一日を、一人と一体は過ごした。

       

      そして、夜が明ける。

      この間に、幾つか、例の死体に関して情報を得る事に美玖達は成功した。

      死体には、幾つもの謎めいた特徴もあった。

       

      「…死体は共通して10代後半の若い女性。身長体重共に同じ。全ての死体は死後に火を放たれている。使用されたと思しき薬品は通常の大学等の実験にはまず使われない品目。……そして、心臓がない」

       

      箇条書きしたメモを睨む。

      手術痕やそれ以外の傷跡がないにも関わらず全ての死体から心臓が何らかの手段で摘出され、発見された一体の心臓のある箇所から球状の物質が発見されたという。

      この物質からは生体電気が発せられていた。

      また、美玖が事前に見た通り、死体の経過時間は早くて一週間前から最長一年前と経っているものが多い。

      そして、全ての死体は身元不明で行方不明者の届け出とも合致しない。

      これが意味するものとは?

       

      「……美玖、君は」

       

      シルフィーモンは聞く。

       

      「これが本当に殺された人間の死体だと思えるかい?」

      「…他殺体にしても、自殺にしても、不自然すぎる」

      「だよな」

       

      そこで喧騒。

       

      署内が何やら慌ただしい。

      やがて、石原警部補がやってきた。

       

      「多忙で忘れないうちにあんた達を出してやる。今また、新たに事件が発生してな、それでうちの署も大騒ぎだ。朝メシを食うヒマもねえ」

      「何があったんです?」

       

      美玖が聞くと、石原警部補は新聞を手渡した。

       

      「今日の朝刊だ。これを見りゃわかる」

       

      それは、昨日の死体についての報道だった。

      美玖達が山道で死体を見つけてから二時間後、町から離れた小道で別の死体と乗り捨てられた黒の軽トラが見つかったと記されている。

      黒の軽トラは元々町の農協の人たちの物であり、盗難届けが出ていた。

      それ自体は、美玖とシルフィーモンにも大して重要な内容ではない。

      問題は、その後に書かれた内容だ。

       

      「………滝沢裕次郎が、負傷した?」

       

       

       

       

       

      石原警部補に伴って外へ出ると、薄暗い雲の立ち込める空が待っていた。

      昨日までこの町と周辺では雨が数時間程度降り続けていたという。

      濡れた駐車場のコンクリートを踏み締めた時、美玖とシルフィーモンは見知った顔を見つけた。

       

      「直美さん」

       

      憂いに満ちた顔が振り返る。

       

      「所長さん…」

       

       

      美玖達が向かう予定だった昨日の夕方。

      帰宅途中の直美は家の前で、腹部を血に染め倒れている父を見つけた。

      裕次郎はすぐに病院へ搬送、直美は何度か美玖達への連絡をかけたものの美玖達は出られず…。

       

      「昨日、そちらへ向かう前に例の事件の死体を発見して…」

      「それで県警に一泊コースだ」

       

      言いながらシルフィーモンは後ろの石原警部補を振り返る。

      直美がつられて彼の方を向くと、警察手帳がすぐに開かれた。

       

      「長野県警の石原警部補だ。……というわけで、昨日の件について詳しく聞かせてもらいたい」

      「は、はい」

       

      直美が帰宅したのは夕方の19時。

       

      死体が積まれた黒い軽トラが発見されたのはさらに二時間後の出来事だ。

      夜が明けた現在、裕次郎は未だ意識不明の状態である。

       

      「上層部(うえ)は滝沢裕次郎を犯人と見做してる奴らが大半だ。このままなら彼は有罪、真相は闇の中…」

       

      石原警部補は悲観的な面持ちを浮かべ、空を見上げる。

      美玖が直美に尋ねた。

       

      「直美さんはこれから病院へ?」

      「はい…父の入院に付き添う為に一度家へ戻って準備を」

      「それなら、私達も付き添いましょう」

      「……あんたら、事件に関わるつもりか?」

       

      石原警部補の言葉に、うなずく。

       

      「依頼ですので」

      「死体の件で取調室に行く事にならなければ、今頃はとうに滝沢氏に話を聞きに行っていたんだ。依頼人は滝沢氏の身の潔白を証明してほしいと言っていた。その点で言えばお前とは方針は概ね反目しないはず」

       

      シルフィーモンの言葉に石原警部補は深く息を吐いた。

       

      「…邪魔するなよ」

       

       

       

      ……長野県警から一時間半。

      滝沢邸は○○町のはずれにある、コテージに似て小さな館のようだった。

      2台の車と一台のスクーターが到着した時、既に家の近くを鑑識が調査していた。

      キープアウトテープに囲われた先には、微かに血痕と思しき痕がある。

       

      「お父さん……」

       

      直美は目に涙を溜めた。

      石原警部補はひとつ、咳払い。

       

      「今から捜索……と言いたいところだが、我々警察じゃ手続きなしには始められん。そこで相談なんだが今回はこちらの探偵所による捜索に同行させてもらいたい。怪しい物があったとしても差し押さえは正式に令状が出るまでは保留とする。どうかな、直美さん?」

      「…構いません」

       

      家の中へ美玖達を通しながら、直美はハンドバッグから一枚の紙を取り出す。

      それは、滝沢邸の見取り図だった。

      滝沢邸は二階建てで、一階はベランダとキッチンが一体になったスペース、トイレ、書棚、研究室、そして”開かずの部屋”と明記された部屋。

      二階は裕次郎の書斎、直美の部屋、物置、二階のバルコニーに繋がったデッドスペースだ。

       

      「この開かずの部屋というのは?」

       

      シルフィーモンが指差して尋ねる。

       

      「数年前までは物置部屋として使っていたのですが、今は父の手で扉を壁に塗り込めています」

      「なぜ、滝沢氏はそんなことを?」

      「わかりません。ですが、この部屋は父の研究室の隣です。研究に使うような品を保管する為に使っているのかもしれません」

      「ポオの小説が如く死体が中になければ良いが…」

       

      直美は自室へ向かった。

      病院にいる裕次郎に付き添うための準備だ。

      石原警部補は一階の書棚、美玖とシルフィーモンは二階の裕次郎の書斎へ向かった。

      書斎は寝室も兼ねており、ベッド、サイドテーブル、簡素な棚といった最低限の家財道具もある。

      棚の上にはプレゼント用に包装された小さな箱が置かれていた。

       

      「……滝沢さんには申し訳ないけれど」

       

      美玖が小箱の包装を丁寧に開ける。

      中から出てきたのは、大きく赤い宝石のペンダント。

      その鮮やかな色合いと美しさは、美玖には初めて目にするものだ。

      ペンダントトップは角が丸みを帯びた逆三角形のフレームになっていて、石はその中に収まっている。

      留め具には名前が印字されていた。

       

      「……MIONA(エム・アイ・オー・エヌ・エー)。直美さんの名前の逆綴りかしら?」

       

      箱へ戻す前にと様々な角度から写真を撮っていると、そばへ来たシルフィーモンが神妙な表情でペンダントを見ている。

       

      「シルフィーモン、どうしたの?」

      「……石の色も相まって、デジコア・インターフェースのようだな」

      「え?」

      「昨日、X抗体のデジモンについて少しは言ったよな?」

       

      シルフィーモンは言いながらペンダントから目線を外さない。

       

      「ドルモン、リュウダモン、最近確認されたルガモン。デジモンの中でも比較的新しい類に当たるとされるX抗体デジモンでありながら、デジモンが存在する以前に生まれたプロトタイプともされる彼らの額に付いた石があるだろ?」

      「ドルグレモンってデジモンも?」

      「ドルグレモンはドルモンからの進化形態としてよく挙げられる完全体デジモン。彼らの額についたデジコア・インターフェースは、それを通じてデジコアに込められた情報を引き出したり、デジコアへなんらかのプログラムを与える為のものだ。このペンダントはそれに良く似ている」

      「…死体から検出されたドルグレモンのデータと何か関係が…」

      「あるかもな」

       

      シルフィーモンは言いながら、ペンダントから目を離した。

      彼が視線を移した先に、サイドテーブルに置かれた写真立て。

      そこには、柔和な印象の男性と優しげで直美と面影のよく似通う女性、そして直美が写っている。

      日付から6年前のものとわかった。

       

      「そういえば、直美さんから母親の話を伺ってなかったわ」

      「そうだな」

       

      サイドテーブルの引き出しを見る。

      引き出しはカギ付きで、施錠されていた。

       

      「鍵はどこかしら?」

       

      棚やベッドの周辺を探ってみるが、それらしき物は見当たらない。

       

      「君は、ピッキングはできたか?」

      「ううん。”マスターキー”の訓練は受けたけど、ピッキングは…」

      「なら、私がやろう」

       

      針金か細いものはあるか、とシルフィーモン。

      バッグを探るとクリップが一つ。

      それを渡すと、シルフィーモンはクリップを少し引き伸ばし、それを引き出しの鍵穴に差し込んだ。

       

      「昨日も、そうやって窓を開けて入ったの?」

      「まあな」

      「…窓開きっぱなしじゃなかったら、声漏れてなかったね」

      「…」

       

      沈黙の合間にピッキング音だけが聞こえた。

      一分も経たないうちに引き出しが開く。

      中には日本ではあまり見られない、ハードカバー表紙のノートが出てきた。

       

      「日記か」

       

      ノートに書かれた最初の日付は、3年前のもの。

      そこには、直美が傷病にでもかかっているのか、治療に関する内容があった。

       

      「そういえば、依頼に来た直美さん、薬を飲んでいた…」

       

      治療はそれに関係するものだろうか。

      最初の日付から数週間ほどの日付のもので、錬金術に関係する内容となってくる。

       

      『今は20世紀のこの時代で、錬金術などというものに手を出す人間は私だけになるだろうか?だが直美を助けたい』

       

      半年後ほどの日付ではこう書かれる。

       

      『賢者の石の錬成に手詰まりを覚えていた時に、巨大なデジモンとの遭遇は衝撃的だった。デジコアが消滅してしまう前に摘出に間に合って良かった。調べてみれば、このデジモンはドルグレモンという種だとわかった。ドラゴンの強力な生命力を持つと』

       

      「ここでドルグレモン…!」

      「やはりあのバラバラ死体と関係がありそうだな。だが確定的な証拠が見つかるまでは保留だ。ドルグレモンのデータを何に利用したかについてもな」

       

      日記は続く。

      ドルグレモンのデータを何らかの錬成に用いたこと、それが成功したこと。

      しかし、ノートの半ばで日記は途切れる。

      最後の日付は一年と半年前。

      そこにはこう書かれていた。

       

      『私は本当にこれで良かったのか?娘の為とはいえ、その大義名分の元に非道を繰り返していたのではないか』

       

      その、一文だけだった。

       

      「これは、どういう意味だ?」

      「ドルグレモンのデータを利用したって何にだろう?賢者の石の錬成?」

       

      そういえば、と美玖は呟く。

       

      「賢者の石ってどう作るんだろう?」

      「私はよく知らんが、そんなに凄い代物なのか?」

      「ゲームとかでよく名前は聞くんだけど、私もよく知らなかったのよね。何かを黄金に変えるってくらいしか」

      「黄金、か…」

       

      そこで、表紙の感触に違和感を覚える。

       

      「これは…」

       

      表紙の皮にくり抜かれた跡。

      そこには小さな金属が納められていた。

       

      「鍵だわ」

      「おそらく研究室のものだ、持っていこう。……他は」

       

      そこで目に入ったのはクズかご。

      中にはくしゃくしゃに丸められたメモ用紙が入っていた。

       

      「何も書いてないな」

      「待って」

       

      美玖が鉛筆を取り出す。

       

      「何も書かれてないと思ったメモにはこれよ」

       

      メモ用紙の上に鉛筆を軽く走らせる。

      すると、文字が浮かび上がった。

       

      「なるほど、筆圧が強ければ文字が…これは、なんだ?」

       

      『水35L
      炭素20㎏
      アンモニア4L
      石灰1.5㎏
      リン800g
      塩分250g
      硝石100g
      硫黄80g
      フッ素7.5g
      鉄5g
      ケイ素3g
      その他少量の15の元素』

       

      「何かの成分表…?賢者の石の作り方の?」

      「それにしては、随分有機的な気が……」

       

      突然、大きな物音が響いた。

      一階からだ。

       

      「!?」

      「一階には石原警部補がいたはずだ」

       

      急いで階段を駆け降りた一人と一体。

      そこで目にしたのは、大量に床に散らばった書籍と尻餅をついた石原警部補。

      書籍はいずれも英語やドイツ語で書かれたものが多く、かろうじて読めるものといえば

       

      『妖精の書』

      『トートの書』

       

      そういった、美玖にはあまりにも見慣れないタイトルばかりだ。

       

      「石原警部補、どうした?」

      「すまん、どんな本が置かれてるのか見ようとしたらな。しかし…すごい本の量だ」

       

      立ち上がる石原警部補にシルフィーモンは鍵を見せた。

       

      「研究室の鍵と思しきものを見つけた。こいつで研究室を開けられるか試そう」

      「お、おう」

       

      滝沢邸一階の奥にある研究室。

      鍵は扉にぴったりと合った。

      開いた扉の隙間から薬品の臭いが吹き込む。

      中は、大きな理科室のように美玖は感じた。

      フラスコに試験管、ビーカーにアルコールランプ、顕微鏡と小学生の頃から見慣れたものもあれば全く見た事のない機材もある。

      机の上には本が平積みにされていた。

      一番上に載った本を石原警部補は無造作に手に取る。

       

      「こいつは…なんて本だ?」

      「見せてもらえますか?」

       

      タイトルは、『奇蹟の医書』

      美玖が著者の名を確かめる。

       

      「……フィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・ヴァン・ホーエンハイム。この本を書いた人の名前ですね」

       

      ルネサンス朝に活躍した、高名な錬金術師の一人。

      一般的には、もう一つの呼び名である「パラケルスス」が有名か。

       

      「何かのヒントか?」

      「賢者の石に関係かな」

       

      日記に賢者の石を求めていたという内容を思い出しながら、美玖は壁に立て掛けられた物を見つけた。

       

      「シルフィーモン、これ!」

       

      それは、先程見たペンダントによく似た、逆三角形のフレームに囲まれた赤い石。

      石原警部補の背丈より二回りの高さがある。

       

      「間違いない、ドルグレモンのものだろう」

      「ドルグレモン?」

       

      石原警部補に、二階で読んだ裕次郎の日記の内容を話す。

       

      「…そのデジモンが落ちたとかいう日、確か警察(うち)でもちょっと話題になったな」

      「え?」

      「○○町から少し離れた地域で、何かデカいモノが落ちた衝撃と地揺れが起きたんだ。向かってみればクソデカいクレーターがな」

       

      しかし、クレーターを作ったモノらしきものは見当たらず、結局警察や調査に派遣された政府機関も首を傾げる始末だったらしい。

       

      「…待って、シルフィーモン。ドルグレモンって、どれくらいの大きさなの?」

      「私は直接姿を見たことはないが、完全体デジモンの中では超大型だと聞いたことはあるな。知性が高く、自分から滅多に姿を見せないらしいが」

      「じゃあ、そのドルグレモンが…」

      「おそらく、他のデジモンとの戦いで瀕死の傷を負い、逃げた先で人間世界にリアライズしたんだろう。…だが、落下した時のダメージも相当だったはずだ。だから、人間である滝沢氏はデジコアを取り出せたんだろう。でなければ、ドルグレモンに抵抗されてデジコアを摘出以前に近寄れない」

       

      人間世界にリアライズしたデジモンは、死ねばその場で消滅する確率が高い。

      死体がないのはそのためだ。

       

      「さっき見つけたこの成分のメモにも関係があるだろうからな…探索を続けよう」

       

      部屋を見渡すと、ふと一枚の壁に掛けられた絵に目がいった。

      中央に立つ一人の男が、伏せった男に手を伸べている。

      鑑識眼の優れた者ならひと目で複製画とわかるだろう。

      モチーフは……

       

      「アスクレーピオス…」

       

      死者を甦らせたとまでいわれる、医学の神。

      絵を見れば、幾らか動かした形跡が見られる。

      絵画の額縁に手をかけ、ずらすと電子ロックが現れた。

       

      「金庫か。何か入っているかもな」

      「これなら私のツールでハッキングできる。やります」

       

      香港で見せた要領で、美玖はツールの電線を接続する。

      電子ロックに接続して三分。

      金庫の扉がゆっくりと開く、その時。

       

      「!?」

       

      扉の隙間から、白い液状の物体が周囲の壁へ染み出していく。

       

      「な、なんだ!?」

       

      それは、粘土のように固形化、形を変えていく。

      まるで、悪意ある神が人を嘲笑うかのような造型。

      真っ白な人型の肉塊がそこにいた。

      肉塊の表面はゴボゴボと泡立ち、ぶつぶつした気泡の痕を残す。

      集合体恐怖症の人間ならば間近で見れば気絶は確実だろう。

       

      「美玖、下がるんだ!」

       

      シルフィーモンの声に茫然としかけた美玖の意識が引き戻される。

      気づくと肉塊の太い腕が美玖の頭めがけて振り下ろされようとしていた。

      反射的に指輪型デバイスを構える。

       

      「ーー麻痺光線銃(パラライザー)コマンド起動!」

       

      放たれた光線が肉塊へ直撃。

      わずかに動きが止まったところで、シルフィーモンの手が美玖の腕を掴み引き戻す。

      麻痺が切れた勢いそのままに、美玖の頭があった位置を剛腕が通り過ぎた。

      石原警部補が構える。

       

      「コイツはひとまずブッ倒せば良いんだよな?」

      「探索の邪魔になるのならそうだろう」

       

      美玖を後ろに下がらせてシルフィーモンも構える。

       

      「それにしても、見慣れない奴だ…デジモンではないようだな」

      「デジモンかそうじゃないかはわかんねぇからその辺は正直どうでも良い!」

       

      そうやり取りを交わす一人と一体。

      肉塊は緩慢な動きで石原警部補に殴りかかる。

       

      「ぐっ…中々ぁ!」

      「大丈夫ですか!?」

       

      ホーリーリングから弓を顕現させながら、美玖が叫んだ。

       

      「彼なら心配はいらない。ーーハッ!」

       

      シルフィーモンが跳躍し、力強い蹴りを肉塊の土手っ腹に見舞う。

      強く蹴られた肉塊がよろめいた。

      石原警部補が走る。

       

      「キェェェェエエエエエエ!!チェストぉおおおおおおお!!!」

       

      猿叫を上げながら、石原警部補の足が上がる。

      肉塊の、人体でいえば鎖骨の辺りに叩き込まれたと思うと。

      肉塊はたちまち形を失い、ぐずぐずに溶けたように崩れていった。

       

      「………」

       

      美玖は唖然とそれを見つめるばかり。

      パンパン、と自らの手を払い、石原警部補は得意げに美玖を振り返る。

       

      「な、こいつの言う通り、心配いらんかっただろ?」

      「は、はい……」

       

      気の抜けたような返答しか返せない。

      そんな彼女にシルフィーモンは小声で話す。

       

      (…心配するな。私も目の前で彼がデビドラモンを一騎打ちで倒す姿を目の当たりにした時には目を疑った)

      (で、デビドラモン…!?)

       

      デビドラモンは成熟期の闇のデジモンの中でも知性と凶暴性を高く併せ持つ種だ。

      狡猾で体格も優れているため、人間が出くわせばまず助かる可能性が低い。

       

      (おかげで、彼が本当に人間か、一日中疑ったよ)

      「ところで、」

       

      石原警部補が咳払いした。

       

      「金庫の中を見ないか?」

      「そうだな」

       

      シルフィーモンは軽く美玖に目配せし、金庫へと歩み寄った。

      金庫の中身は横倒しになった空のフラスコと、古ぼけた一冊の本のみ。

       

      「おいおい、これだけか?」

       

      中を覗き見た石原警部補が渋い顔をした。

       

      「さっきの奴はどうやらこのフラスコから出てきたと見える。本の方は…」

       

      美玖が表紙を見る。

      本はかなり古ぼけており、英語で次のように書かれている。

       

      『賢者の石について』

       

      「…賢者の石のこと、調べる必要があるみたい」

       

      呟きながら本を取ろうとする美玖。

      それを石原警部補が制止した。

       

      「おっと、その本はひとまず差し押さえ対象だな。何処かでなくされては元も子もない」

      「…そうですね、失念していました」

       

      本に伸ばしかけた手を戻し、美玖は他に何かないかと周りへ視線を巡らす。

      他に目立ちそうなものは……

       

      「あの棚…何度も動かした形跡があるわ」

       

      棚の近くの床に、擦れた形跡。

      美玖が動くより先に、シルフィーモンが棚に手をかける。

       

      「こういうのは助手の仕事だ、そうだろ?」

       

      彼が棚を溝のある方へ動かすと、隠し穴がそこにあった。

      見取り図の位置からして開かずの部屋に間違いない。

      穴は少し狭く、シルフィーモンと石原警部補は屈まなければいけないくらいだった。

       

      「ここは……」

       

      空気が妙に湿気を帯びている。

      部屋に備え付けられ稼働中の加湿器によるものだ。

       

      「なんでこんな所に加湿器を置いてるんだ。しかも付けっ放しじゃないか」

       

      石原警部補がそのスイッチを切る。

      机の上に置かれたメモを見つけ、美玖がそれを取り上げた。

       

      『宝石店ISHIBASHI 金50g 石灰 5gの受け取りを代わりに頼む』

       

      筆跡からして裕次郎のものだろう。

       

      「宝石店?」

       

      メモにあった表目の中に石灰があった事を思い出す。

       

      (それに…金も?)

       

      何かが引っかかる。

      部屋の隅に置かれたタンスを開いたシルフィーモンが言った。

       

      「ここに誰か住んでいたようだな。服が入ってる」

       

      美玖と石原警部補が見れば、女性の服や下着が幾つも入っている。

      …下着の棚は美玖がすぐに閉めたが。

       

      「…奥様のお部屋、でもないわね。直美さんもこの部屋に誰が住んでるかまでは多分知らないでしょうし」

       

      でなければ、わざわざ同居者の住む部屋の扉を壁に塗り込めないだろう。

      メモの他に、英語で書かれた一冊の本が置かれてある。

       

      『Frankenstein: or The Modern Prometheus』

       

      「美玖、この本は?」

      「『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』……『フランケンシュタイン』の原題だわ」

      「フランケンシュタインって、よく吸血鬼とか狼男と一緒に出てくるやつだよな?」

      「それはフランケンシュタインの”怪物”です、石原警部補。本来は小説のタイトルか怪物の生みの親である登場人物の名前です」

       

      でも、なぜこの本が?

      そんな事を呟きながら、美玖が考え込む。

      そこで、シルフィーモンは水の音を聴いた。

      …床の下からのようだ。

       

      「シルフィーモン?」

      「…床から何か水の流れる音だ。何かあるかもな」

       

      美玖がツールを起動し、床をライトで照らす。

      痕跡を示す光は、ベッドを指し示した。

      シルフィーモンがベッドを持ち上げて動かせば、隠し扉がそこにあった。

      扉の取っ手を引き開けると、下をごうごうと流れる水が見える。

       

      「隠し階段か……水路に繋がっている?」

      「とはいえ、こりゃ、降りてすぐ足が水に着く感じだな。しかもこの水の勢いだ。ここから降りるのは無理だな」

       

      昨日の雨のせいだろう。

       

      「ひとまず、一度探索をこの辺りで切り上げるか?俺はそろそろ鑑識から調査結果を聞かなきゃならんからな」

      「そうですね。直美さんに聞かなければいけない事も、色々」

       

      美玖達が頷き合い、部屋を出る。

      研究室に戻ると、そこにいたデジモンに驚き、美玖は思わず呼んだ。

       

      「ラブラモン!」

       

      美玖が今まで見たことのない程、鋭く険しい目つきで研究室の機材を見上げていたのはラブラモン。

      しかし、呼ばれるとその表情はすぐいつものように戻った。

       

      「あ、せんせい。こっちにいたんだ!」

      「もしかして、連絡くれてた?…ごめんね。グルルモンは?」

      「そとにいるよ」

       

      そこで、シルフィーモンは石原警部補の様子がおかしい事に気づく。

       

      「ラブラモン、こちらは長野県警の石原警部補よ。石原警部補、この子は我が探偵所……の?」

       

      振り返り、紹介しようとした美玖の目が点になる。

      先程までおぞましい肉塊相手に凄まじい覇気を見せた彼。

      それがまさか、生まれたての仔馬のように足を震わせるとは。

       

      「…石原警部補?」

      「すまん…俺は、その、ガキの頃から……犬が苦手なんだ…!」

      「……」

       

      しばしの沈黙。

      しかし、それもいけないと美玖はラブラモンへ尋ねた。

       

      「直美さんを見なかった?」

      「わたし、いまはいってきたところだよ。こえをかけてもだれのこえもしなかったから、ようすをみにはいったの」

      「それじゃあ、直美さんの様子を見に行こうか。二階にいるはず……」

       

      ラブラモンを連れ立ち、二階の直美の部屋へ向かう。

      3回、ドアをノック。

       

      「直美さん?すみません、お聞きしたいことが」

       

      ……返事がない。

      もう3回、ノックしたがなお返事はない。

       

      「まさか」

       

      失礼、とドアノブを回し、入った美玖が目にしたのは床の上に倒れた直美。

       

      「直美さん!」

       

      駆け寄り、支えるように上半身を起こす。

       

      「確かに、あまり丈夫そうな人間には見えなかったが…」

       

      シルフィーモンが屈み込んだ時、彼の目に止まったのは直美の首筋。

      そこには黒子が一つ。

      死体にあったものと同じ位置に、同じ大きさ。

      そして、これまで意識することがなかったが、…胸元に光った赤い輝き。

      ペンダントトップのデザインこそ違うが、裕次郎の書斎で美玖とシルフィーモンが見たものと同じ赤く大きな宝石だった。

       

      「……まさか。もう一人の直美さんか?」

      「えっ?」

       

      美玖が顔を上げたところで、ラブラモンが口を開いた。

       

      「……あのね。きのう、せんせいたちがでかけたあと、じょうほうやのおじさんにれんらくしたけどるすでいなかったよ。それでるすでんいれたら、きょうのあさにれんらくしてくれてせんせいからたのまれたじょうほう…しらべてくれたの」

       

      昨日。

      美玖達は、探偵所を出る前にC地区の情報屋へ連絡をとってもらうようラブラモンに頼んでいた。

      滝沢親子に関する情報を、である。

       

      「おじさんがいうにはね、よねんまえ、いえにはいってきたごうとうになおみさんとおかあさんがおそわれたんだって」

       

      …妻は惨殺。

      娘は意識不明の重体。

      大学から戻った裕次郎が見たのはそんな状況。

      直美は助かったが……

       

      「なおみさんは、そのときのけがのしゅじゅつがにゅーすになってたの」

      「手術?」

      「しんぞうのちかくを、うたれたんだって。このあいだのせんせいみたいに、じゅうのたまがからだのなかにのこってて……いまも、とりだせないって」

      「何だと?」

       

      嫌なものを感じる。

      バラバラ死体と直美。

      賢者の石と、謎の成分表。

      それが意味するものは……

       

      「ひとまず、どこの病院か教えてもらった!?」

      「うん、☆☆びょういんってところ!」

      「直美さんの荷物と…診療票と身分証…それと、お化粧セットも。ひとまず持って、向かうから手伝って!」

       

       

       

       

      直美を抱えた石原警部補を先頭に、美玖達は☆☆病院の受付へと駆け込んだ。

      受付の看護師へ説明し、担当医の都合を尋ねる。

       

      「滝沢直美さんですね。佐東先生でしたら今日は診療日ですよ」

      「すぐに診てもらえませんか?急に倒れたんです」

      「少し、お待ちください」

       

      数分後、診療室へ通される。

      担当医の佐東は、60代近くの男性医師だった。

      直美の診察に応じながら、美玖達に直美との関係を問いただす。

      ここで、美玖は、直美からの依頼で事件の調査をしていたことを打ち明けた。

       

      「……そうですか。今回は、おそらくお父様の件で心労から倒れたのでしょうが…」

       

      ーー暗い表情。

       

      「……彼女は、いつ倒れて亡くなっても、おかしくない状態です」

      「それほど、重篤なんですか」

      「日々、進歩を目指してきた現代の医学だからこそ、こうは言いたくはないが…彼女を再手術しても助かる可能性は低い。銃弾が少しずつ、心臓に近づいている。解除できない時限爆弾だ」

       

      現代において、名医と呼ばれる医師は多い。

      しかし、彼らの腕を乞い願うにはあまりにも長い時間を待たなければならない。

      なぜならば、彼らの助けを一年以上先も待つ患者が後を絶たないからだ。

       

      「……どうにかできないのか?臓器移植、というものなら聞いたことがあるんだが」

       

      と、シルフィーモン。

      その問いに、佐東医師は首を横に振る。

       

      「いや…あなた方デジモンには想像がつかないでしょうが、人間の体内というものは極めて複雑で微妙なバランスの上に成り立っている。何処を取っても崩れてゲームが終わりかねない積み立て積み木(ジェンガ)のようなものだ。その辺の人間から持ってきた臓器をハサミで切って貼って何事もなく元通り、なんて単純な話にもいかない。拒絶反応というものがある」

       

      拒絶反応は対策こそとられてはいるものの、あくまで抑制するためのものであるため完全にはなくせない。

       

      「…そうか、じゃあ、…滝沢さんは、拒絶反応を起こす可能性の少ない人体を…直美さんの遺伝子を持つクローンを作ろうとしたんだ。錬金術で」

      「なんだと?」

       

      訝しげな声で佐東は美玖を見た。

       

      「ところで、滝沢裕次郎もこちらの病院に?」

       

      助け舟と知ってか知らずか、石原警部補が問う。

       

      「あ、ああ……確かに、昨日はここで緊急手術をした」

      「今のお具合は…?」

      「残念ながら、まだ目を覚まさない」

       

      美玖達は顔を見合わせる。

      ともあれ、直美は病院に預けてもらうしかなかった。

       

      話し合った結果。

       

      「本当に美玖一人で大丈夫か?」

      「ふれいあがいるからだいじょうぶ!」

       

      …フレイアを連れて美玖は長野県でも一番の蔵書数を持つ県立長野図書館へ。

      シルフィーモンと石原警部補、ラブラモンはグルルモンの待つ滝沢邸へトンボ返りすることに。

       

      「一体何を探すつもりだ?」

      「…錬金術に関連する本を探しに。滝沢さんが直美さんを治すためになぜ賢者の石を必要としてたのか。ドルグレモンのデータを何に使ったのか、その推測に役立つものを」

      「…発作が起こったらどうするんだ」

      「そうしたら、デバイスでしばらく姿を隠して耐えようと思う」

       

      心配げなシルフィーモン。

       

      「だいじょうぶ、もしものときには、ゔぁるきりもんがいる。だいだいのゔぁるきりもんのなかであいつはもっともうでがたつし、のろいのことはきいてるからせんせいとはてきせつなきょりはとれる」

      「……そうか」

       

      こうして。

      彼らは、各々のやるべき行動へ乗り出すのだった。

       

       

       

       

       

       

       

      ーー身体が、痛い。

       

      最後に覚えていたのは、命からがら空間にできた裂け目へ飛び込んだこと。

      でも、抜け出た先が、まっさかさまの地面だなんて。

       

      ーー……ついて、ないなあ……。

       

      殺されるのと、どっちがマシだったのだろう?

      辺りを確かめようにも、首が動かない。

      足も鉛のように重い。

      でも、地面の感触が、ここはデジタルワールドじゃないと教えてくれた。

      そこへ、誰かが近寄ってくる。

       

      (……モン、か?)

       

      何て言ってるのか、わからないくらいに頭がぼやけて。

      視界に映った小さな姿は、確かに、今まで話でしか聞いたことのなかった「人間」だとわかって。

      それでも、何もできない。

       

      殺される。

       

      そんなことをぼんやりと思った。

      元から、排除対象として追われてたんだ。

      もう逃げ場はないと、諦めから目を閉じた。

       

      (ーー今から、データを、この中に)

       

      人間が何かがさごそと探す気配を感じる。

      その気配を感じながら、わたしは、ゆっくりと目を閉じて……

       

      ……意識がそこで途切れた。

       

       

       

       

       

       

       

      滝沢邸へ戻ると、鑑識班が調査を切り上げる支度の最中だった。

      石原警部補が鑑識から調査結果を尋ねに行っている間に、シルフィーモンはグルルモンへ言う。

       

      「鑑識の調査が終わるようだから、今のうちに血痕と人間の臭いを覚えに行ってくれ。私と美玖がこちらへ来る前に起きた事も調べないと」

      「ソウダナ」

      「そういえば、しるふぃーもんとせんせいはごはんたべたの?」

      「……そういえば」

       

      思い出せば、朝食は摂っていない。

      もう時刻は正午である。

       

      「別行動を起こす前に美玖と食事を摂っておけば……薬は飲んでいたが」

      「じゃあ、せんせいにめーるするね」

      「ああ、頼む」

       

      石原警部補の方を見やれば、大方の調査結果を聞き終えた後か彼は聞き込みに歩いていくところだ。

       

      「まだ時間はかかるだろうからな…近くにコンビニなどはないか?」

      「ここにきたとちゅうで、おべんとうやさんならあったよ!」

      「……なら、そこへ買いに行くか。ついで、宝石店の場所も確認したい」

       

      ………道の駅で自分と美玖の分の弁当を買った後、シルフィーモンは開かずの部屋で見つけたメモにある店名を検索する。

      すぐにヒットした。

       

      「場所は…滝沢邸からあまり遠くはないな。ここへ、私が聞きに行こう」

       

      ラブラモンとグルルモンに弁当を預け、滝沢邸へ待ってもらうことにして。

       

      シルフィーモンが飛んでやってきた先は、宝石店ISHIBASHI。

      シンプルだが品のある佇まいの店に入ると、従業員の男性がにこやかな笑顔で迎えた。

       

      「いらっしゃいませ!デジモンのお客様ですね。何かお要り用ですか。ご友人やパートナー様への贈り物でしょうか?」

       

      淀みがなく好感の持てる接客だ。

      デジモンの利用客も増えてきており、最近は選ばれし子どものパートナーデジモンが自身のパートナーのプレゼント選びに宝石店を訪れることもある。

       

      「すまないが、この店の商品ではなく人を探している。滝沢裕次郎という男について知らないか?この店を利用していたはずだ」

       

      そう尋ねると従業員は困った表情。

       

      「申し訳ございませんが、他のお客様の個人情報に関して当店では……」

      「それを分かった上で尋ねたい。昨晩、彼が刺されたという話がニュースであったはずだ、私はその事件を調査している。何か知らないか?」

       

      シルフィーモンがさえぎると、従業員はたいへん驚いた表情になった。

       

      「刺された!?昨日はお怪我一つもないご様子でしたのに!」

      「……詳しく話を聞かせてくれないか?」

      「は、はい」

       

      動揺していた姿勢を直し、従業員は話しだした。

       

      「昨日の夕方、こちらにいらっしゃった時は、ひどく焦ったご様子で『娘は来なかったか』とお尋ねになられまして」

      「もしかして、その時に何かを彼に渡さなかったか?」

      「はい…注文を受けて取り寄せました金を、その時に」

       

      ……金、か。

       

      「…それについて、もう少し聞かせてくれ。金と言ったが、そういう物もこの店では取り扱ってるのか?」

      「はい。お客様からのご要望で、そういう貴金属の品を特別かつ合法のルートからお取り扱いしておりました。滝沢様の時は、代理受取人として娘さんが来られる事もございましたが…」

       

      その上で、従業員が言うには。

      一年前ほどに裕次郎が宝石の加工とペンダントの作製を依頼してきた事があるという。

      個数は2個で、宝石と片方のペンダントトップのデザインは裕次郎の持ち込みだったが。

       

      「その宝石が、これまで当店で扱ってきたどの宝石の中でもとびきり素晴らしく美しいものだと覚えております」

       

      真っ赤だがルビーでもなく、思いつく限りの赤色の宝石に該当するもののどれにも当てはまらない。

       

      「……すると、何かの鉱物だと?」

      「可能性はありますね。宝石は鉱物そのものでございますから」

       

       

       

      ーーー

       

       

       

      その頃。

      県立長野図書館前では黄色い声が一部あがっていた。

       

      (…ちょっとやりづらいなあ)

       

      集まっている視線に美玖は苦笑いする。

      というもの。

       

      ーーーこれはちょっと照れるなぁ。

       

      視線を集めているデジモンが目の前にいたからだった。

      …思えば、人前で直接の対面は、これが初めてである。

       

      (…どんなデジモンか、シルフィーモン達から聞いた)

       

      救いの主は、究極体デジモン。

      どうりで強いわけだ。

       

      「…改めて、よろしくお願いします。ヴァルキリモンさん」

      ーーーおや、私の名前を言えてるとはね。誰かから教わったのかな?

      「はい」

      ーーー知っての通りとは思うが、私は今となっては肉体が不安定でね。もう次代は作れない。代わりに君への恩義に報いるまでさ。よろしく。

       

      ……にしても。

       

      (し、視線が痛い……)

       

      若奥様やちびっ子達、学生だろう若い女性達が黄色い声をあげながらヴァルキリモンを注視している。

      無理もない。

      純白のヒロイックな佇まいと、中性的な雰囲気に魅力を感じているのだろう。

      ちびっ子達は何処そこの特撮のヒーローかと、目を輝かせながら見ている。

      中にはこっそり携帯電話で撮っている女性もいた。

       

      「ひ、ひとまず中へ入りましょう」

       

      逃げるように、そそくさと図書館へ入る。

      ふわり、と軽い紙の感触が肩へ重みを伴い舞い降りた。

      フレイアだ。

      今は、擬装コマンドで金紙の折り鶴に見た目を変えている。

      動物そのままの姿で図書館に入るわけにはいかない。

       

      ーーー錬金術、というものについて書かれた本を探すのだね?

      「はい。できれば、詳しく書かれた本を…」

       

      とはいえ、蔵書数の関係もあり、時間がかかる。

      検索用の機械も利用し、ヴァルキリモンの手を借りてできる限りの資料をかき集める。

      そうして、やっと、美玖は知りたい情報を見つけることができた。

       

      ……例の成分のメモ以外は。

       

      「…賢者の石、とは」

       

      卑金属を金に変え、永遠の生命をもたらす霊薬。

      万能の願望機ともいわれる。

      形状は結晶から液状のものまであり、色は西洋では赤、インドでは黄色い卵型の物質とされる。

      作製方法、材料、いずれも不明。

      黄血塩と呼ばれる物質だとする説も唱えられている。

       

      「……これだけだと、直美さんのクローンを作る発想まで至らないか。何か……」

       

      その時、フレイアが嘴で一冊のページをつついた。

      美玖がつられてそちらを見る。

      そして、ある言葉に目を瞬かせた。

       

      「……『ホムンクルス』?」

       

      すぐにそちらに向けて調べてみた。

      …変わらず、例の成分のメモに関わりそうなものはなかったが。

       

      「……ホムンクルス、とは」

       

      別名、フラスコの中の小人。

      製造方法は諸説ある。

      人間の精液や数種類のハーブを入れて40日間密閉させる方法、妊娠した母胎に霊魂を招き入れる方法etc。

      背丈も大人より小さいとされることが多い。

      共通して、知性が非常に高いが弱点もある。

      フラスコなど液体に満たされた中から生み出された生命体ゆえか、乾燥に弱いこと。

      極めて短命なこと。

       

      「…最長、二年までしか生きられない…」

      ーーークローンという話だったね。それに二年しか持たない身体が代替(スペア)というのは無理がないかな?

       

      ヴァルキリモンの言葉に美玖はうなる。

      ドルグレモンのデータはこの辺りに使われたのだろうか?

      ドルグレモンのデータにはドラゴン由来の強い生命力がある。

       

      「…でもそういえば、開かずの部屋には加湿器が置いてあった」

       

      石原警部補が付けっ放しだと止めてしまったものだ。

      女性もの、それも直美や美玖ほどの世代くらいなら無難なデザインの衣服がタンスに収められていたことも考えればあの部屋には直美のクローンが暮らしていたのだろう。

      …直美には秘密で。

       

      ーーーひとまず纏めるとしようか。君達の依頼人である直美にはクローンがいる。

      「……あのペンダントに印字されていた文字からして、名前はおそらくミオナ」

      ーーー君と助手君が昨日出くわした死体の運び屋もこのミオナと見て間違いないだろう。特徴が似過ぎた死体ばかりというのも非現実的だからね。

      「ということは、クローンの失敗作を滝沢さんはミオナにこっそり遺棄するよう指示を…?」

      ーーーあるいは、自主的なものかもな。

       

      美玖は、ホムンクルスについて纏めて書いたメモに目を通し、つぶやく。

       

      「……加湿器が必要なほど、乾燥に弱いのなら吸湿性の高い物質は有効かもしれない」

      ーーーそういう代物があるのかい?

      「乾燥剤が手っ取り早いけれど…小麦粉でもいけるかもしれない」

      ーーー小麦粉って、あの、小麦粉?君達人間が料理に使う……?

       

      ヴァルキリモンが少し拍子抜けしたような声音で美玖を見る。

       

      「小麦粉にも吸湿性が備わっています。それで上手くいけば」

      ーーーふぅん。

       

       

       

      ともあれ、善は急げと美玖達は図書館を後にする。

      そして向かうは業務用スーパーだ。

       

      「シルフィーモンにメールを送って、小麦粉数袋分確保することは伝えましょう。それから、滝沢邸へ!」

       

       

       

       

       

       

      (続きは↓をどうぞ!)

       

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    • #4154
      みなみみなみ
      参加者

        聞き込みを終えたシルフィーモンが戻る途中、滝沢邸から数ブロック離れた地区で石原警部補の姿が見えた。

        この時どんよりとした、これからの一日を想起させる空模様が広がっているためか。

        かなり古びた家の前で石原警部補の聞き込みに応じていた若い女はフードを目深にしてレインコートを着ていた。

         

        「……そうですか、いえ、ご協力に感謝します」

         

        シルフィーモンが着地する頃に、石原警部補の聞き込みは終わっていた。

        軽い会釈をして女は去っていく。

         

        「……それで、何か情報は得られたか?」

         

        声をかけると、石原警部補は振り向きながら首を横に振った。

         

        「悪いが、これは警察の管轄だ。探偵には…」

        「貸し1」

        「なんだと?」

        「今ここで返させてもらうぞ。こちらも依頼なんでな」

         

        シルフィーモンの言葉に、石原警部補はやれやれと肩をすくめた。

         

         

         

         

        「……滝沢裕次郎の負傷だが、後頭部に打撲、腹部に刺し傷、腕などに裂傷。鑑識の調査結果で発見現場の血痕が少ない事がわかっている」

        「つまり、打撲はともかく発見現場で刺されたとは考えにくいわけか」

        「血痕は雨で流されたと、そう上層部は決めつけてるけどな……鑑識班は発見現場周辺で微かな血痕の痕跡を見つけている。おそらく滝沢裕次郎は血を流しながらこの辺りを通ったんだ」

         

        シルフィーモンはうなずいた。

         

        「後は目撃者だ」

        「ああ。さっきの女性は昨日何も見ていなかった、と言っていた。この辺りに住んでいるらしいが」

         

        今、一人と一体がいる場所は、木々の茂った中にある住宅地のような土地だ。

        目の前にある空き家は、一年と半年前に家主が土地を売り払い買い手がまだついていない状態だそうな。

         

         

        「この辺りに……あれか」

        「ん?」

         

        シルフィーモンの視線の先を見れば、いつからそこにあったのか屋台がある。

        明らかに閑静な場所にはそぐわないが、売られているのはベビーカステラ。

        一袋360円也。

        近場の牧場で絞った牛乳の優しい甘さとふかふかの生地が嬉しい一品。

         

        「…ちょっと行ってくる」

        「え、なんで、おいっ?」

         

        屋台へシルフィーモンが近寄ると、主人の男性が営業スマイルで反応した。

         

        「いらっしゃい」

        「ベビーカステラを一つ。……裏メニューとセットで」

         

        その言葉を聞いて、屋台の主人の表情が変わる。

         

        「あいよ。何の情報が要り用かね?」

        「昨日この近辺で起こった、滝沢裕次郎なる男の負傷事件についてだ。目撃者の情報を知りたい」

         

        数千円と引き換えに、屋台……を兼用した情報屋はシルフィーモンへベビーカステラの紙袋を渡しながら話す。

         

        「直接的な目撃者はいないが、一人この辺りで警察に連行された奴ならいる。無職(フリーター)の男だ。昨晩、居酒屋で呑んで代金に出処不明の金塊を出したもんだから怪しまれて留置所に一泊だ」

         

        戻ってきたシルフィーモンに石原警部補が口を開く。

         

        「なんか買ってきたと思ったらカステラか?」

        「ひとまず、いたぞ。目撃者と思しき男が。昨日、出処不明の金塊で金を払おうとして留置所に入れられた…」

        「ああ、いたな」

        「釈放がまだならそいつへの聴取を今から頼めるか?私は美玖達と合流に行く」

         

        シルフィーモンの言葉に、何か意図があるものと感じたか。

        石原警部補はパトカーを停めた方へ歩いていく。

         

        「一足先に署に戻ってるぞ。あんたらが来る頃には全部聞き出してやるよ」

        「助かる、任せたぞ」

         

         

         

        ーーー

         

         

         

        「昨日、取り調べ室にいた男が?」

        「ああ。今、石原警部補が取調べ中のはずだ」

         

        美玖と無事に合流し、遅い昼食の時間。

        ベンチに腰掛けながら、弁当を開く。

         

        「それと、グルルモン、血痕の臭いは覚えたな」

        「アア」

        「先程、石原警部補から聞いたが発見現場周辺で血痕の微かな痕跡が残っていたそうだ。出処を追えるか?」

        「サテナ…ヨリ血ノ濃イ場所ヲ追エルカドウカハ…コノ天気次第ダ」

         

        言いながら、空を見上げるグルルモン。

        先程よりも雲の色は暗くなってきている。

         

        「今日も降りそうね……」

         

        不安げに美玖がつぶやく。

        降水確率は70%、そこそこに高い値だ。

        ベビーカステラをラブラモンと分けっこして口に入れる美玖に、シルフィーモンは聞く。

         

        「ところで、そちらは?賢者の石について調べに行ったんだろう」

        「うん。……やはり、あの石が関係してるんだと思う」

        「…あのペンダントの石か」

        「直美さんとは別に、あの開かずの部屋にはクローンがいたのは間違いない。ミオナって名前の……」

        「こちらも宝石店で聞いたが、一年前に石を持ち込んでのペンダント作製の依頼を滝沢氏が出していたそうだ。…店の者にもどんな宝石かはわからなかったらしい。それを除けば、定期的に金を店から発注していた程度には常連だったようだ」

        「……昨日は、頼まれていたという金を受け取って、滝沢さんは宝石店を出た……」

        「娘を探して、な。直美さん本人ではなく、ミオナの方なのは間違いない」

         

         

         

        ーーー

         

         

         

        夕方近く。

        昼食を終えた美玖達が長野県警に戻ると、気難しげな石原警部補が立っていた。

         

        「どうした?」

         

        シルフィーモンが聞く。

         

        「シルフィーモン…、あの男、だんまりだ。口を全く聞こうともしない」

         

        美玖が尋ねる。

         

        「私達に、彼と話をさせてもらえませんか?あくまで、聞くだけです」

        「……」

         

        それに言葉で返さず、踵を返す。

         

        「……俺は筋トレしてくる。一般人が取調べの真似事なんかするんじゃないぞ」

        「……感謝します」

         

        男がいる取調べ室の前まで来ると、シルフィーモンは美玖を振り返った。

         

        「美玖はここにいてくれ。私が話を聞いてくる」

        「でも……」

        「人間の男というのはどうも、弱い奴に対して態度がデカい奴が多いからな。君が行けばナメられる」

         

        部屋にシルフィーモンが入ると、男は驚きに目を見開いた。

         

        「うおっ、アンタは…もしかして、昨日ここを通ったデジモンだよな?」

        「ああ。…少し座るぞ」

         

        さすがに相手がデジモンとなると、男も大人しく、素直に反応する。

        パイプ椅子に腰掛け、シルフィーモンが言った。

         

        「お互い、昨日はついてなかったな」

        「あ、ああ。そういや、女と一緒じゃなかったか?」

        「私の雇い主だ。昨日、彼女と目的地に向かう途中で犯人と間違われかけてな」

        「犯人…?」

        「身元不明死体の事件のだ。死体を目撃しただけなのに、怪しまれて犯人と断定されかけて、トラ箱に一泊コース。……お前はなぜ捕まった?」

         

        身元不明死体。

        その言葉を聞いた男が固まった。

        それに追い討ちをかけるため、シルフィーモンは続ける。

         

        「昨日…一人の男が負傷した事件があったそうだな。滝沢裕次郎という、身元不明死体の犯人と目された男だ。宝石店で金を受け取った帰りに、誰かに殴られ、刃物で刺されたらしい」

        「な……っ」

         

        男が身体を震わせる。

        ぶるぶると唇を震わせながら、

         

        「……して、ない……俺は、…てなんか…」

        「なんだ?」

         

        尋ねるシルフィーモンへ、男は思いきった様子でしがみついた。

         

        「お、俺はやってない!刺してなんか、ない!」

        「何を、やってないんだ?なら、金の出処が滝沢裕次郎なのは、認めるんだな?」

         

        グスグスと泣きっ面になりながら、男はうなずいた。

         

         

         

         

        ーー昨日の事を、男は話した。

         

        男は、派遣先での倉庫業務を終えて帰る途中だった。

        元々町の住人ではなく、バスで一時間と離れた所からの通いだ。

        少なくとも、昨日も、いつものようにバス停へ向かっていた途中に。

        よたよたと一人の男が暗い道の中を歩いてきて、声をかけてきた。

         

        「すみません」

         

        薄暗い闇の中、顔もよく見えなかったが。

         

        「どうか、どうか、手を貸してくれませんか?」

         

        成り行きで、男に肩を貸し、自宅だという道を共に歩いた。

        その最中に、見知らぬ男の名が滝沢裕次郎と聞き、恐怖心に心が満たされた。

        ーー今、ネットの大型掲示板で、この町の事件の犯人だと噂の殺人鬼。

        ふと、滝沢裕次郎がつまづき、懐から袋が落ちた。

        中からこぼれた金塊に、恐怖心はピークに達する。

         

        (こいつは俺を家に連れ込んで殺すつもりだ。この金だって、殺した奴のーー)

        「どうした?私の家は、すぐそこ」

         

        咄嗟に。

        近くにあった石で裕次郎を殴り、金塊の入った袋を掴んで逃げた。

        無我夢中だった。

        今夜くらいはバスに乗り遅れようが構うものか、忘れよう、と……

         

        「居酒屋に駆け込んで、呑んで騒いで、気づいたら警察署だった」

        「……」

        「なあ、頼む!金を取った事を認める!殴ったことも!でも俺はあの男を刺してない、刺してないんだ!殺してない、信じてくれ…」

         

        シルフィーモンは一瞥をくれた。

         

        「なら、昨日どこで滝沢裕次郎と遭遇したか、案内しろ」

        「頼む、頼む…!」

        「言っておくが私は警察じゃない、お前を釈放するかどうかは警察の仕事だからな。ともかく、おかしな真似はするなよ?石原警部補の極真空手とかいうやつを食らいたくなければな。来るんだ」

         

        シルフィーモンが男を連れ立って取調べ室を出る。

        美玖に目配せし、石原警部補を探す。

        彼は玄関前に立っていた。

         

        「おい、どうする気だ?」

         

        石原警部補は慌てて美玖達の前を塞ぐように立った。

         

        「ちょうど良い所に、石原警部補。この男が昨日滝沢氏を殴った事を認めた。今からこの男が滝沢氏と会った場所へ案内してもらうから、一緒に来てくれ」

        「いくら貸し1にしたからってムチャクチャを言うな!…仕方ねえ、おーい、柏!」

         

        石原警部補は近くを通りがかった若い警官へ声をかける。

         

        「はい!」

        「ちょっとこの男を参考人として外部へ同行させにゃならん。一緒に来てくれ。山口と榊原も呼んでこい」

        「了解しました」

         

        柏と呼ばれた警官が奥へ引っ込む。

         

        「俺の部下を連れてく。逃げ出されちゃ困るしな」

        「感謝する。それじゃ美玖、ラブラモンとグルルモンを待たせるわけにいかない。行こう」

         

         

         

         

         

         

        場所は先程、石原警部補とシルフィーモンが合流した地域に移る。

         

        「…この辺りだ。この辺りで、あの男を……」

         

        男は言いながら、十字路を指差した。

         

        「グルルモン」

         

        美玖の言葉にグルルモンが動く。

        鼻をうごめかせ、臭いを探す。

        今にも泣き出しそうな空が、ついに雨を降らせていた。

        まもなく、グルルモンの動きが止まった。

         

        「ココダ、血ノ臭イガ一番濃イ」

         

        見れば、血痕が大きく残っている。

        そこから、点々と残っているようだ。

         

        「思い出せ、滝沢氏は負傷していたか?」

        「わ、わからない…暗かったし、覚えてない」

         

        問いかけに男は首を横に振る。

        美玖がグルルモンに言った。

         

        「滝沢さんの血の匂いを追って、グルルモン。どこから来たか、辿りましょう!」

         

        グルルモンはうなずき、早足で歩いて行った。

        そして、たどり着いた先は、石原警部補が若い女に聞き込みを行っていた家の前。

        血痕は、そこから続いていた。

         

        「ここで、刺された?」

        「ソノヨウダナ。別ノ奴ノ臭イガスル。……人間ノ臭イジャナイナ」

         

        美玖がツールのライトで照らすと、二種類の足跡が入り乱れていた。

        裕次郎のものらしき足跡とは別に、もう一つの足跡はどうやら女性のもの。

         

        「……こちらの足跡を追いましょう。グルルモンもついてきて」

         

        美玖がライトを照らしながら、行先を辿る。

        そこは、空き家であるはずの家へ続いていた。

        石原警部補が部下の若い警官三人に指示を出す。

         

        「突入だ、裏口へ回れ!」

        「「「はい!」」」

         

        ーー空き家の玄関にカギはかかっていない。

        足跡は暗い建物の中へ続いている。

        警官三人とはそこで鉢合わせた。

         

        「そっちもダメか」

        「申し訳ありません」

        「気にするな」

         

        たどり着いた先はリビングだ。

        リビングには家具は大きなソファ以外にない。

        そのソファの下に敷かれたカーペットは、たっぷりと水気を吸っていた。

         

        「……もしかして、乾燥を防ぐためかしら?」

         

        足跡はその周辺で途切れている。

        周辺の埃から、最近動かした形跡があった。

         

        「ソファとカーペットをどかして下さい!」

        「ああ!」

         

        それらの物をどかすと、隠し階段が現れた。

        滝沢邸の開かずの部屋にあった、地下への階段と同じ作りだ。

         

        「ここは…下へ降りるしかなさそうだな」

         

        シルフィーモンはつぶやき、石原警部補に言った。

         

        「石原警部補、その男を部下に連れ帰らせろ。それで、急いでさっきお前が聞き込みをしていた若い娘を探させるんだ!……もう一つ、この町の人間に、不要に下水周辺に近寄らないように発令を!」

         

        石原警部補は驚き、尋ねる。

         

        「何が起こるって言うんだ!?」

         

        シルフィーモンと美玖は互いにうなずき合い、こう返した。

         

        「「何かが起こってしまう前に」」

         

         

         

         

         

         

        階段を降りた先は地下水道。

        真っ暗で、鼻を塞ぎたくなる臭いが辺りに満ちている。

        滝沢邸の下と違い、こちらは水の流れが非常に緩やかだ。

        シルフィーモンを先頭に、石原警部補、ラブラモン、美玖、グルルモンの順に並んで進んだ。

         

        「石原警部補、これを。壁に掛かっていました」

        「これは、懐中電灯か」

         

        単1形乾電池を四つ使用するタイプの大きな懐中電灯。

        付いていた汚れを見るに、かなり使い込まれたもののようだ。

         

        「デジタルポイントではないからモーショントラッカーは作動できないようね…気をつけて」

        「わかった」

         

        探査機が作動しないということは、相手にこちらの動きを気取られたり逃走や奇襲の予測ができないということだ。

        シルフィーモンはうなずき、歩みを進める。

         

        「それにしても、地下水道に繋がってたとはな。こりゃ余程の事とは言わんが、犯罪者の巣窟になる可能性はあるぞ」

         

        石原警部補はうなる。

        家に細工をしておけば直通で逃げ道の確保が可能は捜査網には中々厄介な話だろう。

        そこで、ラブラモンが美玖を振り返った。

         

        「せんせい、なんかへんなにおいがする」

        「えっ?」

         

        前方、10m先。

        そこで、何やら壁と地面が、黒く焦げている。

        近寄れば、黒く燃えた何かが転がっていた。

         

        「何かが炭化した?」

        「誰だ、こんな所でゴミを燃やしたのは」

         

        だが、もっと近寄って明かりを照らせばーー

         

        嗚呼、それは、人体だ。

        昨日、美玖とシルフィーモンが目にした…

        黒く焦げたトルソーのような胴体、ちぎれた手足が散乱している。

         

        「ここで燃やしてから、外に運んだのね…。燃やせばDNA鑑定はともかく外見での判別が難しくなる」

         

        なにより、DNA鑑定や歯型だけで身元特定のための照合サンプルが必要になり時間もかかる。

        必ずも一発で身元が割れるわけではない。

         

        「……?」

         

        手首までちぎれた左手のみのパーツに違和感。

        美玖がそちらを見ると、その左手は微かに指を動かしているように見えた。

        断面は黒い靄のようなものがかかり、やがて。

         

        「!」

         

        それは、五本の指を支えに動き出した。

         

        「おい、どうし…手だけが動き出した!?」

         

        美玖の反応から異常に気づいた一同が驚いて一歩退いた。

        美玖が、震える手でそれを指差す。

         

        「あ、あの手……」

        「美玖、何かわかっ」

        「はんど君!本物のはんど君だ!!」

        「…………は?」

         

        シルフィーモンが呆気にとられて美玖を見た。

        彼女は目を輝かせ興奮している。

        石原警部補が納得したような声音をあげた。

         

        「ああ、確かに…似てるな」

         

        手はカサカサと這い回るばかり。

         

        「何のことだ?」

        「昔にあった映画で動く手だけの…登場人物っていうのか?まあ、映画に出てたそれに似てるって話だ」

        「…今一歩理解できないが、人間の身体は切り離されれば普通は動かないんだよな?」

        「おう」

        「…ひとまず追い払うか」

         

        シルフィーモンの足が跳ね上がる。

        ポーンとサッカーボールの要領で蹴り上げられ、動く手はたちどころに姿が見えなくなった。

         

        「あっ、はんど君が……」

        「美玖、あんなものに構うな。先を急ぐぞ」

         

        どことなく残念そうな美玖を急かし、シルフィーモンはさらに奥へと進む。

        やがて、扉が見えてきた。

        扉には複雑な鍵がかかっている。

        電子錠でもないため、ツールを使ってのハッキングもできない。

        だが、シルフィーモンはそのピッキングに取り掛かった。

         

        「これは難解だが……ここをこうして……」

        「大丈夫?」

        「ああ」

         

        知恵の輪を解くようなもので、解くのに時間がかかってしまったものの。

         

        「……よし、やっと開いた。手こずったな」

        「スゲェな…」

        「二年前の仕事の時の方が色々と楽だったよ」

         

        そんなやりとりを石原警部補と交わしながら、シルフィーモンは扉を開いた。

        ……その先は。

         

        「こ、これは……」

         

        そこは、滝沢邸の研究室と似通いながらもより異様だった。

        幾つも並ぶ2mほどのガラス管。

        その中には裸体の女性が、一本につき一人ずつ、それが十組以上も入れられている。

        ガラス管の培養液の中で揺蕩う、同じ顔、同じ髪の色と長さ。

         

        全員の口からかすれた声で、同じ名前がつぶやかれた。

         

        「……滝沢、直美……」

         

         

         

         

        十数個もの屹立したガラス管、その中を満たす培養液、その中に浮かぶ十何人もの”直美”。

        それはまさに、美玖が直美から直接聞かされた夢の一部そのものだった。

        しかし、あるものは腕がなく。

        あるものは脚がなく。

        ある悲惨なものは内側から胴体が裂け、心臓があるべき部分には空洞が広がるばかり。

         

        「こ、これが全部直美さんのクローン!?こんな事が人間にできるのか…!」

        「グウゥゥ……コンナモノ、デジタルワールドデモ見タコトガナイゾ」

        「おぞましい!おぞましいが…!直視出来ないほどじゃない」

         

        シルフィーモン、グルルモンがたじろぐ一方で石原警部補は呻きながらもその光景を見据えた。

        ラブラモンは変わらず、鋭い目つきでガラス管を睨みつけている。

         

        「これまでの身元不明死体は、クローンを何体も作って持て余したものを、処分してたのね…」

         

        美玖はつぶやきながら、部屋に置かれた机を見た。

        そこには幾冊もの本と、殴り書きがされたメモが置かれていた。

         

        『1.21ジゴワット』

        『心臓は作れない』

        『私はだれ?』

        『お父さんの本当の娘に』

         

        そんな脈絡のない殴り書きが目に入る。

        そして、ある一文が大きく赤ペンで何重にも囲うように書かれ、

         

        『ホムンクルスは短命で長くも二年までしか生きられない』

         

        「ホムンクルス?」

         

        書き込みを見た問いかけ。

        美玖はそんな問いかけに答えるため、自身が図書館で調べてわかったことを話した。

         

        「…だから、直美さんのクローン…ううん、ミオナは自身がいつ死んでもおかしくない状況に不安になって、何をするかわからなくなっている」

        「それが身元不明死体の真相というわけか?」

        「多分、ね…だから、彼女を止めましょう」

         

        その時、突然ガラス管に接続されていたコイルが電気を纏い回り出した。

        直後、頭上で大きな音。

         

        「何だ、今の?」

        「雷だろ、今の。どっかで落ちたか…音からして結構大きい雷みたいだな」

        「それより、見て!機械……が……」

         

        指差そうとした美玖の手が止まった。

         

        「どうした?」

        「……皆、ガラス管から離れて!」

        「えっ?」

         

        美玖は見てしまったのだ。

        ガラス管の一つ、その中で動くものがガラスを内側から殴りつけている姿を。

         

        ガシャーン!!

         

        ガラス管が破られ、這い出る人影。

        だらりと垂れ下がった長い髪の間からこちらを見る目には感情が一切宿っていない。

        壊れたマリオネットのように立ち上がる姿は、元が美しいだけに醜悪だ。

         

        「…まさか、さっきの雷…」

        (そういえば…)

         

        開かずの部屋に置かれていた、フランケンシュタインの本を思い出す。

        フランケンシュタインの怪物は、つぎはぎの死体に雷の電力を流し込む事で生み出された存在。

        そう、小説の中でしかないと思っていた事が、目の前で起きている。

         

        「……石原警部補!」

         

        バッグから小麦粉を取り出す。

        これも買ってきたカッターで袋の一部を大きく切り裂く。

         

        「石原警部補、これを投げつけて下さい!」

        「何を……小麦粉!?そんな物でどうするんだ?」

        「後で説明します!効果があるとわかるのならこちらとしても助かる事なんです」

         

        有無を言わさぬ彼女から小麦粉の袋を受け取ると、肩に力を込め。

         

        「でぇありゃああ!!」

         

        ほぼ絹を裂くような叫びと共に投げられた小麦粉。

        辺りに白い粉が舞い散る。

        その中で、こちらに襲いかかるため動き出していたクローンは、先程よりも緩慢な様子を見せていた。

        小麦粉をかぶった皮膚は水分を失ってか徐々に老婆の肌のように乾き、皺が寄っていく。

         

        「効果が全くないわけじゃないね」

         

        シルフィーモンもグルルモンも、その様子を、戦闘態勢をとりながら見ていた。

         

        「だが、これで本当に倒せるのか!?」

        「それは、わたしがみる」

         

        前へ進み出たのはラブラモン。

         

        「おまえのなかのいのちのありかた…みせろ!」

         

        ラブラモンの赤い瞳が一瞬、緑色へ変化する。

        アヌビモンとしての権能だ。

        本来ならデジモンの魂の善悪を見抜く力だ。

        その力を持って、ラブラモンは目の前のクローンを凝視する。

         

        (……これは……!)

         

        魂のないヒトガタの内部に、幾つもの球状の物質が生成され、それらは互いに”共喰い”をし合っていた。

        共喰いを重ねる程に肥大化していくはずの球状の何かは小麦粉をかぶった影響からか少しずつ縮小。

         

        だが、ラブラモン、否、アヌビモンが驚愕したのはその球状の物質。

        それは、紛れもなく電脳核(デジコア)だ。

        電脳核が電脳核を喰い合う状況。

        しかし、デジモンという範疇で、アヌビモンはこれに似たものを知っている。

         

        (まさか、死の進化(Death-X(デクス)か!)

         

        X抗体デジモンに見られたある現象。

         

        死んでなお、存在し続けるためだけに他のデジモンの電脳核を喰らい続けて死にながら生き続けるという、アヌビモンからすれば身の毛のよだつ恐るべきもの。

        アンデッド型デジモンに分類されるが、これまでこの死のX-進化(Death-X-Evolution)を初めて行ったのは……皮肉な事に、ドルモンから成る進化形態のデジモン達だ。

         

        だが、アヌビモンとしての権能で視ている間に、クローンはやがて電池が切れたかのように倒れ、動かなくなった。

         

        「……どうなの?ラブラモン?」

         

        美玖が尋ねる。

         

        「…うん。こいつのなかで、でくすりゅーしょんが起こってた。しんじられないことだけど」

        「死のX-進化(デクスリューション)だと!?」

         

        シルフィーモンとグルルモンが愕然とする。

         

        「まさか、ドルグレモンのデータを使っていた影響からか?」

        「たぶん、そう」

        「だとしたら、滝沢氏の研究はかなり危険だったことになるぞ!」

         

        死の進化によって生まれたデジモンの恐ろしさを、シルフィーモン達も知っている。

        生存、いや、存在するためだけに他者を喰らい続ける悪鬼が如き在り方。

        それは、ミオナにも起こり得る可能性を示唆している。

         

        「ひとまず、☆☆病院へ戻ろう。今頃に目を覚ましているかもわからんが…」

        「移動中、石原警部補には、なぜ小麦粉を投げさせたか説明しますので…」

        「お、おう!」

         

         

        ーーー

         

         

         

        そして、☆☆病院の受付へ、美玖達は駆け込んだ。

         

        「警察だ。すまないが、滝沢裕次郎の今の容態について聞きたい!」

         

        警察手帳の掲示と共に尋ねる石原警部補。

        対応に出たのは、直美を連れて行った時に出てきた看護師とは別の人物だった。

         

        「警察の方ですか、滝沢裕次郎さんでしたら先程目を覚まされましたよ」

        「本当か!」

        「すみません、今から面談させていただいても構いませんか?至急、滝沢さんにお尋ねしたいことがあって…」

         

        美玖の問いに、看護師は待つよう伝えると、他の看護師と何やら話し合う。

        そして、戻ってくると、

         

        「10分の間でなら。御用が済みましたら必ず退室をお願いしますね」

        「わかりました!」

         

        部屋番号を教わりそこへ向かう。

        美玖、シルフィーモン、石原警部補の三人だけで入室すると、そこには写真で見た男性がベッドにいた。

         

        「初めまして、滝沢裕次郎さんですね?」

        「ええ、初めまして。…あなた方は…」

        「長野県警の石原警部補です。こちらは、五十嵐探偵所の者達です」

         

        美玖とシルフィーモンが一礼する。

        彼女の顔を見た裕次郎は口を開いた。

         

        「あなたは…ニュースで顔を見た事が…」

        「五十嵐探偵所所長の、五十嵐美玖です。この度は、あなたを案じたある方からの依頼で身元不明死体の事件を調査しておりました」

        「ある方?」

        「匿名希望のためお名前は出せません。ですが、依頼人はあなたをたいへん心配しておりました」

         

         

        そこへ、病室のドアが開かれた。

        チャッチャッと爪の硬い音が聞こえ、ラブラモンが入ってくる。

        裕次郎はハッとラブラモンの方を見た。

         

        「……けんきゅうしつをみせてもらった。おまえは、きんきをおかしたな?」

        「ラブラモン!」

         

        美玖が慌ててラブラモンを抱き上げる。

         

        「すみません、この子は…」

        「いや、良いんだ。…あなた方も、私の研究室を見たんだね?」

        「ああ」

        「……そうか」

         

        石原警部補の返答にうつむく裕次郎。

        ラブラモンを抱えながら、美玖は頭を下げた。

         

        「…お願いします、あなたの力を貸してください。このままでは、あなたの…もう一人の娘さんであるミオナが、何をするか…」

        「!!」

         

        裕次郎の顔が勢いよく上がった。

         

        「ミオナの事も知ってるのか!」

        「…はい」

         

        しばらく黙った後、彼は美玖の目を見ながら言った。

         

        「私は、罪を犯した。だが…あの子に、ミオナに罪はない。約束してくれ。ミオナには手を出すな」

         

        その言葉と目に、強い意志が感じられる。

        美玖も静かにうなずいた。

         

         

         

        ……そこから裕次郎は、昨日の事を話し出した。

         

        その日。

        夕方になってもお使いへ寄越したミオナが帰ってこない事に、悪い予感を覚えた裕次郎は。

        贔屓にしていた宝石店を初めに町のあちこちを走り回った。

        そして、あの空き家の前でミオナを見つけた。

        二人はそこで口論になり、そして裕次郎はその最中で”怪我”をした。

        ……事故だった。

         

        「そこから戻る途中で、無職の男に助けを求めたが、ネットでの噂を鵜呑みにしていた彼に殴られて病院送りになったのか」

         

        シルフィーモンがつぶやく。

         

        元々、ミオナは、直美の延命のため賢者の石を作成に行き詰まった所落ちてきたデジモンから発想を得て生まれたホムンクルス。

        そのデジモン、ドルグレモンのデータを消滅寸前のところで抽出し、直美の遺伝子データに加え人体に含まれるとされる成分を元に精製された肉体に注入されて生み出された。

        …しかし、成功例は、ミオナ以降いなかった。

         

        「その頃の私は、ミオナを直美の心臓移植用のクローンとしか考えてなかった。…だが」

         

        移植を実行する前に、二人の細胞で実験をした。

        その結果…拒絶反応が出た。

         

        「それで、私は気付かされたんだ。自分の愚かさに。直美とミオナ。よく似ているが、他人だったんだと。そこから、ミオナへの感情も変わっていったんだ。どちらも、私の大切な娘だ。片方を犠牲に片方を生かす。そんな残酷な事はできない」

         

        そこで、シルフィーモンは尋ねる。

         

        「念の為に聞きたいが、地下水道にあなたの研究室とよく似たものが作られていた事はご存知ですか?」

        「地下水道…?いや、私の研究室は私の家の中だけだ」

        「じゃああれは、ミオナが作った研究室か」

         

        かさり

         

        サイドテーブルからベッドへ、一枚の紙が落ちた。

        その紙には、短い一文で

         

        『さよなら お父さん』

         

        と書かれていた。

        これを見た石原警部補が尋ねる。

         

        「もしかして、直美さんが我々より先に訪ねてきていましたか?」

        「いや、私は先程目覚めたばかりだ。…誰も来てない、と思うが…」

        「それなら…きっと、ミオナだわ」

         

        美玖が紙を見つめた。

         

        「…それでも、ミオナはあなたからすれば血の繋がらない存在だ。その上、ホムンクルスとしての寿命が近づいているらしい。あなたの本当の娘になるために何をするかわからないぞ」

        「そんな!」

         

        シルフィーモンの言葉に裕次郎は目を剥いた。

         

        「ミオナは寿命なんかじゃない!」

        「えっ?」

        「どういうことです?」

        「ミオナはデジモンのデータから強い生命力を引き継がせることに成功したホムンクルスだ。…むしろ、デジモンとホムンクルスのハイブリッド、といっていい。だから……今が寿命だなんて、ありえない」

         

        喘ぐように言う裕次郎。

        その言葉に嘘は見受けられない。

         

        「それなら」

        「ミオナは思い違いから身元不明死体事件を起こしていたってことになる!」

         

        美玖がラブラモンを下ろして言った。

         

        「直美さんの部屋へ!もうじき面会時間も終わるし、ミオナがここに来ていたって事は」

        「直美さんの部屋へ急ぐんだ」

         

        石原警部補とシルフィーモン、ラブラモンが部屋を出る。

        一人、敢えて遅れて残った美玖は、しかし背を向けたまま尋ねた。

         

        「……もう一度、確かめさせて下さい。あなたにとって、ミオナは本当に大切な娘さんなんですよね?ただの臓器移植用の道具ではなく?」

         

        裕次郎は答えた。

         

        「ああ、臓器移植のための存在じゃない。ミオナも……私の大切な娘だ」

        「……わかりました。必ず、ミオナも直美さんも、無事にあなたの元へ帰せるようお約束します」

         

         

         

        美玖が駆けつけると、直美の病室には倒れた男性看護師しかいなかった。

        石原警部補が起こしながら尋ねる。

         

        「おい!しっかりしろ、何があった!?」

        「な、……直美さんが、ふたり、いて…一人が…」

         

        男性看護師の答えはまるで要領を得ない。

         

        「くそっ、先を越されたか!どこへ行った?」

        「それなら近くにいた人に!」

         

        美玖が部屋を出て、近くにいた看護師をつかまえる。

         

        「すみません、この近くでよく似た二人の若い女性を見ませんでしたか!?」

        「え、ええ…さっき、階段を上がって行きましたよ」

         

        看護師が言うに、意識のない一人をもう一人が支えていて、心配して尋ねれば

         

        「気分が悪いようなのでちょっと屋上まで、と…」

        「屋上か、急ぐぞ!」

        「あ、あのっ!?」

         

        階段を駆け上がっていく。

        石原警部補が舌打ちした。

         

        「一体何のために滝沢直美を?復讐するつもりか!」

        「違う!」

         

        美玖は首を横に振った。

         

        「多分、復讐するにしても見せしめとかではありません!そんな形の復讐なら、とっくにさっきの部屋で殺してもおかしくない」

        「じゃあ、何が目的だっていうんだ!」

        「……本人に聞きましょう」

        「そうだな」

         

         

         

         

         

         

         

        屋上に上がった美玖達。

        その先には、意識を失った状態でストレッチャーに載せられた直美と、彼女に接続された謎の機械を操作するミオナがいた。

        美玖達に気づくと、傍らの直美にメスを突きつける。

         

        「やめて、ミオナ!」

         

        美玖が叫ぶ。

        戸惑った表情でミオナは彼女の方を向いた。

         

        「あなた達、誰!?なぜ私の名前を」

        「滝沢さんから聞いたわ。他にも、色々と知ってる!」

        「なら…なら、私が紛い物の生命だってことは知ってるでしょ!?お願い…役に立つ形で死なせてちょうだい」

         

        そう訴えるミオナに問いかけを投げる美玖。

         

        「何をするの」

        「私の心臓を、直美に移植する。直美はそれで……生きられる」

         

        ああ、だからか。

        一歩、進む。

        かすかな光を吸って、メスが光った。

         

        「ミオナ、あなたの人生は、あなたの物よ。無理矢理自分を誰かの人生のレールにする必要はないわ」

        「そもそも心臓いしょ……むぐぅ」

         

        口にしかけた石原警部補を、シルフィーモンが強引に引っ張っていく。

        ラブラモンも空気を読んでかついていく。

        小声でシルフィーモンが言った。

         

        (交渉(ネゴシエイト)中だ、外野の我々は様子を見よう)

         

         

        美玖の言葉にミオナは言い淀む。

         

        「でも…それだと、直美の命が…」

        「あなたのお父さんは言っていたわ、ミオナ。あなたも直美さんも大切な娘だ、片方を犠牲にもう片方を生かす。そんな残酷なことはできないって」

        「……でも……」

         

        雨の中、涙がぼろぼろとミオナの目からこぼれ落ちた。

        堰を切ったように彼女は訴える。

         

        「でも、私……もうじき、死んじゃう……」

        (そうだよね、寿命が近いと思ってるから…けれど)

         

        不安を取り除く。

        心臓移植ができない、その事実を彼女に知らせるのは…後だ。

         

        「大丈夫よ。あなたのお父さんは言っていたわ。あなたはデジモンの強い生命力を受け継いだホムンクルス。まだ、寿命じゃない」

        「え…………?じゅ、寿命じゃ……ない…?」

         

        しばしの間時間は過ぎて。

         

         

        ミオナはメスを取り落とし、膝から崩れ落ちた。

        自分はまだ寿命ではない、父は自分の生存を望んでいる。

        それを知ったゆえの脱力感だろう。

         

        その時、頭上を一際大きな稲光がよぎった。

        轟音と共に、病院の周辺がまっ暗闇に包まれる。

         

        辺りで驚きの声があがるのを聞いた。

         

        「…終わったようだな」

        「それにしてもまたデカい雷だな。しかも停電か……ん?」

         

        突然、何かが屋上へとよじ登る気配。

        目の前を飛び出したのがグルルモンと知って、石原警部補は危うく気絶しかけた。

         

        「どうした?グルルモン」

        「地面ノ下カラ何カ来ルゾ!」

        「地面の下?」

         

         

        どぉん!!

         

        「!?」

        「何?一体なんなの!?」

         

        真下から突き上げるような振動。

        シルフィーモンが屋上から下を見下ろし、彼の目は闇の中で道路を引き裂き現れる蛇のようなシルエットを捉えた。

        それは、コンクリートの下から汚水と共に現れ、粘土のように自らの形を形作っていく。

        蛇のように見えるそれは、そこに集合して合体した全てが、滝沢直美のパーツだ。

        やがて、長い首、大きな翼、短い脚に長い尾。

        それは、遠目に見ていた美玖達の前でおぞましい吠え声をあげた。

         

        「あれは……」

         

        シルフィーモンがその姿をつぶさに見た。

        両目を覆う肉のプレート。

        鼻をうごめかす姿。

        口からしゅるりと覗く蛇のような長い舌。

        姿はドルグレモンに酷似していたが、先程のクローンの様子から大体想像がつく。

        つまり……

         

        「デクスドルグレモンになったのか…!あれを野放しにするのは危険だ!」

        「いや、それより」

         

        石原警部補がうめく。

         

        「こっちに来るぞ!」

         

        クローンがより集まって生まれたデクスドルグレモン。

        それが、猛烈な勢いで病院めがけて地面を走ってきた。

         

        「な、なにあれ、こっちに」

         

        その姿に声を震わせるミオナ。

        美玖が咄嗟に振り返る。

         

        「直美さんと一緒に私達の後ろへ下がってて!」

         

        デクスドルグレモンは病院前にたどり着くと、前足の爪を壁に突き立てた。

        鼻先を屋上へ覗かせ、匂いを嗅ぐ。

        その鼻先は、シルフィーモン、ラブラモン、グルルモンと移動し、ミオナと直美の方へしきりに鼻腔が開閉を繰り返す。

         

        「まさか…直美さんとミオナを狙って…!」

         

        美玖はグルルモンに背負わせていた小麦粉の袋を即座に切り裂き、石原警部補に渡した。

         

        「石原警部補!」

        「お、おう!」

        「姿と大きさが変わっても弱点は同じはず…頼みます」

         

        渡された小麦粉を、石原警部補は抱えて走る。

        そして、鼻先を覗かせていたデクスドルグレモンの胴体めがけてその袋を落とした。

        小麦粉の当たった部分が煙をあげ、グズグズに崩れていく。

        そんな状態であるにも関わらず、デクスドルグレモンは屋上へ上体を乗り上げようとした。

        その時、美玖に見えた。

         

        崩れた肉の間に現れた、大きな球状の塊を。

         

        「あれ、もしかして電脳核?」

        「あれを壊してしまえば、動きは止まるかもしれない」

        「ヴァルキリモン、出てこい!お前も手伝え!」

         

        ラブラモンの声にヴァルキリモンが出現した時。

        タイミングを同じくして、デクスドルグレモンは遂に屋上へ上体を乗せ上がった。

        首をもたげ、睥睨しているデクスドルグレモン。

        小麦粉を浴びて崩れたはずの身体が、クローン個々にある電脳核の喰らい合いからくる増殖・新陳代謝に似た死の進化の働きにより瞬く間に再生していく。

        たちどころに、最も大きな電脳核は見えなくなった。

         

        「傷を修復しやがった!?」

        ーーーそのようだ、だが手はあるよ。

        「て、誰だあんた!?」

         

        驚く石原警部補にヴァルキリモンは薄く笑んで。

         

        ーーーあの電脳核が弱点ならば砕くこともできようさ。

        「そうだな、おまえのけんのれいきなら、でじこあをはかいしつつしゅうへんのさいぼうのでくすりゅーしょんをおさえられるだろう。やるぞ」

        「凍らせる事で、細胞組織を破壊し、再生させにくくするんですね」

         

        『フェンリルソード』の冷気を近くで浴びた感覚を思い出す美玖にヴァルキリモンはうなずく。

         

        ーーーさあ、こじ開けてくれたまえ。

        「やるぞ…!」

        「ええ!」

         

        胸元が熱い。

        光の矢で狙いを定める美玖の胸で、光が生まれた。

        薄桃色とオレンジゴールドの光を放つ、二つの紋章が、燃えるように輝いた。

         

        (約束したから…必ず、滝沢さんの元に帰すって!)

         

        その想いを込め、美玖はデクスドルグレモンに向けて聖なる光の矢を放った。

        小麦粉が投げられ、

         

        「『トップガン』!」

        「『カオスファイヤー』!」

        「『レトリバーク』!」

         

        集中攻撃を受けたデクスドルグレモンは大きくよろめく。

        崩れた体組織がボロボロとこぼれ落ちる中、再びその姿を現した電脳核は、死の進化の影響か不気味な赤い輝きを放っていた。

         

        ーーー『フェンリルソード』!!

         

        高速、斬撃。

        ヴァルキリモンの剣が電脳核を真っ二つに切断。

        その周りが凍りつく。

        魔剣の凍気を受け壊死していく細胞は死の進化を継続する事が難しくなり、電脳核なしで集合体となった肉体の維持ができなくなる。

        デクスドルグレモンの形を成していたモノは、形を失い大きく崩壊していった。

         

        「ーーミオナ!」

         

        声に美玖達が振り返る。

        石原警部補の部下達に支えられた裕次郎がいた。

         

        「…お父さん!!」

         

        ミオナが駆け寄り、裕次郎はそれを抱き止める。

        嗚咽が、屋上に響き渡った。

         

        「……終わったな」

        「帰りましょう。直美さんも、元の病室へまた寝てもらわないと…」

         

         

         

        ………

         

         

         

        未だ眠ったままの直美を元の病室へ運び、改めて二人の話を聞くことになった。

         

        先程も伝えられた通り、裕次郎は直美の延命のため賢者の石を研究しており、その途中ホムンクルスの技術と死ぬ間際のドルグレモンから抽出したデータからミオナを生み出した。

        一方ミオナは、ホムンクルスが短命と知った一年前から、自らの延命のためミオナ自身のクローンを造っていた事を話す。

        しかし、裕次郎と同じように、試みは全て失敗した。

         

        「……殺人事件なんて、最初からなかったんだ」

         

        シルフィーモンがつぶやいた。

        あのクローン達も、雷のような強烈な電気がなければただの肉の人形だ。

        生命など始めからない状態だったのだ。

         

        「最初から、ミオナと滝沢氏が素直にお互いの事を話していれば」

         

        無職の男が、裕次郎を殴らなければ。

        周りの悪意や無意味な義憤、無知が、存在しない殺人鬼の影を作り出していたのだ。

         

        「……でも、良かった。一人も犠牲者が出なくて、本当に良かった」

        「ただ、あのデクスドルグレモンもどきの後始末やら、結局滝沢裕次郎に向けられた犯人と見なす向きをどうにかしなければだがな」

        「そこは…ほら」

         

        美玖が意味ありげに、シルフィーモンの方を向く。

         

        「うちには、コネやツテを持った優秀な助手がいますから」

        「何から何まで私任せにする気か、どいつもこいつも…」

         

        盛大にため息をつき呆れるシルフィーモン。

        石原警部補がニヤついた顔を見せた。

         

        「だな、うちの署にも欲しいくらいだ」

         

         

        ふと、美玖はある考えがよぎった。

        そうだ、ミオナは寿命を心配する必要はない。

        けれど。

         

        「……シルフィーモン」

        「何だ?」

        「直美さんの、心臓のことを考えてた」

         

        人間だけでは打つ手がないのなら。

         

        「シルフィーモンのコネで、腕の良い医者なデジモンはいないの?」

        「…美玖」

         

        彼女が何を考えているかわかる。

        だから。

         

        「美玖、そこは私達の管轄じゃない。いないとは言わないが…それに君が私情を持ってまで対応する必要はないよ」

        「でも、なんとかしてあげたい。人間の方で治すのが絶望的なら、デジモンの力でどうにかできない?」

        「………」

         

        シルフィーモンは沈黙。

        ジッと見つめる美玖。

        やがて、観念したように、シルフィーモンは言った。

         

        「いないわけじゃない。腕は確かだ。……だが、人間をやたら手術したがるド変態だぞ。そこに目をつむれば、タダ同然で手術するとうそぶいてるが…やめるなら今のうちだ」

         

        それでも、意思は変わらなかった。

         

        「お願い」

         

         

         

         

         

        ーーーー

         

         

         

         

         

        ☆☆病院に出没した巨大な化け物の噂は、たちまち病院周辺の目撃者の証言や撮影されてネットに投稿された動画から広まった。

        これに対し、一部の報道をシルフィーモンのコネから複数のパブリモン達による情報操作で対応。

        数多の誤情報をネットに流すことで、怪物に関する詮索を牽制した。

         

         

        『怪物はデジモンであり、これまで発見された身元不明のバラバラ死体は怪物による犠牲者のものだった。これに対し、長野県警の石原警部補と出張中の五十嵐探偵所所長とメンバーのデジモン達が応戦。怪物は退治された』

         

        このような話がネットに流され、やがて裕次郎を犯人視する声はなりを潜めていった。

        遠くないうちに、死体騒ぎと化け物騒ぎは、忘れられていくだろう。

         

         

         

        ーーー

         

         

         

        一方、シルフィーモンの紹介を受け、美玖と裕次郎、直美は医者をしている一体のナノモンの元を訪れる。

         

        「おっほほほほほーう!!なんとこれはこれは!本当にあいつの言う通り、人間の患者が来てくれたぁ…ありがたい。これで我が寿命が一年延びるというもの、あっはははー……おっと、失礼失礼!」

         

        エキセントリックな言動に、不安がよぎったものの。

        結果的には、手術は成功。

        ナノモンが自らのウイルスを改造した医療用ナノマシンを注入することで、直美の体内の弾丸は無事に摘出された。

         

        (…確かに、デジモンは危険な存在だけれど…人を幸せにすることだって、できる)

         

        そんな事を、美玖は思った。

         

         

         

         

         

        ーーー

         

        裕次郎、ミオナを交えての話し合いで、ミオナは五十嵐探偵所へと同居することになった。

        裕次郎は、ミオナが人間らしく暮らせるようにと、以前から戸籍の取得や免許証取得など彼女に取らせていたという。

         

        「これから、よろしくね。美玖、シルフィーモン、ラブラモン、グルルモン」

         

        彼女は笑った。

         

        「こちらこそ!」

         

        その胸に、赤い石が光る。

        事件の後に裕次郎がミオナへ贈った、デジコア・インターフェースを模したペンダント。

        …その石は、直美のものと同じ、ただの石ではなかった。

        賢者の石、完成には一歩及ばずも極めて近い性質を持って作成の実現したものが。

        ミオナが生まれた日、ミオナが”寿命を迎える”と怯えていた日に贈られたのである。

        結果を言えば、ミオナは確かに、寿命を迎えることはなかったわけだ。

         

         

         

         

        ……その後日、五十嵐探偵所を訪れた直美は、美玖にお礼を言いに来た。

         

        「ありがとうございます。何からにまで…父への嫌がらせもなくなって、本当に、感謝しています」

         

        ……その様子を、ミオナは陰から見つめていた。

        シルフィーモンが声をかける。

         

        (会わないのか?)

        (…うん。これからも、私は、直美に会わない方が良い。そう思うの)

         

         

         

        ーーー

         

         

         

        美玖は、のちに近況報告を、三澤警察庁長官へ行った。

        通話のやりとりで、美玖は、今回の事件の事を話した。

         

        「……三澤警察庁長官」

        『なんです?』

        「警察というのは、やはり、誰かに信頼される仕事であるべき…ですよね?」

        『…正義や信念に縛られなくて良いのですよ。五十嵐さん』

         

        三澤の声はいつもより穏やかで。

         

        『肝心なのは、正義や信念に囚われ過ぎず、市民が安心して暮らせる土台を築き、守ることです。……最近は、それをわかっていない者が多いようですがね』

         

         

         

        ……………

         

         

         

        後日。

        一通のメールが、探偵所に届く。

        送り主は滝沢裕次郎。

        内容は、謝礼と人探しの依頼。

         

        『私の友人を探して欲しい』

         

        裕次郎の話によると、友人が姿を消したのは四年前。

        時を同じくして、世界各地で、ある事件が起きてもいた。

        …デジタルウェイブの研究者が、何者かにより殺害されていたのだ。

         

        『私の兄と、妻の花江も、デジタルウェイブの研究者でした。それが、あんなことに』

         

        裕次郎の兄は、同じ年に何者かによって妻とは別の場所で殺害された。

        そして、デジタルウェイブの研究者が狙われ、殺害されていく背後に友人が関わっているという情報を得ていたのである。

         

        『どうか、彼を探して欲しい。デジタルウェイブの研究者はデジタルウェイブを操作・管理する権限を持つ。でなければ…』

         

        25年前に世界中に襲いかかったイーターの脅威。

        イーターを制する鍵は、デジタルウェイブにある。

        それを制御する者がいなくなったら、誰もイーターを止める術がなくなる。

         

        送られた友人の情報と顔写真。

        それを見た美玖とシルフィーモンは、険しい表情になった。

         

        「……こいつが……」

         

        その人物の名は、湯田悟。

        その顔はまさしく、数ヶ月前にホテルの支配人と依頼人を装い、美玖とシルフィーモンを罠に陥れたあの男のものに他ならなかった。

        #4158

         えんだあああああああいえええええ翌日なのに普通に事件持ってこられる奴。というか普通に隣家に響いてるとかどんだけ凄まじかったんだ初んほおおおおお。近所の御夫婦も良いキャラしておられるので次回以降の再登場に期待致します。
         
         今回は火の鳥未来編というかハガレンというか。ブラドベリイよ、やはりお前もダメだったか……!
         フランケンシュタイン(の怪物)も絡められているので、数多製造されたクローンが落雷により起動というホラー展開も挟みつつ、ハガレンの量産型ホムンクルスが襲ってくる展開を思い出してニヤリ。しかし最後まで読み進めてみれば、博士自身は愛娘のストックとしてミオナを開発したに過ぎず、そこから先はミオナ自身の暴走だったのでした。殺人事件自体は無かったにせよ、身元不明のバラバラ死体肢体は確かにあったと思うとやはりホラー。X抗体そのものというよりはデクスリューションが中核を成すお話でした。
         警部補が生身で強過ぎますが、こーいう人は早死にする奴だぞ長野県警……去年のコナン映画か。地味にシルフィーモンも美玖サンと出会う前の歴史があるのだなと思うとこれもまた妙。
         
         事件が解決、と見せてそういえば直美さん襲った奴は……と思ったらそこで繋がるんか! これにはドッキリさせられました。

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