-
トピック
-
宝石商トラバサミはネオデビモンだ。あからさまな悪魔の風体は、白い景色に馴染みはしないが、よく目立つ。
およそ体温というものの乏しい身体故か、去年の暮れから羽織り始めたケープの上に舞い降りた雪は、しばらく形を残したまま。珍しく店の外にいるトラバサミは、すっかりこの空からの客人に纏わり付かれている風であった。
そうまでしてトラバサミが何をしているのかと言えば、相棒のスカルグレイモン、ホープがその背に被せたブルーシートに降り積もった雪を、払ってやっているようである。
自分同様、ホープもそれらを気にしていないとは解っているのだが、トラバサミもその辺の手入れは怠らないようにしているようだ。
6月同様、普段であればホープの一本角にぶら下げられている古ぼけたトランクは、ホープのデジコアの下に移されて、客と春の訪れを待っている。
*
「いらっしゃいませ。今日は一段と冷えますな。雪まで降られると、気候の変化に疎いあっしらでも流石に解りやす。これで本当に来月には春が来るのかと、にわかには信じられませんなぁ。
はは、あんさんの吐く息まで、ホープの身体のように白い。
先月と違って心の底冷えするような品ではありやせんが、別に身体の暖まる話でも無し。さっさと紹介を済ませちまいましょう。
という訳で、こちらが今月の石となりやす。
ええ、アメジストです。
リアルワールドでの正式な発音はアメ“シ”ストらしいんですが、デジタルワールドではアメ“ジ”ストと表記されるのが一般的です故、こちらの流儀としてアメジスト呼びで通させていただきやしょう。
アメジスト。紫水晶。または紫石英。
これまで紹介した石の中では、リアルワールドでも比較的安価で手に入る石ですな。子供向けの採掘セットや土産物の類でも使われる事が多い割に、いかにも「宝石らしい鉱物」です故、石に興味を持つきっかけがアメジスト、という方は意外と多いやもしれやせん。
こちらのアメジストも楕円形にカットこそしてありやすが、一見何の変哲も無いように見えるでしょう。実際、鉱物の即売会等で2千円ほど出せば、品質としては同じ程度のモンが買えなくはない筈だ。
ですがね、一方でお客さん。コイツはこれまでの石にも引けを取らない、とんでもない代物でしてねぇ。
なんてったって、こちらのアメジスト。イリアスの酒神・バッカスモンが、直接魔王のところに持ち込んだ石なんですから。
イリアス。覚えておいでですかな。11月に、異世界に関する話をいたしたでしょう。
その中でも有名な1つ、こちらでいうギリシャ神話の世界観がモチーフとなったデジタルワールドがイリアスです。
かの世界は“オリンポス十二神族”と呼ばれる、12体の神人型によって統治されておりまして。
その中の、リアルワールドでいうディオニソスに該当する酒の神が、突如魔王の城に乗り込んできたものだからさあ大変。
あっしもたまたまその場に居合わせましたが、さしもの魔王も少々動揺しておりました。
それだけの力を有しておる――というのもありますが、我らのデジタルワールドとイリアスは基本的に相互不可侵。事を構えれば、こっちでいうところの国際問題になりかねません。別に魔王ですから、その辺を侵略の口実にするのも手だとは考えておったんでしょうが、それにしたって手順というものがありますので、急に、となると、やっぱり、ねえ?
あと――……ちょいと、バッカスモンは、魔王の所蔵品の価値を著しく貶めかねない必殺技を有していましたので、その辺も心配だったんでしょう。
とはいえ、バッカスモンの方はといえば。どうにも魔王とドンパチやりに来たっていう風でも無いらしい。
むしろバッカスモンは、よりにもよってあの魔王に縋り付くかのように、むせび泣きながら頭を下げるのです。
「頼む!」と、呆気に取られる魔王達の前で、バッカスモンは叫びました。
「どうかこの“呪われたアメジスト”を引き取って欲しい」と。
……時にお客さん、アメジストの語源はご存知ですかな?
ご存知でしたら、バッカスモンが何故魔王にアメジストを引き渡そうとしたのか、うっすら目星はつくやもしれませんね。
まあ隠したって結末が変わるわけでもありゃしやせん。先にお教えしておきましょう。
アメジストは古代ギリシャ語で、「酒に酔わない」という意味を持っておるのです。
*
バッカスモンが魔王を尋ねる3ヶ月ほど前の事であったと聞いております。
イリアスは現在それなりに平和なサーバとされておりやすが、それでもオリンポス十二神族の対抗勢力的なモンはいくらかあるようでしてね。バッカスモンも神族の一柱として、対処に当たる事があった。
というよりも、割と進んで現場に出ていたんじゃないでしょうか。バッカスモンは、敵対者を自分の益に変える、恐ろしい必殺技を持っていやしたから。
『クック・オブ・ザ・ヘル』――データの構成情報を、よりにもよって「酒のつまみ」に変換してしまうという、ちょっとデジモン全体で見ても洒落にならない技なんでさぁ。
もしもあっしが食らっちまったら、スルメとかサラミとかにされちまうんですかねぇ。デジモンは「戦い、食らい、強くなる」生き物とはいえ……いやあ、おっかない。
その日もバッカスモンは、敵対勢力を捕らえて、1体ずつ。その日の晩に開かれる祝勝会で出すつまみに変換しておりやした。
まあ、理には適っておるんです。バッカスモンはあれでいて面倒見の良いデジモンですので、そうやって食べ物に換えてしまえば、弱小のデジモンでも多量のデータを摂取しやすくなる訳ですから。皆に良いものを食わせてやろうと、思いやっての事なんです。……絵面がいささかひどいだけで。
とはいえ、神に楯突くような連中です。常々オリンポス十二神族の面々を怨んでおる奴らが、そんな処遇に、末路に納得する筈も無い。
きっと、強く、強く念じたのでしょう。せめてバッカスモンに、どうにか一矢を報いたい、と。
バッカスモンの丸太のような腕に挟まれ、『クック・オブ・ザ・ヘル』をくらった敵方の大将が――しかしつまみには変わらずに、1つの石ころに変わっちまった。
ソイツがこれです。
葡萄酒の雫が霞んで見える程に、深く渋みのある紫の水晶に。
つまみになる筈のデジモンが宝石に、だなんて、初めての出来事でしたからね。バッカスモンはアメジストを拾い上げて首をかしげやしたが、まあ官軍の証として宝石を得るというのも、たまには悪く無いと思い直しやした。
宝石狂いは行き過ぎちゃいましたが、宝石ってのは、持ち主を魅了するからこその「宝の石」な訳ですから。
バッカスモンはアメジストを携え、予定通り祝勝会を開きやした。
世代を問わずデジモンを集め、そりゃもう夜通しのどんちゃん騒ぎ。
食べる肴にゃなりゃしやせんが、石見酒たぁなかなか粋だと、普段にも増して酒も進む。
結局その日は、面白可笑しく。酒盛りは盛況の末お開きとなったようでした。
ですが、その次、また次と酒宴を開く度に、バッカスモンは段々と違和感を覚え始めました。
酒神とはいえ、バッカスモンにも飲める量には限度ってのがありやす。……この“限度”ってのが逆におっかないんですが――いえ、やめておきやしょう。仮にも綺麗なモンを取り扱っている時にする話じゃありやせんので。
それが何故だか、いつまでもいつまでも、どれだけでも飲んでしまえるのです。
バッカスモンは、酒にまるで酔わなくなってしもうた。
いくら飲んでも、何を飲んでも、ずっと頭がすっきりはっきりとしていて、身体が熱を帯びてこない。
別にええんじゃないかって? あっしもそう思います。
だがバッカスモンはそうは思わなんだ。
……宝石狂いはちょっとだけ、解っちまったんでしょうなあ。
量にも質にも酔えないのは、いつまで経っても満たされないのと、まあ、同義という事ではありますから。
バッカスモンはその原因をすぐに探り始めました。
色々検査したようですが、最終的に、このアメジストが理由であると辿り着いたようで。
いわば、呪いというヤツですな。
そんなに酒が好きなら一生飲んでいろと、半ばヤケクソみたいな呪いです。
当然、バッカスモンはすぐにアメジストを手放そうとしやした。
だがイリアス内では誰も引き取っちゃくれないし、捨てられない。酒の神が権威を持つくらいなんです、イリアスの連中は大概みんな酒好きですし、紛いなりにも呪いのアメジストだ、海に大地に捨てようものなら、そこからどんな影響が染み出してくるかわかったものでは無いと、誰も彼もが猛反対。
そうして、バッカスモンは交流のあるデジタルワールド中に押しつけられる相手を探し――宝石狂いに目を付けた。
事実として、んなモン欲しがるのは宝石狂いぐらいのモンでしょう。
ただ経緯を聞いて、流石の魔王もちょいと「こやつ……」と思ったらしいですよ。
ですが同時に、少なからず哀れには思ったようですな。それはもう、謁見の間が水浸しになるぐらい、おんおん泣いておりやしたから。それほどバッカスモンにとって、酒に酔う時間は心地良いものなのでしょう。……ダメですよお客さん。早く帰って欲しかったんじゃないかって、そんな身も蓋もない考察をしちまうのは。
何はともあれ、魔王はバッカスモンからアメジストを引き取りました。
自分で押しつけてきたクセに、バッカスモンはアメジストのハク付け云々と理由を拵えて石の見返りを要求し、魔王に直接イリアスへの不可侵条約を取り付けてから帰って行きやした。
本当に調子が良いというか、ちゃっかりとした神です。そういうところが、住民達や他の神にも好まれていたのかもしれやせんな。
一方で魔王は、バッカスモンが帰ってからもしばらく、玉座で頭を抱えておったりしたのですが。
とはいえ、魔王。アメジスト自体はなかなか気に入っていたようです。
“葡萄酒殺し”……そんな物騒な愛称をアメジストに与えて、会食の類がある時には、必ずどこかに身につけていたんだとか、何だとか。
魔王は酒に楽しみを覚える手合いではありやせんでしたので、宝石で酔いから身を守れるなら、むしろ願ったり叶ったりだったのやもしれません。
でも、そんな風に“葡萄酒殺し”を重用するものだから、裏でこんな噂も囁かれたりしておりました。
「宝石狂いは、ひょっとして酒が飲めないのではないか」と。
魔王亡き今、真相は誰にもわかりやせん。
ただ、こんな軽口を表だって叩けるのは、魔王亡き今だからこそでさぁ。
*
え、いらねぇんですかい? 今月のアメジスト。
やっぱりデジモンが変換されたモンとなると――それもあるが、酒は好きな方だから。
なるほど、そりゃ仕方がありませんな。失礼しやした。あっしは普通に下戸なので、酒飲みの気持ちがわからんのです。
意外ですかい? しかしそもそも、酒というのは天使の飲み物と相場が決まっておるんでさぁ。言うでしょう、蒸留樽からこっそり消え失せる数パーセントの酒を“天使の取り分”だのと。
そういう事なんでさ。甘い物なら好きなんですがねぇ。
……ん? 「なら良かった」?
お客さん、その箱は……チョコレート? なんで、そんなまた。
バレン、タインデー??
あ……あんさん、仮にも悪魔に、そんな、また……。
いや、嬉しいです。嬉しいでさぁ。しかしどうにも慣れませんで。金銭のやり取りに関係無くニンゲンに贈り物をもらったのは、まだこれが2度目なモンですから。
しかも、ほう、宝石チョコですかい。チョコレートで石を表現するたぁ、ニンゲンは面白い事を考える。ありがたくいただいておきやしょう。
来月は必ず足を運んでくだせぇ。あっしもモノをもらった以上は、お返しを用意せねば気が済みませんので。
尤も、今更だ。わざわざお願いする必要も無いのやもしれませんが、まあ、念のため。
それでは、またお会い出来るのを楽しみにしております。
あんさんも楽しみにしておいてくだせぇ。とっておきの品を見繕っておきますので」
- このトピックに返信するにはログインが必要です。