デジモントライアングルウォー 第5話

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    羽化石羽化石
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      第5話 カーチェイス&ラブロマンス

       

      「俺はこの戦争が終わったらぁ!! 故郷の街に帰って! アルケニモンと結婚するんだああああ!!!」

       

       

       包帯男は、彼の乾ききった体が燃えるほどの熱を叫びに変えて、今、電脳核を満たす愛を叫んだ。

       空よ、裂けろ。雲よ、散れ。この叫びは空飛ぶバードラモンをも墜とす。

       今だけは、この走り回る古びたミニバンが世界の中心になって、電脳世界は循環する。

       

      「…………この後、死ぬキャラが言うセリフだよね、それ」

       

       そしてこれを間近で聞かされた人間の少女は、心底うんざりしていた。

       

       

       なんで想い人に会うための冒険で、「死」で終わりそうな恋路を見せつけられているのだ。
       
       縁起でもない。いや最悪縁起は悪くてもいいから、本当に死ぬのだけはやめてほしい。

       

       

       はてさて、相手の反応は――

       

       

      「なっ、なんだい急に、こんな場所で……!」

       

       

       ああ。これはダメだ。「バカな事言ってんじゃないよ!」と一喝してくれればまだよかったのに。

       包帯男からは目を反らしつつも、その顔は真っ赤になってまんざらでもなさそうで。受け入れムードではもう駄目だ。終わった。

       

       何故、少女はいかにも悲恋に終わりそうなロマンスに付き合わされているのか?

       話は少女の旅立ちまで遡る。

       

       

       

       

       恋する少女「摩耶乃まやの摩莉まり」はある日、不思議な生き物「デジモン」と出会う。

       デジモンは聖なる者、魔なる者の二手に分かれて血を血で洗う争いを繰り広げていた。

       天使が正義を盾に狼藉を働き、魔とされたデジモンが理不尽を強いられるこの世界。これを憂いた魔王・バルバモンは、状況を打破するべく人間の子供に助けを求めた。

       

       それこそが摩莉を始めとする三人の少女、「選ばれし子供」である!

       少女達は各々の「パートナーデジモン」と共に、天使デジモンへ反抗する「レジスタンス」を結成。さっそく課された任務は「天使軍の根城へ乗り込む」こと。いきなり最終決戦に挑むことになってしまったが、辿り着くまでに数々のドラマがあることだろう。

       

       こうして摩莉とその他愉快な仲間たちは旅立ったのだった。

       

      「で、天使軍のとこまでどうやって行けばいいの?」

      「徒歩じゃ」

      「はあ?」

       

       

       

       

       

       バルバモン城から放逐された選ばれし子供一行。

       城は深い森の中にある。近くに道らしき道が無い訳ではないが、いずれも森の中へと続いており、とても「元気に進んでいこう」という気分にはなれなかった。

       

      「何が徒歩だ、あんのクソジジイ……。テメーが呼びつけたんだからテメーで乗り物くらい用意しやがれってんだ」

       

       長身痩躯の人間に似たデジモン、バアルモンが覆面の下で悪態をついている。一見、魔術師然としたクールな見た目だが、ご覧の通り気性は荒い。

       そんな彼なので、真っ先にバルバモンに「なんで徒歩なんだよ」と尋ねたのも彼なのだが――

       

      『魔王軍の乗り物で堂々と乗り込んだら、バレて袋叩きにされるじゃろ!』

       

      『儂らも天使軍直行安全ルートみたいなのがあれば苦労しとらんのじゃ』

       

      『言うなればゲリラ部隊とか少数精鋭部隊とか、そんな感じじゃよ』

       

      『儂らは天使軍どもの“選ばれし子供”を知っておるが、奴らはお主らの顔を恐らく知らない。これは大きなアドバンテージじゃ。ここで頑張って隠密行動を続ければ、この有利はいずれ勝利の花を咲かせる筈じゃ!』

       

      『お主らが持っているその“デジヴァイス”、これはものすっごい予算を掛けて開発した超すっごいアイテムなんじゃ。それがあれば、車なんか無くてもどこへだって飛んで行けるぞぉ~! あ、この飛んで行けるは比喩ね』

       

       などと何となくそれっぽく、微妙に反論しづらい理由を持ち出され、結局車の一台も出してもらえなかった。

       別に徒歩じゃなくてもいいだろという主張は、最後まではぐらかされた。

       

      「ジジイにとっちゃ俺達はその程度って事ならしょうがねえ。俺もこの作戦は「この程度」のモンとして動くまでだ」

       

       そしてバアルモンは、チームの中では最も非協力的でもあった。

       

      「俺は一人で行く」

       

      いきなりの単独行動宣言。独りよがりの究極形である。

       

      「恨むなら車一台寄越さねえジジイを恨むんだな」

      「さっきからずっと一人で喋ってるわね」

      「うるせえ!」

       

       無慈悲な指摘でバアルモンの鼻っ柱を折った彼女こそがバアルモンのパートナー。

       紫紺の長髪をなびかせるクールな少女。名を風峰かざみね冷香れいかという。

       

      「来い!」

       

       バアルモンは冷香のことは一切無視し、虚空に向かって呼びかける。すると――

       

       

       

      ……

      …………

       すると、呼び声は虚空にそのまま溶け込んでしまい、何分経っても誰も来なかった。

       

      「おいテメー聞いてんのか!? 主人が呼んでんだぞ! ベヒー――」

      「あの~」

       

       突然、木の葉ががさごそ擦れる音と共に、木の上から誰かの声が降ってくる。

       

      「ごめんなさい、さっきから声響いて寝られないんで、もう少し静かにしてもらっていいですか?」

       

       声の主は木の幹を伝ってするすると下りてきて、言うだけ言うと再び木の上に上がっていった。

       現実世界でいう、コアラのような生き物だった。

       一行の間に気まずい沈黙が発生する。

       

      「怒られちゃったね!」

       

       摩莉のパートナーデジモン・ブラックテイルモンのフレイヤが、気まずさを無視してバアルモンを無邪気に励ます。

       それを見た極彩色の踊り手・マタドゥルモンがブフォっと吹き出した。唇の無い(そもそも、人間と同じパーツが無い)顔でどうやって吹き出すように笑えるのかは不明である。この奇妙な顔のデジモンも摩莉の仲間だ。

       バアルモンはマスクの下から耳の先まで、真っ青な顔を全部真っ赤に染めて怒り狂っているのだが、ここで怒鳴ろうものなら先ほどのコアラ似のデジモンに再び苦言を呈される事は間違いなく、マタドゥルモンを全力で睨みつける事でしか怒りを発散できなかった。

       

      「ドンマイ、気にする事ないわ。生きてりゃ苦情の一件や二件、入る事もあるでしょう」

       

       冷香がバアルモンをなだめに入る。パートナーをなだめよう、支えようとこの短期間で考えられるようになるなんて、彼女は相当な人格者か、あるいは、人との和を大切にする平和主義者なのだろうか。涼やかな顔で相手もクールダウンさせようというのか。

       

      「余計なお世話だ、クソガキ」

      「今のは余計なお世話じゃないわ。なぜなら、私の余計なお世話は有料だから。必要なお世話までは無料ですが、規定量以上の余計なお世話は1お世話につき300円かかります。今ならお世話のサブスクもあるわよ」

      「殴るぞクソガキ!?」

       

       別にそんな事は無かった。

       見た目はクールに見えても中身は全然クールではない、というのが彼女とバアルモンとの共通点かもしれない。

       

      「落ち着いて考えてみて。さっきバルバモンは、人間が死ぬとパートナーも死ぬと言っていたわ」

       

       魔王バルバモンの説明は退屈で、摩莉は半分しか覚えていなかったが――確かに、バルバモンは人間とデジモンの関係について色々語っていた。細かい理屈は忘れてしまったが、そんな事も言っていた気がする。

       

      「人間は当たり所が悪いと、殴られただけで死ぬの。つまり、ここで私を殴ったところで待つのは死。またの名をDeath、あるいはDie、そしてまたある時はDead……。ところで“ダイジェスト”のダイってもしかしてDie? 死ぬ前の走馬灯と関係ある? と思って調べたら一切関係なかったわ」

      「黙れ黙れ黙れ一回口を開くごとに狂ったセリフを吐くんじゃねえ」

       

       謎発言の嵐に耐えかね遂にバアルモンは怒り爆発。

       

      「あのー」

       

       再びコアラ似の生き物が降りてきた。今度は大きな目と目の間に皺が寄っており、語気も強くなっている。

       これ以上ここで騒いでいては、コアラからの苦情がバルバモンの耳に入りかねない。

       一行は、渋々場所を移す事にした。とは言っても、森の中に続く道を行く以外に初めから選択肢は無かったのだが。

       

      「ちぃっ! ファスコモンどもがうるせえから行くぞ!」

       

       どう考えてもうるさいのはバアルモンの方である。

       一人でつかつか森の中へ突き進むバアルモンを追いかける形で、摩莉一行は旅の一歩を踏み出した。

       

       

       

       

       行けども行けども森の中。二十分ほど歩き続けているが、見える景色は一切変化が無い。

       

      「ねえ。ちなみにこれ、どこに向かってんの?」

       

       流石に不安になって来た摩莉が、相変わらず先導しているバアルモンに訊ねた。

       

      「あ゛? ダークエリアの出口に決まってんだろ」

      「森の出口って事でしょ。ちゃんと道知ってて歩いてるのかって聞いてんの!」

      「森の出口なんか知らねーよ。つーか、イビルフォレストに出口なんかあんのかよ」

      「はあ!? さっきと言ってること違うじゃん!」

      「道なりに歩いてりゃあ、ゲートの一つや二つ開いてる筈だ。黙って歩けや」

      「ゲート……なに?」

       

       どうにも会話が噛み合わない。危うく口論になりかけているどころか、二人とも気性が荒いせいで既に半分口論になっている。

       

      「おいおい。レディーの扱いがなってないぞ。もっと丁寧に上品に、教えて差し上げなければ」

       

       口論がヒートアップしそうなところで、マタドゥルモンが物理的にも二人の間に割り込むように口を挟んだ。薄暗い森の中ではマタドゥルモンの極彩色の衣装は嫌でも目に留まり、二人は彼を無視できなかった。

       見るからにイライラしているバアルモンに代わって、マタドゥルモンが状況説明を引き継ぐ。

       
      「例えばの話だ。摩莉と言ったかな? 君の住む場所と、我がパートナーの優香が住む場所は異なる地域にあると聞いた」

       

       そう。ここまで一切台詞が無く、限りなく影が薄かったがいるのだ。マタドゥルモンのパートナーも。

       名を風峰優香ゆうか。「風峰」の名が示す通り、冷香とは親類である。なんと、三つ子の姉妹なのだという。ちなみに冷香が長女、優香が次女だ。

       優香の眼鏡の奥にある、気弱そうな瞳と摩莉の目が合った。優香がぺこりと会釈したので、摩莉もつられてぺこりと頭を下げる。

       

      「だが、君たちはあくまで『リアルワールド』いう『単一の世界』の中での別地域に住んでいるだけで、時空の壁を隔てた別世界にいる訳ではないだろう?」

       

       それはその通りだ。むしろ「別世界」など、おとぎ話の中の存在だ。

       

      「デジタルワールドにおいては事情が少し異なる。そうだな、デジタルワールドという世界の中に、更に複数の世界が内包されている、と言えば分かるか?」

       

       少しどころではない違いに思えるが。

       

      「私達が今いるダークエリアと、天使軍の根城は同じデジタルワールドの括りにはあっても別の次元にある。故に、我々はダークエリアという空間そのものを脱出する必要があるのだ。その脱出口――空間の壁そのものに空いた穴を、我々は『ゲート』と呼んでいる」

       

       摩莉はマタドゥルモンの説明に感心し、嘆息した。

       説明の内容自体は相変わらず分かったようで分からない。摩莉は内容よりも、分かりやすく説明しようとしてくれるマタドゥルモンの態度そのものに感心していた。

       

      「そうなんだ!」

       

       ……今の声はフレイヤ? 一緒に納得してなかった? あなたもデジモンだよね?

       

      「バアルモンの説明よりずっと分かりやすかった。ありがとう」

      「うるせえ!」

       

       バアルモンへの当てつけのように礼を言うと、案の定バアルモンから反応があった。

       

      「質問に限らず、私に応えられる範囲でなら何でも言いつけてくれ。我々デジモンの救世主として名乗りを上げた勇気あるセニョリータのために、私も力を尽くそう」

       

       マタドゥルモンは大仰な身振りで一礼すると、優香の肩にそっと袖越しに手を乗せた。

       どぎついピンクの袖と、黒い冬服のセーラー服のコントラストはよく映える。当の優香は緊張でガチガチに固まっているが。

       

      「フシャー!」

       

       フレイヤとは別の猫型デジモンの登場かと思いきや、冷香がマタドゥルモンに向かって威嚇しているだけだった。

       冷香は妹に馴れ馴れしいマタドゥルモンを、快く思っていないらしい。

       摩莉もマタドゥルモンに対して「親切だけど、ちょっとキモい寄りのキザだな」と思っていたので、気持ちは分かる。

       

      「ケッ! 点数稼ぎのおべっか使いがよぉ!」

       

       マタドゥルモンの好感度上げの踏み台に使われたと、バアルモンはますます不機嫌になっていく。どうもバアルモンはマタドゥルモンが気に食わないらしい。

       姉からも姉のパートナーデジモンからもマタドゥルモンが良く思われていないのが優香にも分かっているようで、彼女はずっとおろおろしていた。

       おろおろするだけで、特に何もできる事はないらしい。

       

      「じゃあ、このまま歩き続けてればダークエリアから出られるって訳ね」

      「ああ。バアルモンの勘が当たればな」

      「はあ?」

       

       マタドゥルモンから返ってきた答えは摩莉の希望とは正反対のものであり、思わず摩莉の歩みが止まる。

       

      「やっぱり勘なの!? 黙ってついて来いみたいな事言って、結局勘なの!?」

      「勘じゃねえよ!」

       

       バアルモンから怒りの反論が飛んで来た。

       

      「この『アッピンの紅い本』調べじゃあ、この辺にゲートがあるって出てんだよ! あのジジイが地図さえ寄越さなかったから俺が調べてやってんだ、黙ってついて来いや!」

       

       バアルモンは怒りの形相で、一冊の本を見せつけて来る。物々しい雰囲気の、紅い表紙の本だ。

       何か凄そうな本というのは分かるが、何がどう凄いかは分からない。

       

      「何、あの本」

      「デジタルワールドのガイドブックじゃないかしら」

      「ガイドブックじゃねえ! ……いや、ある意味ガイドブックか……?」

       

       バアルモン自身も「本」に詳しい訳ではないというか、はっきりと「これはこういうものだ」という確信が無いようで、一気に不安感が襲う。

       摩莉はやっぱり家に帰ろうかな、と思い始めた。

       

       

       というやり取りをしたのも、数時間前の話。

       何の変化もない森の中を歩き通しで、少女たちは心身ともに消耗しきっていた。整備されていない道は、歩くだけで体力を奪ってくる。

       

      「むう。人間とデジモンの体力差を考慮していなかった。まさか、これほどまでに差があるとは」

       

       マタドゥルモンは困ったように呟いた。パートナーである優香を先抱えながら。――よりによって、いわゆるお姫様抱っこで。

       

      「す、すみません……」

       

       優香は心底申し訳なさそうに、蚊の鳴くようなか細い声で謝罪する。声がか細い理由は、申し訳なさだけが原因ではないのだろう。

       見た目の印象通りに体力の無い優香は、誰よりも早くギブアップしてしまった。

       そこでマタドゥルモンは有無を言わさずお姫様抱っこを敢行。重そうな素振りは一切見せず、今まで以上に軽やかな足取りで再び歩き出した。

       マタドゥルモンは人間の成人男性よりもずっと背が高いので、抱えられている優香を小さな子供と見間違えてしまいそうだ。

       

      「マリ、だいじょーぶ?」

      「ありがと、フレイヤ。大丈夫だよ」

       

       フレイヤは心配そうに摩莉の顔を覗き込む。摩莉はフレイヤを心配させないように振る舞うが、内心疲労困憊だった。

       優香に限らず、そろそろ少女達には休憩が必要だ。しかし、休憩できそうな場所は未だに見えてこない。摩莉としては、得体の知れない森にへたり込むのは避けたかった。その辺の土に変なウィルスが潜んでいないとも限らない。

       立ち止まったら最後と思い、ギリギリの状態で足を動かし続けていた。

       一方で、デジモン達が歩き疲れている様子は今のところ見られない。バアルモンとマタドゥルモンはおろか、彼らよりずっと小さな体のフレイヤまでピンピンとしており、摩莉はデジモンの身体能力の高さに驚かされるのだった。

       

      「やっぱり車いるわよね、これ。いや、いる」
       

       冷香はマタドゥルモンをじろじろ睨みながら言う。「変な男に触らせたくない」、「疲れた妹を休ませたい」という二つの感情の間で葛藤しているのだ。

       

      「畜生。人間がこんなに軟弱だって最初から分かってたら、これを口実にしてジジイに乗り物を要求できたってのによ」

       

       バアルモンはマタドゥルモンのように人間を気遣う様子はなく、寧ろ足手まといだと言いたげにますます不機嫌になっていく。真っ先に歩けなくなった優香はもちろん、摩莉も流石に萎縮してしまいそうになる。

       

      「それに関しては私も同じ意見よ。多少恥をかいてでも、体力無いアピールをかましておくべきだったわね」

       

       摩莉は「もうこれ、バルバモン城に戻って乗り物手配してもらった方がよくない?」と提案しようとしてやめた。

       今更引き返すと言われたバアルモンがまた怒り出すと思うと、歩くよりもそちらの対応の方が面倒くさそうと思ったからだ。

       

      「もはやヒッチハイクをする以外に、私達がこの苦しみから逃れる術は無いわ」

      「だから、それが出来れば苦労しねえつってんだろ」
       

       不思議な異世界の深い森の中に、車が走っていたら台無しだ。

       仮にここが現実世界の山林だとしても、こんな場所でのヒッチハイクは無謀に近いが。

       

      「ヘイ!」

      「なんのヘイ?」

      「ヒッチハイクのヘイ! よ」

       

       そういうのは、車が見えてからやるものだ。

       誰もが冷香の意味のない奇行だと思い、余計な言及を避けた。しかしその直後、獣道の向こうから聞き馴染みのあるエンジン音が――

       

      「ウソでしょ? 本当に来た……」

       

       薄暗い獣道を、人工的なライトが照らす。オフロードをものともしないタイヤを高速回転させて、そいつは現れた。

       

      「やったあ。止まってくれたわ」

      「なんでイビルフォレストで車を走らせてる奴がいるんだよ……」

       

       救世主の登場に冷香は無表情で喜び、バアルモンは目を見開いて唖然とする。

       

       車だ。車が現れた。

       

       しかも、車種はいわゆるミニバンだ。詰めれば全員乗れるだろう。大きな男性型デジモンには無理矢理詰まってもらう。

       こちらが驚いているうちに、ウイーンと運転席の窓が開いた。乗っていたのは、運転手の他に助手席にももう一人。なぜ二人しか乗らないのにバンに乗っているのかは不明である。

       

      「そこのお嬢ちゃん達、もしかしなくてもバルバモン様が呼んだ“選ばれし子供”だろ?」

       

       運転手が摩莉たちに向かって呼び掛けてくる。運転手は全身を包帯でぐるぐる巻きにした人型のデジモンだった。ただし、身長や腕の長さはバアルモンと同様人間のそれとはかけ離れた長さをしている。人間サイズの運転席は窮屈そうだ。

       ミイラ男が車を運転してる。摩莉にとっては意外で珍しい光景だったが、しかし口に出すのは失礼な事かと思い、心の中に留めておく。

       

      「どうしましょう。素性が即バレしてしまったわ」

       

       とは言いつつも、冷香に焦っている様子は見られない。
       

       

      「バレるも何も、ダークエリアじゃ有名な話じゃないか」

       

       今度は助手席の人物が口を開いた。

       

      「ダークエリアの出口に向かってるんだろ? あたしらも魔王様の命で、表のデジタルワールドに行く所なんだ」

       

       こちらはどこからどう見ても、人間の女性にしか見えなかった。

       全身真っ赤なコーデの衣類を身に着けた、青い髪の女性だ。どこか気だるげで、それでいてどことなく上品な、そんな雰囲気の人物だ。

       

      「部下を出張させるような魔王ってえと、ジジイは車を出しやがらねえからデーモンか。くそっ、ジジイじゃなくてデーモンを頼りゃよかったぜ」

       

       バアルモンは女性の言葉から彼女らの背景を予測し、ブツブツと悔しがっている。

       デーモン……バルバモンよりかは魔王だと分かりやすい名前だ。

       

      「バルバモン様はドがつくケチだからねぇ。最近はガソリンも高くなってるし」

       

       デジタルワールドでもガソリンは高い。急にこの異世界に親近感が湧く少女達であった。

       

      「乗りな。バルバ城からここまで歩き通しで疲れたろ?」

       

       女性の言葉に合わせて、後部座席の横開き自動ドアが開いた。

       降って湧いた幸運に、少女達からはたちまち喜びの声が上がった。冷香の瞳にさえ光が灯っている。

       

      「なんと。渡りに船だわ。これからは『渡りに船』を『ダークエリアにミニバン』に改めましょう」

       

       なんだかよく分からないが、これも冷香なりの喜びの表現らしい。いや本当によく分からないが。

       

      「いいのか? 小汚い小娘なんか乗せて、車が汚れても責任は取れねえぞ」

       

       バアルモンは意地の悪い言い方で、女性の意思に揺さぶりをかける。

       しかし女性はそんなもの一切気にしていないといった様子で、さっぱりと、きっぱりと「それでも乗せる」と言い切った。

       

      「『選ばれし子供計画』は、ダークエリアに住む連中の希望そのものさ。デーモン様もこうしろって仰るだろうよ」

       

       そして女性は運転席に向き直り、ミイラ男に向かって姉御肌全開の指示を飛ばす。

       

      「てな訳でマミーモン! 安全運転だ、じゃなきゃ承知しないよ!」

      「もちろんさ、アルケニモン!」

       

       

       

       

       

       

       ミニバンはダークエリアの希望を乗せて再発進する。

       前方の席にはマミーモンとアルケニモンが引き続き搭乗。すぐ後ろの三列シートには、摩莉、冷香、優香が三人並んで座っている。摩莉の膝の上には、フレイヤがちょこんとお座りしていた。

       

      「わたし、車にのるのはじめて!」

       

       初めての体験にフレイヤは大喜び。この笑顔のおかげで、摩莉は今までの選択が報われた気持ちになるのだった。

       

      「おい!」

       

       フレイヤの愛らしい子供の声とは真逆の低い声が聞こえてきたが、摩莉は無視した。

       

      「露骨に無視すんじゃねえ! なんで俺らがトランクに積まれてんだよ!」

       

       少女達の更に後ろのスペース――即ちトランクから、バアルモンが車内全体を震わす声量で怒鳴りつけてくる。

       バンのような大きめの車は、三列目のシートを倒すなり外すなりして荷物置き場のスペースを広げる機能がある。今回の場合は席が丸ごと取り払われていて、五人分以上の席は初めから無かった。

       バアルモンの席は、初めから無かった。

       

      「やめろバアルモン、騒ぐでない。不本意にも貴様と密着しているせいで、がなり声が直に響くのだ。直に」

       

       バアルモンの隣には勿論、マタドゥルモンもいる。彼も椅子に座る権利を与えられなかったのだ。

       トランクの中には既に荷物が積んであり、密着しなければ二人分の搭乗スペースを作れない。それがバアルモンの機嫌の悪さに拍車を掛けている。

       

      「ぎゃあぎゃあうるせえな! アルケニモンと俺の車に男を乗せてやってるだけでも破格の待遇なんだぞ!?」

       

       運転席からマミーモンが、バアルモンに向かって怒鳴り返した。少女達に対しては紳士的でも、デジモンに対してはそうでもなかったらしい。

       マミーモンは彼らを車に乗せる際、当然のように人間の少女達を座席に誘導し、残る人型デジモン二体をトランクに押し込んだ。

       当然バアルモンは抗議しようとしたが、マミーモンはお構い無しに車を発車させた。

       まさか飛び降りる訳にもいかず、二人はトランクに乗せられたままとなり、今に至る。

       

      「せめて希望を聞けよ! 話し合いをさせろ!」

      「よせ、バアルモン。『デジモンに性別は無いだろ』の返しが出来なかった時点で我々の負けなのだ」

      「勝ち負けも何も最初から『椅子無いけどいい?』って言わなかった方が悪いだろうがよおおお」

       

       全員を無償で乗せてくれたマミーモンを聖人と見るか、デジモンは問答無用で貨物扱いの非道と見るかは一旦置いておくとして、マミーモンは運転手だ。運転中の運転手にちょっかいを出して、乗客が無事でいられる保証はない。

       車が動いている間、バアルモンは狭い車内でギリギリ許される程度の大声で吼える事しか出来ないのだ。

       

      「騒がしくてごめんなさいね」

       

       冷香が後部座席の真ん中から、斜め前のアルケニモンに向かって謝る。

       バアルモンが突っかかって来そうな物言いだが、今のバアルモンはマミーモンとの言い合いに夢中でそれどころではないようだ。

       

      「いんや、こっちこそマミーモンが煩くてすまないねぇ」

       

       アルケニモンは逆に冷香達に謝った。だが、その顔には申し訳なさよりも寧ろ、騒がしさが楽しくて仕方ないといった様子で笑みを浮かべていた。

       ここまでマミーモンとの二人旅だったとすれば、確かにこの騒がしさは新鮮だろう。選ばれし子供達とパートナーを乗せてくれた理由は、そこにもあるのかもしれない。

       

      「すごいね! ぜんぜん歩かなくても体が進むって、楽ちん!」

      「アルケニモンさん達に会えて良かったねー」

      「うん! 二人とも、ありがとう!」

       

       この間、フレイヤは幼さ故か喧騒を一切気にせず、初めての乗車体験を楽しんでいたし、摩莉はフレイヤの世話をするふりをして言い争いに関わらないように努めていた。

       

       一方、優香はトランクの面子に対する後ろめたさと申し訳無さで押し黙っていた。静かにしていると周りの音が嫌でも耳から頭に入って来るし、そこを発端に思考の渦に巻き込まれてしまう。

       

      (「デジモンは性別が無い」って、どういう事なの……?)

       

       

       

       

       

       

      「さっきのコアラみたいな奴、あんなに沢山いたんだ」

      「あれはファスコモンだよ。この辺にゃ群れで住んでるんだ」

       

       疲れが取れると、心に余裕が出てくる。それも安全な車移動の最中。徒歩移動よりもずっと早く景色が移り変わっている筈なのに、目から受け取る情報がするする脳に入ってくる。

       車の揺れに行楽気分を引き出され、気がつけばまるでサファリパークのように、車窓から森の景色を楽しんでいた。

       

      「なんか、さっきより生き物が増えてるような?」

      「車が珍しいから見に来たんだろう。あそこにいるのはピコデビモン。ファスコモンよりもずっと沢山いる」

       

       少女達が外の景色に疑問を持つ度に、アルケニモンと時々マミーモンは答えを教えてくれた。

       コアラのような生き物はファスコモンというれっきとしたデジモンだったし、コアラ以外にも真ん丸のコウモリのようなデジモンもいた。

       生命の気配は樹上だけに留まらない。木の根元には、小さな悪魔のようなデジモンが何種類かいて、好奇心旺盛な子供のようにこちらを覗いている。

       青黒い緑と青紫色の赤い絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような色の森は、ただのおどろおどろしい背景ではなく生態系を育む自然だったのだ。

       

      「わたし、あのデジモン知ってるよ! あれはセーバードラモンだよ!」

       

       お次はフレイヤが、木から飛び立つ黒い鳥の正体を自信たっぷりに教えてくれた。

       鳥と言っても、今乗っているミニバン以上に大きく、体を覆う羽根はまるで炎のように揺らめき、地球上のどの鳥にも似ていない怪物のような鳥だ。

       

      「なあ、あいつ成熟期の癖にガキすぎねえか?」

      「うむ……。進化が早すぎたか、他者と隔絶されていたか、そのどちらかだろうか」

       

       バアルモンとマタドゥルモンの内緒話も、未知の生き物に夢中な少女達の耳には届かない。

       

       小さな獣がいて、小悪魔がいて、バアルモンやアルケニモンのように人にそっくりなデジモンもいて、マミーモンのように見覚えのあるモンスターもいると思えば、なんとも形容し難いマタドゥルモンのような顔のデジモンもいる。

       その姿にはまとまりがなくて、ただ「デジモンである」という一点のみが彼らを繋いでいる。

       人間の少女達がここに来てからというもの、デジモンの多様性に驚かされてばかりだった。

       

      「このくらいで驚いてちゃあ、『表』に出た日には驚きが追いつかなくなるよ。デジモンの多様性はこんなもんじゃない」

       

       アルケニモンが言うには、ダークエリアに生息しているデジモンはこれでも種類が偏っているのだという。

       これから倒しに行くのは「天使」デジモンだ。デジモンにおける天使、一体どのような姿をしているのだろうか。

       

      「ンとに人間は何にも知らねえのな」

       

       少女達の気分に敢えて水を差すかのように、バアルモンが後ろから悪態を投げかけた。

       人間の少女達にとっては未知の出来事でも、デジモン達にとっては一般常識の範疇であり――これしきの事も知らないままデジタルワールドに来た摩莉達の事は、愚者にしか見えていないのだろう。

       

      「まあまあ。麗しき少女達が胸を弾ませ、花のような笑顔を浮かべているのだぞ? 幼く愛らしい姿を見守るのも、我ら年長者としての役割であり楽しみだ。もっと大らかに自身も目の保養とするつもりで構えてはどうだ?」

       

       しかし、そこはキザだが紳士的なマタドゥルモン。バアルモンをたしなめつつ、今の状況を楽しめるように提案する。

       

      「俺はてめえと違ってガキには欲情しねえよ、変態」

       

       バアルモンがマタドゥルモンの言葉を素直に受け入れる訳もなく、更なる罵倒を以て拒絶した。

       

      「へいへーい。話は中断しなくていいけどよ、そろそろゲートに入るぜ」

       

       マミーモンの呼びかけで、選ばれし子供一行は一斉に前を向く。

       数百メートル先の空間に、亀裂が走っている。フロントガラスが傷ついている訳でもなければ、近くの物体が割れている訳でもない。

       本当に、亀裂そのものが浮いているのだ。

       少女達が疑問の声を上げる間もなく、車はその亀裂の中に吸い込まれていく。

       一瞬視界を暗闇が覆い、そして全てが光に満たされた。

       

       

       

       

       

      「ようこそ、表のデジタルワールドへ」

       

       正直、「別空間同士を繋ぐゲート」と言われても、通っている間はそんな実感は湧かなかった。

       だが――目を開けた瞬間広がる景色を見たならば、それが真実だと信じざるを得ない。

       

       太陽がある。青い空が広がっている。どこまでも広がる緑の草原の中、真っ直ぐ走る一本道を走っている。

       振り返っても、暗黒の森は見えない。空間に空いた小さな亀裂が遠ざかり、見えなくなっていくだけ。

       

      「これが、デジタルワールドなんだ」

       

       初めて異世界を目にした摩莉の瞳は、ルビーのように輝いていた。

       正直なところ、「異世界らしさ」ではダークエリアに軍配が上がる。何も無い草原なんて、人間の世界にだってある。ここには異世界らしいものは無い。

       では何が摩莉の胸を打ったか。「禍々しい魔界の森」も「清々しい草原」も全てを内包した「何でもあり」がデジタルワールドであるという壮大な真実こそが、彼女に感動を与えたのだ。

       

      「ぐわー眩しい! 目が! 目ぐぁああ!」

       

       感慨は、突如苦しみ始めたマタドゥルモンの断末魔で台無しになった。

       

      「うるせえな! 日光苦手ならダークエリアから出てくんじゃねえよ!!」

       

       バアルモンはマタドゥルモンに追い打ちを掛けるように暴言を吐く。マタドゥルモンが暴れる度に袖やら足やらがバアルモンに当たるので、怒りたい気分にもなろう。

       

      「いや別に、どこぞのヴァンデモンと違って日光が弱点という事はないが……。朝も夜も特に問題なく活動できるが……」

      「なんなんだコイツ?」

       

       バアルモンは急にけろりと大人しくなったマタドゥルモンに若干引いている。

       

      「暗い場所から急に明るい場所に出たら、貴様もこうなるだろう?」

      「ならねえよ、現に今なってねえだろうがよ」

       

       これ以降、マタドゥルモンは日光を嫌がる素振りを見せなかった。あの暴れっぷりは何だったのだろうか。

       

      「あの、もしかしてドゥルさんって、吸血鬼なんですか……?」

       

       日光が苦手という話題から、吸血鬼という存在を連想したのだろうか。

       今まで黙っていた優香が、おずおずとマタドゥルモンに訊ねる。

       

      「ドゥル……おお、私の事か。その通り。私は、というかマタドゥルモン種は吸血デジモンだ」

       

       唐突に渾名で呼び始めたのは優香なりに距離を縮めようとしたのだろうか。慣れない故かいささか不自然なやり取りであるのは否めない。

       だが、紳士なマタドゥルモンは不器用な歩み寄りも許容する。

       

      「私との絆を深めようとしてくれたのだろう?」

       

       図星を突かれ、優香の顔がみるみる内に赤くなっていく。

       

      「パートナー同士の絆はデジモンの強さに関わってくると聞く。これから戦闘を控えた我々にとって重要な事だ」

       

       どこまでも紳士的に、パートナーの在り方を肯定して絆を深めようとする。

       友達のような間柄の摩莉・フレイヤペアとはまた違う、少女を見守る保護者のような関係が生まれつつあった。

       

      「はっ。こいつとの絆なんて深められるとは思えねえなあ」

       

       マタドゥルモンの物言いが鬱陶しかったのか、或いは羨ましいと感じているのか。バアルモンは即座にマタドゥルモンの発言を腐しにかかる。

       それから彼は自身のパートナーを一瞥し、鼻で笑った。

       出会ってから今までのほんの僅かな時間の間にバアルモンと冷香の関係は水と油である。当人同士どころか、誰の目から見ても明らかだ。

       そもそも、冷香と真に心を通わせるのは誰であろうと難しい事なのかもしれないが。

       

      「おいおい、仲良くしてくれよ選ばれし子供達~。俺とアルケニモンほどアツアツになれとは言わねえけどさぁ」

       

       ポカン! と軽いようで重い打撃音。その直後にプァーっと音を立てる警笛。

       アルケニモンがマミーモンの頭を殴打した音と、殴られた勢いでハンドルに突っ伏したマミーモンが鳴らしたクラクションだ。

       

       

       

       

       マミーモンが気絶から復活したその時である。

       快走する車の前に突然、人影が現れた。

       

      「そこの不審車止まれー!」

       

       人影は道のど真ん中に仁王立ちして、選ばれし子供一行の行く手を阻む。

       マミーモンが急ブレーキを掛けたので、車内にある物体が前方にガクンと傾いた。

       車の前へ急に飛び出した命知らずの正体は、獅子頭の獣人と呼ぶべきデジモンだった。

       

      「貴様ら、ダークエリアに繋がるゲートから出てきたな? さては魔王の手下か?」

       

       獅子頭のデジモンが喋った。殆ど獣のフレイヤもファスコモンも喋っているので、そこは今更驚く事ではない。

       問題は、どうやら獅子頭に敵と疑われているらしい、という事だ。仮に選ばれし子供一行の素性がバレたら、確実に面倒事に巻き込まれるだろう。

       例えば旅立ち初日で捕縛されるとか、初日で天使軍と最終決戦、などなど。様々な面倒事が、摩莉の頭に浮かんでは消えていく。

       

      「知らねえよ」

       

       当然、マミーモンにはまともに取り合ってやるつもりも義理も無い。

       マミーモンがブレーキから足を離すと、車はクリープ現象でじわじわ前進を始めた。今更だが、このミニバンはAT車のようだ。

       車は獅子頭に向かって進んでいる。このままだと獅子頭と衝突してしまうが、それでも獅子頭はその場から動かない。

       マミーモンは獅子頭とぶつかるすれすれの所で再びブレーキを踏んだ。

       

      「おい危ねえぞ!」

       

       危ないのは前方に獅子頭がいるのに車を動かしたマミーモンの方である。

       

      「安心しろ。貴様らが悪のデジモンではないのならば、この『獅子王丸』を抜くつもりはない。その代わり、安全なデジモンと分かるまでここは通さん!」

       

       獅子頭は車に轢かれる恐怖にも臆さない、蛮勇じみた度胸の持ち主のようだ。悪しき者は決して通さないと、青い目が語っている。

       普通はここで身の潔白を証明するか、獅子頭から逃げるかの二択だ。

       身の潔白も何も、魔王の手下である事は事実なので誤魔化せなくなれば結局逃げるしかなくなるだろう。

       と、摩莉は思うのだが――

       

      「おいバカ避けろ! マジで轢くぞ!」

       

       マミーモンは逃げも隠れもせず、獅子頭を怒鳴りつけた。これでは自ら危険なデジモンですと白状しているも同然だ。

       

      「え、何で、こっちが避ければいいじゃん」

       

       摩莉はマミーモンの行為に疑問を持った。

       あの獅子頭から逃れたいなら、車側が迂回すればいいだけではないだろうか。多少道から逸れても、草原の上から車も問題無く走れるはずだ。

       まさか獅子頭が車よりも速く走れる訳でもないだろうし、スピードを出して走れば十分撒けるだろう。

       他の皆も当然、マミーモンのやり方に呆れている筈……と思いきや、聞こえてきた言葉に摩莉は己の耳を疑った。

       

      「何をやっとるんだあいつは」

      「最近のレオモンは前か後ろにしか歩けないのかい! ええ!?」

      「もう轢いちまえよあいつ!」

       

       

       

       横からも後ろからも野次が飛んできた。

       どうも、デジモン達の中では「迂回したら負け」らしい。というか、「轢く」が当たり前に選択肢に入っているらしい。
       
       道路に飛び出した方が悪いと言えばそうなのだが、デジモンの価値観がそうさせるのだろうか。或いは道路交通法を知らないのだろうか。どう考えても轢いた方が後から大事になるとしか思えないが。

       

       

       

      「もうこれ言い訳できない悪者の発言じゃん……」

       

       

       とにかく、摩莉にはデジモンの考えが理解できなかった。

       摩莉は一縷の望みを掛けて横を向く。冷香が僅かに眉をひそめていた。

       

       

       

      「この流れだと、あのライオン? みたいな人、本当に轢かれちゃうんじゃないかしら。良くないわ」

       

       

       

       冷香が真っ当に指摘する。

       この子、流石に命が関われば普通に発言するんだ。と、摩莉はあまりにもレベルの低い感心をする。

       

       

       

      「轢いて進むとその、色々よろしくないので、こっちが避ける方向でなんとか……」

       

       

       

       優香も一緒に頼み込んでいる。これが当たり前である。少なくとも人間は人間としての価値観を備えているようで、摩莉は心底ほっとした。

       だがデジモン達は「轢くぞオラー」「死にたいのか」とヤジを飛ばすのに夢中で聞いてくれない。いくらなんでも血気盛んすぎる。

       フレイヤだけはずっと「きょとん」としているが、これはフレイヤがおかしいのか、それともマミーモン達がおかしいのか判断がつかない。できれば後者であってほしいと摩莉は願う。

       

       

       

      「轢くのは、よくないんじゃないかしら」

       

       

       

       冷香の語気が一層強くなる。それでも反応しないデジモン共に業を煮やして、遂に冷香は実力行使に出た。

      シートの上に膝立ちして、くるっと後ろ向きになり、バアルモンの顔に自分の顔を近づける。

       バアルモンの金髪をかき分けると、小さく尖った耳が見えた。いわゆるエルフ耳というやつだ。冷香はバアルモンの耳元で、そっと囁く。

       

      「轢くのはだめじゃないかしら」

      「んおぅふ!?」

       

       吐息と囁きは耳にこそばゆい刺激を与えた。不意にふざけた刺激を与えられ、バアルモンの背筋にぞぞぞと悪寒が走る。

       冷香はそれに構うことなく、壊れたラジカセのように同じ言葉を囁き続けた。

       

      「轢くのはだめじゃないかしら轢くのはだめじゃないかしら轢くのは」

      「うるせえ呪いのビデオの演出かってんだよおおおおおお」

       

       バアルモンが呪いのビデオを知っていたことが地味に驚きだ。デジタルワールドにもホラー映画はあるらしい。

       

      「誰かあのレオモンどかせ!」

       

       冷香の呪いの言葉が我慢できなくなったバアルモンが絶叫する。

       もう何がなんでも車が避けるということは絶対にしたくないらしい。

       

      「仕方がない。私が出よう」

       

       マタドゥルモンがそう言うと、トランクがバキンと開いた。ガコンではなくバキンである。この違いが分かるだろうか。

       

      「おい! まさか今ドアを蹴り壊して開けなかったか!?」

       

       マミーモンから悲鳴が上がるが、マタドゥルモンもバアルモンも気にしてはいない。

       マタドゥルモンはひょいひょいと車体の上に飛び乗る。これだけでも驚きの身体能力だが、なんとマタドゥルモンはそこから獅子頭ことレオモンに向かって飛び蹴りを放った。

       

      「はッ!」

       

       必殺の蹴りがレオモンに炸裂する。素人目にも美しいフォームの蹴りが、直撃したのだからたまったものではない。

       

      「ぐわあああああ!」

       

       レオモンは絶叫しながら地面をもんどりうって転がる。空気を切る音、レオモンの胸元に刻まれた靴型の凹み、そしてレオモンが吹き飛ばされた距離。マタドゥルモンのただの蹴りが、人間の常識を超える威力であると理解するのはそう難しくない。

       正直、轢かれるのと大差ないのではと少女達は不安になった。

       

      「悶絶中に失礼する。少々道の横に転がってもらうぞ。よいしょー」

       

       マタドゥルモンは未だ未知の上に倒れていたレオモンを転がし、道の脇に移動させた。

       汗もかかずスマートに一仕事を終えたマタドゥルモンは、実に清々しい気分で車に戻ろうとした。

       戻ろうとしたのだが、何故だろうか。戻った先に車が無い。

       

      「は?」

       

       マタドゥルモンが見たのは、ミニバンが容赦なく自身を置いて走り去って行く光景だった。

       一方、車内はというと。

       

      「あの、ドゥルさん、あの」

       

       優香が何か言いたそうだ。そりゃそうである。

       

      「走れーッ!! かつてない全速力で走れーーッッッ!!!」

       

       バアルモンはかつてない大絶叫でマミーモンに命令し、何としてでもマタドゥルモンから遠ざかりたい気持ちを露わにする。

       これを運転席で聞かされたマミーモンは、不快感で思いきり顔を歪める。

       

      「なんて奴を乗せちまったんだ。トランクは壊されるわ車内で絶叫しまくるわ、もう最悪だよ」

       

       

       

       と言いながらも、マミーモンはアクセルを思いっきり踏み込む。トランクを壊された恨みの方が勝っていたらしい。

       今まで以上に素早く遠ざかる後ろの景色。その中でただ唯一食らいついてくる極彩色の点がある。

       

       

       

      「ちっ。腐ってもマタドゥルモンか。無駄に足を鍛えてやがる」

       

       

       

       バアルモンはリアガラス越しの光景を見て、舌打ちをした。

       どんどん過ぎ去る景色に逆行するかのように。マタドゥルモンはなんと走って車に追いつこうとしている。

       マタドゥルモンが変な顔で車並みに速いというのはあまりに予想外であり、奇妙な事実であった。レオモンがそのくらい素早い方がまだ納得がいく。

       そう思うと「車の速さならレオモンを撒ける」という発想は短慮だったかもしれないと、摩莉は反省する。

       

      「すごいすごーい! どっちもはや~い!」

       

       バアルモンがマタドゥルモンに意地悪していると察せていないフレイヤだけが、無邪気に喜んでいた。

       

       

       

      「ぐおおおのれバアルノヨウナモンめ目にもの見せてくれる」

       

       遂にマタドゥルモンは車に追いついた。何とか車にしがみつき、トランクを開けて再び車内へ舞い戻る。

       

      「妙な渾名で呼ぶんじゃねえ!」

       

       無事に帰還したマタドゥルモンを出迎えたのは、バアルモンの拳骨だった。

       

      「おかえりなさい!」

       

       これまでの経緯をなんにもわかっていない、フレイヤのあまりに無邪気な言葉。

       それがおかしくて仕方がなくて、慣れないバイオレンスな雰囲気に疲弊していた摩莉の緊張はほどけ――

       

      「あはは!」

       

       思わず、声を上げて笑ってしまった。

       

       

       

      ◇◇◇

       

       

       

      「ぬおお……」

       

       獣人の指がぴくりと動く。

       レオモンは生きていた。勇者レオモンは、派手な吸血鬼にちょっと蹴られた程度では死なないのだ!

       

      「皆に、知らせなくては……ダークエリアからの敵対的侵入者だ……!」

       

       レオモンは使命感に駆られてむくりと起き上がる。

       そしてジーンズのポケットから、指先ほどの大きさの筒を取り出した。

       筒はボタンがついているのを見るに機械のようで、それを押すと赤いレーザー光がぴかりと輝いた。武器になるようなものではなく、発表会等でスクリーンを指すのに使うあれだ。

       レオモンはレーザーを空に向かってピカ、ピカ、と五回続けて点滅させるのを繰り返す。

       

      「レーザー光を五回点滅。テ・キ・ガ・キ・タのサインだ。後は頼んだぞ、我が同胞……!」

       

       何回かサインを繰り返したところで、レオモンは力尽きたように再びばったりと倒れ込む。

       獅子の勇者の遥か向こう側で、汽笛の音が鳴り響いた。

       

       

       

       

       

      「デジタルワールドにも、鳥の群れとかいるんだ」

      「すごーい! いっぱいいる!」

       

       落ち着いた車内から、摩莉とフレイヤは改めて空を見上げる。

       車よりも少し後ろ側、遥か青い空の彼方に、白い鳥の姿を見た。鳥はこちらと同じ方向を目指して飛んでいるようで、徐々に影が近づいてくる。

       

      「……待って!? あれ鳥じゃなくない!?」

       

       確かにその生き物達には翼があった。だが、近づいてくるに連れてはっきりしてくるシルエットは、どう見ても鳥の形ではない。

       

      「馬じゃん!」

       

       群れの正体は、空飛ぶ白い馬だった。この際「有り得ない」とは言うまい。ここは異世界デジタルワールドだ。

       馬は更に近づいてくる。ここまで来ると進行方向が同じなのではなく、車を目掛けて飛んできているように見え――

       

      「ユニモンだ! くそっ、気づかれた!」

       

       マミーモンが叫ぶと同時に、ブレーキを思い切り踏みしめる。

       急停止のせいで車内の物体は全て前にに吹き飛んだ。

       

      「気づかれた!? 気づかれたって何に!?」

       

       慣性力に耐えながら摩莉は訊ねる。

       

      「多分あいつら、この辺の自警団だ! 俺達がダークエリアから出て来たのがバレたんだ!」

       

       マミーモンがブレーキ足を離さないまま叫び返した。

       彼の代わりに乗員が一斉に振り向くと、空飛ぶ馬――ユニモンは既に高度を落として車を背後から追う態勢に入っていた。その数はおよそ十頭。捕り物には十分すぎる数だ。

       

      「十中八九さっきのレオモンが呼んだんだろ。ったく、見上げたしぶとさだよレオモン族ってヤツは!」

       

       アルケニモンが皮肉交じりに吐き捨てる。

       この時、マタドゥルモンがぼそりと「仕留め損ねていたか」と呟いたのを全員が聞き逃さなかった。

       

      「しかしだ。あそこでレオモンを仕留めていたとて、空から警邏するユニモン達は自力で我々を見つけていただろう。私を囮にして逃げたとて、この様子ではいずれ追いつかれる。今は『遅かれ早かれ』の『早かれ』寄りだっただけのこと」

       

       そして流れるような自己弁護。バアルモンが絶対言うであろう「やっぱりこいつは捨てていくべきだった」という言論をも先回りして封じている。

       

      「ここで反撃しちまうと、後から言い訳が利かなくなる! 『人違いだけど怖くて逃げてしまった』とかなんとか言ってしらばっくれるぞ」

       

       マミーモンの選択は「やり過ごす」の一択。アルケニモンもこれには同意のようだ。

       バアルモンも不満気ではあるが反対せず。マタドゥルモンも同様。

       今の状況では何の役にも立たない少女達は、黙ってデジモン達の決定に従う事にした。

       

       後ろから追いかけて来たユニモン十頭に加え、左右それぞれもう十頭ずつ次々現れ、ユニモンの数は計三十頭。車は完全に包囲されていた。

       

       ミニバンが停車したのを確認すると、ユニモン達も飛翔をやめて地面に降り立つ。

       その内の一体が車に歩み寄り、鼻の先で窓をつついてきたので、マミーモンは運転席の窓を開けた。

       まるで警察による職務質問だ。馬に乗った保安官に職質されるならまだしも、馬そのものから職質を受ける経験は現実世界では一生得られなかっただろう。

       

      「ようやく停まったな不審車よ。さっきから『停まれ』と言っているのに、一切合切無視しおって……」

      「サーセン。窓閉めてたから聞こえなかったんすよ」

       

       これは本当。一行は閉め切った車内でやかましく騒いでいたし、ユニモンは肉声で叫んでいたので全く声が届かなかったのだ。

       

      「免許はあります」

      「今は免許の話はしていない。お前達。ダークエリアからの侵入者だな?」

      「いえ、違いますけど。なんかあったんすか?」

       

       実に白々しいしらばっくれっぷりだ。

       

      「嘘をつけ! レオモンから報告を受けている。ダークエリアと繋がるゲートから現れた車は、マミーモンが運転していたと! 同乗していたマタドゥルモンに蹴り飛ばされたと!」

      「うわー、物騒っすね。でもそれ、マミーモン違いじゃないすか? ウチの車にゃマタドゥルモンなんて乗ってませんし」

       

       この時マタドゥルモンは何かを察し、バアルモンのマントの中へ勝手に隠れた。

       バアルモンは心底嫌そうな顔をしているが、状況が状況なので唇を噛みながら耐えている。

       

      「マミーモンが運転する車が都合よく二台続けて通る訳ないだろ! 何よりもそう! 助手席のそいつ! レオモンからは『人間の女に化けたデジモンを乗せていた』とも聞いている!」

       

       ユニモンが右脚の蹄で指さしたのは、澄まし顔で「職質が終わるのを退屈そうに待つ同乗者」を演じていたアルケニモンだ。

       

      「でも免許はあります」

      「だから免許の話ではない! これ以上言い逃れをするつもりなら、自首の意思は無いと見做してその女ごと連行するぞ! 抵抗するなら容赦なく消し飛ばす!」

       

       

       ブチっと、何かがキレた音がした。

       

       

       マミーモンがハンドル付近のボタンを迷いなく押し込む。その瞬間、運転席と助手席を覆う屋根が弾け飛んだ。

       

      「え?」

       

       謎のギミックの発動を前に、車内外関係なく誰もが困惑し、近くにいる人物デジモンと顔を見合わせる。

       

      「気が変わった。……アルケニモンに触れる奴は全員地獄行きだあああああ!!!」

       

       マミーモンは、そう叫ぶと勢いよく垂直に跳び上がり、車のまだ残っている屋根に飛び乗った。

       いつのまにかその手で松葉杖を――否。松葉杖を模したデザインの機関銃を、ギリギリと音が鳴るほど強く握り絞めている。

       

      「そうこなくっちゃな」

       

       バアルモンはマミーモンの血走った目を見て、にたにたと薄気味悪い笑みを浮かべた。

       旅が始まってから、バアルモンが初めて見せる喜びの表情だ。

       

       

      「あーあー。キレちまったよ」

      「アルケニモン! 運転頼んだ!」

      「言われなくても分かってるよ!」

       

       アルケニモンはマミーモンの豹変ぶりに「やれやれ」と呆れつつ、律儀に運転席へと乗り移る。

       そして天井にいるマミーモンへの遠慮は一切無しに、アクセルを紅い靴で踏みつけた。

       次の瞬間、乗員をもはや何度目か分からない衝撃が襲う。天井から風が入って来る分、体が受ける刺激は更に増している。

       

      「また逃げたぞ! 追え!」

       

       当然これで見逃してもらえる筈がなく、ユニモン達も全力でミニバンを追いかける。容疑がはっきりした分、気迫は三割増しだ。

       

      「死ね!」

       

       あまりにも直球な敵対の意思表示。

       マミーモンが叫ぶと同時に彼の機関銃、その名も『オベリスク』が火を吹いた。

       

      「回避! 回避せよー!」

       

       空を飛べるユニモン達は四方八方に避けて銃弾を躱しているが、躱すのが精一杯で思うように追跡できないようだ。

       おかげで、車とユニモンの間の距離が徐々に開いていく。

       

      「え、あれ、マジの銃? 当たれば死ぬやつ?」

       

       火花と硝煙を交互に吐き出すオベリスク。気が付けばその辺りに転がっている薬莢。何の躊躇いも無く銃を生き物に向けるマミーモン。

       それらを見た摩莉の口から、思わず疑問が零れ出た。声は所々上ずって、彼女にしては間抜けな声だ。

       

      「当たり前だろ?」

       

       アルケニモンが事も無げに言う。摩莉からへなへなと力が抜けていく。顔面蒼白の彼女を、フレイヤが不思議そうに見つめている。

       

      「あんたら、天使どもと戦争しに来たんじゃないのかい?」

       

       呆れたようにアルケニモンが言うまでは、摩莉は、あの銃が徒競走で使うピストルの類だと心のどこかで信じていた。信じていたかった。

       そしてそれは、臆病な優香にとっても、一見気丈に見える冷香にとっても同じ事。

       彼女らはこの期に及んで、まるでテレビニュースでも見るように、現状を「他人事」として俯瞰していた。

       

       ――聞きなれない銃声を聞いてようやく、血の気が引くような怖気を覚えたのだ。

       

       

       

       

      「おいトランクの連中も加勢しろ!」

       

       マミーモンが真下に向かって叫んだ瞬間、今度はトランクのドアが弾け飛ぶ。

       

      「馬鹿野郎!」

       

       マミーモンの怒鳴り声と、車内の少女達の心境がシンクロした。

       前も後ろもスカスカになった車内で激しい風が吹き抜ける。

       

      「前の屋根が吹き飛んでんだから誤差だろ誤差!」

       

       がら空きになった車体後方から、バアルモンとマタドゥルモンも車外に身を乗り出す。

       どちらがドアを壊した犯人なのかは、もはやどうでもいい。やる気十分な二人のうちどちらが「先に」障害物たるドアを壊したのかなど、それこそ解明する意味のない「誤差」だ。

       

      「さて。愛しきパートナーに、我が実力をご覧に入れよう」

       

       始めに動き出したのは、マタドゥルモンだ。

       マタドゥルモンがふわりと袖を動かすと、布の動きに似つかわしくない「じゃらり」とした金属同士がこすれ合う音が鳴る。

       桃色の袖から覗いていた銀色の金属、恐らくマタドゥルモンの爪だろうと思われていた刃が、なんと一瞬の内に無数に増殖した。

       

      「ドゥルさんの爪が、増えた……?」

       

       優香は眼鏡を持ち上げて、目に見えるものが真であるかを確かめようとする。

       彼女が何度確かめても、金属の刃は袖口を剣山のように埋め尽くしている。とても袖と腕の間に隠せる量とは思えない。

       無数の刃で刺すのか切るのかは未だ不明だが、どんな使い方をしようとも、ユニモンは無事ではいられないだろう。

       

      「バーカ。誰がガキのための見世物になんかなるかよ。俺は俺のために力を振るうんだ」

       

       バアルモンも負けじと行動を開始する。

       彼もマタドゥルモンと同じように、身に着けた衣類をばさりと翻す。だが、出て来たものは彼の場合、金属ではない。

       バアルモンのマントの裏には札、札、札。いかにも曰くがありそうな紙の札が、びっしりと隙間なく貼り付いている。目撃した摩莉は思わずぎょっと、否、ぞっとした。

       

      「ホラーじゃん……」

       

       しかも、マントに隠れていた腕の長さ――単純な長さではなく“体に対する比率”が人間の腕よりもずっと長い事も同時に判明する。見るからに怪物なマタドゥルモンにも引けを取らない長さだ。

       バアルモンがモンスターという実感が、より一層強く濃くなる。

       

      「ギルティッシュ!」

       

       バアルモンが叫ぶ。彼の言葉に呼応して、マントの札がベリベリと自動的に剥がれていく。

       独りでに動き出した札は、ユニモンに向かって一直線に飛んでいく。札は三頭ほどのユニモンの口、或いは翼にまとわりついて、ユニモン達の動きを阻害する。

       続いてバアルモンは、別の武具を取り出した。鞭だ。馴染みの深い紐上の鞭ではなく、例えば競馬で使われるような棒状の鞭だ。

       尤も、禍々しい紅い鞭はスポーツで使われるような生易しい代物には見えない。明らかに殺傷を目的としている。

       バアルモンは鞭を天に掲げ、それからユニモンを鞭の先で指し示す。

       

      「カミウ――」

       

       次なる技の口上。しかし、予備動作でできた隙を彼女は見逃さない。そう、風峰冷香は見逃さない。

       

      「ねえ。まさか今、あのお馬さん達を殺そうとした?」

      「うおおテメー! いつからそこにいた!?」

       

       バアルモンは足元から声が聞こえて驚愕した。彼がユニモンを見据えている間に、冷香は後部座席を乗り越えトランクに移動し、バアルモンに纏わりついていたのだ。

       冷香は今までよりもずっと鬼気迫る声色で、バアルモンの行いを追及し始める。

       顔は相変わらずのポーカーフェイスに見えるが、今の彼女はあえて無表情を意識しているようだ。

       

      「まさかも何もねえだろ。さっきからそういう話をしてんじゃねえか」

      「殺し、いくない。心を改めるがヨロシ」

       

       妙ちきりんな口調だが真剣に、殺生を咎めてやめさせようとする冷香。バアルモンは深々とため息をついた。

       

      「別にてめえらに殺してもらおうだなんて言ってねえだろうが。殺しが罪だってんなら、その罪を負うのは俺らデジモンだけだ。まあ、俺はこれっぽっちも罪だとは思っちゃいねえけどよ」

       

       冷香とバアルモンのやり取りを見て、摩莉は確信した。

       バアルモンにとって、殺生とは「忌むべきもの」でも無ければ、「やむにやまれぬ事情があって行うもの」ですらない。彼らにとって、殺しを伴う戦いは日常茶飯事なのだ。

       

      「人間的には、近くで誰かに死なれるのは気分がよろしくないの。殺しをスルーするのも同じ事よ」

       

       しかし冷香は諦めない。引き続きバアルモンの説得を試みる。

       人間性はかなり「変」な部類でも、命の扱いにおいては決して譲らない「芯」のある冷香を、摩莉は密かに尊敬し始めた。「変」な女である事がネックのため、あくまで密かに。

       摩莉が感銘を受けたとして、バアルモンの心にも響いてくれるかどうかは別問題だ。

       

      「てめえの気持ちなんざ、どうでもいいんだよ」

       

       バアルモンはただでさえ低い声をワントーン低くし、ドスの効いた声を作って脅しをかける。

       

      「てめえらはただ、黙ってそいつを握って待ってりゃいいんだ。黙ってろ!」

       

       バアルモンは「そいつ」、即ち冷香が持つデジヴァイスを指差した。

       先程マタドゥルモンが言った通り、人間とデジヴァイスが揃えば――パートナーデジモンに力を与えられる、筈なのだ。

       そしてそれが唯一、バアルモンが冷香に期待する役割だ。逆に言えば、それ以外の余計な手出しはバアルモンの望むところではない。

       

      「黙れを二回言ったわね」

      「黙れ!」

       

       冷香が黙れと言われて黙るタマではない事はバアルモンだって百も承知だが、叫ばずにはいられなかった。

       

      「お前らはそのために呼ばれてんだよ、意見なんてハナから求めてねんだよ! ギャアギャア喚く前にテメーの仕事をしろってんだ」

       

       冷香は彼女の髪色と同じ、紫紺に塗られたデヴァイスを見つめる。そしてバアルモンの顔とデジヴァイスとを、三、四回見比べた。

       

      「でもこれ、ちゃんと動いてる感じしないわよ」

      「はあ? なんだよ、バルバモンのジジイが不良品を寄越したってか?」

       

       バアルモンは冷香の手首を掴み、デジヴァイスをぐいと引き寄せる。見た目には異常が無いように見えるが、中身に問題があるのだろうか。

       

      「デジヴァイスのメニューに『進化』っていうやつがあるじゃない」

      「えっ?」

       

       冷香は『進化』のメニューが周知の事実であるかのように言うが、バアルモンにとっては初耳らしい。

       

      「さっきから画面をこれにしてボタンを連打しているけど、何にも起こらないわ」

      「えっ……えっ?」

       

      バアルモンはいよいよ本気で困惑して、冷香の顔を二度見する。

       

      「え、待て、俺に無断で俺を進化させようとしてたのか?」

      「だめかしら」

      「ダメだけどダメじゃねえ、いやダメなのかこれ?」

       

       バアルモンには冷香の行動理念が全く理解出来なかった。いや確かに、“選ばれし子供”達に求める役割はパートナーの強化だと言ったばかりなのだが、なのだが……。いずれは進化させてくれないと困りはするのだが……。

       冷香の思考の理解は一旦放棄する事とする。

       バアルモンは試しにデジヴァイスを操作して、『進化』にカーソルを合わせて決定ボタン(と冷香が言い張る)を押す。何も起こらない。

       冷香にももう一度やらせてみるが、何も起こらない。デジヴァイスはうんともすんとも言わない。

       

      「ますます役立たずじゃねえか!」

       

       バアルモンは怒りに任せて後部座席を蹴飛ばした。三列のシート全体が揺れ、優香の喉から短い悲鳴が漏れる。

       

      「この際言っとくけどな、俺らが特別野蛮って訳じゃねえぞ。デジタルワールドじゃ殺す殺されるは当たり前。ここにいる連中は全員、デジモン同士戦って殺して! 今日まで生き延びてんだよ!」

      「お馬さん達も?」

      「ユニモンもレオモンも、さっきからサボってやがるブラックテイルモンもだ!」

       

       摩莉は思わず、膝の上のフレイヤをぎゅうと抱きしめた。

       

      (私のパートナーフレイヤも?)

       

       フレイヤは不穏な雰囲気を感じ取って――というより、不安に震える摩莉を案じて、摩莉の顔色を伺っている。

       

      「隙だらけだ! ホーリーショット!」

       

       戦場で悠長にぺらぺらと喋っていたのなら、「攻撃してください」と言っているも同然。

       ユニモンのうち一体が、こちら目掛けて口から気功弾を発射した。

       

      「む、不意打ちか」

       

       しかし、殺意を隠さぬ見え見えの不意打ちは達人には通用せず。

       すんでの所でマタドゥルモンが放った蹴りにより、気功弾は霧散。「攻撃を躊躇ったせいで逆に殺される」ありがちな悲劇は未然に防がれた。

       

      「ほれ見ろ。連中も俺らを殺す気満々だ」

       

       たった今攻撃を仕掛けたユニモンも、遠巻きに様子を伺うユニモンも、いずれも殺気立っている。バアルモンがやろうとしたように、ユニモンも勝機を、確殺の機会を伺っている。

      摩莉はつい先程のマミーモンとユニモンとのやり取りを思い出す。

       ユニモンは、「抵抗するなら消し飛ばす」と言ったのだ。彼らも敵を殺す意思を持ち、実行するチャンスを伺っている。

       

      「仮に俺が連中を生かしておいたところで、奴らは必ず復讐しに来る! 戦いは絶対避けられねえんだよ!」

       

       

      ところで一方その頃。

       

      「ねえー! 皆さんさっきから何してんのー!?」

       

      選ばれし子供一行が話し合いを始めたせいで、マミーモンは孤軍奮闘を強いられていた。

      屋根の下で何が起こっているか、彼の耳までは聞こえてこないらしい。

       

      「今は大事な話をしてんだ! あんたも空気読んで、攻撃はやめて足止めに徹しな!」

      「ええー!?」

       

      アルケニモンが運転席から叫んだ。マミーモンの耳はアルケニモンの声だけはよく聞こえるようで、状況が分からないながらに大人しく彼女の指示に従う。
       
       
       

       

       
       

      場面は再び車内に戻る。

       

      「ただ殺すのがダメってんならよ、じゃあ捕食すんのはどうだ?」

       

      バアルモンがただでさえ細い目をぐっと細めた。恐らく、覆面の下ではにやりと笑っている。

      声色もかつてなく楽しそうだ。

       

      「お前ら人間だって、生き物を殺して食うんだろ? 食うために殺すんだったら文句は無えよな?」

       

      バアルモンは口元を隠す覆面に手をかける。その気になればいつでも口を露わにして食事を始められると、暗に示しているのだ。

       

      「捕食……あわわわ」

       

      生きるか殺すかの極限状況、そして恐ろしげな単語の登場で優香は目を回している。冷香の分まで妹の彼女が動揺を引き受けているかのようだ。

      優香がいつ泡を吹いて倒れるか、摩莉は気が気ではなかった。

       

      「デジモンはデジモンを食べるの?」

       

      冷香は直球に質問する。その質問の答えがどれほど恐ろしくとも、彼女は構わないのだろう。

       

      「そうだ。栄養データを摂るのに電脳核デジコアほど効率がいい食い物は無えからな」

       

      バアルモンは親指で自分の胸、彼の言う電脳核――人間で言う心臓のある位置をとんとんと叩いた。

       

      「俺はたまたま見た目が人間てめえらに似てるだけで、デジモンの本質は獣型も人型も変わらねえ。文字通りの『弱肉強食』こそがデジモンのルールだ」

       

      生きるために食べる。食べるために殺す。

      バアルモンとの問答で、デジモンの生態及び行動理念が人間にも理解出来るレベルまで解剖された。

      動物が当たり前に持つこの権利を、冷香は否定できなかった。

       

      「それを言われると、弱いわね……。論破バトルの行方や如何に。次回へ続く!」

       

       冷香を尊敬しつつあった摩莉の心が揺らぎ始める。冷香、負けないで! 来週に持ち越さないで、今論破して!

       いや、論破していいものなのだろうか? バアルモンからすれば譲歩してくれた方なのだろうし、「食事も禁止」は横暴すぎるのではないか?

       

      「じゃあ、今回は俺の勝ちだな! 喜べクソ吸血鬼、今夜のメシは馬刺しだ!」

       

       バアルモンはギャハハと笑って勝ち誇る。これではどちらが悪者なのか分からない。

       

       

      「え……私は強い者の血以外は飲みたくないんだが……」

       

       

       空気が「恐怖」・「緊迫」ではなく「唖然」で凍り付く。

       マタドゥルモンの発言は、一切空気を読まない否定の言葉だった。だが、彼の様子を見るに「バアルモンの言う事は心底訳が分からない」と困惑を表す意図以外は無いようだ。

       嘘でしょ。このタイミングでそんなワガママ言う? 摩莉は思わずバアルモンの立場でマタドゥルモンの常識を疑う。

       

      「しかし殺すのなら食べろ、と言うのならばしょうがない。私は彼らが死なないよう、細心の注意を払うとしよう」

       

       ワガママかと思いきや、最終的にマタドゥルモンは「敵を殺さない」方向で着地した。バアルモンの提案よりも、穏当な結末を迎えられるように。

       

      「生かしとけば復讐しに来る、っつってんだろうが」

       

       バアルモンはマタドゥルモンの選択がどうしても気に食わない。そもそも、バアルモンの考えは「殺さなければいけない」という前提があってのものだ。

       立場を同じくする筈のマタドゥルモンから否定される謂れはないと、バアルモンは食ってかかる。

       

      「それがいいと言っているんだ! 復讐のために彼らは強くなる。そうすれば、私はより高度な闘いを味わえるという訳だ。素晴らしい!」

       

       マタドゥルモンには、人間のような表情は無い。表情は無い、が――

       もしも表情があったなら、きっと彼は笑っていただろう。

       

      「おっと。もちろん、大切なパートナーであるセニョリータ達の身の安全が最優先だとも。安心して、我々に身を委ねたまえ」

       

       マタドゥルモンの本音らしき言葉を聞いてしまった後では、安心できない。

       

      (これ、私らみたいなのが口出さない方が良かったやつ?)

       

       摩莉は今更ながら自問する。

       確かに、摩莉自身は命のやり取りとは程遠い立場で暮らしているし、できる事なら今後一生関わりたくはない。

       だが、実際に戦うのはバアルモンが言う通りデジモンで、デジモンは戦いに対して肯定的だ。

       戦ってもらう立場ならば、彼らの意思を尊重すべきだっただろうか。いや、それ以前に――

       

      (もしかして、デジモンと迂闊に関わるべきじゃなかった?)

       

       摩莉の脳裏に、「そもそもが間違いだった」という後悔に似た考えがよぎる。

       

      (タツキも、こんな奴らに協力してるの?)

       

       摩莉が愛する武者小路タツキ少年。バルバモンの言う事が本当なら、彼もデジモンと行動を共にしている筈だ。

       タツキは天使型デジモンに“選ばれた”という。闘争本能が天使デジモンにさえ存在している普遍の本能であるならば、タツキも大なり小なり摩莉と同じ目に遭っている筈だ。

       こんなメンタルがゴリゴリ削られる環境から、タツキを助けてあげたい。助けてあげなければ。

       

      (いや。いや。いやいやいや! そう。私はタツキに会うためにここまで来たんだ。デジモンが何を考えてようと、私がタツキに会うためなら受け入れて、乗り越えなくちゃ)

       

       タツキの顔が頭に思い浮かんだ瞬間、摩莉の思考がクリアになる。靄が詰まっていた部分にスゥと当初の決意が再び湧き上がって、摩莉の思考をただ一点に定めていく。

       摩莉はこれ以上悩むのをやめて、せめて今だけは、前を向く事を決めた。

       

       

      「話は終わったかい!? じゃあここからはギアを上げてくよ! これ以上喋ったら舌噛むよ!」

       

       言うが早いか、アルケニモンがぐっとアクセルを踏み込んだ。これまで幾度となく少女達を襲った衝撃が再び訪れる。

       

      「アルケニモン! 結局どうなったんだ!?」

       

       天井からマミーモンの声がする。

       

      「不殺主義へ鞍替えだよ!」

      「不殺ぅ!?」

       

       アルケニモンの指示を受けたマミーモンの声からは、動揺が感じ取れる。やはり「不殺」はデジモンにとって一般的な行いではないのだろう。

       

      「相手は成熟期なんだから余裕だろ!」

      「わ、分かったよアルケニモン」

       

       ガシャンと金属同士がぶつかる音が社内に響く。

       マミーモンは車の天井――彼の視点では床に機関銃オベリスクを置いて、両手をユニモンの群れに向かって突き出した。

       

      「スネークバンデージ」

       

       マミーモンの腕を覆う包帯がほどけ、ユニモンに向かって伸びていく。伸縮自在の包帯は弾丸のような速さで伸び続け、蛇のようにユニモンに絡みついた。

       マミーモンが特に複雑な操作をした訳でもなく、包帯は独りでにユニモンの肉体をぐるぐる巡って束縛していく。先程バアルモンが放った札もそうだが、足が蹄のユニモンは、自分に絡みつく異物を上手くほどけない。

       

      「羽の関節もめてやったから、これで奴ら飛べなくなった筈だ」

       

       マミーモンは車内の少女達に向かって「にっ」と笑ってみせる。ちらりと見える牙が、今はなんだか頼もしい。

       彼の狙い通り、一度拘束されたユニモンが再び飛んで追いかけてくる事はなかった。

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    • #4148
      羽化石羽化石
      参加者

         デジモンの進化段階レベルは戦闘力へ如実に影響する。

         ユニモンは成熟期であるのに対し、こちらの戦闘要員は全員完全体。不殺のハンデがあるとは言え、ユニモン達を全員無力化するのにそう時間はかからなかった。

         後ろから追いかけて来る者が誰もいない事を確認すると、冷香は高らかに勝利を宣言する。

         

        「いぇーい・いぇーい・大勝利~。Foo~!」

         

         勝利の喜びを得てなおポーカーフェイスで喜ぶ冷香。ハイテンションな声と表情が合っていないので、少し怖い。

         

        「てめえが余計な指図してなきゃもっと早く終わってたんだよ!」

         

         そんな彼女をバアルモンが恨み節たっぷりで怒鳴りつける。

         

        「すごーい! みんなで力を合わせたからだね!」

        「うむ。殺し合いを目的としない闘いもたまにはいいものだ」

         

         マタドゥルモンはトランクから後部座席側に身を乗り出して、フレイヤと顔を合わせる(そのせいでフレイヤを膝に抱いている摩莉とマタドゥルモンが急接近し、摩莉は嫌な気持ちになった)。

         そして二人で「ねー」と声を合わせて意気投合する。

         バアルモンはぐるんと首を曲げて、今度は隣にいるマタドゥルモンに向かって怒鳴りつけた。忙しい奴である。

         

        「てめえらは何もしてねえだろうが! 特にブラックテイルモン!」

        「『サウザンドアロー』は峰打ちに向いていないのだから仕方がないではないか。それに、ブラックテイルモンは飛び道具を持っていない」

         

         マタドゥルモンとフレイヤは再び「ねー」と言い合い、バアルモンを更に苛立たせた。

         間に挟まれている摩莉としては、居心地が悪い事この上ない。

         

        (フレイヤ巻き込まないで二人だけでケンカしてくんないかな)

         

         一方、一仕事終えたマミーモンは屋根から車内へ戻っていた。ただし、運転は引き続きアルケニモンが行っている。

         

        「ったく、とんだ遠回りをさせられちまったよ。……調査によると、このまま進めば天使どもの基地に辿り着くらしい」

         

         あてどなく森を彷徨っていた頃に比べると、なんて至れり尽くせりなのだろう。

         少女たちの中で、まだ会ってもいない魔王・デーモンの評価がうなぎ登りだ。

         

        「あたしらの目的地は別の場所だけど、分かれ道までは送ってやるよ。また面倒なのに見つかる前に、一気に突っ切――」

         

         突然、アルケニモンが言葉を途中で切った。

         彼女の言葉を遮ったものは何か。答えは少し遅れて少女達も耳にする。

         

         優れた身体能力をもっとデジモン達は、いち早く音の波を捉える。

         次に人間の少女達も、遅れて音を耳にする。

         

        「なんか今、汽笛の音聞こえなかった?」

         

         汽笛なんて、聞こえる筈がない。だってここは、一本道の道路以外は一面の草原が広がっているのだから。

         線路なんて、どこにも走っていないのだから。

         

         それなのに――汽笛を鳴らす汽車がどこまでも追いかけてくるなんて、おかしい。

         

         バアルモンもマミーモンも、マタドゥルモンもこの状況を前に絶句しているという事は、これはデジタルワールドにおいても有り得ない状況なのだろう。

         

         蒸気が噴き出す音。機構が擦れて発生する金属音。そして――本来は線路の上しか走らない筈の車輪が、ガリガリと地面を削る音。

         線路の無い地面を走る黒鉄の機関車が、第二の追っ手として姿を現した。

         

        「なんだお前!?」

         

         マミーモン達は驚愕の眼差しを向けつつ、機関車が何者なのかを問う。

         そう、何者かと聞いた。機関車の正面には人間のように二つの目があり、生命体であると推察できる。

         名を問われて機関車はどこにあるか分からない口から名乗りを上げる。

         

        「我が名はロコモン!」

        「見りゃ分かんだよロコモンがなんで地面を走ってんだって聞いてんだ!」

         

         機関車ロコモーションの姿をしたデジモンは「ロコモン」といって、割とポピュラーな存在である事。
         
         そして、彼らは本来線路の上しか走れない事が今の会話から分かった。

         

        「デジモンの『有り得る』と『有り得ない』の境目が分かんなくなってきた」

         

         摩莉がこっそりぼやく。

         人間にとっては、そもそも「機関車の形をした生き物」の時点で有り得ないのである。

         そうこうしている間に、デジモン達はロコモンに向かって激しくブーイングしていた。

         レオモンに道を塞がれた時と全く同じ展開だ。

         

        「ロコモンの癖に地面を走ってんじゃねえよ! 線路を走れ線路を! 地面めっちゃ削れてんじゃねえか!」

         

         一際大きな声はバアルモンのものである。

         

        「ロコモンが線路しか走れない時代はもう終わったのである。――いや、吾輩が終わらせたのである!」

         

         列車が走るとただでさえ大きな音が出るが、地面をゴリゴリと削りながら走るロコモンが出す音はその比ではない。

         ロコモン自身にもその自覚があるようで、相手に声が届くよう声を張り上げて身の上を語り始める。

         

        「苦節三十五年。遂に線路の無い地面を走る技術チカラを手に入れた吾輩は、荷運び“以外”で世界平和に貢献する道を走り出したのである! 始まりはそう、あの頃。今は遠き故郷・アカソックタウンを飛び出し客が多い都会を目指した吾輩――」

         

        「イカれてんのか?」

        「具体的な年数出すなよ何とも言えねえ気持ちになるだろ」

        「上手い事言ったつもりのドヤ顔してるんじゃないよ!」

        「グランドロコモンに進化したら特に何の意味もない特技になるが?」

         

         口々に飛び出す罵詈雑言。打ち合わせも無しに一人一人が別内容の暴言を流れるように紡いでいく。嫌な職人技だ。

         

        「みんな口が悪すぎる!」

         

         流石に看過できなくなった摩莉は抗議した。

         ロコモンは別に、そこまで気に障るような事は言ってないだろう。しゃらくさいとは思うが。

         

        「その世界平和とは、貴様らダークエリアの侵略者を討ち倒す事で果たされるのである! 我が同胞、レオモンとユニモン達の仇討ちである!」

         

         ロコモンの側面を構成するパーツの一部が「ガコン」と外れ、持ち上がる。

         ネジ状の保持パーツ、或いは何らかの口を塞ぐ蓋のように見えていたパーツは、実際のところ見たまま円盤状のパーツであり更に変形してトゲ状の形態に移行する。

         

        「ホイーーール! グラインダー!!」

         

         トゲはドリルのように回転し、車に向かってミサイルのように発射された。

         車に当たればひとたまりもないだろう。

         

        「どれ、私が蹴り飛ば――」

        「カミウチ!」

         

         マタドゥルモンが前に出るより速く、バアルモンが鞭を振るう。

         ユニモンに放とうとして冷香に止められた攻撃の正体は、鞭から放たれる電撃だった。

         一瞬の閃光が目を貫いたかと思うと、電撃は天から落ちる稲妻のようにドカンと大きな音を立ててドリルに直撃。

         黒く焦げたドリルはごろりと地面に転がり、地面に置き去りにされたまま景色ごと遠ざかっていく。

         至近距離で雷が落ち、驚いた摩莉の心臓は太鼓よりも激しく鼓動した。よく見るとフレイヤも全身の毛を逆立てている。

         

        「やっぱ天使が相手じゃねえと効き目わりいな」

         

         当のバアルモンは鞭をゆらゆらと振りながら、雷の威力に不満を述べていた。

         ロコモンは変わらず走り続けている。あのドリルはあくまで攻撃用のオプションパーツであり、失われたところで走行に支障は無いようだ。

         それでもロコモンは、感心したようにこう言った。

         

        「ホイールグラインダーを撃ち落とす威力の雷であるか。中々のものであ――」

        「バアルモン貴様、私の見せ場を邪魔したな?」

         

         マタドゥルモンはロコモンの言葉を無視してバアルモンに抗議する。どう考えてもそんな事している場合ではない。

         

        「そうだな、俺もミスったと思ったぜ。ほっときゃ腐れ吸血鬼が棘の餌食になってたのによ」

        「私が競り負ける事前提で話を進めるでない」

        「吾輩のセリフ遮ってまで喧嘩するのやめてくれないであるか?」

         

         ロコモンにまで言われていたら世話はない。

         バアルモンとマタドゥルモンはさておき、状況が悪化しつつあるのは、戦慣れしていない少女達の目にも明らかだった。

         ユニモンが相手ならば拘束もできたが、ロコモンの大きく重い車体は、札や包帯では止められない。鉄の車体は銃弾も無数のレイピアも通さないだろう。蹴り技の蝶絶喇叭蹴は論外。何の面白みもなくマタドゥルモンが轢かれて終わるだけだ。

         強いて言えば、バアルモンの電撃『カミウチ』が有効打になり得るかもしれない。だが、「かもしれない」以上の期待はできない。

         (不正改造で)ボロボロの車はロコモンを振り切れるほどのスピードはもう出せない。

         

        「ったく、よりによってロコモンに追いかけられるなんて面倒ったらありゃしない」

         

         アルケニモンがストレスのためか頭を掻きむしる。ひとしきり「うー」と唸ってから、彼女は何かを決意したように上を向く。

         

        「ああもう! あたしが出る!」

         

         アルケニモンが決意表明すると同時に、彼女の身体から「みしり」と音がした。人間の少女達が口を出す間も無く、アルケニモンの身体に異変が起こる。

         

         彼女のタイトなドレスがおよそ人体からかけ離れた形に膨れ上がったかと思うと、布を突き破って六本の棒が――蜘蛛の脚が、姿を現す。アルケニモンの服と同じ、目が覚めるような赤い脚だ。

         脚が生えている胴は丸く膨れ上がり、破れたスカートを押しのけ、短い毛の生えた蟲の腹を晒す。

         口はいつの間にか顔の端まで裂け、頭には牛のように曲がった二本の角を生やし、アルケニモンは人頭と蜘蛛の脚を組み合わせた怪物と化した。

         

        「アルケニーってそっち!?」

         

         大人しい優香が珍しく声を張り上げた。摩莉はアルケニモンが変身した事自体に驚きの声を上げようとしたのだが、興味が一気に優香の叫びに持っていかれてしまう。

         そっちって何。「アルケニー」にあっちとそっちがあるのか。ってかアルケニーってなに?

         一人で納得している優香は何も教えてはくれず、摩莉の疑問は消化不良に終わる。

         

         アルケニモンは脚をカサカサと動かしてするりと車の天井に登った。見かけのみならず、身体機能もしっかり蜘蛛のものに変化しているようだ。

         

        「ま、待ってくれよアルケニモン!」

        「うそぉマミーモンも行くの!?」

         

         一度は車内に戻ったマミーモンも、何故かアルケニモンを追いかけて屋根の上に登ってしまった。

         

        「ちょっとぉ!? 誰が運転するの!?」

         

         血相を変えて摩莉は叫んだ。

         屋根の上からアルケニモンが顔を覗かせて、車内の少女達に呼びかける。

         

        「嬢ちゃん達! あたしの代わりに誰か運転してくんな!」

        「無理!」

         

         摩莉は即答した。当然だ。まだ免許を取れる年齢にすらなっていないのに、人の命がかかった場面で運転などできない。

         流石に彼女らに運転を任せる訳にはいかないと判断して、バアルモンがアルケニモンに進言する。

         

        「ガキに運転させるくらいなら俺が運転する!」

        「駄目だ! バアルモンが戦前から外れたら、ロコモンの攻撃を防御する手段がなくなっちまう!」

         

         しかし、マミーモンはその進言を却下する。同様の理由でマタドゥルモンも運転はさせられない。

         

        「案ずるな。私は元から運転経験が無い」

         

         何が案ずるなだ。

         事実、ロコモンは二発目、三発目と自身に備え付けられた「ホイールグラインダー」を発射し続けており、バアルモンとマタドゥルモンはその対処に集中せざるを得なかった。

         

         

        「ほいほい、私が運転するわ」

         

         

         摩莉の横からお手本のような二つ返事。言うまでもなく、冷香の声だ。

         彼女は前の座席に向かって身を乗り出し、当たり前のように運転席に座り、当たり前のようにハンドルを握る。

         摩莉は状況を理解するのに、3秒ほど時間を要した。
         

        「ヒアウィーゴー!」

        「待てーい!」

         

         アクセルを全力で踏もうとした冷香をギリギリで制止する。

         

        「もしかして冷香……外国で運転免許を取ってたりとか、秘密の運転練習とかしてたりする?」

        「おおよそ日本国の常識と照らし合わせて判断してくれていいわ」

        「つまりフツーに無免許って事!?」

         

         隣の優香が青ざめた顔でゆっくり頷いた。

         

        「やめろー!!!」

         

         摩莉は恐怖のあまり絶叫する。

         

        「大丈夫よ。別に難しい道を通る訳じゃないもの。このだだっ広くて何もない草原で、ロコモンに捕まらないように適当にハンドル切っとけばいいんだから」

         

         バアルモンの詰めにも動じない冷香が、摩莉が叫んだ程度で止まる訳がないと言われればその通りだ。

         

        「それに、ほら。私たちの苗字『風峰』ってなんかこう……猛スピードで峠を攻めてるような感じがしないかしら」

        「しないけど」

        「本当に? 胸に手を当ててもう一度考えてみて」

        「そこに無いものを見させようとすな!」

         

         摩莉はこの状況そのものを拒否したいとばかりに叫んだ。

         しかし、たった今戦闘中のデジモンを一人でも呼び戻す事は現実的ではないと、摩莉にも分かっていた。同時に、無理矢理に冷香をハンドルから引き離して運転席を無人にする余裕も無いことも。

         

         そもそも、冷香をよく知る優香が青い顔をしながらも冷香を止めないという事は、止められないのだろう。

         

        「まっかせなサーイ。こう見えて私、乗り物には好かれやすいのよ」

         

         どう見えていると思って言ったのだろうか。そもそも「好かれやすい」とはなんだ、好かれやすいとは。

         

         この時、優香が僅かに顔を曇らせた理由を摩莉はまだ知らない。

         

         

        「運転やめてこっちに来たからには、ロコモンをどうにかするアテがあるんだろうな。意味もなくクソガキに運転任せてる訳じゃねえよな、な!!」

         

         トランクの中からバアルモンが問いかける。己の命を冷香に預けている状況故に、声には焦りが混ざり、ただでさえ青白い顔面はもはや真っ白だ。

         アルケニモンが返した答えはいたってシンプルなもの。

         

        「マシーン型、それもノリモンの倒し方なんて。乗り込んで倒すって相場は決まってる」

         

         せっかく体内に入れる仕組みがあるのだから、利用させてもらえばいい。

         

         一方その頃、ロコモンはくつくつと笑っていた。自身に乗り込もうとするアルケニモン達を嘲るように。

         

        「語るに落ちたであるな魔王の手先ども。吾輩を倒そうとするとはやはり、レオモンやユニモンに語った言葉は嘘だったであるな!」

        「そうだが?」

         

         もうここまで来たら別に隠す必要も無いだろう。

         

        「悪の手先のばっちい尻を、吾輩の大事な客席に乗せる訳にはいかないのである。客車・パージ!」

         

         ガシャン、と音がして、ロコモンの機関部と客車の隙間が広がっていく。どうやら自ら連結を外したらしい。

         大事な客席がみるみる内に遠ざかっていく。そして、ロコモンのスピードが徐々に上がり始める。

         

        「これで身軽になったのである! 引導を渡してくれるである!」

        「大事な客席置き去りになってるけどいいのかよ!」

         

         ロコモンは再びホイールグラインダーを発動させる。

         

        「まずは、お前達を運ぶ足を破壊するである。吾輩と同じ乗り物とて、容赦は不要である」

         

         冷香はホイールグラインダーを避けるために大きくハンドルを切る。

        「させないわ」

         

         車体も合わせてロコモンの反対側へギュンと曲がる。

         素人のしかも咄嗟の判断故に、ハンドルの切り方は余りにも乱暴。車体は大きく揺れて、乗員は当然バランスを崩す。

         脚が多く安定感のあるアルケニモンはそのまま車体にしがみついていられた。

         

        「おい下手くそ! もっとマシな避け方ってもんがあるだろうが! 事故ったせいで死んだら化けて出るからな!」

         

         車体の揺れで迷惑を被ったバアルモンが冷香をどやす。

         

        「当然よ。何者も、私の前で交通事故死するのは許さないわ」

         

         聞かれていないと分かっていても、冷香はバアルモンの言葉に言い返す形で、彼女自身の矜持を示した。

         

         

         

         

        (車を壊すのは大前提として、残しておくと厄介なのはやはり、マミーモンとアルケニモンである)

         

         ロコモンは思案する。

         

        (マミーモンは包帯、アルケニモンは蜘蛛糸を伸ばして吾輩に乗り移れてしまうである。マタドゥルモンは跳んで来ても轢けばいいからどうでもいいである。ターバンつけてるデジモンは、変な札は飛ばせてもあいつ自身が飛べる訳ではないようである)

         

         ロコモンは今まで受けた攻撃から、「外側からの攻撃は最悪直撃しても耐えられる」、「よって優先すべきは体内への侵入を防ぐ事」と判断した。

         

        (殺し方のパターンは色々と考えられるである。例えば今ここでスチームボムをぶつけるとか……!?)

         

         その時だ。

        ロコモンは分厚い鉄の装甲を貫き、電脳核デジコアさえも貫くほどの『何か』を――殺気を感じ取った。

         

        「今、アルケニモンから殺すって言ったか?」

         

         マミーモンからだ。並みの究極体ですら発せないほどの殺気が、完全体のマミーモンから発されている。

         

        「まだ言ってないであるが!?」

         

         本当だ。ロコモンはまだ、何も言っていなかった。

         だが、マミーモンには分かったのだ。ロコモンがアルケニモンへ向けた確かな殺気が。

         

        「どいつもこいつもアルケニモンを殺すアルケニモンを殺すってよぉ!! か弱いアルケニモンをよってたかってよぉ!!」

        「か弱くはないと思うのであるが……?」

         

         ロコモンの知識が間違っていなければ、アルケニモンは完全体だし、特別戦闘が苦手という事もなかった筈だ。

         しかしマミーモンの中ではそういう事になっているらしい。「恋は盲目」を地で行っている。

         

        「あ、アルケニモンはそこまで気にかけなくても、きっと大丈夫であるよ?」

        「気にかけるわボケ!」

         

         ロコモンはマミーモンの尋常ではない殺気を抑えるために彼を宥めようとしたが、火に油を注いで終わる。

         

         そして、マミーモンは火がついた油を燃やし尽くす勢いで、天に向かって宣言したのだ。

         

        「俺はこの戦争が終わったらぁ!! 故郷の街に帰って! アルケニモンと結婚するんだああああ!!!」

         

         包帯男の愛の叫びが、天地を隔てるこの空間全てに木霊する。

         場が、空気が、そして時が凍りついた。

         

        (嘘でしょ、マミーモン)

         

        「…………この後、死ぬキャラが言うセリフだよね、それ」

         

         ここで場面はこの小説の冒頭へと戻ってくる。

         

        「なっ、なんだい急に、こんな場所で……!」

         

         突き放すように、しかし満更でもない風に。アルケニモンは顔を真っ赤に染めて、マミーモンに決して顔を見られないように目を背けながら言った。

         

         目を逸らしたいのはこっちである。

         

         超弩級の「死亡フラグ」。物語上で「死の暗喩」として使われる表現技法。

         戦いが終わったら結婚するだなんて、死を意味する様式美のお手本ど真ん中だ。こんなコテコテの台詞を現実に言ってしまう者がいるのか疑わしかったが、意外と言っている本人は気付かず言ってしまうものらしい。

         これはデジタルワールドにも存在する概念のようで、バアルモンもマタドゥルモンも唖然としつつ居た堪れない様子で目を背けている。

         摩莉は「こいつらにすら、こんな顔をさせるなんて」という意味でも居た堪れなくなってきた。

         

         摩莉は鉄面皮がどうなっているのか気になって、冷香の顔を見る。

         冷香は無言で冷や汗をかいていた。

         明らかに運転を代わってほしがっていた。流石の冷香も、ド直球の死亡フラグを前にしてはプレッシャーに耐えられなかったのだ。

        しかし誰も代われない。これが冷香の選んだ道だ。

         

        「頑張って冷香。フラグをへし折るくらいの超絶ドラテク見せて」

        「わ、わわ、わかったわ」

         

        顔に出ない分、声ではっきりと動揺しているのが感じ取れる。

         

        「もうこれ逆に生存するパターンじゃないですかね」

         

         優香は不安を処理しきれなくなったのか、一周回って冷静にこんな事を言い始めていた。

         パターンも何も、生き残ってもらわねば困るのだが。

         

         もちろんフレイヤは死亡フラグが立っている事は分かっていないし、なんなら皆が居た堪れなくなっている事も察せていない。

         

        「そうだったんだ! マミーモンは、アルケニモンが好きだったんだ! 負けるながんばれ~!」

         

         優しい子だ。

         

         当然ロコモンも狼狽している。なんせ、向こうが勝手に死地に飛び込んできたのだ。

         

        「み、自ら死亡フラグを立てる事で、こちらが悪者になったかのような錯覚を与える作戦! 卑怯な心理戦に持ち込むとは、流石魔王の手先である」

         

         摩莉はそろそろ「無意味に罵倒されたり死亡フラグに巻き込まれたりした事には同情するが、ロコモンもロコモンで口が悪いな」と思い始めた。

         

        「アルケニモンを狙った時点で完全無欠の悪者じゃボケ!」

         

         マミーモンはオベリスクを背中に背負う。これで彼の両手は自由になった。本格的にロコモンへ飛び移るための準備が始まった。

         アルケニモンの手の周りにも、きらりと光るものが見え始める。細くとも光を反射する蜘蛛の糸だ。現実世界の小さな蜘蛛が生み出したものでさえ、同じ太さの鋼鉄を優に超える硬さを誇ると言われる優秀な糸だ。

         アルケニモンとマミーモンは口々に運転手、即ち冷香に向かって指示を飛ばした。
         

        「奴の心臓部に乗り込むぞ!」

        「あいつの間合いに入らないで! でもギリギリまで寄って、並走して! 前には出ないで!」

        「わかわかわかわかったわ」

         

         冷香はマミーモン達の指示に従い、進路を僅かに横にずらす。ロコモンの前を走るのではなく、真横に並ぶために。

         客車を捨て、身軽になったロコモンから「逃げながら並走する」という無理難題に冷香は必死で応えようとする。

         応えなければ、死亡フラグが冷香のせいで成立してしまうのだ。必死にもなる。

         

        「当然の権利として妨害させてもらうである。ホイール――」

        「サウザントアロー!」

         

         ホイールグラインダーの変形が終わるより先に、マタドゥルモンの袖からきらりと鋭い刃が飛んだ。

         刃はパーツとパーツの隙間に突き刺さり、変形と回転を阻害する。ロコモンは苦い顔で舌打ちをした。ロコモンのどこに舌があるのかは不明である。

         

        「今だ、姉君。車を寄せるのだ」

        「どういうつもりで私を姉と呼んだのかしら? 場合によってはバアルモンに頼んで貴方を車から引きずり降ろすわよ」

         

         今のマタドゥルモンの失言で、冷香は冷静な心を取り戻す。早口でマタドゥルモンを詰めつつ、車間距離もギリギリまで詰める。これだけ近ければ狙いは外さない、という距離まで近付いたところで、アルケニモンとマミーモンは動き出す。

         アルケニモンはタイミングを見計らい、粘着質の糸を伸ばしてロコモンの車体に付着させた。

         

        「あ! やりやがったであるな!」

         

         アルケニモンの狙いに気付いたロコモンは更にスピードを上げた。しかし、粘着質かつ伸張性の高い糸は容易に剥がれない。

         ロコモンと車の距離は再びぐんぐんと開いていくが、蜘蛛糸で繋がった今ならさしたる問題ではない。

         

        「行くよ! 捕まんな!」

        「あいよぉ!」

         

         アルケニモンと彼女の胴を掴んだマミーモンが跳んだ。

         糸でロコモンと繋がれた体は、まるで空中ブランコのように大きな弧を描いて宙を舞う。

         弧の反対側の端には当然、ロコモンがいる。

         一瞬、空中で止まった二人は、振り子のように反対側へ。タイミングを合わせて、ロコモンの側面にある窓へ足を差し入れる。

         二人はロコモンの体内への侵入を果たした。

         

        「ちぃっ、侵入を許してしまったであるか。しかしこの程度は予測範囲内。ノリモンは乗り込まれてしまってからが本番である」
         

         負け惜しみなのか本当に策があるのが、ロコモンは何やら不穏な言葉を呟いた。

         

         

         

         

         マミーモンとアルケニモンは、ロコモンの中枢部にあたる機関室へ乗り込んだ。

         目の前には、ロコモンの心臓部――即ち、燃料たる石炭を焚べる火室がある。

         

        「で、『本番』って何だったんだよ」

         

         マミーモンか未だ熱を持つ銃を構えながら言う。

         

        「お前らがぶっ壊した迎撃装置と、車外に放り投げた用心棒の事であるが……!?」

         

         狭い室内は、侵入者に備えて設置した迎撃装置と、ロコモンが雇った用心棒でひしめき合っていた。

         ひしめき合いすぎて互いが上手に機能しておらず、ダークエリアで鍛えたマミーモンとアルケニモンの敵ではなかった。

         

        「そうかいそうかい。じゃあ、今度こそあんたは丸腰ってワケかい」

         

         アルケニモンはケラケラとロコモンの窮状を嗤う。しかし、その目は笑っていない。隣のマミーモンと同じ、ここで確実にロコモンを仕留めようという冷酷な戦士の目をしている。

         

        「今度は吾輩の機関室を撃ち抜き、爆発させるつもりであるか。……愚か。愚かも愚か、愚かである」

        「一回でいいだろ『愚か』は!」

        「ここで吾輩が爆発したら、貴様ら二人とも巻き添えであるぞ?」

         

         ロコモンは先程受けた嘲笑をそっくりそのまま返すかのように、にたりと笑った。

         

        「なんだい、ここに来て情けない命乞いだねえ。それでもデジタルモンスターかい!」

         

         アルケニモンの煽りも今のロコモンには通用しない。

         

        「――逆に考えろである。吾輩が自爆すれば、貴様らを確殺できるという事である」

         

         自爆。追い詰められたマシーン型が行う自決にして最大の攻撃。

         結果は同じ、爆発による共倒れではあるが――

         

        「死なば諸共! 殺されて死ぬくらいなら殺して死ぬ! それが戦闘種族デジモンの誉れである! さあ、吾輩の自爆と貴様の引き金を引く早さ、どちらが早いか……」

        「ごちゃごちゃうるさいんだよ」

        「御託は地獄で吐きやがれ!」

         

         事前に示し合わせていた訳ではない。だが二人は自然と手と手を取るように、二人で一つの銃の引き金に指を掛けた。

         ロコモンが自爆するより速く引き金を引く。瞬間、火の中に飛び込む鉄の弾。

         めちゃくちゃに跳弾した弾は火室を、その奥にある蒸気機関をズタズタに傷つけ誘爆した。

         

         

         

         

        「やったのね」

         

         冷香はその目を大きく見開いて驚愕した。思わずブレーキを掛けて、衝撃的な爆発を見届ける。後ろからバアルモンが「馬鹿野郎止まるな!」と叫んでも、気にも留めない。

         

         ロコモンの隙間という隙間から、ほんの一瞬だけ眩い光が漏れる。直後、どす黒い煙が溢れたかと思うとその煙は一瞬で赤い火に塗り替わり、空気も機関車の壁も全て押し退ける爆風と共に吹き荒れた。

         炎はすぐに消えたが、煙はその場に残って爆発の元たるロコモンを覆い隠している。辺り一帯は文字通りの焼け野原。焼けた草と石炭の臭いが漂っている。

         

        「マミーモンとアルケニモンは? 無事?」

         

         選ばれし子供達は、煙の向こうに生存者の姿を求めて注視する。

         煙が晴れ始めると、そこには――

         

        「俺はアルケニモンがいる限り死なねえよ!」

        「バカ! あたしがいなくても死ぬんじゃないよ!」

         

         爆発で多少包帯や毛の端が焦げているが、五体満足のマミーモンとアルケニモンが元気に立っていた。
         

        「……死ぬと見せかけて生存するフラグの方を勝ち取ったわね」
         

         冷香は心底ほっとした様子で、安心した拍子に力が抜けて椅子から半分ずり落ちた。

         

        「おっと待たれい」

         

         と思いきや大事な事を思い出し、椅子にしゃきっと座り直す。

         

        「ロコモンの方はどうなったのかしら?」

         

         我らがカップルは爆発から見事生還した。

         では、自身が爆発の発生源であるロコモンは?

         

        『ゴホッ、ゴホッ……な、なぜ? なぜ吾輩は生きている?』

         

         煙が晴れるとそこには――殆どのパーツが破損し、横倒しにされて涙目になってはいるものの、一命を取り留めたロコモンがいた。

         

        「おのれ、これでは修理に何ヶ月かかるか分からないである……!」

         

         何を言っているのかこちらまでは聞こえてこないが、どうやら恨み言を呟ける程度には元気なようだった。

         

        「ったく。余計な仕事させやがってよ」

         

         バアルモンが面白くなさそうに吐き捨てた。

         バアルモンの手には、飛ばした札と同じもの・・・・・・・・・・が一枚。

         

        「別に札を爆発させても良かったんだけどよ。てめえらこういうオチにでもしねえと納得しねえんだろ」

         

         

         

         

         時は遡ること数分前。マミーモンとアルケニモンがロコモンの内部に乗り込んだ直後の事だ。

         

         残された二体の完全体デジモン(※フレイヤは戦闘員に計上しないものとする)も今、後の身の振り方を考えなければならなかった。

        引き続きロコモンと並走する車の中で、両雄は意見を交わす。

         

        「ふむ。彼らを二人きりにしてはまとめて爆発死亡エンドになってしまうかもしれん。私も行こう」

        「何言ってやがんだ、ここは二人きりで戦って愛の力的なアレで生き残るパターンだろ」

        「死亡フラグの折り方でケンカしないでくんない?」

         

         意見は交わるどころか見事に真っ二つ。この期に及んで喧嘩を始めるバアルモンとマタドゥルモン。

         しかし、二人が喧嘩している間に死亡フラグが成立しても困るのだ。

         

        「しゃーねーなぁ! 間を取って、こいつだけ寄越す」

         

         バアルモンはそう言って、マントから剥がした札を二枚・・、ロコモンに向かって投げつけた。

         札は途中まで投げられた勢いで進んでいたが、本来スピードが落ち始める距離に差し掛かったところで独りでに動き始める。窓の隙間をするりと抜けて、札はロコモンの体内に侵入した。

         

        「耐火の護符だ。厳密には炎を操って勢いを弱めてんだが、まあ耐火って事でいいだろ」

         

         バアルモンの札には、どうやら様々な用途があるらしい。

         ユニモンから逃げる際に使った札はガムテープのように貼り付くだけの札だった。今回は炎を操る札だ。

         この調子だと、他にも沢山の用途がありそうだと摩莉は思う。

         

        「死なない程度に爆発を抑えるくらいなら札越しでも余裕だ」

         

         もはや爆発する事前提で対策が進んでいる。

         バアルモンが摩訶不思議な札を操る様子を見て、マタドゥルモンは感心したようにこう言った。

         

        「ほう、魔術使いとは珍しい。もしや魔学術都市ウィッチェルニーの出か?」

        「あそこの魔術大卒ではある」

         

         マタドゥルモンからの問いかけを、バアルモンは珍しく肯定した。

         ウィッチェルニーという言葉の意味をまだ人間の少女達は知らない。ただ一つだけ分かった事がある。
         

        「バアルモン、大卒なんだ……」

         

         

         

         

         爆発を抑える札はバアルモンの想定通りに機能し、見事ロコモンを含めた全員を生還させたのだった。

         

        「これで心配事はもう無いわ。さよならミスター・エクスプレス。もう会うことはないでしょう。ボンボヤージュ」

         

         冷香が運転する車は軽快に、そして爽やかに、涼しい風を伴って焼け野原から走り去った。

         

         

        ◇◇◇

         
         

         戦闘が終わり、一行が再び二手に分かれるまでの、ささやかだが穏やかなひととき。

         誰にも邪魔されず、再び草原を快走する喜びを謳歌する。

         車はもはや見た目から車種が分からなくなった。しかも、油の臭いを漏らしながら「ぷすん、ぷすん」と鳴き声を上げている。

         無茶な走りをさせたせいで、いよいよエンジンにもガタが来ているのだ。

         しかし、一仕事終えた車はどんなにボロボロになっても誇らしげに見えた――そんな気がした。

         そんな愛車を運転しながら、マミーモンが言う。

         

        「目的地に着いたら、そうだな。……まず、車を修理してもらうよ」

         

         果たして「これもう新車買った方がいいですよ」と言わずに修理してくれる店はあるのだろうか。

         

        「修理代もガキ共とガキを喚んだバルバモンに請求すりゃ良いんじゃねえのか? 無駄な不殺主義のせいで余計に手間取ったんだしよ」

         

         バアルモンが頭の後ろで手を組みながら、冗談めかしていう。

         まだこの件で不貞腐れていたのか。摩莉の中では一周回って感心の域に入った。

         マミーモンは一瞬、断りそうな雰囲気を出しかけてから、何かを思い出す。

         

        「……そうだよな、お前らに請求した方がいいよな。トランク壊したのお前らだもんな!?」

         

         バアルモンは「しまった」と焦った顔で目を反らした。

         隣でマタドゥルモンがゲラゲラ笑っているが、彼は自身が共犯者だという事をすっかり忘れている。

         

        「ところでアルケニモンは何で人間の格好してたの?」

         

         墓穴を掘ったバアルモンは置いておく事にして、摩莉は、再び人間で助手席に座っているアルケニモンに訊ねた。

         聞けば、アルケニモンという種族は人間に擬態できる能力を持っているらしい。

         持っているからと言って、必ずしも人間の姿を取る必要はない筈だ。

         

        「そりゃあんた、車の中であたしの脚広げてたら邪魔じゃないか」

        「それはそう」

         

         実にご尤もな理由が返ってきた。

         

         

         やがて、ただひたすら真っ直ぐだった道の先が、二つに分かれているのが見え始めた。

         

        「おや、そろそろお別れのようだね」

         

         アルケニモンが名残惜しそうに言う。

         ここまで摩莉達を連れてきてくれたのは彼女とマミーモンだが、彼女達自身も、騒がしくも愉快な旅を楽しんでくれたようだ。

         厄介事に巻き込んでしまったと気を病んでいた摩莉だが、アルケニモンの態度に救われる。それ以上に、新たなる友人となれた事を嬉しく思った。

         

        「そっか。もう、お別れなんだ……。ここで?」

         

         嬉しく思うがそれはそれ、これはこれ。

         このだだっ広い草原で放逐されるのは困る。一度快適な車移動に慣れてしまった身では、何もない場所をえっちらおっちら歩く事に耐えられない。きっと耐えられない。

         

        「あんたらが行くのは天使型デジモンの里だろ? あたしらが行くのはナイツ軍の駐屯地だ」

         

         残念だけど、これ以上は乗せて行ってあげられないよ。と、アルケニモンは申し訳無さそうに言う。

         パラパラとページをめくる音がするので振り向くと、バアルモンが紅い本を渋い表情で見つめていた。

         

        「……マジだ。ここで道が完全に分かれてやがる。クソッ」

         

         バアルモンは本をバタンと閉じた。

         バアルモンが言うなら、もうこれ以上は粘れないだろう。恩人の二人に、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。摩莉達はぞろぞろと車を降りる。

         

        「それじゃ、達者でね。気をつけなよ、天使どもは何考えてるか分かんないから」

        「俺達からも『乗り物をください』ってバルバモン様に言っとくよ。……聞いてもらえるかは分かんねえけど」

         

         アルケニモンもマミーモンも、わざわざ車から降りて見送ってくれた。

         ……ただ、バルバモンの話題に差し掛かると二人とも目を逸らした。バルバモンのケチ具合は他の魔王の部下が相手でも相当手強いらしい。

         

        「乗り物が届くまで死んだら駄目だからな」

         
         それでも、最後にはマミーモンは歯を見せて「にかっ」と笑ってくれた。勿論、アルケニモンも笑顔だ。

         

        「ここまでの厚い助力に感謝する。……貴殿らも死地に飛び込むのは同じ事。敵に素性がバレて殺される等という、つまらない死に方だけはせぬよう気をつけたまえ」

         

         マタドゥルモンが大仰な仕草で一礼すると同時に忠告する。それも、今までの彼の態度とは一変して、おふざけの無い真剣な態度で。

         死亡フラグという「単なる予感」など比ではない、正真正銘の危険地帯に飛び込むのだ。厳しささえ感じるほどの忠告をするのは相手の身を案じればこそ。

         

        「あたしらが行くのはロードナイトモンの所さ。あいつなら少しはウィルス種に寛容だろうから」

         

         ロードナイトモンというデジモンがどんなデジモンなのか、摩莉にはまだ分からない。それでも、ロコモンやユニモンがそうであったように、ダークエリアのデジモンを迫害するような相手ではないのであれば――それだけで、摩莉は安堵出来た。

         

         別れは惜しいが、それでも時間は待ってくれない。

         マミーモンとアルケニモンは再び車に乗り込み、反対側の別れ道に向かって発進する。

         二人が手を振ると、誰からともなく感謝の声が上がり始めた。

         

        「ありがとうー!」

        「ありがとうございましたー!」

        「ドライブ楽しかったわー!」

        「“けっこんしき”するなら呼んでねー!」

         

        「……バアルモンよ、貴様も何か言った方が良いのではないか」

        「てめえに言われるまでもねえっての! おい! もう死亡フラグ立てんじゃねえぞ! もうフォローしてやれねえかんな!」

         

         走り出した車の背に向かい、少女達は次々と別れと感謝の言葉を叫ぶ。それは、車の影が道の遥か向こうに消えて見えなくなるまで続いた。

         蜘蛛女と木乃伊男の珍しいカップルの愛が、成就する事を願って。

         

         

        「……結局、最後には徒歩かよ」

         

         車の影が見えなくなった途端、バアルモンは誰よりも肩を落としてげんなりした表情でぼやいた。

         

        「元気を出して。私達がついてるわ」

        「てめえらも一緒に歩くんだよ」

         

         ここで一緒にげんなりしないのが風峰冷香。彼女はどーんと胸を叩いてみせる。

         

        「私、乗り物を惹き寄せる事に関しては他の追随を許さないわ。デジタルワールド一のヒッチハッカーを目指してみせましょう」

        「それでロコモン呼び寄せてるんじゃ世話ねえよ!」

         

         

        ◇◇◇
         

         

        「仲間達はやり遂げてくれただろうか。いや、絶対やり遂げたに違いない。今頃マタドゥルモンにも大勝利して、平和を取り戻している筈だ」

         

         一方その頃。レオモンは仰向けになって空を眺めながら、仲間の勝利を信じていた。起き上がる元気も無ければ首も痛いので、空を見ている以外にやれる事がないのだ。マタドゥルモンに蹴られたせいでむち打ちになったらしい。

         

        「しかし、魔王の手先がこんな場所でうろちょろしているとはどういう事だ。何か企んでいるのか? その企みを我ら自警団が止められたら、ひょっとするとロイヤルナイツから感謝状が贈られたりするのではないか? パレードの準備が必要か?」

         

         勇者レオモンにも、ちょっぴり俗な欲望があるのだ。

         

        「万が一止められなかったとて、多少は時間稼ぎになるはずだ。そう、天使軍とロイヤルナイツが戦の準備をするための時間稼ぎに! やはり、感謝状を入れる額縁を買っておいた方が……」

        「でもそういう時って、大体賞状渡す方が額縁くれるよね!」

         

         驚きのあまりレオモンの心臓が跳ね踊る。

         独り言に合いの手を入れて来たのは、一体何者だ?

         

        「そもそも全敗なんだから感謝状もパレードも無しだ、たわけ!」

         

         更にもう一人の声が、レオモンの考えを否定しながら乱入する。――全敗、だと?

         

        「き、貴様ら何者だ……。我が仲間達が負けた、とは、どういう事だ?」

         

         レオモンは痛む首を無理矢理にでも曲げて、乱入者の正体を拝もうとする。

         生憎、声の主の姿は逆光のせいではっきりとは見えない。ただ、大きな人型の身体が陽炎のように揺らめいているのは分かった。

         

        「ボクらが何者かって? 人呼んで“天才”さ! キミもそう呼んでくれて構わないよ!」

         

         初めの声は子供のように甲高く、自信に満ち溢れている。単に言いたい事を脊髄反射的に言っているだけのようにも聞こえる。

         

        「『負けた』とはそのままの意味だ。貴様ら辺境の自警団如きが無謀にもダークエリアの手練れに挑んで負けて、無様を晒したという意味だ。他に何がある?」

         

         二番目の声は早口で厭味ったらしい口調。こちらはレオモンら自警団の行動を、執拗に責め立てるような物言いだ。

         

        「聞かれる前に『三番目』の問いにも答えてやろう。我々が貴様に接触したその目的はだな――貴様らの如き愚昧で矮小な三下共の無用な手出しのせいで、ほんの僅かではあるが我らの目的の達成が遅れたその腹いせだ」

         

         ゆらりとゆれる影から、ずるりと細長い紐上の物体が八本、レオモンに向かって伸びる。

         

         この後レオモンがどうなったのかは、彼らのみぞ知る。

        #4149
        羽化石羽化石
        参加者

          おまけその1

          冷香「貴方は私達をガキ、ガキ、と呼ぶけれど、もしかすると案外年が近い可能性もあるんじゃないかしら」

          バアル「年が近かったら何なんだよ。俺が何歳でも、てめえらがガキである事には変わりねえだろうがよ」

          優香(それは……そうなんですが……)

          冷香「ワターシ13サーイ。ハウ・オールド・ア~ユ~?」

          バアル「四捨五入して250だバーカ」

          冷香「ふっ。オイラの負けだぜ~!」

          摩莉「完全に返り討ちじゃん。………にゃひゃくぅ!?」

          優香(え!? 人間とパートナーデジモンって、同時に生まれるって話だったような)

          ドゥル「デジタルワールドと現実世界の時間の流れが異なるから起きる現象だな。ちなみに私の方がバアルモンより少し若い」

          バアル「一言余計なんだよ! それなら年長者の俺に従えよ!」

          優香(え!? 私と冷ちゃんは三つ子だからほぼ同時に生まれてる筈なのに、年齢差が!?)

          摩莉「200歳って、人間からしたらジジイ通り越して化石じゃん!!」

          バアル&ドゥル「「種族的には若い方ですぅ~!!ジジイじゃありませ~ん!!」」

          冷香「彼らの年齢を弄るよりむしろ、私達はデジモン的に赤ちゃんである事をアピールすべきではないかしら。おぎゃばぶ!赤ちゃんなので優しくしてほしいばぶ!」

          バアル&ドゥル「「や、13歳は普通に子ども」」

          優香(デジモン、わかんねぇ……)

           

          フレイヤ「ねえねえ! わたしって何才なのかなあ?」

          摩莉「それは……会ったばかりで聞かれてもちょっと分かんないかな……」

           

          その2

          摩莉「デジモンってデジタルモンスターなのに、言うほどデジタル感無くない?」

          優香(誰もが思ってても言わなかった事を……)

           

          ドゥル「ふむ。例えばだな、君達の世界にはテレビゲームがあるだろう」

          優香(逆にテレビゲーム知ってるんだ……)

          ドゥル「その中にはファンタジー世界が舞台のRPGもあるだろう?」

          冷香「ドラ◯エとかフ◯イナルフ◯ンタジーね」

          優香(せっかく伏せてくれてたのに言っちゃった……)

          ドゥル「その世界の中に『デジタル感』はあるかな?」

          摩莉「無いけど……」

          冷香「でもファ◯ナルファン◯ジーってわりとSF感あるわよね」

          優香(ああ、今ので脱線した……)

           

          バアル「要はデジタル技術を使ってファンタジー世界を再現したのがデジタルワールドって話だろ!」

          優香(ちゃんとまとめてくれた……流石だ……)

           

          おまけその3 ボツにしてしまったけど非公開にするのは惜しい会話

          「てめえもガキの自己満足に付き合わされて災難だな。マミーモンなら使える死霊の数が多い方がいいだろ?」

          「俺はいいんだ。愛した女の命を守るのに、死霊たにん任せにしちゃいられねえ」

          「はっ!カッコつけ! あたしは生き残るためならコドクグモンだって何だって利用するけどね」

           

          ○ここからあとがき

          馬鹿長え!!(大反省)

           

           はい……書き直すにあたり、キャラクター性の強調や後々重要になる要素の追加など色々盛り込んでいたら、書き直し前に比べてこんなに長くなってしまいました……。

           6話からは1万字前後に戻せるよう頑張ります……。

           ちなみに今までの話含めて書き直す前のバージョンはここから読めます。高校生羽化石の全力がここにあるぞ!!

           

           という訳でトラウォリメイク版も遂に5話。

           アニメ要素リスペクト要素をいっぺんにノルマクリアしようという画期的な回でしたね!! こっちのマミーモンとアルケニモンは無事にゴールインできるのでしょうか!!!??? レオモンは生きて帰れるのか! これはネタバレなんですがレオモンは生きて帰してもらえたらしいですよ。良かったね。

           

           もちろん、トラウォ的に重要な要素も盛り沢山!

          ・冷香ちゃんは不殺主義

          ・冷香ちゃんはスーパードライビンッ゙テクニックの持ち主

          ・バアルモンは大卒

           

           あれ、あんなに書いたのに箇条書きすると少ないな……まあ良いでしょう。小説は情報伝達のコスパなんか考えてたら書けませんからね。

           大卒も大事な要素なんですよ。真面目に。

           

           極めつけはそう!ラストに登場した彼ら!! 突然デジタルワールドに現れた彼らは一体何者なんでしょうか!? 今後のトラウォの展開に乞うご期待!

           読んだ瞬間「あいつらじゃねえか!!」と思った方もいらっしゃるかと思います。実は書き直し前からずっと彼らだったんですね!

           ちょっとぼかしすぎて誰か分かんなくなっちゃっただけです。

           

          書き直し版トラウォは手紙屋チームも最初からクライマックスだ!!

           

           ……といった具合に書き直し版が盛り上がって来たところではございますが、次は数年間止まっているガチ最新話の22話に手をつけたいと考えています。

           

           ガチ最新話ってなんだよ! とお思いの方向けに解説いたしますと、実はスクルドターミナルでの連載は加筆修整を加えた上でのリバイバル連載となっております。

           トライアングルウォーの総本山である我が個人サイトでは、更に先までお話が進んでいるというわけです。

           流石に書き直しばかり優先していると本編が永遠に進まないため、ここらでバシっと最新話を更新したいという訳ですね(そもそもいちいち書き直してたらドツボにハマるぞと言われると、あまりにもその通りです……)

           

           最新話を書き直したら、必ずこちらに戻って参りますので、どうかお待ちいただければ幸いです……ごめんね……。

          #4152

           1話同行しただけだというのに、まるでアニメで言えば1クールぐらい同行していたような気さえするマミーモンとアルケニモン。むしろレギュラーキャラだったようにさえ思える。貴様らなんでこんなキャラ濃いんだ。
           話としては麻莉達御一行のキャラ立て回として構成されているように思うのですが、普通にその一角として和気藹々する木乃伊男と蜘蛛女のカップルが強すぎる。勿論そこに絡むバアルモンとマタドゥルモンのコンビも。
           無免許運転させられる冷香Summer燃え。無免許ネタ絡めての後書きの年齢ネタは是非本編に欲しかった。表世界に出た途端ムスカ大佐の如く目潰し喰らうドゥルさんもな……。
           
           胸板陥没するレベルで蹴り飛ばされても「者ども出会え! 出会え-!」できるレオモン様が殊更にタフ。それにしたって正当防衛以下の暴行決めといてユニモンさんにはシラを切ろうとする御一行の面の皮の厚さ。今更遅い!!
           今回の長い話を通して人間とデジモンの常識の違いというものを互いに認識したような形でしょうか。ロイヤルナイツ、しかもロードナイトモンの名前も出てきたので天使と魔王以外にも各勢力が存在してそれぞれの思惑があることも示唆されたので、ここは今後の展開で描写されるだろうことに期待です。
           そしてフレイヤ(ブラックテイルモン)が露骨に温存されたのは何かしらのフラグか……?
           
           内心で軽く流されましたが、モノローグの愛するタツキとかいう凶悪に恥ずかしい表現。

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