こちら、五十嵐電脳探偵所:第15話

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  • #4106
    みなみみなみ
    参加者

      *CAUTION!*

      地の文に、性的なものを含めた描写があります。

      直接的ではありませんが苦手な方はご注意ください。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      「あなたを、本日より私の権限で例の中国人により形成された組織の調査班に招集します」

      「……え?」

      「元SITであるあなたの働きを、現場でもう一度見せていただきたい。……お分かりですね?」

       

       

       

       

      こちら、五十嵐電脳探偵所 #15 Foreigner or Lust ≪前編≫

       

       

       

       

       

       

      三日前。

      夕陽の差すロビーを三澤恵子は歩く。

      今回行われた会議の内容を見直しながら、深くため息を吐いた。

       

      「……駄目ね、このままでは、何もかもが間に合わない」

       

      イグドラシルが攻撃を開始するまで残るところ一週間。

      集まったのは、防衛庁や法人グループの各代表、官房長官etc。

      トップ達がこれまでの資料を元に謎の組織について話し合った。

      しかし、いつも以上にこの日の会議は進展を得なかった。

       

      理由はわかる。

       

      提供されたデータにより組織の本拠地の大凡の位置は把握できたのだがそれに前後して混乱する事項が発生した。

      各国にて、大きな電波のうねりが確認されたのである。

      デジタルウェイブ、とも、電脳磁力波とも命名されたそれは。

      その動きが、大きく活性化していた。

      実のところ、世界中がこのデジタルウェイブを発見以降、常に監視下をおいていた。

      その理由は、今から25年前に世界中で起きた謎の生物による大蹂躙…文字通り、捕食され尽くした事件による。

      この事件により世界の総人口の三割が原因不明かつ永久的な植物人間と化した。

      ……そのうち一割は、残された家族の希望により安楽死の措置を受けた。

       

      その生物の出現とデジタルウェイブが大きく関わっている事が、事の収拾後とある学者により発見されたのである。

      時は、インターネットの普及が活発になってきた時代。

      その時代において、デジタルワールドを侵食したついでに現実世界にも現れた超危険生物。

       

      「なぜまた、こんな時に…」

       

      ただでさえイグドラシルの攻撃宣言による緊張感に押し潰されそうな者がいるというのに、謎の生物の襲撃、25年前の悪夢の再現が予測されてしまったのだ。

       

      (ロイヤルナイツ側の連絡は……なしか)

       

      最後に連絡を取ったのは二週間前。

      その時は調査の進捗を報告しただけの他愛のないものだった。

      …その頃から、デジタルウェイブが活性化した。

       

      そこで、三澤は決断した。

      万が一の際にと開発をさせている対デジモンの戦闘を想定した兵器の運用まで間に合わない。

      そも、今調査班に足りないのは広東語に堪能な人手だ。

      中国語にも様々な方言というべきものがある。

      北京語、広東語、上海語とバリエーションは多い。

      中国にも標準話と呼ばれる標準語に相当するものがあり、現在日本の大学で必須履修科目として学ぶのはこれだ。

      方言を勉学で学ぶには、独力か専門の勉強をするくらいが関の山だろう。

       

      「……仕方ありません、彼女を連れ戻しましょう」

       

      現在調査班で標準話を学んだ人間はいても、広東語はいない。

      そこで、美玖の名前が浮かんだ。

       

      (あの子には可哀想な事だけれど、仕方がない。過去から立ち直させなければ)

       

      そして、現在に至る。

       

       

       

      ……

       

       

       

      「……私、を?」

      「ええ。かつてSATとして一年間所属、その後SITとして編成された履歴が貴方にはある。それに広東語に堪能な人材に不足してもいるのです。…ですから、貴方を連れ戻しに来たのです。五十嵐美玖さん」

       

      その言葉に、美玖はうつむいた。

       

      「待ってください」

       

      庇うように間に入る背中。

       

      「貴方は…」

      「失礼、私は彼女の助手です」

      「ああ……なるほど、貴方が」

      (シルフィーモン…)

       

      シルフィーモンは開口一番尋ねた。

       

      「彼女がいなければこの探偵所の運営はままなりません。以前にある依頼で彼女が負傷した時は協力してくれた者がいたが…それを補えるのですか?」

      「無論、保証や人材派遣等々の対応は考えますわ。…正直に申し上げなくてはなりませんが、この子はデジモンにいつまでもすがりつくわけにはいきません。トラウマの元凶は貴方方デジモンだというのに、この子は決して距離を置こうとすらしない。それでは人間的な成長も回復も望めない。…五十嵐さん、私は以前貴方に言ったはずです。どれだけ友好な関係であろうと、デジモンは我々にとって極めて危険な存在だと」

      「……っ」

       

      シルフィーモンが口をつぐむ。

      反論の余地はない。

      実際に彼女から事件とその後しばらくの彼女の数年間について話を聞かされてきたし、一度彼女の滅多に見ない姿を垣間見たとあっては。

      そして、デジモンを危険視する人間は未だ少なくなく、デジモンに人間を凌駕し得るだけの力があるということどちらも事実である事を否定できない。

       

      「ですが、三澤警察庁長官」

      「今から来てもらいます。いいですね?」

      「……はい」

       

      観念したように、声を絞り出した。

      本当は訴えたいことが色々ある。

      けれど。

       

      (この人は私だけでなく、五年前の事件で色々と心を砕いてくれた人だ…その人に向けて、反論、なんて…)

      「ああ、それと」

       

      車のドアを開け、三澤は振り返る。

      振り返った先には不服そうな表情のラブラモン。

       

      「ラブラモン、いえ、アヌビモン。彼にも来ていただきます」

       

      そもそも、ラブラモンが探偵所にいたのも、エジプト政府との謂わば約束事。

      美玖と共に連れて行った方が合理的だ。

       

      「…せんせい」

       

      ラブラモンは、ふと明後日の方向へ向く。

      そこには何もいないが、目配せするような目線を送りうなずいた。

       

      バタン

       

      美玖とラブラモンを乗せ、走り去るリムジン。

      それを見送りながら、シルフィーモンはうつむいた。

      のそり、とガレージから出てくる気配。

       

      「ドウシタ、今ノハ何ノ話ダ?」

      「…人間の政府が美玖とラブラモンを連れて行った。謎の組織を調査する班に加えるために」

      「ナンダト?」

       

      眉根を寄せるような表情筋を浮かべたグルルモン。

      そこへ、着信音が鳴った。

      シルフィーモンの端末からだ。

       

      「…なんだ、こんな時に」

       

      少しばかりトーンを落とした声で端末を取り出し、着信ボタンを押す。

       

      「…もしもし」

      「こちら、マグナモンだ。これより新しい指示を出す。…どうした?」

       

      数分後。

      シルフィーモンから経緯を聞いたマグナモンは、一度だけ聞き返した。

       

      「その話は、本当か」

      「ああ」

       

      シルフィーモンの声にマグナモンはしばし端末を手に黙考。

      そこへ、声がかかる。

       

      「どうした、マグナモン。指示は送れているのか?」

       

      ドゥフトモンだ。

      マグナモンは首を横に振る。

       

      「いや」

      「ならどうした?」

      「例の探偵所助手である者から得た情報だが、日本政府が動いたらしい。先程、五十嵐探偵所所長とアヌビモンが三澤女史に連れて行かれた」

      「…なんだと?」

       

       

       

       

       

       

      リムジンの中は沈黙に包まれていた。

      運転手と、助手席には三澤。

      後部座席には美玖とラブラモンが座っている。

      普段であれば、お目にかかる機会のない豪奢な車内を落ち着きなく見回してしまうところだ。

       

      しかし、今はとてもそのような心持ちとはいかない。

       

      「五十嵐さん」

       

      バックミラー越しに声。

       

      「お飲み物が要り用でしたらいつでも言ってくださいね」

      「だ、大丈夫です」

       

      ラブラモンの毛並みに添えた手を、無意識に握ってしまう。

      緊張からでもあり、不安からでもある。

       

      「警察庁へ到着するまでの間に貴方が携わるべき任務について説明しましょう。到着次第、早急に取り掛かる計画があるので」

       

      美玖が担う事になる任務。

      それは、直接中国へ赴き、向こうの諜報員と連携をとっての組織本部の正確な位置を割り出すことだ。

       

      「吉原で回収されたもの、及び提供された情報から香港は九龍島の何処かである事は確認されました。しかし、我々が欲しているのは、より正確な座標です」

       

      九龍はイギリスの植民地であった歴史を持つ香港の土地の一つだ。

      分譲されたものが返還された今なお当時の区分を残している。

       

      「香港といえば世界に指折りの都市の一つであり、九龍も十分な発展を持った街。貴方一人だけでは調査に手に余るでしょう」

       

       

       

      そこで、中国政府と香港側は、現地に諜報員を事前に送り込んでいる。

      日本側からは美玖の他、二名の捜査網担当が送られる手筈である。

       

      「詳しい説明は、現地で彼らと合流の後すぐに聞くと良いでしょう。……実のところ、組織については貴方が依頼を受けて向かった先である両国駅で回収された組織の者の遺体と吉原で収穫した資料、どちらにも興味があるのですよ」

      「興味、ですか」

      「ええ、どうもこの組織は前身はカルト教団…それも、道教系のものだった事が判明しています」

      「道教系?」

      「健康志向の向上という表向き、裏では麻薬の売買をメインとした裏事業を行っていたとか。これだけなら、当時存在していた貧民窟の事を考えれば珍しくはありませんわね」

       

      しかし、と三澤は続ける。

       

      「吉原から此方に提供された資料によれば、1993年頃に当時の教祖は”神仙”に逢い知識を授ったといいます。ここから、ただのカルト教団であった集団は、軍事レベルに迫るほどの武装のみならず近未来的というべきテクノロジーを得た」

       

      三澤が手前のボタンを押す。

      すると、美玖達の目前の台が下へ下がり、少し時間を置いてある物を載せてせり上がった。

       

      「そのうちの一つがこれです。デジモンを捕獲し、そのまま持ち運びが出来るよう作られた道具」

      「これは…」

       

      それは、ラブラモンなら見覚えのある、青い蛍光色のボール状の機械。

      しかし、美玖はこれが初めての代物だった。

      手に取れば、見た目以上に軽い。

      同じ大きさのテニスボールよりも軽いのだ。

       

      「質量保存の法則はご存知ですわね?全ての物質は原子でできており、どのような変化があろうと原子の組み合わせが変わるだけで、物質の質量だけは変化しないーー」

       

      中学で習う、科学において最も基礎的な法則の一つ。

      美玖も、学校で習った記憶がある。

       

      「この機械の中に生き物を入れたなら」

       

      三澤は続ける。

       

      「その機械の質量は初めから中身の生物と同じ質量でなければいけない。ここで、彼らがこの機械に入れている対象が、デジモンである事に意味があります」

      「……」

      「五十嵐さん、デジモンは、データ、デジタルプログラムで構成された肉体の持ち主です。彼らにとって体重とは、デジモンの肉体と電脳核を構成するデータの総量」

       

      身体が大きければ、あるいは力が強ければ、デジモンのデータ総量すなわち体重は重くなる。

      デジタルワールドのみならず現実世界でもデジモンがある程度の科学的法則に反して行動できる原理の一つと多くの研究家は考えている。

       

      「それがただのボールならば、デジモンが入っても結果は同じでしょう」

      「この機械は、それを解決すると?」

      「科学特捜部が詳しく調査したところ、この機械にはデジモンの体重をそのままデータ容量へ変換し収納することができるのです。そして、この機械はデジタルワールド由来の素材で作られていることも判明しているのです」

      「デジタルワールドの素材…!」

       

      デジタルワールドで産出される天然資源の三割は、現実世界へ輸出されている。

      現実世界からもデジタルワールドへの資源の輸出は許可されているが、取引禁止の枠組がある。

       

      「デジタルワールドにも国家の代わりに幾つもの勢力がありますが、そのうちの一つ【メタルエンパイア】が所有している鉱脈の一つが例の組織に占有されていたことがわかっています」

       

      鉱脈の一つがいつのまにか所有権を奪われていた、というのは只事ではない。

       

      「そこで、先程の話へ戻しましょう。元はカルト教団であったものを組織へと成長させた”神仙”と呼ばれたもの。我々は、その正体をデジモンと睨んでいます」

      「…確かに、中国思想の仙人、にしては与えた技術が…」

       

      あまりにもテクノロジーそのもののレベルが高い。

       

      「更に言うなら、神仙が現れたとされる1993年。……この年の五月に、九龍城砦は取り壊されています」

       

      九龍城砦は3万3000人もの人々が身を寄せ合ったスラム街。

      蔓延る犯罪と不衛生による無法地帯であったこの区画が取り壊される二か月前。

       

      「おそらく、その頃から既に現れたデジモンがいたのでしょう。九龍城砦が残っていれば、痕跡を見つけられたかもしれませんが」

      「せんせいをよんだのは、そういうこと?」

       

      ラブラモンが口を開いた。

       

      「むろん、それもありますよ」

      「たしかにあのそしきにはでじもんがいたよ。しんせん、とよばれているかはしらないけれど」

      「…ラブラモン、もしかして、その組織に捕まった時に?」

      「うん」

       

      美玖の問いに返ってくるうなずき。

       

      「なら、神仙と呼ばれたものについておおよその見当はお有りなのですね?」

      「……あれはただのでじもんじゃない。あれは…」

       

      ラブラモンはしばらく沈黙の後言った。

       

      「あれは、わたしとえんのあるもの。だーくえりあにくんりんするもののひとり……」

       

      リムジンが高速を降りる。

      路傍は東京への道を指した。

       

       

       

       

       

       

      ……………

       

       

       

       

      美玖、ラブラモンが連れて行かれてから一時間後。

      グルルモンを伴いシルフィーモンが進入したのは、イグドラシルにより封鎖されたデジタルポイントの中でも最大の場所の入り口。

      すでに大勢のデジモンが詰めかけ、今回は一体何の作戦かとしきりに話し合っていた。

       

      「マグナモンは…」

       

      見回してみる。

      金色の鎧を纏ったロイヤルナイツの姿は見られない。

      近くにいるデジモンへ尋ねた。

       

      「すまない、マグナモンは来ているか?」

      「いえ?」

      「ありがとう」

       

      シルフィーモンはグルルモンへ声をかけた。

       

      「お前の事をマグナモンに話しておこうと思ったんだがな…」

      「俺ハ良イ、タダノ暇潰シダカラナ」

       

      そう返しながらグルルモンがあくびをした所で、どこからともなくアナウンスが流れた。

      マグナモンの声だ。

       

      < よく集まってくれた、諸君。今回呼んだ件について説明しよう。此度は、我が君イグドラシルの決定により、我らの同胞エグザモンを現実世界へ送り込む事が決まった >

       

      周囲がどよめいた。

       

      「あの”竜帝”をか!?」

      「攻撃実行も間近とはいえまさかエグザモンを送り込むとは…これは本気らしいぞ…!」

       

      ーーエグザモン。

      ロイヤルナイツの一騎にして、”竜帝”の名を戴く超大型デジモン。

      その巨体は山のようで、繰り出す攻撃はいずれもロイヤルナイツの中では群を抜く威力を持つ。

      普段はデジタルワールドの上空を哨戒しているようだが、誰ひとり彼に接触を試みたデジモンはおらず現実世界において彼の存在を把握している人間はほんのひと握りである。

      どうやらイグドラシルは、先鋒及び攻撃開始の一報として送り込む気のようだ。

       

      < だがその前にデジタルポイントの内部の清掃だ >

       

      マグナモンの声が響く。

       

      < すでに周知の者もいるだろうが、我が君はデジタルワールドへ直通するデジタルポイントを全て封鎖した。その原因がどのデジタルポイントにおいても、”この中”にいる。エグザモンを送り込む前に、諸君らには内部の存在を残らず掃討願いたい。無論、先んじて我らが同胞がすでに掃討を開始している >

       

      内部にいる『何か』?

      周囲は一様に静かになった。

       

      シルフィーモンがグルルモンに小声で言う。

       

      「いつでも戦闘準備はしておいた方が良い」

      「ドンナ奴カワカルノカ?」

      「察しはついている。…別な奴らであって欲しかったんだが…やはり、そうか。イグドラシルも嫌な仕事を押し付けたものだ」

       

      その直後、0と1の羅列が視界の下から上を高速スクロール。

      ガガッ、ジジ…ッという歪みある電子音と共に空間が切り替わった直後。

       

      モノクロの色彩の触手。

       

      それを最初に至近距離から目にしたのは誰か。

      そう思わぬうちにそいつは爆ぜた。

       

      「間に合った、先に入った者は無事みたいだね!」

       

      砕け散った異形の後ろから現れたのは、目の覚めるような蒼い鎧と翼を持つ竜騎士を彷彿とさせたデジモン。

      神速を誇るロイヤルナイツが一騎、アルフォースブイドラモンだ。

       

      「マグナモン!今、現実世界側から集めた戦力がログインした。デュナスモン!僕一人だけだとちょっとこっち側はフォローしきれない、こっちに来れる?」

       

      その時、現実世界側からデジタルポイントへ入ったデジモン達は、その存在をはっきり視認した。

      広がるは、恐怖、戦慄、悲鳴。

      グルルモンも目を見開いた。

       

      「待テ、オイ、何故コイツラガ…ソレモ何ダコノ大群ハ!?冗談ジャナイ!」

      「ああ、冗談じゃない」

       

      シルフィーモンはうなずき、構えた。

       

      「いくぞ、グルルモン。ーー遅れをとるなよ!」

       

       

       

       

       

       

      …………

       

       

       

       

      後を追跡して、かれこれ一日が経った。

       

      ーーーやれやれ、ここの人間はどうも好きになれないなあ。

       

      そんな事をぼやきながら、ヴァルキリモンは愛鳥を肩に周囲を見回した。

      今いるのは警察庁内のある一室。

      ここでは謎多い中国の組織の調査担当が詰めており、その中には美玖の姿もあった。

      傍らに、ラブラモンの姿はない。

      ラブラモンは現在、三澤が自身の元で監視する目的のため美玖から引き離されている。

      その間、彼女にもしもの事があったらという口裏合わせでヴァルキリモンは美玖の傍らにいた。

      美玖は、真剣な眼差しで調査班から、九龍への現地調査の手筈等々に耳を傾けている最中だ。

       

      この間ヴァルキリモンが見ていたのは、美玖を含む人間達の『魂の色』である。

      元々、倒れたデジモンのデータを修復しデジタマに変える力を持つといわれるヴァルキリモンだが。

      その権能の影響か、デジモンや人間の魂を視認した時その色を見ることもできた。

      誰一人、同じ色は存在しない。

      ヴァルキリモンはこの色を、鑑賞していた。

      宝石のように輝いたものもあれば、凝縮された澱みが如きものもある。

      そうした色は、人間の人格とも関係がありそれがまたヴァルキリモンから見た人間の良し悪しの判定にもなった。

      少なくとも。

       

      ーーー中々個性的な色が多いけど、私の好みに合わない。

       

      だが、色の好みはともかく、今は知己からの頼まれごとが優先だ。

      少なくとも、ヴァルキリモン自身は美玖に対し幾許かの恩を感じてはいる。

      永久の闇の中から自身を導いてくれたのだ。

      滅多に他者の意思に応じて動くようなデジモンではないが、恩を覚え、知己が関わっているなら話は別だ。

       

       

       

       

      ……………

       

       

       

       

      ーーとある夜。

       

      薄暗い部屋の中で絡み合う影があった。

      男と女という二匹の生き物の影が。

      大抵ならば男が上位だが、この絡み合いにおいては女が上位だった。

      男の筋骨逞しい腹筋に豊満な胸を押しつけ、熱く艶のある声で男を挑発する。

       

      「ふふ……、もうちょっと出そうね」

      「……ん、ぁあ…っ!」

       

      男の掠れた喘ぎに女が含み笑った。

      白い肌に飛沫が飛び散る。

      片手に男を玩びながら、艶やかで濃いルージュの唇を飛沫の散った膚(はだ)へ寄せる。

      べろり、と長い舌が飛沫を愛おしげに飲み、ごっくりと喉を大きく鳴らして嚥下する。

       

      「ほら…ほら…、まだ濃いじゃない。もっと、出して?」

       

      緩急をつけ、手を動かす。

      そのたびに男の喘ぎが甲高くなる。

       

      「あ、あ、あぁ、あっ…」

      「ふふ、ほらほら、気持ちよくなって。もっと、もっと、もっと…」

       

      熱っぽく、粘り気のある声と吐息を吐きながら。

      肉厚な唇が男の乳首を片方、咥え込む。

      そしてわざと、ぽんっ、と音を立てて放した。

      まだこれから、と女が舌なめずりしたところで軽快な着信音が鳴り響いた。

       

      Prrrrrrrrrrrrr……

      Prrrrrrrrrr………

       

      「んもう、こんな時に誰かしら…」

       

      せっかくの愉しみを、と惜しげに乗り上げた男の上を降りてPHSに手を伸ばす。

      電気は消したままだ。

      薄暗がりの中、かすかな光の中で浮かび上がったシルエット。

      その女は紛れもなく、吉原でラブラモンやシルフィーモン達が遭遇した、あの白衣の女であった。

       

      「何の用かしら?」

      「不躾をお許しください、娘娘(ニョンニョン)。先程新たに改良精錬した薬丹のテストの結果をお伝えします」

       

      男がベッドを降り、女の足元に蹲る。

      女の足が男の背の上に乗った。

      …一瞬だけ、男の声が豚の唸り声のように出たのは気のせいか。

       

      「実験体デジモン五体のうち二体は投与後三十分後に死亡、二体は十分後に効果が表れ八時間後に死亡。残り一体は同じ十分後に効果が表れて現在も生命活動維持中です」

      「以前よりは改良の成果は出たようね?」

      「電脳核の状態もより安定に近づいていますが、精神の崩壊もより早いものになっております」

      「問題ないわぁ。このタイミングでハッカーのニューロンが焼き切れるとは思わなかったけど、戦力投入に問題はないから。…それで、ハッカーのニューロンが焼き切れた原因なデジタルポイントの異変の方だけど調査はまだなの?」

      「準備中です」

       

      濡れ烏色のショートヘアをかきあげ、女がつぶやく。

       

      「準備が整い次第早急にお願いねえ」

      「了解しました」

       

      通信を切り、女は薄暗闇の向こうを見据えた。

      …その目が、異様な熱と鋭い光を伴った。

       

      「…あの強欲爺に押し付けられた時はどうかと思ったけれど、もう少し愉しんでおいた方が良いわね」

       

       

       

       

      …………

       

       

       

       

      ーーデジタルワールド・フォルダ大陸上空

       

      厚い雲の天井を突き破って降りてくる、紅い巨影があった。

      それは紅い竜だった。

      尻尾を除く全長だけでも1km近くあろうか。

      金属を帯びた広大な翼『カレドヴールフ』を羽ばたかせ、その右腕には巨大なランスを携えている。

      先導役のスレイプモンが遥かに小さい。

      この巨竜こそが、ロイヤルナイツにして竜系デジモンの頂点に立つ称号を戴くエグザモンそのひとである。

       

      「奴らがデジタルポイントに集まっていると聞いたが、我はこのまま中を通れば良いのか?」

      「現在、謎の人間の組織への防衛に回していた戦力を全て通過予定のデジタルポイントへ回している」

       

      現在、エグザモンが通過する予定のデジタルポイント内は戦闘中である。

      先んじてアルフォースブイドラモン、デュナスモン、マグナモンとロードナイトモンの四騎が戦闘中であり、それから遅れての戦力投入だ。

       

      「にしても、妙だな。人間達が奴らを抑える方法を編み出したかげで、姿を見るのは稀なのに」

       

      そう怪訝な物言いでエグザモンは眉根を寄せた。

       

      「組織からの攻撃頻度が減ったことと無関係ではあるまい?」

      「現状ではその証拠が掴めんがな。だがデジタルウェイブの活性化が確認されている以上、看過するわけにもいかん。紛れもなく、何者かがデジタルウェイブを操作しているのだろう」

       

      デジタルウェイブを発見した当時大学の博士号を取得したばかりの幼き天才学者は、それを意図的に操作することによって世界中を蹂躙した生命体を現実世界から放逐することに成功している。

      その成功例があるからこそ、選ばれし子ども達がデジタルワールドへ向かいその方法でデジタルワールドもまた救われた。

       

      「致し方なしの策であったが…」

       

      放逐先はダークエリア。

      余分なデータの掃溜めという側面も持つダークエリアは、かの生命体からすればデジタルワールドと同じくらいにはディナーの豊富な場所だっただろう。

      …アヌビモンからすれば胃に穴の空く案件でもあったが。

       

      「だが今回は、デジタルウェイブの操作を何者かが行なっている」

       

      デジタルウェイブは方法さえ知っていれば、人間にもデジモンにも意図的な流れの制御は可能だ。

      しかし、悪用のなきようにという理由からその方法はトップシークレット。

      一部の人間やデジモンしか知らない。

       

      「ともあれ、我はここで待機か。いつ頃に片付く?」

      「さて…奴らも雑魚ではないからな…」

       

      そう言葉を交わしながら、紅い巨竜と六本足の馬頭のケンタウルスは上空に待つ。

      眼下で騒ぐデジモン達もいるが、巨竜エグザモンがそれに動ずる様子はなかった。

       

       

       

      ………

       

       

       

      香港国際空港へ渡ったその日のうちに。

      美玖は久方ぶりの夢を見た。

       

      「はぁ、はぁっ、はぁ、はあっ…!」

       

      追われ続ける悪夢。

      背後からじわじわと迫る黒山羊のシルエット。

      だが、そのシルエットは、最後に見た悪夢の時よりも禍々しいものに変質している。

      洋館で再びの遭遇した時、コマによって傷つけられた左肩から黒い霧のようなものを噴き出させながら美玖を追い回していた。

       

      「…っ、はあっ、あひっ、こ、来ないでっ…!」

       

      駄目だ。

      駄目だ。

      どうしても駄目なのだ。

       

      暗黒の海でもそうだったが、この夢の中の方が絶望感を上回っていた。

      口元を大きく歪ませたメフィスモンの表情は、悪意と嘲笑と…僅かな苦悶が入り混じったものだ。

      美玖は見ないよう顔を背けるのに必死だ。

      見てはならない。

      見ては、悪意に囚われる。

      だがかつて、いつもの時と同じように、メフィスモンの影は美玖へと距離を縮めていく。

       

      「お願っ、お願い、来ない、でっ…!」

       

      振り向かず、けれど気配ですぐ後ろまで来ているとわかって。

       

      誰か、助けて!

       

      美玖は叫んだ。

      ……その時、である。

       

      ーーーその要請(オーダー)、受諾したよ。

       

      純白の輝きが脇を通り過ぎた。

       

      『貴様っ…!?』

       

      メフィスモンの動揺した声。

      そして絶叫。

      それと同時に意識が覚醒へと引き戻された。

       

      「……ハッ!?」

       

      汗だくの状態で美玖は目を覚ました。

      宿泊費の格安なホテルの一室。

      お世辞にも通気が良いとはいえない中で、寝巻きのシャツはびしょ濡れだった。

       

      「はぁ、はぁ、はあ……」

       

      着替えなければ。

      薬も飲まなければ。

      起き上がり、手探りで明かりを付けようと探す。

      それに気づいたか、隣で動く気配がした。

       

      「大丈夫ですか?」

       

      小声が聞こえた。

      調査班のメンバーとして同行している一人だ。

       

      「すみません、愛佳さん…その、夢を見まして」

      「良いですよ、話は伺ってます」

       

      愛佳という女性調査員はうなずき、ミネラルウォーターを一本美玖へ手渡した。

       

      「薬は?持っているのでしょう?」

      「は、はい」

      「明日から九龍への調査へ向かいます。その前に、精神面を安定させた方が良いですからね」

      「ありがとうございます…ご心配をおかけしました」

       

      薬を服用しながら、美玖は先程の事を思い出した。

      あの時、自身を助けるように脇から現れ、メフィスモンへと飛んでいった純白の影。

      あれは、紛れもなく自身を幾度か助けてくれたデジモンだ。

       

      (もしかして、今もついてきてくれているのかしら?)

       

      シルフィーモンもグルルモンも同行を却下されている今。

      助け舟、ということだろうか。

       

      頼れる者がいない現状、名も素性も知らないこのデジモンがどこまで頼れるかはわからないけれど。

      ふと、フレイアの姿はないかと見回してみたものの、その姿は見当たらなかった。

       

       

       

       

      ーーーー

       

       

       

      足を踏み入れた香港の街並みは、写真で観た以上に壮観なものだった。

      空気はお世辞にも良いとは思えなかったが、高層ビルの建ち並ぶ景観は美玖には変わらず見慣れない。

      さて、美玖と共に九龍へ向かう調査班は三人。

      一人はホテルにて美玖と同室だった渡辺愛佳。

      二人は男性で、日向茂人と渡邉義人。

      そして、九龍で合流する予定の香港人が二名だ。

       

      「九龍へはバスで向かう。向こうのホテルで合流する事になるから、時刻を確認しておこう」

       

      こう言ったのは、男性二人のうち年上の渡邉。

      メモを手に、目的の場所へ向かえる路線のバスへと歩いていく。

      美玖は、幾度か、金色の鳥の姿を探した、が。

       

      (…フレイア、いない…)

       

      香港程の大きな都市なら、金色の鳥一羽、紛れ込んでもそれなりに目立つたずだがそれすらもない。

       

      ……

       

       

       

      実のところ、ヴァルキリモンの立ち回りは慎重だった。

      ラブラモンとのやりとりにより、人間に見つからないようフレイアを常に自身の肩に留まらせていたのだ。

      ヴァルキリモンと違い、生身で行動が可能なフレイアもヴァルキリモンの身体に触れている限り他者からの視認ができなくなる。

      ヴァルキリモン自身の機動力もあるため、美玖達を見失うことはないだろう。

       

      ーーーしかし、問題がないとも限らないな。

       

      例えば昨夜の美玖の夢。

      紛れもなく精神干渉の類だ。

      メフィスモンはどうやら美玖の精神に干渉し、蝕んでいるようだ。

      何らかの妨害があったために、しばらくは干渉されずに済んでいたようだが再発があっては美玖自身に悪影響が出るだろう。

      ヴァルキリモンは霊体というべき状態のため、夢への干渉は出来るようだがいつでもとは限らない。

       

      昨夜の干渉の感触からして、メフィスモンはどうやら妨害した者が何者か認識できていないようだ。

      それが幸いか。

      だが、メフィスモンの精神干渉は毎晩行われる。

      メフィスモンがヴァルキリモンを認識すれば、どうなるか。

      そしてもう一つは…。

       

      ーーーこちらの援護のタイミング、かな。

       

      三澤と美玖達とのやりとりはヴァルキリモンも目の当たりにしていた。

      三澤はデジモンからの協力の一切を拒んでいる。

      デジモンを危険視し、イグドラシルによる攻撃宣告もあってのものだろう。

       

      ーーー少なくとも、彼女が孤立した時に留めておいた方が無難だろうな。

       

      そう思いながら、バスを見下ろした。

       

       

       

      ……

       

       

       

      香港は北部に広がる広大な地、九龍。

      かつて九龍城砦と呼ばれた規模の大きいスラム街を抱えていた街は、マーケットや仙廟など数多くの観光スポットを抱えるに至った。

      しかし、今回もいつぞやかのエジプト同様観光とはいかない。

      彼らにはやるべきことがあるからだ。

       

      「你好(ネイホウ)、よく来た」

       

      広東語での挨拶と標準話による言葉のやりとりを以てホテルの玄関口前で出迎えたのは、二人の男女。

      一人は40代の男性で整髪料の臭いをキツく漂わせた陰気な印象。

      もう一人はセミロングの黒髪に世辞にも器量が良いとはいえない面立ち。

       

      「私は徐 偉信(ツイ・ワイソン)。こちらは鍾 袁(キャシー・チョン)、よろしくお願いします」

       

      ワイソンとキャシーは美玖達とホテルへ入りながら、説明を始めた。

       

      例の組織については、香港内でも被害が相次いでおり、半年程の期間をかけて調査を続けてきていた。

      一部の政府関係者も関わっていた事が判明し、そうした共犯者を足取りに組織の拠点の捜査を続けて……

       

      「そして、やっと見つけたのです」

       

      場所は獅子山。

      香港にとって象徴の一つとされる、ライオンロックの別名通りの景観をした山だ。

      組織が獅子山のどこかに拠点を構えていることが判明したのだが難点があった。

       

      「私達はあらゆる調査方法を試したのですが…拠点の痕跡というべき物を発見出来ずじまいなのです」

      「それは…つまり」

      「獅子山は多くの登山客が訪れる山です。その山に何かしらの施設が建てられようものなら必ず何かの形で目撃情報は寄せられるはずなのですが…」

       

      美玖は、両国駅での出来事を思い出す。

      彼らはデジタルポイントを通じて現れた。

      そして、それから後の、シルフィーモンと共に久方ぶりの依頼へ向かった先で起こった出来事に関する話を思い出す。

       

      「もしかして…デジタルポイントの中に、拠点を?」

      「デジタルポイント?」

      「なるほど、電脳世界の中なら現実的な世界での捜査網を掻い潜れると」

      「ということは、五十嵐さんの調査方法が鍵か」

       

      渡邉はそう美玖を振り返って言った。

       

      「五十嵐さんは、デジタルポイントの発生しそうな場所の特定について経験は?」

      「腕に装着したこのツールを使えば可能ですが、まずは獅子山へ直接繋がるデジタルポイントがある可能性の場所を捜す必要があります。…そのような場所に心当たりはありますか?」

      「心当たりですか…」

       

      キャシーが少し思案してから口を開いた。

       

      「獅子山の付近にビル街があります。今のところ、香港や九龍に存在するデジタルポイントは幾つかが何者かに閉じられているようですが、カントリーパークに存在しているかもしれません」

       

      獅子山の近くにはビル群が存在している。

      そこからなら電脳世界への入り口もあるだろうとはキャシーの弁。

       

      「今からそこへ向かってみるのが良いですね。今回の捜索に関してはデジモンに頼るな、と警察庁長官からのお達しでして」

      「こちらは、何体かのデジモンに協力を頼んでみたのですが良い返答は得られませんでした」

       

      香港にもデジモン達は移り住んでいるようだが、件の組織の関係からか非協力の姿勢を示されてしまったらしい。

       

      「イグドラシルから攻撃予告を受けた前後とタイミングが悪かったせいもあるかも。あれ以来、香港にいたデジモンの数が減っていたことも事実ですし」

      「ともあれ、そのビル街へ向かうとしましょう」

       

       

       

       

      ………

       

       

       

       

      周囲を満たす、悲観、悲痛、不満の声。

      デジタルポイント内の掃討戦はかなりの痛手であった。

      痛む身体を他のデジモンからの手当てで修復してもらっているグルルモンの傍ら、シルフィーモンは息を吐いた。

      今回の掃討戦で出た犠牲者はかなりの数に昇る。

      ロイヤルナイツが加わっていて、だ。

      負傷者が多すぎるため、癒やし手の数が足らない。

      あまりにも、あまりにも惨憺たる状態だった。

       

      「……身体の方はどうだ?」

      「先程ヨリハマシニハナッタガ…死ヌカト思ッタ」

       

      尋ねられ、グルルモンは低く唸りを漏らしながら目を閉じた。

      毛並みは所々バグがかかったように不自然な歪みが見える。

       

      敵にやられた、何よりの証拠だ。

       

      「シルフィーモン、マサカ…オ前、アイツラガイル事ヲ知ッテイタノカ?」

      「少し前に、予兆のようなものはあった、というより見せられたと言っていいか。組織からの攻撃がなくなったという話も決して無関係じゃないだろう」

       

      そう答えながら、手元の容器の液体を飲む。

      癒やし手のデジモン達が配って回っている滋養ドリンクだ。

      戦いの後の損害をケアするため、デジタルワールド側から派遣されたデジモン達は顔面蒼白になっている。

       

      「だが何が起きている?デジタルウェイブに異変か?」

      「どうも、そうらしいぜ」

       

      声をかけられ、振り向けば。

      一体のデジモンがいた。

      ほぼ全身がバグの歪みに覆われており、誰なのか最初は目視できなかったが…。

       

      「お前…いつかのアサルトモンか」

      「ハハっ、覚えてくれてたか戦友。嬉しいねえ」

       

      そばに二体ほど癒やし手のデジモンがいる。

      この手傷は、見た目以上に深いのだ。

       

      「あんたは軽傷で済んでるのか。…奴らとの戦闘経験は長いのか?」

      「4、5度くらい、討伐依頼は受けた程度だよ」

      「ホウ!俺も一度は受けてみてぇんだがよ…まさか、こんな時になあ。危険手当は入るかねぇ?」

      「さあな」

       

      肩をすくめた。

      おそらく、派遣したロイヤルナイツ達も危険は承知の上だったのだろう。

      …彼らも辛酸を舐めてきたのだから。

       

      「ところでそっちはお仲間さんか?」

       

      アサルトモンの視線がグルルモンへ移る。

       

      「同じ探偵所の者だ。今は事情があって、こちらへの防衛に参加させた…はずなんだが、まさかこんな戦いに駆り出される事になるとはな」

      「そういや、言ってたな。その探偵所での仕事というのはどうなんだ?」

      「少なくとも、儲かる仕事じゃないさ」

       

      シルフィーモンは苦笑いした。

       

      「けれど居心地は気に入ってる。雇い主である人間の女性は…幾らか甘さが目立つし、弱いくせに頑固な所と正義感は強いのが玉に瑕だが」

      「惚気が入ってんな」

      「何が惚気なものか。ただ…人間としては疑いなく善良な方だよ。我らが探偵所の所長はな」

       

      そこで、ふと美玖のことが気にかかる。

       

      (例の組織には武装がある。また美玖に命の危険がなければいいが…)

       

      実際のところ。

      デジモンが関与している可能性があることも。

      人間にとっては命の危険以上の事態が美玖にもたらされることも。

      この時のシルフィーモンは全く考えが及ばなかった。

       

      …無知、ゆえに。

       

       

       

       

       

       

       

      ………………

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      ーー獅子山付近、九龍のビル群

       

      目の前に屹立する高層ビルの”群れ”を前に、美玖は目が眩みそうになった。

      東京と同じか、それ以上の桁違いだと思った。

      だが、これだけ大きな街ならば、ネットワークはそこらじゅうにあふれ出ている。

       

      「他の国ではデジモンによってデジタルポイントが閉じられてますが」

       

      歩きながらワイソンは街を見上げる。

      ビルは一面が鏡のようで、陽光を反射させる姿があまりにも眩い。

       

      「この辺りの、ほぼ全てのデジタルポイントはまだ閉じられていないはずです。新たに開通されているかはどうかは、我々では見当が…」

      「誰か、デジモンにお尋ねしたことは?」

      「いいえ」

      「そうなのですか?」

      「ええ…私達は、デジモンという存在に対して…その、どう扱って良いのかわかっていなくて」

       

      美玖が頭上を見上げると、花の妖精のようなリリモンが飛んでいるのが見える。

      渡邉達に目配せをすると、リリモンの飛ぶ上空へ声を張り上げた。

       

      「对唔住,我有話要問你!」(すみません、お聞きしたい事があります!

       

      広東語で声をかけると、リリモンはその場で止まり、美玖を見下ろした。

      白目のない真っ黒なアーモンドアイをパチパチと瞬かせ、問い返す。

       

      「讓我再聽一遍?」(なんですって?

       

      美玖はリリモンが降りてくるのを待って、話しかけた。

       

      「すみません、お聞きしたいことがありまして…この辺りで、デジタルポイントと接続できる端子はありませんか?」

      「ああ、あそこのビルを左に曲がって、二つ信号がある先を右に曲がると公衆電話があるわよ」

      「公衆電話、ですか」

      「そう、ダミーのやつね。…デジタルポイントへ接続しに行くの?」

       

      リリモンは少し訝しげな顔をしている。

       

      「はい、ある場所へ通じるデジタルポイントを探していまして。デジタルポイントを通ってそこへ行きたいのです」

      「ふぅん、珍しい。この辺りの人間でデジタルポイントを使いたいってヤツいないのよね。なら気をつけなさいよ。最近ヤバい奴らがいるから…」

       

      リリモンの言葉に美玖はうなずく。

      その様子を離れた場所から見ていた五人は、言いようのない感心げな面持ちだった。

       

      「彼女、デジモンに馴れているようですね」

       

      とワイソン。

       

      「私達だと、どう扱ってよいか今だにわからなくて」

      「あまり身近ではありませんからね…」

      「何か収穫があれば良いが」

       

      リリモンが飛び去り、美玖が戻ってくると、五人は彼女との距離を詰めた。

       

      「どうでした?」

      「デジタルポイントへ接続する端子があるそうです。場所を教えてもらいましたのでこれから向かいましょう」

       

      車の往来し、時折デジモンと人の行き来が交差する道を揃って歩く。

       

      「公衆電話は…あれですね」

       

      公衆電話は日本のものと大差のないデザインで、路頭にポツンと立っている。

      美玖はワイソン達、渡邉達を振り返り、

       

      「今からデジタルポイントを検索、接続しますのでこの辺りに皆さん立っていて下さい」

       

      と、自身の背後3mの辺りを指差してから公衆電話へ向き直る。

       

      がちゃり

       

      受話器を取り。

      リリモンから教えられた配置のボタンを決まった順番へ押せば…。

       

      ガタンっ

       

      公衆電話本体というべきボックスが展開、その裏側を見せる。

       

      「これは…?」

       

      愛佳が口を開く。

      その間に、ツールを操作し、ボックスの裏側で絡み合った配線と接続しながら美玖は答えた。

       

      「デジタルポイントの端子です」

       

      デジモンがデジタルポイントを開通するには、通信ネットワークや電気通信の可能な施設や端末が必要不可欠だ。

      そして、そのようなものを通じて、デジタルポイントへ入ることができる。

       

      ガチャっ

      PIPIPIPIPIPI……!

       

      ツールの画面が進捗バーを展開し、バーがマックスの状態になると検索バーへ変化した。

      手早くツールの下部のキーボード画面をタイプし、目的地の名前を入力する。

      ひと昔前のモデムの通信音が小さく鳴り響くと、パチりと肌の上で静電気が走る。

      そして、美玖と五人を、0と1の数字が高速羅列する淡い緑色の光が包む。

       

      「これは…」

      「デジタルポイントへの移送ですか!」

       

      その時である。

       

      紫色の円形のホログラムがツールの画面上に現れたのである。

      それは、何もない中央部に光で何かを描くように動くと。

      全く見た事のない一つのマークを生み出したのだった。

       

       

       

      CAUTION! PURGATORY LEVEL5

      CODE:GREED LEVEL:666 SYSTEM:MAMMON

       

       

       

       

      「え…!?」

      「これは!!」

       

      渡邉がそのマークを前に叫んだと同時に、6人の姿は緑の光に包まれて消える。

      そして、何事もなかったように電話ボックスは展開していた本体をがちゃりと閉じた。

       

      ーー

       

      気づいた時、彼らは大きな坑道にも似たトンネルの中に立っていた。

      真っ暗な、空気の冷たい場所。

       

      美玖がモニターを確認する。

      モーショントラッカー機能が作動し、まっすぐに伸びた道をマップに反映させる。

      反応は、人間6人分。

      …つまり、美玖達6人。

       

      「渡邉さん、先程のマークに覚えが?」

       

      日向が尋ねる。

       

      「吉原で件のラブラモンが提供したデータの一つにあったのだ。組織の象徴のようだが」

       

      ワイソンもキャシーと顔を見合わせて口を開く。

       

      「あのマークは私達も見覚えがある。1993年、九龍城砦が打ち壊される年に組織が会ったとされる神仙…それを表す印章だと」

      「彼らはそれを旗印にしています。彼らの組織に関わるもの全てに、あのマークがある。なら」

       

      一同は、真っ暗な道の先を見た。

       

      「この先で、間違いない」

       

       

       

       

      ………

       

       

       

       

      「ーーオメガモン!」

       

      呼ばれ、オメガモンが振り返る。

      ドゥフトモンが手元の端末を操作し、上部に展開されたモニターにあるものを表示させた。

       

      「中国、および香港からだ。…座標が送られてきた」

      「組織のか?」

      「拠点はどうやらデジタルポイントの中らしい」

      「デジタルポイントの中だと?」

       

      オメガモンが訝しげに目を細めた。

       

      「香港のデジタルポイントは全て閉じられてはいなかったか」

      「日本だけでもかなりの数だからな。こればかりはガンクゥモンの縁者を責めても始まらん。だがこれは好機だ。見たところ組織のあるデジタルポイントは一方通行だが…」

       

      ドゥフトモンは端末を操作し、通信を送った。

      通信先は……スレイプモン。

       

      ………

       

      デジタルポイントの上で待機中のスレイプモンは、着信音に気付き、端末を取り出した。

      すぐに応答する。

       

      「こちら、スレイプモン」

      「ドゥフトモンだ。たった今、例の組織の拠点の座標が送られた」

      「遂にか」

       

      スレイプモンは少しばかり安堵の息を吐いた。

       

      「ではどうする?エグザモンの用はこれでなくなったとーー」

      「いや」

       

      ドゥフトモンは続けた。

       

      「作戦通り、エグザモンにはデジタルポイントを通過してもらう」

      「なんと」

      「デジタルポイント進入後、即座にそこから新たにデジタルポイントを開通させる」

       

      エグザモンはスレイプモンの通信をずっと見遣っている。

       

      「こちらからアルフォースブイドラモンへ早急にデジタルポイント通過用のウイルスを受け渡しておくので、それをエグザモンのアンブロジウスに装填するのだ」

      「先にデジタルポイント内で掃討戦を任せた戦力は?」

      「まだ戦える余力のある者を募る」

       

      ドゥフトモンはそう答えた。

       

      (…”奴ら”との戦いによる消耗はかなりのものだ。戦意を喪失した者もいるだろう。無理矢理動かすことも可能だが、アバターの戦闘力を鑑みれば無視はできんか)

       

      「軽傷の者や治療により全快した者のみを編成し、残りの者は希望者のみを制圧のための戦力に入れる」

      「なるほど、わかった」

       

      ピッ

       

      「……何の連絡だ」

       

      エグザモンが口を開く。

       

      「ドゥフトモンから連絡が入った。一部、作戦の変更だ」

      「変更だと?」

      「デジタルポイントへ進入後、新たにデジタルポイントを開通させる」

      「…ほう」

       

      エグザモンの鋼の大翼が大きく振られた。

       

      「なら行くぞ」

      「応」

       

       

       

      ーーこの日、全てが動く。

       

      美玖達が進み、見上げたは窓一つもない鉄塊が如き建物。

      ざわめくデジタルポイント内、グルルモンの回復を待つシルフィーモンが見上げた先に舞い降りてくる赫い巨竜。

      複数人の白衣の研究員の間を練り歩き、研究の進捗に目を細める謎の白衣の女。

       

      ーーそして。

       

       

       

       

      東京都、とあるアパートの中。

      こちらも、男女がベッドの中で爛れた余韻を味わっていた。

       

      女が立ち上がる。

      見事なスタイルの女だった。

      太腿から流れるものも気にせず、シャワー室へ向かう。

      水栓を捻り、温水が汗や体液で濡れた身体を洗い流していく。

       

      女は自分の魅力に自身があった。

       

      だからこそ、今日も男を釣って、快楽に貪った。

      モデルとしてもトップになれる資質を、それだけに食い潰して彼女は今日この日も男に貢がせ、ひたすら交歓に没頭したのだ。

       

      ーーだが、それも終わりを告げる。

       

      彼女は気づかなかった。

      シャワーの音にかき消された悲鳴に。

      そして。

      扉の向こう、すりガラス越しに蠢くモノクロ色のグロテスクな触手に。

       

      「……何?」

       

      キュッと水栓を捻り、女はウザったらしいとばかりに声を上げーー

       

      それは悲鳴に変わった。

      障子戸が如くあっさりとガラスを突き破る触手。

      そして女にのしかかるは不気味な赤い目のようなコアを光らせた、巨大なオウムガイのような生物だった。

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    • #4113

       なんとなくロイヤルナイツにまで三澤女史と呼ばれる辺り有能感を隠せていない三澤女史でしたが、此度はなかなか遣り口が強引でございました。しかし決して悪い人ではないと思うので、既に最後誰かを庇って散る(死ぬかはともかく)未来が見えるぜ。
       舞台は香港へ。シルフィーモンは傭兵としてやれることがあるのは痛切にわかりますが、アンタ隣にいないと絶対美玖サンがピンチになるだろということはそろそろ学んで欲しい。
       逆に言えば視認されずについてこれるヴァルキリモンがラブラモン(アヌビモン)と並び便利かつ非常に頼もし過ぎるぜ!
       
       全身にノイズ走らせながら惚気にツッコミ入れるモブアサルトモン燃え。
       というか、世界観的にデジモンと人間の絡みは当然のものとして受け入れられてるんでしょうか。しかしアサルトモンは完全体でズタボロだったのを思うと、同伴してきたグルルモンが結構ダメージを負った描写が怖い。ロイヤルナイツの皆さんが奮戦する戦場に成熟期でいて大丈夫なの!?
       どんどんナイツのメンバーが出てくるし、やってることの内容もスムーズに語ってくれるのは嬉しい。しかしガンクゥモンと愉快な仲間達、実はやることめっちゃ重大だったのでは!?
       
       皆大好きエ〇描写からの風呂に突撃するアイツら。うおおおおストⅡの映画でバルログが春麗に襲い掛かるシーンを思い出すうううううう。

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