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トピック
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雨が降っている。
ぽたぽたと。
はらはらと。
しくしくと。
幼子達が泣いている。色とりどりの花を抱えて、私の元へやってくる。
あっという間に私の体は埋め尽くされる。まるで花のブランケットのようだ。
丁度いい。これから私は深い眠りに入るのだから。
体は既に限界を迎えていた。右の砲身は見るも無残に砕け、左の剣も途中で虚しく折れている。清廉された白い鎧は目も当てられないほど壊れており、身を覆うほどのマントもどこかへ飛んでいったらしい。
もはや目に映るもの全て、その輪郭までしか捉えることしか出来ない。
気が抜けば簡単に手放してしまう意識を、なんとか留まらせる。幼い子供達の前で死ぬのは、いささか抵抗があったからだ。
恐らく最後であろう幼子が、涙ながらに頭を下げて言う。「たすけてくれて、ありがとう!」
「──────────!」本来であれば、この瞳には何も映らないというのに。
最後にその子が浮かべた笑顔だけが、妙にハッキリと目に焼き付く。
名前を呼ばれて去っていく幼子。その姿から、私はある子供の面影を見た。(嗚呼、そうだ……あの子、は)
無事に帰れただろうか。
振り向かずに、まっすぐ、自分の家に帰れただろうか。
あの子は目を離すと、すぐに迷子になってしまうから──。
それだけが、いつも気がかりだった。———————
01:騎士の卵と迷い子
———————「ツムギ、どこにいるのだーッ!?」
吾輩はオメカモン。誇り高き騎士の卵だ。
騎士といっても立派な鎧も剣もない。工作みたいな見た目と、落書きしたような顔があるぐらい。だが、その心には常に気高い騎士の心を持っているのだ。
自分の役目は悪事を許さず、弱き者を助けること。一人前の騎士になるべく、どのような苦難が訪れようとも、吾輩にとっては乗り越えるべき壁なのだ。
なのだが──。「ツムギー!」
かっこ悪い話だが、誰か助けて欲しい。
現在進行形で、たった一人の子供を捜索中なのだ。様々な異形(デジモン)達が絶え間なく行き交う、こんな大所帯の中で!
煉瓦造りの建物が均等に並び立つ町の中。実際は、そんな町の風景を模したテーマパークの中である。似たような外観を持つ建物が多いから、確かに迷子になりやすいかもしれないが。「ツームーギーッ!!」
とはいえ、たった数秒、目を離しただけで、姿かたちも見当たらないとは。
周りのデジモン達が、なんだなんだと吾輩を見る。これ幸いと吾輩は近くにいたデジモン──コエモンに近づいて、すかさず尋ねる。「すまぬがニンゲンの子どもを見なかったか!?」
「えっ!? に、ニンゲン? ニンゲンって〝あの〟?」コエモンが目を丸くさせて聞き返す。吾輩は大きく頷いた。
「そうだ、そのニンゲンの子どもだ!」
「知らないなー。それ、ホントにニンゲン? 似たようなデジモンじゃなくて?」
「ホントにニンゲンなのだ!」コエモンが疑うのも当然だ。
何故当然であるかは、まずこの世界と我々『デジモン』という存在について説明せねばなるまい。
デジモン──正式名称『デジタルモンスター』。名の通り、電子で構成された生命体である。モンスターというだけあって、我々の形容は様々だ。
例えば吾輩・オメカモンは先ほども言ったように工作のような姿をしている。対して、今吾輩と話しているコエモンはまるで子猿のような見た目だ。
他にも小さな恐竜の姿をしているものや四足歩行の獣型、挙句には形容しがたいが見た目は愛らしいほ乳類型など、多種多様な姿形をしたモノ達が多い。
ただ全てに共通しているのが我々デジモンは、ニンゲンのような柔らかい肉感は持たず、ニンゲンより小さいからといって脆弱ではない。
そしてデジモン達が住むこの世界が『デジタルワールド』。ニンゲンが住む世界の、要は〝お隣さん〟である。お隣さんと言っても、この世界も我々も生み出したのはニンゲンだ。正確には認識し始めた、という方が正しいか。
だがニンゲン側は誰一人として、デジモンはおろかデジタルワールドの事を認識している者はいないだろう。実際ツムギは知らなかった訳だし。彼らはただ自分達の世界で使っている電子を介して、彼らの知らない内にデジタルワールドの土地の拡大や新しいデジモン達の発見などに貢献しているのだ。
逆に我々は一方的だがニンゲンの事を知っている。それこそ、こういったテーマパークや元となった街並みなどは、元後言えばニンゲンの世界にあるものを参考に再現しているに過ぎない。他にも食文化や生活などもニンゲンのマネをして、屋根のある家で住み着いたり、自分で料理をするデジモンは多い。
そういった情報をどこで知るのかというと、蜃気楼として映し出されるのだ。なんとも現実味のない話だと思うが、デジタルワールド(ココ)では当たり前のように起きる現象の一つだ。主に目撃されるのが水場だとか。
故にデジモン達はみな、その映像に映し出されているニンゲンのことを自然と目にするので、存在は認知しているという訳だ。
おっと、少し説明が長くなってしまった。ツムギの捜索に戻らねば。
吾輩はその後も、目が合ったデジモンに片っ端から声をかけて、ニンゲンの子供を見なかったかと聞く。
しかし、見たと答える者は誰もおらん。
吾輩はがっくりと項垂れた。
……ハッ!! なんということだ、吾輩は今とんでもないことを理解してしまった!!
これはもはや誘拐なのではないか!?
これだけ探していても見つからぬ、ということは、きっと悪心を持ったデジモンがツムギを誘拐したに違いない!!(こうしてはおられん──!!)
ピンポンパンポーン。
園内にあるスピーカーから軽快な音楽と共にアナウンスが流れる。どうせアトラクションの時間案内だろう。『迷子のお知らせです。ニンゲンの子供・ツムギちゃんが、保護者の方をお待ちです。お心当たりのあるデジモンは、迷子センターまでお越しください。繰り返します──』
吾輩は、近くにいたデジモンをとっ捕まえ、再度質問をした。
「迷子センターとやらは、どこにあるのだ?」
◇
「ツムギー!! あれほど吾輩から離れるなと言ったではないかー!!」
吾輩は文字通り、迷子センターまで吹っ飛んできた。
はぐれた場所から少し離れた場所だったので、着くのに少し時間はかかったが、なんとか見つけ出すことが出来た。よ、良かった……!「オメカモン、見てみて、もらったのー!」
目の前にいるニンゲンの子供は無邪気に笑って、持っていたジュースやらお菓子やらを見せてくる。どうやら丁重なおもてなしを受けたようだ。
この子はツムギ。何度も言うようにニンゲンの子どもだ。吾輩とほぼ同じくらいの背丈──と言いたいところだが、ツムギの方がほんの少しばかり大きい。
何はともあれ、無事でよかった。
吾輩は安心したと同時に、どっと疲れた。「どうしたの、オメカモン。疲れちゃった? ジュースいる?」
「まあ、うむ……お言葉に甘えて、貰おう」この子には迷子になったという自覚はないのか。……まあ、見つかったから良しとしよう。見たところ、怪我もなさそうなのだ。
「良かったね、ツムギちゃん。保護者のデジモンが迎えに来てくれて」
迷子センター担当のデジモンがツムギの頭をよしよし、と撫でる。
「うん、ありがとう、シューシューモン!」
「うむ、この度はツムギがお世話になったのだ」我々は保護してくれたデジモンにお礼を言い、共に迷子センターをあとにした。
「オメカモン、わたしのことを探してくれたの?」
「うむ、迷子のお知らせを聞くまで、探しておったぞ。当然ではないか!」
「心配した?」
「当たり前であろう?」
「そっか、心配かけてごめんね」ツムギは申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。吾輩は優しく声をかけながら、その頭を撫でる。
「ツムギが無事であれば良いのだ。そなたを無事に家に送り届けるのが、吾輩の使命であるからな」
我々の出会いは突然だった。
端的に言えば空から降ってきたのだ。まさか子供が降ってくるなんて誰が予想出来ようか。『すごい! お人形がしゃべってる!』
吾輩の上に落下してきた子供は開口一番、そう言ってきた。
突然現れたニンゲンの子供、聞けば帰り道はわからないという。所謂、迷子だったのだ。
吾輩は悟った。この子を送り届けるのが我が使命であると。「そう決めたからには、吾輩は責任をもってそなたを家まで届けなければならぬのだ。ここはそなたにとっては左も右もわからぬ土地。いつ、どこで悪いデジモンが襲ってくるか分からぬ故、吾輩から離れてはならぬぞ、ツムギ──って、おらん!?」
少し目を離すと、すぐにいなくなるのだ。会ってから今まで、何度こういったやり取りを繰り返したことか!
特にここは多くのデジモン達が行き交うテーマパークなのだ。種類豊富なアトラクションもそうだが、売店もそれなりの数だ。一日だけで回り切れるとは到底思えない。小規模なエリアを丸ごと娯楽施設としたここは、もはや一つの街であり、国であった。
こんな所で、もう一度迷子を捜すのは正直心が折れる。
だが吾輩とて、無意味にツムギと共に過ごしていた訳ではない。あの子の言動はなんとなーく分かるようになってきた。「あ、オメカモン!」
予想していた通り、ツムギはとある建物の前にいた。建物の前には、ずらりと多くのデジモン達が列を成して並んでいる。よほど人気なアトラクションなのだろう。
子供というのは好奇心で動くものだが、同時に好奇心で止まるものである。「ここにいたのかツムギ! 言ったそばから吾輩から離れるとは、なんたることか!」
「ねえオメカモン、色んなデジモン達が並んでるけど、ここってなあに?」ツムギは自分達の前に並んでいるデジモン達の列を指して尋ねる。
「む、ここは……はて、なんのアトラクションなのだろうか」
「並んでみたら、わかるかな?」吾輩はチラッとツムギの横顔を見た。キラキラと輝いている目は何かを期待している証拠だった。
ふむ、と吾輩は最後尾に並んでいるデジモン──アンゴラモンに声をかける。「すまぬが、ここは何のアトラクションなのだ?」
「ここは劇場型のアトラクションだよ。乗り物に乗って、劇を楽しむんだ!」答えてくれたアンゴラモンはやや興奮気味にそう答えてくれた。ふむ、劇とな。
「どんな劇をやるの? ここにもシンデレラや白雪姫みたいな話があるの?」
「わっ、ビックリした! なにかと思ったらニンゲンだった!」アンゴラモンはツムギを見て驚いたが、特に興味を示すことなく、あっさりと話題を戻した。
「えーと、そのシンデレラとか、シラユキヒメ? とかっていうのは知らないけどさ、デジタルワールドで知らないデジモンはいないくらい有名な話をするのさ!──って、ニンゲンは知らないか」
ツムギはまだ分からず首を傾げている。対し、吾輩はその話を聞いてピンッときた。なるほど、あの話か。
「どうだ、ツムギ。並んでみるか?」
聞くとツムギは「うん!」と嬉しそうに大きく頷いた。
「どんなお話か気になる!」
「うむ、きっとツムギが楽しめるような話なのだ」
「どんなお話なの? オメカモンは知ってるの?」吾輩はちょっとだけ悪戯っぽく笑ってみせた。
「それは、入ってからのお楽しみなのだ」
◇
長い行列を経て、ようやく吾輩達の番が回って来た。
「次の方、どうぞ」
「二人、なのだ」言うと受付を担当していたデジモン・トゲモンが吾輩とツムギを見て「はい」と頷いた。案内役のデジモン・リリモンを呼び、吾輩達を建物の中へ案内する。
扉代わりの分厚いカーテンをくぐって建物の中に入る。そこからは一寸先も見えぬほどの闇が支配していた。そういえば元々建物には窓がなかったことを思い出す。
まさか、この中を歩くのか?──そう考えていたら、不意にリリモンが軽々と吾輩を持ち上げた。「背の小さいデジモンは身を乗り出さないようにして、しっかりと掴まっててくださいね」
唖然としていると、何やら椅子のようなものに座らせられた。カチャカチャと何やら金属音がしたと思うと、腰にベルトが回されて体を固定される。
次いでリリモンはツムギを持ち上げると、吾輩の隣にストンと座らせて同じように体を固定させる。
暗くてよく見えないが、なにやら乗り物のようなモノに乗っているらしい。
椅子には背もたれがあり、長時間座っていても辛くならない感じがする。体格の良い大きなデジモンが座っても大丈夫だと、そんな太鼓判が押せるほど丈夫そうだ。座っても窮屈に感じないように、前方には何も遮るものは無い。腰に巻かれたベルトで動きを制限したのは、倒れない為の予防策のようだ。「では、じっくりとご観劇下さい」
リリモンはそう言って一礼すると、分厚いカーテンを下ろした。
これで一面、真っ暗闇となった。夜も深い闇に怯えたのか、ツムギが吾輩の腕を握る。「真っ暗だよ。ホントにここ、アトラクションなの?」
ツムギの口から出た言葉に吾輩は内心首を傾げた。
パーク内に作られたアトラクションはみな例外なくニンゲンの世界から取り入れたモノばかりだ。現にツムギは、ここ以外のアトラクションには「テレビで見た事がある!」と興奮気味に教えてくれた。だから、てっきりここもどういったギミックを持つアトラクションなのか、知っているのかと思っていた。(……暗いから、不安が勝ったのかもしれんな)
吾輩はそう思い、ツムギの手をポンポンと撫でた。
余談だが吾輩の手はUの字型なので、掴むことは可能だがツムギのように握ったりするのは少し難しいのだ。「心配するな、ツムギよ。なにがあっても、吾輩が守るぞ」
キリッとした顔で恰好をつける。──というのが理想的だが、落書きめいた吾輩の顔では、上手く恰好がついたかどうか怪しいものである。
それでも、ツムギは安心したようにうん、と笑ってくれた。
ほ、と吾輩が胸を撫で下ろしていると、ガコン、と吾輩たちが乗る乗り物が動き出す。
どこからともなく本の頁をめくる音と共に、我々の目の前に巨大な本が現れる。実際に大きな本が現れた訳ではないのは、すぐにわかった。ニンゲン世界でいうところの立体映像という技術らしい。『昔々、デジタルワールドに悪い竜がいました』
その言葉に呼応するように本から赤くて禍々しい竜型のデジモンが出現する。こちらも先ほどの本と同様で実物ではない。
『メギドラモンという悪い竜は、とてもとても食いしん坊で、デジタルワールドをバクバク食べていきます』
ナレーションの言葉に合わせて、邪竜が大地を食べていく。
映像と分かっていても、息を呑んでしまうくらい迫力がある。現に隣からツムギの小さな悲鳴が聞こえた。
やがてメギドラモンの前に、複数のデジモン達が立ちはだかるシルエットが浮かび上がった。しかし、相手が一度咆哮すると、怯えて月々と逃げてしまう。『メギドラモンは、とても強いデジモンなので普通のデジモンでは太刀打ちできません。「大変だ! このままじゃ、デジタルワールドがなくなっちゃう!」デジモン達は、とても困っていました』
小さなデジモン達は恐らく幼年期くらいだろうか。ぴょんぴょん跳ねるだけの影とはいえ、それだけで慌てているのが分かる。
『「私がメギドラモンを倒そう」──そう言って、一体の騎士デジモンが立ち上がりました』
赤いマントが翻り、騎士デジモンが姿を現す。身に纏った鎧はシンプルなデザインなのに神々しさを感じる。右には狼の砲身、左には竜の刃を持つ、彼こそは。
『そのデジモンの名前は、オメガモンといいました』
吾輩は思わず身を乗り出しそうになるのをぐっと堪えた。
彼こそが、我が憧れ。吾輩が目指すべき、騎士道の頂。──オメガモン。『オメガモンは、とても強いデジモンでした。みんなを困らせるメギドラモンに、勇敢に立ち向かいました。何度も、何度も、何度も。戦って、戦って、戦って』
炎を吐くメギドラモン。対し、オメガモンは刃を振るい、砲身から氷の砲弾を放つ。
その戦っている様が、まるで実際に眼前で繰り広げられているように観える。『そして、オメガモンはついにメギドラモンを倒したのです』
メキドラモンが雄叫びを上げながら、倒れていく。
『でも、深く傷ついたオメガモンも倒れてしまいます』
説明の通り、騎士もまたゆっくりと、その態勢を崩す。彼の白い鎧もマントもボロボロで、竜の刃は折れ、狼の砲身も割れてしまっている。
倒れた彼の傍に、小さなデジモン達が集まりだす。『デジモン達は悲しみました。オメガモンはとてもとても強く、同時にとてもとても優しいデジモンだったからです。デジモン達は、オメガモンにたくさんのお花を贈りました』
デジモン達が贈ったと思われる花が、パラパラと雨のように降り注ぐ。
『赤と青、黄色に緑、紫や白』
花が彼の全身を覆う。それは墓標にも、花のブランケットにも見えた。
『色とりどりのお花を抱えて、オメガモンは深い深い眠りについたのです』
そっと閉じられる、碧眼。
今、世界を救った騎士が眠りについた。
次の瞬間、本の一頁として映像が切り替わる。『デジモン達は忘れません。オメガモンの勇姿を』
最後の一言と共に、再び音を立てて巨大な本がそっと閉じる。
『デジタルワールドを救った、騎士の物語を。これからも、ずっと語り継いでいくことでしょう──』
◇
「カッコよかったね!」
劇場から出てもツムギは、興奮が冷めない様子でそう言った。
吾輩も同意見だ。口伝しか耳に入らぬ昔話をこうした形で観るのは色々と感慨深い。「オメカモン、あのお話に出てたんだー! だから騎士なんだね!」
確かに吾輩が騎士を志した理由はオメガモンにあるが……はて、吾輩はツムギにその話をしただろうか。
「あれ、でもオメカモン、マントしてないね? どうして?」
ここで、ようやく合点が一致した。この子は作中に出てきた騎士のモデルが吾輩と思っているらしい。
「違うぞツムギよ。出てきたデジモンは『オメガモン』だ」
吾輩が訂正するとツムギは更に目を丸くさせた。
「オメカモンじゃないの? 見た目も似てるのに?」
「この姿は彼をマネてるから、似ていて当然なのだ」
「どうしてマネをしてるの?」
「……吾輩には、何もなかったからな」誰かに自分のことを話すのは、少しばかり抵抗がある。身の上話を言いふらしている気がして、吾輩のポリシーに反するのだ。
「吾輩には記憶どころか、顔さえも無かった。デジモンとは本来、タマゴから生まれる。そこから幼年期、成長期と進化を経て成長する。でも、吾輩は生まれたときから……いや、タマゴから生まれたのかさえ怪しくてな。なにせ、気づいたら、この姿だったのだ」
外見でよく成長期デジモンと間違えられるが、こう見ても一つ上の成熟期なのだ。
なのに幼年期の記憶も、成長期の経験も無かった。虚ろな吾輩の手にあったのは、様々な色を備えた身丈ほどのペン一つ。「自分が何者か分からないまま、長らく旅をしていた。そんな時に、あの昔話を知ったのだ。吾輩は思った。みなと違う生まれだからこそ、みなの為に尽くすべきだと! それが吾輩の生まれた意味であると!」
だから、かの騎士の姿をマネをし始めたのだ。
不慣れな手付きで顔を書き、拾ってきた紙に竜と狼を模した頭を作った。これで最低限の身なりだけはオメガモンらしく整えることは出来たのだ。「トレードマークであるマントだけは手に入らなかったのが、少し悔しいところだな」
吾輩がそう言うと、ツムギがおもむろに自分の上着を脱ぎ始めた。
これにはさすがの吾輩もぎょっとして、慌てて止める。「つ、ツムギ、なにを……!」
吾輩の言葉など無視して、脱いだ薄い上着を吾輩に着せようとする。いくら似たような身長とはいえニンゲンとデジモンでは体の形が違うし、肩の装飾品があるから着れるはずもない。
「ツムギ、吾輩は着れぬぞ。それに、吾輩は別に寒い訳では──」
「はい、出来た」ツムギの手が離れる。言葉から服を着せるのを諦めた訳ではないのが分かった。では何故服を持っておらぬのだ? 吾輩に着せようとしていた服はどうしたのだ?
そっと自分の首元に触れてみる。なにか結んだような感触があった。「お、お?」
くるっとその場で身を翻してみると視界の端で白い布が見えた。ツムギが着せようとした上着だ。その裾が吾輩の動きに合わせて風になびく。まるでマントのように。
「鏡がないから、ちょっと分かりづらいね。でも、オメカモン、よく似合ってる!」
そう言って満足げに微笑むツムギ。
この子は自分の服をマントに見立てて、吾輩に着けてくれたのだ。色も丁度白だし、丈も吾輩の足元くらいある。気を付けて歩かねば汚れてしまうな。「よ、良いのかツムギ。これでは、そなたが……」
「うん、いいの。えーと……あ! 助けてくれた、お礼?」
「礼などいらぬ。吾輩は当然のことをしたまでなのだ」
「だーめ。わたしはお礼がしたいの。オメカモンにマントあげたいの!」たぶんお礼というのは建前で、本音は吾輩にマントをあげる事なのだろう。うむむむ……困った。こうなってくると、ツムギは何を言っても引き下がらん。
お、そうだ。「ツムギよ、お礼としてマントをくれるなら、それは気が早いぞ。吾輩はまだそなたを家に帰してないからな」
ツムギの表情が徐々に曇っていく。そうしょんぼりされては、これから言う予定の言葉も投げ捨てて、これを受け取ってしまうではないか。
「しかし、家に帰るまで預かってほしいというならば、話は別なのだ」
本当はここで悪戯っぽく笑ってみせたかったが出来ないので、声色だけでそれっぽく言ってみる。
ツムギの表情が一拍の間を置いてのち、パァッと明るくなった。「うん! わたしが帰るまで、オメカモンがそのカーディガン、預かっててね! それ、結構お気に入りなんだから!」
言葉の意図を分かってくれたようで良かったのだ。というかカーディガンというのか、この服。なんだか守護者っぽく聞こえていいな。
憧れの騎士に一歩近づいたことに、吾輩は小さく笑みを零す。「あ、オメカモン、今笑ったでしょう?」
「う、うむ、よくわかったなツムギ」吾輩は言い当てられた事に、少しばかりの照れくささを感じつつ苦し紛れに聞いてみた。
これでも感情は表に出やすいタチではある。だが普通のデジモンと比べると吾輩は分かりづらい顔をしている。何度も言うようだが、顔は自分で描いた落書きなのだ。
すると、ツムギはキョトンとした顔を浮かべた。次いで「わかるよー」と表情を綻ばせて答える。「だってオメカモン、分かりやすいもんー」
そうだろうか。吾輩は自分の顔をむにむにと触ってみる。
「そういうツムギも分かりやすいぞ?」
「そう、かな?」
「うむ。今、すごく楽しいのであろう? 今まではデジタルワールドにあるもの全てが真新しく新鮮といった感じだったが、今は心の底から楽しそうなのだ!」すると、ツムギは大きい目を更に大きくさせて丸くする。なにか驚いたような反応に、今度は吾輩が目を丸くさせた。
「どうした? なにか、変なことを言ってしまったか?」
ううん、と首を左右に振るツムギ。
「オメカモン、すごいなーって! わたし、今すっごく楽しいよ!」
嬉しそうに笑うツムギの顔は、しかし何処か泣きそうで。
──聞くべきだろうか。
何故ツムギがそんな顔を浮かべるのか。気にはなったが、それでツムギの心を害したくも無かった。そういった質問の答えは、大抵暗いものだ。
だから吾輩は別のことを口にする。「では、もっと楽しい時間を過ごすぞ、ツムギ! 今日は一日、このテーマパークにいようではないか!」
「うん!」ツムギは大きく頷いて吾輩の手を取った。その表情からは既に哀愁が綺麗に消えている。
──これで良い。
吾輩は胸を撫で下ろす。
せめて泣くのはツムギを家に帰した時。吾輩と別れる時が良い。
ああ、でも。
本音を言うと、ツムギには笑っていて欲しいものだ。(続く)
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