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トピック
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ホワイト・ラムにライムジュース。それから、甘みにはシュガーシロップ。
カクテル好きなら言わずと知れた材料を、しかしシェイカーではなくブレンダーに流し入れ、さらにグラスいっぱいの氷を加えて混ぜ合わせる。
注ぐ、では無くスプーンで盛る形でシャンパン・グラスを彩っていくそれは、バーテンダーが大きな角を生やした銀の鬼――ギンカクモンである事も相まって、神様というやつが雪山を創造しているかのような光景にも思えた。
真っ白な頂上に、ミントの双葉が緑を添える。
真夏の『べにひさご』に、小さな冬がやってきた。
「こちら、フローズンダイキリになります」
フローズンダイキリ。
名前の通り、氷の入ったダイキリ……もう少し言うと、シャーベット状になったダイキリだ。
かのアメリカの文豪、アーネスト・ヘミングウェイも愛したというこのカクテルは、1900年代にキューバで誕生したのだとか、なんだとか。
行った事は無いが、暑いイメージのある国だ。
遠い海の向こうで生まれた100年前のカクテルが、すっかり灼熱の季節を向かえてしまった現代日本を生きる酒飲みの喉を冷たく潤してくれる。なんだか途方もなくて、だからこそ、ロマンチックなカクテルでもある。
「そんなフローズンダイキリ……というより、ダイキリの名前の由来を。お客さんは、ご存知かな」
私は一度グラスを置いて、おそるおそる隣に座るキンカクモンの方を見やる。
彼女は幅の広いストローに艶やかな唇を添え、グラスというよりかき氷用の器みたいな入れ物から、見る見る内にフローズンダイキリを吸い上げていた。
『べにひさご』に通い始めてもう2ヶ月ほどになるが、キンカクモンがこの手の切り出し方をした時に、真面目な話であったためしがない。
ダイキリだぞ。
ラムベースカクテルを代表する一杯、ダイキリなんだぞ。
現地に行った事は無いが、知っている。ダイキリは、キューバにある鉱山の名前――即ち、地名だ。
名前の起源自体は同じデジモンがいたマタドールなどとは、訳が違う。実在の地名なのである。
「……一応、聞いた事はあるんですが。記憶違いがあるかもしれませんし、キンカクモンさんの話を聞かせて貰えますか」
だが。いや、だからこそ。好奇心には逆らえなかった。
同時に、流石に元ネタがハッキリしているカクテルに対して、胡乱な持論は唱えないだろうと、内心たかをくくっていた部分も無いでは無く。
「ふむ。良い心がけだ。デジモン研究者さんというだけあって、情報の正確性を大事にしているんだね」
キンカクモンが、ふっと微笑んだ。
私が沈黙を守っていると、では僭越ながらと、キンカクモンはほとんど空になったグラスをカウンターに置き、此方へと身体ごと向き直る。
「ダイキリというカクテルは、クーレスガルルモンというデジモンを由来に持つのだよ」
「キューバの地名ですよ」
結局黙ったままではいられなかった。
言ってから、私はそーっとギンカクモンへと目配せする。
当初は姉を敬愛する彼の顔色を伺っての事だったが、今では助けを求める意図の方が大きい。
ただ、さしものギンカクモンも、現実の地名がかかわってくるとなると、即座のフォローは難しいのだろう。
彼が言葉を選んでいる内に、キンカクモンが「そういう説もあるね」と私のツッコミを完全に無力化した。
「とはいえお客さんなら、クーレスガルルモンの必殺技についてはご存知だろう」
「それは、まあ」
『獣狼大回転』と、『激・氷月牙』。
愛刀・黄獣偃月刀を用いて繰り出されるこの2種の技が、黄金の獣騎士クーレスガルルモンの必殺技だ。
……ダイキリがフローズンダイキリに派生した理由は、間違いなく『激・氷月牙』を絡める気でいるな……このデジモン……。
「『獣狼大回転』。このシンプルな必殺技名から繰り出される一撃もまた、単純ながら強力なもの。黄獣偃月刀だけでなく、刃状の装飾が施されたゴールドデジゾイドの鎧まで利用し、回転に乗せて全身で相手を切り刻む技だ」
「そうですね」
「つまり『獣狼大回転』は、大回転斬り――」
「……」
「――即ち、大斬りだ」
いや……そうかもしれないけれども……!!
「加えてこの黄獣偃月刀は、氷の属性を宿していてね。『激・氷月牙』の方は、黄獣偃月刀から無数の氷を飛ばす技ときている。大回転斬りと氷を同時に操るクーレスガルルモンの勇姿を前にした時、人はダイキリに氷を混ぜずにはいられなかったのだろう」
そして本当に絡めてきた。
「君達ニンゲンの間ではダイキリ地名説が有名な事はあたしも理解しているが、ダイキリが鉱山およびその周辺の町の名前だとすると、今話したフローズンダイキリの誕生経緯に説明がつかないだろう」
「暑かったからじゃないですかね」
「ただ、ダイキリとこじつける地名がキューバのものでなければならなかったのにも、これまた深い訳があるのさ」
うん?
思わぬ方向に話が飛んで、私は「こじつけているのはキンカクモンの方では」という指摘のタイミングを見失う。
「弟、バカルディを」
そうしている内に、キンカクモンの催促を受けて、ギンカクモンが今度はシェイカーを使って、一杯のカクテルを拵えた。
石榴のシロップで染めた、赤いダイキリ――バカルディ。
「このカクテルはバカルディ社のホワイト・ラムを使用しなければ、バカルディの名を使ってはいけない」と裁判所にまで定めさせた。という逸話が有名な、特別なピンク・ダイキリだ。
「お客さん。バカルディは何故赤いのだと思う?」
「……バカルディ・ラムの販促カクテルだから、目立つ色にした……とか?」
「これはね、ブリッツグレイモンの色なのだよ」
その発想は無かった。
「バカルディ社は元々キューバの会社だったのが、国政の混乱等を機にバミューダ諸島へと本社を移した。なんて来歴があってね」
そこまでは流石に知らなかった。ギンカクモンの様子を見るに、この点に嘘は無いと思われる。
「ただ、やはり望郷の心はどこかにあったのだろう。その思いを表現するべく、バカルディ社はニューヨーク高裁を巻き込んでまで、赤いダイキリに社名を掲げさせたのさ。クーレスガルルモンのある意味対となる、ブリッツグレイモンを表現するためにね」
「どうしてダイキリでブリッツグレイモンを表現する事が、故郷を思う事に繋がるんですか?」
キンカクモンは、ここぞとばかりに口角を持ち上げた。
「キューバの名前は、クバナカン――インディオのある部族の言葉で「中心地」を意味する単語が由来なのさ」
「……」
クーレスガルルモン。
ブリッツグレイモン。
その、“中心地”。
「……なるほ」
いや。
いやいやいや。
一瞬納得しかけてしまったが、そもそもダイキリの由来はクーレスガルルモンではない。……筈、だ。
と、
「お客さんも、よければこちらをどうぞ」
なんとか反論できないものかと言葉を探していると、ギンカクモンが私の方にも赤みがかったカクテルを差し出してきた。
今キンカクモンが喉に流し入れているのと同じバカルディかと思ったが、それにしては少々、赤みが弱いような。
「こちらはサンチャゴ……材料自体はバカルディと同じですが、ホワイト・ラムの比率を増やして、氷と一緒にシェイクしたカクテルです」
ホワイト・ラムを増やし、氷を混ぜたバカルディ――キンカクモン風に考えるなら、クーレスガルルモンとブリッツグレイモンが合わさったカクテル、と取る事も出来る訳か。
「ちなみにサンチャゴのカクテル言葉は「郷愁」です」
そうきたか……。
真実で下手にフォローできない分、バーテンダーとしてカクテルそのものを使い姉の説を補強してきたギンカクモンに敬意を払い、私は言葉を纏める前に飲み込んだ。
「おや、弟。私の分は無いのかな」
「もちろん、姉さんの分もご用意してありますよ」
まあ、形はどうあれ、仲睦まじいこのデジモン姉弟憩いの時間に水を差すのも野暮な話だ。やはり沈黙はキンカクモンである。
とはいえ今回もしばらくの間、私はオメガモン Alter-Sについて調査する度に、2色のラムベースカクテルに思いを馳せ、他のオメガモン種を“中心地”にするカクテルも存在するのだろうかと、ありもしない話に思いを馳せてしまう羽目になるのだろう。
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