ドレンチェリーを残さないでep20

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      指の隙間からこぼれた灰を血の匂いが乗った風が連れ去っていったたった半日前の記憶は鮮明で、これからも色褪せてはくれないだろう。

      公竜はビルの屋上から街を眺めながら、髪を撫でる不快な風を感じていた。

      その血のせいか公竜は夜になってもあまり眠くなるということがない。それでも無理に夜に寝て、昼間活動して、人として生きる。

      公竜はそうしてきた。恵理座と出会う前から変わらずそうしていた。

      最初はまだ彼女は高校生だった。公竜も大学生ぐらいの年齢で、彼女は公安に用意されたアパートの一室に引きこもっていた。

      彼女は公安の策略で傷つけられているから当たり前なのだが、公安所属というだけで公竜は警戒された。公竜も事情は知っていても吸血鬼のデジモンを脳に寄生させていたやつなんてろくなやつじゃないと思っていた。

      最初は哀れに見えた。部屋に引きこもって泣いていたり、吹っ切れたように明るく振る舞おうとして笑いながらも涙がこぼれるのを抑えられなかったり、味噌汁を作ったらその匂いで泣いたりもした。よく泣いて嘆いて引きこもった。頻繁に食べたものを吐きもした。今思えば、あれはストレスもあっただろうがそれだけ内臓のダメージが残っていたからだろう。

      時に延々と八つ当たりしたかと思えば、夜になると眠るまでそばにいて欲しいとないたりもしていた。そんな時、公竜はどうせ寝なくても疲れないと夜通しそばにいた。

      知れば知るほど、変に思えたところもなにも、普通の少女が異常事態に巻き込まれた故なのだと思うようになっていった。

      お互いに吸血鬼だからかある程度体質も茶化してきたり、笑って明るく雑にしつこく絡んでくる彼女に、普通とか当たり前とか、母が放り投げていった家族というものはこんな感じなのだろうかと思う時があった。

      普通の人より冷たい手に、公竜は確かな温もりを見出していた。

      毎日のように寝る前に公竜に電話をかけ来てていた、不安だからとそう言って。不安じゃなくても、そう言えば、公竜は電話を簡単には切らなかった。

      公竜はスマホを手に取って、そこに表示された番号を見た。もうかけても出る人もいない。仕事以外ではほとんどかけたことがなかった。

      「母を倒すまで、君の死んだ今日は終わらないのかも知れないな……」

      公竜はその言葉に続けて鳥羽でも恵理座でもない女性の名前を呟いた。

      ふざけた返事がないのを寂しく思いながら、赤紫色のメモリを持って公竜はビルの屋上を後にした。

       

      「小林さん、最近見ませんね」

      鳥羽が死んでから一週間が経っていた。

      「大西さんが言うところによると、グランドラクモンの催眠が催眠だから、小林さんはグランドラクモンの声を聞いたかもしれなくて目を見たかもしれない警察の人達と距離を置いてるんだってさ」

      眠ってるのかもわからないぐらい働きっぱなしらしいよと盛実は続けた。

      「鳥羽さんのこともありますしね……」

      「……グランドラクモンの脅威は組織以上に切迫している。でも、今のところその能力に対する対抗策は二つしかない」

      「二つあるんですか?」

      「一つは小林さん。血縁故か催眠が効かないみたい。二つ目は……猗鈴さん」

      「鳥羽さんが注入してくれたX抗体ってやつですね」

      「そう、X抗体はグランドラクモンの能力に対して抑制する様に働くことが確かめられた」

      「X抗体はXプログラムというウィルス兵器みたいなものに対しての後退なんだけど、グランドラクモンの大概のデジモンが抗えない目や耳から入る催眠を元に作られたようなんだよね」

      「……関係ないかもなんですが、なんグランドラクモン由来なのにでXなんですか?」

      「それはわかんない。猗鈴さんの検査とかと並行して調べてたから、鳥羽さんの言ったことの裏付け取るので精一杯だった」

      ゆるして、と眠そうな目をこすりながら盛実は言った。

      「不安要素としては姫芝さん……X抗体の効果が絶対的とは言えないし、猗鈴さんみたいに元々の耐性があるタイプでもなさそうだから、猗鈴さんの肉体主体の変身も用意する予定」

      「でもこの前は、私の肉体は何か手が入ってるかもって……」

      「そこは、リスクの大きさを比べての判断、グランドラクモンの能力は受けたら終わりだから。

      「それに、猗鈴さんへの仕込みは検査でとりあえずわかった範囲では、害はなさそうだしね」

      「というと……」

      盛実がちらりと天青を見ると、天青は黄色いメモリを取り出して差し出した。

      「これはサンフラウモンメモリ、猗鈴さんの脳に寄生していたデジモンのメモリ」

      「……やっぱり」

      「猗鈴、やっぱりって……」

      杉菜の言葉に猗鈴は頷いた。

      「姫芝から私の脳内にいたトロピアモン……ウッドモンが姉さんの姿をしていたと聞いた時から疑っていた。ウッドモンメモリの中身は姉さん由来のデータを持っている、姉さんが自分に寄生させていたデジモンなのかもと」

      「……それと、猗鈴さんは私に重なるレディーデビモンが見えていたから?」

      「そうです。デジモンを寄生させたりメモリを直挿しした副作用って話でしたよね。私が知らない内にメモリを挿されてたんじゃなければ、私に寄生しているデジモンがいることになります」

      「とはいえ、このサンフラウモンメモリの中身のサンフラウモンは意識とかないんだよね」

      「……そうなんですか。姉さんのことも聞けないってことですね」

      「うん、だからこのサンフラウモンは……元から道具として用意されていたのかも。例えば、いつか猗鈴さん用のメモリにするつもりだったのかもしれないね」

      誰が、というのは猗鈴にとっては考えるまでもない。夏音だ。

      でも、どうしてはわからない。ウッドモンメモリは中身入りで、サンフラウモンは自我さえ持たせなかったのも謎、サンフラウモンはメモリにしなかったのにウッドモンはメモリの形で渡したのも謎。

      夏音の心まではわからない。

      「……そのメモリは私が使っていいんですよね?」

      「そう、それは猗鈴さんのメモリ。その中にいるサンフラウモンは猗鈴さんの心や記憶を糧に育った猗鈴さんの影、猗鈴さんにきっと応えてくれる」

      天青はサンフラウモンメモリを猗鈴の手の上に置く、猗鈴はそれを一目見て握り込んだ。

      「さて、そんなわけで、二人の変身の準備はひとまず整ったってことになるね」

      本当は二人それぞれに使えるメモリ三本ずつ用意したかったけどと少し不満そうにも呟きながら、盛実はそう言ってにやりと笑った。

      「でも、成熟期のメモリでグランドラクモンには勝てないですよね」

      杉菜の言葉に、その為にもと、盛実は病院で心を通じ合わせる際に使ったベルトをカウンターに置いた。

      「二人が戦えば、そのデータが私のとこに入ってくる。それをもとにして、私は基本形態のlサンフラウモン×ザッソーモンをlevel6×level6まで強化するエボリューションメモリカッコカリの開発をする。完成すれば生半可なlevel6なら正面から倒せて、完全復活してるわけじゃないグランドラクモンにも通じる見込みは出てくる! はず! 多分!」

      わかりましたと杉菜はベルトに手を伸ばした。

      「あ、ちなみになんだけど……その、変身の名前ね? ディコット……ってどうかな? ベルトはディコットドライバー……」

      盛実はそうちょっと不安そうなしかし軽くにやつきながら口にした。盛実は自分で何かに名前をつける時、他人の受ける印象が気になるタイプだった。

      「……不安なら元ネタの名前使えばいいんじゃないですか?」

      そして猗鈴にはその気持ちがわからなかった。

      猗鈴の言葉に、盛実は髪を振り乱しながら勢いよく首を横に振った後、気持ち悪いとうつむいた。

      「……全く同じ名前にするとか畏れ多さと実態の違いからから拒否反応で死んじゃう……あと、仮◯ライダーのところもダ◯ルでは街の人達が自然に名付けた部分って扱いだから、ディコットも枕詞はなしでディコットが正式名称ね……」

      こだわりあるなら問答無用で押し付ければいいのにと猗鈴は思ったが、杉菜が腕をくいと引っ張って首を横に振っていたので口にするのはやめた。

      「……まぁ、とりあえずこのじっとしてるわけにも行かないですかね」

      杉菜がそう呟くと、ふと天青がドアのほうを見て、ドアベルが鳴った。

      「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

      杉菜がそう言うと、ドアのところに杖をついて立っていた老人は一度口を開きかけた後、杉菜に近づいてメモ帳を取り出し、上着の中を探った。

      「ペンがご入用ですか?」

      杉菜がそう言ってボールペンを差し出すと、老人はぺこりと頭を下げてそれを受け取り、メモ帳にざかざかと文字を書いた。

      『喉を痛めていて喋れません。探偵の方に依頼があってきました』

      「国見さん、依頼だそうです」

      「じゃあカウンターの方に」

      老人は杖を置いて椅子に座ると、ごつごつとした手を首に巻かれた包帯に持っていった。

      包帯の下には、何か真一文字に火傷の痕の様なものがあった。

      「それは……」

      杉菜がなんなのかと聞こうとすると、猗鈴はそれを手を掴んで止めた。

      「まだ全体じゃないですよね」

      老人はこくりと頷くと着ていたワイシャツのボタンを外して首から右肩にかけて同じような火傷の線がもう二本あるのを見せた。全体を見ればそれは獣の爪痕の様だった。

      『弟子を怪物の魔の手から救ってください』

      服を戻すと、老人はメモにそう書いた後、頭を下げた。

      「おねがいします」

      次いで発せられた声は、ひどくしゃがれていて喉へのダメージの深刻さを物語っていた。

       

       

      「才谷浩(サイタニ ヒロシ)32才プロボクサー。この街にある七尾ボクシングジムの看板ボクサー、二十代前半の頃に攻撃的なボクシングでチャンピオンへの挑戦権を獲得するも、前日に交通事故に遭い負傷。負傷後は鳴かず飛ばず……しかし、去年から相手の攻撃を誘いカウンターを決める戦法でメキメキと調子を上げ、次の試合に勝てば前回は試合さえできなかったチャンピオンへの挑戦権を獲得すると……」

      すごい人みたいですねとオープンテラスの喫茶店でフルーツタルトを食べつつ猗鈴が雑誌の記事を読み上げると、杉菜も結構な有名人ですよとコーヒーを飲みながら答えた。

      「今回の依頼者の七尾さんも現役時代にはかなり有名でいくつもタイトルを取ったボクサーでした。その愛弟子として期待をかけられるも試合自体に出られなかった為、ひどい中傷が彼に向けられたのを覚えています」

      「それで、そんな彼の周囲に化け物の影があると……」

      「七尾さんの話ではそうなりますね」

      七尾の推測ではこうだった。

      『過去の事故があった時の試合相手には黒い噂があって、当時のチャンピオンは裏で八百長やなんやらしていたというんです。今度の試合相手はその男と同じジムの男……当時の当て逃げがやつの差金だったならと思うんです』

      「七尾さんは、才谷選手が夜のジョギングから戻るのが近頃少し遅い気がしていた上に、その日はさらに遅かったもので心配になってコースを遡る形で探しに行ったところ、突然背後から肩や首を掴まれて火傷を負ったという話でした。才谷さんを襲うつもりで待ち伏せてたんでしょうか」

      杉菜の言葉に猗鈴はどうだろうと首を傾げた。

      「それだと腑に落ちないとこが多い気がする。ジョギングしてるボクサーと杖ついた老人じゃ移動する速さも違うし来る方向も真逆だったはず……」

      「そうですね。それに、メモリを使う犯罪かってとこも気になりますね……ザッソーモンメモリだって組織の分類では最安値ですが、新車が何台か買える値段です。中古車でも買った方がよほど安い」

      「でも抱きつき魔とかに売ってたよね、姫芝」

      「……あれは、あの男が病的な常習犯だったからです。頻繁に繰り返すつもりのやつは素性がバレにくくなる効果を重要視しますからね。何やってでも金を集めてきます」

      でも、今回はそんな頻繁に繰り返すものでもないはずと杉菜は言った。

      「阿久津選手……才谷選手が戦えなかった現チャンピオンが八百長をしてたとして、それだけでチャンピオンに居続けるのは無理でしょう。プロボクサーの試合は年に数回、年一使うか使わないかでしょうね……」

      「まぁ、メモリの入手経路からは無理があると思う。組織の拠点をグランドラクモン達が潰して、全部のメモリを回収できてるとは思えない」

      猗鈴の言葉にそれもそうですねと杉菜は頷いた。

      「確かに、メモリは適合者に引かれる性質があります。適性さえ高ければ偶然拾ったとしてもおかしくないですね……」

      「あ、これからランニング行くみたい、こっち見て会釈した」

      猗鈴はジムからランニングに行く才谷を見送る七尾を見て、タルトの残りを一息に口に押し込んだ。

      「私は逆側から不審者がいないか確認しながら向かうんでしたね。ランニングは午後六時頃からおよそ一時間」

      杉菜もコーヒーを飲み干すと伝票を持って立ち上がる。

      「尾行は私がするんだよね。本人に言っていいなら早いのに」

      そう言って、猗鈴はキャップを被ると表に留めておいた自転車に跨り、才谷の後を追う。

      七尾は依頼の際、才谷にバレないようにと条件をつけた。依頼を知るのは七尾と、ジム運営の手伝いをしている七尾の娘のみ。それも才谷が気にして調子を崩さない為だった。

      尾行を始めても猗鈴が見る中では、才谷の周りに特に何か不審な人が近づく様な事はなく、穏やかにコースの半分まで進んでいった。

      ふと、街頭の六時二十分を指す時計を見て猗鈴は少し違和感を覚えた。

      なぜと猗鈴が思っていると、ふと才谷は曲がる予定にない角を曲がった。

      「姫芝、才谷選手がコース外れた。こっちの尾行がバレたかも、今どこにいる?」

      『七尾さんにつけてもらったGPS見る限りそう遠くないですね。私がカバーに行くので猗鈴は先回りを』

      「了解」

      杉菜の乗ったバイクはあっという間に来ると、猗鈴の前で脇道に入っていく。それを見送って、猗鈴は予定のコースを走っていく。

      一方の杉菜は、GPSの反応を追っているとふとそれが止まって動かなくなったのに気づいた。

      「神社……」

      バイクを止めて階段を登っていく。

      恋みくじとか恋愛成就と書かれたのぼりは日に焼けて汚く、敷地こそそれなりに広いものの、お土産売り場も無人だった。

      そんな境内の真ん中に、才谷とそのデジモンはいた。

      青い金属製の肢体、胴体は狼の頭を模した様な形で、両腕には盾と盾の下から伸びる鋭い爪が三本、頭まで金属に覆われているが仮面の後ろから銀髪が伸びてもいる。

      才谷とその青い盾のデジモンは正面から対峙していたかと思うと、不意にどちらもファイティングポーズを取った。

      「……猗鈴ッ!」

      物陰で杉菜が腰にベルトを巻くと、離れたところで自転車に跨っていた猗鈴の腰にもベルトが現れる。

      「わかった」

      猗鈴はすぐ自転車を止めて近くのベンチに腰掛けた。

      『ザッソーモン』

      杉菜が左手で右のスロットにザッソーモンメモリを挿し込み、

      『サンフラウモン』

      猗鈴は右手で左のスロットにサンフラウモンメモリを挿し込む。

      「「変身」」

      二人がは声を合わせてそう口にし、杉菜がベルトのスロットを上から押し下げる。

      ベンチに座った猗鈴の意識が途切れて項垂れ、途切れた意識は杉菜の元で覚醒し、杉菜の肉体は二色の光を放ちながらその背を伸ばす。

      そうして二人は一人のディコットに姿を変えた。

      「距離があるから、牽制する」

      『サンフラウモン』『サンフラウビーム』

      そう口にし、左手でサンフラウモンのメモリを押し込むと、手のひらをその青い機械のデジモンの方に向ける。

      手のひらから放射された光線に青い盾のデジモンは顔を撃たれてのけぞり数歩後退する。

      「才谷選手、下がってください」

      「ぐっぎ……そうか、探偵か……ッ!」

      そう呟くと、そのデジモンは身を翻して去ろうとする。

      「そう簡単に逃すわけには……いかないんですよ!」

      杉菜の声と共にディコットが右手の指が鞭のように伸びて盾のデジモンに叩きつけられる。

      「痛ッ!?」

      しかし、そう悲鳴を上げたのはディコットの側だった。盾のデジモンが盾で指を受け止めると、ディコットの指は凍りついて固まってしまった。

      「七尾さんの火傷……」

      「アレは凍傷だったってことですね……っ?」

      そう口にしながら伸ばしていた指を戻して確認し、もう一度目を向けた時には盾のデジモンはもういなかった。

      「……なんなんだあんた」

      才谷の言葉に、ディコットは変身を解く。

      「七尾さんに雇われたものです。あなたの周囲に怪しいものがあると」

      「……あー、いやっ……誤解なんだ! カミサマは俺を傷つけようとしてたんじゃないんだ!」

      才谷は頭をがりがりとかいてそう杉菜に訴えた。

      「ではどういう?」

      「カミサマは俺に特訓つけてくれてたんだよ!」

      その言葉に杉菜は面食らうと同時に、何故七尾が攻撃されたのかがわかった気がした。

       

       

      ジムの中に作られた応接室の中には、トロフィーや賞状などが飾られていた。ジムの主である七尾の現役時代に得ただろうプロとしてのものから、男女のジュニア大会のものまで様々で、ジムの歴史を物語っていた。

      「ヒロちゃんが積極的な攻める闘い方からカウンター狙いに切り替えたのもそのカミサマの影響で、ランニングの途中でいつもこっそり会っていたと」

      七尾の娘、重美(シゲミ)は父親の代わりにそう少し呆れたような調子で確認した。

      七尾に雇われていることもバラした以上、お互い状況を把握し合う方がいいと杉菜は判断し、天青に許可を取って一度話し合うことにしたのだ。

      「……そうだ。二人とも黙っててすまない」

      「黙っててすまないじゃあねぇッ! ……ぐっ」

      七尾はそう机をガンと殴りつけて立ち上がり怒鳴ったが、すぐに喉を押さえて座り込んだ。その際に、喉に巻いたスカーフがひらりと落ちた。

      「お父さん……まだ治ってないんだから……」

      「オヤジの喉……それどうしたんだ……? 喉風邪って話じゃあ……」

      才谷は七尾の喉についた凍傷を見て、狼狽してそう言った。

      「おめぇの言うカミサマとやらに、ぐぅ……」

      「そんなわけねぇよ……! だってカミサマは……」

      「……確かに、悪意はなかったかもしれないですね」

      今にも喧嘩に発展しそうな空気に、杉菜はそう口出しをした。

      「七尾さんが阿久津選手の関係者から狙われてると思っていたのと同じように、カミサマも警戒してたなら、暗がりで棒を持った人物が才谷選手を待ち伏せてるように見えたのかも……」

      「それだ! そうに違いない! 悪いやつじゃないんだよカミサマは! 実際そのおかげで調子もいいし……オヤジのしてる心配だって、カミサマがそばにいてくれるならむしろ安心だろ!?」

      才谷はそう必死になってカミサマを庇う。その様子を見て、七尾と重美は眉を顰める。

      「才谷選手、カミサマとの付き合いはやめた方がいいですよ」

      猗鈴はそう、興奮気味の才谷に冷や水を浴びせるように冷たく言った。

      「いや、でも悪いやつじゃないし……別に怪物になるのって犯罪じゃないだろ?」

      「デジメモリの不当所持は、逮捕される案件ですよ」

      「え……」

      「世に知られたらスキャンダルになってしまう、場合によっては試合が中止になることもあり得るのでは?」

      猗鈴はそう少し強く言った。

      それを見て、杉菜はちょっとと猗鈴の袖を引いた。

      「……才谷さんにとってその特訓の時間が大切なのは理解しますが、それを置いても、デジメモリは危険なんです。使用者は精神を蝕まれていき、元がいい人だったとしてもおかしくなってしまう」

      「そ、んな……」

      才谷は軽く頭を抱えた後、七尾の方をちらりと見た。

      七尾は首を横に振った。それがこれ以上関わってはいけないの意味であることは明らかだった。

      それに才谷は反論したそうだったが、何も言えずに口をつぐみ、立ち上がってどこかへ行ってしまった。

      「……ちょっと、私ヒロちゃんのこと見てきます」

      重美の言葉に七尾はこくりと頷き、部屋から出ていくのを見送ると項垂れた。

      「おやっさん、浩も重ちゃん、なんかアレな顔で出ていきましたけど……あ、取り込み中ですか?」

      入ってきた男に対して、大丈夫だと七尾は首を横に振った。

      「……少し尋ねたいことがあるんですが、いいですか?」

      猗鈴がそう七尾に聞くと、七尾は首を縦に振った。それを見て、猗鈴は探偵であることと依頼内容を不審者の調査と伝えてから質問を始めた。

      「才谷選手はいつ頃からこのジムに?」

      「ジムに所属したのは中学の時だよ。十年ぐらい前かな、でも七尾さんとご両親が仲良しでね、子供の頃からしょっちゅう入り浸ってた」

      「……悪い交友関係とかは、ありましたか?」

      「あー……オヤジさん、話していいですか? 高校の時のこと」

      構わないと七尾は頷いた。

      「五年前、この街で大規模テロがあったよね、あの時に両親亡くなって、オヤジさんが身柄を引き受けたんだけど、ちょっとの間、荒れてたんだよね。あの頃はあまり良くない連中と連んでたみたいでさ……」

      杉菜は、メモリの所有者は現在の校友でなく過去の交友の可能性もあるかと頷いた。

      デジメモリの販売ルートには裏社会が絡むことはままある。集団で買ってもらえればその数だけ利益も出る、加えて、後ろ暗いことを生業にしている人間は自分に不都合な情報を流さないだろうという負の信頼がある。

      「その付き合いはどれぐらい続きました?」

      「一ヶ月ぐらいかな……だから、多分そこの付き合いはそう深くないよ。今は繋がってないみたいだし……」

      「短いですね。なにかあったんですか?」

      「重ちゃん……重美ちゃんがね、連んでた不良グループのところにもう関わらないでって言いに行って、色々あったらしくて肘をやっちゃったんだ……」

      可動域がまともに動く方の半分ぐらいになっちゃってと男は言った。七尾は、話してる男から目を逸らすように部屋に飾られたトロフィーの一つを見た。

      「……でもそれで、浩もこのままじゃいけないって思ったみたいでさ。真面目にボクシングやるようになって、鬱憤全部晴らすみたいに超攻撃的なスタイルでガンガン上り詰めてった」

      「それまでは攻撃的なスタイルじゃなかったんですか?」

      「あぁ、オヤジさんがそういうタイプじゃなかったからね。オヤジさんの必殺のカウンターに憧れて俺なんかもやり始めた口でさ、当時はこのジムにいる奴らはみんなオヤジさんのスタイルを真似てたよ」

      「今も皆さんそうなんですか?」

      「いや、下の世代は浩の攻撃的なスタイルに憧れるやつが多いし、上の世代は俺みたいにコーチになるか引退したか……現役でってやつはいないかな」

      「そうなんですね」

      「こんなとこでいいかな?」

      そう言う男に、猗鈴は、はいありがとうございましたと頭を下げた。

      「じゃあ、また明日来ますね。行こう、姫芝」

      猗鈴はそう七尾にも頭を下げるとスッと部屋を出ていった。

      「……いや、ちょっと、え? あ、また明日よろしくお願いします!」

      それを見て、杉菜は一瞬面食らったものの、七尾とその男に頭を下げ、すぐにその後を追った。

      「喫茶ユーノーに戻ろう、姫芝」

      「いや、まだメモリの使用者もわかってないでしょうに聞き込みを切り上げていいんですか? せめて他のカウンター戦法を教えられるトレーナー達にだけでも……」

      早足で歩く猗鈴に対し、杉菜はそう言って服を掴んで引き止めようと手を伸ばした。すると、猗鈴は急に足を止め、伸ばした指は背中に当たってぐきりと曲がらない方向に力を加えられて痛んだ。

      「……何やってるの姫芝」

      「急に、猗鈴が、止まるから……」

      そっちじゃなくてと猗鈴は澄ました表情のまま言う。

      「あのメモリの所有者は七尾重美、七尾さんの娘さんしかいないでしょ」

      だから、盛実さんにメモリの内容伝えてデジモン特定してもらわなきゃと、わかって当然という口振りで猗鈴は言った。

       

       

       

       

       

      あとがき

      今回も読んで頂いてありがとうございました。

      と、いうわけでひと段落して単話的な事件のお話になります。また来週まで、色々推理してお待ちいただけましたら幸いです。

      ではでは。

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    • #4001

       尻彦さんが死んだ時を彷彿とさせる描写でさらば鳥羽さん。公竜サン、思わず「ハードボイルドだぜ……」と言いたくなるような渋い仕草と演出ですが内心は少なからず同類との繋がりを欲していた寂しげな一人の男。むしろ描写されると読者側からすると恥ずかしくなるぐらいの淡い記憶が克明に記されてしまいました。オアー!!
       というか“嫌な風”という表現が尻彦さんの末路であり逆に照井の始まりでもある熱いオマージュ。
       
       ……なんて言ってたら熱い命名展開。原典では翔ちゃんが技名など決めてましたが、こちらでは間違いなく博士が決めるのでしょうというか、そこまで真面目にここまでのおさらいや状況把握のし直ししていたのにそこから突然IQが下がり過ぎている。しかし三本ずつメモリを用意しておきたい気持ちはわかる。Body×Soul!
       そもそもサンフラウモンメモリの出自はどこからって言う謎になかなかフォーカスされませんでしたが、ここに来て遂に。お姉ちゃん何でもありである。
       それはそうと名付けて初出撃で戦果無く変身解除は博士がもんどり打って失神してしまう。
       
       大きな流れはともかくとして、探偵ものといえば単発の小話も重要。
       へぇーと思っていたら0.5話ほどで即デジモンの正体看過する猗鈴サン。姫芝は指が逆に曲がってギエー! 棒立ちで姫芝の指へし折る猗鈴サンの背中というか体幹とんでもなさそう。共闘するようになってから萌えキャラになり過ぎている姫芝。

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