こちら、五十嵐電脳探偵所:第8話

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  • #3983
    みなみみなみ
    参加者

      「ーーねえ、教えて」

       

      その声は枯れたようにかすれて。

       

      「”紋章”のこと」

      「……知らない話だ」

       

      二人だけのオフィス。

      仕事の傍らで、不安げに美玖はシルフィーモンに問うた。

       

      「デジモンでも紋章ってものの事はよく知らないの?」

      「大半はそうだろうな…知っている者がいるとすれば、選ばれし子供達と接点があった連中くらいだ」

       

      選ばれし子供達。

      この世界中の人々がデジモンを認知する以前からデジモンと関わってきた、選ばれた人間達。

      パートナーとされたデジモンとの間に深い絆で結ばれ、その絆によってパートナーの進化を促す存在。

      デジタルワールド及び現実世界においての…救世主たりえる者達。

      今も選ばれし子供達は生まれ続けているが、理由は不明。

      いずれにしても、美玖にとっては縁遠い人々といえた。

       

      …ただ、かつての選ばれし子供達は、デジタルワールドへ行ったという。

      それが、羨ましくて堪らないと思ったことならあるが。

       

      「その選ばれし子供達って結局なんなの?」

      「デジタルワールドの歪みを正すためにホメオスタシスが選定した人間。そう話に聞いている」

       

      ホメオスタシス。

      謎に包まれた、デジタルワールドの機構。

      デジタルワールドを管理するイグドラシルとは別個の意志と役目を持って存在しているが、実態がよくわからない。

       

      「人間なりデジモンなり、詳しい誰かを探して話を聞くしか…」

       

      がたり、と扉の開く音に一人と一体は振り向く。

       

      「失礼。…今しがた、ホメオスタシスと聞こえたのだが、何かそちらで重要な話と見える。頃合いを見計らってからで良いか?」

      「あなたは…」

       

      そこにいたのはクールホワイト・カラーの身体の小竜。

      エジプトで会った、謎のデジモン。

       

      「ハックモンさん」

       

       

      こちら、五十嵐電脳探偵所 #8 蹴る球には笑う鬼来たる

       

       

       

      「いや、確かに重要な話だが、相手による。…むしろ、今ホメオスタシスに反応したからには、話に乗ってほしい所だと思った」

       

      シルフィーモンの言葉にハックモンはしばし考え込んだのち、一人と一体のもとへ歩み寄った。

       

      「……それで、ホメオスタシスがどうかしたのか?」

      「その…」

       

      美玖がどう話せば良いか迷っていると、すかさずシルフィーモンが切り出す。

       

      「美玖。しばらくハックモンと話をしたい。ホメオスタシスに関して人間の前では話せない事があるからな」

      「良いのか?」

       

      良い、とシルフィーモンはハックモンに目配せ。

       

      「……わかった」

      「話が済んだらすぐに呼ぶ」

       

      美玖に席を外させ、彼女が姿を消すと。

      シルフィーモンは改めてハックモンを見据えた。

       

      「単刀直入に聞きたい。今、お前達ロイヤルナイツ内でホメオスタシスの今の方針についてどこまで把握している?」

      「そういうことか…」

       

      美玖を席から外させた理由にハックモンは天井を見上げ、嘆息。

       

      「俺よりは、師匠やドゥフトモン、オメガモンの方が堪能なのだが…現在もホメオスタシスによる”選定”は実行され続けている」

      「となれば、その分”取りこぼされた”人間もいる事になるな?」

      「おそらく。………まさか」

       

      ハックモンがハッとした。

       

      「……美玖は不安がっている。紋章の力についてな」

       

      呪われた洋館での出来事を話すと、ハックモンは思い当たるふしがあってか応えた。

       

      「エジプトで、ガルフモンをダークエリアから復活させるための呼び水となるレンズを壊した時。それを見たクレニアムモンとデュナスモンが言っていた。彼女から”光”が見えた、と」

      「私は見えなかったぞ。…お前は?」

      「何も。ただ、それを聞いたドゥフトモンは、彼女の素性に関してある程度推測をあてていた」

      「……素質がありながら選ばれなかった、”選ばれざる子供”か」

       

      時折、そのような子供が存在するという噂は耳にしたことがあった。

      デジモンまたはデジタルワールドを感知しながら、選ばれし子供でない者。

       

      「可能性は十分高い。ただ、お前から聞いた話からして、”紋章”の力をそのように使った事例は選ばれし子供の中からも聞いたことがない」

       

      ハックモンは唸った。

       

      「ダークエリアという闇の領域に影響されたものなのか、はたまた精神的な危険に晒された影響で一時的な覚醒を起こしたのか」

      「ただ、生憎美玖が何の紋章を持っているか私は見ていない」

      「こちらはクレニアムモンの見立てでは、”光の紋章”ではないか、と言われているが」

      「…”光の紋章”か…」

       

      選ばれし子供の”紋章”には、子供達に備わった最も美徳たる性質の数だけ存在する。

      その中でも、僅かな子供達にだけ備わった一つが”光の紋章”。

      美しさ、進化の可能性を主たるものとした特性を紋章としたもの。

      これを抱える選ばれし子供の数は非常に少なく、そのような子供のパートナーデジモンは神聖な力を持つものが多いとされる。

       

      「……美玖は選ばれなかった子供だったとしたら、彼女が危ない」

       

      二体の意見は一致した。

      選ばれし子供も、選ばれざる子供も、過去に闇のデジモンによって精神性を堕とされ傀儡となった事例が幾つかある。

      精神的にごく普通の子供と何の違いもない彼らは、ほんの些細なきっかけから闇の勢力に堕ちることがあるのだ。

       

      「メフィスモン、いや、ガルフモンは美玖を絶望に陥れることにご執心だ」

       

      ホメオスタシスもイグドラシルも、それに一切何の救済をする事はなければ期待もできない。

      イグドラシルに至っては、排除を念頭に置こうとすらするだろう。

       

      「ガルフモンを復活させようとした男…今はメフィスモンと断定されたが、奴を追うために日本に来て幸いだった。奴の追跡は俺に任せてくれるか。任務でもある」

      「言われなくても」

       

      万が一ガルフモンとしての力と姿をメフィスモンが取り戻すことがあれば、完全体どまりな自身では勝ち目はない。

      無論、ハックモン…もといジエスモンだけで勝ち目があるかと言われれば怪しいが。

       

      「ひとまず、今は美玖の中の”紋章”に関して詳しく調査する必要がある」

      「ああ」

       

       

       

      ーーー

       

       

       

      シルフィーモンが美玖を呼ぶと、彼女はそっと入ってきた。

       

      「……それで、何か話は」

      「ああ。ハックモンに頼んで調査してもらう。君の中に宿った”紋章”については、ひとまず保留だ」

      「それより、メフィスモンを追う必要がある。奴がお前を狙っている以上、こちらで押さえる必要がな」

       

      そこへ、誰かが入ってくる気配。

       

      「おっと…先客がいたか」

       

      振り返ると、ハックモン以外には見知った顔。

       

      「阿部警部」

      「いや、すまん五十嵐。先客の依頼相談が済むまで外で待ってる」

      「その必要には及ばない。警察殿。俺は別用でこの探偵所に顔を出しただけだ。依頼ではない」

       

      ハックモンは断りを入れ、素性を名乗った。

       

      「そうかい、それでは改めて話といって大丈夫か?」

      「ああ」

      「良いのですか、ハックモンさん」

       

      美玖が尋ねる。

      ホメオスタシスに関して詳しい話を彼女は聞いていない。

       

      「それは後ほどシルフィーモンに聞いてくれ」

      「…わかりました」

       

       

       

      ーー

       

       

       

      「…というわけで、改めて依頼だ。本来なら、うちの生活課の範疇なんだがデジモンが絡んでるっぽくてな」

       

      阿部警部は言いながら、一枚の紙を見せてきた。

      どうやらポスターのようだ。

       

      「最近、あちこちにこのポスターが貼られまくってる。おかげで生活課担当は対応に追われっぱなしだ」

       

      そのポスターには、赤いボールに手足がついたようなキャラクターのイラストとセットで次のような文章が記載されていた。

       

      『急募!デジモンのサッカーチーム結成のため選手とレフェリーの募集!』

       

      絵はお世辞にも上手いとはいえない、稚拙な出来だ。

       

      「デジモンの…サッカー?」

       

      美玖は目を瞬かせた。

      阿部警部は頭の後ろを掻きながら続けた。

       

      「これが、何の申請もなく公の場にも貼られているんだ。誰が、いつ貼ったものなのかもわからない。しかもデジモンに限定してサッカー選手やレフェリーの募集なんて聞いたことがない」

      「私も初耳です」

      「だろうな」

       

      というわけで、と阿部警部はシルフィーモンへ向き直った。

       

      「あんたは何か心当たりないか、シルフィーモン?」

      「私はデジモンの生き字引じゃないんだぞ。……心当たりがないでもないが」

       

      シルフィーモンはポスターを睨んで複雑げな面持ちになる。

       

      「デジモンでサッカー、いや、球技といえば…」

       

       

       

      ーーーー

       

       

       

      ポスターに書かれた住所を手がかりに、美玖達探偵所のメンバーと阿部警部、ハックモンが揃って訪れた場所はC地区の片隅にあるオフィスビル。

      その一室を前に、インターフォンを鳴らそうと美玖が手を伸ばした時だった。

       

      バアアンッ!!

       

      「クァァアアアアアーーッ!」

      「きゃあーーっ!!?」

       

      突然ドアを破る勢いで飛び出した何かが、美玖にぶつかってきたのだ。

      とっさの事に他の面子の対応が間に合わず、その何かと美玖が揃ってフローリングの床にぶっ倒れる有様となった。

       

      「だ、だいじょうぶ、せんせい!?」

      「何なんだ一体」

       

      目を回した美玖を阿部警部が揺さぶり起こす。

       

      「うう……」

       

      一方、シルフィーモンは美玖にぶつかって倒れ込んだモノを叩き起こしていた。

       

      「起きろ。いつまで寝てるつもりだ」

      「クァアア〜〜…」

       

      こちらも目を回しながら一発、シルフィーモンから拳を貰っていたのは、明るい色調の模様のクチバシと小さい翼が特徴の鳥型デジモン。

      阿部警部とラブラモンの呼びかけにようやく美玖が目を覚ます。

       

      「うーん…」

      「大丈夫か?」

       

      美玖が起き上がると、シルフィーモンに何度もはたかれる鳥デジモンの姿が目に入った。

       

      「あれ、は…」

      「いきなり部屋から飛び出してお前にぶつかってきたんだぞ、五十嵐」

       

      すぐツールでスキャンする。

       

      『トーカンモン。アーマー体。鳥型、フリー属性。“優しさのデジメンタル”のパワーによって進化した、アーマー体の鳥型デジモン。派手派手しい容姿とはウラハラに自分の殻にこもりがちな、鳥型デジモン。陸地での生活が長いため羽根が退化し飛べない鳥になってしまった。……』

      「うーん……ハッ!?」

       

      ようやく目を覚まし、トーカンモンはジタバタともがいた後起き上がる。

      ツールの説明通り身体を覆った割れた卵のような殻と短い足では起き上がりにくそうだ。

       

      「えー…あー…は、これは申し訳なく!いつになくコーチの急かしがキツかったものでぇ!!…どんな御用件でござんしょうか?」

       

      自身の姿勢を正すトーカンモンの前に、阿部警部は警察手帳とポスターを見せた。

       

      「警察と探偵、一般市民たるデジモン一名だ。このポスターについてだが、話を聞かせて貰っても?」

      「あー、ハイハイ!そのポスターですね!確かにわたくし、コーチからの指示でそのポスター貼りまくりましたよぉ」

      「貼りまくりましたよぉ、じゃない!生活課に苦情で来てるんだ!貼ってはならない場所に貼られている、普通は貼る事を承諾してない場所にまで貼られている件でな!!」

      「あー、そうでござんしたね」

       

      トーカンモンは悪びれもなくうなずいた。

      阿部警部にとってこの態度はある程度想定していたものだった。

      実際、現実世界で暮らすデジモン達の誰もが、人間にとってのルールやタブーを心得ているわけではない。

      その結果、本来は特定の人間のために用意された施設を堂々と私的で利用するデジモンが出たりするのだ。

       

      「率直に尋ねたいが良いか?」

       

      今度はシルフィーモン。

       

      「ハイハイ、なんでしょう?チームメンバーの募集でしたら…」

      「お前のコーチとやら、いや、シュートモンは今そこにいるのか?」

       

      目の前の部屋を指しつつ問う言葉にトーカンモンは肯定した。

       

      「ええ、もちろん!コーチは今いらっしゃいます」

      「それなら質問を変えよう。先程チームメンバーの募集というものについては、もう間に合ってはいるんだよな?」

       

      シルフィーモン以外の全員が顔を見合わす。

       

      「そうです!とうに間に合っておりまして…」

      「だが、ポスターは貼り続けている。チームメンバーとは別に足りない人員がいる、と」

       

      なるほど、と阿部警部。

      ポスターはメンバー募集という主旨で貼られたモノだ。

      とうにメンバーが間に合っているにも関わらず、まだ貼り続けているということはだ。

       

      「ソウデスネー。なのでコーチもいつになく焦ってござんして」

      「彼と交渉する。チームメンバーの募集をしに来たわけじゃないが、足りない人員の埋め合わせが必要だろう?」

       

      この申し出にトーカンモンはえらく驚きを見せた。

       

      「本当にやってくれるんでござんすか!?恩に着るでざんす!………サッカーは知ってるでざんすよね?」

       

      シルフィーモンが答える前に阿部警部が口を出した。

       

      「そりゃ、知ってるデジモンの方がまだ少ないだろ?俺達でカバーする」

      「すまない」

       

      ま、とりあえず行きましょか、とトーカンモンはシルフィーモンを伴い部屋へ入って行った。

       

      「……なんだか、とんだ話になってしまったな」

       

      同行したハックモンがぼやく。

       

      「探偵というのはスポーツ選手の代役もやれるものなのか?」

      「さすがにそれはないです」

       

      美玖は微妙な顔でかぶりを振った。

      だが、今回はどうやらそうならざるを得ない予感がした。

       

       

       

      ………

       

       

       

      「今回ポスターを貼りまくってるのは、この絵からしてシュートモンというデジモンだろう」

      「シュートモン?」

       

      ポスターにある場所へ向かう道すがら。

      シルフィーモンの説明に美玖は目を瞬かせた。

       

      「あらゆる球技に堪能した完全体デジモンだ。逆に言えば、ポスターにあからさまに姿を描かれていて関わっていないと考えるのが無理だな」

      「そいつが今回の問題となるわけか」

       

      阿部警部はポスターのイラストを睨んだ。

       

      「こんな奴もいるとはな」

      「こいつには、デジモンに人間の球技を広めるという目標がある」

       

      それが、今回の「Why done it」(ホワイ・ダニット)か。

       

      「こんな見た目で完全体なの?」

      「ああ。ことに球技に関しては妥協を許す奴じゃないとはもっぱらのウワサだ。奴を知るデジモンの間ではこう呼ばれている。…『笑う鬼コーチ』とな」

       

      ……

       

       

       

      「しるふぃーもん、だいじょうぶかなあ…」

       

      シルフィーモンが部屋に入ってから10分。

      ラブラモンが誰にともなく尋ねる。

       

      「さてな…じゃが出るかボールが出るかだ。上手く話を取り付けてくれるのは有り難いが」

       

      そう阿部警部が言った時。

      突如キンキンと響く笑い声がドア越しに響いた。

      全員が驚いていると、ドアが開き、より笑い声が近くなった。

       

      「そーだったか、そーだったか!アッハッハッハッハ!」

       

      部屋から最初に出てきたのはトーカンモン。

      その後から続いて出てきたのは、シルフィーモンともう一体のデジモン。

      顔の付いた赤い球状のボディに蛇腹のホースのような手足が特徴のデジモンだ。

      その背中にはバズーカのようなものが背負われている。

       

      「いやー!一日のみという条件なのは残念だがありがとよGuys!ある理由があってな、残念ながら募集者でレフェリーになりたいという奴が全然いなくてさ!」

       

      非常に上機嫌な様子で、甲高いボイスを張り上げるシュートモン。

       

      「レフェリーの希望者が、現れるとはまことにもってありがたい!」

       

      ボフッ、とトーカンモンの殻のボディに軽い肘鉄を当てた。

       

      「そーだろマネージャー?」

      「そうでござんすね!」

       

      慣れっこなのかトーカンモンも萎縮することなく返した。

      阿部警部が話しだす。

       

      「本来なら有償で貼ってもらう場所にまでお前達は勝手にポスターを貼ってるんだ。次からはちゃんと手続きを踏んでくれ」

      「OK、OK!そいつについちゃ、本気で悪かったな。次からはきちんとそうさせてもらうぜサツさんよ」

      「……なんとなく、大丈夫じゃない気がする」

       

      ストレートに不安を口に出す美玖だったが、その不安がこの後別のベクトルで形に出ることなど彼女はまだ知らなかった。

       

      ーーー二日後。

       

      B地区の、人が少なく面積の広い土地にて。

      やってくる地元の人々の目は好奇に満ちていた。

      というのも。

       

      サッカーボールの弾む音。

      土煙を立てながらドリブルやヘディングの練習に励んでいるデジモン達の姿。

      二つのチームに分かれる彼らは、各々ユニフォームに身を包んでいる。

      シュートモンは彼らの間を周りながら、目に入った選手を呼び止めてはああだこうだと指摘している。

      その間、大きめにサッカーコートのラインを引いていたのは、レフェリー用のユニフォームを上から着込んだシルフィーモンとそれを手伝う美玖とラブラモンだ。

       

      「せんせい、これたのしい!」

       

      ライン引きをよいせよいせと牽きながら、ラブラモンが楽しげに笑う。

      赤い毛をくるんと巻いたような尻尾の裏側はすっかりチョークで真っ白だ。

       

      「後でタオル用意してあげるから、席につくとき拭こうね」

       

      肩に掛けたタオルで軽く額を拭きながら、美玖は息つきシルフィーモンへ声をかけた。

       

      「そっちは?」

      「今終わったところだ」

       

      ライン引きを片手に持ち上げながらシルフィーモンはやってくる。

      本日は日差しも強く、風がない分暑さを否応に感じる。

      美玖は新しく冷やしたタオルを取り出した。

       

      「シルフィーモン」

      「どうした?」

      「…それ、一度外せる?」

       

      ゴーグルとHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を指差す。

       

      …三分後。

       

      ちょうどの頃合いで、阿部警部とハックモンがやってきた。

      そこで一人と一体の目に飛び込んできたのは。

       

      「心配いらない!拭きたいなら自分でやる!」

      「デジモンだって日射病とか熱中症は怖いでしょう!?今日は暑いんだから詰めて!」

       

      ……シルフィーモンの頭のゴーグルを外そうとしている美玖だった。

      ラブラモンはどうしたものかとただ見守っているばかり。

       

      「おいおい、そろそろゲームが始まるぞ!レフェリーがいなきゃ始まんねえ」

       

      騒ぎを聞きつけたかシュートモンもやってきた。

       

      「何してんだ?」

      「俺達も今来たところなんだが…ラブラモン、わかるか?」

      「えーっとね…」

       

      ラブラモンは相変わらず攻防をやりとりしている一人と一体を見た。

       

      「せんせいがしるふぃーもんにあたまふきたいからごーぐるはずしてってたのんだの。あついからたいへんだって」

      「あー…なるほどな。確かにデジモンに多いよな、鎧着てたりして暑そうな奴」

       

      しかし、シルフィーモンは大丈夫だからとゴーグルとHMDを外す事を拒否した。

      そして今に至る。

       

      「だがこっちはグルルモンを待たせてんだよ」

       

      阿部警部が加わり、美玖から奪ったタオルをシルフィーモンの着ているカッターシャツの内側へ入れた。

       

      「ひとまず入れとけ!拭きたきゃいつでも拭けるんならこうした方が都合が良いだろ」

      「もう!」

       

      美玖は膨れたが、荒く息をつきながらシルフィーモンもこれには同意せざるを得ない。

       

      「それよりゲームだ!レフェリー」

      「わかってる」

       

      ーーー

       

      「さあ、どーぞ!皆様のお席はこちらにてざんす!」

       

      トーカンモンに案内され、一番見晴らしの良く日陰のできた席についた。

      後ろにグルルモンが座る。

       

      「待チクタビレタゾ」

      「ごめん…」

       

      近くにいてわかるくらいにグルルモンの毛皮は熱を帯びて、とても暑そうだ。

      サッカーコートの中央で二つのチームが一列に並び、その間にシュートモンとシルフィーモンが立った。

      観客たる人達は皆、デジモンがサッカーをやるという物珍しさから話し合っている。

      観客席の一角に立ったノヘモンというカカシのようなデジモンがどこから持ち出したか、小さなラッパを軽快に吹き鳴らす。

      開会式の合図だ。

       

      「どうーぞ、お立ちどう!」

       

      トーカンモンの声に皆一斉に席を立つ。

      シュートモンが手元のメガホンで挨拶の演説。

       

      「今回は集まってくれてありがとよ人間のGuys!これは将来的に人間と試合をやる事を目指したお試し試合だ!いくらか荒っぽくなっちまうだろうがまだまだ調整中だ、大目に見てくれ。そして、本日限りだが…試合のレフェリーになりたいという奴が見つかった!拍手!!」

       

      シュートモンの腕が伸びてシルフィーモンの片手を高々と挙げた。

      それに対する拍手喝采。

      ……と、それに混じり。

       

      「ねえ、あのデジモンって」

      「みっちゃんと一緒にいたデジモンじゃないか?」

      「シルフィーモン、さんていったっけ」

      「みっちゃんとお付き合いしてるんですってねえ、こないだ加東さんが言ってたわ」

      「まあ!」

       

      ……美玖の顔が真っ赤になった。

      田舎あるある、近所伝いに伝わる情報網。

       

      (て、加東さん、なんて事触れ回ってるのよー!!)

       

       

       

       

      シルフィーモンがボールを手に宣告する。

       

      「これより試合を始める!対戦するはレッドチームと!」

       

      咆哮のようなざわめきと共に、赤のユニフォームを着たデジモン達がウォーミングアップ。

       

      「ブルーチームだ、頑張れ!」

       

      レッドチームと真逆に緊張で固まった青ユニフォームのデジモン達。

      シルフィーモンがサッカーボールを、レッドチームの主将である人狼のような獣人型のワーガルルモンの前へ置いた。

      ボールといえ、デジモンが使うことを想定してか、人間の試合に使われるものよりもひと回り大きく頑丈そうだ。

       

      「行くぞ!」

      「プレイボール!!」

       

      始まりのホイッスルが鳴らされる。

      そこで阿部警部は、立ち上がるや否やツッコんでいた。

       

      「そりゃ野球だ、シルフィーモン!サッカーならキックオフだ!!」

       

      ワーガルルモンがボールを蹴り、先を走るミノタウロスのようなデジモンへボールを渡す。

      ミノタルモンがドリブルし、さらに先へ走る長い耳と鋭い爪が特徴的な獣デジモンのガジモンへ渡す。

      ガジモンは小柄な身体に違わない軽快さでボールをドリブルし、横切った巨体へとパスを渡した。

      ドスドスと四つ脚でサッカーコートを震わせながらボールを渡されたのは、重厚な甲殻と鼻先に大きな一本角を持つサイのようなモノクロモン。

      …ある意味、ブルーチームを怯えさせるには十分な巨体だった。

      美玖達も、モノクロモンのような巨大でサッカーに適していると思えない体型のデジモンがチーム入りしていることに驚きを隠せない。

      意外にも器用に角の先でボールを拾い上げると、それをヘディングするモノクロモン。

      そのパスを受け取ったのは、黒いボディに緑色の背びれを持つダークティラノモン。

      対してブルーチームはこれを阻止しようと動くのだが、軒並みへし並み蹴散らすようにダークティラノモンは突っ込んでいく。

      ブルーチームのゴールポストまでいくと、ゴールキーパーを務める熊のようなグリズモンが立ち塞がった。

       

      「『アイアンテール』!」

       

      それを長い尾で弾き飛ばしたダークティラノモン。

       

      「ちょっと待て!」

       

      観戦していた阿部警部が口を開く。

       

      「荒っぽいってレベルじゃねえぞ!」

      「うわあっ!」

       

      グリズモンが仰向けに倒れた間にゴールポストめがけて蹴り込もうとしたダークティラノモン。

      だが。

       

      「それは待ったああー!!」

       

      高速で走ってきたのは、ブルーチームの一体。

      忍者のような様相をしたダチョウに似たデジモン、ペックモン。

      ダークティラノモンの後ろを横切り、そのままカーブを曲がる。

       

      「いでぇ!?」

       

      痛みに怯んだダークティラノモンからボールをかっさらっていった。

       

      「アイツ、ダークティラノモンノ尻尾踏ミツケテイキヤガッタゾ」

       

      と、グルルモン。

      そして。

       

      「っ!!」

       

      ペックモンは気づかずシルフィーモンの足も踏みつけていった。

      あまりの速さからの出来事であるため、シルフィーモンが自分の足を押さえていることを不思議がる者の方が多かった。

       

      「はははは!」

       

      速く速く、レッドチームを何体か抜き去って、そこでパスを渡すペックモン。

      だが。

       

      「はうあぁっ!?」

       

      ……下のユニフォームのズボンがずり落ち、そのまま転倒して醜態を晒す羽目になるのだった。

      さて、ペックモンからボールを受け取ったのは、ブルーチームの主将、カンガルーのような外見をしたカンガルモン。

      ポンポンとボールを跳ね上げ、自慢の脚で前を行くチームメイトにパスを渡す。

      それを受け取った派手な羽飾りを持つ肉食恐竜型のアロモンからボールを渡されたのは、テイルモン……に一見見えるが、あからさまに人型かつそれっぽくメイクしたような顔をしたベツモン。

      しかし、そこで次へのパスが行き渡らなくなった。

      レッドチームを煽るように、おちゃらけた動きでベツモンがボールを足元で遊ばせ始めたのだ。

      それを見たハックモンが声を張り上げる。

       

      「何をしてる!早くやれーっ!」

       

      それに構わずベツモンは続けたが、立ち起こる土煙を見て目の玉が飛び出た。

      レッドチームが大挙して突っ込んでくる。

      まるでアニメーションのような動きで足だけ逃げるように動くも、そのまま吹っ飛ばされ目を回した。

       

      吹き鳴らされるホイッスル。

      レッドチームの前へ走るシルフィーモンだったが。

       

      「うわっ!!」

       

      猛烈な勢いで走ってくるレッドチームの波に押しつぶされた。

      彼らが走った後に残されたのは、うつ伏せに倒れピクリとも動かないシルフィーモン…。

       

      「担架だ担架、急げー!」

      「あいさー!」

      「よっせ、よっせ、よっせ!」

       

      待機していた救急班が動いた。

      担当しているのは、旧式テレビのような頭部に忍者のような服装のモニタモン。

      人海戦術(?)を乞われたデジモン選か知るよしもないが、複数体が担架を担ぎ、シルフィーモンのもとへと走っていった。

       

      「ひどいわ…シルフィーモン、大丈夫かしら?」

      「……うごいてる?」

       

      あまりの出来事に言葉も出ない美玖達。

      モニタモン達がたどり着く前に、いつから来ていたのかシュートモンがシルフィーモンを起こしていた。

       

      「おいおい、しっかりしやがれ兄弟」

      「……っ」

       

      それを見たモニタモン達ががっかりして持ち場へ戻っていく。

      ちょっとかわいそうだと美玖は思った。

       

      「さぁて、立ってくれ!試合再開だ!」

       

      試合は再開した。

      この間の流れで、観客席の空気はかなり変わっていた。

      最初は皆、物珍しく、かつわくわくとした雰囲気に包まれていたのだがそれが次第に…ひと言で言えば「引きつった笑い」にも似たものへとなっていった。

      無理もない。

      デジモン達も初めはそれらしくサッカーを始めていたのだが…。

      徐々に、サッカーボールを巡ってバトル紛いの行動を起こし始めたのである。

       

      ブルーチームの一体、岩石を組み合わせたようなゴツモンにボールが行くと、それに対してワーガルルモンとガジモンが肉薄する。

       

      「『アングリーロック』!」

       

      あろうことか、ヘディングと同時に繰り出す必殺技。

      ワーガルルモンより後ろにいたガジモンはすぐにかわせたが、ワーガルルモンの方はガードをし損ね岩を頭に受け目を回すはめに。

       

      「ギャハハハハ!!」

       

      それを見たガジモンが腹を抱えて笑う。

      元々イタズラ好きで性悪な性格ゆえに致し方ない反応だが、それにブチリ、と何かが切れる音がした。

       

      「アァ?」

       

      涙を堪えてまで笑うガジモンを、静かに振り返りながらワーガルルモンは蹴り飛ばした。

       

      「ふぎゃあ!?」

       

      蹴っ飛ばされた先にいたのはカンガルモン。

      ヤバい、と思った時にはすでに手遅れ。

      土手っ腹ににぶつかり、それに怒ったカンガルモンからガジモンは一方的に蹴られ始めた。

       

      「なにすんだ、このっ!このっ!」

      「ぎゃー!!いでででで!!」

      「そこ!何してるんだ、やめろ!」

       

      すぐさまホイッスルを鳴らし、二体の喧嘩を止めに走るシルフィーモン。

       

      「あれ反則だぞ!」

      「でじもんたちのしあいだよ?」

      「バカ言え、将来的には人間と試合するとか奴さんが言ったの忘れたのか?あれじゃマトモな試合なんて無理だ!」

       

      阿部警部が怒るのは無理もない。

      人間がデジモンの技や格闘に巻き込まれようものならタダでは済まないからだ。

      ボールを受け取ったペックモンが走る。

      だが、その後ろからペックモンの首に巻かれた長い布を踏んづけ、ニヤニヤ顔でいる者がいた。

       

      ギュリリリリリ!!

       

      ペックモンの足が前へ進まず、そのまま地面に横長の穴を掘るように埋まっていく。

       

      「な、なんだ!?」

      「さっきの仕返しだ!」

       

      長い布を踏んでいたのはダークティラノモン。

      ペックモンがハッとすればダークティラノモンの尻尾が今度は自分に迫っている。

      とっさに頭を低く下げて避けることはできたが、ボールは奪われた。

      ポーンと弾かれたボールはそのままブルーチームのゴールポストの方へと転がっていく。

       

      「キャッチ任せた!」

      「了解!」

       

      グリズモンはその声に応えた。

      ボールを拾い上げると、グリズモンは少し離れた仲間の元へと投げる。

      そこにいたのはパンダの着ぐるみのようなパンダモン。

      走ってきたミノタルモンをかわしてパスを、これまた離れた位置にいるアロモンへと渡す。

      その一方、カンガルモンとガジモンを止めに入ったシルフィーモンの周りは大乱闘状態。

      止めに入ったところで喧嘩がヒートアップし、それにレッドチームのデジモンの何体かがお祭りの気分で乱入してきたからだ。

      挙句、無関係であるはずのシルフィーモンに殴りかかり蹴りかかる者まで出始める。

      さすがにこれに暴力的な対応を返す彼ではなかったが…。

      ハックモンが叫ぶ。

       

      「レフェリー!しっかりしろ!!」

       

      美玖がぎょっとして振り返る。

       

      「ハックモンさん、ダメです!レフェリーはシルフィーモンなんですよ!!」

       

      いつの間にか、離れたところで今度はアロモンとボールを奪いにきたダークティラノモンが殴り合い噛み合いを始めていた。

      …元々、アロモンは同じ恐竜型デジモンのティラノモンをライバルとする。

      一方ダークティラノモンはそのティラノモンがウイルスによる汚染を受けて、性質的・性格的に変異した存在。

      お互い対戦チーム同士ということもあってか、容赦のない小競り合いになっていた。

      気づけばポロッと転がったボールが、気を失ったままのベツモンの脇に転がる。

      そこへワーガルルモンが蹴り込んだ。

       

      「ふわああああああ!!?」

       

      ボール共々高く蹴り上げられ、意識が戻ったベツモン。

       

      「…このっ!」

       

      ベツモンの蹴ったボールが、レッドチームのゴールポストへと飛んでいった。

      そこでキーパーとしてどっしりと構えているのは、トリケラトプスが二本足で立ったような完全体デジモンのトリケラモン。

      飛んできたボールを、トリケラモンは受け止め、豪速球で投げた。

      それを追いかけるレッドチーム。

      事態の収拾に手間取っていたシルフィーモンのすぐ脇をボールが通過する。

       

      「!?」

       

      次の瞬間。

      レッドチームと一部のブルーチームのデジモン達がまたしても怒涛の勢いのもとシルフィーモンを巻き込み走り去っていった。

      気づけば、カンガルモンもガジモンもどさくさに紛れて彼らに混じっている。

       

      「担架だ担架だ!」

      「よっせ、よっせ、よっせ!!」

       

      モニタモン達が担架を担ぎ走っていく。

       

      「……レフェリーニ誰モナラナイワケダナ、アレ…」

       

      またうつ伏せに倒れたシルフィーモンの様子を見ながらグルルモンがぼそりとぼやいた。

      そしてモニタモン達よりも早く、シュートモンがまたシルフィーモンを叩き起こしに来た。

       

      「ほれほれ、立つんだ兄弟」

      「げほっ、けほっ……一体…何度、やる気だ、これ…!」

       

      それを見たモニタモン達は再びガッカリしながら帰っていく。

      一度はその担架に乗せてほしいと切に思うシルフィーモンだったが、シュートモンの強引な仕切り直しにそれが叶うことはなかった。

       

       

       

      ーー

       

       

       

      ゴールキーパーの投げたボールは、相手方のゴールポストへ。

      受け止めたグリズモンの身体が少しばかり後退したものの、完全体と成熟期の差こそあれ同じパワー系統デジモンの意地か耐えた。

      キッと向こう側のゴールポストを睨み、頭上高く放り上げると前脚で前方へ叩き込んだ。

      トリケラモンの投げたものに匹敵する豪速球で、ボールがサッカーコートを一直線に飛んでいく。

       

      「なっ」

       

      立ち上がりかけたシルフィーモンが慌て、膝を付くとすぐ上をゴウっという圧がかすめていった。

      レッドチームもブルーチームもサッカーボールを追って走るが、ボールは再びトリケラモンの手に返った。

      トリケラモンがグリズモンを見やると、前脚を下から扇ぐように

      「来いよ!」

      のジェスチャー。

       

      「よし」

       

      何がよし、なのか。

      今その問いを投げる者がいないなか、トリケラモンは再び豪速球でボールを返した。

      選手に?

      否、相手側のゴールキーパーに!

      ボールは再びサッカーコートを往復した。

       

       

       

      猛スピードでカッ飛ぶボールを受け取れる者がキーパー以外いなくなってしまった。

      戸惑った二つのチームが止まる。

      キーパー達のボールの投げ合いは白熱していく一方で、往復するボールをその場にいた選手・観客ほぼ全員が目で追うこととなった。

       

      このままではラチがあかない。

       

      「ちょっとその角貸せ!」

       

      ワーガルルモンが叫ぶ。

       

      「え、自分の事でがす!?」

       

      モノクロモンが振り返る。

       

      「いいからブレーキ!!」

       

      その間に、グリズモンが何度目かの投げ返し。

      ボールがレッドチーム側へと飛んでいった頃合いに、ワーガルルモンを筆頭にメンバーが全員モノクロモンを下から持ち上げ始めた。

       

      「よし、そっち持てっ」

      「重てぇ…!」

       

      重量級のモノクロモンを持ち上げるのは、いかに完全体デジモンでももはや苦行だ。

      どうにかボールが飛ぶ位置にまで、鼻先の角を持っていくことができれば…

       

      びゅううんっ!!

       

      トリケラモンからのボールが頭のすぐ上をかすめ、思わず目を閉じたものの、意を決した顔でモノクロモンは角を構える。

      グリズモンによる幾度めかの返しが飛んでくる。

      豪速球で飛んできたそれは、奇跡的にもモノクロモンの角先へと吸い込まれていった。

       

      ぼすっ

       

      ちょっと不吉な音がする。

      ボールが歪んで膨れたように見えた瞬間…

       

       

       

      ぶしゅうううううううううつうううう!!!

       

       

       

      角から抜け出たボールが空気を噴き出す。

      空気を噴き出しながら、ジェットさながらの勢いでめちゃくちゃな軌道を飛び回り出した。

      ……レッドチームはもう限界だった。

       

      「も、もうダメだぁ……!!」

      「ううっ」

       

      モノクロモンを支えきれず全員がその場で崩れ落ちる。

      ボールの軌道はレッドチームを周回すると、観客席へ飛んでいく。

      悲鳴をあげる人々の頭上スレスレをボールはかすめ。

       

      「うわあ!」

      「ラブラモン、もう少し頭を下げてて!」

       

      美玖達の観客席にもやってきて、飛び回るボール。

      美玖はラブラモンを抱き寄せ、ボールに当たるまいと距離をとる。

       

      「このっ…!」

       

      阿部警部とグルルモン、ハックモンが叩き落とそうとしたがボールはそれを嘲笑うように彼らの合間を通り抜けた。

      合間をすり抜けたボールが次に飛ぶ先は、モニタモン達がやさぐれて座る救急用のテント。

      一体がボールに気づき、逃げ惑う彼らの頭上をあっという間に通りすぎる。

      次にはブルーチームの元へと飛んで、足元をすり抜けていった。

       

      「……ええい!」

       

      始終、試合を見ていたシュートモンが立ちあがった。

       

      「おい、マネージャー!」

      「はいはいー……っあー!!?」

       

      シュートモンの行いにその場にいた者達は目を疑った。

      呼ばれてとんで来たトーカンモンにシュートモンが触れた瞬間、トーカンモンは羽がちょっとだけ生えた黒いボールのような物に変化。

      それをシュートモンは自身のバズーカの銃口に収める。

       

      「『キャノンボールシューター』!!」

      「コーチぃぃいいいい!!それ、あきまへ、あーっ!!」

       

      …哀れ、トーカンモンは技の一つ『ラウンドジェイル』でボールにされた。

      空気を噴き出し飛び回るサッカーボールへの弾として。

       

       

       

      ーーー

       

       

       

      「……ともかく。まだ、人間とのサッカーは駄目だ」

      「……だろうな……」

       

      阿部警部からの断言に、シュートモンは大きなため息をついた。

       

      あの後。

      ボールはボール化したトーカンモンで撃ち落とされて事なきを得たが、結果として試合続行は不可能。

      今は、めちゃくちゃになったサッカーコートを、二つのチーム総出で整理している。

       

      「レフェリーは?」

      「さっき、グルルモンに送ってもらって帰りました。もう、二度とは報酬(ギャラ)を積まれようが請け負わないって…」

       

      美玖は答えながら、色々とボロボロだったシルフィーモンの様子を思い出していた。

      あれだけの惨状では、そう言いたくなるのは無理もない。

       

      「あそこまで無法地帯なのは俺もな…」

      「警部殿に同感だ」

       

      阿部警部もハックモンも苦渋の表情。

      シュートモンは、笑い顔のままだが、サッカーコートを振り返りながら頭の後ろを掻いた。

       

      「……まだしばらく仕込みは必要だな。練習してる時はマトモなんだけどよ」

      「練習してる”時は”?」

      「見たろ、あいつらをさ」

       

      シュートモンは言いながらコートを眺めた。

       

      「あいつら、特にレッドチームの方は、気性の荒い奴ばかりだ」

      「そういえば、だいぶレベルや種類に偏りがあるような…」

      「集まってきたのがたまたまそういう奴らばかりだったのかもしれんがなあ…。そういう奴らだから余計、試合になると戦闘本能を抑えきれなくなっちまう」

       

      デジモンは生物として闘争本能、戦闘本能が非常に強い。

      今なお、人間社会に彼らが馴染む事を懸念する者達から出される根拠の一つだ。

       

      「なんとかしてやりたいが、デジモンだけじゃどうにもならないのが現状だ、こりゃ…」

      「そうでざんすね…」

       

      シュートモンとトーカンモンは揃ってうなだれた。

      そこへ、数人の男女と、小中学生の少年達がやってきた。

       

       

       

      「すみません。少し、良いですか」

      「私達は少年サッカースクールの顧問の者ですが…」

       

      美玖達は目を瞬かせる。

      代表で、一人の30代ほどの精悍な男性が話しかけてきた。

       

      「試合を見た上で、お話は聞かせていただきました。その上で相談に来ました」

      「お、おう…?」

      「今のお話を窺う限り、将来的にデジモンが人間と安全にサッカーができるようにしたいという事でしたら微力ながら協力したいと言う生徒達がいまして」

       

      言いながら代表の男性は後ろの少年達を振り返る。

      少年達は、デジモンが初めてなのか少しおどおどしながらも一様にうなずいた。

       

      「念のために聞きたいんだが…お前達から頼みたいんだよな?」

      「うん」

       

      考えながら聞くシュートモンの言葉に、少年の一人が頷いた。

       

      「コーチ、どうするでざんしょ?」

      「一つ話は聞いてやるか。まさかあそこまでめちゃくちゃだったのに快く相談してもらえる、なんて虫の良い話はねぇから慎重にな」

       

      “笑う鬼コーチ”。

      その名からは意外な一面に美玖は驚く。

      が、同時に、それだけにサッカーを始めとした球技に思い入れがあるのだろうという思いも浮かぶ。

       

      「俺達は帰るか、五十嵐。俺は今回の件のことを報告に生活課へ行く」

      「俺はここで失礼する。やらねばならない事があるからな」

      「はい、ハックモンさんもお疲れ様です」

       

      ラブラモンを連れて、阿部警部とハックモンと別れて帰路に着く。

      グルルモンは一人と一体の姿を見て顔を上げた。

       

      「帰ッテキタカ」

      「うん、へとへとー」

      「シルフィーモンは?」

      「アイツナラ中ダ。今ゴロ泥ノヨウニ寝テル」

       

      そう言って、グルルモンは大きなあくびを一つ。

      そのまま寝に入った。

       

       

       

       

      「ただいまー!」

       

      探偵所に入ると、ホッとひと息。

      シルフィーモンの姿が見当たらない。

      おそらく、寝室だろう。

       

      「ラブラモン、今日は二人でご飯にしようか。シルフィーモンが起きてきた時のために三人分作るわね」

      「うん」

       

      一人と一体は揃ってキッチンに立った。

      静かではあるが、楽しいひと時には違いない。

       

       

       

      ーーー

       

       

       

      「ごちそうさま!」

      「お粗末様でした」

      夕飯は白米にお味噌汁とおかず数点。

      おかずにラップをかけ、冷たいものは冷蔵庫にしまう。

       

      「せんせい、わたし、あとかたづけやりたい!」

      「いい?ちょっとだけシルフィーモンの様子見てくるわね」

      「うん」

       

      食器を洗う音を背に、美玖は寝室へ向かう。

      かつて自身が寝ていた部屋とは別室だ。

      元は違う用途の部屋だが元の寝室が狭いため、美玖とシルフィーモンとラブラモンでスペースを共有した寝室になっている。

      寝室のドアをそっと開けると、中は電気がついてない。

       

      「……シルフィーモン?」

       

      そっと小声で呼んだが、布団は微動だにしない。

      足を忍ばせ、布団の近くへ来ると深い寝息が聞こえる。

      (…それ、やっぱり着けたままなのね…)

      ゴーグルとHMDに苦笑いしつつも、そっと脇へ座りこんだ。

      寝息を立てて眠るその横顔は、少年の寝顔のそれだ。

      その下が獣のような腕と鳥の下半身でなければ。

      けれど。

      出会った時から、不思議とこの姿に安らぎを感じている。

      「……今日も、お疲れ様」

      そう言いながら、そっと寝ているその頬に軽く唇を当てる。

      そこで、睡魔がどっと押し寄せた。

       

      (あ……)

       

      どうやら今日は自分も、かなり疲れていたらしい。

      シルフィーモンの隣に寄り添うように、美玖はくずおれていた。

      (……わたし、こんなに、疲れてたんだ……)

      そう思った時には、すでに夢の中だった。

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    • #3989

       冒頭でどシリアスな会話と共に不穏な前フリがされたかと思ったら少林サッカーかフルメタルパニックのラグビー回かと思うほどカオスなサッカーが繰り広げられてしまいました。キーパー同士がドッジボール始めた辺り、多分生身の人間が近くにいたらカマイタチで服が消し飛んで全裸になっていたところでしょう。
       阿部警部は生活課の事件も全部対応させられてご苦労様でした。そしてなんか気付いたら最後まで同伴していたハックモン、最後に「ここでやることがある」と言っていましたが、はて……?
       どちらのチームにしても選手の人選がカオス過ぎる。ガジモンやワーガルルモンはともかく四足歩行のモノクロモンありかよ!?
       
       トーカンモンが一話限りのキャラにしておくには惜しい程度にキャラが立っておりました。結果的に最後の出番含めてコーチのシュートモンより目立っていたかもしれない。地域の少年サッカー団と繋がるENDも印象的でしたが、シルフィーモンはあまりにも悲惨。レフェリーも完全体でなければ容易く死にかける現場というカオスさ。
       今回のこれは果たして探偵の仕事なのかと戦慄しつつ、途中から色々フラレていましたがゴーグル外す流れからのラストシーンでまさかの同衾展開で次回が怖いぜ!! いやその前におばちゃん方に勝手な噂をとか言ってましたが、そもそもここで頬キスしとるやないかい!!

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