デジモンに成った人間の物語 第三章の⑤ ―敵の姿―

トップページ フォーラム 作品投稿掲示板 デジモンに成った人間の物語 第三章の⑤ ―敵の姿―

  • 作成者
    トピック
  • #3921
    ユキサーンユキサーン
    参加者

      しばらく経って。

      森の中、チーム『チャレンジャーズ』の3名とレッサー、そして依頼者である銀毛のレナモンのハヅキとホークモンは朝を迎えた。

      昨夜、謎の凶悪なデジモン達の手で『天覧の橋』を崩壊させられ、あえなく湖に飛び込む羽目になった一行は、その後にどうにか湖の岸辺まで泳ぎ、そこで先んじて岸まで到着していたらしいレッサーと合流してから、その場を離れることを余儀なくされた。

      襲撃者の存在があり、その規模も目論見も何も知らない以上、その近辺に滞在するのは危険だと判断されたためである。

      戦いと泳ぎに疲れた体に鞭を打ち、黒煙を上げる橋に背を向けて走り、死に物狂いで隠れられそうな場所を見つけ、そこまで出来てようやくの眠りに就く——途中途中、見張り役を交代しながら。

      実のところ、眠れ眠れと促されながら本当にきちんと眠ることが出来た者は、殆どいなかった。

      燃え盛る町の上での戦いは、彼等に良くない意味での興奮を与えていたのだ。

       

      「で」

       

      当人曰く湖の上を高速で走ることで危機を脱したらしい、目元に隈の見えるレッサーが口火を切る。

       

      「まぁ、追撃してくる気配は夜通し無かったし、とりあえず一安心ってことにしたいわけだが……アルス」

      「……ぅ……」

      「率直に聞くが、自分が何をしでかしたか自覚はあるか? 俯いてないで、オイラの目を見て答えろ」

       

      冷えた声色だった。

      付き合いの短いユウキでさえ、怒りを覚えている事を察せられる程度には。

      感情を向けられている当人であるアルスことベアモンは、今まで見たことも無いほど消沈した表情を浮かべながら、こんな言葉で応えた。

       

      「……出しゃばっておいて、何も出来なかったから――」

      「違ぇよボケが」

       

      乾いた音が響いた。

      ミケモンのレッサーが、ベアモンの左頬を――右手の、肉球の無い裏側で――叩いた音だった。

      叩かれ、痛みを訴える素振りすら無いベアモンに対し、レッサーは容赦なく言葉を紡ぐ。

       

      「出しゃばったから? それで何も出来なかったから? ……ふざけてんのか? そこに責任を求めるやつがいるなら言ってみろ。ぶん殴ってやる。オイラがキレてる事はな。お前が一人で突っ走ったことだ――仲間である二人も、依頼主も護衛対象も放っておいてな」

      「…………」

      「お前に見ず知らずの誰かの危機を放っておけないぐらいの良心があることは、別にいい。そのぐらいはオイラも含め、発芽の町の住民の殆どが知ってることだしな。だが、立場を忘れて自分の役割まで放棄するのは筋が通らねぇだろう」

       

      それじゃあ野良のデジモンと何ら変わりない、と。

      誰かに依頼され、相応の見返りを前提に役割を背負う――そんな、責任ある立場にある『ギルド』のデジモンとして相応しくない、とレッサーは言う。

       

      「今のお前はユウキとトールの二人と組んでるチームのメンバーであり、同時に依頼を受けている『ギルド』のメンバーだ。であれば、どんな事をするにしても協調は不可欠だ。解るか? 馬鹿でも解るレベルで危険な場所に突っ走ったお前さんが無事に戻ってくる確証が無い以上、チームメンバーである二人やオイラは、色んな理由からお前を助けに動かないといけなくなる。……依頼主や護衛対象に、どうあれリスクを背負わせながらな」

      「…………」

      「解らないようなら言っておいてやる。お前はあの時、町の住民を助けるために、それ以外の身近なものを助けない事を選んだんだ。依頼を受けたチーム『チャレンジャーズ』のメンバーとしてではなく、見ず知らずの相手の命にすら責任を負った気になっただけの勘違い野郎としてな」

      「……っ……」

       

      助けないつもりなんて無かった――などと反論しなかった辺り、ベアモンもレッサーの指摘を正しいものとして受け取ってはいるのかもしれない。

      だが、その右手は納得のいかない気持ちを抑えようとするように硬く握り拳を作っていた。

      レッサーは無視して続けた。

       

      「お前があの時やるべき事は、いきなり叫んでがむしゃらに突っ走ることなんかじゃなくて、まず仲間に協力を求めることだった。歩幅を出来る限り合わせて、集団で動くことを継続することだった。そうすれば誰か助けられたとまでは言わねえが、仲間の安否も知れず、退路も知れないまま破れかぶれに進むしかなくなって、あと僅かにでも脱出が遅れたらおしまいなんてふざけた状況にまで追い詰められることは無かった。ワケわからん敵の存在こそあったが、離れ離れにさえならなければ、適切に役割分担して効率的に動くことが出来たと、少なくともお前達の力量を知ってるつもりのオイラは信用していたんだぞ」

       

      今となっては結果論であることぐらい、レッサーも重々承知している。

      あの燃え盛る町の上で、見えない時間制限を前にどれだけのことを成し得ることが出来たのかなど、タカが知れていたのだから。

      だが、離れ離れにさえならなければ最低限の働きは出来たのだと――言い換えれば、それで誰も助けられなかったとしても、最善を尽くした以上は誰のせいでもないのだと、レッサーは言った。

      ユウキもトールも、沈み込んだ様子の仲間の姿を前に口を挟むことは出来なかった。

      今、何を言っても、気休めにすらならないように感じたために。

      何かに区切りをつけるように一つため息を吐いてから、レッサーは最後にこう告げた。

       

      「お前はチームの一員で、今は護衛の任務の真っ最中だ。その当たり前の事実を、ちゃんと心に刻んどけ」

       

      告げて、ベアモンの反応を待つことも無くレッサーの視線が依頼主——銀毛のレナモンことハヅキの方へと移る。

      特に怒りを覚えているようには見えない一方、何かを思案するように両腕を組んで二人のやり取りを哀しげな表情を浮かべたホークモンと共に眺めていた今回の依頼主は、レッサーの視線に気付くと、口を開いた。

       

      「……説教はひとまず終わったと見てよろしいでござるか?」

      「あぁ。すまんな、アンタの話も重要だってのは解ってるんだが、オイラはこいつ等の面倒を見る立場なんでな」

      「構わないでござるよ。こちらも似たような事を言いたくはあったのでござるし」

      「…………」

       

      当然と言えば当然だが、現在進行系で落ち込んでいるベアモンの事を特に庇おうとする様子もない辺り、思う所はあったらしい。

      集団行動において重視すべきことを、少なくともユウキやトール以上に熟知し徹底していると思わしき銀の狐は、何処か重々しく息を吐くとこんなことを言い出した。

       

      「……まさか、ここで直に遭遇することになろうとは思わなかったでござるが、遭遇してしまった以上は説明する必要があるでござろう。私達が、あなた方に依頼をすることになったそもそもの理由――私達の里を襲った、謎の集団について」

      「……あのよくわからん連中がそうだってのか?」

      「あくまでもその一団、と見ているのでござるが、取った手段が同じである辺り、関係者であることは確実でござる。あの町を粉砕したスカルグレイモンのミサイルが、その証拠でござる」

      「……というと?」

      「前提として、この辺りの地域にスカルグレイモンが生息しているという情報は無いでござる。どこかの竜系デジモンが偶然進化したと考えても、あの狙い澄ましたミサイルの雨は不自然。高い知性と悪意をもち、それ等を制御出来る群れが存在しなければ今回の惨事は説明出来ないのでござる」

       

      スカルグレイモンという種族は、進化の悪例としてユウキのいた人間の世界でも(界隈では)有名だ。

      非現実な『アニメ』として語られる範囲でさえ、それは失敗と暴走の象徴であり、仲間と協調して作戦と呼べるものを遂行出来るほどの知性を持っているとは思えない。

      そして、そのユウキの認識はデジモン達にとっても同じらしく、ハヅキの語ったスカルグレイモンという種族のイメージに異論を挟む者はいなかった。

      レッサーが言葉を紡ぐ。

       

      「まぁ、確かに『ギルド』の情報でも、スカルグレイモンが群れを為して誰かと連携を取るなんて話は聞いたことがねえな。全部が全部そうではないにしろ、大半はそうだ。目の前のデジモンをとにかく襲いまくり、結果として物を壊す……しか能が無いって程度の感じで、遠距離の狙撃とか他のデジモンとの連携とか、そんなのが出来る個体は見たことも聞いたことも無い」

      「……でも、実際にはあの町だけを狙ってミサイルが何発も放たれた。そして、十分過ぎるほどの被害が出て状況を整えた上で別のデジモン達が襲いに入った……」

      「徹底的だったよな。別に怨みとかがあるわけではなく、ただただ愉しそうに。イマドキ、ロードするためだけに町を襲撃しに来るやつなんて珍しいが、何か別の目的でもあったのかね」

      「実のところ、目的は現時点でも憶測でしか語れないのでござる。ただ壊したい殺したいを理由とするデジモンも、世界には少なからず存在するのでござるし」

      「……クソったれ……」

       

      思わず悪態を漏らすユウキの脳裏に過ぎるのは、燃え盛る町で対峙した異形の怪物。

      ブレイドクワガーモンというデジモンの特徴を人の形に無理やり近付けたかのような何かが、町の住民を切り刻み殺していた姿――そして、そいつが去り際に吐いていた言葉。

       

      (……アイツは、去り際に俺の事を『同類』と呼んでいた。俺の身に起きた変化の事を知っているかのように。それはつまり……そういうこと、だよな……)

       

      意味は嫌でも理解出来る。

      だが、それをレッサーやハヅキ、ホークモンの目の前で口にする事には躊躇いを覚えた。

       

      (……敵の正体が人間だなんて、デジモンになった人間がこの世界にいるだなんて、彼等に言って大丈夫なのか……?)

       

      人間という存在に関して、三人がどんな風に思っているのかは解らない。

      だがどうあれ、その発想を口にした時点で真っ先に疑われることになるのは他ならぬユウキ自身なのだ。

      何故正体が解るのか、という疑問は少なくとも不可避なのだから。

      事情を知るアルスやトールだけならまだしも、事情を知らないレッサーやハヅキ、ホークモンに対してはひたすらに不信感を与える結果になりかねない。

      その不信感がどんな出来事に繋がるか、まったく予想が出来ず、怖くなる。

      躊躇いの理由の自分本位さに虫唾が走るが、結局ユウキは言葉を紡げなかった。

       

      「ユウキ、解りやすい悪党に正義感に燃えるのは結構だが、その苛立ちは早めに消化しとけよ。アルスみたいに突然突っ走られたら困る」

      「……ん、はい……」

      「……ったく。ハヅキさん、話を続けてくれ。時間がもったいねぇ」

      「承知」

       

      苛立ちに沈黙した所で、ユウキがその理由共々勘違いされながら、ハヅキが情報を繋げていく。

       

      「重ねて述べている通り、私達のいた忍びの里が襲われた時も、今回と同様にスカルグレイモンのミサイルが使用されていたのでござる。凶器も段取りも類似している辺り、見えた種族に違いこそあれ同じ組織の者であることは察しがつく。……そして、同じであると推理した上で述べておく事があるのでござる」

      「それは?」

      「あれ等のミサイルが、どのようにして放たれていたかという点でござる」

      「……どのようにって、脊椎部に生えてるアレをぶっ放してる以外に説明のしようは無いんじゃないのか? オイラはスカルグレイモンに進化したことなんて無いからどんな風にとか解るわけも無いんだが」

      「そのような話であればまだ簡単だったのでござるが、事実は少し異なるのでござる」

      「あん?」

      「事実から述べると――」

       

      そして、ハヅキは言った。

      底知れぬ悪意の持ち主たる敵の、その力の一端を。

       

      「――奴等の中の一部のデジモンは、他のデジモンを武器にして操る能力を持っている」

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      同時刻。

      遠く離れた荒れ地に、デジモン達が焚き火の残骸である木炭を囲うように群れていた。

      彼等の近くにはいくつかの薄汚れた大型車両が停められており、どれからもナンバープレートは剥ぎ取られている。

      つまる所、盗品。

      何処からの、などと聞くまでもなく、事実一つ取ってもその場にいる者達のアウトロー具合が察せられるというものだ。

      ルールを守る気なんざ無い、という言葉を顔に貼り付けたような軽い調子の群れの中、傘を携えた雌山羊の獣人のような姿のデジモン——メフィスモンが何処から調達したのかも知れない珈琲を嗜みながら口を開く。

       

      「あのデビドラモンちゃんは死んでしまいましたかぁ。うーん、ミサイルの味方識別《マーキング》は設定していたんですよね? まさか誤射で消し飛んだとか、仮にそんなオチならカワイソウ過ぎて涙が止まりませんよぉ」

       

      そういう彼女の視線の先では、胴部の黒い球体を除くほぼ全身が剥き出しの骨で形作られた、骸骨のデジモン——スカルサタモンが胡座をかいていた。

      彼は漫画か何かでしか見ないような造形の骨付き肉に喰らいつきながら、メフィスモンと言葉を交えていく。

       

      「んー、どうだかね。設定はしていたはずだし、他の奴と同様に燃えないための仕込みもしてたよな? その前提だと住民に返り討ちに遭ったと考えるべきか。利口なヤツだったんだが、残念だ」

      「ですねぇ。もっと強くなってくれたらこちらも楽が出来たのに」

      「役に立つ前に死んじまうとはなぁ。ま、代わりの戦力なんていくらでも用意出来るだろうが、損した気分になっちまう。良くないぜぇ、こういうのは」

      「こっちだと資源は無限に近いほどあるにしろ、節約は意識しないといけませんねズズズ」

      「もうちょっと上品に飲めんのかオメーよぉ」

       

      身内の死というものが絡んだ会話でありながら、彼等の完走はひたすらに軽いものだった。

      彼等の視界の外では、彼等が手下としているデジモン達――主に小悪魔型や魔獣型の、成長期や成熟期の――がスカルサタモンと同じく骨付き肉を貪っている。

      小規模な宴会、とでも言うべきムードが漂う中、肉に右手の刃を突き立てることで持ち歩いている全身フルメタルな人型の凶器——昨夜、チーム『チャレンジャーズ』のユウキとトールの二人と交戦していた者である――がサクサクと地面に足の刃を突き立てつつスカルサタモンの方へと歩み寄り、言葉を投げ掛ける。

       

      「リーダー、試射はあとどの程度やる?」

      「そうだな。威力と精度には満足したし、そろそろ他の武装の開発にも乗り出すべき時期かもな……」

       

      スカルサタモンはそう言うと、視線を自らの背後に向ける。

      見れば、そこには一際目立つ物体が一つ。

      上から下まで全てが灰色がかった白い骨で構成された、筒のように見えるもの。

      筒の内側には鮫のような造形の肉塊がグロテスクに蠢いており、それに備わっている眼は誰にも向けられてはいないものの、見方によっては飢えたケダモノのような獰猛さを帯びているように見えたかもしれない。

      誰かに使われることを前提とした構造であり、それ以外の要素を無駄として切り捨てた、生き物のように見えなくもない――武器。

      それに、まるでお気に入りのオモチャか何かでも眺めるような視線を向けながら、スカルサタモンは言葉を紡ぐ。

       

      「しかし、やっぱり良いよな、こういうのって。戦争で始めてミサイルって兵器を開発して、その発射ボタンを押したやつも、きっと同じ感覚を覚えてたんだろうなぁ。芸術は爆発とは良く言ったもんだ」

      「ただし、生産ラインは不安定。『素体』となるスカルグレイモン自体、雑草のようにどこにでも現れるものではありませんからね。『牧場』で私も育成を頑張ってますが、時たまスカルではなくメタルになったりそれ以外になったり、狙い通りとはいきません」

      「まぁ、進化まで思い通りに出来たら苦労なんかしねぇわな。いいさ、どう転んでも戦力増強に繋がるんだ。よっぽど大損しない限り、予想外も含めて楽しんだ方が得だろう」

      「その考え自体は否定しないけど、誤射とかは本気で勘弁だからな? クロンデジゾイドの装甲の防御力にも限度はあるんだ」

      「戻ってきたら珍しく、なんか傷付けられてたもんなぁ。何だったんだアレ?」

      「町の中に同類がいた。味方につく気が無いらしいから殺そうとしたら痛い目を見た。それだけ」

       

      人型の凶器もといブレイドクワガーモンに対し、ふーんと興味があるような無いような、曖昧な反応を返すスカルサタモン。

      彼は骨付き肉を一口してから、問いを返した。

       

      「まぁ、俺達がそうであるように、何かしらの縁でこっちに来る電脳力者《デューマン》もそりゃいるだろうが……どんな奴だった?」

      「ん……姿はギルモンで、一応グラウモンに進化出来るみたいだったな。後は電能力者特有の最適化が出来てたこと以外には、特に何も。仲間はコカトリモンに進化出来るエレキモンが一体見えたぐらいだが、多分他にも仲間がいただろうな」

      「あぁ、それなら私が対面したバステモンやレナモン、ホークモンがそうかもしれませんね。町の住民であればミサイルで多少なり焼け焦げているはずが、そうなっていなかった辺り、偶然あのタイミングで町の外側にいたデジモン達かもしれません」

      「ふ~む。電能力者混じりの一団ねぇ……どっかの組織の構成員か何かか?」

      「どうだろうな。何かの偶然でデジタルワールドに神隠しに遭ったみたいなパターンかもしれないし、普通に『シナリオライター』の案内人に連れられたやつかもしれない。当人に聞いてみない限りは知りようが無いな」

      「まぁ、いいんじゃないでしょうか。特に誰かを殺すなとか厳密な指示が飛んでいるわけでもないのですし、その電能力者なギルモンがあの状況から生き延びて私達と対峙することがあったら、その時は遠慮なくこちらの都合を通すのみです」

      「だな。俺達のプロデューサーは、どうあれ破壊と殺しとを俺達に求めている。であれば、この場にいない誰かに遠慮する必要なんかねぇ。存分に、殺りたいように殺っちまおう」

       

      確認作業は簡潔に。

      電能力者、という言葉が持つ意味を知っているはずの彼等は、されどその殺害に躊躇を覚えなかった。

      何の罪も無いデジモンだろうが、仲間になる余地があるかもしれない同類だろうが、感じ入るものはほぼ同じ。

      味方にならないのであれば殺し、味方にしたいと思う要素も無いならば殺し、大した理由が無くとも殺す。

      他者の命というものを重く感じない彼等は、故にこそ選択の速度が他を逸している。

      そんな彼等の言葉は流れるように過ぎていき、食事の終わりと共に足が動く。

      傘を携えたメフィスモンの電能力者が、指針を述べる。

       

      「では、都市攻略に向けての準備を進めるため、ひとまず拠点まで戻りましょうか。この辺りに用事はもう無いはずですし、ロイヤルナイツに見つかっても面倒です」

       

      決めるべき事は決まった。

      悩むことは何もなくなり、それぞれ大型車両に乗り込んでいく。

      が、出発の直前、スカルサタモンの電能力者が残骸以外何も残っていないであろう橋の町のある方角に視線を投げているのに気付き、ブレイドクワガーモンの電能力者は疑問を投げ掛けた。

       

      「……ん、どうした? 何か思い当たりでも浮かんだのか?」

      「いやな。乱入者って話でふと、思う所があってな」

       

      些細な記憶の呼び起こしがあった。

      類似した出来事、命を軽く見つつそれでも印象に残った存在。

      それを、さながら世間話のようにスカルサタモンの電能力者は口にした。

       

      「天使だらけの村で見た、バカ強い化け物。ヤツもあの場に来ていたのかなとか考えただけだ」

       

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

       

      レナモンのハヅキの口から告げられた情報は、一行に悪寒を抱かせるのに十分なものだった。

      他のデジモンを武器に変えて操る能力。

      何かの暗喩でも何でもなく、本当に元のデジモンの特徴を残した武器に作り変えてしまうという歪な力。

      それを、橋の町で惨劇を巻き起こした襲撃者達の中の一部は手にしているという話。

      事情を知らないデジモンが聞けば、まず与太話として受け取られ、簡単には理解してもらえないであろう情報。

      しかし、昨夜『天観の橋』に向けて放たれた暴力を知っている一行にとっては、決して与太と笑い飛ばせる話ではなくなっている。

      実際にあの場にやって来た襲撃者達の中に、それらしい武器を携えている姿や、町の住民であるデジモン達を作り変えている姿は見受けられなかったが、同時に一行が対面した襲撃者達の中にあの狙い澄ました爆撃を行ったと考えられる者がいなかった以上、あの時実行者は遠く離れた場所にいたと考えるべきなのだ。

      トールは、ひとまずその情報を真とした上で、真っ先に浮かんだ懸念を口にする。

       

      「俺とユウキは変な格好のブレイドクワガーモンと戦ったが、俺達のどちらも武器になんてされてなければ、手足以外で攻撃するのを見たことも無いぞ。何か、武器にするのに条件でもあんのか?」

      「力を用いている当人達から直接情報を引き出せてはいない以上、憶測の域を出ないでござるが……恐らくそうでござる。私達の里が襲われた際、私達の仲間の一部がその身を作り変えられていたが、作り変えられずに済んだ者もそれなりにいた。誰でも例外なく意のままに作り変えられるのであれば、そうした方が効率が良いにも関わらず」

      「……ああいう殺し大好きっぽい奴らが、効率だけを求めるかどうかは怪しい気もするが……まぁ不自然ではあるな。んで、その『条件』ってのは?」

      「種族、そして属性。それ等がある程度近しいこと……そして、直接触れていること。現時点ではそれ以外の要素は考えつかないでござる。尋問でも出来れば話は早いのでござるが……」

      「ロクな情報源が無い今は、無理矢理にでもそれっぽい答えを用意して注意しておくしかないって段階……ってことか」

       

      トールの言葉に「耳の痛い話でござる」と硬い表情で返しつつ、ハヅキは視線をレッサーの方へと向ける。

      見れば、ユウキとトールの二人と同じく交戦していたレッサーもまた何か思う所があったのか、合点のいった風な表情を浮かべていた。

      彼は言う。

       

      「確かに、これは普通の……町や村で小規模に築いてる程度の枠組みにどうにか出来るレベルの話じゃあない。CITYの、より大きな規模の組織の助けを乞うのが妥当ってもんだ。……なるほどな、ある程度の話は聞かせてもらってたが、こうして行いを目の当たりにすると実感させられる。よく生きて町まで辿り着けたな? アンタ」

      「長老――カラテンモンが敵の主力と思わしきスカルサタモンとメフィスモンを食い止めてくれたからでござる。尤も、それでも被害を最小限に抑え切ることが出来ず、犠牲も生じてしまったのでござるが。私もホークモンも、その生き残りでござる」

      「アンタ達以外の生き残りは?」

      「多勢存在するはずでござるが、長老の指示で私を含め散り散りに逃げ去ったため、行方までは存じ上げぬ。生きているのであれば、私達と同様に貴重な情報を伝達させるためにCITYに向かっているか、安全を確保するために隠れ里を改めて作ろうとしているかのどちらか……といった所でござる」

       

      生き残り。

      前日の惨劇を想えば、その言葉がどれほど重い意味を含んでいるのか、ユウキは考えずにはいられなかった。

      暮らしていた居場所を滅ぼされ、生活を共にしたであろう仲間を殺され、二人でどうにかやり繰りしながら遥か遠い場所にある目的地を目指さなければならなくなったこと。

      いつ何処で、どのタイミングで『元凶』と再会してしまうことになるのか、同じく逃げ延びた仲間達は無事なのかと、見えない恐怖と怒りに焦がされながら、それでも『発芽の町』にまでその足で辿り着いたこと。

      ……そして、そんな過酷な事態に直面している彼等からすれば、レッサーを始めとした『ギルド』のメンバーたちは、文字通り藁にも縋る思いで頼っている相手であるということ。

       

      「私達は、どんな手を使ってでもCITYに辿り着かなければならないのでござる」

       

      ハヅキはそう強調した。

      自らを奮い立たせようとするように。

      あるいは、改めて助けを求めているかのように。

       

      「酷な言い方であることは承知の上で言わせてもらうでござるが、必要性も有用性も感じられない『寄り道』のために私達は私達の命を使う気は無い。また今度、単独で死地に向かおうとする者がいたら……足を斬り落としてでも止めさせてもらう。よろしいでござるか?」

       

      チーム『チャレンジャーズ』の誰にも、返せる言葉は無かった。

      ただ一人、ミケモンのレッサーだけが「あいよ」と軽々とした調子で返し、先の言葉を紡いでいた。

       

      「……んじゃ、確認事項はとりあえずこのぐらいでいいだろう。さっさと朝飯食べようぜ。どれだけ考えたところで、結局は先に向かって歩かないといけないんだからな」

       

      そして、当たり前の事実をホークモンが述べた。

       

      「……あの、食べ物って残ってますっけ……?」

      「「「「…………」」」」

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      ぐっどもーにんぐ、などとは口が裂けても言えない時間は続く。

      昨日の惨劇、そしてそこから脱するために不可欠であった湖へのダイブと陸地へのスイミング――その過程で損なう事になった食物の不足をどうにかするために、会話が終わって早々に一同は此度何度目かの食物探索に動く羽目になったのである。

      リュックサックに食べ物を詰め込んだままでは重みで湖に沈んでしまったであろうことを考えれば仕方ない話にしろ、苦労して集めたものがこうもあっさり損なってしまう経験に誰も慣れたくはなかった。

      予想だにしなかった敵の話に胃の中が大炎上でもしたような錯覚に陥っているユウキにしろ、昨夜のやらかしの罰代わりという扱いでしれっと集める食べ物のノルマを二倍に設定されたアルスにしろ、そんな二人の明らかに落ち込みまくった様子にどうにも居心地の悪さを感じずにはいられないトールにしろ、気分は最悪の一言である。

      今頃は湖の底に沈んでいった食べ物が水棲デジモンにでも食べ尽くされている頃だろうか、なんてどうしようもないことをユウキが考えていると、ふとして木の上に登っていたアルスが口を開いた。

       

      「……昨日はごめん。落ち着けず、冷静でいられなくて……」

       

      いっそ泣き出す元気すら無い様子の声に、どう返したものかと少し考えてから、ユウキは問いで返した。

       

      「……何かトラウマでもあったのか? その、燃える建物とか、ミサイルとかにでも……」

      「トラウマってほどじゃない……なんて言っても説得力無いよね。あはは、カッコ悪いところ見せちゃったや……」

      「……ちゃんとユウキの問いに答えろ。俺は町に住むようになってからのお前しか知らないんだ。お前の全部を無言で察してやることなんて出来ねえよ」

      「……そう、だよね。あまりカッコ悪いところ、知ってほしくないんだけど、そんなこと言う資格無いし……」

      「……言いたくないなら、無理して言わなくてもいいんだぞ……?」

      「ごめんユウキ。でも、こんなことしでかしておいて、恥ずかしいとかで隠すほうがどうかしてるとも思うから……話すよ」

       

      数秒の間を置いて、アルス――ベアモンは重々しく口を開いた。

       

      「……もう随分前の話になるけど。僕が産まれた村もさ、あんな風に滅ぼされたんだ」

      「……っ……」

      「実際のところ、ミサイル……が原因でやられたのかまでは知らないし、滅ぼしたやつの顔もそこまで覚えられてないけど、色んなものが炎に焼かれていたことは覚えてる。建物も、デジモン達も、何もかも……目の前で消えていった。助けて助けてって、そんな言葉を遺しながら」

       

      ユウキは絶句した。

      ベアモンが口にした内容は、まさしく昨夜の惨劇と似通ったもの。

      燃える住まい、死にゆく住民、誰かの手によってもたらされた理不尽とそれによる絶望。

      トラウマにならないわけが無い、とユウキは思った。

      現代に生きる人間として、ニュースで人死にの事件や事故の話を何度も知る機会がありはしたが、昨夜直接見ることになった事件は凄惨が過ぎている。

      感じた恐怖も憤りも、ニュースや新聞で対岸の火事を見た時のそれを遥かに凌駕していた。

       

      惨劇の景色は、一度間近なものとして見てしまったら一生忘れることが出来ない。

      あんなことは二度と起きてほしくない、と思うのが当然で。

      二度目が起きてしまったら、自分で自分を制御出来る気がしない。

      恐怖に体を縮ませ何も出来なくなるか、無駄かもしれなくとも火中に飛び込み助けに行くか。

      ベアモンは、どんな風に感じて、止まれなくなったのか。

      他ならぬ彼自身の口から、回答が紡がれた。

       

      「……結局のところ、レッサーの言う通りだったんだよ。僕は実際、あの燃え上がる町のことを見て、何がなんでも助けないといけないって感じた。そのために急いで動かないとって思った。言葉を聞き取れてはいないのに、助けてって求められてるように聞こえた気がした。だから、あんな風に一人で突っ走った。本当に守らないといけない相手の事を忘れて」

      「…………」

      「……言われてから気付いたよ。言われるまで、自分の力不足としか考えてなかった。昨日、出発してちょっとの時には偉そうに言ってたのにね。ほんと、カッコ悪いや。自分で自分が恥ずかしくてたまらない。何やってんだろうねホント」

       

      悪気があったわけでもないんだし、そこまで言わなくても――と言葉にするだけなら簡単かもしれない。

      だが、アルスがあの瞬間に責任放棄じみた行動に出てしまった事実は変わらず、それに対する評価を他ならぬアルス自身が正しいものだと認めている以上、慰めの言葉に意味はない。

       

      ……あんまりだろう、とユウキは思う。

      自分にとって大切な居場所を身勝手に焼き払われて、その出来事からある程度の時間を経て同じような光景を目の当たりにした時、機械のように冷静に動くことなんて出来るのか。

      消防士などの役職に就いている者であれば冷静に動けるのが当然、というか必須の話なのだろうが、そうではない誰かに同じ心の動きを要求しても難しい話だ。

      ユウキ自身、今もあの町で悪逆に殺された誰かの死に様を思考から剥がせない。

      あの惨劇を引き起こした者の正体が、自分と同じ元人間のデジモンであるという時点で、事態を対岸の火事として飲み込めなくなってしまっている。

      怒りというものが、自分の中に渦巻いているのを嫌でも感じてしまう。

      冷静に立ち回る――正しいはずのその選択を、正しいと素直に受け入れられなくなるほどに。

      立場やその責任の話としても、レッサーやハヅキの言葉が全面的に正しいのだが、かと言って助けに動いたベアモンの行動が間違いであったとあそこまで徹底的に咎められるのを見るのは、気分が悪かった。

       

      (……大体解った上で、言ってたかもしれないけど、さぁ……)

       

      ユウキは改めて、重いと思った。

      仕事を請け負う者としての責任も、デジタルワールドという世界の実際の過酷さも、今現在の自分に関係する事情の難解さも、何もかも。

      いったい、どれだけの困難を乗り越えれば、元の日常に帰ることが出来るのか――道がより一層果てしなく思えてきた。

      ……そんな、苦しげな表情を浮かべるユウキのことなど放っておいて、エレキモンはベアモンに対していい加減うんざりとでも言わんばかりの口調で言う。

       

      「……いつになく自分いじめな言葉が続くな。そんなにレッサーに叱られたのがショックだったのか? それともハヅキのあの言葉にビビってる?」

      「怒られて元気になれるやつの方が異常だと僕は思うんだけどね。元々、僕はこういうヤツだよ。気にしないで」

      「気にするなって言うんならもっと堂々としてろ。お前がらしくなく真面目だとこっちも調子が狂うんだよ」

      「ちょっと待って。真面目な方がおかしいってどういう意味さ」

      「そのまんまの意味だよボケ。何を今更良い子ぶってんだ、そうしてて何かが戻ってくるわけでもあるまいし。いい加減に切り替えられねえのか」

       

      ……その言葉を聞いた途端、ベアモンの顔色が変わったのを、ユウキは確かに目撃した。

      今まで感じたことの無い、ヒリついた雰囲気。

      それを滲ませながら、ベアモンはエレキモンに対してこう言った。

       

      「……知ったふうなこと言わないでくれない? エレキモンが僕の何を知ってるの? 随分と酷い言い草だね」

      「知らねえよ、発芽の町に来る前のお前のことなんて。お前自身が話さないんだからな。町のだれも、お前の昔の話なんて知らねえ」

      「だったら放っておいてよ。何も知らないのに勝手に決めつけだなんて、今のエレキモンこそ僕からすれば調子が狂うよ」

      「そりゃど〜も。んで? いつまでも死んでいなくなったやつの事ばかり考えてる優しいベアモンは、いつになったら目の前のことに集中出来るんだ?」

      「……目の前のことって……ちゃんと食べ物ならこうやって集めて……」

      「いつまでここにいない誰かのこと考えて、自分自身を傷つけてんだって聞いてんだよ。あの酷い出来事全てが自分のせいだと言われたみたいにヘコみやがって」

      「……実際、僕がもっと強ければ助かったやつがいたかもしれないじゃん」

      「勘違いすんな。誰の力不足があったにせよ、実際に悪いのはその手で殺しまくってた悪党どもだけに決まってる。なんでクソ共のやったことでこっちがごめんなさいしなきゃなんねえんだ」

      「……それは、そうだけど……」

      「だけども何も無い。終わったことはもう仕方ないだろ。は〜あのクソ野郎共許せねえ〜!! 次に会ったらマジぶっ倒す!! ……こう意気込む程度で十分だろうがよ」

       

      だから、と。

      少し間を置いてから、エレキモンは落ち込んだベアモンに向けてこう続けていた。

       

      「元気出せ。頑張れ。それがお前みたいな馬鹿が今出来る、一番の努力ってやつだろ」

       

      それが、ベアモンにとってどれだけ難しいことであるかぐらい、エレキモンも――あるいはレッサーやハヅキだって察しているだろう。

      察した上で、喝を入れる。

       

      「……エレキモン……」

       

      元気を出して、頑張る。

      言葉にするのは簡単だが、それを実行に移すことのどれだけ難しいことか。

      そして、難しいと解りきっていることを、それでもやれとハッキリ言葉にすること。

      それは、人間としての負い目を少なからず感じてしまっているユウキには、決して口に出来ない言葉だったかもしれなかった。

      言われて、数秒の間を置いて、ベアモンは俯いたまま言葉を返した。

       

      「……難しい、努力だね……」

      「難しさなんて知るか。俺が、お前のそういう危なっかしい姿をいつまでも見たくないってだけの話だ。解ったならシャキっとしやがれ。それとも、まだ寝ぼけてんのか?」

      「……目は覚めてるよ、最初から。まったく、ちょっと落ち込んだぐらいで好き放題言っちゃってさ〜。本当はエレキモンの方が落ち込んでたんじゃないの〜?」

      「よぉし馬鹿さ加減が戻ってきたな。眠気覚ましに一発ビリっても問題無し、と」

      「いやちょっとそれは話が違うというか木登り中にビリビリするのはは危険が危ないからやめてほしびびびびびびびび」

       

      容赦無しの電撃がエレキモンの尾から放出され、木の枝の上に器用に立ちながら果物を集めていたベアモンを痺れさせていく。

      平常運転と言えばそれまでだが、昨夜の惨劇を知りながらそんなことは関係無しとでも言わんばかりに変わらぬ調子のエレキモンを見て、二人の会話を傍観していたユウキは不思議とどこか安心を得ていた。

       

      「――ったぁ……やったなエレキモン!! というかいつにも増してひどくない!? 色々傷付いてる時にも容赦なく電撃とかさ〜!! もうそろそろ僕だって出すもん出しちゃうんだからね!?」

      「はっ。昨日は好き放題、さっきまではへこんでめそめそしてたやつがエラソーに。だいたいこっちだってオマエの自分勝手には困らされてんだ!! ちょっとぐらい仕置きする権利ぐらいはあるだろうがよ!! ヘタレ!!」

      「ヘタ……ッ!? ……もう怒った。ちょっと大人しくしてたらつけあがっちゃって。その毛並み、直接わしゃわしゃしてやる〜っっっ!!」

       

      やれるもんならやってみろスパークリングサンダー!! と、本来の目的も忘れてバトルを勃発させるエレゲイアとベアモンの二人を見て、浅く息を吐きながらユウキは思う。

      正しい言葉を投げかけるだけでは到底処理出来ない死の悲しさを、さらりと流す――というより、捨ておいて現在を意識させる。

      言葉だけを切り取れば殆どが友好的とは言い難い粗暴なものばかりで、どちらかと言えば喧嘩を売っているようにすら思えるのに、ベアモンの表情は気付けば緩んでいて、少なくとも表面上は元通りの調子に戻れている。

      ……実際の所、刻み込まれた悲しいという気持ちそのものを消すことは出来ていないだろうとユウキは思う。

      ただ、悲しさを誤魔化してでも一歩を踏み出す切っ掛けを作れたというだけで。

       

      (……すごいな、本当に)

       

      こうして見ても、人間とデジモンの心に隔たるほどの違いは無いように思える。

      当たり前に喜んで悲しんで怒って、お互いのことを思いやって、知性と理性で言葉を交わす。

      根本的な部分で価値観の違いこそあるかもしれないが、そんなものは人間だって変わらない。

       

      変わらないからこそ、許せなかった。

      同じように言葉を交わせて、互いの気持ちを思いやることが出来る――共存の道を選べるはずの相手を躊躇無く惨殺した、自分と『同類』らしい元人間のデジモンのことを。

      ブレイドクワガーモンの言葉だけでは解らないが、ハヅキの言葉を考えると彼以外にも元人間のデジモンがこの世界に来ていて、昨夜のような行いを強行していると見るべきなのだろう。

       

      (……あぁ、そうだよな……)

       

      エレキモンは言っていた。

      実際に悪いのは、その手で住民を殺した悪党どもだけである、と。

      何で悪党どものやったことで責任感なんて感じなければならないんだ、と。

      ……本当にその通りだ、とユウキは思った。

       

      (……人間の世界にしろ、デジタルワールドにしろ、なんでこんな事がまかり通らないといけないんだ。ふざけやがって……)

       

      敵として現れた元人間の、人間だった頃の話なんて知りようがない。

      だがどうあれ、元人間として手に入れた特別な力で同じことを繰り返すというのなら、それは止められないといけないとユウキは思う。

      そして、ハヅキの言っていた、他のデジモンを武器に変える力に対抗出来るのは、この場にいるデジモンの中だともしかしたら自分だけかもしれないと感じた。

      もちろん根拠など『同じ』であること以外に無いし、あの場で自分やトールが武器にされなかったのは気まぐれか、あるいは殺戮を優先していただけという可能性もあるが、こうして助かった事を単なる偶然としては考えにくかった。

      目には目を、歯には歯を、元人間には元人間を。

      ……胸の奥から、何か大きな熱がじわじわ広がるのを感じながら、ユウキは静かにこう決意していた。

       

      (……戦うんだ。俺が、守るんだ)

       

      元人間のデジモンとして、元人間のデジモンと戦う。

      人とは似つかぬ右前爪で、鋼鉄の剣の柄を強く握り締めている彼は、果たしてその決意の意味を正しく知覚出来ていただろうか。

      知らない事も知れない事も多すぎるまま、時間は過ぎ去っていく。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      駄弁って、集めて、でもって。

      ユウキ達がノルマ通りに食料調達を終わらせ、元いた野宿の場へと戻ってみると、別行動で同じく食料調達をしていたレッサーとホークモンの二名の姿が見えた。

      彼等の側には集め終えた果実やら樹の実やらが敷物の上に並べられた状態で存在しているのだが、一方でホークモンの側から離れることの無かったハヅキの姿が見えず、ユウキが疑問を口にするとレッサーがこう答えてくる。

       

      「偵察がてら、ちょっと作るもののために集めるものがあるから少し遠めの所に行くんだとよ。よく知らないが、護衛対象を一時的に預けてでもってなると、余程大事なことらしいな。ホークモンに聞いても教えてもらえなかったけど」

      「……その、知らない方が良いこともあると思うので。ほら、シノビは隠さないといけないものが多いので……」

      「まぁ、情報の価値を知る連中だとはリュオンからも聞いてるし、こっちからそっちの事情を深掘りする気は無いけどよ。それはそれとして何で小刻みに震えてんだお前。風邪でもひいたか?」

      「……き、気の所為じゃないでしょうか。今は特別危険な状況じゃないですし、頭も別にボーッとはしてませんし……」

      「……ん〜、確かに風邪はひいてねえな。まぁ、昨日のこととかお前等の背景の話とかもあるし、恐怖が尾を引いてると見るべきかね」

      「…………」

       

      なんだろう。

      レッサーの問いに答えるホークモンの目はどこか遠いものを眺めているかのようにも見え、そしてその体はユウキから見ても鳥肌でも感じてしまっているのかと疑わんばかりに震えを発してしまっている。

      昨夜の件と背景を考慮すれば、レッサーの言う通り恐怖が尾を引いているのだとしても無理は無いのだが、にしては表情に恐怖の色が無さすぎる。

      さながら、まるで、何かの運命を悟ったかのような……?

       

      「これがホントの鳥肌ってか。ははは」

      「ねぇユウキ、普通につまんないよ」

      「あほくさ」

      「和ませようとしてるとこに二人揃ってド直球の批判やめてくんない?」

      「少し余計な気遣いかもしれないでござるな、それ」

      「「「!?」」」

       

      そして、疑問を覚えている間に、である。

      流石は忍者とでも言うべきか、気付いた時には既に銀毛のレナモンことハヅキはレッサーとホークモンの背後に立っており、その手に何やら小さな袋のようなものを持っていた。

      驚くユウキとベアモン、そしてエレキモンの三人とは異なり特に驚く様子もなく、レッサーが問いを投げる。

       

      「偵察の結果は?」

      「特に警戒すべき対象は無し。危険も無く、予定通り集めるべきものを集めていたでござるよ」

      「結局何を集めていたんだ? 食い物ではないようだが」

      「薬膳の材料でござる」

      「「やくぜん?」」

       

      聞き慣れない単語にベアモンとエレキモンが反応を示すと、ハヅキは変わらぬ調子で説明を始めた。

       

      「簡単に言えば、治療を目的とした食べ物、でござる。体に良いものを摂取すれば、結果として薬を飲んだ後のように健康になれる……という考えで作るもの。昨日の戦闘の疲れも傷も、一夜寝るだけで治り切るとは到底思えなかったため、念には念を入れ、用意しようと思ったのでござるよ。一応、余りの材料で簡単な薬も作るつもりでござるが」

      「治療のための……ていうか、ハヅキさんって薬を作れたんですか?」

      「忍に求められる技術にもいろいろあるのでござるが、前提としていずれの忍も情報収集のために遠出することが多い。故に、独力で自らの健康を管理するための技術――つまる所、薬の生成技術を忍は成長期の時点から習得を求められるのでござる。材料に関する知識も込みで」

      「あ〜、僕がラモールモンに傷付けられた時の塗り薬、用意がいいなぁとか思ってたけど、そういうことだったんだね。常に使えるように用意してたんだ」

      「……むしろ、私達からすれば薬の一つもろくに用意せず、生成の技術もなしに遠出しようとするあなたがたの方が意外でござるよ。旅先で怪我や病気を患った時のことを想定していないのでござるか……?」

      「「「……………………」」」

      「……各々方……?」

      「皆さん!? なんでそこで無言になるんですか!? え、まさか本当に想定していない……!? 風邪とかひいたことないんですか!?」

       

      チーム『チャレンジャーズ』の三名、ハヅキの言葉に沈黙してしまう始末であった。

      寝たら勝手に治るし、なんて馬鹿の発想すぎる言葉を飲み込みながらアルスが目を逸らし。

      そもそも病気とは無縁だったし、という色々とアレな回答をトールが漏らしかけ。

      そして、何だかんだ『ギルド』の仕事では成功体験が多かったので「まぁ今まで通りに頑張れば何とかなるだろ」と楽観の側面を少なからず持っていたユウキは、確かにそうじゃん!? と今更のように気付かされて顔中に汗を滴らせていた。

      食べ物、連絡手段、その他野宿用のあれこれ等を持ち込んでこそいたが、言われてみれば怪我や病気に対応出来る代物や技術など持ち合わせてはいなかったのである。

      やべ、そういや傷薬の材料とかすら教えてなかったっけ? とでも言うように耳元をポリポリ掻きつつ、レッサーは話題を戻す。

       

      「……で、もしかしてもうそのヤクゼンとやらは作り終えたのか? 出かけてから、今までの時間で?」

      「無論。今から並べるでござるよ」

       

      そう言うと、ハヅキは手に持った巻物を地面の上に広げていく。

      広げられた巻物にはいくつかの墨で描かれたようなドット絵のようなものが見えており、中心部と思わしき部分に書かれていたデジモンの文字に向けてハヅキが右手を押し付けると、巻物に描かれていたドット絵が空気を入れられた風船のように膨らみ、そして巻物の上に実体をもって出現した。

      さも当然のようにやってのけた摩訶不思議に、ホークモン以外の全員が驚き顔になってしまう中、ハヅキは出現したドット絵だったものの内の一つを手に取り、アルスに対して譲り渡す。

      それは、何やら物凄く黒っぽいような、それでいて緑色とも茶色とも言えそうな色をした、丸くふっくらしてそうなもの。

      何がなんだか解らないままながらも受け取ったアルスは、ハヅキに対してシンプルな問いを投げた。

       

      「このちっちゃいのが、ヤクゼン?」

      「正確に言えば忍の携帯食として最も流行っている、マンジュウという代物でござる。私特製の」

      「まんじゅう」

      (……まぁ、確かに饅頭に見える形はしてるけど……)

      「さぁ、各々方も」

       

      アルスに続き、ユウキとトールとレッサーの三名もまたハヅキの手より受け取り、最後にホークモンの方へと手渡される。

       

      「…………は、はい…………」

      (何でホークモンはさっきから身震いしてるんだ?)

       

      疑問はあった。

      が、それ以上にお腹が空いていた。

      誰も彼も空腹に勝てるわけもなく、まずは手渡されたものに意識は向けられる。

      いただきま~す――ユウキのその一言を皮切りに、まずトールとレッサーがハヅキ特製らしい饅頭にかぶりついた。

       

      直後であった。

      トールとレッサーそれぞれの、饅頭を咀嚼した口元から。

      グゥゴリィ、という異質な音が鳴った。

       

      ((へ?))

       

      今まさに咀嚼する直前であったユウキとアルス、二名共に硬直。

      視線がそれぞれトールとレッサーの方へと移され、疑問と共にそれぞれの表情を見た。

      数瞬、疑問を浮かべるような無の表情があった。

      そして、三秒後であった。

       

      「「――――!!!!!」」

      「と、トール!?」

      「レッサー!? え、ちょ、えぇ!?」

       

      変化は一瞬だった。

      特製饅頭を口にしたトールとレッサーの表情は、無のそれから一変――まるで、目の前で世界が崩壊したかのような、あるいは物凄い力で首を絞められたかのような――これまで見た覚えの無い表情を浮かべていた。

      苦悶、とはまさしくこの事を言うのだろうか? 味の感想を呟く間すら無く、トールとレッサーの二人は揃ってその場で仰向けに倒れ伏してしまう。

      あまりの出来事にユウキもアルスも目の前の饅頭を口から遠ざけ、即座に倒れ伏したトールとレッサーの近くに順に寄り添っていく。

      見れば目は白目を剥いており、腕づくで揺さぶってみても反応一つ無い。

      へんじはない、ただのしかばねのようだ――などというフレーズがユウキの脳裏に過ぎる中、アルスは素直に問いを投げた。

      黙々と自らの作った饅頭を口にしているハヅキ、そして目の前でただ事ではない事態に陥った二人を前に「あぁ、やっぱりそうなっちゃいましたか」とでも言わんばかりの調子で哀れみの表情を浮かべるホークモンに対して。

       

      「ハヅキ!! このまんじゅうって危ないものだったの!?」

      「まさか。しっかり健康になるデータの塊として作れているはずでござるよ?」

      「ならどうして二人が白目剥いてるの!? これ、死んだりしてないよね!?」

      「死ぬデジモンは体を構築するデータがすぐに分解されてしまうでござろう? こうして話している間もそのような兆候が無い時点で気付いてほしいでござるよ。毒など無い」

      「ならどうして!? えぇとその、ホークモンは何か知らない!?」

      「……えぇ、まぁ、その……」

       

      そして、全てを知っていた鷹野郎はこんな風に語った。

       

      「……事実だけ言ってしまうとですね……そのまんじゅうは、危険物ではないんですよ。ただ、ものすっっっっっっっごくまず……苦いだけで」

      「今まずいって言いかけたよね? めっちゃくちゃ溜めて言おうとしたよね?」

      「まぁはい、慣れてないと気を失う程度にはすごい食べ物かもしれませんね。大丈夫ですよ、目が覚めた時には元気いっぱいになっているはずですから。経験してるので解ります。大丈夫大丈夫」

      「目が覚めた時も何もこれいつ目が覚めるのぉ!? あと大丈夫とか言いながら気を失うのが前提っておかしいよぉ!!」

      「……その、多分、元気になったら起きますよ?」

      「「すっげぇ曖昧!?」」

       

      どおりで先程からホークモンが謎に身震いしていたわけである。

      全てを知っていた以上、止めなかったのは単に臆病だからではなく、健康になるという効能自体は本物であることを身を以て知っているのだろう――現在進行系で饅頭を食べ進めるホークモンの表情は分かりやすく青ざめ、今にも倒れてしまいそうに見えた。

      対照的に、実は自分のものだけ美味しく作っているのではないか? と疑いたくなるほどには表情一つ変えずに饅頭を食べ進めている製作者のハヅキは、戦々恐々とした様子の方へユウキとアルスのことを見回すと、一度ため息をついた。

       

      「……古くよりデジタルワールドに伝わる言葉に、こんなものがあるのをご存知無いのでござるね。ユウキ殿もアルス殿も、存外知恵がまだまだ浅いと見える」

      「「?」」

       

      そして、こんなことを言いやがった。

       

      「良薬は、とにかく苦し。……逆に言えば、食べ物は苦ければ苦いほど薬になる、という名言でござるよ」

      「確かにそんなニュアンスの言葉はあったような気がするけど何か違うと思うなぁ俺!!」

      「……あはは、僕ですら慣れたので、お二人も数をこなせばきっと大丈夫ですよ。もし良ろしければ僕の分を、お二人に半分こ、して……」

      「擦り付けようとしてないかなそれ!? というかもう気を失う寸前じゃん!?」

       

      薬になるものが苦くないわけ無いだろ、と平然と言い放ったハヅキは、表情一つ変えないまま自らの制作した特製饅頭を食べ終えてしまう。

      あまりのまずさ……いや、苦さ? にしかばねと化したトールとレッサー、そして心ここに有らずとでも言わんばかりの遠い目で饅頭を食べ進めるホークモン。

      彼等の惨状を目の当たりにしながら、ハヅキと同様に無事に食べることが出来る自信は、少なくともユウキとアルスには無かった――そもそも気絶するほどの苦さって何だよ。

      そんな二人の様子を見て、ハヅキは一言。

       

      「……食べぬのでござるか……?」

      「「!!」」

       

      問う声に、怒りや哀しみの色は無い。

      単なる確認であることは、理解出来ていた、が。

      一度いただきますと唱えた挙句、少なからず健康になってほしいと善意で作られた(と信じたい)食べ物を、口に合わなさそうだからと食べないのは、何か悪いことをしているような気がしてしまう。

      実際、ホークモンが嘴から魂が抜け出てしまいそうになりながらも饅頭を食べ進めているのも、そういうことだろう――善意を裏切れなかったのだ。

      臆病なホークモンだって頑張っているのに、たかだか食べ物から逃げてしまうわけにはいかない……!! と、決意を抱くと同時に生存者たる二人は互いに見合って視線で意思の疎通を図った。

       

      (――一気に全部食べて、味を感じてしまう前に、すぐに果物とかで口直ししよう。覚悟はいいか? いいよな?)

      (――速さが全て。速攻で殺し切るしかない。まんじゅうをここで瞬殺して、三人のカタキは僕が取る……!!)

       

      微妙に意気込みやら何やらがズレているようだが、どうあれ方針は決められたらしい。

      ユウキとアルスはそれぞれ視線を泳がせ、各々で集めた果実やら樹の実ならの位置を確認し終えると、ほぼ同時に口を動かし出した。

       

      「「おりゃーっ!!」」

       

      ブギシャリッ、といういったいどんな材料を組み合わせれば出るのか見当もつかない異質極まる咀嚼音を無視して、全力で暗黒じみた中身を喉の奥に押し込ん

       

      ((――あ))

       

      ――だ時点で、彼等の敗北は確定していた。

      果実を手にして口直しを狙う余地など与えず、二人の脳髄をハヅキ饅頭の味が侵食を開始する。

      苦いとか辛いとか、そういったありふれた感想を内外共に呟く暇さえ無かった。

      衝撃、あるいは爆発。

      そうとしか形容出来ない暴力が、二人の味覚の許容ラインをぶち破り、遂には五感の全てに均等な衝撃を与えて視界を極彩色のトランス系の世界に染め上げる。

       

      遂に現代のニンジャは饅頭爆弾なんて作るようになったのか、とどこか諦めきった感想を内心で抱いたユウキは、咀嚼開始からおよそ四秒で意識を失い。

      アルスもまた、後を追うように、

       

      (まんじゅう、こわい)

       

      と、内心で呟きながら一秒後に失神する。

      現場の状況だけを見れば死屍累々、数少ない生存者で元凶なハヅキと経験者なホークモンは困ったような表情を浮かべつつ、黙々と饅頭を食べ終えるのであった。

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • 投稿者
      返信
    • #3944

      >(……敵の正体が人間だなんて、デジモンになった人間がこの世界にいるだなんて、彼等に言って大丈夫なのか……?)
       タイトル回収ありがとうございました。……こんなところで!?
       
       前回の戦いのおさらいと反省会。ベアモン(アルス)の過去は前回触れられた以上の情報は出てきませんでしたが、前半も後半もそれぞれに説教受けるのはちと哀れでした。げに恐ろしきはトール、喋れば喋るほど最初に死ぬフラグが建っていくという危険な状態の中にある。いやでも先に死にそうなのはレッサーだが……。
       食料集めと薬膳で三分の一話使うとは想定外でしたが、そーいや此奴ら食料は現地調達で特にアイテムも用意してなさそうでした。キズぐすりもどくけしも持たずにトキワの森に踏み込むようなものだぜ。
       
       ハヅキの方で以前も見たというスカルグレイモン及びそのミサイルの話が出たところで、その下手人の皆さん登場。のんびりやすんでますがチャクラ切れ近いので上忍相手だとちょっとキツい互いに戦果を称え合う大した奴ら。というか、様々な単語が出てきていよいよあっちの世界の話と繋がり始めてる感じがたまらねーぜ!
       しかも集まってる皆さんは名だたる猛者で完全体ばかり。早くも話が第二段階に移行し始めたのを感じます。
       それはそうと初代デジモンワールドのようなスカルグレイモン育成計画を語らう皆さん。普通に『牧場』とまで言っているので、此奴らさてはマメオどもなのか。育て上げたスカルグレイモンは大砲として使用される、るろ剣「武身合体」の鯨波サンを思い出す燃え展開ぶり。

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • このトピックに返信するにはログインが必要です。