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トピック
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宝石商トラバサミはネオデビモンだ。デビ、と付く通り、額を覆う兜こそ天使のものではあるが、彼は悪魔のデジモンである。
この手の種族の例に漏れず、トラバサミもまた、聖なる光には滅法弱い。
とはいえ今まさに彼を焼いている光が聖なるものであるのかについては、トラバサミは判断しあぐねていた。
何せ、熱を伴うこの日差しには、人間のほとんども音を上げているという話だし、こんなもの、正直天使だって耐えられたものではないだろうと、それが宝石商トラバサミの率直な感想であった。
宝石商トラバサミの相棒、スカルグレイモンのホープは相も変わらず骨の身体。当然、日陰なんてものはほとんど生み出さない。
元が竜であるホープ自身は熱などものともしていないが、白い骨に跳ね返った陽の光が、あちこちからトラバサミをじりじり焼くので、どうしようも無いなりに、心なしか、ホープは申し訳なさそうな表情を浮かべているように見えた。
皮の部分まですっかりぬるい触り心地になってしまった宝石商トラバサミのトランクは、今日も今日とて、止せば良いのにホープの見事な一本角に引っかけられている。
不用意に金具部分に触れれば、火傷してしまいかねないだろう。
*
「そんな暑さだっていうのに、お客さん。ようもまあここまで来られましたな。
いらっしゃいませ。ちょいと元気が無いように見えるやもしれませんが、これでもあっし、滅茶苦茶に歓迎しておりやすよ。本当、本当。
これで夏も前半というのだから、全く、リアルワールドの気候というヤツもなかなか洒落になりませんな。
あっしも宝石商として、時には砂漠や火山地帯にまで足を運んだ事がありますし、堕天使の中には炎の技を使う者も少なくはありませんので、暑さにも熱さには慣れているつもりでしたが……ニホンのコイツは質が違う!
そういう訳だ、手短に今月の石をご紹介してしまいましょう。
ホープや、トランクを取らせておくれ。……そうそう、いつもすまんなあっつ!!
……そんな鉤爪で熱なんて感じるのかって? むしろ熱伝導が半端ないんでさぁ。
まあ、あっしの指の事はええんです。この立派な鉤爪が個体名の由来だったりするんですが、その辺はホントにええんです。気になるにしても、また今度、もっと涼しい頃合いにでも。
今日はこれだけ見てくだせぇ。魔王の蒐集品の中で最も赤い、スナッチルビーでごぜぇやす。
赤いでしょう。
赤いとしか言いようがありやせんね。
滴る血液そのものの、雫型にカットされた最高級ルビーだ。ほれ、あっしの胸に埋め込まれたコアと比べてごらんなさい。……ちょっと嫌? そう仰らずに。どうです? 鮮やかで深い赤色をしておるでしょう。それでいて光に透かすとうっすらと、愛嬌のあるチェリー系の色味がかかっているのが解る。
リアルワールドではこの品質のモノを、産地にもよりますが“ピジョンブラッド”、即ち「鳩の血」に例えて呼ぶのでしたかな。反対に黒みがかった低品質なルビーは“ビーフブラッド”、「牛の血」と呼称されるのだとか。
デジタルワールドのルビーにも、モノの良し悪しがありやしてね。
このルビーが魔王に献上される際、どうせなら、その品質に見合った名前を決めてしまおうという事になったんでさぁ。そうして最終的に選ばれたのが、“スナッチ”という名だったんです。
いや、別にやましい品じゃありませんよ。コレに関しては盗品だとか強奪品だとか、そういうモンじゃありゃしやせん。スナッチというのは、スナッチモンというデジモンから取られた名前なんです。
どうして数あるデジモン達の中から、スナッチモンがこのルビーを飾る名に選ばれたのか。
今回のお話は、その経緯についてでございます。
*
魔王が所有する鉱山で、それはそれは立派で深い赤色のルビーが掘り出されました。
元より魔王の持ち物ですからね。すぐに献上する事が決められやしたが、まずは献上品として相応しい名を付けねばならぬと、関係者達が集まって、会議を開く事になりやした。
ピジョンブラッド、と。リアルワールド風の呼び名でも良かったのですが、如何せん、デジタルワールドには鳩にあたるデジモンがおらんのです。
強いて言うなら、鳩そのものはおりやしたが、これはとある女神の使い魔でしてね。だぁれもその血を見た事は無いし、確かめようとする者もそうはおらん。で、あるなら折角なら、デジモンそのモノの名を付けるに越した事は無いだろう。というのが、関係者達のおおよその総意であったようです。
当然、様々な名が挙がりました。
真っ先に出たのはロゼモンというデジモンの名でした。
これは赤薔薇の妖精で、美の意味を持つ宝玉ティファレトの所有者、即ちデジタルワールドにおける“美”の体現者と考えてもらって良いでしょう。
ただ、ロゼ、と言いますと、それだけではピンク色を指す事も多いですからな。それに、ロゼモンは更なる力を手にすると、白薔薇へと姿を変えるんでさぁ。
こうなると、最高峰のルビーを例えるのに使うのは如何なモノかと、この案は却下されたって訳です。
次に候補に躍り出たのは吸血鬼の王、グランドラクモンでした。
尤もグランドラクモン本人は別段赤い訳じゃぁねえんで、グランドラクモンが啜り上げた数々の犠牲者の血、といったイメージでしょうか。
何せ王でごぜぇやすからね。飲んだ血の量も尋常では無い。
獣の腹の中でたっぷりたぷたぷ揺れる命の源に思いを馳せた時、それが非道く赤い色をしているというのは、想像出来ない話ではありますまい。
ですが、この案も何名かが躊躇いやした。魔王に献上するモノに、畏れ多くも魔王に匹敵すると嘯く種の名を付けるのはいかがなものか、と。
そういう訳で、こいつも保留となりやした。
似た理由で却下されたのが、地に落とされた大賢者、バグラモンの名前ですな。
かのデジモンは右目にルビーを嵌めておるのですが、コレには千里を見渡す力が宿っておるときた。
発掘されたルビーは世にも美しい代物とはいえ、不思議な力はありゃしやせん。下手にあやかるのも良く無かろうと、この案はそうっと取り下げられたってハナシだ。
あとは南の果てを守護する聖鳥、デジタルワールドを蝕む禍の龍、若き血潮を燃やす聖騎士……と、赤色から連想できる強力なデジモンは、大概名が出たと聞いておりやす。
それだけに、ああでもない、こうでもない。と、皆々頭を捻り回していたようですな。
こうして会議が長引いて、いよいよ夜まで更け始めた頃に。1体のデジモンが、ふとスナッチモンの名を挙げたのです。
スナッチモン。
あまり有名なデジモンではありやせんからな。お客さんもご存知無いでしょう、少しご説明いたしましょう。
スナッチモンというのは、所謂人工デジモンでして。ベムモンというデジモンから進化するように出来ている成熟期なんでさぁ。
ベムモンは「食べる・強くなる」という原始的なコードだけを組み込まれたデジモンで、偉いニンゲンの考える事までは知りやせんが、大方、デジモンの進化メカニズムを解明するために用意されたデジモンなのでしょう。
このベムモンを大量に一所に集めて、「食べる・強くなる」のプロセスを実行した末に残された1体のみが、スナッチモンへの進化を果たすというハナシです。
さながら蠱毒のようですな。壺の中に多種多様な毒虫を詰め、生き残ったただの1匹を使うという古いまじない。
正しく、人間の発想が生んだ人工デジモン――それがスナッチモンなのでごぜぇやす。
スナッチモンは、けして赤いデジモンではありゃしやせん。全身紫のデジモンでさぁ。
しかし、数多の同胞を食い殺し、たった1人の勝者として進化に至るスナッチモンの血は、ただ強く、ただ美しいだけのデジモンよりも、ずっと深く濃厚で赤い色を宿しているのではないかと。
数ある採掘品の中で、最も美しいと見出されたこのルビーの価値に敬意を表して、そんなデジモンの名を捧げたい、と。その者は声高に訴えたそうです。
多くの者は、その案に納得の意を示しました。
戦い、食らい、強くなる。どれだけデジモンの進化が複雑化しても、我々の本質はやはりそこに在る。発案者の熱意もさることながら、スナッチモンの逸話には、本能的な部分で惹かれるところがあったのでしょう。
とはいえスナッチモンは、先に言うた通り成熟期。
究極の位に居る魔王への捧げ物に、やはりそれはどうなのかと。中には渋る者も残っていたようで。
スナッチモンの名を挙げた者は、むしろ待っていましたと言わんばかりに、反対意見の持ち主へと笑いかけたとか。
「そう、このルビーは未だ成熟期」そのデジモンは恥ずかしげも無く豪語しました。「何せ、もっと美しくなれる。いいや、自分がしてみせる」発案者――ディグモンは、改造した指のドリルで宝石の研磨を担当する、加工職人だったのです。
曰く。スナッチモンにまで至った個体には更に自我が芽生え、全てのデジモンの頂――即ち、“最強”を目指すようになる者もいるのだとか。
それから、ディグモンはルビーを工房へと持ち帰り、技術の粋を以て磨き上げました。
再び鉱山関係者達の前に晒された時には、ルビーの姿形はすっかり変わり果てておりました。
採掘時にも十分な美しさを称えていた紅の宝玉は、しかしディグモンの言った通り、その段階ではやはりまだ、原石でしか無かったのです。
そう、それが、このルビー。
スナッチルビーの名が付けられた原石は、職人の仕事を経て、新たな姿へと生まれ変わったんでさぁ。
かくしてカットされたスナッチルビーは、魔王の下へと届けられました。
その深い紅の輝きもさる事ながら、魔王は命名の経緯にもいたく魅了されたようです。
魔王はディグモンに莫大な褒美を与え、手元に届いた赤い雫に、スナッチモンが更に進化して至るというデジモンの名を与えやした。
ラグナ・ブラッド。
それが、最初にスナッチルビーと認定された紅玉に、特別に与えられた名前なんでさぁ。
*
ふむ、モノが良いのは解るが、蠱毒だの共食いだの物騒だ、と。
その辺は感性の違いですなあ。あっしらはどこまで行ってもデジタル“モンスター”でごぜぇやすから。物騒上等。強き事が正義であり、存在意義という訳です。
ま、あっしやホープのような例外もいやすけどね。……なんですかいその目は、お疑いになりますか。はぁ、全く、これほど人畜無害な堕天使型、デジタルワールド中を見渡してもそうはいやしませんよ?
まあええです。この炎天下の中、炎を彷彿とさせる赤の宝石で引き留めるのも酷なものでしょう。
話の最中には挙げませんでしたが、ラグナ・ブラッドは他ならぬ魔王の操る地獄の業火にも例えられかけたりもしたんでさぁ。流石に不遜が過ぎると、採用されなかったようですが。
魔王も人の世の夏空がこれほどのものと知っていれば、夏に関した名前をコイツに与えていたやもしれませんなぁ。
魔王亡き今、何もかも過ぎた話ですが。
ま、そういう訳だ。来月の店開きは日が暮れてからにしようと思いやす。
熱帯夜とは言いますが、日差しが無い分多少はマシでしょう。少なくとも、あっしは闇夜の方が元気です故。
お客さん、来られますかな?
そうですかい。ソイツは重畳。
……ええもんですな。価値観の違う生き物同士でも、こうしたちょっとした摺り合わせで譲り合う事が出来るのは。
うん? いいえ、なんでも。独り言でさぁ。
それでは、お気を付けて帰んなさいな。
またのご来店を、お待ちしております」
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