デジモンに成った人間の物語 第三章の③ ―樹海で―

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    ユキサーンユキサーン
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      ユウキから『ひそひ草』のスカーフを介して安否の確認が行われて。

      最終的に、色々あって損なった食料などをロイヤルナイツのドゥフトモンと一緒に回収してから、樹海の目立つ場所で合流する――という方針で妥協することになって。

      僕の口からレッサーやハヅキ、そしてホークモンに向けて状況を伝えられると、僕達の中では一番リーダーの立ち位置にあるレッサーはユウキとトールの扱いについて、こう言っていた。

       

      「孤立した状況で言ってる以上、少なくともあいつ等の言葉に嘘は無いだろう。こんなところであのロイヤルナイツのドゥフトモンがいるってのは驚きだが、手助けしてくれるってんならありがたい。数分置きに連絡を取り合いながら、こっちはこっちの心配をしながら進もうぜ。メモリアルステラがある場所辺りなら、合流地点としては目立つ方だろう」

       

      ひとまず。

      ロイヤルナイツのドゥフトモンが二人と一緒にいる、という事実については信じる事にしたらしい。

      実際問題、レッサーの言う通り孤立した状況であの二人が嘘を言うとは思えないし、ドゥフトモンと一緒にいることは本当なんだと僕も思う。

      思いは、するんだけど……。

       

      (いくらなんでも状況がはちゃめちゃ過ぎるでしょ……)

       

      トンネルの中から鉄砲水で押し出されたら、トンネルの出口への角度の関係か知らないけど空までぶっ飛んで、そこから河に落ちて滝からも落ちて。

      そんな状況を奇跡的にドゥフトモンに助けられて、そのドゥフトモンは理由こそ知らないけどユウキ達が僕達と合流するために色々と手伝ってくれる。

      確かにロイヤルナイツはデジタルワールドで最も有名な正義の味方のデジモン達だけど、それがこんな――野生化デジモンしかいないと思う樹海にやって来ていて、見ず知らずのデジモンである二人を助けてくれるなんて、偶然にしては出来すぎているようにも思える。

      いっそ、ロイヤルナイツとは関係の無いデジモンが化けていて、ユウキ達を騙して何かをしようとしているって考えたほうがまだ納得出来るぐらいだ。

      僕がユウキに人間の世界のことを聞くように訴えたのは、それも理由だった。

      ネットワークの、この世界の最上位であるロイヤルナイツならきっと人間の世界のことは詳しいはずだし、知らないというのならそれだけで本物かどうか疑わしく思える。

      少しでもその疑いを持つことが出来れば、最悪の予感が当たっていたとしても二人なら死なずに済むはず。

      まぁ、本当の本当にユウキの言っていた通りに落ちて死にかけていたのなら、相当腕の立つデジモンじゃないと助けるなんてことは出来ないと思うし、僕の考え過ぎな気もするんだけど。

      どちらにしても、あまりのんびりはしていられない。

      レッサーの言う集合地点――この樹海にも存在する、地域ごとの情報をメモリアルステラを目指すため、僕達は僕達で歩きなおす。

      その途中。

      これまでの道程で怯える時ぐらいしか口を開かなかったホークモンが、ようやく何処か安心した様子で言葉を発していた。

       

      「良かった……です。本当に、その、まだ見て確認出来たわけじゃないのだとしてもっ、お二人が無事みたいで……」

      「そうでござるな。正直、死んでいてもおかしくないと思っていたのでござるが」

      「言ったでしょ~? 二人共絶対に無事だって。いやまぁロイヤルナイツに助けられてるなんてのは予想外だったけど、きっとそういうのが無かったとしても大丈夫だったよ。二人とも強いからね!!」

       

      咄嗟に笑顔を向けながら、僕はホークモンとハヅキの二人に言葉を返してみせる。

      ……内心落ち着いていられなかったなんて、今も不安を覚えているなんて、とても告げられないし告げてはいけない。

      そう思っていつも通り表情を取り繕っていると、ふとしてホークモンはこんな『質問』を飛ばしてくる。

       

      「……本当に、すごいです。あんな事があったのに、その……どうしてそんなに強いんですか?」

      「? どうしてって」

      「やっぱりアレなんですか? 鍛え方が違うとか、そういうの。岩を砕いたり引いたりとか、メイソウとかしてたり……」

      「――あははは……ホークモンは想像豊かなんだね。そんな事しなくても、出来る事を重ねていけば自然と強くなれるよ。まぁ僕やユウキならそのぐらいは出来そうだけども……」

      「えぇ~、俺お前の修行風景とか一度たりとも見た事ねぇんだけど。出来ることを重ねるも何も、エレキモンと一緒に釣り行ったり山で食い物採ったり、そういうのばっかじゃねぇか」

       

      なんか突然レッサーが口を開いてきた。

      流石に誤解を招きかねない言葉だったし、ちょっぴりムカついたから僕は僕で意地になって言い返してしまう。

       

      「それはレッサーがギルドで殆ど昼寝してて僕の事あんまり見てないからそう思うだけでしょー!? 僕だって反復木登りとか丸太割りとか、そういう最低限の鍛錬ぐらいはしてるし!!」

      「はぁん? オイラだってずっと昼寝してるわけじゃねぇわ!! リーダーが留守というか遠出しない間は普通に依頼こなしてるし、つい少し前まで無職だったオメーらガキとは一日ごとの貢献の度合いも苦労の度合いも桁違いなんだが!! おら、その手の肉球触らせてみろそれで鍛錬の度合いは測れるからよぉ!!」

      「ばっ!! ちょ、こんな時だけマジ速度の間合い詰めとか……っ!! やめてよして馬鹿こらキモチワル」

      「……お二人の背景に興味が無いわけではないのでござるが、今は無意味に戯れている場合ではないのでは……?」

       

      どちらかと言えば被害者の僕、レッサーともどもハヅキに叱られるの巻。

      正論だし異論はないんだけど、なんか釈然としないなぁ――なんて風に考えた後になって、僕はそんなことを思っている場合ではない事実を知った。

       

      ドシンドシン、と。

      耳を澄ましてみれば、樹海の奥のほうから激しい音が聞こえる。

      樹木が倒れる音、刻まれる音、嵐のような音、そして野生の証明とも言える吠え声。

      何か、強い力を持つデジモンがこっちに近付いてきている――そう知覚した僕は、既に事を察知していたらしいレッサーが近くにあった大木の影に隠れ、ハヅキもまた即座にホークモンを右腕で抱えて素早く隠れ身をした。

      ここまで歩いてきた限り、この樹海に生きるデジモンも、進んで害を加えようとする類ではないように感じた。

      温厚だからというより、他者に関心が無いというか、マイペースというか、自然体というか。

      じゃあ、遠方からこっちに向かって駆けてきていると思わしきデジモンもそうなのか。

      答えは、地鳴りの主であると思わしき暴れん坊の眼を見れば明白だった。

       

      「――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

      (……マジで?)

       

      金色の獣毛、肘から伸びた翼のような突起、狂気を帯びた赤い瞳。

      獣型デジモンであれば誰もが秘めている獰猛さを、野生の本能を旋風という形で表に出した完全体デジモン。

      種族名をラモールモンと呼ぶそのデジモンが、視界に入った全ての樹木をその爪で抉り、更には腰元に携えた二振りの刃で切り裂いていた。

       

      (……よりにもよって、こんなところにラモールモン……!?)

       

      発芽の町の住民の間でも、危険な野生デジモンの一体として噂されているデジモン。

      噂では、視界に入ったデジモンに即座に飛び掛かり、息の根が止まるまで叩き潰し続ける、直情的で自制のきかない衝動を持つ危ないヤツだって話だった。

      最近になって森で見るようになったとは聞いてたけど、よりにもよってユウキ達と分断された今の状況で、少なくともマトモじゃない様子で目にすることになるなんて。

      僕の首にある『ひそひ草』のスカーフは、ミケモンが同じく巻いているそれとは繋がっていないから、言葉で判断を伺うことは出来ない。

       

      (……怖い、けど……我慢しないと……)

       

      ひとまず息を殺し、嵐が過ぎ去るのを待つべきか。

      そんな風に考えながら木陰に潜んでいる内に、ラモールモンがそれぞれ隠れ身している大木を過ぎ、僕達のことになんて気付きもせず、見向きもしないまま真っ直ぐに駆け去ろうとする。

      その時だった。

      その荒々しい姿を、目で追った直後――駆け去ろうとしていたラモールモンの足が、急に止まった。

      嫌な予感がして、それは実際正解だった。

      ラモールモンが、何かを感じ取ったように振り返り、木陰でやり過ごそうとしていた僕達の姿をしっかり目視したんだ。

       

      「――グルルルルルルルル……」

      「ひっ」

       

      ラモールモンの視線が、僕でもレッサーでもハヅキでもなく、見るからに怯えた様子のホークモンへと向けられる。

      野生のデジモンが標的を選ぶ優先順位にはいろいろあるけど、ラモールモンの場合は『自分を恐れている相手』が最優先となるらしい――そうじゃなければ、一番近い位置にいる僕のほうが真っ先に標的に選ばれるはずだ。

      まずい、と僕を含めてみんな危機感を覚えるのは早かったと思う。

      殆ど反射的に、意識を集中させて――変わっていた。

       

      「ベアモン進化!!」

      「レナモン進化!!」

       

      意識と鼓動が加速する。

      色が剥がれてカタチが変わり、大きく強く膨れ上がる。

      外から見れば一瞬、自分自身からすればどこか膨大な時間が過ぎ、進化が完了する。

       

      僕は小柄なベアモンの姿から、大柄なグリズモンの姿に。

      ハヅキは、二足で立っていたレナモンの姿から、変わらない銀の獣毛を生やした九本の尾を生やして四つ足で立つデジモン――キュウビモンの姿に変わっていた。

      町を出立する前に『出来ること』を事前にある程度聞いてたからそれに進化出来るのは知っていたけど、実際に見るのは初めてで、どこか不思議な雰囲気を感じられた。

       

      僕も含めて、これで成熟期デジモンが3体。

      完全体デジモンと戦うにはどう考えても分が悪すぎる状況だけど、ラモールモンの足から逃れられるとは思えないし、どうにか戦って切り抜けるしか無い。

      そんな風に、意を決して構えを取ると、ラモールモンも視線をホークモンから僕のほうへと向け直していた。

       

      「――グアアアアッ!!」

      「ぐッ!!」

       

      敵意はそのまま行動に直結する。

      視線を向け直した直後、ラモールモンは僕に向けて両手の鋭い爪を振るってきた。

      構えから見て横殴りの軌道、それを察知した僕は咄嗟に両前足の『熊爪』をラモールモンの爪の軌道に重ねて受けとめようとする。

      直撃した瞬間、猛烈な風が僕の全身をなぞり、体のあちこちに切り傷を生じさせた。

      たった一撃では終わらず、ラモールモンは連続して爪を振るってきていて、僕はどうにか致命傷を受けないよう捌き続けるしか無い。

      単純に攻撃の速度が速くて、当身返しを放つ隙なんて探す余裕は無かった。

       

      (っ、痛い……防御は出来ているけど、なんて馬鹿力……!!)

       

      ただ爪を振るっただけで、刃物と同等の鋭さを有した風を吹かせる力。

      それなりに頑丈なはずの『熊爪』すら傷付けるその暴力は、成長期のデジモンがマトモに受けたら全身を細切れにされたっておかしくない。

      そう思うと恐ろしいって感じる気持ちが強くなって、気のせいかラモールモンからの攻撃の勢いがより増した気がした。

      独りだったら絶望的な攻防、だけど先にも述べた通りこの戦いは三対一だ。

      期待通り、必殺の言葉が後ろの方から聞こえてきた。

       

      「鬼火球!!」

       

      キュウビモンの九本の尾から放たれる、藍色の炎球が生き物のような挙動でもってラモールモンを襲う。

      熱気か、あるいは敵意を感じ取ったのか、狂暴化しておかしくなっているにしては鋭い直感でもって等モールモンは腰元に携えていた刃物の一本を右の逆手で掴むと、力任せに振り回して火球の全てを切り払って。

       

      「ネコクロー!!」

      「グアア!?」

       

      その間に、小柄な体格を活かしてラモールモンの死角に移動していたレッサーが、恐るべき速さでラモールモンの足元目掛けて飛び込んでいく。

      ザシュザシュッ、と。

      小さい、肉を掻き切る音と共にラモールモン自身の口から漏れ出た苦悶の声が傷の程度を示していて。

      そして、痛みでバランスを崩したその瞬間は――肉薄させられている僕からすれば隙以外の何でも無くて。

      僕はラモールモンの腕の力が弱まったのを感じた直後、即座に弾いて胸の中央を拳で突いた。

       

      「――当身返し!!」

      「ガ――――!!」

       

      加減なんかしていられる相手じゃない。

      文字通りの本気で、僕は『熊爪』の一撃をラモールモンの胴部に見舞っていた。

      けど、

       

      (――浅い……!!)

       

      想像以上に、ラモールモンは頑丈だった。

      突き出した拳の威力は分厚い獣毛に吸われ、腕に返って来る反動もそこまで重くない。

      ダメージらしいダメージに繋がっていない――そう直感した僕は、殆ど反射的にラモールモンの懐に飛び込んだ。

      二人が作ったチャンスを無駄には出来ない、ホークモンに危険が及ぶ理由を早く無くさないと。

      そんな考えも、あったかもしれない。

       

      「ガトリン

      「――ガアアアアアッ!! 禍災爪ッ!!」

       

      後になってみれば、不正解な判断と言わざるも得なかった。

      僕が、成熟期のグリズモンが、完全体のデジモンであるラモールモンより素早く動けるわけがなくて、そんな前提の上で直前に深追いしても、敵の反撃が間に合ってしまうのは当然の話。

      仰け反っていたラモールモンの、刃物を持っていない方の腕が動いていた。

      受け止めるためではなく、パンチのために拳を構えていた僕にそれを防ぐ準備は出来ていなかった、

       

      グシュッ、と。

      音にしてみれば覚えが強い、肉を抉り裂く音が耳の奥を突く。

      音源は僕の顔面。

      厳密に言えば、僕の右の頬と眼の辺り。

      右側の景色が真っ暗になった――どうやら、右目を切り裂かれてしまったらしい。

      すごく、痛い。

       

      「――っぐ!!」

      「アルス殿!?」

      「アルスさんッ!!」

       

      情けなくも声が漏れた。

      少し離れた所からハヅキとホークモンの悲鳴が聞こえる。

      聳え立つ木々が真横に生えているように見える事実に、引っ掻きとそれに伴った風の威力で横倒しに転倒させられたという事実に遅れて気がついて、立ち上がろうとする直前――左目の視界に今まさに両手に刃を携え飛びかかろうとするラモールモンの姿が映し出された。

       

      (――やば)

       

      右目が潰された今攻撃されたら、今度は防御さえ難しくなる。

      だけど、僕がラモールモンの注意を引けなければ、その脅威がホークモンに向けられる可能性が強まっちゃう。

      頑張らないと、立ち上がらないと、護らないと。

      でも、体は心で願うほど早くは動いてくれない。

      今更怖くなったって仕方がないのに、そんな臆病は僕にあってはいけないのに。

      痛い、苦しい――と、そんな言葉だけを奔らせてしまった。

       

      「――どっ、りゃあああああ!!」

      「グ!?」

       

      だから、僕が助かるとすれば僕以外の誰かのおかげであるのは決まりきってて。

      事実、ラモールモンを阻止したのは、今まで見たことも無い勢いで駆けて来たレッサーの飛び蹴りで。

      僕が倒れた状態から立ち上がれたのは、それを見届けてからのことだった。

      飛び蹴りの威力に飛びかかりの軌道を曲げられて、勢いそのままに離れた位置にあった大木の幹に激突するラモールモンのことを睨みつけながら、レッサーは僕に対してこんな言葉を投げ掛ける。

       

      「――そう先走るな。アイツを倒す事が最優先事項ってわけじゃねぇんだからよ」

      「……っ……」

      「――フー……!!」

       

      それだけを言うと、レッサーは突然呼吸を荒くした。

      というか、よく見るとその両手につけたグローブから赤い血が滴っていた。

      ラモールモンの足を引っ掻いた時についたものか、あるいは僕がラモールモンに右目をやられた時に出たものか。

      何にせよ、いつになく興奮した様子でレッサーはこう告げた。

       

      「――ミケモン、進化!!」

       

      直後のことだった。

      とてもとても見覚えのある光がレッサーの体から迸り始め、それは瞬く間に渦を巻いて繭のような形を成していく。

      進化の光だと知覚した頃には、既に繭には亀裂が生じ、中からレッサーの見た事が無い――ミケモンとはまったく違う――姿が現れて、自分自身の在り方を改めるように名乗っていた。

       

      「――バステモン!!」

       

      レナモンのハヅキと大差無い、ラモールモンや長老のジュレイモンと『同じ』進化の段階にあると言われても、信じるやつは少ないように思える体格。

      ミケモンによく似た耳と赤く長い髪の毛、気ままにくねくねする二股の尾。

      いくつも点々と色付いている黒が特徴的な獣の手足と、その先端に備えたピンクのような色の長い爪。

      そして、それ等全てを彩る宝石と金の飾り。

      それが今の今まで見たことの無い、レッサーの完全体としての形――バステモンの姿だった。

      多分、僕を含めてハヅキやホークモンも、姿の変貌っぷりに少なからず驚いたと思う。

      だから僕は、確認の意味も込めてこう聞いていた。

       

      「――進化、出来たんだ……?」

      「生憎、気楽になれるモンではないのですわ。さて――」

       

      喋り方も声の質も、ミケモンのそれから明らかに変わっていた。

      進化して変貌したレッサーは、その鋭い爪を供えた右手を口元に寄せて笑みを浮かべると、可愛げに見える表情とは相反して明らかに敵意を含んだ声色で、理性も無さげな敵に向けてこう告げていた。

       

      「私の可愛い後輩にここまで血を流させたのです。きっちりケジメはつけさせなければ……ね」

      「………………」

       

      正直に言おう。

      きっと、僕だけではなくホークモン辺りも同じ感想だと思うけれど。

      味方であることに変わりは無くて、助けてもらっているという事も解ってはいるんだけども。

      今のレッサー、すっごい、こわい。

      そして。

      その所感は、ある意味において間違いではなかった。

       

      「――グガアアアアアアアッ!! 風牙烈巻迅ッ!!」

       

      ラモールモンがバステモンに進化したレッサーに対し、敵意を剥き出しにして両手に刃物を振るい、巨大な風の刃を飛ばしてくる。

      見るからに必殺の一撃、避けないと危ないのだと解りきっている脅威。

      それを前に、レッサーは口元に寄せていた右手を頭上に振り上げ、

       

      「――殺《シャ》ッ――!!」

       

      縦に、一閃。

      それだけだった。

      たったそれだけの、必殺技でも何でも無さそうな行為一つで、ラモールモンの武器から生まれた風の刃は四散し、無害なただの風に成り果てた。

      赤い髪を風に靡かせながら、レッサーは恐るべき速さでラモールモンの眼前へと迫り――その左足を横薙ぎに振りぬいていた。

      まるで、小石か何かでも蹴り飛ばしたかのような調子でラモールモンの体が転がり、別の大木の幹にぶち当たる。

      体格差を考えればどう考えても異様な光景。

      ラモールモンは立ち上がり、自らに攻撃をしたレッサーに対して向き直ると、即座に跳躍――二本の刃を恐るべき速度で振り回しながら突っ込んでくる。

      刃の鋭さを宿した風が吹き乱れ、レッサーはそれを両手の爪で切り裂かざるも得なくなるが、その動作にはどこか余裕があった。

       

      「――へルタースケルター」

      「ガア……ッ!?」

       

      無駄が無い、と言い換えてもいい。

      ラモールモンとの間合いが刃そのものが届くぐらいにまで詰まり、風の刃に続いて鋼鉄の刃に襲われることになっても、その動きに乱れは無い。

      合間合間に円を描くその様は、まるで踊っているかのよう。

      いっそ、ラモールモンの方こそがわざと刃を外しているように、レッサーの意のままに動いているかのように見えてしまいそうなほど、レッサーの動きは避けられている結果自体が不思議にしか思えないものだった。

      左目の視界だけで動きの全てを知ることは出来ないけれど、知れる範囲だけでも僕からすれば驚くしかない。

      目を凝らしてみれば、いつの間にかレッサーとラモールモンの周囲には何か薄い紫の霧のようなものが巻き起こっていて、ある種の領域を形成していた。

      多分、バステモンとしてのレッサーが持つ技の一つ。

      その影響か、最初に相対した時は元気いっぱいに暴れ回っていたラモールモンの動きがどんどん鈍くなり、疲れの色が見えるほどに衰えていた。

      状況は決したと判断したのか、レッサーはおもむろに距離を取り、言葉が届くかも怪しい相手に向けてこう告げていた。

       

      「理性があるならまだしも、怒るがままに攻撃する事しか出来ないのでは話になりませんわ。その荒れ様が種族元来のものか、それとも件の『ウイルス』によるものかは知らねぇのですが――」

      「グゥ、ガアアアア!!」

      「――まぁ何にせよ、変なモノが混じってるかもしれない血を啜る趣味はありませんの。幻とでも舞い踊って、自分から枯れていただきましょう」

       

      レッサーが距離を離したにも関わらず、ラモールモンはその場に留まったまま闇雲に刃を振るっていた。

      まるで、そこに敵がいると見えているかのように。

      前後左右、所構わずに刃を振るうその様は、あるいは一種の踊りのようにも見えるけど、それはきっとラモールモン自身からすれば望まない動き。

      刃を振るう――その、攻撃のために必要な動作一つも、過剰に重なれば疲労に直結する。

      まして呼吸する間もなくやっているのなら尚更だ。

      疲れて、息がどんどん絶え絶えになってきて、足取りがおぼつかなくなってきて、そうして体を動かすエネルギーが無くなっていって。

      十分に衰えさせた、とでも判断したかもしれないレッサーがハヅキに目配せをすると、ハヅキはその意図を察すると共に上へ高く跳んだ。

      そのまま縦に回転し、九本の尾から青い炎を生じさせると、それはやがてハヅキの全身を覆い一体の竜のカタチを作り出し、ラモールモン目掛けて突っ込んでいく――。

       

      「――狐炎龍ッ!!」

      「ギッ――ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

       

      当然、直撃だった。

      素の状態ならまだしも、疲弊に疲弊を重ねた身に、獣毛では防ぎようのない炎の力。

      それはラモールモン自身が纏っていた旋風を喰らってより強大になり、その全身を青く染めあげる。

      獣の絶叫が、樹海に木霊する。

      だいたい十秒ぐらい、時間をかけて何もかもを焼かれて、ようやくラモールモンは力尽きて倒れ伏す。

      同時に青い炎が消え、辺りに光が飛び散ったかと思えば、ラモールモンがいたはずの場所には代わりに白い獣毛を全身からボーボー生やした毛むくじゃらの成熟期デジモン――モジャモンがのびていた。

      事情を察したらしいレッサーが、進化前の態度を知ってると頭がバグりそうになる口調で語る。

       

      「なるほど。件の『ウイルス』によって感情に強い負荷をかけられて、いわゆる暗黒進化を促されていたというわけですわね。ただイライラしただけでここまでになるとは、改めて見ても『ウイルス』の件は軽視出来る話ではなさそうですわ」

      「……ねぇ、その喋り方……」

      「? 喋り方は別に何もおかしくないはずですわよ?」

      「マジかよ素なのこれ?」

       

      姿に相応しい喋り方だとは思う一方、面影が無さすぎて別モンすぎて頭が痛くなる。

      僕たちデジモンが、進化に伴って性格がいわゆる「オトナ」に近付いていくって話は聞いたことがあるけど、僕やエレキモン、そしてユウキがいつかこんな風になるかもしれないって考えちゃうと進化を素直に喜びにくくなる。

      僕が想像してた「オトナ」は、少なくともコレジャナイ。

      僕のフクザツな気持ちを余所に、改めて見るとすごい格好をしてるバステモンことレッサーは、僕の顔を覗き込みながらこう聞いてくる。

       

      「……それより、あなたやけに平然としていますけれど、その目の痛みは大丈夫なのかしら? 急いで治したほうが良いかと思いますけれど」

      「そうでござるな。今後のことを考えても、急ぎ薬を塗って対処すべきダメージでござる。まずは安全に身を潜められる場所を探すべきかと」

      「いや、そんなことより……」

       

      今重要なことはそれじゃない。

      自然とそう思って、実際に口を出そうとした、その時だった。

       

      「そんなこと、なんて言っていいことじゃないですっ!!!!!」

      「!!」

       

      突然の叫び声。

      声の主は、さっきまでラモールモンのせいで怯えに怯えていたはずのホークモンだった。

      彼は本当に、今まで見たことの無い表情で近寄ってきて、怒りながらこう続けた。

       

      「怪我をしたのならすぐに治さないと駄目じゃないですか!! しかも目なんて、換えが効くものじゃないでしょう!? すごく痛いはずだし、そんな風に遠慮なんてしたら駄目です!!」

      「あ、えと、ちょっと落ちt

      「ハヅキさん!! 僕のことはいいので、先に行って何処か安全に休める場所を探してきてください!! ニンジャならそういうアレの目星つけられますよね!?」

      「あ、あぁ……了解した……」

      「レッサーさん!! アルスさんの体を抱えて走れますか!!」

      「余裕とは思いますが、ともあれ退化してくれたほうが好ましいですわね。護衛対象であるあなたを置き去りにするわけにもいきませんし」

      「なるほどそうですねではアルスさんクマモンさんベアモンさん退化してください早く元に戻ってくださいさぁほら可愛いのにリバースしてくださいリラックマしてくださいさぁさぁさぁさささささ!!!!!」

      「いつになく圧が怖いっ!?」

       

      物凄い形相で迫られたからか、単純に戦いの疲れを自覚してきたのか、今更のように僕は体が萎むような感覚を覚えた。

      それもそのはずで、気付けばグリズモンとしての僕の体はどんどん粒のようになって解けだして、進化する以前のベアモンとしての体の感覚が戻ってきつつあったんだ。

      眠気にも似たダルさを覚えながら、僕はいきなり白熱しだしたホークモンの勢いに負けて、思わず言いそびれていたことを内心で呟いていた。

       

      (……というか、退化の拍子に進化中のキズって無くなってたような……)

       

      仮に今回はそうじゃなかったとしても、大丈夫だと僕は本気で考えてた。

      ユウキと始めて出会った翌日、フライモンの毒針に刺された後の時と、同じように。

      この手の痛みには慣れてたし、放っておいても治ってたから。

      治ってほしくないと思っていても、治っちゃってたから。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      ベアモン達がラモールモンと遭遇したりして四苦八苦している頃。

      聖騎士ドゥフトモンと共に食料の再確保がてら樹海の下層を進み、合流地点として指定された場所へ向かっていくギルモンとユウキとエレキモンのトール。

      彼等は彼等で、道中に野生のデジモンに襲われたりしていた。

      当たり前と言えば当たり前の話で、樹海には温厚なデジモンもいれば『ウィルス』の影響など関係無しに元々凶暴な性質を有するデジモンだっているのだ。

      そうしたデジモン達からすれば、ユウキ達もドゥフトモンも、あくまでも自らの縄張りを侵す侵入者でしか無い。

      来てほしくない、そこにいるのが気にいらない、持ってる食べ物が欲しい――理由はそれぞれ似たようなもので。

      生かすにしろ殺すにしろ、排除のために行動されるのは不可避だった。

      とはいえ、こちらにはデジモンの進化の段階の最終到達点ともされる究極体、その最高クラスとも称される聖騎士たちの一人が同伴してくれている。

      ので、とりあえず万事オッケーだろうとタカを括っていたのだが……。

       

      「シザーアームズ!!」「うお危ねえ!?」「ぺトラファイヤー!!」

      「シャドウシックル!!」「おおぅ!?」「プラズマブレイドォ!!」

      「パンチ!!」「ギィィィ!!」「蹴り!!」「GUOOO!!」「尻尾っ!!」

      「ブレイブシールド!!」「え――ぐへぇ!?」「ビークスライドォ!!」

       

      ユウキがグラウモンに、トールがコカトリモンに進化をして。

      殴って蹴って、斬られそうになったり挟まれそうになったり、体当たりしたりされたり、てんやわんやあって。

      野生のデジモン達――主にウッドモンのような植物型、フライモンのような昆虫型のデジモン達の群れをどうにか追い払って。

      深い息を吐き、光と共にそれぞれ成長期の姿に戻った二人は、ほぼ同時に後方へ声を飛ばす。

       

      「「――って、アンタは手伝ってくんねぇのかよッッッ!!」」

       

      二人の視線の先で、四足獣の姿の聖騎士は座りの姿勢を取って二人のことを見ているだけだった。

      野生デジモンとの戦闘中、彼は一切の手出しをすることなく、いつの間にやら自分の手で採取していたらしい果実を前足で器用に掴んで食べていたのだ。

      さながら見世物か何かのように扱われたことに憤った二人に対し、当の聖騎士は心外だという風な調子でこう返してくる。

       

      「いや、そりゃキミたち。ロイヤルナイツが自然の出来事にまで過度に干渉するのはよくないし、戦いの経験をあんまり横取りするのもアレだと思うよ。望まない事だろうとちゃんとこなして、せめて成熟期の姿に一時的にじゃなくて恒常的になっていられるようにならないと、その方がよっぽど危険でしょ。大丈夫、本気で危険な事になったらちゃんと助けてあげるからもぐもぐ」

      「高名な聖騎士様が下々の働きをサカナに肉リンゴつまんでるのはどうかと思うんですけどぉ!?」

      「くそっ、本当に腹が太くなってデブになっちまえばいいのに。何でこんな怠けてるヤツが究極体にまで進化出来てんだよ!! 俺もちょっとぐらい楽して進化したいわー!!」

      「つーかトール!! 何しれっと俺のこと身代わりにしてんだよこの悪党!! なぁにがブレイブシールドだお前うまい事言ったつもりか!! センスゼロ!!」

      「うるせぇ悪党じゃねぇわ適材適所ってやつですぅー!! 大体ユウキこそなんで進化するとあんなに体がデケえんだよコカトリモンの俺の2倍はあるじゃねぇか!! そりゃ意図せずとも盾になるわ、ばーか!!」

      「……えぇと、とりあえず本人というか持ち主の前ではそういう事言わないようにね? 特に黒い方はその手のイジりにも容赦無いぐらいには恐ろしいって風評だから……」

       

      わーわーぎゃーぎゃーと憤りの言葉を漏らす二人の姿を見ながら、ドゥフトモンはドゥフトモンで内心で感想を漏らす。

       

      (――うーん、戦闘能力自体はパッと見フツーの子達だなぁ。怪しいと感じたユウキについても特に変わったところは見当たらない。ニンゲン? というものを僕がよく知らないのもあるけど、ただのギルモンにしか見えないな……)

       

      ユウキとトールに対して告げた理由も決して嘘では無いが、野生デジモンとの戦闘を傍観していた最たる理由は一つ。

      もしかしたらデジモンではなく、ニンゲンと呼ぶべき存在である可能性を秘めた、不審者のギルモン。

      同世代のデジモンとの戦いになれば、少しは普通のデジモンと異なる部分が見えるかもしれない――そう考えて見に徹してみたが、戦闘中の動きも発揮されている能力も、イレギュラーの域に達するほどのものではなかった。

      強いて言うならば、進化後のグラウモンという種族については思いのほか理性的というか、過去に見覚えのあるそれ等と比較すると凶暴さは薄いように感じたが、ドゥフトモンはその点については異常とは捉えない。

      個々が種族の風評通りに振舞わないといけないルールなど無いし、目に見えて知覚出来る善であることは間違い無く好ましいことであるために。

      故にこそ、痛むものもあったが。

       

      (……はぁ、自分で言っておきながらひどい口実だ。強くなる機会がどうとか、ロイヤルナイツの立場がどうとか、僕が言える事かよ……)

      「……で? ロイヤルナイツから見て、俺達の戦いはどうだったんだ? 課題山盛りか?」

      「……そうだね。技の精度とかはおいておくとして、複数の敵と向き合う場合、最低限角度は意識したほうがいいよ。さっきトールがユウキを盾代わりにしてたアレを、敵のデジモンの体でやるイメージ。味方の体でやるのは余程頑丈な相手でもない限り論外だけど、敵の体を盾にするのはそれなりに効率的だからね。そこさえ改善出来るなら、もっと上手に戦えると思うよ」

      「あの、聖騎士とは思えないぐらい悪っぽいというか汚い戦法だと思うんですけど、あの」

      「え、多勢で攻めてくる相手のほうが構図としてはよっぽど悪っぽく見えない? そもそも戦いで綺麗さを優先するのって、個としての強さが前提にある話でしょ。善性それ自体は褒められても、それで強弱が変わるわけじゃない。綺麗さを優先してカッコよく勝ちたいなら、それこそ鍛錬を重ねるとかして個として強くなることだね」

      「うぅん、思ったよりドライな指摘でござった。もうちょっとこう手心をといいますかですじゃな」

      「ユウキ、お前はお前で口調どうしたよ」

       

      現実的に考えればドゥフトモンの言う通りなのだろうが、現代まで生き残ったニンジャが知らぬ間に手裏剣やくないではなくフツーに拳銃とか使い出したのを見て幻想をぶち殺されてしまったかのような錯覚に陥っておかしくなるユウキ。

      夢見がちなヤツに変に時間を取られたくない、といった様子でトールが言葉を紡ぐ。

       

      「で? メモリアルステラのある場所がひとまずの合流地点だって伝えたわけだけど、本当にこの道で合ってんの?」

      「立場の都合、ここには何度か来てるから覚えてるよ。この先の崖を上がれば、後は直進するだけで到着出来たはず。そしてそこまで行ければ、夜になる頃にはあと少しで此処を抜けられるぐらい進めてると思う」

       

      その言葉に、真っ先に驚きの声を上げたのはユウキだった。

      元は人間、そして少なくともアウトドアな野郎ではない彼にとって、今でこそ多少慣れはしたが、数時間単位で継続して森を歩き続けることはとにかく疲れるものだ。

      元より『ギルド』のリーダーであるレオモンことリュオンから五日は掛かると聞いていたが、それはそれとしてコンクリートジャングル在住の一般ピーポーメンタルのギルモンには堪えに堪える。

      樹海って長く見積もっても二時間で抜けられるもんじゃないの? というかこれ最早ジャングルじゃない!? とでも言いたげな調子で彼は言う。

       

      「夜になる頃って……えっ!? まだ全然日が照ってますけども!? 『ギルド』から出た時は準備込みでもまだ朝だったんですが!!」

      「……いやいや、樹海なんてどこもそんなもんでしょ。走ってたわけでも、まして大木の上から飛んでいたわけでもあるまいし。町からここまでずっと、体力温存も兼ねて歩いて行ってる以上はどうしても時間が掛かるよ。ただでさえ、君達の歩幅って成長期相応なんだから」

      「……っつーか、夜になったらヤバいな。此処って安全に眠れる場所とかあんのか? 寝首を掻かれるのは勘弁だぞ」

      「まぁ、何処かで寝るにしても見張りはつけないといけないだろうね。夜行性のデジモンは此処にもそれなりにいるわけだから、場合によっては寝てる所をガブっと……」

      「うおー!! 文字通りお先真っ暗じゃないですかやだー!! 明らか経験則っぽくて全然冗談に聞こえないから一睡も出来ねえ!!」

      「ユウキ、君って情緒不安定とか言われたこと無い?」

      「安心してくれ聖騎士サマ。こいつはいつもこんな感じだ」

      「パニくりまくってる自覚ぐらいはあるが少なくともいつもじゃねえわ!!」

       

      実際問題、ただでさえ視界の開ける場所の少ないこの樹海で夜を越すのはかなり危険だろう。

      合流を果たしたら足早に動くことを意識するべきか、と考えていたユウキは、そこでふと何かを思い出したような素振りと共に口を開いた。

       

      「そういえば、樹海を抜けられるのはいいけど、先に何があるのか俺達は何も知らないよな」

      「確かに。初めて向かう方向だしな……聖騎士サマってばなんか知らねえの?」

      「セントラルノースCITYへ向かう道のりでの話だよね? それなら、湖の上に築かれた町である『天観の橋』が次の経由先になると思う。そこで可能な限り道具や食べ物の補給をして、次は峡谷地帯『ガイアの鬣』を抜けることになる」

      「……町で、橋……? てか次は峡谷!? え、もしかしなくても崖とかあったり……」

      「そりゃまぁ……あるだろうね。局所的に強い風が吹く地でもあるし、幼年期のデジモンぐらい体重が軽いとあっという間に真っ逆さまじゃない? まぁ進化できるぐらい鍛えてるなら成長期でも最低限大丈夫とは思うし、なんなら成熟期に進化して進めばいいけど……」

      「うわおー! ついさっき落ちたばっかなのにまーた落下のリスクあんのかよ!! 次また高高度から落ちる場面があったらどんな状況だろうとお漏らししちまうからな俺!!!!!」

      「ぶっ殺してやるからなとでも言いそうな鬼気迫るテンションの割にめちゃくちゃ情けないこと言ってるんだけどエレキモンこの子ホントに大丈夫?」

      「大丈夫、こいつはやるときにはやるし漏らす時には例えアンタの背の上であろうと漏らすだけのクソ野郎だ。安心していいぞ」

      「……マジでそれやったらその場で振り落とすぞ君達……って、おや?」

       

      若干の呆れを滲ませた言葉の直後、ドゥフトモンは何やら疑問符の声を漏らしていた。

      ぎゃーぎゃー喚いていたユウキとトールもその様子に疑問を覚え、視線を追ってみれば、視線の先の倒木の影に鋼鉄で作られたと思わしき刀剣が野放しとなっていた。

      およそ樹海という環境には似つかわしくない人工物。

      それを見て、ドゥフトモンはこんなことを口にした。

       

      「……珍しいな。アーティファクトじゃないか」

      「アーティファクト?」

      「あぁ、君達は初見になるのかな。僕が言ってるのはアレのことだよ、あの、倒木の影に落っこちてる剣のこと」

       

      アーティファクト、と呼ぶらしいそれのことを、ドゥフトモンは興味深そうに見ながら説明する。

       

      「僕を含めて、デジモンは進化する度に姿も心も変わって、基本的にはそこから元に戻ることはない……んだけど、そうした変化の際に進化後の自分にとって不要となるデータを無意識のうちに廃棄してるんだ。廃棄されたそれらは微小も微小なデータの粒に過ぎなくて、自然に溶け込むようにして消えるのが殆どなんだけど、稀に集ってカタチを得ることがある。武器や防具、それ以外にもデジモンの面影を宿した見た目であることが多いけど、そうしたものの総称を世間ではアーティファクトと呼んでるんだ」

      「……ってことは、この剣も何らかのデジモンが進化の過程で棄て去ったデータの集合体ってことですか?」

      「だと思うよ。デジモンの武器は持ち主が死ぬと後を追うように消滅するから、消滅せず野放しになってるってことは、少なくともこれはアーティファクトの類であるはず。構成の元になったデジモンが何なのかまでは判別出来ないけどね。鋼鉄の剣を使うデジモンなんて、それこそ数多くいるし」

       

      進化の過程で棄て去られたもの、他ならぬ自分自身がもういらないと定めたもの、その集積体。

      デジモン絡みの単語について『アニメ』の範囲でならば知っていたユウキにとっても、未知の領域にあるもの。

      話を聞いて、ドゥフトモンと同様に興味深そうな視線を向けるユウキを横目に、武器というものに縁の無い体躯なエレキモンのトールはこんな事を聞いた。

       

      「ふーん……ちなみにだが、見かけ通り武器として使えるのか? いやまぁ俺は無理だろうけどよ」

      「使えるよ。都市や町で取引されてるような武具と同様に、技術的な適正さえあればね。僕は自分の剣があるからいらないし、使えなかったとしても価値を解ってる店にでも売れば足しにもなるわけだから、試しに使ってみれば? ユウキ」

      「はぁ。剣とかロクに使ったことないんですけども……」

       

      愚痴りながらも、ユウキは野放しの鉄の剣がある場所まで近寄り、言われるがままに右の三本の爪で掴み取ってみせる。

      実のところ、ギルモンの前爪と人間の五指とでは物を掴む感覚も大きく異なってしまっているが、仲間と暮らす中で料理を作るようになって、その過程で得た慣れが地味に活きた。

      料理で使う包丁や、図工のノコギリなどとは明らかに異なる規模の刃物。

      ギルモンとしての自分の頭から足まではあるように見える長さと、腕の二倍はあろう太さの、どこか歪さを残した刀身。

      デジモンの種族、そして個々が扱う武器についてはそれなりに知識を持つユウキだったが、この武器の基となった種族は自分の知識と照らし合わしても見当がつかなかった。

       

      (……ディノヒューモンの剣か? いや、ムシャモンの……いや、うーん……?)

      「ユウキ、考え込んでねぇでとりあえず振ってみてくれよ」

      「――あ、あぁ。適当でいいよな?」

      「すっぽ抜けて聖騎士サマの頭にブッ刺さらないようにしなけりゃ何でもいいよ」

      「何なのエレキモンってば一日に十回は誰かイジらないと死ぬ病気なの???」

       

      ともあれ一度握ったからには、一歩間違えると危険であると頭の片隅で察した上で、カッコ良い素振りをしたくなるのが男のサガである。

      適当と前置きしつつも、ユウキは頭の中で今まで見聞きした『アニメ』や遊んだ『ゲーム』のキャラクターが剣を振るう様を想起させ、出来る限りそれっぽく形を寄せていく。

      右の三本爪で掴んでいだ剣を腰の低さまで下ろし、右だけではなく左の三本爪も剣の塚を重ねて握り締めさせ、体の右側にて構えを取る。

      思いの他しっくりとくる感覚を覚えながら、両の腕を振り上げ、身の丈ほどはある大きな剣を振り上げる。

      その、むしろぎこちなさの薄い挙動にドゥフトモンが目を丸くしたことに気付くことなく、ユウキは掛け声と共に振り上げた剣で何も無い空間を斬り付けた。

       

      「――てりゃぁっ!!」

       

      本当に、ただ縦に振るっただけ。

      覚えのある作品のキャラクターのそれをなぞる形で、ちょっとカッコつけてみたかっただけ、だったのだが。

       

      (――えっ)

       

      直後の事だった。

      剣を振るった瞬間、突如として刀身が炎を帯び、剣の軌道そのものの形を成してユウキの眼前で飛び出したのだ。

      ゴウッ!! と、真下にあった草花を焼き焦がしながらそれは一本の倒木に直撃し、若干深めの真っ黒な炭の傷跡を残すに留まった。

      そんなつもりは無かった、といった様子で目を見開いたユウキは、ギギギとロボット染みた挙動で視線をドゥフトモンとトールの方へ向ける。

      見れば、彼等も彼等で目の前で起きた出来事に目を見開いているようで。

      数秒の沈黙のち、なんと言えば良いのかわからなくなった赤トカゲは以下のように述べた。

       

      「――それでも俺はやってない。真実はそんなモンだと思うんですよ」

      「いやいや通るわけないでしょ余裕で現行犯だよこれ」

      「自分で適当っつっただろーが!! 何だよ今の明らかにぶっ殺す気満々の炎の斬撃!!」

       

      トールの言う事はもっともであったが、何だよと聞きたいのはユウキの方でもあった。

      ただ剣を振るっただけで、必殺技のファイアーボールと同等か――それ以上かもしれない熱量の炎が出た。

      現実の物理法則では到底ありえない出来事だし、非現実がまかり通るデジタルワールドでの出来事であるという前提で考えても、疑問は浮かぶ。

      これはアーティファクトと呼ばれる代物の秘める力なのか、それとも別の要因による出来事なのか――と。

       

      「……あぁ!! そういえば流れ流れで言ってなかったね。アーティファクトの中には、元になったデジモンの技のデータが含まれているものもあるんだ。大方、その剣にはモノクロモン辺りのデータでも色濃く含んでたんじゃないかな」

      「……モノクロモンと剣って、関係無くね?」

      「そういう可能性が無いとは言い切れないでしょ? 形状がどうあれ、技のデータも内臓したアーティファクトがあるのは事実だよ。適性によっては自分の技として行使することも出来る。とにかく、火事とかにならなくて良かった良かった」

       

      ドゥフトモンがアーティファクトについての追加の情報を口にするが、それを聞いたユウキはどこか安心出来なかった。

      アーティファクトが、元となったデジモンの技のデータを内臓していて、持ち主はそれを自分のものとして引き出すことが出来る――という話は本当のことかもしれないが。

      それはそれとして、ドゥフトモンの口ぶりに違和感を覚えたのだ。

      それまでの言葉と比較しても明らかに強い、否定の色を含んだその言葉は、まるで、

       

      (……なんか、無理やり理屈をずらずら並べて、不安に蓋をされたような気がする……)

       

      気遣われていると、感じた。

      それは裏を返せば、ユウキ自身に対して少なからず疑惑を覚えているということ。

      ロイヤルナイツの中でも戦略家――つまり最も思考の冴えた騎士である相手に、疑われているということ。

      ユウキ自身、ギルモンとしての自分の体のことについての疑問を拭えずにいる。

      答えが出ないまま数秒が経ち、どこか重い沈黙に嫌気でも差したのか、トールが口を開いた。

       

      「まぁ、強力な武器が手に入って、実際に使えるのなら、使うに越したことは無いんじゃねぇの? 今のやつ、敵に使えばファイアーボールよりも効きそうだし、運が良いと思っておこうぜ」

      「……いいんかね、こんな物騒な武器持ってて。なにかの拍子に炎を吐き出す剣とか、よりにもよってこんなとこで持ち歩いて……」

      「あのなぁ。今のが武器から引き出された力であれお前自身の力であれ、結局は使い方だろ? 誰かが傷付いたわけでもなし、お前含めて誰も予想できなかった事である以上、一度目は仕方ねえの一言で片付けていいだろ」

      「流石に適当……というか無責任過ぎないか? 火事になったらごめんなさいじゃ済まないだろ」

      「その時はその時だろ。お前、何にビビって何を悩んでやがんだ? 火なんて、料理の時に毎回利用してるだろうに」

      「それとこれとではレベルが……」

      「はい、二人共そこまで」

       

      会話が言い争いのレベルに達しようとしたタイミングで、ドゥフトモンが双方の言葉を切る。

      聖騎士として二名の成長期デジモンとは比べものにならないであろう経験を積んでいるのであろう先達は、僅かに沈黙してからユウキに向けてこんな言葉を投げ掛ける。

       

      「所感を口にさせてもらうけど、どちらにせよ危ないと感じるのなら捨ててもいいとは思うよ。けど、それなら君は考えておかないといけない。成長出来る可能性を享受するのか、放棄するのかを」

      「……成長……」

      「それがどんな力であれ、使わないままじゃあ『自分のもの』にすることは出来ない。今の炎の出どころが、僕の予想通りアーティファクトにあるのなら棄てればそれで済むけど、そうじゃなくて君自身の能力だとするなら、剣を棄てたところでまた同じようなことが起きないとは限らない。制御する術を知らなければ、それこそ君の不安の通りになる確率は上がるよ」

      「……それは」

      「多分、そのデジタルハザードの刻印が示す通り、危険な力ではあるんだと思う。けど、ロイヤルナイツだからこそ言わせてもらうよ。平和のために使えている前例は、あるんだ。それは君も知っていることなんじゃないのか?」

      ドゥフトモンが前例と述べているものが何を指しているのか、ユウキにとっては考えるまでもなかった。

      (……デュークモン……)

      「……解りました。とりあえず、しばらくは使ってみます」

      「素直なのはいい事だよ」

       

      方針が決まって、不思議と表情が柔らかくなったユウキを見て、ドゥフトモンもまた和らかに笑んでいた。

      しかし内心では、喜びとは相反する感情がふつふつと湧き立ちつつあった。

       

      (……普通のギルモンじゃない。そう確信できる部分を、見ちゃった……)

       

      アーティファクトに秘められた力について語ったことは、嘘ではない。

      実際、そうした前例をドゥフトモンは観測したことがある。

      だが、

       

      (今の炎の斬撃の熱量、成熟期レベルのデジモンが発揮出来るレベルじゃなかった)

       

      放たれた炎から感じた熱量とそれによって倒木に刻まれた真っ黒な斬撃痕は、ドゥフトモンから見ても『強力』と評価せざるも得ないものだった。

      ユウキは火事になったら大変だと言っていたし、実際その通りではあるのだが、この樹海の木々はそう安々と火が燃え広がったりはしない。

      樹皮の表面が焼けることこそあれ、それがどこまでも燃え広がったりすることは無いし、時間が経てば燃え痕すら無くなっていることさえある。

      それほどまでに強固なのだ、この樹海の自然環境は。

      モノクロモンのヴォルケーノストライクやティラノモンのファイアーブレスを一発を受けたとて、それほど被害は広がらない。

      そうでもなければ、縄張り争いの度に樹海の何割かが大火事に見舞われていることだろう。

      その事実は、この樹海に何度も出向き、縄張り争いの類を遠目に眺めてきたドゥフトモンだからこそ理解していた。

      そして、そうした前提を踏まえて考えれば、ユウキが倒木に炭化した斬撃痕が、どの程度の火力によって導き出された結果なのか、大まかに推理することは難しくなかった。

       

      (剣の振り方だってそうだ。ぎこちなさこそ感じるけど、今のは明らかに誰かの剣術を真似しようとしている挙措だった。ゴブリモンやオーガモンのようにただ力任せに振ったんじゃない。わざわざ両方の手を使って足の配置にも気を配って構えも取ってたし、今のユウキの頭の中には型の参考に出来る何かがあった。今の今まで剣を振るったことが無い子なのは違いなさそうだけど、だったら尚更その知識はどこで手に入れたんだって話になる。まさか、一発目から我流を見い出したなんて偶然はないだろうし……)

       

      このまま不信な点が見つからなければ、樹海を出るのを見届けてはいさよならで済んだ所に、思わぬ凶兆を目にしてしまった。

      使って技術として会得することを勧めておきながら、反面勧めないほうが良かったのではないだろうかという思考が混じりこむ。

      本当にこのまま、樹海を抜けると同時に関わりを断って良いのだろうか。

      ロイヤルナイツとしての任務を放棄するわけにはいかないが、目の前の凶兆を黙って見過ごしても良いかと聞かれると悩む。

      自分に出来ることは無いだろうか、とふと思考を回し、そうしてドゥフトモンは決断する。

       

      (……きっと、これが今は正しい選択ですよね。先代様……)

      「……うん、ロイヤルナイツは世界を護る騎士だからね。世界を滅ぼすかもしれない存在を、そうじゃない存在に成れるように手伝うのも務めだよ多分」

      「「……多分?」」

       

      突然独り言じみたことを口にしたドゥフトモンの様子を見て、ユウキとトールは揃って疑問符を浮かべた。

      なにか、雲行きが怪しくなってきた。

      そんな風に予感したユウキとトールの思考は、結果として正しいものだった。

      ドゥフトモンは一度咳払いをすると、二人に向けていきなりこう切り出したのだ。

       

      「じゃあ、そういうわけだから。本当ならこの樹海を抜けた後は赤の他人な関係になる所というかそうあるべきなんだけど、こうして世界規模のナントカに関わるかもしれない可能性に触れたからには、これからしばらくは気が向いたら特訓してあげるよ。君達にとっての先生として、ね」

      「「えっ」」

      「――何さその微妙な反応……」

      「いや、いろいろ話が急すぎるんですけど……」

      「つーか先生ってなんだよ。俺達は依頼で遠出してる真っ最中だぞ? ジュギョーなんて受けてられる暇は……」

      「大丈夫大丈夫。依頼の後でもいいし、君達だって途中で休んだりする必要はあるでしょ? その時の時間を拝借すれば大丈夫だよ。それに、知識の補強だけなら運動は必ずしも必要じゃない。読み物一つ、最低でも会話の機会一つ用意するだけでも事足りるし」

      「……要するに……勉強……ってコトですかぁ!? メンドクサ!!」

      「こらっ!! 君らも子供なら学びの機会を逃さないの!! ちゃんと勉強して賢さを養わないと中身スッカスカのスカルグレイモンとかに進化しちゃうかもしれないんだからね!! そうなってから後悔したってお先は頭わるわる害悪なんだから!! もし本当にそうなったら僕は務めとして倒さないといけなくなるぞいいのか!?!?!?」

      「うわあ急に荒ぶるな!!」

       

      流石はレオパルドモードとでも呼ぶべきか、駆ける速度も疾ければ決断も早く、止まることを知らないらしい。

      使命感とは別の、何か喜びに近い感情でも湧き出てきたのか、彼はどこかルンルンとした様子でこう続けてしまう。

       

      「剣に力を纏わせたりするコツなら僕も色々教えられるからね。いやまぁ本当はあんまりなりたくない姿なんだけど責任をもって教えるためなら仕方無い。君をきっと、デュークモン先輩みたいに……はなれずとも立派な騎士に成長させてみせるよ!! ふふふ、ようやっと僕にもガンクゥモン先輩みたいに先達らしい役回りがやってきたぁ……!!」

      「……ユウキ、責任はお前だけが取れよ。ベンキョーとか俺は付き合わないからな」

      「そんなぁ、俺達は仲間だろ快く巻き添えになってくれよ!?」

       

      ロイヤルナイツの獅子騎士ドゥフトモン氏、初対面の相手(子供)にいきなり先生を名乗る不審者となるの巻であった。

      実のところドゥフトモンからすればそれなりに考えた末の決断なわけだが、そんな思考知ったことじゃねえユウキとトールからすれば何もかもが唐突で、向けられる視線には光栄さなど微塵も無く。

      そんなことは知ったこっちゃねぇ、怪しさ抜け切らない謎のギルモンを監視する大儀名分が出来たぞぅ!! あと僕にも遂に先生としていろいろ教えられる生徒が出来たかもしれないぞぉ!! と勝手にお祭り騒ぎになっちゃってる聖騎士を前に、二人は揃ってこんな風に呟きあっていた。

       

      (……つーか、教授してくれる分にはありがたいと思うんだが、何でそんな拒否ってんの?)

      (……だって色々と恐縮だろ。迷惑かけることにもなるだろ。相手はロイヤルナイツなんだぞ……? アルスと鍛錬するのとはワケが違う……)

      (……お前、つくづく変な所で畏まるやつだな……)

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      所変わって、樹海の中に見つけ出したらしい安全地帯にて。

      一匹の子供が涙目になっていた。

       

      「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっ!!!???」

      「こらっ! 強いんですから塗り薬一つ程度で暴れないでくださいっ!! 痛いのはきちんと染みて効き目が出ている証拠なんですよ!!」

      「痛いモンは痛いんだってばぁ!? なんなのこの新感覚の痛みっ、これならフライモンに刺された時のほうがマシ――あ待って目にまでやるのは聞いてないってもう大丈夫だから唾でもつけてれば勝手に治るからそれ以上――ぎゃーっ!!!!!」

       

      目がー!! 目がー!! と痛みに悶え暴れるベアモンをハヅキが羽交い締めにして封じ込め、彼が持参していたらしい塗り薬をホークモンが爪に乗せてベアモンの傷口に塗りたくっていく。

      ラモールモンから受けたダメージはベアモンの想像していた以上に酷いもので、彼の予想に反して退化程度で「無かったこと」にはならなかったのだ。

      目を含めた顔面の右半分に3本の線として大きく刻まれた裂傷、カマイタチによって幾度となく付けられた全身各部の切り傷は、ベアモンの姿に戻ってなお残っていて、元通りになって何事も無しとするつもりだったベアモンは言い逃れも出来ない状態になってしまったわけで、怪我人扱いは必然だった。

      薬が染みる痛みに悶えながらも、ハヅキによる羽交い締めから開放された彼は内心で呟く。

       

      (うぅ……毎回ここまでの傷を負うことは無いから過信してた。退化で無かったことにならない傷もあるんだ……ガルルモンと戦った後の時だってここまでは残らなかったのに……)

      「しかしまぁ、見事なまでにザックリやられてますわね目玉。クスリ一つで回復させられるのでしょうか」

      「問題ないでござるよ、これは個々が持つ再生力を活性化させる薬。塗って少し時間が経てばアルス殿自身の再生力が勝手に治してくれるはずでござる。痛いのはまぁ、良薬は口に苦しという言葉を信じて我慢してもらう他に無いのでござるが」

      「苦くないというか痛くない薬とか無いの!?」

      「あるわけが無いでござろう砂糖やハチミツを塗っても呑ませても傷が治るわけではあるまいし」

      「正論も痛いッ!!」

       

      ベアモンがぐだぐだ言っていると、ハヅキは少し思案するように左手を口元に寄せ、直後にその三指の間から(どこに隠し持っていたのか)銀に光る針を出し、こう告げた。

       

      「ふむ、それほど薬が嫌だというのであれば仕方ないでござるな。薬の制作ほど得意ではないのでござるが、ちょっと全身の傷口を十数本ほどの針で縫うとし」

      「もう痛くないたい!! お薬ありがとうねッッッ!!!!!」

      「どんだけ刺されたくないのですかあなた」

       

      そりゃあただでさえ塗られた薬が傷に染みて痛いってのに追加で針を刺しますなんて言われたら効能がどうあれ拒否したくなるのは当たり前なのであった。

      自分が大丈夫であることをアピールしたいのだろう、やせ我慢の笑顔を向けるベアモンの様子に呆れ顔になったバステモンことレッサーは、彼のことを一旦放っておいてこんなことを口にする。

       

      「しかし、まさかラモールモンと出くわすなとわ思いませんでしたわね。犠牲が出なくて何よりですわ」

      「本当ですよ。正直、こうして生きていられてるのが不思議なぐらいです。『ギルド』の依頼って、いつもこんな感じなんですか?」

      「流石に、ここまで深い樹海に足を運ぶことは滅多にありませんわね。命の獲りあいという意味であれば、別に珍しくもありませんが」

      「……その、怖くはないんですか? 死んでしまうのとか……」

       

      突然物騒な、されど現状を考えれば自然な想起がホークモンの口から出る。

      問われたレッサーは僅かに思案するように沈黙してから、こう返した。

       

      「そりゃあ私も怖くないわけがありませんわよ。生きてやり遂げたい事の一つや二つぐらい、あるのですから」

      「危険なのが解っていたのに、どうして護衛の依頼を受けてくれたんですか?」

      「私にとってはこれもやりたい事の一つだから、とでも言えばあなたは納得しますの?」

      「…………」

      「まぁ、事情は知りませんが、あなたも大変な目に遭った様子ですし。死というものに敏感になるのも無理は無いでしょうけど……今は私達のことより自分の心配を第一になさいな」

       

      返事を聞いたホークモンの視線がレッサーからベアモンの方へと移る。

      向けられたその目には少し暗いものが滲んでいるように、ベアモンには見えていた。

       

      「ベアモンさんも、同じ考えなんですか?」

      「……そりゃあそうでしょ。君は護衛対象で、僕達は護衛なんだよ? 怪我の一つや二つで心配されても困るよ。信じられてないんだって思っちゃう」

      「二つでも一つでも怪我は良くないんですよ。そんな風に自分の命を軽んじられるのは、その……気分が良くないんです」

      「…………」

       

      その言葉にベアモンは僅かに沈黙した。

      心配をされている、ということを察せられないほど彼もニブくは無い。

      自然と、こんな考えが浮かんだ。

       

      (……僕が弱いから、不安にさせちゃったな……)

       

      ラモールモンを相手に無傷で倒せるほどに強くなっていれば。

      そこまででなくとも、目に傷を負うなんて大怪我をしないぐらいに強ければ。

      そう思うだけで自身の未熟を、非力さを思い知らされる。

      なまじ自分よりも頼りになる相手が目の前にいるのだから、より重く感じられる。

      自分が知らなかっただけで、レッサーは自分よりもずっと強かった。

      ラモールモンを相手に、いっそ遊ぶかのような振る舞いで、無傷で戦闘不能に追い込んでみせた。

      自分にもあのぐらい出来れば、きっと心配させる余地なんて無かった。

      あんな風に出来たいと、思った。

       

      (……こんな時、主人公なら……絵本に描かれてるような、カッコいいヒーローなら……)

      「……心配させたのは、ごめん。次はもっと上手くやるよ」

      「次が無いことを願います」

       

      弁明の言葉は、果たしてホークモンにとって信じるに値したかどうか。

      どうあれ応急処置は済み、直近の出来事に対する問いかけも終わり、再出発の時間がやってくる。

      数分経って塗り薬の効果が浸透しきったのか、右目の傷の痛みも収まってきたベアモンは『ひそひ草』のスカーフに囁き声を流す。

       

      (ユウキ、少し連絡遅れたけどそっちは大丈夫? ドゥフトモンに話は聞けた?)

      『――あ、ああ。その辺りはたぶん大丈夫だ。なんか面倒なことになりもしたけど、諸々のことは合流してから話す。メモリアルステラまでそっちはあとどのぐらいだ?』

      (もうそこまで遠くはないはずだよ。……あ、こっちが大丈夫だったし、そっちはドゥフトモンが一緒にいるなら尚更大丈夫だとは思うけど、完全体のデジモンが襲ってもきたからユウキもトールも気をつけてね)

      『……わかった。それじゃあ、また後でな』

       

      必要最低限の情報交換をユウキと済ませ、ベアモン達は改めて歩きだす。

      幸運にもラモールモンのように狂暴化した完全体のデジモンと二度遭遇するようなことにはならず、特に不都合なども無いまま、てくてくと樹海の中を進んでいく。

      途中、おかしなことがあったとすれば、

       

      「あ、戻りましたねレッサーさん」

      「僕達のと比べても随分と長く進化をしていたみたいだけど、大丈夫? いやまぁ一番大丈夫か心配したいのは言葉遣いとかのほうなんだけども」

      「――だー!! やめろー!! バステモンの時のことは言うんじゃねぇよ!! ただでさえこうして退化する度に自分が自分で恥ずかしくなっちまうってのに!!」

      「……もしや、無理して口調を変えていたのでござるか? 何の意味があって?」

      「意味なんかねぇよ。あの姿の時は正気じゃねぇだけだよ。正気ならあんな口調にわざわざするか!! 誰も得しねぇだろ!!」

      「良かった、あの元の振る舞いとかから考えるとふざけてるとしか思えない喋り方ってやっぱり元のレッサーにとっても正気じゃなかったんだ。僕はてっきりオトナになるってああいうものなのかなと思ってたよ。ユウキやトールまで完全体に進化したらあんな風になっちゃうのかなとか考えたら恐ろしくて恐ろしくて……」

      「アルス殿、結構失礼なことを言ってる自覚はお有りでござるか?」

       

      進化が解けて元の姿――成熟期のミケモンの姿に戻ったレッサーが、顔を赤らめながら震えてしまっていた事ぐらいか。

      そうして一行は歩き続けて、そして、

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      結果から言って、二組の集団として分断されていた一行は、無事に合流を済ませることが出来た。

      彼等が集ったのは、神秘的な雰囲気を醸し出す板状の物体――メモリアルステラが鎮座、辺り一帯に光の線が奔っている樹海の奥地。

      ギルモンのユウキ、エレキモンのトール、ベアモンのアルス、ミケモンのレッサー、依頼主であるレナモン(銀)のハヅキとホークモン。

      離れ離れだった六名は互いの無事を実際にその目で確認出来たことに安堵し、自然と寄り添い合って。

      そして、予想通りと言えば予想通りの時間がやってきた。

       

      「「「「…………」」」」

      「……その、とりあえずその目やめてくれないかな……?」

      「……本当にロイヤルナイツに助けてもらっていたのでござるな。いやはや……どんな天運でござるかコレ」

      「運ってわからんもんだよな。オイラもアルスから聞きはしてたけどよ、どんなモノ食ってたらあの状況からブッ飛んで聖騎士サマに墜落して助けられるなんてトンでもない成り行きに至るワケ? レッサーさんもビックリだぜ」

      「まぁうん、ユウキってば出会った時もいろいろアレだったし、なんかそういう星の下に生まれてきたんじゃないかなと思ったことが無くも無いんだけど……何なの? これがそのお腹の印の効力だったりするの? 今度は七大魔王とかに激突したりするの? 知らない間に剣なんて拾っちゃってさ」

      「言うと本当になりそうだからやめてくんない???」

       

      これである。

      長くはなくとも同行していた時間があり、その(威厳がロクに感じ取れない)精神性を知れる機会があった分、ユウキとトールの二名だけは少しずつ慣れ始めこそしたが。

      やはり、ロイヤルナイツが一体、獣騎士ドゥフトモン(けもののすがた)と偶然出くわして、こうして合流するまでの間を協力してくれた上でこうして目の前にいる――などという事実は、普通のデジモンからすればそれなりの衝撃を受けるものだったらしい。

      こうしてデジモンになってデジタルワールドに来てしまうまで、フィクションのキャラクターとしてロイヤルナイツのデジモンを認知していたユウキでさえ緊張したのだ。

      人間で言えば突然目の前に有名なスポーツ選手か何かが現れて自分に話しかけてきた、ぐらいに相当するんだろうなとぼんやり思いながら、当事者なユウキは視線をドゥフトモンの方へと向ける。

      一身に注目を浴びるハメになった獣騎士は、一つため息を漏らすと、こう言葉を紡いだ。

       

      「君達がユウキとトールの仲間、そして依頼主だね。始めまして。見ての通り、ロイヤルナイツ所属のドゥフトモンだよ。今後ともよろしく」

      「……お、おう。オイラは『ギルド』所属なミケモンのレッサー。今後ともって、オイラ達の『ギルド』に何か用事でも?」

      「あぁ、故あってユウキ君の先生をする事になってね。時間が取れたら色々教えに来るつもりなんだ。今は君達にも依頼があり、僕にも重要任務があるわけだから、すぐにとはならないけどね」

      「――へ?」

       

      真っ先に反応を示したのは、意外にもベアモンだった。

       

      「……えっ、ちょっ、ロイヤルナイツが、ユウキの先生に……!? そ、それは……」

      「えぇと、何か不都合でもあったのかな。ベアモン君?」

      「い、いや。すごいなーって思っただけだよ。そっかぁ、すごいなぁユウキ。ロイヤルナイツが先生になってくれるなんてさ!!」

      「お、おう……完全に勢いで押されただけでどちらかと言えば断りたいけどな……(ボソッ)」

      「何か言ったかな不良生徒くん」

      「うわあ地獄耳!?」

       

      断れると思うなよ、と遠回しに言われて戦慄するユウキを尻目に、ドゥフトモンはベアモンの反応に一つの思考を過ぎらせた。

       

      (……なるほど、この子か。ユウキと『ひそひ草』のスカーフで通話していたのは。大方、いきなりの好待遇が変に思えて、ロイヤルナイツである僕がユウキのことを怪しんでると察して不安を覚えちゃったってトコかな。実際怪しんでて監視目的でもあるんだけど……はぁ……当然だけど信じられてないね……)

       

      当然、監視の建前としてもそれ以外の心境としても、ユウキとその仲間達の信頼を得られない流れは好ましくない。

      なので、ドゥフトモンは即断即決で提案してみることにした。

       

      (予定に無いけど、そういうデジモンだって信じてもらうためには仕方ないか)

      「……何ならベアモン君も生徒になってみるかい? トール君には断られたけれど」

      「――え、それはまぁ願ったり叶ったりで是非ともお願いすることではあるけど……トール、断ったの?」

      「だってベンキョーとかメンドくさいし。今から急いで学びたいことがあるわけでもねぇし。そういうのはユウキとお前に全部丸投げするよ」

      「テキトーすぎない!? ロイヤルナイツの生徒だよロイヤルナイツの!! 生きてる内に一回あるか無いかのチャンスじゃないのこれって!?」

      「そうだぞ。せっかくの機会なんだからどうせならお前も巻き添えになれトール」

      「負け組のルートに俺まで巻き込もうとするんじゃねぇよ殺すぞユウキ」

      「出会った時から思ってたんだけど君達失礼すぎというか実は僕達ロイヤルナイツのことナメてるだろ」

      「失礼だな!! 俺とユウキは礼儀正しく敬意を込めてお前だけをナメてるわ!!」

      「お前もお前で巻き添え狙うな殴るぞ」

      「……三人共……そろそろ真面目に話をしようね……?」

      「「「ごめん」」」

       

      話題が脱線に脱線を重ねそうになった所で、色々と混乱しながらもベアモンがちょっと苛立った口調で馬鹿ニ名と騎士一名を諭す。

      ロイヤルナイツ所属デジモンの生徒になれる、という(一般のデジモンにとっては)トンでもねえ好待遇に困惑こそするが、どうあれドゥフトモンの「今後とも」発言の意図を理解したレッサーはこんな事も聞いた。

       

      「まぁ、こっちの事情を汲んでくれてるのなら別にいい。オイラ達の『ギルド』がある発芽の町の場所は知ってるのか?」

      「知らないけど、民間組織のパイプラインが通ってる町なんだろう? それなら少し調べれば知れることだろうし、少なくともユウキとトールのニオイについては覚えたからね。ちゃんと足は運べるさ」

      「随分と優秀なこって。そんな優秀な聖騎士サマに質問なんだが、デジモンの狂暴化について何か知らねえの?」

      「二人に対して既に答えてるんだけど、まったくだね。技術を用いて人為的に引き起こされてる出来事ってことぐらいしか解ってない。一応ここを調べてる最中なんだけど、進展らしい進展も無し……ってところさ。何か解ったら、ユウキ達の授業のついでに伝えはするよ」

      「そりゃありがたい。うちの方でも狂暴化の話は迷惑を被りまくってるからな。あのロイヤルナイツの一人、それも戦略家のドゥフトモンが情報提供してくれるってんなら、これ以上の贅沢はそうそうねぇだろうよ」

       

      ひとまず、偶然の出会いながらもパイプラインを繋げる事になったらしいドゥフトモンの扱いが、当事者の納得の有無に関係無く決まったところで。

      ホークモンの護衛任務中な一行の視線はこの場で最も光を灯らせている物体ことメモリアルステラ――ではなく、その裏手側に見える景色へと向けられた。

      紆余曲折あったが、そもそも一行がこの場に集ったのは合流が目的であり、それを済ませた以上、この場に留まっておく理由は特に無いのだ。

      ユウキはドゥフトモンに視線を向けると、改めての質問をする。

       

      「ここまで来たらあと少しって話でしたっけ」

      「うん。メモリアルステラがあるここまで来れば、あとは一時間程度歩けば町に着くはず。トラブルの有無によってある程度遅延はするかもだけど……」

       

      返答しつつ、ドゥフトモンは空の色を見る。

      ユウキとベアモンも、それにつられて同じ景色を見た。

      気付けば少し前まで青色が広がっていた空には夕焼けの色が滲み出ていて、あとニ時間程度も経てば夜の帳が下りるであろうことは容易に想像がつくようになっていた。

      僅かに目を細めると、聖騎士はこのように言葉を紡いだ。

       

      「――思ってたよりも夜になるのが遅いみたいだし、まぁその気になれば今日中に抜けられるんじゃないかな。安全な場所を見つけられるのなら、一度眠って夜を過ぎた上で再出発するのもアリだと思うけど」

      「んー。オイラもその案は考えたが、抜けられるなら抜けちまったほうがいいだろうな。樹海と町、寝るとしてどっちが安全かなんて、考えるまでもねえし……」

      「それが君達の判断なら、僕からこれ以上言う事は無いかな。ここまで来れるぐらいの強さがあるなら、御守りの必要はないと思うし」

      「御守りも何もアンタ俺達が野生デジモンと戦ってるとき見てるだけだったけどな」

      「見守ってあげてたんだってば。助けもしたでしょ」

       

      言うだけ言ったところで、ドゥフトモンはユウキ達一行に背を向け、彼等の行き先とは異なる方向に向かって歩き出す。

      ユウキ達に目的地があるように、ドゥフトモンにも優先すべき任務がある。

      その上で助けてくれて、その上で気遣って、その上で今後も関わってくれると言ってくれた。

      威厳の無さに突然の生徒扱いなどなど、色々と複雑な心境になりながらも、それ等の事実に感謝をしていないわけがなく。

      ユウキは思わず呼び止めて、こう言った。

       

      「あの」

      「……何かな?」

      「助けてくれて、ありがとうございました。その、またいつか会いましょう」

      「……うん。その内ね」

       

      静かに、どこか微笑んだのような声色でそう言い残し、ドゥフトモンはその場から姿を消した。

      単純な膂力でもって駆け出しただけと理解していても、そのスピードには驚かされる他無かった。

      見届けた一行は、確保しておいた食料である程度腹を満たしてから、メモリアルステラのある場所から再び樹海の中を歩き始める。

      合流を果たし、戦闘要員が増えた都合、戦闘において不足を覚えるようなことはなく、幾度か襲撃を受けながらも大事なく先へと進むことが出来ていた。

      それまでの緊張を解すように談笑する程度の余裕が出来た頃、ふとしてレッサーはベアモンに対してこう言った。

       

      「しっかし、幸運なモンだなベアモン。まさかロイヤルナイツの教えを受けられる立場になるなんてよ」

      「……あ、うん。そうだね」

      「……なんか妙なテンションだな。気にかかることでもあったか? 偽物の疑惑とか? まぁ色々と都合良すぎるもんな」

      「いやいや。そういうことは考えてないよ。嬉しいことは嬉しいし、ロイヤルナイツに鍛えてもらえるのなら究極体に到れるのもそう遠くないかもなーとか考えてただけだよ」

      「思ってた以上にご都合だったわ」

       

      レッサーの問いに、ごく自然なテンションでそう答えながら。

      ベアモンは、言葉とは裏腹に疑惑の思考を奔らせていた。

       

      (……本当に、ただ教えたいってだけの動機でユウキの先生になるって言ってたの? あっちの事情はよくわからないけど、ロイヤルナイツとしての自分の務めを後回しにしてでも……?)

       

      信じられなかった。

      ベアモン自身、ロイヤルナイツなどというビッグネームなデジモンと顔合わせするのは初めてで、ロイヤルナイツという組織がどういうものなのかまで詳しく知っているわけではない。

      あくまでも、一般的なデジモンが知れる範囲――世界の秩序と平和を守る聖なる騎士たちであるということぐらいしか、知見には無い。

      心の底から優しいデジモンかなんて、わからない。

      解ることは、ユウキという元は人間であったデジモンが、その存在が世界の秩序という観点から見ると、どうしても怪しいと判断されてしまうであろうことぐらい。

       

      (ユウキや僕等が口を滑らせない限りは、基本的にバレないはずだけど、相手はロイヤルナイツ……楽観なんて出来ない……)

       

      デジモンではなく、人間としての姿でこの世界に立っているならまだ物語にもある範囲での話だった。

      自分のことを人間だったと思いこんでいるだけの正真正銘のデジモン、なんて話だったとしてもそれはそれで大事にはならない。

      だが、元は人間であったデジモン、なんて存在はどう考えても今までに無い話だ。

      特別も特別。

      なんならベアモン自身、ユウキという元人間のデジモンに何の危険性も無いのかと聞かれたらマトモな反論を出来る自信が無い。

      幸運にも、今まで大事に至ったことこそ無かったが、何も起きてなかったからこそわからないままの事も多いのだ。

      証明材料が無ければ、潔白さなんて誰にも示せない。

       

      (……成り行きで僕も関われるようになった以上、ちゃんと見ておかないと。もしかしたら、なんか凄い謎の力とかなんかでユウキの正体か何かしらに感づいてるかもしれない。僕はユウキのことを信じてるからいいけど、ロイヤルナイツまで都合良くユウキのことを大丈夫なやつだと信じてくれるとは限らない。少しでも怪しいと思われたら、良くないことになるかもしれない。だって……)

       

      自分にとって信じるに値するものが、他者にとってもそうであるとは限らない。

      その事を、ベアモンはよく知っていた。

      痛いほどに、知っていた。

       

      (――トクベツなやつは、ただトクベツであるだけで、フツウのやつに怖がられるから――)

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      考え事をするほどに、時間が経つのはあっという間に感じられる。

      気付けば、夜の帳は下りていた。

      冷たい風が長く伸びた草を撫でる中、静寂に包まれた獣道の上を松明片手にユウキ達一行は歩き続け、そしてようやく待ち望んだ光景を目の当たりにする。

       

      「……やーっと抜けられたのか……」

       

      周囲に巨木や倒木は無く、土は乾いていて、広大な夜空は視界いっぱいに広がっている。

      樹海の閉じた深緑から平原の開けた黄緑に景色は移り、樹海を抜けたその事実を認識して、一行はほぼ同じタイミングで大きく安堵の息を吐いていた。

      当たり前と言えば当たり前の感想を、疲れきった様子のユウキが述べる。

       

      「……いくらなんでもあの樹海広すぎだってマジで……今までの依頼はもちろんモノクロモンとかと戦ったあの山を登った時と比べても何倍も時間掛かってる気がするんだけども」

       

      その愚痴を皮切りに、各々の言葉が飛び交った。

       

      「流石にそれは気のせいでしょユウキ。色々起こりすぎて感覚が麻痺してるってだけで、いつも今か今より少し前ぐらいには町に戻れてたじゃん。倍は無い。違うのは、ここまでがまだ目的の場所までの通過点でしか無いってことぐらいで……」

      「アルス、そういちいち細かく言ってやんなって。ユウキはトールともども、あんなハチャメチャな体験までしてんだ。疲れもたっぷり溜まっている事だろうし、愚痴の一つや二つは出て当たり前だろ」

      「愚痴ばかり言ってても仕方無いでしょ。そもそも護衛の依頼なんだからもっと真剣にさぁ……」

      「今日のお前はやけに真面目だなぁ。いっつも昼前ぐらいまで寝て約束をすっぽかしたりしてたクセに、どのクチが真面目ぶってんだ」

      「ちょっ!! トール、ホークモンとハヅキの前でそんな本当の事言わないでよっ!!」

      「……ふむ、ご心配なされるな。眠気覚ましの手段については得手がある。アルス殿であれ誰であれ、寝坊などさせることは無い」

      「――えぇと、その手段って?」

      「香か、その材料が無ければコブシでござるが」

      「起きる!! ちゃんと早起きするから!!」

      「えぇと、ハヅキさん。別に熟睡は健康的に悪いことじゃないはずだからそういう物騒なのは……」

      「無論、半分は冗談でござる」

      「……どちらかもう半分は本気って事じゃん!?」

       

      行く先には広大に広がる湖と、その上に築かれた橋――そしてその上に建てられたらしい町『天観の橋』がある。

      ベアモン達の暮らす『発芽の町』と比べても明らかに建造物の数が多く、規模も数倍以上。

      月明かりに照らされた湖の美しさも相まって、ユウキはその景色に外国へ旅行にでも出たような錯覚がを覚えた。

      ここがデジタルワールドである以上、それこそ現実世界の外国の観光スポットか何かの情報が元になっている可能性もあるだろうが、それにしたって大規模なものである。

       

      「宿は機能しているのでござろうか」

      「流石に一部屋ぐらいは空いてるだろ。全員分空いてなかったらホークモンとハヅキ以外の一部は地面で寝てもらう事になると思うが」

      「そっか。じゃあ厚意に甘えて俺達は宿で寝るんでレッサーは屋根の上とかで寝ててくれな」

      「お、どうしたトール。オイラも誰もお前やアルスやユウキにベッド独占したいから出て行けなんて言う気は無かった気がするんだが」

      「レッサーはアレだよね。いっつも『ギルド』の拠点で台の上とかで寝てるし、地面の上でも屋根の上でも変わらないよねきっと」

      「アルス? いくらオイラでも夜中にまであんな風に寝ることは無いんだぞ?」

      「何でもいいけど剣持ったまま入って大丈夫なのかねこれ。ドゥフトモンとのあれこれもあるから捨てるわけにはいかないんだけども……」

       

      誰もが安心していた。

      ひとまず今日の困難は突破したのだと、ゆっくり休むことが出来るのだと。

       

      そんな時だった。

      最初に、その音を感じ取ったのはレッサーだった。

       

      「――ん?」

       

      何かが強く風を起こしているかのような。

      鳥デジモンが飛翔するそれとは異なる、そんな音にふとして視線を上に上げる。

      月光のみが視界を開く夜闇に紛れ、何かが見えた。

      よく見えず、目を凝らしてみた頃、次いでハヅキがその音を知覚した。

      二秒ほど経って、その表情は安堵していたそれから一変――青ざめる。

       

      「――まさ、か……」

      「ハヅキさん?」

       

      傍らのホークモンがハヅキの様子の変化に疑問の声を漏らすが、ハヅキから応じる言葉は無かった。

      そしてユウキ、ベアモン、エレキモンの三名もまた、遅れてその音を知覚する。

       

      ごおおおう、ごおおおう、と。

      さながら猛獣の低い唸り声にも似た上方から聞こえる音に、ユウキの表情が変わる。

      そうして皆が、同じ方向へ視線を送り、その飛翔を見た。

       

      「――な、なんじゃありゃ!?」

      「おいおい……何でこんなトコにあんなモンがあるんだよ!?」

       

      エレキモンとミケモンが、それぞれ驚きの声を漏らす。

      遥か先の夜空から轟音を伴って近付いてくる、魚か何かを想起させる輪郭と頭部を有する飛翔体。

      その造形は、ユウキにとってあまりにも見覚えのあるものだった。

      即ち、それは『アニメ』においても数多くの視聴者に大きな衝撃を与えた『間違いの象徴』。

      二つの作品を跨いで繰り出され、分類としては現代社会において最も恐れられる攻撃手段。

      すなわち、

       

       

       

      (――スカルグレイモンの、必殺技の……グラウンド・ゼロ!?)

       

       

       

      「各々方!! 急ぎこの場から逃げ――ッ!!」

       

      レナモンのハヅキはそれまでの堂々とした態度から一変、ホークモンの体を咄嗟に抱きかかえて走り出しながら、声を荒げて呼びかけてくる。

      が、軌道を確認する余地はおろか、考える時間も無かった。

      咄嗟に脅威を背を向けて走り出した直後、夜空を掻き裂いた弾頭は獰猛な笑みのままに着弾する。

      爆音が響く。

      その衝撃は、地響きと共に離れた位置にいたはずのユウキ達を転ばせる。

      何かが砕け、壊れる音、そして悲鳴と怒号とが連続する。

       

      ――同じ爆発が、同じ衝撃を伴って、続けて二回撒き起こった。

       

      急いで逃げるべきだとか他の誰々は無事なのかとか、そういった事を考えられる余裕など無かった。

      そうして結果的に伏せた姿勢のまま十数秒ほどが経過し、爆発音が響かなくなったのを知覚して、恐る恐るといった様子で転んだ状態から起き上がり。

      そうして改めて、元々見ていた方向を見た一行の視界に映し出されたのは、

       

      「――何だよ、これ……」

       

      地獄。

      そう言う他に無いほどに壊され、火の海と化した『天観の橋』の姿がそこにあった。

      数多く築かれ、あるいは住民たるデジモン達が居としていたかもしれない建造物が壊れ、石材や木材が火炎を帯び、大火事の中で怒号と悲鳴が幾多にも重なっていく。

      ギルモンのユウキは、呆然とするしか無かった。

      ただの火災なら、まだ現実の世界でも見たことがあった。

      だが、その殆どはテレビのニュースで見るような、文字通り対岸のものばかりで。

      こんな間近で、ましてや町一帯全てが燃え上がるようなものを、見たことなんて無かった。

      受ける衝撃も、抱く恐怖も、浮かんだ嫌悪も――それまでに見てきたものとは桁違い。

      原因、というか元凶と言える存在が何であるかを察してながら、それでも思わず呟いてしまっていた。

      何だこれは、と。

      これは本当に現実に起きている事なのか、と。

       

      そして。

      衝撃を受けているのは、ユウキだけではなかった。

       

      「――あ、あ――」

       

      その声に、ユウキは振り向いた。

      今日この時に至るまで、見たことの無い表情があった。

      自分やエレキモンの前では、一度たりとも見せなかった顔があった。

      ベアモンは。

      アルスは、震えていた。

      体どころか口元や瞳さえも震わせ、恐怖していた。

      そして、他の事になど意識一つ向いていないような様子で、こう叫んでいた。

       

      「……う、あああああっ!! ダメだああああああああっ!!」

      「ッ!? 待てベアモンッ!!」

      「は? おい馬鹿っ!? お前が行ったところで……ッ!!」

      「――!? ま、待つでござるアルス殿!! ユウキ殿!! トール殿ッ!!」

       

      彼はそう言うと、自ら大火事の巻き起こっている『天観の橋』に向かって走り出していた。

      その前進に戸惑いを覚えて二秒、遅れてユウキとエレキモンも後を追い始めて。

      結果的に、大火事巻き起こる町の方へとあっという間に向かって行ってしまった三人の背中を見て、ハヅキは明確に焦燥を帯びた表情でこう告げていた。

       

      「レッサー殿ッ!! 急ぎアルス殿達を連れ戻し、この場から退かねば!!」

      「……アレについて、何か知ってるのか!?」

      「私の予想通りであれば、あの凶器を町に放ったのは……」

       

      問いに対し、速やかな返答があった。

      今まで以上の震えを見せるホークモンの傍ら、忍びの里から依頼に来た銀の狐はこう述べたのだ。

       

      「……私達の里を壊滅させた、未知の化け物どもでござる!! 今あの町に下っ端であれ何であれ、関係する者が来ているのだとすれば、それはまずマトモに太刀打ちしていい相手ではないッ!!」

       

      直後にレッサーも遅れて駆け出していく。

      誰も彼も、樹海を踏破した疲れも癒えず、重い足取りのまま。

      弾頭の炎に照らされた夜闇の中を、進んでいく。

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    • #3929

       オブリビオンバードとは呼ばれずグラウンド・ゼロのまま。
       前回に引き続き今回は完全体のラモールモンが相手。一度完全体と遭遇・撃破したり自分らも完全体に到達した場合、もう当たり前のように野良にも完全体が出てくるのはVテイマー01を思い出すようだぜ。今回のラモールモンはモジャモンが暗黒(?)進化した姿ということで、決して市井の実力者というわけではないようですが。進化した後で負った手傷は退化後に治るものだったはずなのに今回治っていなかったのは何か意味があるのか、この理屈では進化してHP50⇒150になった後、120のダメージを受けつつ辛勝した場合、ダメージ残存で退化した瞬間HP50−120で退化即あううううんしてしまう。
       あと完治するっぽい口ぶりなので安心ですが、アルスの目の傷に関する言及こっわ! 片目が薄ら寒くなるようだ。
       
       前回からメモリアルステラが言及されたのでデジモンワールドリ:デジタイズな空気を醸していましたが、今回残留データによって具現化した武器(この理屈面白くて好き)を手に取ったギルモンのユウキが振るったら超強力っぽいというデジモンワールドX要素まで出てきて歓喜。ここから3とか2とか遡っていって最後は初代デジワーに帰還するのだろうか。というか、こう考えると何故か武器で戦っていたデジワーXの主人公どもは元人間だったのか……!
       前回含めてドゥフトモンあんな性格ですが聡いし割とリアリストに感じる。いずれ敵になる男だアレは。
       
       目的地到着を目前に既に壊滅、もしくは攻撃され中なのはお約束とはいえ、これは多々ここまで前フリされてきたアルスの過去が絡むぞ!!

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