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トピック
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「姉さんの酒好きが高じて、とでも言いますか」
厳つい見た目の割に、ギンカクモンの物腰はやわらかだ。
カウンター越しにも圧迫感のある巨漢に、比喩でもなんでも無く“いぶし銀”の身体は、しかしこれでもリアルワールドを訪れるにあたり、デジタルワールド側の技術でかなり縮めた後の姿であるらしい。
「あたしに色々な酒を飲ませたいと、こっそり勉強していたみたいでね。それが店を構えるまでになるだなんて」
自慢の弟だよ。と、私の隣に腰掛けた女性型のデジモンがくくっと笑いを噛み殺す。
こちらはデジモンにしては随分と小柄だ。全然小柄では無いパーツがほぼほぼカウンターの上に乗っかっていたり、やたらとペールオレンジ面積が高かったりするが、己の品性を貶めないためにも、彼女の外見描写は「名前通りの金の仮面」「髪が緑色」程度で留めておく事とする。
バー『べにひさご』
デジモンのバーテンダーというだけでも珍しいのだが、ギンカクモンが姉・キンカクモン以外に酒を振る舞ってくれる場という意味でも、べにひさごは今のところ唯一無二だ。
呼びかけに応じた者を吸い込み、溶かして酒に変えてしまうという瓢箪“紅葫蘆”の名を冠するだけあって、外装といい内装といい、大変に趣味が良い。気取り過ぎず、しかしまずは空気に酔いたい来店者の願望を外さないでいてくれるシックな佇まいには、それこそ吸い込まれるような魅力がある。
加えて、ギンカクモンは腕が良い。本人が最初に述べた通り、ごく身近にいる酒好きを喜ばせるために磨かれた手腕なのだろう。リズミカルに振られるシェイカーの音色は心地良く、“デジモンの運営するバー”という特異性を差し引いても、べにひさごは十分に現代社会の憩いの場足り得る空間である。
「どうぞ、本日のお酒です」
ロックグラスになみなみと、淡い黄金が差し出された。
やや濁りのある酒の中では、大きく丸くカットした氷が静かに回転の時を待ち構えている。
この特徴的な色合いと、甘酸っぱく爽やかな香りの正体は、秘匿するまでもなくグラスの縁に引っかけられていた。
「マタドールだね」
既に別の酒で濡れているキンカクモンの艶やかな唇が弧を描く。
マタドール。
ざっくり言えば、テキーラとパインジュース、それからライムジュースを合わせたカクテルだ。
香り豊かで華やかな味わいは、テキーラを手軽に楽しめる一杯として親しまれているという。いよいよ厳しさが覗き始めた初夏の日差しを耐え忍び夜を迎えた身としても、南国を感じるマタドールはうってつけに思われた。
「ところで、知っているかな、お客さん」
キンカクモンが鋭い爪で摘まむようにしてロックグラスを持ち上げる。
酒のぬるさを肩代わりして、より丸みを帯びた氷がからんと揺れた。
「このカクテルの“マタドール”という名は、マタドゥルモンが由来なのだよ」
「嘘吐くんじゃないですよ」
反射的にツッコんでしまい、ハッとなってギンカクモンを見やる。
仮にもデジモン研究に携わる仕事をしている身だ。故に知っている。ギンカクモンは敬愛する姉を貶める者を許さない。
……と同時に、だからこそ反応せざるをえなかったのだが。
私が知る限り、完全体のアンデッド型デジモン・マタドゥルモンとカクテル・マタドールに関連性は、存在しないのだから。
とはいえ流石にリアルワールドでの出店を許可されたデジモンだ。
表情の変化に乏しいギンカクモンの口から、しかし「あはは」と明らかに人(?)のよい苦笑いが漏れた事で、強ばっていた肩が自然に降りていくのが解った。
「その、すみません、つい」
「いえいえ、よくある事なので」
とはいえ、と。やはりギンカクモンが持つのは、姉の肩らしい。
「マタドールといえば闘牛の花形ではありますが、このカクテルがマタドールと名付けられた経緯については、実は定説が無いのですよ」
「そうなんですか」
だが言われてみれば、マタドールというカクテルに、闘牛士としてのマタドールを連想させる要素はあまり無いように思う。テキーラの産地メキシコでも闘牛が盛んに行われていた事から、マタドールと同じくテキーラを用いた黒いカクテルに“ブレイブブル”という名が付けられているぐらいなので、そういうものなのかなと思っていたのだが。
「その」
せっかくデジモンと交流できる酒場に居るのだ。こちらに直接関係の無い話でも、デジタルワールドではそう伝わっている、とい可能性も有る。耳を傾けるのも一興かと気を取り直し、私はキンカクモンへと改めて向き直った。
「どうして、マタドールの由来が、マタドゥルモンにあると?」
「だってほら、似ているじゃないか。マタドゥルモンと、パイナップル」
「ゴリゴリに主観だ」
ゴリゴリに主観だった。
私は脳内に、デジタルワールドのアーカイブで閲覧したマタドゥルモンの姿を思い浮かべる。
……言葉にして形容するのが非常に難しい姿をしている。しているが、ひらひらと艶やかに揺れる装束に反して、手足や顔が非常に鋭角なのが特徴だ。
特に鏃型の顔面から天を衝くようにギザギザと尖った金髪は、マタドゥルモンの全体的に鋭い印象に拍車をかけており――
――……言われて、意識してしまうと。それはパイナップルの葉のようであり、パイナップルの実の色ではあった。
「そんな馬鹿な」
しかし一度そう思い出すと、ぶかぶかズボンに描かれた目玉の意匠までパイナップルの表面を彩るうろこ形の皮を連想させてしまう始末。
ただ同時に、マタドゥルモンをそういった観点で見た事が無いというのは事実でもある。いや、見るわけが無いだろうそんな観点で。
あー……でも、そういえば。パイナップルの成分には針状の結晶が含まれていて、タンパク質の分解酵素を持つ事も相まって、食べ過ぎると口内で出血をおこすとか、聞いた事があるような、無いような。
それはマタドゥルモンの柔らかな布の奥にレイピアという暗器を隠した姿と、重ならない事も無いと言えば無く……。
「それにだね、お客さん。テキーラの原料については知っているかな」
キンカクモンの問いかけに現実に引き戻され、「やっぱりそんなワケ無いよな」と再認識するがてら、新たな問いに私は脳内を探る。
ええっと、確か。
「竜舌蘭、でしたよね」
キンカクモンは満足げに頷いた。
「竜舌蘭。竜の舌の蘭と書いて、竜舌蘭だね」
「ですね」
「リアルワールドを代表する吸血鬼の名は、ドラキュラ伯爵だったね。彼の名は日本語で、「小竜公」を意味するそうじゃないか」
「まあ……確か、はい」
「マタドゥルモンは吸血鬼のデジモンで、その主な進化前、成長期の段階は、ドラキュラ伯爵にあやかってか“ドラクモン”と呼ばれている。このことから、一連の進化ルートは“ドラクモン系列”と呼称される事も少なくは無い」
すなわちマタドゥルモンとは、ある意味竜でもあるのだよ、と。キンカクモンは仮にも専門家の前で、デジモンの分類学を無視して発言した。
「ドラクルという竜の舌が求めるもの。それは即ち、血に他ならない」
まあ、そうかもしれないけれども。
「故に、竜舌蘭から作られたテキーラは、吸血鬼の酒と言っても過言では無いだろう。そんなテキーラとパイナップルが組み合わさった以上、マタドゥルモンが連想されるのは必然的だ」
「言いがかりも甚だしいな」
「故にこの酒は、マタドールと呼ばれているのだよ」
そう締めると、キンカクモンはマタドールを一気に煽った。
……マタドールは“ロングカクテル”と言って、時間をかけて飲むものだった気がするのだが……いやまあ、その辺は個人(個デジ)の自由だからいいのか。
ちらり、とギンカクモンを横目で見やる。
ギンカクモンは無機質な赤い瞳に、しかしありありと「あんまり真に受けないでもらって大丈夫です」の意を滲ませていた。
まこと、破天荒な姉を持つ弟らしい仕草であった。
私はマタドールを口に運んだ。
よくシェイクされたフルーツカクテルの口当たりはまろやかで、度数の割に甘く優しい。乾いた喉に、良い意味での夏の訪れが感じられた。
「吸血鬼の甘美な誘惑のようだね」
弟、もう一杯。と、それこそジュースでも催促するようにキンカクモンがグラスをギンカクモンへと突き返す。
この際ジョッキで作った方が良いんじゃ無いかなと思いつつ、姉弟の事だ。沈黙はキンカクモンという事にして、バーの空気と、マタドールの風味に身を委ねる。
そうまでしても。酔いから冷めても。
私はこれからしばらくの間、パイナップルを目にする度にマタドゥルモンを思い出し、吸血鬼デジモンの資料に目を通す度に、テキーラに思いを馳せる羽目になるのだろう。
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