ドレンチェリーを残さないでep11

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      大学での事件から一週間経ったが、猗鈴達はメモリの生産施設を攻撃できていなかった。

      「……メフィスモンとやなパーには完全にしてやられたね」

      盛実はそう呟き、メロンソーダにストローでブクブクと息を吹き込んだ。

      「中身入りのメモリに加えて、人間の側も組織の人間。というパターンは頭から抜けてたし、お陰で迂闊に攻められなくなった」

      盛実と天青は元々中身入りの存在を知っていたが、それでもメモリを使う犯罪者か中身入りのメモリに使われている被害者か、人かデジモンどっちかが主導の二択しか考えになかった。

      しかし、真珠はそのどちらでもなかった。真珠もメフィスモンもどちらも組織に属していて、場面によって入れ替わる共生関係にあった。

      「メモリ生産設備に入り込んだとして、戦って倒した相手が乗っ取られただけの人なら助けなきゃですけれど、使わせている組織の人間だったら背中から刺されますもんね」

      猗鈴の言葉に盛実はうんうんと頷いた。

      「それもそうだし、ほぼ全ての敵に対して二回戦うかもしれないと考える必要も出てくるまともに戦えるの二人だけでその想定はスペック的にもきつい」

      「……でも、もうそう言って一週間ですよ?」

      「そう、だけど手をこまねいていた訳でもない。私達にはもう、生産設備に忍び込んでなるべく敵と戦わずに機能不全にする箇所をピンポイントで破壊する他ない。その、ポイントを博士に考えてもらっていた」

      天青がそう言うと、盛実は打って変わってえっへんと胸を張った。

      「結論から言うと、製造を止められそうなポイントは三つあります」

      「三つ?」

      「ふふっ、そう慌てなさんな」

      慌てた覚えはありませんがという猗鈴の言葉を無視して博士は話を続ける。

      「どれか一個壊滅させるだけで向こう半年はメモリ製造できなくなる筈だから、同時に本拠地も突き止められれば十分相手の勢いは削げるよ」

      「それはすごいですね」

      猗鈴は素直に頷いた。

      「そう! というわけで三つのポイント。一つ目はデジモンデータの大規模記録媒体、二つ目は原料となるクロンデジゾイトメタル、三つ目、これが大本命なんだけど……クロンデジゾイトメタルをクロンデジゾイドに精製する機械」

      と言って、盛実は指を三つ立てた。

      「……正直よくわかってないんですが、メモリ自体を作る機械は狙わないんですか?」

      猗鈴にはクロンデジゾイトメタルもクロンデジゾイドもよくわからなかった。

      「うん、狙わない。だってそれは材料さえあれば普通のメモリを作る機械を流用できちゃう。すぐ手に入らなくとも買えるし、買えなくとも国内でメモリを生産してる工場から盗んでくるとか、小規模でもパーツ買って手作業で作り続けるとかできちゃう」

      「なるほど、代替可能なんですね」

      そういうこと、大学経由で手に入れた機械を調べてそれがわかったんだと盛実は得意げに言った。

      「で、デジモンデータはまだわかるんですけれど……保管媒体って壊せますか? クラウドとか外部に保管してたらお手上げでは?」

      「それはメラモンとかの発言を思うと無いと思うんだけど……中身入りじゃない純粋に力だけのデータに関しては否定できないから二つに比べると望みは薄いね」

      それでクロンデジゾイドに目をつけたと、と天青は盛実に話の続きを促した。

      「そう、クロンデジゾイドはメモリの端子部分に使われている合金で……生き物と融合できる性質がある」

      「生き物と」

      猗鈴の頭に浮かんだのは、肉体とメモリが融合していく様子だった。

      「そう生き物と。脳信号が電気でやりとりされてるからって、普通のUSBを腕に挿そうとしてもそもそも挿す場所もないし、無理に刺しても血が出るだけで融合なんてしないでしょ? それを解決するのがクロンデジゾイド」

      私式はベルトに挿すから使ってないけどと言いながら、盛実はローダーレオモンメモリの端子を手のひらに押し当てて見せた。

      「そんなクロンデジゾイドの原料がクロンデジゾイトメタル。これはデジタルワールドでしか発見例のない鉱物。当然合金に精製する機械もまず、デジタルワールドにしかないし数が用意できるとは思えない。一個のメモリに使うのも少量だし予備があるとは考えにくい」

      「なるほど……クロンデジゾイトを奪えれば確実だけど、量もわからないし、分けて保管してあることも考えられる。でも、精製する機械ならば手が塞がることもなくおそらく一つだけなんですね」

      「それならいけるかもしれない」

      「だしょー?」

      天青と猗鈴が頷くと、盛実はそう言ってにやっと笑った。

      「その機械がどういうものかとか、設置場所とかも盛実さんにわかってるなら、近い内に行けそうですね」

      「あー……それは無理。クロンデジゾイトは稀少な上にかなり実用性が高い鉱物、昔のデジタルワールドではその加工法は秘匿されてて、地域とか個々の政略とか毎に試行錯誤の末に独自で編み出してた歴史がある」

      盛実は至極申し訳なさそうにそう口にした。

      「ということは」

      「いっぱいある精製方法の内、人間が扱える方法はとか、そういうのを検証するとこから始めないとなのよ。マスターに水路の有無とか排水のサンプルとか取ってもらいつつ、って感じだから……すぐには無理。施設の構造とかも調べなきゃだし、下調べすることはやろうと思えば幾らでもある」

      「……そうですか」

      「なんかごめんね。お姉さんに関してのそれを早く知りたいだろうに」

      めちゃくちゃ申し訳ないけど頑張るからと言うと、猗鈴は首を横に振った。

      「いえ、理由はわかりますし……個人的にもそれまでに何か決着をつけないといけない相手が何人かできた気がするので」

      「真珠さんのこと?それとも、風切?」

      「彼女達もそうですし……」

      「……姫芝のこと?」

      天青の挙げた名前に猗鈴はこくりと頷いた。

      「そうです。姫芝……犯罪者だから止めなきゃというそれとは別に、なんとなく、尊敬している様な嫌悪感の様な……まぁ、姉さんに比べたらどうでもいいんですけれど、そんな感じがあるんです」

      その言葉に天青は少し視線を揺らしてから頷いた。

      「そっ、か……ちなみに猗鈴さん。友達とかはいる? ここに映画のチケットが二枚あるんだけど」

      「……なんですか、突然」

      猗鈴は腑に落ちないという声を出した。

      「調査の時には猗鈴さんにできることは少なそうだし、姫芝と風切に関しても向こうが動かなきゃ何もできない。お姉さんについて調べるのが猗鈴さんの目的な訳だけど、ここの『探偵』としては、守っている日常ってどんなものっていう事もちゃんと知っていて欲しいんだよ」

      「……でも、私映画に誘う様な友達いませんよ?」

      ちなみにこのチケットはどこからと猗鈴が尋ねると、天青は博士が入場特典目当てでと言った。

      「元は一日二回、初日と二日目で計四回見るつもりだったんだけど……入場特典くれるならまぁ仕方ないかなって気もしなくはない……でも、ちゃんと観てね! 寝ないでね!」

      盛実は必死の形相でそう言った。

      「一枚でいいんですけど」

      「それはダメ、探偵としての研修だと思って。映画館での飲食分は経費にしていいから」

      まぁそれならと猗鈴はチケットを受け取った。映画館で食べるキャラメルポップコーンは家で食べるのとはまた違う趣がある。それか猗鈴は嫌いじゃなかった。

      猗鈴が喫茶店から出ていくのを見送って、それから盛実は天青の頬をえいとつねった。

      「考えあってのことだよね? ねぇ?」

      私の前売り券なんだけど? と盛実はわざとらしく地団駄まで踏んで見せる。

      「いすずひゃんは、どこか自分も他人も俯瞰ひて、他人事みひゃいになっへふとこがあるから……ほれをひに、少し他人をいひきひてもらいたくて」

      「何言ってるかわかる様なわからない様な」

      盛実がそう言うと、天青はほほをつねる盛実の手を解いた。

      「猗鈴さんはまだほんの数日なのにデジモンともバリバリ戦えて頼もしいけど、そこに躊躇いもないのは不安になるねって話」

      「……でも、この前なんかあそこでセイバーハックモン使って仕掛けてれば、みたいな相談してなかった?」

      というかアニメ映画見て即影響される子ってやばいよ? と盛実は言った。

      「してたけど、あれは戦うことに葛藤したんじゃなくて、戦い方を間違ったかもって葛藤だと思う。もしかするとそこが、猗鈴さんにとっては大事なのかもしれない」

      「よくわからんことがさらによくわからなくなったんだけど……」

      「私もなんかそこの違いは重要だと思うんだけど……じゃあなんなのかってとこまではよくわからない。彼女みたいにはいかないね」

      そう言いながら、天青はエンジェウーモンメモリをちらりと見た。

      「……セイバーハックモンメモリも、安定はしてたみたいだけど想定と全然違う挙動したみたいだし、わからないことだらけ」

      そんな天青を見た後、空を仰いで盛実ははぁとため息を吐いた。

      「ちょっと待って、セイバーハックモンメモリ、想定外の挙動だったの?」

      天青はそう言って盛実の腕を掴んだ。

      「え? うん。本当は体の右側半分だけセイバーハックモンメモリがガッツリ覆う予定だった」

      「……なんでそんな扱いにくそうな形に」

      「え、いや……ちゃんとシリアスな理由あるよ? ウッドモンメモリ程適合率高くないから、全身に分散するとちゃんと形にならなかったり強度落ちる危険があって……だから右半身の特に脚部から、適合率に合わせて右半身を覆うように展開する設定にしたの。猗鈴さん、殴り合いの時に半身になってること少なくないし、右側前に出してガードして剣出して左手に持って戦うイメージ」

      「……でも、現実にはそうならなかった」

      「うん。リスペクト要素は消えたけど、手足にと頭に固めるのはそれが可能とわかってれば一番いい集め方だよね。ウッドモンメモリ部分の形状も変化してるのも本気でわけわかんないけど……やっぱり、セイバーハックモンで足りないとこをカバーしてるんだよね」

      そう、リスペクト要素はなくなったけどと、盛実はまた鳴いた。

      「……ちなみに、博士はなんでそうしなかったの?」

      「それは、テストするタイミングなかったから調整もできなかったの。どれくらいの出力が出るか、使ってみなければわからないからね」

      盛実の言葉に天青は少し考え込んだが、うまく考えがまとまらず首を傾げるしかできなかった。

       

       

      喫茶店から出て家に帰ると、猗鈴は二枚のチケットを見てんーと悩ましい声を上げた。

      猗鈴がそういったものを受け取る機会は今までにもなくはなかった。だが、大抵それは姉に渡していた。姉なら幾らでも誘う相手がいる。だからそうしていた。

      研修と言われた以上は自分は少なくともいくべきで、しかも中身はまぁまぁ若者向けの恋愛もののアニメ映画で、養父母に渡す様なものでもなく、その片方を誘うのも何かおかしい。

      「とりあえず、ランニング行こうかな」

      一応誰か誘えそうな相手に会った時の為にとポケットに忍ばせて、ランニングをする。

      守っている日常がどんなものかと、天青が言ったことを思い出し、猗鈴はいつもランニング中につけているイヤホンを外した。

      猗鈴がこの街に住み始めたのは大体十五年前、ちゃんとランニングをし出したのはここ数年、でもそれまでも猗鈴はよくこの街を歩いていた。

      遊ぶ友達もいないし、別に家が居心地悪いわけでもないのだけど、家が居心地いいからこそ猗鈴は外によく出た。

      でも、猗鈴は街並みをあらためて見ようとしても、感慨の様なものは覚えなかった。街に対しての思い入れが薄いのかなとは思ったが、猗鈴はそれでいいと思った。大切なものは少ないか消えものがいい。

      そうして、また家の近くまで戻ってきたところで一つの和菓子屋に入った。

      「いらっしゃいませー」

      そう言った同年代に見える男性は猗鈴は初めて見る店員だった。

      「酒饅頭を二つ下さい」

      「はーい」

      そう言って男性は饅頭を二つ、紙袋に包む。

      猗鈴は値段を確認して小銭入れを取り出し料金を払おうとして、男が猗鈴のことをやけに見ているのに気づいた。

      「何か顔についてますか?」

      「いや、そういうことじゃないんですが……美園さん、ですよね?」

      「そうですが……」

      近所なので知ってる人がいること自体はおかしくない。知り合いだとは思えなかったし、姉ならともかくなぜ自分がとも猗鈴は思ったが、それだけだ。

      「小学校の時に同級生だった米山便五(ヨネヤマ ベンゴ)って覚えてますか?」

      「……覚えているよ」

      猗鈴は覚えていなかったがそう口にした。すると、彼はパッと顔を明るくした。

      「僕がその便五だよ。覚えているとは思ってなかったから嬉しいなぁ。魔王とか呼ばれてた美園さんと違って僕は地味だったから」

      そのあだ名は初耳だなと猗鈴は思ったが、覚えていなかった負目があったので黙って頷いておいた。

      「いつも、母さんから美園さんが来てるって話は聞いてたんだけど、僕も小学校の頃の姿しか覚えてなかったから最初わからなかったよ」

      「そうなんですね」

      「あ、引き留めてごめんね。おまけに干菓子つけとくから」

      「いや、でも……」

      遠慮しようとして、ふと猗鈴は映画のチケットの存在に思い当たった。

      「じゃあ、代わりに映画のチケット、要ります?」

      「え?」

      「貰い物なので……」

      「でもそれは……」

      「二枚あるので……」

      ふとそこまで言って、来場者特典は貰ってきてと言われていたことを思い出した。

      「……一緒に行きましょう。今週の土曜か日曜に」

      「じゃ、じゃあ土曜で……」

      「では、正午に駅集合で」

      猗鈴はそう言ってお金とチケットを置いて商品を受け取るとさっさと店から出ていった。

      「こ、れ……デート、かな?」

      店には頬を赤く染めた便五だけが取り残された。

       

       

      土曜日、映画館から出てくる猗鈴を双眼鏡で見ている女が二人いた。

      一人は真珠、もう一人はそれより少し年上ぐらいの女だった。

      「アレが、メフィスモンを倒したやつか……デートっぽいけど笑顔ひとつないのね」

      黒髪の初老の女がそう言うと、真珠はずずっと缶のコンポタを啜った。

      「美園姉妹にまともな感情なんて期待しない方がいいわ。多分どっちも血の代わりにオイルが流れてる」

      そう吐き捨てると、ぽいと地面に缶を投げ捨てた。

      地球には優しくしないとと言って女は缶を拾うと、それを真珠の方に突きつけた。

      「復讐したいのに抜けてよかったの? 組織」

      「夏音はリヴァイアモンのお気に入りだし、猗鈴は組織の枠の中だと戦えるのは自衛の時だけ、あのままじゃどっちもまともに殺す機会がない」

      真珠は突きつけられた缶を取ることはしなかった。

      「なるほどね、しかもあなたじゃどっちも正面からは殺せない」

      「……殺してみせるわよ。今度は魔術で色々仕込んでから挑むもの」

      女の言葉に、真珠は顔を紅潮させて歯軋りしながらそう言った。

      「いやいや、メフィスモンならともかく、人間のあなたに魔術の知識がある? ないんだから同じことはできないでしょう? 話を聞いた感じ、向こうはデジモン同士の戦いに慣れてる支援役がいる。それ以上の有利をあなたが独力で用意するのは無理、また距離を詰められて一方的に有利を押し付けられてやられるだけよ」

      ぐっと唸った後真珠は黙り込んでしまった。

      「第三勢力を作って掻き回すとこから始めましょう? 三つ巴や消耗したところを襲う。そうすればあなたが弱くても勝ち目が出てくる」

      「……あなたが手を貸してくれれば話はもっと簡単でしょ」

      真珠はそう、悔しそうに呟いた。

      「あぁ、確かにね。私なら一捻りだと思う。でも、それが物を頼む態度?」

      そう言いながら、女は手の中で缶を潰してこね、小さな球にして真珠に渡した。

      「……美園姉妹をぶっ殺すのに力を貸して下さい。お願いします」

      「いいわよ」

      にっこり笑って女は自分より背の高い真珠の頭を撫でた。

      「……ありがとうございます」

      「じゃあ、仲間を集めようか。第三勢力を作って、しっちゃかめっちゃか掻き回して、どさくさ紛れにあなたが殺せる状況を整える」

      「……そこは同じなのっ……ですね」

      一瞬、真珠はタメ口に戻しかけたが、女がすうっと目を細めると口調を正した。

      「私が殺すだけなら簡単だけど、それであなたの気は晴れるのか、って話と……私が面白くないって話がある。

      「面白くないって……」

      「つまらないことして生きていきたくないじゃない? 一生って長いのよ?」

      女はそう言って笑うと、手をパンと叩いた。すると、ワインレッドのタートルネックを着た男がスッと背後に現れた。

      「とりあえず、彼女の力が見たいわ。適当に誘き寄せて幾らかやり合ってみて。見る限りは、一人ならあなたのパートナーと同格よ」

      「わかりました」

      「……彼、私が渡したあのメモリを使うんですか?」

      真珠の言葉に、女はふふふと笑った。

      「展開次第かしらね。デジモンに関係した事件は何も今回が初めてじゃないし、全てが摘み取られた訳でもない。メモリ以外の手もあるわ」

      「……それって」

      「そういうこと、かしらね」

      女は犬歯を見せながら笑った。

       

       

      「ねぇ、美園さん。さっきの映画について、ちょっとどこかでお茶でもしない?」

      「いいけど、どこで?」

      映画館でLLサイズのキャラメルポップコーンを食べたあとだったが、猗鈴は便五の申し出に異議を唱えなかった。和菓子屋の息子がどこでお茶をしようとするのか、映画のこととかはもはやどうでもよくてそれが気になっていた。

      「駅の近くのスイーツビュッフェのお店とか」

      「いいね、あそこ美味しいし」

      知ってる店ではあったが、値段を考えると手頃に美味しく猗鈴も時々行く店である。ケーキの味を想像すると、猗鈴の顔には自然と笑みが浮かび、それを見て便五は少し頬を赤くした。

      「申し訳ないが、その予定はキャンセルしてもらおうか」

      「……何の用ですか?」

      男の声に猗鈴が振り向くと、声をかけて来たらしい男の頭からは這い出るようにあまりに奇怪なデジモンが現れるところだった。

      矢じりに黄色い毛と紫色の細長い複眼をつけたような頭、派手なピンク色の袖は振袖のように大きく、それを支える上半身は反してやたらに細い。ズボンも膨らませてあり、靴は明らかに刃物で造られていた。

      『ウッドモン』『セイバーハックモン』

      しかし、猗鈴にはそれが脅威であることもよくわかっていた。

      猗鈴は、時折天青の身体から生えている黒い翼を見たことがあった。他の人には見えてない様でもあったが、過去の天青達の事件に由来するのだろうということはなんとなく予測してもいた。

      「米山くん、この電話番号に電話して、助けを求めて」

      「え、でも……あの人ただ立ってるだけだし」

      猗鈴は困惑する便五に天青の名刺を押し付けると、レバーを押し込んだ。

      変身を終えた猗鈴を見て、男はにんまりと笑った。

      「……そうか、君は見えるんだな? マタドゥルモンが」

      「それはなんともそそられる」

      マタドゥルモンと呼ばれたデジモンは男の頭の横で浮いていたような状態から、不意に重力に引かれてすとんと地面に降り立った。

      そして両袖からしゃきりと音を立てて両刃の剣を指の様に五本ずつ露わにした。

      猗鈴は半身になって構えると軽く拳を握り込んだ。

      このマタドゥルモンは、天青と同じ過去のデジモン事件からの関係者である。この世界で人の考えを理解し、侮りもしないだろうしおそらくlevel5の力を有している。

      そう考えると猗鈴は迂闊に飛び込めなかった。刃物を使う接近戦タイプならば、メフィスモンやフェレスモンみたいに得手を潰して接近戦になるまで距離を詰めれば有利になるという訳でもない。おそらく互角以上の相手で且つ、自分の得手が相手の得手でもある状況は初めてだった。

      ならばと、猗鈴は一歩後ろに退いた。

      それを見てマタドゥルモンは猗鈴へ向けて跳び、足を振り上げた。それに対し猗鈴は踵落としを擦り抜けてマタドゥルモンの懐へ入るとアッパーを打ち込んだ。

      「……腕ではやや非力だな、お嬢さん」

      かちあげられた頭を即座に戻してそう呟くと、マタドゥルモンは腕の刃を振り上げながら一歩後ろへと退がった。

      それを見て猗鈴は一歩踏み込み、今度は細い腰に向けてフックを打ち込んだ。

      「インファイトがお望みか」

      マタドゥルモンは殴られた勢いのまま腰から身体をぐにゃりと曲げられながら腕を振りかぶると、猗鈴の二の腕へとそれを突き刺した。

      「ぐうっ……!」

      「しかし、人は脆いぞお嬢さん。胸にほんの数センチ刺されれば人は死ぬ。何故まともに脚も振れない程懐に入りたいのか理解しかねる」

      それに対して、猗鈴は何も言わずにマタドゥルモンの足の甲を刃のついた爪先で地面に突き刺した。

      「なるほど、私をここに縫いとめる為か。しかし、それでどうする?」

      「こうする」

      そう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。

      『レッジストレイド』『ブランチドレイン』

      猗鈴が足を突き刺した脚を軸に、逆の光る足を振り上げる。

      「それは流石に甘すぎる。そんな無理な体勢で私相手にできることは限られよう」

      マタドゥルモンは振り上げられた脚を横から腕で払い落とすと、猗鈴の胸に体重を乗せて肘を打ち込んだ。

      「さて、次は何を見せてくれる?」

      その言葉に、猗鈴は少し離れて体勢を整えると、もう一度ウッドモンメモリを押し込んだ。

      『ブランチドレイン』

      「……もうネタ切れか」

      マタドゥルモンはそう落胆の呟きを残すと、腕を振り払う様にして袖から刃を何枚も飛ばす。

      猗鈴はそれに対して、光る足で強く地面を踏み込み地面から何本も枝を生やして防御しながら、マタドゥルモンを囲い込んだ。

      「目眩しかな?」

      『セイバーハックモン』『セイバー』

      「しかし、その音声はいただけない。不意打ちには向かないだろう」

      猗鈴が枝の上から突き刺した剣をマタドゥルモンは腕の刃で受け止めた。

      「知ってる」

      そう呟くと、猗鈴はすぐにセイバーハックモンのメモリの角を押した。

      『メテオフレイム』

      剣先から撃ち出された弾丸はゼロ距離で爆ぜてマタドゥルモンのガードが開く。その隙に、猗鈴は剣を捨てると枝を踏み台にマタドゥルモンの頭を踏みつけた。

      「これで今度は外さない」

      『デスメラモン』

      ふと、流れてきた電子音に猗鈴が思わず視線をやると、赤いセーターの男が青い炎と鎖をまとった大男のデジモンへと姿を変えるところだった。

      そして、猗鈴がまともに反応する間も無く、男の鎖は猗鈴の身体を強かに打った。

      「一対一は尊重するのが紳士の在り方なんだが……それで相棒を殺されても困る」

      「佐奈……私は負けてないぞ」

      「真珠ちゃんから聞いた話では、当たれば枝が伸びてきて拘束能力もあるし、エネルギーを吸いもする。見てる感じ確かにスペックは互角らしい、しかし一度エネルギーを吸われたら倒され切らなくとも形勢を立て直すのは難しい」

      「佐奈! それが戦いの醍醐味ではないか!」

      マタドゥルモンはそう強く主張したが、佐奈と呼ばれた男は頭を抱えるポーズを取った。

      「……マタドゥルモン。今回、小手調べなんだからそこまで本気になるもんじゃあないんだよ」

      佐奈と呼ばれた男の言葉に、つまらんと呟きながらもマタドゥルモンは男の方へとすたすたと歩いていった。

      「……待って。このまま何事もなく帰れると?」

      「なら、人質でも取った方がよかったかな? それとも、まだそこらへんに隠れてる人なんか幾らでもいると思うんだが……顔でも焼いて救助せざるを得ない状況の方がお好みかな?」

      佐奈の言葉に、猗鈴はそれ以上何も返さなかった。それを見て、マタドゥルモンは佐奈の頭の中へと消えた。

      メモリの使用さえ解いて、悠々と歩いて去っていく背中を、猗鈴はただ見ているしかなかった。

       

       

       

       

      あとがき

      今週も読んでいただきありがとうございます。

      今回の表紙はセイバーハックモンメモリでの変身時ですが、それはそれとしてデジモンコミック読みました?めちゃくちゃよくなかったですか?よかったですよ?見てない人は見に行ってください。

      ではでは、また来週か、3レス流れたその次の週に。

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    • #3835

       久々でしたが、便吾君初登場ここでしたか。というか、小学生以来の再会で突然デート誘われたらそりゃ惚れるというものですが、この和菓子屋の息子ちゃっかり密かに順応能力が高すぎる。
       そこに現れたロケット団のはまさかのドゥル。蹴りで相手の足ごと動きを縫い留める手段はニチアサではできませんねー。それはそうとセイバーハックモンとマタドゥルモンなのでまさに触れるだけで剣戟音を奏でそうな全身刃物対決が素敵。博士達も猗鈴サンに対して思うところはあるようですが、こうも荒事に慣れ過ぎていると確かに日常も改めて知って欲しいと思うのも道理。
       それはそうとパーさん途中まで偉そうだったのに速攻で頭を下げる羽目に。仮面ライダーザビー影山君の如き醜態勇姿。人間としてのパーさんは他の連中に軽く見られ過ぎておられる。実は猗鈴サンや博士達の方がその危険性を買ってるまである。

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