デジモンに成った人間の物語 第一章の② ー三日目ー

トップページ フォーラム 作品投稿掲示板 デジモンに成った人間の物語 第一章の② ー三日目ー

  • 作成者
    トピック
  • #3751
    ユキサーンユキサーン
    参加者

      (……かなり早く目が覚めちゃったなぁ……)

       

      一日前に怪我をしてしまったため、普段よりも早い時間から眠り始めていたベアモンの目覚めの感想は、そういう物であった。

      外に見えるはずの日の光が微かにしか無い辺り、時刻は朝食を食べる時間としても少し早い朝らしい。

      ベアモンの隣では、現在居候中のギルモンことユウキが眠っている。

      よっぽど疲れているのか、試しにベアモンが|額《ひたい》に触れてみても反応を見せず、起きる気配は全く無い。

       

      (……昨日は色々あったし、色々と疲れてたんだろうなぁ……)

       

      彼は昨日、感情のエネルギーによる『進化』という強大な力を使った。

      森の中で襲い掛かってきたフライモンをその力で撃退し、その状態のまま自分とエレキモンを助けるために疾走している。

      それだけの無茶をやった時の疲労がまだ残っているとするなら、この熟睡っぷりも頷ける。

      もしくは、ただ単に安眠に対する欲求が高かったからかもしれないが。

       

      (……にしても、進化……かぁ)

       

      ベアモンは静かに体を起こし、最初に右肩に巻いてある包帯を外して怪我の様子を確認した。

       

      (……痛みがほんの少し残ってるけど、傷自体はほぼ完全に塞がっている。自分で言うのもなんだけど、こうして見ると不思議だなぁ)

       

      怪我の具合からも、活動に支障が出るレベルの物では無いと判断したベアモンは、部屋の隅っこの方に設置されているあまり本が収納されていない本棚から、一冊の本(借り物)を掴み取る。

      自分の読みたい部分のページまで一気に流し、あるページを開いたベアモンは眠っているユウキを起こさないように、口の中だけで静かに呟きだす。

       

      (……人間の感情が生み出すエネルギーが、聖なるデバイスを通してパートナーであるデジモンに伝達され、『進化』が発動する、か。この理屈は僕たちデジモンが『感情のエネルギー』によって強くなるって事にも通じているけど、現実では人間や聖なるデバイスが存在していなくても『進化』は発動している)

       

      だけど、とベアモンは一区切りして。

       

      (……進化に至るまでの過程は、年月レベルで必要なはず。この物語や他の物語のように『やろうと思えば』出来るほど、簡単じゃない……)

       

      だが実際、一度も戦闘を行っていないはずのユウキは、初めての戦闘で早速進化を行った。

      まるで、書物に登場している架空の『主人公』達のように、感情のエネルギーだけによって。

       

      (……あの慣れていない感じの動きから考えても、ユウキは一度も命賭けの戦いを経験していないはず。だとしたら、やっぱりあの進化は『感情』だけで発生したと考えるべきかな……)

       

      ベアモンは一度、自分が普段から使っている寝床に横になっているユウキの方を見てから、再度書物の方に書かれている絵を見るが、その姿は書物に書いてある『人間』のシルエットとはかけ離れている。

      どう見てもデジモンの姿をしているのだから、当然と言えば当然なのだが。

       

      (……考え過ぎなのかもしれない。けど、もし本当に、ユウキが人間だったのなら……)

       

      ベアモンの思考に一つの疑問点が浮かぶ。

      彼は手に持っている本を本棚へ横倒しになる形で戻すと、今度は別の本を取り出す。

       

      (……もしこの書物に書いてある事が真実だとするんなら、人間がこの世界に来てもその姿を大きく変える事は無い。だとするなら……)

       

      もしも本当に、ユウキが人間だったとするなら。

      彼は人間からデジモンに『成った』のでも『進化』したのでも無く、恐らくは、

       

      (……誰かに『変えられた』?)

       

      だが、仮にそうだとするなら、ユウキと言う名の人間をデジモンに変えた目的は何なのだろうか。

       

      (ぶっちゃけ、そんな事をする理由が分からないんだよねぇ。そもそも人間の世界があったとして、そこからどうやってこの世界に来る事が出来たんだろ。物語に書いてあるように、聖なるデバイスの力で世界の壁を越えるとかそういう奴じゃないと思うし……)

       

      仮に、ある日突然『この世界とは違う世界から来ました!!』と言われても、実感が沸く事はまず無い。

      だがユウキが嘘を吐いている可能性に関しては、まず出会った時の動揺に満ちた反応を見る限り、無いと考えるべきだろう。

      そうベアモンは考えるが、当然ながら答えなど見つかるはずが無い。

      やがて、ベアモンは溜め息を吐いた。

       

      (……これはユウキの問題だし、僕が興味本位に首を突っ込む事は間違ってるかもしれないよね)

       

      本を閉じ、元の場所に戻す。

      気持ちを切り替えるために、一度両手を大きく上げて背伸びをする。

      結局の所、今の彼に出来る事、知れる事などタカが知れているのだ。

      ふとベアモンは、視線を部屋の隅の方へと向ける。

       

      (……とりあえず、せっかくだし食べさせてもらおうかな)

       

      部屋の隅に置いてあった一個のバケツの中には、ベアモンもよく食べている魚が数匹分入っていた。

      それは現在も眠っている居候が、先日頑張って夕方頃から釣ってくれた物で、その中にはベアモンの好物である種類の魚もある。

      ベアモンは眠っているユウキの方へと笑顔を向けた後、バケツの中に手を突っ込んで魚を取り出す。

      昨日あまり食べ物を口にする事が出来なかった所為で、朝っぱらからベアモンは空腹だった。

      それもあってか、バケツの中に入っていた食料は五分もしない内に全て無くなった。

       

      (ふぅ、生き返った気分)

       

      腹を満たし終え、口元に付いた食べかす(赤)を手で拭った後、再び本棚の前に立って一つの本を取り出す。

      そしてベアモンは、眠っているユウキが起きるまでの間、静かに黙読を開始する。

       

      (……もし仮に、ユウキをデジモンに変えてこの世界に送り込んだ奴が、下らない理由で僕の友達を巻き込み、傷付けたら……その時は)

       

      同時に、一人の運命を歪めた相手に対して、内心で言葉を唱え。

       

      「……ぶん殴ってやる」

       

      誰にも聞こえないほどに小さく冷たい声で、そんな事を呟いていた。

       

       

      時間が経ち、太陽の光が街を明るくさせた頃。

      ようやくユウキが目を覚まし、友達であるエレキモンもいつものように家へとやって来た。

       

      「なぁベアモン。本当に怪我は大丈夫なのか?」

       

      ベアモンの右肩に、昨日から巻かれていたはずの包帯が無い事に気付いたエレキモンは、率直な質問をぶつけた。

      対するベアモンは、世間話でもするかのような声調で返事を返す。

       

      「戦闘と日常生活に支障が出る事が無いぐらいには大丈夫。それより昨日、僕考えたんだけどさ……」

      「何だ? お前が考え事なんて、今日は雨でも降るのか?」

      「次余計な事を言ったら、顔面を歪めるよ~? 物理的に」

      「やめろ!! お前のパンチは冗談抜きでそうなりそうだから!!」

       

      下らない事でリアルファイトに突入するのはエレキモンも嫌なので、ベアモンの注意(脅し文句とも言う)を聞いた直後に謝罪した。

       

      (……いやぁ、この二人はホントに仲が良いなぁ……)

       

      ユウキがそんな二人を他人事のように眺めながら欠伸を出すと、ベアモンはひとまず話を進めるために話題を仕切り直しした。

       

      「昨日考えたんだけど、やっぱり現状だとユウキは足手まといなんだよね。今の状態で『ギルド』の試験を受けても、失敗しそうな気がするんだ」

      「まぁ、今更自分が弱い事を否定したりはしないけど。それで?」

      「一回、ユウキの実力を確かめたいからさ、僕と模擬戦をしてくれないかな?」

       

      ベアモンにそう言われ、ユウキは思わず聞き返す。

       

      「いや、あのさ……模擬とは言え、怪我してるデジモンを相手にするのは……」

       

      「さっきも言ったけど、もう戦闘や日常生活に支障が出ないぐらいには治ってるんだって。それに、飛び道具を主に使うエレキモンを相手にして、ユウキには自分が『勝てる』と思えるの?」

       

      ベアモンの率直な質問に、ユウキは一度エレキモンの方を見て戦った時の場面を想像したが、

       

      「無理」

      「即答かよ。まぁ俺も、お前に負けるとは微塵に思っていないけど」

      「それに、僕とユウキの種族は見た感じ『格闘戦が主体』っていう共通点があるみたいだし? だから、僕が相手になった方が、ユウキがどのぐらいの実力を持っているのか分かるし」

       

      それでようやく納得出来たのか、ユウキは『仕方ないか』と一言呟くと、ベアモンに対して返事を返す。

       

      「分かった。それじゃあ、その模擬戦は何処でやるんだ?」

      「……そうだね。とりあえず、街から少しだけ離れた草原にしようか。下手して何かを壊したらマズイし」

      「だな。平地でなら格闘戦もやりやすいだろうし、誰の邪魔も入らないだろ」

      「オーケー分かった。別に勝負ってわけじゃないけど、怪我人相手に負けるほど俺は弱くないから覚悟しろよ」

       

      その会話で活動を決め終わり、三人のデジモンは目的の場所に向かって歩き出した。

      そして、十分後。

       

      パシッ!! と、ベアモンはユウキの振り下ろした右手を片手で受け止めて。

      ゴスッ!! と、もう片方の手でユウキの腹部に拳を捻じ込んで。

      ドスッ!! と、流れのままに一本背負いで体を背中から地面に叩き付けて。

      ドグシャァ!! と、倒れたユウキに対してベアモンは拳を振り下ろしていた。

       

      「ごふっ」

      「勝負あり、でいいね?」

      「……お前、身内にも容赦無いねぇ」

       

      ユウキとベアモンの初めての模擬戦は、約十秒の間にベアモンがユウキのマウントを取って終了した。

      数分前にご大層な台詞を吐いていたユウキに対して、ベアモンは可哀想な人を見るような目を向けながら言い放つ。

       

      「……あのさ、いくら何でもあんな見え見えな攻撃で来るのはどうかと思うんだけど」

      「いや、確かに今思えばそうだけど!! だからって、冷静にカウンターで腹パンチと一本背負いと追撃の拳をお見舞いするのはどうかと思うんだが!? 背中と腹が凄く痛むし!!」

      「その痛みを教訓に、今度はもっとマシな攻撃をしてくる事だね。これが本当に殺しあう形の戦いだったら、迂闊な行動がそのまま死に繋がるわけだし」

       

      一方で、倒れたユウキを物語に登場する『やられ役』でも見るかのような目で眺めていたエレキモンは、こんな事を言った。

       

      「……とりあえず、また食料でも調達しにいかねぇか?」

       

      残りの食料が底を尽きているベアモンにも、元々この日の分の食料を持ち合わせていないユウキにも、その言葉に対して異を唱える理由は無かった。

      早速ベアモンは街に戻り、釣り竿を取りに行こうとしたが、それを何故かエレキモンが静止させる。

       

      「いつも魚とかばっかりだと飽きるし、たまには果実とかを食いに別の所に行かねぇか? 危険じゃなさそうな所に、特訓も兼ねて」

      「えっ、昨日フライモンに襲われた直後なのに、何でだ?」

      「流石にあの森には行かねぇよ。また襲われたらたまんねぇし」

      「じゃあ何処に? 色々と候補はあるけど、食料とか危険性とかを考慮したら……」

       

      記憶にある地域を頭に浮かべ思案するベアモンに対し、エレキモンは一つの案を告げた。

       

      「肉リンゴが採れる、あの『滝登りの山』とかどうだ?」

       

       

      そうして。

      一行は発芽の街を出て広大な緑色が広がる草原を歩き、およそ一時間と半の距離に存在する山へと足を踏み入れた。

      そこは森林ほど緑に溢れているわけでは無い物の、ごく一般的にある普通の樹木が獣道に幾つか見え、一部の木の根元には熟した果実が落ちていたり、その落ちた果実を確保するために、色んな獣型デジモンが姿を現す事がある場所や、透明で綺麗な水が斜面をなぞるような形で形成された川から、水棲生物型のデジモンがひょっこりと顔を出す場所があり、凶暴な性格を持ったデジモンは居ないと言っても過言では無い場所だ。

      ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人は、周囲を見渡して食料を探しながら獣道の上を歩いていた。

       

      「……エレキモン、本当に見つかるのか? その……肉リンゴって果実」

      「何回もこの山には来た事があるし、その度に何個か食べた事がある。野生のデジモンによっぽど食い荒らされでもされてない限り、見つからないなんて事は無いと思うぞ」

      「この辺りの野生のデジモンは、こっちの方から仕掛けない限りは襲ってくる事も無いんだよね。だからユウキ、昨日の件があったから緊張するのは分かるんだけど、警戒心は解いてくれないかな? 逆効果だから」

       

      言われてユウキは、辺りの風景を見渡し確かめてみた。

      確かに、道を歩いている間に見た野生のデジモンは皆、敵意や殺意などといった物騒な要素とはかけ離れた印象しか持っていないように見える。

      ユウキ自身、自分の視界が捉えているデジモンの姿を見て危険だとは思っていない。

       

      「……お前の言う通り、解く事が出来るのなら気も楽なんだろうけどな」

       

      ならば何故、警戒心を強めて余計に安心感を遠ざけているのか。

      ユウキ自身、理由が分かっていてもどうしようも無い事だった。

       

      (クソッ、今でも頭の中に嫌なイメージだけが浮かびやがる……)

      「ひょっとしてユウキ、ビビってる?」

      「……そういうわけじゃないけど」

      「昨日の一件みたいに突然敵の襲撃に遭うのが怖いから、警戒心を強め、いつ襲撃に遭っても大丈夫なように心構えしてんだろ。まぁ、その考え自体は悪い事じゃないんだがよ……ずっとピリピリしてんのはどうかと思うぞ」

       

      エレキモンにそう言われるが、それでも今のユウキに改善は出来ない。

      そして、ユウキが一向に警戒心を解く気が無いように見えたベアモンは、顔を向けて念を押すように言った。

       

      「とりあえずユウキ、先に言っておくけど、野生のデジモンと遭遇しても手を出さないでね。一部を除いてこちらから仕掛けない限り、場合によっては襲ってこない確立の方がず~っと高いんだから」

      「流石に自分から敵を作るような真似はしないって。大体、俺は別にビビってるわけじゃ……」

       

      ユウキがベアモンに対してそう言った直後。

      三人が立っている所の近くで、ガサガサッ、と茂みが揺れる音がした。

       

      「!!」

       

      それとほぼ同時に、ユウキはボクシングでもするかのように両手を構え出す。

      だが、茂みの方からはそんな彼の緊張感をブチ壊しにするかのように、球状の体で犬や猫といった小動物を早期させる姿をした幼年期のデジモン――ワニャモンが通りすがるだけだった。

      たったそれだけでユウキの警戒心が恥ずかしさに変換され、ただでさえ紅い顔を更に赤くしてしまう。

       

      「……幼、年、期……?」

      「……ぷっ」

      「くっ……くくく……!!」

      「何笑ってんだ殴るぞ」

       

      思わず口から失礼な言葉を吹き出しそうになるベアモンとエレキモンと、全身を恥ずかしさで震わせながら威嚇するユウキ。

      何だかんだ言って、無意識に彼等はこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

      まるで遠足にでも行っているような雰囲気のまま、彼等は目当ての食料を手に入れるために山を上っていく。

      日も完全に昇り、周りがよく見える頃の出来事だった。

       

       

      早朝、発芽の街にある『ギルド』の拠点にて。

       

      「……んぁ……朝かぁ?」

       

      この建物で留守番係を担っているミケモンのレッサーが、変な声を漏らしながら目を覚ました。

      喉の奥から欠伸を吐き出し、目元に出る涙を拭い、外の明るさから日が変わっている事を理解する。

      今の時間、建物の中には静寂のみが存在しているが、数時間程度経った頃にはこの建物に『依頼』を受注させに来る者、受注しに来る者が立ち寄る事になるだろう。

      留守番係であるレッサーは、組織の長が居ない時にそういった『依頼』を管理する立場でもある。

      彼は客が来るのを待つため、受付用のカウンターの上で体を横に倒した。

       

      「おい」

       

      その動作と同時に、後ろから声が掛けられた。

      その声が、自分がよく知っている者の声である事を認識した直後、レッサーは倒していた体を起こして声がした方を向く。

      そこに居たのは、気高き金色の鬣を持った獣人型デジモン――レオモンだった。

      レッサーはその姿を視野に捉え、一度後頭部を右手の爪で掻いてから言う。

       

      「……あ、帰って来てたのかリーダー」

      「ああ……お前が眠っている間にな。随分と退屈そうな顔をしていたな」

      「そりゃあな。やる事も話し相手も居ない時に、真剣な顔で留守番なんて出来るわけねぇだろ」

      「……ふむ。まぁ予想通りだったが、仕事はこなしたのだろうな?」

      「一応」

       

      一言でそう答え、今度はレッサーの方からレオモンに聞く。

       

      「それより、リーダーの方はどうだったんだ?」

      「当然、全て無事に終わっている。だが、一つ噂を聞いたな」

      「何だそりゃ?」

       

      そう聞くレッサーだったが、あまり良い噂では無い事だけはレオモンの表情から察する事は出来ている。

      このレオモンはいつも真面目そうな表情を浮かべているが、嫌気の刺す話をする時だけは口元が微かに歪むクセがあるからだ。

      そしてその予想通り、質問に対する回答はロクな内容では無かった。

       

      「レッサー。お前は『木の葉の里』については知っているか?」

      「『木の葉の里』? 確か、このサーバ大陸で東方に位置する、隠密行動や刀剣の技術に長けたデジモン達を育成している里の事だったっけ? 聞いた話ぐらいしか知らねぇけど……」

      「ああ。私も昔一度だけ、その里に行った事があってな」

      「……で、その里がどうかしたのか? まさか、内乱でも起きたとか?」

      「その程度なら、ある意味マシだったのかもしれないがな」

      「?」

       

      レッサーの頭の上に疑問符を浮かぶ。

      内乱という大規模な出来事が『その程度』と言えるレベルで、更にロクでもない出来事があるとすれば、よっぽどの事だろう。

      だが、当の発言者であるレオモンは言いづらいのか、口を噤んでしまった。

      そんなレオモンに対して、レッサーは『途中で終わらせんなよ』とでも言うような顔で睨みつけると、ようやくレオモンはその重々しい口を開いた。

       

      「……壊滅した」

      「……はぁ?」

      「一夜の内に、あるデジモンの襲撃で里の全体が壊滅。住人のほとんどは命を奪われ、数少ない生き残った者達は散り散りとなって放浪しているらしい。あくまで聞いた話だから確信は持てないが、もし事実ならばとても悲しい事だ……」

      「ちょっと待て」

       

      思わずレッサーは起き上がり、一度話を止めさせる。

      詳しい事情を知ってなくとも、レオモンが言った事はそれだけの衝撃を含んでいた。

      だが、同時に単純な疑問点も浮かぶ。

       

      「俺はその里に行った事も無いから知らないけど、そこには一つの里を構成するだけの数のデジモンと、その数多いデジモン達を治める長が居たんだろ? この街の長老みたいに、かなり強いデジモンが……」

      「ああ。私も一度手合わせさせてもらった事がある。カラテンモンと言う種族名のデジモンで、当時の私には一撃を与える事すら出来なかった。故に、この噂が本当とは思えん。あの里には長以外にも、強者の忍者デジモンが数多く居るからな」

      「忍者って事は、闇の中で活動する事が得意なんだろ? だったら、尚更その噂って変じゃね?」

      「ああ。だから妙な噂だと言った。どうせちょっとしたガセだとは思うのだが、今思えば『ギルド』を立ち上げてからあの里に向かった事は一度も無くてな。その里へ、いつか遠征に向かおうと思っただけだ」

      「……要するに、気になってるわけか?」

      「それもあるが、出来るならあの里とは『連合』を結びたい。彼等の情報収集能力は、とても頼りになるからな」

      「なるほどな。じゃあその内、遠征に向かう事になんのか?」

      「それが可能な物資と、そこに行く気があるデジモンが居ればな」

       

      そこで『噂』に関する話題は、レオモンの方から強引に切った。

      真偽の分からない暗い話をしている事に、自分で馬鹿らしく思った故の事だった。

      何より、今やるべき事は別にある。

       

      「……さて、この話はここで終わりだ。お前には昨日留守番してもらった分、やってもらわないといけない事が山ほどあるのだからな」

      「えっ、リーダーは?」

      「今日は私が留守番を担おう。色々と手に入れた資料を纏めなくてはならんし、お前は……やはり外で活動させた方が良さそうだ」

       

      そう言ってレオモンは、外出時の所得品収納用のリュックサックから、自分で書いた文章を記述している書物を取り出してカウンターの上に乗せる。

      同時に、ドサッと重い物を置いた時によく聞く音が聞こえたが、そちらの方には特に意識を向けずにレッサーは聞く。

       

      「おっ、じゃあ今日は俺が依頼を受けるのか?」

      「まだ、こんな時間に依頼は来ていないだろう? 今日はひとまず調査だ。『滝登りの山』に行ってこい」

      「……あそこって、調査する必要性あるか?」

      「その『調査する必要性』は、事前情報が無ければ調査の中で見つける物だろう? いつも通り、些細な事でも怪しいと思ったら報告しろ」

      「へいへい。分かったよっと……」

       

      そう言ってレッサーはカウンターの上から降り、建物の出口に向かって歩き始める。

      そんな時、ふとレッサーは、一度レオモンの方を振り向いてこう言う。

       

      「サボんなよ~?」

      「……お前にだけは言われたく無いのだが?」

       

      溜め息を吐くような調子で、そんな言葉がレオモンから返って来ていた。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      山を登りだしてから、一時間近くの時間が経った頃。

      ベアモン達一行はエレキモンの提案で、少し離れた場所に多くの木々が見え、地面は大量の湿った石で形成された川原にて休憩している所だった。

      この場所は仮に襲撃を受けたとしても、身を隠せる木々や茂みから距離が離れているため、姿を現した敵に対して身構える事も、逃げる事も出来る。

      故に安心出来る空間のはずなのだが、ユウキだけは複雑そうな表情で川の方を見つめている。

      エレキモンが道端で拾った胡桃のような形の木の実を齧っている一方で、ベアモンはそんなユウキの方に近づいて話しかける。

       

      「川を見つめてどうしたの? そんなに珍しい物でも無いと思うんだけど」

      「……あ、いや。人間だった頃にこういうのを直接見た事が無かったからさ、新鮮だって思って……」

      「ふ~ん……」

       

      ベアモンは意外そうな声を漏らした後、こう言った。

       

      「もしかしてユウキって、こういう山に来るのは初めて?」

      「初めてってわけじゃない。まだ小さかった頃に、ちょっとした遠足で行った事はある」

      「小さかった頃って、幼年期の事?」

      「デジモンじゃないけど、ある意味で合ってはいる。年齢で言えば、人間だった頃の今の俺は成長期か成熟期って所だろうけど」

      「じゃあその『小さかった頃』に会ってたら、ユウキの姿は幼年期のデジモンだったのかな?」

      「……可能性として無くは無いけど」

       

      ユウキがそう言った直後、突然ベアモンは少し何かを考えるような仕草を見せ、ユウキに背を向けた。

       

      「……? 何だ、突然黙って……?」

       

      ユウキの方からそう話しかけると、ベアモンは振り向き、怪しい手草と何やら芝居臭い調子で口を開いた。

       

      「……お~、よちよち、かわいい子でちゅね~♪ ぼくはきみのおにいちゃんでちゅよ~?」

       

      「俺は赤ん坊じゃねぇッ!!」

       

      その一瞬で、額に青筋を立てるユウキ。

      まぁ、精神年齢が既に十五歳を超えている元人間(しかも血の繋がりは無い)に対してそんな事を言えば、よっぽど煽り耐性が無い限りはリアルファイトに物事が派生してしまうのも仕方が無いのかもしれない。

      だが、この日の早朝に行った模擬戦でベアモンに完膚なきまでに敗北したユウキに、真正面から殴り合おうとする気が起きるわけも無いわけで。

       

      「てか、俺からすれば赤ん坊っぽいのはお前の方なんだが!?」

      「えっ!? 僕の何処が幼年期っぽいのさ!?」

      「のほほんとした性格とか、呑気なその言動とか、とにかく色々だ!!」

      「色々って何さ色々って!!」

       

      ただの会話から、口喧嘩に発展していく様を適当に眺めているエレキモンは、ふと内心で呟いた。

       

      (……ぶっちゃけ、あんな風に感情を出してる時にはどっちもガキだよなぁ……)

       

      あんな風に喧嘩をしても、よっぽど確執を作るキーワードを口に出さない限りは問題無いのだから、エレキモンの判断は間違っていなかったりする。

      実際、言う言葉が尽きる頃には二人の口喧嘩は終わり、先ほどまでの空気は何処へやら、川の方に足を踏み入れて水浴びをしていた。

      エレキモンは手元に残っていた木の実を飲み込んだ後、現在進行形で水遊びをしている(水を掛けている)ベアモンと(水を掛けられている)ユウキの方に声を掛ける。

       

      「お~い、そろそろ休憩は終わりにしねぇか~?」

      「え~? もうちょっと遊んでいこうよ~。真水は久しぶりなんだからさ~。ねぇユウキ?」

      「いや、もう行こう……」

      「え~?」

      「いいから。十分水浴びは出来たから。とっとと行くぞ……」

       

      そう言って、ベアモンの手を三つの爪で引きながら、全身ずぶ濡れ状態のユウキは戻って来ようとする。

      そんな時だった。

       

      「……ん?」

      「どうしたベアモン?」

      「何か、大きな足音が聞こえない? それと、何か変な感じが……」

      「え……?」

       

      茂みの向こう側から、重々しい足音がどんどん近づいて来る。

      それが、野生のデジモンの物だと理解するのに時間は掛からなかった。

       

      「……どうする?」

      「どうするって言われても……この辺りに居る重量級のデジモンって、確か……」

       

      ベアモンが覚えのあるデジモンの名を思い出す前に、そのデジモンは姿を現した。

      四足歩行に適した竜の骨格をしており、鼻先からはサイのようなツノを生やしていて、そのツノを含めた体の半分が硬質な物質に覆われているデジモン。

      その姿を見て、ようやく思い出したベアモンは安心しながらデジモンの名を言う。

       

      「あぁ、そうだった。モノクロモンだね。草食系で、おとなしい性格をしているデジモンだよ。怒らせない限りは襲ってこないから、安心してね」

       

      ベアモンはそう言って、少しだけ警戒心を解いたが。

       

      「……何か、こっちに向かって来てね?」

      「へっ?」

       

      離れた距離から、どんどんモノクロモンは三人に向かって突撃して来ている。

      それも、やけに興奮した状態で。

      目からも、ベアモンが言っていた『大人しい』性格の要素は見受けられない。

      迫り来る脅威に、選択肢は二つ。

      逃げるか、闘うか。

       

       

      目の前から迫って来ていたモノクロモンは、ギルモンのユウキとベアモンとエレキモンの三人の姿を視認した事で、荒々しく地を踏み鳴らしていた四つの足を止めると共に威嚇の唸り声を上げた。

      普段は本当に大人しく、温厚な性格をしている(らしい)モノクロモンだが、今三人の目の前にいる個体は明らかに敵意を剥き出しにして、今にも襲い掛かって来そうなほどに興奮している。

      まるで、自分以外の存在が敵としか思えていないような目で。

       

      「普段は僕とエレキモンが近くに寄っても何とも無かったのに……!?」

       

      何か理由があるのかと疑問に思うベアモンだったが、予想をするよりも前にモノクロモンの口が大きく開かれ、喉の奥に何か赤い物が見えた。

      それが何なのか、実際の体験として見るのが初めてのユウキにも理解する事が出来たが、既に左右へ分かれるように動いているベアモンとエレキモンよりも、ほんの僅か一秒だけ対応が遅れる。

       

      「!!」

       

      焦りながら動こうとして、緊張と焦りから思わず足を躓いた直後。

      ユウキのすぐ後ろを、強大な熱を伴った火炎の球が通り過ぎた。

       

      (げっ……!?)

       

      まるで少し前の水遊びで濡れた体が、一瞬で乾いたと錯覚するほどの熱気だった。

      ふと火炎弾が放たれた射線の先を覗き見てみると、先ほどまでユウキ達が居た位置よりも更に後ろの方に見えていた岩石が赤熱し、表面が少し融け始めていた。

      もしアレが自分の体に当っていたら、と想像するだけでも背筋に寒気が走る。

      昨日遭遇した大きく禍々しい翼を持つ毒虫とは、また違う『怖さ』を感じさせられた。

       

      (……クソッ。昨日といい今日といい、成熟期のデジモンに立て続けに襲われるとか……!!)

       

      内心で忌々しく毒を吐きながらも、地に伏している体を両前足を使って起き上がらせる。

      だがその間にも、モノクロモンは今自分の視界に入っているデジモンを優先的に潰すつもりなのか、口から二発目の火炎を放とうとしていて。

       

      「!!」

       

      立ち上がった時には、既に発射の準備は終わっていた。

      だが。

       

      「スパークリングサンダー!!」

       

      モノクロモンの視界から消えていたエレキモンの電撃がモノクロモンの顔面に向かって放たれ、本能的にモノクロモンは攻撃をしてきたエレキモンの方を向き、ユウキへ放とうとしていた火炎をエレキモンの方に放った。

      エレキモンが余裕を保って避けると、火炎弾を放った直後の隙を突く形で、側面からベアモンがモノクロモンの懐に素早く潜り込み、腹部に向かって打ち上げる形で拳を捻じ込む。

       

      「フンッ!!」

       

      硬質な物体に覆われていない部位を攻撃したからなのか、モノクロモンの苦痛の声が漏れる。

      反撃しようとモノクロモンはタックルで自分の体をベアモンに叩き付けようとするが、既にベアモンは後方に跳躍する事で攻撃の射程から退いていた。

       

      「…………」

       

      それらの流れを、未熟者はただ傍観する事しか出来ない。

      今の自分に出来る事は何か、それすらも分からない状態で闇雲に介入した所で、足手纏いになって結局味方を傷付ける事になるかもしれない。

      そういった不安が、前に進もうとした足を留まらせる。

      仮に手伝おうにも、あのような怪物を相手にどういった攻撃をすれば有効なのかが分からない。

      ならむしろ、自分は引っ込んでいた方が良いのでは無いか。

      だが、ここで逃げたら昨日と同じように結局何も出来ていない事になる。

       

      (……クソッたれが……)

       

      ユウキの目には考えている間にも、連携と身のこなしから一切の攻撃を受けずに自分達の攻撃だけを確実に当てているベアモンとエレキモンの姿が映っていた。

      攻撃は通用しているにも関わらず、モノクロモンの瞳は一切力を失っていない。

       

      (……このままじゃ、いずれ消耗して……)

       

      戦闘不能になるまでのダメージを与えるための攻撃力が、足りない。

      それを想像する事は、デジモンの事をよく知るユウキにとって難しい事では無かった。

      モノクロモンの体には硬質な物質が鎧のように張り付いており、エレキモンの電撃もその鎧が付いていない場所にしか効いてはいない。

      ベアモンの拳は効果的なダメージを与えられているようだが、エレキモンと違ってベアモンという種族は飛び道具を使う事が出来ないため、危険性は遥かに高い。

      もしこのまま何の策も用いずに戦えば、モノクロモンが倒れる前に二人が倒れる。

       

      「………………」

       

      逃げる事は当然考えた。

      だが、モノクロモンは四足歩行の骨格を持ったデジモンであるため、その頑丈そうな外見に見合わず走行速度は速い。

      少なくとも、逃げる三人を追いかけて追いつける程度には。

      茂みなどに隠れる事でやり過ごそうにも、今立っている場所からは少し距離が離れている。

       

      (……クソッ、やってやる……)

       

      この状況では、もう戦う以外に生き残れる道は無いと思える。

      もしかしたらエレキモンもベアモンも、自分が今考えている事を既に理解していたからでこそ、素早い対応が出来たのかもしれない。

       

      (やるしか……無いってんだろ!!)

       

      右前足の爪で不出来な握り拳を作ると、ユウキはモノクロモンが居る方に向かって走り出す。

      モノクロモンはベアモンとエレキモンの方を向いている所為か、ユウキの接近には意識が向いていないようだった。

      気付かれないように忍び足などやっている余裕は無い。

      一気に走り込み、ベアモンと同じように硬質な物質による鎧が存在していない部位を、思いっきり殴る。

      ドスッ、と手ごたえを感じさせる乾いた音が炸裂した。

       

      「……ッ!!」

       

      だが、その攻撃でモノクロモンは標的を二人からユウキを変えたようで、怒りを感じさせる吠え声と共に尻尾で自身の周囲を薙ぎ払って来た。

      ユウキはそれを、ベアモンと同じように後ろに向かって跳ぶ事で避けようとしたが、運動性能と経験の差からなのか、避けられる距離に到達する直前にモノクロモンの尻尾がユウキの体を打ち飛ばした。

       

      「が……っ!?」

      「ユウキ!?」

       

      喉の奥から吸っていた空気が一気に抜き出て、打ち飛ばされた体は地面の上を摩擦音と共に滑り、膝に擦り傷が出来た時よりも激しい痛みが背中を駆け抜ける。

      その際ベアモンが心配するような声を上げていたが、ベアモン自身もそちらに意識を向けている場合でも無い。

      何故なら、息つく暇も無く、次の攻撃が襲い掛かろうとしているのだから。

       

      「!!」

       

      尻尾での攻撃から間髪入れずに、モノクロモンは火炎弾を放っていた。

      ちょうどモノクロモンの顔面に向かって拳を叩き込むために走っていて、途中で吹っ飛ばされる仲間の姿を見て、迂闊にも余所見をしてしまったベアモンの方に向かって。

       

      「ベアモン!!」

       

      一瞬遅れて反応したベアモンは走行の勢いを踵で殺し、右側――ギルモンのユウキが吹っ飛ばされた方向に跳躍しようとした。

       

      「……っぁ……!?」

       

      だが避け切る事が出来ず、放たれた火炎弾はベアモンの左足を掠る。

      膨大な熱量を含んだ火炎弾は、直撃をさせずとも火傷を負わせるだけの効果があって、ベアモンの左足には黒く焦げ付いたような痕が残っていた。

       

      「ぐ……!!」

       

      足から伝わる激痛に歯を食いしばって耐えながら、両手の力で立ち上がろうとするベアモンだったが、そんな都合の悪い時に敵が待っていてくれるわけも無く、モノクロモンは左の前足でベアモンを踏み潰そうとする。

      それを横に転がる事で回避するベアモンだが、今度は右の前足が振り下ろされる。

       

      「くっ……!!」

       

      だがベアモンはもう一度同じ方向に転がる事で避け、その回転の勢いを止めずに数メートルほど距離を離した後に右の膝を地に着けた状態で立ち、体勢を立て直した。

      火傷の痛みに耐え、少し前まで遊びで入っていた場所の方を向きながら、ベアモンは内心で呟く。

       

      (……火傷なら、水辺で応急処置は出来る。昨日と違って痛みを我慢さえすれば歩けるはずだし……問題なのは、この状況をどうやって切り抜けるかなんだ……まさかあのモノクロモンが、ここまでしてくるなんて……)

       

      ただ単に殴っているだけで、強力な鎧竜型デジモンであるモノクロモンに戦闘不能になるまでのダメージを与えられるとは思えない。

      エレキモンの電撃で神経を麻痺させて行動不能にする事も手段の一つだが、ただ普通に当てるだけで気絶させる事は難しいだろう。

       

      (……水辺を利用してやろうにも、どうやって? あの巨体をどうやって川に誘き出せば……あの重量級のデジモンを投げ飛ばす事なんて今の僕にはとても無理だし……)

       

      考えても、好ましい結果を得られる打開策は浮かんできてくれない。

      一つだけ、たった一つだけこの状況を簡単に打破出来る可能性があるとすれば。

       

      (……今、この場でユウキが先日行ったように『進化』を行う事)

       

      ユウキの種族であるギルモンが進化したデジモン――グラウモンのパワーがどれほどの物かを、ベアモンはあまり詳しくは知らない。

      モノクロモンの体表にある硬い物質は、ダイヤモンドと呼ばれる鉱物と同じ硬さを持っているらしいのだが、森育ちのベアモンは銅とか銀とかの鉱物に関心を持った事が無いため、とりあえず『もの凄く硬い石』と認識している。

      故にベアモンの考えは、モノクロモンの体表に存在する硬い物質は熱にも強そうだが、進化前のギルモンの前足にある爪は、岩石すら砕く事が出来る(と言われている)から、成熟期に進化したらそれが更に強くなって太刀打ちが出来るだろう、といった物だった。

      だが、結局その可能性は前提条件として『ユウキが自発的に進化を出来る』事が必要となる。

      それに、その可能性を思考に浮かべたベアモン自身、それをあっさり肯定しようとは思わなかった。

       

      (……また、ユウキにも無理をさせるわけにはいかない)

       

      それは単なる正義感からか、出会って二日程度の友達に対して向けている、傍から見ればちっぽけな友情からか。

      ベアモン自身も何故こういう場面に自分の身を考慮しないのか、とエレキモンに怒鳴られた事があったりした覚えがあり、それに対する返答もエレキモンからは『納得出来ない』と返されている。

       

      (……僕が、守らないと)

       

      そう内心で呟いた時、電気のバチバチと鳴る音と共に、モノクロモンの視界の外からオレンジ色の電撃がモノクロモンの尻尾に直撃し、明らかに怒りの感情が混じった吠え声が響いた。

      モノクロモンの視界が、ベアモンの居る場所とは違う方向を向いた。

      先ほどからモノクロモン自身を一番攻撃している敵――エレキモンが居る方向を。

      エレキモンもそれに気付き、九つの尻尾を広げて威嚇をしながら安い挑発を送る。

       

      「ほらほら!! かかってこいよデカブツ!!」

       

      案の定、モノクロモンはエレキモンの居る方目掛けて火炎弾を放ったが、エレキモンは四つの足で駆けて射線から外れる。

      火炎弾が当らない事に苛立ちでも感じたのか、モノクロモンはただ単に火炎弾を撃っているだけの攻撃パターンを中断し、四つの足を荒々しく動かしてエレキモンを追い駆け始めた。

      負傷しているベアモンを放置したまま。

       

      (囮作戦!?)

       

      エレキモンの行動の意図は簡単に掴めたが、それはベアモンからすれば一番受け入れ難い案だった。

      確かにエレキモンが逃げ続け、その間にユウキを連れて逃げる事が出来れば、ひとまずベアモンとユウキだけは助かる可能性が高い。

      だが、囮役のエレキモンがもしも逃げ延びる事が出来なければ……それはベアモンにとって、自分の願いを裏切られるも当然の結果になる。

       

      (駄目だ……こんな時、どうすれば……!?)

      「ヴォルケーノストライク!!」

       

      モノクロモンは走りながら口から火炎弾を放ち、駆けているエレキモンを仕留めんとする。

       

      「ヴォルケーノストライク!!」

       

      ただしそれはそれまでの火炎弾と違い、種族としての必殺技の名を言いながら放たれた、一回り大きな火炎弾だった。

      それを避けようとしたエレキモンだったが、火炎弾はエレキモンのすぐ後ろの地面に着弾。

      爆発した。

       

      「どわああああああ!?」

       

      直撃こそしなかったもののバランスを崩し、転倒するエレキモン。

      追撃とでも言わんばかりに、モノクロモンは倒れたエレキモンに対してもう一回火炎弾を放とうとする。

       

      「ドジった……!!」

       

      今の状態では、あの大きな火炎弾を避け切る事が出来ない。

       

      「エレキモンッ!!」

       

      ベアモンは左足から電流のように走る火傷の痛みにも構わず走り、手を伸ばすがそれが届く事は無い。

      どんなに早く走ったとしても、もう遅い。

       

      「やめろおおおおおおおおおおおおッ!!」

      「ヴォルケーノストライク!!」

       

      そして残酷にも、必殺の技の名と共に火炎弾は放たれた。

      エレキモンは自身に迫り来る死に対し反射的に目を瞑り、ベアモンの脳裏には最悪の未来図が脳裏に過ぎる。

       

      だが。

      来るはずだった死は、訪れなかった。

      火炎弾はエレキモンに直撃する前、射線上に割り込んで来た別のデジモンに直撃していた。

       

      「………………」

       

      ベアモンにはそれが誰なのかを理解する事は出来たが、それをすぐに声として出す事は出来なかった。

      そして、自身に訪れるはずだった死が来ない事に疑問を抱いているエレキモンは目を開け、その姿を確認する。

       

      「……ユウキ!?」

       

      つい先ほど、モノクロモンの尻尾に打ち飛ばされ倒れていたはずのデジモンだった。

      彼はモノクロモンの必殺技からエレキモンを身を挺して守れた事を確認すると、苦しそうな声で言葉を呟く。

       

      「……だい、じょうぶ……か……?」

      「大丈夫って、お前の方こそ大丈夫かよ……!?」

       

      だが、互いの安否を確認する間も無く、モノクロモンの角が迫る。

       

      「!!」

       

      ベアモンはそれに気付くと、ユウキがそうしたように二人の盾となるように立ち塞がる。

       

      (死なせてたまるか……!!)

       

      偶然にも先日、フライモンの奇襲から仲間を守った時と状況は似ていた。

      抱いている感情も、言葉だけで言えば同じ物。

       

      (こんな所でッ……)

       

      死んでほしく無いから。

      願いはただ、それだけ。

       

      (死なせて……)

       

      絶対に、守る。

      そのためなら自分の命を賭ける事に躊躇はしない。

      心に抱く願いと、それを叶える原動力となる意思は、ベアモンの電脳核を急激に回転させて。

       

      「たまる……かあああああああああッ!!」

       

      モノクロモンの角がベアモンに当たる直前。

      ベアモンの体を軸に、青空のように青いエネルギーの繭が形成され、モノクロモンの進行を防いだ。

      そしてその繭の中で、ベアモンの体は強く、逞しく成熟していく。

       

      「まさか……ベアモンも……?」

       

      エレキモンの呟きと共に繭は内部から切り裂かれ、内部から一体のデジモンが現れる。

      青みがかった黒い毛皮に覆われた逞しき躯。

      殺傷能力を秘めた鋭い牙や爪。

      額には白く三日月のような模様が描かれ、両前足に『熊爪』を装備したデジモン。

      その名も、

       

      「ベアモン進化――グリズモンッ!!」

       

       

      「………………」

       

      進化による大幅な身体情報の更新による影響なのか、左足に受けていた火傷の痛みは消え去っていた。

      全身に力が漲り、痛みが無くなった影響からか思考がやけに冷静になる。

      先ほどまで脅威として映っていた敵が、今では恐れる必要も無い存在として視界に映る。

       

      (……これが、進化……)

       

      少し前まで『成長期』のデジモンであるベアモンだった『成熟期』のデジモン――グリズモンは、進化に伴った自身の変化に対してそう呟くと、目を一度後ろの方へと向けた。

      彼の姿――と言うより『進化をした』という点について驚いているエレキモンと、背中に大きな火傷を負って倒れているギルモン――ユウキの姿が見え、その後改めて前を向くと、3メートル程離れた位置に襲撃者であるモノクロモンが熱の篭った息を荒立て、興奮しながら健在しているのが見える。

      進化をする直前には目前に居たのにも関わらず距離が離れているのは、進化の際に発生した膨大なエネルギーの繭によって弾き飛ばされたからだろう。

      突然目の前に現れたグリズモンの事を新たな敵として、それも一番の脅威として捉えているからなのか、警戒して自分の方から突っ込んで来るつもりは無いようだ。

       

      (……この姿がどのぐらい維持出来るのかが分からない以上、モタモタしてる余裕は無い、か……)

       

      この状況でグリズモンにとって達成するべき勝利条件は二つ。

       

      (……モノクロモンを戦闘不能にし、エレキモンもユウキもこれ以上は傷つけさせない)

       

      進化して一転、状況はただ好転しているわけでは無い。

      結局モノクロモンをグリズモンが倒せなければ、その時点で三人の命運が確定してしまうのだから。

      そして、その状況を理解しているからでこそ……グリズモンは、それ以上考えなかった。

       

      「ヴォルケーノストライク!!」

       

      モノクロモンの口から火球が放たれる。

      グリズモンがその行動に対して起こした行動は、とても単純な事だった。

       

      「ハアアアアアッ!!」

       

      赤色の防具が装備された両方の前足を縦に思いっきり振るい、火炎弾を真っ二つに両断したのだ。

      分断された火炎弾はグリズモンとその背後に居る二人の居る場所のすぐ横を通り過ぎ、水辺の向こう側にあった岩肌に当たる。

      赤熱されたそれを視認するまでも無く、グリズモンは攻撃と同時に地に付けた前足を使って四足歩行で駆ける。

      必殺技を放った反動からか、モノクロモンはグリズモンの接近に対して直ぐに対応する事は出来ず。

      迎撃しようと次の火炎弾を放とうとした頃には、既にグリズモンが自身の攻撃の有効射程内に辿り着いていた。

       

      「フンッ!!」

       

      四足から二足歩行に転じたグリズモンの太く重い右前足が振り下ろされ、金属の鳴る音と共に、モノクロモンの顔面が顎から石だらけの地面に叩き付けられる。

      地に伏せるような体勢にされたモノクロモンは、反撃とでも言わんばかりにグリズモンの胴部目掛けてダイヤモンド並の硬度を持つ鼻先の角を突き立てるが、グリズモンは斜め後ろに半歩下がる事でそれをいなし、今度はアッパーカットのように左前足で顎を殴り上げ、右前足でもう一回同じ要領で打撃を加えた。

      すると、顎の下から突き上げる衝撃によってモノクロモンの上半身が宙に浮き、これまで狙う事が出来なかった部位が丸見えとなる。

      グリズモンは、そこで腰を深く落とす。

       

      「……すぅ~っ」

       

      そして、狙い打つ。

      成長期の名残を含んだ、必殺の正拳付きで。

       

      「樋熊正拳突きッ!!」

       

      真っ直ぐ放たれた拳がモノクロモンの腹部へ突き刺さり、鈍い打撃音と共にモノクロモンの巨体が5メートル程先まで打ち飛ばされる。

      重量級の体な故か、モノクロモンが着地した周辺の大地が鈍く地鳴りの音を鳴らす。

       

      「……すげぇ……」

       

      目の前の光景に、エレキモンはただ圧倒されていた。

       

      「グゥォオオァァッ!! ガァッ!!」

       

      だが、渾身の一撃を加えて尚、モノクロモンは倒れない。

      今の連撃によって怒りが更に大きくなったのか、頭に血が上って更に荒々しくなっている。

      野生のデジモンが怒ると動きが荒々しくなる事はグリズモンも知っているが、彼からしてもこの怒りっぷりは異常と思える物として映っている。

       

      (……やはり、これは普通じゃない……)

       

      だが、原因が分からない以上、戦う力を奪う事しか手段は無い。

      辺りの地を踏み鳴らしながら、堅き鎧の竜がこちらに向かって角を突き立てながら突進してくる。

      グリズモンはそれに対して真っ向から立ち塞がり、両方の前足で槍の如き角を受け止めた。

       

      「……ぐっ……!!」

      「グゥォオオオオオオ!!」

       

      事前に身構えていたにも関わらず、グリズモンの体が徐々に後ろの方へと押し出され始める。

      ザリッ、ジャリッ、と……少しずつ、自分の守りたいものが居る所へ。

      後ろ足で重心を支え必死に踏ん張るが、モノクロモンの重量と力は強大だ。

       

      (負けるか……絶対にッ……!!)

       

      だが、グリズモンの闘志は折れない。

      むしろ、絶望的な状況が感情を更に激しく昂らせ、どんどん四肢に力が漲らせていた。

      彼は、自身の体の負担の事など一切考えもせずに、モノクロモンの鼻先の角を掴んでいる両方の前足に力を込め続ける。

       

      そして。

      グリズモンは前足を、進化と共に手に入れた力を一気に解放するように振り上げた。

       

      「グッ……ウオオオオオオオオオオオッ!!」

       

      咆哮と共に、モノクロモンの巨体が宙に投げ上げられる。

       

      「グオオオオオオオッ!?」

       

      モノクロモンは足掻きとして前足と後ろ足をバタバタと動かすが、当然その行動は状況に何の変化も与えない。

      グリズモンは重力に従って地に落ちてくるモノクロモンを見据え、拳を当てる部位に狙いを定めてから、最後の一撃とでも言わんばかりに敵、そして自分自身に対して宣告する。

       

      「必倒――」

       

      言霊を呟いた直後。

      落下してくる角度と垂直に森の武闘家の拳がモノクロモンの顎に炸裂し、轟音が響いた。

      巨体が、重戦車の如き重量を含んだ竜の体が吹き飛び、仰向けの状態で地面に落ちると共に地が鳴る。

      グリズモンは突き出した拳の力を少しずつ緩めながら、最後に必殺の名を告げた。

       

      「――当身返し」

       

      必殺の一撃をその身に受けたモノクロモンは、仰向けになった状態からそれ以上起き上がってくる事は無かった。

      そして、モノクロモンが戦闘不能になった事をグリズモンが確信したと共に、グリズモンの体が再度青い光に包まれ、そのシルエットが少しずつ小さくなり始める。

      僅か数秒が経ち、収縮と光が収まると、グリズモンは進化する前の姿であるベアモンに戻っていた。

       

      「……っはぁ……はぁっ……!!」

       

      よほど無理を通した反動が大きかったのか、地に片膝を着いて苦しそうに息を荒げている。

      回数を重ねていくごとに電脳核が馴染んでいき、やがて自分の意志で操る事が出来る力だと言われているが、体力に自信のあるベアモンでも、その強大さを十分に理解出来るほどに疲労していた。

      普段は活発に動く体が、今では鉛のように重く感じられる。

      これが、時に感情によって発現される『進化』の力――その対価。

      あまりにも激しい疲労感に、ベアモンの体が地面に崩れ落ちそうになる。

      その時だった。

       

      「……ったく、大丈夫か?」

       

      崩れ落ちそうになったベアモンの体を、何者かが受け止めたのだ。

      後ろから背中を眺めていたエレキモンと受け止められたベアモンは、この場に現れた新たな来訪者の姿を見ると、予想外とでも言わんばかりに驚きの表情で名を口走る。

       

      「「……ミケモン!?」」

      「……ようお前ら、よく頑張ったな。見直したぜ」

       

      何故このような場所に、ギルドで留守番等をしているはずのミケモンが居るのか。

      そう疑問を浮かべるベアモンとエレキモンだが、当の本人であるミケモンは言葉を紡ぐ。

       

      「とりあえず、そこのギルモンの応急措置が先だな。腹も減ってるみたいだし……これ、食うか?」

       

      そう言うミケモンの片手には、齧り立ての果実が一つ。

      休憩のつもりが戦闘になり、そしてまた休憩の時間を取る必要が出て来たようだった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      時は少し遡る。

      自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名で『レッサー』と名乗るミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――『滝登りの山』へと、やって来ていた。

       

      「……こっちも特に異常は無しっと」

       

      周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。

      歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。

      野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。

      ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。

       

      「……ん?」

       

      少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。

      ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。

      ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。

       

      声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。

      更に足音から判別して、重量級のデジモン。

       

      「……?」

       

      そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の篭った声も聞こえる。

      最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。

       

      「……マジかよ」

       

      思わずぼやくと、ミケモンは|齧《かじ》っていた果実を咥えたまま、前足を地に着けて疾走する。

      耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。

      三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。

       

      (……げっ!?)

       

      来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。

      ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。

      そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。

      それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。

       

      (この距離じゃ間に合わねぇ……!!)

       

      目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。

      モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図が、容易に想像される。

       

      「!!」

       

      しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。

      突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。

       

      (進化……か?)

       

      言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。

      モノクロモンはグリズモンに対して強力な火炎弾を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。

      モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。

       

      (……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)

       

      グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。

       

      (……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)

       

      辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。

      だが、

       

      (……勝ったな)

       

      グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。

      空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。

      そして、決着は着いた。

      グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。

      その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。

       

      (最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)

       

      命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。

      だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。

      本当の意味で進化を望み、|切磋琢磨《せっさたくま》した者達にだけ、その奇跡は訪れる。

       

      (オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)

       

      そんな思考と共に口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。

      そして、現在に至る。

       

       

       

       

      「……まぁ、こんな感じだ」

      「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」

       

      ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。

       

      「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」

      「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」

      「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」

      「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」

      「まだ、完全にはな」

       

      ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。

      透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。

       

      「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」

      「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」

      「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるっぽいからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」

      「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」

      「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」

      「………………」

      「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

       

      何やら水の弾けるような音と共に馬鹿の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。

      二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。

       

      「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」

      「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」

      「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」

      「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」

       

      確かに、とベアモンは素直に思えた。

      この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。

      そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。

      野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような都合の良い勇者など常に存在はしないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が勇者として戦うしか無いのだ。

      ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。

       

      「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再開するわけなんだけど、そっちはどうするの?」

      「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただのパトロールだぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」

       

      メモリアルステラ。

      デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫の事で、覗き込むことが出切ればこの世界の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。

      ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。

      もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。

      だが。

       

      「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」

      「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」

      「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」

      「……今のご時勢でアレの存在を知らないとかあるのか……?」

       

      ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。

       

      「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」

      「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」

       

      ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。

       

      「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」

      「ホント? 何から何まで、ありがとうね」

       

      どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。

      ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。

      ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。

      視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。

      よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。

      わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。

       

      「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」

      「ちょっとムカっと来たから」

      「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」

      「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」

      「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」

      「……あぁ、思い出した……昨日の友は今日の敵」

      「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」

      「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」

      「つい!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係はそんなに脆かったのか~!!」

       

      そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。

       

      「……やっぱ、こいつ等面白いな」

       

       

       

       

      ひと時の休息を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。

      歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。

      剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。

      無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。

      それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。

      それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。

       

      「ユウキ、何考えてるの?」

      「……ん。いや、進化の事を考えてた」

      「進化の事?」

      「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」

      「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」

       

      そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。

       

      「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」

      「? そうなの?」

       

      ミケモンは、何やら人生の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、何処か調子の良い素振りを見せながら喋る。

       

      「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」

       

      まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。

       

      「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」

       

      ミケモンは一泊置いて。

       

      「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」

      「……感情『だけ』?」

       

      ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。

       

      「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」

      「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」

      「……言われてみれば」

       

      当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。

      だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。

      最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。

      理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。

      当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。

       

      『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』

      『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』

       

      この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。

      つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。

       

      「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」

      「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」

       

      念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。

       

      「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」

      「な……」

      「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」

       

      思わず絶句した。

      ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。

      一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。

      だがそもそも、予想の土台自体がフィクション上での情報に過ぎなかったわけで、心の何処かで『そこまでの事にはならないかもしれない』と楽観視してしまっていた。

      まだ、この世界の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無いのに。

      デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。

      まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。

      銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。

      ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。

       

      「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」

      「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」

       

      聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。

       

      「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」

      「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」

       

      誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。

      そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。

       

      「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」

      「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」

      「その書物は信用出来るものなのか?」

      「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、ダストパケットみたいにデータ屑が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」

      「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」

      「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」

      「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」

      「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」

       

      そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。

      周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。

      明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。

      今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。

       

      「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」

      「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」

       

      本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。

       

      「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてない」

      「?」

      「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めて見るんだしもっと近づいてみてみない?」

      「あ、あぁ」

       

      ベアモンに手を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。

       

      「……おぉ」

      (……本当に初めて物を見る目だ)

       

      近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。

      ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。

      その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。

       

      「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」

      「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」

      「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」

      「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」

       

      だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。

      というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      まだ朝から昼へと変化していない時間。

      平和を思わせる青空に太陽が輝く中。

      山の中に大量に存在する樹木の中の一本。

      それに寄り添うような形で、そして風景に溶け込むような形で『何か』が居た。

      周辺の野生のデジモンは、その『何か』に気付いていない。

       

      「………………」

       

      ただ無言で山頂の方へと視線を向けている事すら、周りのデジモンは気付かない。

      そして、彼は何も言わないまま、手に持ったアサルトライフルの弾丸を装填する。

      視線を山頂から、山頂に近い位置に見える獣型のデジモンへと移す。

       

      「…………」

       

      何も言わないまま、そのアサルトライフルに外部から取り付けられたと思われるスコープを覗き、引き金を引いた。

      一発の銃声が鳴る。

      射線上に見えるデジモンの首筋に、弾丸が突き刺さり――沈み込む。

      そこまでの事があってやっと、周辺のデジモンは本能的に危険を察知し、逃げ出した。

      それに意識を向ける事も無く、彼はもう一回引き金を引いた。

      同じ銃声が鳴る。

      移した視線の先に居るデジモンの首筋に、再び弾丸が突き刺さり、こちらもまた体内に埋め込まれていく。

      それを確認した後に、彼はこう呟いた。

       

      「……さて、どうする」

       

       

       

       

      色んな場所から水の流れる山の頂――『メモリアルステラ』のある神秘的な空間から出て、早五分。

      時刻も町に戻る頃には昼間へと突入するぐらいになり、ミケモンはこの山に来た目的を既に達成しているらしいため、偶然の邂逅もそろそろ終わりに近づいていた。

       

      「……で、ベアモン。『メモリアルステラ』を見物出来たのはいいんだが、これからどうするんだ」

      「どうするって……決まってるでしょ? 元々僕等がこの山に来た目的を忘れたわけでも無いでしょ」

       

      ユウキとベアモンとエレキモンの三人は、まだこの山に来た最優先の目的である『食料調達』をまだ満足に終えていないため、ミケモンと違ってこの山を降りる気は現時点で無い。

      というのも、昨日に引き続き危険なデジモンが居るからとか、もうそろそろ夜になって夜行性のデジモンが出没して危ないからとか、そういった理由でせっかく登った山をあっさり下ってしまうのもそれはそれで癪な上に、もしこのまま数日か最低でも一日は生計を保てるぐらいの果実(もしくは野菜)を入手出来なかった場合、ここ数日ずっと口にしている塩辛い魚介類をまた釣りにいかなくてはならなくなる。

      まだ、三人はこの山を降りるつもりにはなれなかった。

      特に、ベアモンほど魚介類が好みの食料でも無いユウキとエレキモンは。

       

      「まぁ、現時点の腹持ちは悪くないんだがな。もう二日間も魚とかしか口にしてないのが嫌だし、元々俺は果実の方が好きだし? とりあえず採取を続ける方向なのは確定だろ」

       

      ボロボロと本音のような何かを口から漏らすエレキモンだったが、そこでユウキは今更過ぎる考えを口にする。

       

      「……てか、エレキモンもベアモンも、何でバケツを持ってこなかったんだ? アレでもあれば、ちっとは楽に採取した果実とかを持ち帰れるのに」

       

      「あのな。昨日アレに魚を入れてたから知ってると思うが、海水浸しのバケツだぞ? そんなもんに入れたら、持って帰る間に果実が腐るだろ。そうでなくても塩っぽいのが付着して味が酷くなる」

      「川の水とかで洗えばいいんじゃないか。それだけでも大分マシになるはずだし」

       

      言われて、エレキモンは怪訝そうな表情を浮かべると、溜め息を吐きながら言い返す。

       

      「……お前、自分ではそういう納得の出来る事を言ってるが、そもそもバケツの中に入ってた海水を、ベアモンが魚を全部食い終わった後に処理してなかっただろ。その上、俺の方のバケツもまだ溜めておいた貝が結構入ってるから使えない。更に根本的な事から言えば、そもそもナマ物が入ってたバケツの中にリンゴとか入れる奴が普通いるか?」

      「……それもそうか」

       

      エレキモンにそう言われ、ユウキは渋々納得したようにそう返した。

      そんな会話に先頭からミケモンが聞き耳を立てていたが、特に反応して面白そうな話題では無いと判断したのか、特に言葉を発したりする事は無かったようだった。

      山の下り道の途中でベアモンは視線を動かすと、ユウキに対してこんな事を言った。

       

      「ユウキ。ちょっと採ってくるから、ちゃんとキャッチしてよね?」

      「? キャッチってどういう……」

      「見れば分かるレベルの事だし、細かい説明は必要無いでしょ」

       

      視線の先にあった木にベアモンが登ると、ベアモンは枝から赤色に熟された林檎を取り外し、木の根元近くから見上げていたユウキの方に向けて、次々と落とし始める。

      何となくベアモンの言っていた言葉の意図を察したユウキは、上方から落ちて来る林檎を両方の前足で掴もうとする。

      人間の時のような『両手』による精密な動きは出来ないものの、二日間の間でデジモンとしての体の動かし方に少しは慣れてきたのか、取りこぼしも殆ど無い。

       

      「意外とそういう事は上手なんだな。今度からそういうのを任せても大丈夫か?」

      「よっ、ほっ。このぐらいならもうちょっとテンポを速くしても大丈夫――ちょっ、待っ……ぐぇっ!?」

      「……うわぁ」

       

      尤も、その言葉を聞いた途端に、林檎を落としてくる速度を本当に上げてきたベアモンの方を見上げようとしたユウキの額に、一回り大きめの林檎が直撃した事もあったが、エレキモンやミケモンの協力もあって無事に採取する事が出来た。

      量としては三人で分けて一食分、二人で分ければ二食分はカバー出来るぐらいだろうか。

      やはり、人間としての暮らしにしか慣れていないユウキからすれば、買い物籠やフルーツバスケットのように、食料を大量に納める事が出来る道具が欲しくなる所だが、それ等を作れるほどの技術も無ければ素材も無い。

      結局の所、採取した林檎を町まで持ち帰るのには、ユウキとベアモンが林檎をそれぞれ抱え込んで運ぶしか無いわけである。

      ちなみに運んでいない面々について捕捉すると、エレキモンは一度に多くの物を抱えきれるほど前足が長いわけでは無いし、ミケモンはそもそも『手伝ってやる義理も無い』などとぼやいて現在進行形で面倒くさがっているのだ。

      ユウキもベアモンも、抱え運んでいる林檎を落とさないように慎重に歩いている。

      慎重に、歩いて、いたのだが。

       

      「……っと!? あ、ちょっ!!」

      「あ?」

       

      何の前触れも無くベアモンが抱えていた林檎の一つが落ちて、コロコロと坂道を転がり始めた。

      仕方なく、エレキモンが四足で駆けて林檎を確保しようとする。

       

      「やっぱり、何かカゴみたいな物を運べる道具が必要なんじゃないか?」

      「……って言われてもねぇ。そういうのを作れるほど僕等って技術持ってないし……」

      「てか、せめて一枚の布ぐらいは無いのか? 風呂敷として使えば、包み込んで運ぶ事ぐらいは出来るだろ」

       

      三人はその音の正体にも存在にも気がついていないのか、視線がコロコロと転がる林檎の方に向けられていた。

      もし、彼等の内の一人でも冷静に耳を澄ませていたならば、音の発生源がどんどん近づいて来ている事に気が付けたかもしれない。

      その音がどんな進路を辿って移動しているのか、予想するのも出来なくは無かったのかもしれない。

      もし、彼等の内の一人でも近づいて来る気配に気付く事が出切れば、その気配のする方を向いて警戒する事だって出来たかもしれない。

      気配の源が到達する前に声を出して、仲間に危険が迫っている事を伝える事だって出来ただろう。

       

      そして、音と気配を三人が同時に認識した時。

      そして、ベアモンの背筋に生存本能から来る寒気が奔った時。

      そして、黒い影のような何かが茂みの奥から林檎を抱えているベアモン目掛けて飛び掛ってきた所で。

       

      「肉球パンチ!!」

       

      甲高い打撃音が、三人の直ぐ近くで炸裂した。

      それと共に襲撃者――鋭利な黒色の体毛をした狼のような姿をしたデジモンが、ミケモンの硬質化した肉球による横殴りの打撃を左頬に受け、重心をズラされながらも、転倒する事もなく四つの脚を地面に着けた。

      襲撃者の姿を明確に視認したエレキモンが、嘆くように叫ぶ。

       

      「ガルルモン……!? 今日はどういう日なんだ、またこういうのが襲い掛かってくるのかよ!!」

       

      同じ事を、ユウキも危機感を表に出した顔のまま内心で嘆くが、襲撃者であるガルルモンはこちら側の事情など知る由も無く、剥き出しの殺気を乗せた視線を獣特有の唸り声と共に向ける。

      その目に宿っている感情が何なのかまでは判別出来ないが、ガルルモンの目を見たベアモンが第一に浮かべた印象は、少し前に自分やユウキ、そしてエレキモンが戦った鎧竜型デジモンから感じた物と同じ――ただ単に凶暴になっていると言うよりも、冷静な判断能力すら失われた、狂気とも言える『怒り』の感情だった。

       

      「……やっぱり、普通じゃないよ、こんなの……」

      「だろうな」

       

      ミケモンの呟くと共にガルルモンの次の動きがあった。

      ガルルモンは両前足で素早く山道を駆けると、一度茂みの中へと姿を隠したのだ。

      辺りから茂みの揺れる音と共に、何かが通り良く切れる音が周囲から聞こえる。

       

      「……ガルルモンの体毛は、伝説のレアメタル――『ミスリル』のように硬いって聞くが、マジみたいだな」

       

      ただ身を潜めて攻め時を待っているだけでは無く、その肩口から生えている体毛の刃で辺りの草木を切り裂く事で、些細な音を散らしながら駆け回っているようだ。

      ただ一直線に攻めてきたモノクロモンと比較しても、攻め方は明らかに違う。

      何らかの違いでもあるのかと思ったが、結局襲い掛かってきている事に変わりは無いため、むしろ確実に獲物を仕留めようとするガルルモンの姿勢は、ユウキ達からすれば脅威を強めるマイナス要素でしか無い。

      故に、その違いは、ただ新たな恐怖として認識される。

      だが。

       

      「……とにかく、コレは放り捨てとくぞ……」

       

      ユウキは平静を出来る限り装いつつ、抱えていた林檎を纏めて近くの茂みに投げて避難させる。

      もう流石に、二日の間に何度も命の危機に見舞われた所為か、ある程度の脅威に対しては腰が抜けたりする事も無くなったようだった。

       

      「仕方無い。後で回収できればいいんだけど……!!」

       

      ベアモンも同じように抱えていた林檎を茂みに放つと、拳を構えて臨戦態勢に入る。

      一方で、一番最初にガルルモンに攻撃してミケモンはと言うと。

       

      (……チッ、音が断続し過ぎてて判別がつきにきぃな……)

       

      自身の長所である聴覚を惑わされ、ガルルモンの位置を特定することが難しくなっていた。

      何故なら、周囲から聞こえる音の種類が複数存在し、その中で最も重要な音を他の音が阻害しているのだ。

      この状況で最も聞き取る必要のある音とは――ガルルモンが地を駆ける際に生じている足音。

      本来ならそれを辿る事で動きを予測するのだが、ガルルモンが移動の際に通っている茂みがざわざわと揺れる際に発生する雑音が、ガルルモンの両肩から生えている希少金属レベルの硬度を持った体毛の刃が、周囲の木に傷を刻み込む際に発生する摩擦音が、足音の位置を特定しようとするミケモンの聴覚を邪魔している。

      だが、だからと言って目だけには頼れない。

      相手は四足歩行を基本とした『獲物を追いかける』事を得意とするデジモンであり、体格の差から見ても走行速度はミケモンが四足で移動している時よりも上回っているのだ。

      当然、ミケモンは自身の攻撃を当てるために接近する必要があるのだが、普通に追いかけて殴ろうとしても避けられて隙を作るのがオチだろう。

      だが、ガルルモンがヒット&アウェイの戦法を行っている以上、接近して来た所を一気に叩く以外に勝算は無い。

      それも、現状ではガルルモン相手に狩られ兼ねない三人が、次にガルルモンが攻撃してくる可能性のある『標的』として存在している状態でだ。

      故に、ここで取るべき選択は一つ。

      速やかに現在居るメンバーを一箇所に集め、十分に迎撃出来る状態を整える事。

       

      「おいエレキモン。そんな所に居たら恰好の獲物だぞ。早くこっちに合流しろ!!」

       

      実を言えば、一箇所に集まった所をガルルモンが種族特有の『必殺技』を使う可能性もあり、それを使われると、被害が個々の領域を越えて環境にすら影響を及ぼしかねない事もミケモンは知っていた。

      だが、あのガルルモンには本能的とはいえ『戦法』を行えるだけの理性が、当時ユウキ達を襲っていたモノクロモンとは違って、ある程度残されている可能性が高い。

      そして、野生が引き起こす本能は、決して『自分が危険に遭う選択』を取る事は無い。

      故に、この状況で『必殺技』を使ってくる可能性は、余程狂気に蝕まれていない限りは有り得ない。

       

      「言われなくても分かってるっての……!!」

       

      苛立ちを含んだ声でエレキモンがミケモンに応えると、エレキモンは周囲を警戒しながらこちらに向かって四足で駆けて来る。

      後は、一度の迎撃につき複数の攻撃をくらわせてやれば、最小限の実害で事を済ませられる――はずだった。

      が、

       

      「っ!?」

       

      突然、隣の茂みの方から太い棒状の何かがエレキモンに向かって突き出された。

      エレキモンは何とか反応し、間一髪の所で後ろに跳躍する事で直撃を免れようとしたが、棒状の物体は突き出された状態から更に動き、その直ぐ真横へ回避に動いていたエレキモンを叩き飛ばした。

       

      「エレキモン!?」

       

      それを目撃したベアモンが叫び、思わずエレキモンの飛ばされた方へと走り出すが、同時に少し離れた場所で茂みが揺れる。

       

      「!! ベアモン、左の後方から来るぞ!!」

       

      ミケモンが叫び終わった時にはエレキモンを狙って、ガルルモンが茂みの方から飛び掛ってきていた。

      エレキモンが飛ばされた方へ走っていたベアモンは、仲間思いな性格が原因で、その接近に気付く事に遅れてしまう。

       

      「!? うわぁッ!?」

       

      ベアモンが半ば反射的に転ぶような体勢を取った事で、牙を剥き出しに飛び掛ってきたガルルモンはベアモンの体を飛び越える形になってしまったが、その直後、ベアモンは自分の行動に後悔を覚えた。

      何故なら。

      ベアモンが走っていた先では、謎の物体に叩き飛ばされたエレキモンが山道を転げ落ちている最中なのだ。

      当然、偶然によって生まれた状況とはいえ、ガルルモン――肉食獣をモチーフとされたデジモンが、目の前に見える格好の獲物を逃そうとする道理など無い!!

      ベアモンは、何らかの策を思考する間も無く、追い掛けるためにわざと斜面で転び、その勢いのまま丸くなる事で坂道を一気に下る。

      その場に取り残される形となったユウキとミケモンも、エレキモンを助けるために追いかけようとしたが、それは出来なかった。

      偶然にも、道を塞がんとする一体の大きなデジモンが、茂みの中からゆっくり現れていたからだ。

       

      「……こんな時に……ッ!!」

       

      ユウキは思わず、歯を噛み締めていた。

      視界に入ったデジモンは、全身が枯れ果てた大木のような形状をしており、明らかな殺意をこちらに向けて襲い掛かろうとしている。

      早急に倒さなければ、ベアモンとエレキモンの身が危ない。

       

      「チッ……とっとと倒すかすり抜けるかして、アイツ等を助けに行くぞ!!」

       

      ユウキとミケモンの目の前に存在する障害物の名はウッドモン。

      エレキモンを襲い掛からんとしている獣の名はガルルモン。

      いっそ作為さえ感じられる状況の中、この日二度目の戦いは始まった。

       

       

       

       

      山の斜面というのは、その山の高さと広さによって角度が成り立っている。

      この『滝登りの山』は、その名の通りに『滝』が形成される場所があり、中腹付近では単なる川がよく見受けられるものの、水が流れる元となった位置である頂上付近では、当然ながら山の大地の傾きが激しい部分も存在する。

      エレキモンが叩き飛ばされ、その勢いのままに転がり落ちている坂道は、少なくとも普通に歩いて登る事が出来るレベルの坂道。

      だが、それでも緩やかなものでは無かった。

      冷静に思考する事も、強引に打開する事も出来ないままエレキモンの体は坂を転がり続け、やがて進行していたルートの先にあった一本の樹木に激突する形で、ようやくその動きは止まった。

       

      「っ……ぅあ……!!」

       

      後頭部に奔った鈍い痛みから蹲り、泣きそうなほどに弱弱しい呻き声を漏らすエレキモン。

      だが、その痛みが治まる間も無く、次の脅威が迫ってくる。

      明らかな敵意と、狂気に近いほどの殺意を含んで突然襲い掛かって来た、ガルルモンと言う名の黒く鋭利な体毛を持った一匹の獣だ。

      ここまで走って来た勢いのまま跳躍し、回転しながら自分に向かって来るガルルモンを見て、何とか反射的に横の方へエレキモンは回避運動を取る。

      間一髪で避ける事に成功したが、エレキモンの後方にあった樹木はノコギリによって斬られたかのような激しい音を発生させながら倒れ、辺りの地面を静かに揺らしていた。

      もし回避に成功していなかったら、エレキモン自身があの無慈悲な刃によって体を裂かれていたかもしれない。

      それを想像してしまい、ゾッとした冷たいものを背筋に感じてしまうエレキモンに、実行者であるガルルモンが狂気を宿した目を向ける。

      やはり、相手を『敵』としか認識していない目だった。

      間を空ける事も無くガルルモンは前足ごとエレキモンの居る方へと振り向き、獣特有の唸り声を漏らしながら近づいて来る。

      舌なめずりなどはせず、確実に『敵』を仕留めるために。

       

      「っ……!!」

       

      何とか逃げるために足を動かそうとするが、体に奔る痛みがそれを阻害する。

      そもそも、ちょっと前に受けてしまった打撃の所為でエレキモンの体力は大分削られていた。

      四足で大地を駆けるガルルモンから逃げ切るだけのスピードを出す事など、どう考えても無理な話である。

       

      「ふざけんな……まだ、俺は……!!」

       

      死にたくない。

      そう言おうとしたエレキモンを前足で押さえ込もうとするガルルモンだったが、そんな時。

      ガルルモンが通ってきた坂道の方から、まるで先ほどまでの自分自身を再現しているように、青に近い黒色の物体がゴロゴロと回転しながらやって来た。

      そしてそれ――ベアモンは、回転の勢いを止めないまま体を強く地面に打ち付ける事で跳躍し、ガルルモンの横っ腹に体当たりを直撃させた。

      体格差はそれなりにあったはずだが、その重量と坂道によって加速された速度が合わさる事で生まれた衝撃が、ガルルモンの体を3メートルほど突き飛ばした。

      それによって、エレキモンは九死に一生を得る。

       

      「エレキモン、大丈夫!?」

      「何とか、な……」

       

      ベアモンが、ボロボロになっているエレキモンを見て|切羽《せっぱ》|詰《つま》った表情になるが、今は多少の傷を意識している場合でも無い。

      突然の奇襲によって距離を置いたガルルモンも、視界に入ったベアモンを新たな『敵』として認識する。

       

      「それよりどうすんだ……!! 何か策はあるのか!?」

       

      エレキモンの声色も、焦りと恐怖で自然と変わって来ていた。

      対するベアモンは、何も言わずに気を張り歯を食い縛る。

       

      「おい、何か言ったら――!!」

       

      エレキモンが怒鳴るように問おうとした時、ベアモンの体が青色の輝きを伴うと共にエネルギーの繭に包まれた。

      それが『進化の光』である事を、既に進化する光景を二度も目の当たりにしているエレキモンは理解していた。

      だが、その進化の繭が膨張する速度は、明らかに遅かった。

      理由は単純で、エレキモンにもすぐに分かった。

       

      (さっきぶりってレベルの時間しか経ってないのに、まだマトモに体を休ませる事も出来て無いのに、そんな状態でまた『進化』を発動したら……!!)

       

      不安が思考を過ぎる中、目の前でベアモンの体は大きくなっていく。

      幸いにも、目の前の現象を警戒してか、ガルルモンは襲ってくる様子も無い。

      そして、モノクロモンとの戦いの時と比較して倍近くの時間を経て、繭は砕かれた。

      中からはベアモンでは無く、その進化形態であるグリズモンが現れガルルモンと相対する。

       

      「ベアモ……グリズモンッ!!」

       

      思わず名を叫ぶエレキモンの目の前で、グリズモンは一気にガルルモンの居る方へ向かって四足で駆け、両方の前足を使って押さえ付けようとした。

      だがそれは空を泳いだだけで、ガルルモンを捕らえる事は出来ず。

      逆に、後ろに跳躍する事でグリズモンと距離を置いたガルルモンが、隙を見せたグリズモンに向かって飛び掛ると共に、空中で回転する。

       

      「ガルルスラスト!!」

       

      ガルルモンの技の一つ――両方の肩口から伸びているブレードを使って標的を寸断するその技を、グリズモンは両前足に装備された防具で受け止める。

      だが。

       

      「……ッ!!」

       

      徐々に、グリズモンが装備している防具に鋭利なブレードによって多くの傷が付けられ、その耐久性をどんどん削られていた。

      まるでそれは、グリズモン自身の体力が限界に近づいている事を示しているようでもあって。

      今にも崩れ落ちそうな体を、気力で支え込んでいるだけに過ぎない事を示していた。

       

      「こんの……ッ!! いい加減にしろおおおおッ!!!」

       

      グリズモンは吠えると共に力技で前足を振りぬき弾き飛ばすが、ガルルモンは回転しながらもあっさり四足で着地すると、即座に茂みのある方へと駆け出して行った。

      決して、グリズモンとエレキモンを見逃したわけでは無い事ぐらい、当たり前だった。

       

      (……マズイ。このままじゃ、グリズモンでもガルルモンを退ける事が出来ねぇ……)

       

      同じ獣型のデジモンでも、双方ではそれぞれ特化した能力が違う。

      グリズモンは、爪や牙に秘められた殺傷性と、抜群の格闘センス。

      ガルルモンは、四足歩行の敏捷性と、獲物を確実に仕留める正確性。

      この状況においてグリズモンの能力が発揮されるには、ガルルモンとの距離を詰める以外に無い。

      だが、ガルルモンはそれを知ってか否か、それとも視界に入っている重量級の前足――『熊爪』を警戒してからか、奇襲するその時までグリズモンの攻撃範囲から大きく出ている。

      グリズモンには、万全の状態ならばどの方向から奇襲されても対応出来る能力が備わっている。

      だが、今の彼は万全の状態と言うには程遠く、あとどのぐらい『進化』を維持出来るかすら危うい状態なのだ。

      タイムリミットは、あと何十秒か、それとも数秒か。

      どの道、危険な状態である事に変わりは無かった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      そんな危険な状態にある一方で、ミケモンとユウキはウッドモンと交戦していた。

      交戦とは言っても、この戦いで成すべき事はあくまでもウッドモンが立ち塞がっている(つもりで無くとも)先の道を進み、ガルルモンに襲われているエレキモンと、ガルルモンを追いかけて転がっていったベアモンの救援に行く事であり、ウッドモンを優先してまで倒す必要は何処にも無い。

      ミケモンだけなら、無視して通り抜ける事も難しくは無かっただろう。

      だが、この場に取り残されたもう一体――ユウキが突破する事は、現時点では難しい。

      ミケモンには野良猫のように身軽で素早い動きをする事が出来る体を持つのだが、ギルモンはその体形から見て分かる通り、四足歩行を行ったり二本の足を使って素早く動く事に適していないのだ。

      そして、ミケモンからしても置いていくわけにもいかないため、仕方なくウッドモンを『倒す』選択をしているわけである。

       

      「とっとと行かねぇといけねぇんだ……悪いが押し通るぞ」

       

      早急に決着を付けなくてはいけない状況であるが故に、ミケモンはいちいち相手の出方を窺う事などはせず、即行で攻め始める。

      ミケモンの武器は、茶色のグローブに包まれた前足に備わっている硬い肉球に爪と、高い瞬発力を発揮させるための後ろ足。

      ウッドモンは自身の武器である棒状の腕をミケモンに突き出すが、ミケモンはそれを横移動で避けると一気にウッドモンの懐へ四足で接近し、顔面の部分に飛び掛るとそのまま前足に備わっている鋭い爪で引っ掻いた。

       

      「ネコクロー!!」

       

      ザシュザシュザシュザシュッ!! と、まるで木工刀で削り取ったかのような音が連続する度に、ウッドモンの体を構成している樹木の体が削れていく。

      ウッドモンは苦痛の声を漏らしながらも、自分に取り付いているミケモンをもう片方の棒状の腕で叩こうとするが、ミケモンはウッドモンの体に爪をくい込ませると共に両腕に力を込め、地に足を付けていない状態でありながら、上に跳んだ。

      脚力の基点となるものが無いが故に大したジャンプ力は発揮されなかったが、それでもウッドモンの攻撃を避けられるぐらいの高度は跳べており、ウッドモンは自分自身の腕で自分の顔面を殴ってしまう。

      空中で回転しながら落下するミケモンは、再びその爪でウッドモンの顔面部分を引っ掻く。

      そして地に降り立つと、今度は爪ではなく硬い肉球で一撃。

       

      「肉球パンチ!!」

       

      鈍い音と共に衝撃がウッドモンの目と目の間に炸裂する。

      反撃など許さない。思考する時間も与えない。無駄な行動を取らない。

      常に自分が『攻める側』に立ち続ける事こそが、戦いにおいて最も優勢に近い立場に居られる方法である事を、ミケモンはよく知っていた。

      だが。

       

      「……やっぱり、ジリ貧だな」

       

      ミケモンの爪によって削り取られたり、衝撃によって小さな亀裂を生じさせていたウッドモンの体は、まるで擦り傷が治る光景を高速で見せられているかのように、失われた部分を内部から『成長』させる事で再生されていた。

      原型が樹木であるが故に、養分さえあれば最低限の傷は高速で修繕出来るのだろう。

      ただの引っ掻き攻撃やパンチだけでは、攻撃力が再生力を上回るのに時間が掛かってしまう。

      即座に思考を切り替え、一端ウッドモンと距離を取ったミケモンは、自分の戦闘に割り込むと邪魔になるとでも思ったいたのであろう――先ほどから攻めあぐねているギルモンのユウキに声を掛ける。

       

      「おい、ユウキとか言ったな。手を貸せ、こいつを倒すぞ!!」

      「やけに簡単に言ってくれるが、どうやって!!」

      「お前の『必殺技』が必要だ。俺がこいつの『腕』を止めるから、最大級のをブチかませ!!」

       

      ギルモンの『必殺技』は、口から強力な火炎弾を放つというもの。

      実際、ウッドモンというデジモンはその体を構成しているデータが『樹木』であるが故に、火の属性を伴った攻撃には滅法弱い。

      ミケモンの判断は間違っていない。

      ただ一点を除いては。

       

      「………………」

      「……おいまさか、記憶喪失だから種族としての技の出し方すら分かってないなんて言わないよな?」

      「…………はい」

       

      実際は記憶喪失などではなく本当に『知らない』だけなのだが、なんかもう申し訳なさ過ぎて、ユウキは思わず敬語で謝っていた。

      なんてこった、とミケモンは思わず天を仰ぎたくなった。

      ウッドモンの両腕が、ミケモンとユウキのニ体に向かってそれぞれ伸び突き出され、会話しながらもそれを何とか避けると、ミケモンは責める事も無くユウキに向かってこう叫ぶ。

       

      「でかい炎を吐き出す自分自身をイメージしろ!! んで、それを実際にやる時、自分の『必殺技』の名前を叫べ!! それが必殺を現実にするための切っ掛けになる!! 『必殺技』の名前は分かるか!?」

      「そっちは何となく分かってるけど、この状況で明確なビジョンをイメージするなんて……!!」

      「俺が時間を稼ぐ。だから遠慮せずにやれ!! お前の仲間の命運が掛かってんだからな!!」

      「ッ!!」

       

      ミケモンはウッドモンの顔面に再び飛び掛ると共に引っ掻いて、ウッドモンの意識をユウキから外す。

      その間にユウキは、何とかしてイメージする。

      だけど。

       

      (……そんなの、イメージ出来るわけがねぇだろ!!)

       

      ユウキは、元は人間『だった』デジモンだ。

      そんな彼の『経験』に、炎を吐き出すなどという物があるわけが無い。

      イメージを形成するには、材料が足りない。

      だが、そんな彼の思考を知っているわけもないまま、ウッドモンに攻撃を続けているミケモンは二つ目の言葉を放つ。

       

      「イメージするのは、自分以外の物で例えてもいい!! とにかく頭で考えて、それを表に出す事だけに集中しろ!!」

      「自分、以外の物……?」

      「さっき戦ったデジモンの事を忘れたわけでも無いだろ!!」

       

      さっき戦ったデジモン。

      それがどんなデジモンであったか、ユウキはとてもよく覚えていた。

      何故なら、一時間程度しか時間の経っていない、新たな『経験』の元となったデジモンだったから。

       

      (……モノクロモン!!)

       

      その戦いの記憶は、恐怖や痛みと共に根強く『経験』に刻まれている。

      力不足からほとんど傍観する事しか出来ず、力になろうとして無様に失敗した、苦い記憶。

      それを活かすべき時は、間違いなく今なのだろう。

      根強く残っている『実際の』記憶を掘り起こし、それと元としてイメージする。

      口を大きく開け、喉の奥から空気ではなく熱気を生成し、その時の感覚を記憶に取り入れながら。

       

      一度、口を閉じる。

      目の前の敵を一回でノックアウトさせるための、強大な一撃を放つための『溜め』の動作として。

      口の中に篭る熱気はどんどん膨張していき、鼻の穴からも蒸気に似た白く熱い空気が漏れる。

      人間の体だったならば、口中どころか顔中が大火傷となっていて大惨事の行為だっただろうが、ギルモンの体であるからか痛みは全くと言っていいほどに無かった。

      ただ、やはり呼吸をしない状態を継続しているため、息苦しくなる。

       

      「グ……グ……!!」

       

      ミケモンは、ユウキが『必殺技』を放つ準備を終えた事を確信し、ウッドモンの目元付近を爪で引っ掻き削り取って直ぐに『必殺技』の射線から出る。

      ウッドモンは目元の痛みから腕を目元付近まで動かし、痛みを和らげようとしているのかは分からないが痛がる様子を見せ、更に大口を開けて苦痛に満ちた声まで上げている。

      いくら再生しようが、樹木そのものである自分の体を傷付けられて『痛み』を感じない事は無いのだ。

       

      そして、自分の体に走る『痛み』の方へと意識を向けているが故に。

      そして、結果的に腕を使って視界を封じてしまっているが故に。

      そして、ミケモン自身もその状態を狙っていたが故に。

       

      「今だ。撃て!!」

      (ファイアー……)

       

      ミケモンの声を聞いた直後、ユウキはずっと苦しそうに溜めていたものを解き放つように口を開ける。

       

      「――――ボオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!」

       

       

       

      技の名を叫ぶと共に、ギルモンの口内に溜められていた火炎が一個の球を形成しながら放たれた。

      放たれた火炎球は、真っ直ぐウッドモンの体――正確にはその大きく開けられた口の中に向かって突き進み。

      直後、火球がウッドモンの体の内部で爆ぜた。

      よほど火力が強かったのか、爆炎は凄まじい音を伴ってウッドモンの体を内部から焼き尽くし、口元から灰色の煙を噴出させる。

      自身の弱点である炎を食らい、ウッドモンは断末魔に似た叫び声を周囲に響かせると共にその場にへたり込んだ。

      戦意さえも炎によって灰にされたのか、技を放ったユウキにもミケモンにも抵抗しようとはしない。

      それが示す意味を理解出来ないほど、二人も馬鹿ではなかった。

       

      「行くぞ」

      「……あ、ああ!!」

       

      野生の世界は弱肉強食とは言え、やはり相応の罪悪感は感じてしまう。

      ユウキはミケモンにそう言われ、やるべき事を再認識した上でウッドモンのすぐ脇を通り、坂道を下り始めた。

       

       

       

       

      時間がとにかく足りない。

      周囲に見える茂みのどこからガルルモンが襲って来るのか、目で追うだけでは判別出来ない。

      ただ待つだけでも、グリズモンのタイムリミットは迫ってくる。

       

      「クッ……」

       

      自分自身のタイムリミットを意識するあまり、冷静に戦術を構成する事が出来ない。

      攻撃しようにも、その範囲は『技』で拡張しない限りは腕の長さと同じぐらいが限度だ。

      そしてこの時も、キョロキョロと周囲を見回すグリズモンの視界の死角からガルルモンが襲い掛かる。

       

      「――――!!」

       

      グリズモンは気配に反応する形でガルルモンの方を向き、何も考えないまま右拳を突き出す。

      それが裏目になった。

       

      「フリーズファング!!」

       

      ガルルモンは本能的に技の名を言うと共に、突き出された拳に向かって噛み付き牙を食い込ませる。

      すると技の効果なのか、グリズモンの拳がどんどん冷たくなっていき、やがて氷に包まれると共に動かなくなってしまった。

       

      「ッ……ぅらあッ!!」

       

      腕から伝わる激痛に苦痛の声を漏らすグリズモンだが、反撃と言わんばかりにもう一方の左拳を突き出す。

      今度は、腕に牙を食い込ませていたがために、ガルルモンはその拳を避ける事が出来ない。

      しかし、グリズモンの拳にモノクロモンとの戦いの時のような力強さが宿る事も無い。

      ガルルモンは頬に拳を食らい、その威力でグリズモンの右腕から引き剥がされる。

      だが、それだけだった。

       

      「ぐぅ……っ!!」

       

      利き腕である右前足から力を感じない。

      それどころか、全身からどんどん力が抜け落ちている。

      攻撃を受けてしまったのが拙かったのか、グリズモンの膝が地に付くと共に『進化』が解除され、元の姿であるベアモンに戻ってしまった。

      既に疲弊していた体を酷使したのだから、消耗した体力は既に気力で補っても補強出来ないレベルにまで削られているだろう。

      そして、視界から最も脅威を感じる『敵』が居なくなった事で、ガルルモンは茂みに隠れる事も無く近づいて来る。

      そんな光景を、エレキモンは見ている事しか出来なかった。

       

      (くそ……っ)

       

      エレキモンは、悔しさのままに内心で嘆く。

       

      (俺って奴は……ッ!! 何でまた守られてんだよッ!! 何でいつも、最終的には……!!)

       

      力が――度胸が――強さが。

      足りないからなのだろうか。

      ベアモンやユウキには有って、自分に無い物は何なのか。

       

      (クソったれが……ッ)

       

      涙腺が悔しさに刺激される。

      頭の中が色んな感情に塗れていく。

      その全てが、今はどうでもよくなってくる。

      今求める物は、ただ一つの結果だけ。

       

      (いつまでも守られてばかりなんてお断りだ……今度は、俺が……)

       

      ガルルモンが、今にも倒れ掛かっているベアモンを噛み砕こうとする。

      エレキモンは、ベアモンを守るために立ち塞がる。

      ガルルモンが構わずに飛び掛った、その時。

       

      「俺が、こいつを守れるような俺にならねぇとダメなんだッッッ!!」

       

      光が、煌めいた。

      エレキモンの全身が、火花に似たオレンジ色のエネルギーを纏って繭に包まれる。

      飛び掛ってきたガルルモンは、それに当たると共に弾かれ距離を離された。

      それは色こそ違う物の、ユウキやベアモンが『進化』を発動させる時に出てくる物と同じ物だった。

       

      「エ……レ……キモン……?」

       

      繭の中で、エレキモンの姿が明確に変わっていく。

      全身の体毛は赤色から白色になり、孔雀のように広がっていた尻尾は先の方に赤を残して更に広がる。

      前足は飛ぶ事に適してなさそうな大きな羽に、後ろ足は体重を支えるための巨大に発達した脚に。

      首元では羽毛が一種の髭のように変化した物になり、頭部には薄黒いトサカが生える。

      そして上顎の部分は黄色く硬化しクチバシに、目は得物を射殺すかのような赤い瞳になった。

       

      ――――エレキモン、進化……!!

       

      繭が膨張し、卵に衝撃を加えた時のように亀裂を奔らせると、内部からエレキモン――だったデジモンが姿を現す。

      進化した自分の存在を肯定するように、名乗る。

       

      「――コカトリモン!!」

       

       

       

      バジリスク、という名を持った架空の生物がいる。

      現実に存在『する』情報として古代に記述された時点では、頭部に冠状のトサカがあり、その目で見ただけで死をもたらす蛇の王様と呼ばれていたが、中世に時代が移るごとに、コカトリスという別の架空生物の伝承と合流し、姿に鶏の要素が取り入れられるようになった。

      時が経つにつれ、蛇の王様という外見情報は頭に鶏冠を持った蛇だとか、八本足のトカゲなどに塗り替えられ、バジリスクの別称としてコカトリスが用いられるようにもなった。

      更に時代が進むにつれて、バジリスクという生物の危険性はどんどん大袈裟に語られるようになった。

      例えば、蛇なんて比にもならないレベルの大きな生き物とされたり、口から火を吹くようになったり、先に述べたように目を合わせた者が石に変えられたり、その声だけで生物を死に至らしめるなどとされたりした。

      だが、そもそも、現実にそこまで危険な生物が居るのだとすれば、実際に見た者は何の情報も伝える事さえ出来ずに死んでいるはずであり、かえってその情報は信じられなくなっていった。

      そして、現代に至る過程で、既にバジリスクは現実には存在『しない』生物として語られ、ファンタジーを舞台にする絵本や映画やゲームなどに強敵として登場するようになってしまった。

      その殆どで使われている要素は『猛毒を持つ』事と『視線で石化する』という点であり、バジリスクという架空の生物を現す有名なステータスとして認識されるようにもなった。

      そして、バジリスクとコカトリスという異なる名前を持った二つの生物の情報は混同されたまま、デジタルワールドへと反映された。

      デジタルワールドに生息しているデジモンの種は、大半が何処からともなく送られる情報を原型としたものであり、ガルルモンやグリズモンのように人間の住まう世界に実在している動物を原型としたデジモンもいれば、グラウモンのように実在しない生物を原型としたデジモンもいる。

      エレキモンが進化したデジモンであるコカトリモンは、言うまでも無くコカトリスという伝説の生物を原型としており、後者のグループにあたるデジモンである。

      そして、その能力も当然、伝説上の情報を元としている。

      エネルギーの繭を破って現れたコカトリモンの最初の行動は、ただ単純。

      その視線を真っ直ぐガルルモンへと向け、一度目を閉じて、それから大きく見開きながら『必殺技』の名を叫んだだけ。

       

      「ぺトラファイアー!!」

       

      名を言った瞬間、コカトリモンの目から水色の炎のような物が光線のように放たれ、放たれる前に前兆を察知していたガルルモンは素早く横に跳躍する事で避けるが、先ほどまでガルルモンが居た場所のすぐ後ろの方の木の一部分が、まるで焼け跡のように灰色に変色――石化していた。

      技を放つ過程で視界が塞がるため、コカトリモンは回避後のガルルモンが襲ってくる方向を理解するのに時間が掛かり、気付いた時には既にガルルモンが真っ直ぐ飛び掛ってきていた。

      だが、コカトリモンは防御手段を取る事も無かった。

      次に行った行動も、ただ単純。

       

      「ぅらあッ!!」

      「ガ……ッ!?」

       

      強靭な脚力を秘めた両脚、その内の右で、飛び掛ってきたガルルモンの顎を思いっきり蹴り上げたのだ。

      ただ蹴っただけにも関わらず、ガルルモンの体が首ごと上向きになるほどに反り、その状態を狙ったコカトリモンの嘴がガルルモンの腹部に突き出される。

      ドスッ!! と、一点に力が集中された攻撃がガルルモンの体を容易く吹き飛ばし、激痛を奔らせる。

       

      「ぐっ……」

       

      コカトリモンは間髪を入れずに再び『必殺技』を放とうと思ったが、突然体に疲労的な重みが圧し掛かり、集中を乱してしまう。

      元々、進化する前から彼は消耗しており、その上にコカトリモンの巨体を維持するだけのエネルギーが明らかに不足しているため、進化を維持するどころか、単に体を動かすだけでも相当な負担が掛かっているのだ。

      コカトリモンというデジモン自体がそもそも、エネルギーの消耗が激しい戦いを苦手としているため、ガルルモンとマトモに戦える時間もそう長くは無い。

      それを分かっているからでこそ、コカトリモンは少しでも当たれば動きを封じられる『必殺技』を使う事を常に視野に入れていたのだが、ただの一発を放つだけでも相当な消耗を強いられてしまった。

      だが、進化を解くだけにはいかない。

      ここで彼が戦う事を止めたら、間違い無く後ろに居るベアモンが殺されてしまうだろうから。

      自分一人でも、意地で守り抜いてみせる。

       

      「ぺトラファイアー!!」

       

      目で標準を合わせ、気合いでもう一発『必殺技』を放つが、コカトリモンが集中を乱した間にガルルモンが態勢を立て直していたらしく、今度は跳んで避けられる。

      跳び掛ってきた所を『必殺技』で狙う事も、言葉で言うだけなら容易かもしれないが、技の予備動作の間に喉笛を嚙まれては元も子もない。

      強力な技であるが故の欠点か、放つまでの『溜め』が少し長いのだ。

      だからでこそ、ガルルモンに避けられるだけの隙を与えてしまう。

       

      「ガルルスラスト!!」

       

      跳んで回避したガルルモンは、そのまま体を回転させ肩口のブレードでコカトリモンを切り裂こうとする。

      今度は蹴りによる返しは出来ない。

      後ろにベアモンが居るため、回避も出来ない。

      取れる手段は、退化している両翼を交差させる事による防御以外に無かった。

       

      「ぐ…………ッ!!」

       

      当然、両翼は切り刻まれ、激痛がコカトリモンを襲う事になるが、それでも切断はされない。

      交差した両翼を強引に振り、ガルルモンを押し返す事に成功したコカトリモンは、三度目の『必殺技』を放つために一度目を閉じた。

      着地地点は予想が付いている。

      ガルルモンには空中で移動する、という回避手段が無いため、最も安定して狙えるタイミングは着地の寸前、地に脚が着く直前。

      後は冷静に狙いを定め、放つだけ。

       

      「ぺト…………ッ!?」

       

      そう、思っていた。

      ただ、盲点があった。

       

      この状況で、この環境で使うわけが無いと思っていたからでこそ、その当たり前の反撃を予測する事が出来なかった。

      技を放とうとしたコカトリモンと襲ったのは、ガルルモンの口から放たれる青い炎――ガルルモンの『必殺技』だった。

       

      「フォックスファイアー!!」

       

      そもそも使うわけが無い。

      そう思っていただけに、突然使われたそれの防御策などあるわけも無く。

      無防備なコカトリモンへ、青色の炎が牙を剥いて襲い掛かってきた。

       

      「ぎっ、ああああああああああああああああああああ!!?」

      「え、エレキモン……ッ!?」

       

      なまじ体が大きい所為か、炎は一切他の物に焼け移る事も無くコカトリモンの体を焼く。

      幸いなのは、コカトリモンの羽毛がそれなりに耐熱性を含んでいた事だろう。

      それが無ければ、間違い無くこの時点で死んでいた。

      体の大きさも、ベアモンを守るための盾代わりになってくれたと考えれば、そう悪い気もしなかった。

       

      「ぐっ、くそっ……お構い無しかよ……ッ!!」

       

      このような森の中でも遠慮無く炎の技を使った、という事は、既にガルルモンの理性は殆ど失われていると見ていいだろう。

      『沸点』を超えさせてしまったのは、恐らくコカトリモンが顎に放った一発の蹴り。

      こうなると、もうガルルモンはコカトリモンを仕留めるまで攻撃を中断する事も、茂みの中に隠れて隙を突こうともしないだろう。

      だが同時に、冷静さを失ったガルルモンには、もう攻撃よりも回避を優先するほどの判断能力は残されていないはずだ。

      ならば、これは残り僅かなチャンスだ。

       

      「ガルルルルルルルルルルルル――――ッ!!」

      (……やべぇ、すげぇ怖い)

       

      自分で怒らせといてなんだが、という話ではあるのだが、やはり剥き出しの殺意を向けられて怯まないほど彼の精神は強くない。

      それでも、負けられない。

      腹を括り、コカトリモンは次の行動に出る。

       

      「ぺトラファイアー!!」

       

      四度目となる『必殺技』を放ち、視線を向けた先にある樹木や葉っぱを石化させる。

      ガルルモンはそれを上に跳んで避けると、口に再び炎を溜める。

      コカトリモンはそこで視線を空中のガルルモンへと移し、しかし『必殺技』は使おうともせずに身構える。

      ガルルモンは口から炎を吐き出した状態のまま回転し、文字通り火だるまのような姿のままコカトリモンを襲う。

      それに対してコカトリモンが行ったのは、またも単純な事だった。

      両肩口から伸びているブレード、高い切断能力を持ったそれが存在しない、背中の中央へ。

       

      自身の嘴を前方に突き出しながら、まるで体当たりでもするかのように跳躍したのだ。

      接近した代償として両肩を切り刻まれ嘴に火傷を負うが、その一撃はガルルモンの体を打ち上げ、生じた衝撃の影響でガルルモンはバランスを崩し、ゆっくりとした回転で地面に落ちていく。

      そしてコカトリモンは、地に脚を付けるまで一切の抵抗も出来なくなったガルルモンの落下ルートに横槍を入れるかのように、その高い脚力のままに跳び掛かり、ガルルモンの腹部を全体重を乗せた嘴で突いた。

       

      「ビーク……スライドォ!!!」

       

      その結果。

      鈍い音と共に、ガルルモンの体は押されるような形でその背後にあった灰色――石化した樹木へ、コカトリモンの巨体とサンドイッチになる形で激突し、辺りへ石が砕けるパラパラ細かい音を響かせた。

      数瞬後、コカトリモンの姿は輝き、羽根のような粒子が舞い散ると共に元の姿――エレキモンに戻る。

      そして、衝撃と共に意識を消失させたガルルモンが石柱のような木に寄り添う形で崩れ落ちる。

       

      「へ……へっ……ざ、まぁ……ねぇな……」

       

      勝敗が決した事を確信したエレキモンの意識は、初となる『進化』を解除した事から来る凄まじい疲労感と虚脱感から薄らいでいき――――意識が途絶える瞬間感じたのは、親友の暖かい腕の感触だった。

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

      戦いは終わった。

      周囲から『敵』の気配は感じられず、その場には静寂が訪れる。

      途中から戦いを見ている事しか出来なかったベアモンは、戦う力を根こそぎ奪われたガルルモンのそぐ傍で気を失った親友を腕に抱いていた。

      その瞳から、一粒一粒と涙が出てくる。

       

      「……エレキモン……」

       

      結果的に、ベアモンは助かった。

      エレキモンの方だって、命には別状も無いはずだ。

      だけど、それでも、結局。

      ベアモンが、エレキモン守り抜けなかった事には変わりが無い。

      もっと自分が強ければ、ここまで危険な状況に至らせる事なんて無かったはずだ。

      そもそも、最初の時点で『敵』の奇襲にさえ気付けていれば、ここまで追い詰められる事だって無かったはずだ、と思ってしまう。

       

      「……ごめん……」

       

      言葉を発しても、意識を持たない親友は返してくれないだろう。

      言い知れぬ不安を抱きながらその場で動かずにいると、坂道の方からニ体のデジモン――ガルルモンに襲われたベアモンとエレキモンを助けるために疾走していたミケモンと、それよりちょっと遅れてギルモンのユウキが、多少呼吸を(特に後者が)乱しながら近づいて来た。

      彼等はそれぞれ、気を失って倒れているエレキモンの姿と、彼を抱き抱えているボロボロなベアモンの姿を見て言葉を述べる。

       

      「おい、大丈夫か!? 怪我とか……はある、な……」

      「あんな事があったのに命があるだけ十分だろ。ホントなら、死んでてもおかしくなかったぞ」

      「……ユウキ、ミケモン……」

       

      二人の顔を見て、ようやく安心を取り戻すベアモン。

      涙が出てくるのを止められないまま、彼は言う。

       

      「……エレキモン、怪我も疲労も僕より酷くて……僕もガルルモンと戦ったんだけど、何も出来なくて……」

      「何も言わなくていい。遠くの方からでも、お前等二人のものと思われる『進化の光』は確認出来たから、どういう事があったのかは大体予想がついてる。というか、明らかにお前の方が酷い有様だろうが」

       

      ミケモンはそう言うと、ベアモンの腕の中で気を失っているエレキモンを自分の腕で抱え上げる。

      疑問を浮かべたベアモンが、涙を拭いながらミケモンに対して質問する。

       

      「……どうするの……?」

      「お前もエレキモンも、ついでにユウキも、怪我と疲労が明らかに酷いからな。これ以上は俺も見過ごす事は出来ねぇよ。単刀直入に言うが、今からお前等は俺が町まで連れ返す。食料に関しては仕方ねぇから、俺の方から分けてやるよ」

      「……うん、分かったよ……」

       

      ベアモンはそう言うと、エレキモンの事をミケモンに任せて立ち上がる。

      ユウキもミケモンの意見に異論を唱える事は無く、同意したように頷いていた。

      食料の問題はミケモンが援助してくれるだろうから、とりあえずは山の中で食料を求めて彷徨う必要が無くなったからだ。

      ただ、ユウキから見てもベアモンのショックは大きいらしく、ユウキも表情を曇らせている。

      そんな時、エレキモンを抱えたまま山を下り始めようとしたミケモンが、視線を行き先へ向けたまま、ベアモンに対して言葉を飛ばした。

       

      「……気に病むな。こいつの怪我もお前の怪我も、どちらかと言えば保護者でもあるオイラに責任があんだから。それでも気にするんなら、せめてこの『経験』を次に活かす事を考えろ。自分だけに責任があると思ってんじゃねぇぞ」

       

      ユウキには、その言葉がベアモンやミケモンだけでは無く、自分自身にも宛てられているものに感じられていた。

      互いに言葉を交わしながらも、目的の無くなった彼等は山を下り、帰る場所へと戻る。

      いっそ不自然なほどに、帰る途中『敵』との遭遇は一切無かった。

       

       

       

       

      ――――目を覚ました時、エレキモンの目が見たのは、よく見知った天井だった。

       

      「……ん……」

       

      自分達は助かったのか。

      ベアモンやユウキはどうなった。

      そういった疑問は、自分が自分の住んでいる家で眠っていた、という事実によって収束された。

      眠っている間に何があったのかは知らないが、エレキモンの眠っている傍には明らかにリンゴとは違う食料――焼けた肉や、健康に良い果実として有名な超電磁レモンが皿代わりの葉っぱの上に置かれていて、いつの間にか空腹になっていたエレキモンは、食欲に身を任せるようにそれ等を口に運んでいた。

       

      こういった様々な食料が山で手に入ったとは思えない。

      間違い無く、ミケモン辺りの援助があったのだろう、とエレキモンは思っている。

      眠っている間に意外と時間が経っていたのか、視線を家の外へ向けるとオレンジ色の空――夕焼けが広がっているのが見えた。

       

      「……戻って、これたのか」

       

      安心感の一方で、ベアモンやユウキが今どうしているのかが気になった。

      体を起こそうとするが、食料でエネルギーを補給した上でも体は重く感じられた。

      四つの脚で体を支える事さえ難しいのか、もしくは眠りから覚めたばかりで意識が覚醒しきっていないからか、エレキモンは寝床から起き上がる事も出来ずに横になる。

       

      「……だりぃな……」

       

      そんな事をぼやいていると、入り口の方から来客があった。

      自分と同じくボロボロなはずのベアモンと、モノクロモンとの戦いの時には自分を守って背中に大火傷を負っているギルモンのユウキだ。

      彼等はエレキモンが目を覚ましている事に気付くと、早速声を掛けてきた。

       

      「エレキモン、大丈夫……? まだ『進化』した時の消耗が回復しきれてないんだね……」

      「……そういうお前はどうなんだ。お前なんて山の中で二回も『進化』を発動した挙句ぶっ倒れてたじゃねぇか」

      「僕は大丈夫だよ。ここに来る前、町に戻ってからミケモンがくれた食料を食べたり昼寝したりで回復に専念してたから、本調子とまでは言えないけどずっとよくなってるし」

      「お前ってホントに頑丈なのな……昨日といい、今日といい……」

       

      二日間の間に三回も成熟期のデジモンと戦っていながらもすぐに回復するベアモンに、呆れたような言葉を口にするユウキだが、ベアモン自身は自分の体の損傷よりも他人の体の損傷の方が心配の優先度が高いのか、気にせずにエレキモンに声を掛ける。

       

      「大丈夫なようで何よりだよ……エレキモンがコカトリモンに進化した時は、本当に驚いたけど……やっぱりエレキモンは強いや。君がいなかったら、僕はあそこで死んでたよ」

      「……へっ、何を言ってんだか。モノクロモンとの戦いの時、俺やユウキを助けてくれたのはお前だろうに」

      「でも、僕一人じゃ無理だったという事実は変わらないよ。いつも一緒に居てくれてありがとう」

       

      互いに微笑ましい会話を交わす中、話題を切り出すようにユウキが言葉を投げ掛ける。

       

      「ベアモン。褒めあうのは良い事だと思うんだけどさ、忘れてないか?」

      「……あっ、うん。分かってるよ」

      「? 何かあったのか?」

       

      どうやら、エレキモンが眠っている間に二人の方で何かがあったらしい。

      エレキモンの無事を確認し、ようやくベアモンも切り出すべき話題を口にする。

       

      「あのね、落ち着いて聞いてね?」

       

       

       

       

      エレキモンが目覚める、少し前。

      周りを木造の壁に囲まれ、本棚や食料貯蓄庫といった設備が整った特別製を感じさせる部屋。

      『ギルド』の拠点である建物の奥で、組織のリーダーであるレオモンと、受付員(と言う名の留守番係)なミケモン――レッサーは互いに言葉を交わしていた。

      レッサーが山へ向かってから戻ってくるのに大分時間が掛かっていた事に疑問を浮かべていたレオモンだったが、遅れた事情とその後の言葉を聞いて、その表情を強張らせていた。

       

      「……ふむ。狂暴化したデジモンによる二度の襲撃。それによって生じた負傷者の保護。まぁこういった事情があるのなら、戻ってくるのにここまでの時間が掛かったのも仕方無い、か……」

      「そう思うだろ? ったく、あいつ等も不運なもんだよ。一日どころか、二日に三度も狂暴化したデジモンの襲撃を受けるなんてな」

      「……全くだな。様々な野生のデジモンが生息しているにも関わらず、彼等だけが襲撃された。不運と例えるのも間違いでは無いだろう」

       

      元々、最近様々な地域で見られる野生デジモンの『狂暴化』は、発生条件も犯人も分かっていない。

      他と比べても比較的安全『だった』地域へミケモンを送ったつもりだったのだが、話を聞いた通り、見回りをさせた地域でも『狂暴化』の問題は発生している。

      当然、これについては他の地域の『ギルド』でも調べられているのだが、芳しい情報は得られていないと聞く。

       

      また、危険な可能性を臭わせる地域が増えた。

      だが、レオモンが顔を強張らせている理由はそこ『だけ』ではない。

      彼はレッサーの目を真っ直ぐに見ながら、こう言ったのだ。

       

      「……だが、正気か? 確かに成熟期のデジモン――それも狂暴化している個体を相手にして生存出来るほどの強さが本当ならば、『試験』で実力を確かめる必要も無いのは分かる。むしろ、この町の『ギルド』はメンバーも少ない方だからな。働き手は大抵歓迎する。だが……俺はまだ、その子達の事を知らない。『試験』も飛ばして『ギルド』に入団させるなど、すぐには決められん」

       

      一方で、レッサーは適当とも真面目とも言えない調子で言った。

       

      「いいんじゃねぇの? オイラは少なくとも、アイツ等には大物になる可能性があると見てるぜ」

      「……はぁ……」

       

      レオモンは思わず、溜め息を吐いた。

      ミケモンが嘘を言っているわけでは無い事ぐらいは分かっているのだが、まだ素性も見た事が無いデジモンを含めた『チーム』の結成など、安易には決められない。

      実力があるのは分かったが、それに見合う心構えはあるのか。

      レオモンは考え、そして言った。

       

      「……分かった。だが、後で……夜でも構わない。一度俺の前に顔を出すように伝えてくれ。これから先やっていけるのか、見定める必要があるからな」

       

      大層な大義名分や大事な機密情報などを抱えているわけでも無いが、素性も何も知らないデジモンを無条件で受け入れるわけにはいかない。

      ミケモンのレッサーの事を疑っているわけでも無いが、どの道これは必要となる過程なのだ。

      そんな真面目くさい事を考えているレオモンに対して、レッサーは「へ~へ~、分かりましたよっと」なんていう面倒くさそうな言葉を漏らしながら、受付カウンターのある場所まで足を運ぶ。

       

      レオモンもまた、自らの役割を遂行するために文献――自らが書き記した情報に目を通す。

       

      昨日の時点で依頼を大分達成してきたからか、今日この『ギルド』に宛てられた依頼は比較的少なかったらしい。

      レオモンにはそれが、平和と言うより――嵐の前の静けさのように思えた。

      思わず、彼はこう呟いた。

       

      「……あの子は大丈夫なのだろうか……」

       

       

       

       

      と、いうわけで。

      要するに、とユウキの隣でベアモンが言葉を紡ぐ。

       

      「ミケモン曰く、レオモンを信用させられるだけの言葉と、僕達の『個体名』と、何より納得を得られるだけの目的を用意しておけだってさ」

      「これまた唐突だな……。そりゃあ俺からしても『ギルド』に入団出来る事に越した事は無いけど、まさか『試験』を飛ばすなんてよ。そういう『特別』な事例って今まであったっけ?」

      「あるんじゃない? そもそも『試験』の内容と実績が被っているんなら、そもそもそれまでの『経験』が『試験』の達成条件と混同したっておかしくないし。とは言ってもあくまで『実力』の面での『試験』が終わっただけで、多分リーダーであるレオモン――――『個体名』は『リュオン』だっけ? どの道、もうすぐ向かう事になる所でレオモンに承諾してもらえないと、入団出来ない事に変わりは無いよ」

       

      ベアモンはそう言ってから視線を隣で立っていたユウキの方へと向け、それからエレキモンの方へ振り向き直すと、こう言った。

       

      「……思わぬ出来事で入る事になったから、これから早速色々と決めておきたいんだ。僕等の『個体名』と僕等の『チーム』を指し示す名前を」

      「……レオモンに俺達の事を承諾させられるだけの言葉の方は?」

      「ぶっちゃけ考えるだけ無駄でしょ。僕等の『そのまま』をぶつける事でしか承諾しそうに無いし、こういう事は考えるよりも包み隠さずに言った方がいいと思うよ。ユウキもそう思うよね?」

      「俺も、流石に考えぐらいはするけど、一言で納得を得られる都合の良い理由を出しても駄目だと思う。そういうのは下心を読まれただけで簡単に崩れ去る。そもそもの『ギルド』って組織に入りたい理由を、ベアモンの言う通り『そのまま』喋った方がいいんだと思う」

       

      実際の所、どんなに都合の良い理論武装をしても、簡単に納得させる事は出来ないだろうとユウキは思った。

      レオモンという種族名を聞いただけでも、その性格がどのような物であるかを大体予想出来たから。

      当人と直接出会ったわけではないが、ちゃんと芯の通った言葉をぶつけない限り納得を得るのは難しいだろう事は容易に考えられる。

      ならばベアモンの言う通り、自分達の思いをそのまま告げた方がいい。

      明確な『理由』が無いのなら、そもそも『ギルド』という組織に入ろうと思わないからだ。

       

      「はぁ。ま、あのリーダーに包み隠された部分のある言葉が通用するとも思えないしな。優先すべきなのは、そっちの方か」

      「そう思うよ? と、いうわけでカッコいい名前を決めちゃお~!!」

      「結構大事なことだと思うのに軽いなオイ!!」

       

      この世界において大抵は仕事に使う二つ名だったり、それぞれの『個』を確立させるための物として使われる物が『個体名』なのだが、どうやらベアモン自身もまだ自分の『個体名』を決めていなかったらしい。

       

      ちなみにエレキモンも決まっておらず、とりあえずしっくり来そうな名前を(ベアモンが自分の家から持ってきた)絵本から摘出する事になったのだが、あまり進展はしていない。

       

      「ユウキも手伝ってよ。元は人間だったんだし、カッコいい名前ぐらい付けられるでしょ?」

      「そんな無責任な」

       

      ベアモンにそう言われたユウキ自身も、テレビゲームの登場人物に付ける名前にどうしても時間を掛けてしまうタイプだったりして、ベアモンとエレキモンの名前を決め兼ねている。

      そうこうしている間に時間は過ぎていく。

       

      「ん~、じゃあベアモン。『ブラオ』とかどうだ?」

      「ちょっとそれは……う~ん、三文字なのはいい良いけど……しっくり来ないなぁ」

      「俺も考えてみたんだが『ナックル』とかどうだ……?」

      「流石にそれは……やだなぁ」

      「直球すぎるだろ……。まんま『拳』って意味じゃねぇか」

       

      一応こんな形で案が出てくる事もあるのだが、どうも納得のいきそうなキーワードは出てこない。

      空の色も、どんどんオレンジ色から夜の闇色に染まり出していく。

      犬や猫といった獣の名前でも付けるのなら、適当にポチだとかなんだとか決められたかもしれないが、これから互いに協力し合う仲間の名前をこうして付けるとなると簡単には決められない。

      そうして、決めきれずに時間だけが過ぎていった。

       

      「……駄目だ。というか、お前等……流石に何処かで妥協しろよ!?」

      「って言われても……『グレイ』とか『ガーディン』とか、ユウキが変な名前を付けようとするんだから困惑するに決まってるじゃん」

      「俺の方も『トニトゥルス』とか『ルベライト』とか、よく分からない名前だったしな。そっちからすれば理解出来るかもしれんが、俺たちがお前の言葉を全部理解出来るとは思うなよ」

      「これでも色々頑張って考えたんだぞ!? 名前に使えそうな個性の少ないベアモンはともかく、エレキモンの方には色々と反映させてみたし!!」

       

      ただのデジモンであり、人間世界の言語に詳しくないエレキモンに知る由は無いが、どちらもエレキモンの特徴に関連した語句だったりする。

       

      「それが分かりにくいんだって言ってんだ。ってか三文字ぐらいでいいだろ無駄に長いんだよ!!」

      「唐突な三文字縛り!? お前いい加減にしてると一文字ネームにすんぞこの野郎!!」

      「君らさ、意味も無く喧嘩しないでほしいんだけど……まぁ、語呂の良さってのもあるし、僕も二文字から四文字ぐらいで十分っていうか、要するに三文字で呼びやすい名前でお願い」

      「……三文字だな? 確認するけど、本当にそれでいいんだな?」

      「ユウキだって三文字だし、ね。ただ『グレイ』はやめてね。モンって付けただけで実在するデジモンの種族名になっちゃうから」

      「何その下らない理由!? 意味も全く違うのに!!」

       

      そんなこんなで、夜になるまで名前の厳選は続いていた。

       

       

       

       

       

       

      この三日間の間、色々な出来事があった。

       

      元人間を自称するデジモンと、偶然遭遇した。

       

      現実として存在するはずの無い生き物と対面した。

       

      互いに素性も知らぬまま、元居た場所に一緒に帰った。

       

      地や木を這う大量の芋虫に襲われ、不本意ながらも戦った。

       

      低空を舞う巨大なる羽虫の怪物に奇襲され、生死の境を彷徨った。

       

      出会ったばかりの『友達』を守るため、狂暴な怪物のように戦い駆けた。

       

      条件を付けた上で、出会ってそう時間も経ってない者同士が、その手を繋いだ。

       

      その他にも色々な危機が襲って来たし、様々な『感情』が三人の役者を強くしている。

       

       

       

      この三日間の間、三人の思考には様々な思いが生まれていた。

       

      ある者は、自分の存在が別の何かに成り変わっていた事に困惑して。

       

      ある者は、『友達』の事を『被害者』にする『加害者』に対して怒りを覚え。

       

      ある者は、心を寄せる相手とさえ居られるのならどんな無茶をも厭わないと思った。

       

       

       

      前に進む事しか知らない子供達は順当に『成長』し、一歩一歩の感触を認識しながら進んでいる。

       

      先も見えないまま、ただ自分の目的の指す方だけを見つめ、それを当たり前のように思いながら。

       

       

       

       

       

      夜中になり、ユウキとベアモンと(何とか起き上がって歩けるようにはなった)エレキモンの三人は、『ギルド』の拠点である建物に訪問した。

      暗がりでも周囲をよく見えるようにするためなのか、内部の所処には小さな炎が付いているカンテラが設置されていて、それが不思議と夜風の冷たさを和らげているようにも見える。

      三人の事を待っていたのか、内装の一つである受付用カウンターの上には、ミケモンの『レッサー』が退屈そうに寝転がって待機していた。

       

      「待ってたぞ。リーダーが裏の方で待ってる」

       

      「「「………………」」」

       

      三人は、緊張の所為か無言になってしまいながらも歩いて、受付用カウンターの先にあるのだろう部屋を隠しているカーテンを手で退けて、その先へと足を踏み入れる。

      入った部屋の方もカンテラの明るさで視界が確保されており、部屋の奥ではミケモンと同じように三人が来るのを待っていたのだろう、この『ギルド』で最も位の高い存在が|胡坐《あぐら》を掻いて待機しており、三人の姿を視界に入れると共に、確認するようにこう言った。

       

      「来たか」

       

      そのデジモン――レオモンの姿を見た一同は、会話が出来る距離まで固い動きのまま近づく。

      彼が何らかの『気』を振りまいているわけでは無いのだが、それでもこの町の『ギルド』という一つの組織の長という事前情報と、彼そのものが纏っている風格から、なかなか緊張感を解く事が出来ない。

      そんな彼等を見て、軽く笑い微笑みながら、レオモンは言った。

       

      「そう緊張しなくてもいい。せっかく座って話せる場を設けたのだからな。こちらとしても特別な扱いを受けるのは好ましくないからな」

      「は、はい……」

       

      ベアモンとエレキモンは柔らかい言葉を告げられて緊張の糸を解き始めるが、ユウキだけは面接に赴く学生のような姿勢でピタッと制止してしまっている。

      一度深く呼吸をするのを見て、二人だけでも冷静になったのを確認してから、レオモンの方から話題を切り出す。

       

      「さて。ミケモンから君達の事は聞いているし、ミケモンから君達も、俺が聞きたい事ぐらいは聞いているだろうが……まずは自己紹介といこう。俺の種族名は見ての通りレオモンで、『個体名』は『リュオン』だ」

      「ベアモンです。多分、僕とは何度か会ってると思います」

      「エレキモン。右に同じくって感じです」

      「……ギルモン。個体名は『コウエン・ユウキ』。色々あってベアモンの家に居候させてもらってます」

      「…………ふむ…………」

       

      自己紹介を終えると、ほんの数秒だが、レオモンはユウキの目を見つめながら思考していた。

      レオモンからすれば、ベアモンとエレキモンは多少の面識があっても、ユウキに限ってはこの辺りの地域ではあまり目にしない種族である上に、既に『個体名』を保有している事が不思議に思えたのだろう。

       

      見つめられて、思わずユウキは息を呑む。

      そして思考が終わると、レオモンは次の話題を切り出した。

       

      「では単刀直入に聞かせてもらうのだが。君達は『ギルド』に入るつもりなのだな?」

      「はい。前々からこの組織で働いて、外の世界を見てみたかったので」

      「俺もベアモンの理由とは別件だけど、同じように『ギルド』には入るつもりだったっす」

      「……俺はベアモンに協力したいってのと、同じく別件の理由で入るつもりです」

       

      それぞれの回答を聞いて、レオモンは自己紹介の時と同じリアクションを起こす。

      小説とかで台詞の意味をそれなりに深く考えるタイプなのだろうか? なんて事を思うユウキだったが、思えばこれは自分達の事を試すための会話だった事と、この町における自分自身のイレギュラーっぷりを思い出し、即座にその思考を消し去る事にした。

      一呼吸置いて、レオモンが口を開く。

       

      「……分かった。前提となる情報の確認は、もういいだろう」

       

      そう言って、続けて言葉を紡ぐ。

       

      「では、次の質問だ」

       

      どういう質問が来ても良いように、三人は心構えをする。

      ここからの質問に対する対応で、この会話から決定する事項が変わるかもしれないから。

      そして、来た。

       

      「――君達には、危険を冒してでもこの仕事をやるような理由があるのか?」

       

      そもそもの前提に、答えを出すための質問が。

      最初に問いに答えたのは、ベアモンだった。

       

      「確かに危険を冒してまでやるほどの物として、僕の『理由』っていうのはちっぽけかもしれない」

       

      まず、危険と願望を天秤に乗せてから。

       

      「だけど、それでも僕は手を伸ばしたいんです。この世界に存在してる、色んなデジモン達に出会いたい。色んな景色を見たい」

       

      ベアモンの『理由』は。

      子供でも抱く、ただの好奇心。

      だけど今は、それだけでは無かった。

       

      「……最近は色々な問題が発生してて、のどかな風景がどんどん崩れてる。罪も無いはずのデジモンが被害に遭って悲しんで、それを分かっていながら何もしないのは嫌なんです。そして何より、そんな風に一方的に他者の幸せを奪っているような奴を放っておけない」

       

      その言葉に秘められた物は。

      間違い無く、ユウキが巻き込まれている問題も入っている。

       

      「これが、僕の『理由』です」

      「………………」

       

      次に、エレキモンが口を開いた。

       

      「まぁ、俺はベアモンほど立派な『理由』を持ってるわけじゃないっすけど、あえて言うなら」

       

      別に重々しいわけでも無い、とても軽い口調で。

       

      「コイツと一緒に……いやそうでも無いかもしれないけど、目指したい夢がある。その過程で危険が付き纏うんだとしても、それを諦めて何の感慨も無い生を過ごすのはゴメンってヤツですよ」

      「………………」

       

      多くを語るのは苦手なのか、エレキモンはそれ以上『理由』を言う事が無かった。

      そして、ユウキの番がやってきた。

       

      「……俺は……」

       

      頭の中で決めていた言葉を、ただ告げる。

       

      「俺は、ベアモンやエレキモンの物とは違うんですけど……ただ、知りたい事があるんです」

      「……知りたい事?」

      「別にこの世の真実だとか、学者さんが求めそうな物じゃないですよ。ただ、自分が知らない真実っていうのを知りたい。それだけです」

      「……本当に、それだけなのか?」

       

      最も不明な点が多い人物を相手にしているからか、途中途中にレオモンも問いを入れる。

       

      「君の『理由』を否定するわけではないが、知らない方が幸せと言えるような真実も世の中には存在するだろう。何も知らないままで、平和に過ごしているだけという道もある。それを分かった上での選択なのか?」

      「……正直、怖い所はありますよ」

       

      見えない恐怖に真っ向から立ち向かうように、言い放つ。

       

      「だけど俺は、知らないといけない……そう思うんです。そりゃあもしかしたら辛い現実そのものが真実かもしれませんし、知ろうとした結果、命を落とすほどの危険に見舞われる事だってあるかもしれない……」

       

      自分自身が人間からデジモンに成った理由。

      人間の世界からデジタルワールドにやって来た理由。

      何より、まだ人間だった頃の最後に会った青いコートの人物の目的。

       

      「けど、覚悟ならもう決めました」

       

      それを知るまで、絶対に進む事を止める事は出来ない。

      力強く、挑むように宣言する。

       

      「どんなに過酷な道でも進んで、真実を見つけ出す。その過程で戦う事になるとしても」

       

      それは、自分がまだ弱い事を知っているからでこそ、それを実感しているからでこそ、出せた答えだった。

       

      「…………なるほどな」

       

      他者から聞いたら、他人任せな弱者の言葉とも受け取れるような言葉を聞いて。

       

      「……まったく。ここまで堂々と返してくるとはな……ミケモンは言っていたが、君は本当に記憶喪失なのか?」

      「事実としては間違ってないですよ。間違い無く俺の記憶には『知らない事』が合間に挟まってる。だから、それを探すために頑張りたい」

       

      そして、三人の『理由』を頭に入れた上で、レオモンはこう返答する。

       

      「……合格だ。認めよう」

       

      短く告げられ、三人は率直に歓喜した。

       

       

       

       

       

      さて。

      『ギルド』への加入が認められたのは良いのだが、まだやり残している事がある。

       

      「ではまず、君達の『個体名』を決めなければならないな」

      「そうだった。まぁ大丈夫なんだけどね~」

      「そだな。さてユウキ君、決定した俺達の『個体名』を発表しやがれください」

      「お前ら結局俺にだけ名前の案を任せてたのかよ!! てかエレキモン、お前そんなキャラだったっけ?」

      「やだなぁ。これから一緒に活動するんだから仲良くやるのは基本だろって事だからとっととしろ」

      「そうだよ。もう決めてあるんでしょ?」

      「早速この二人に信頼が持てなくなって来たけど、なんか後戻りが出来ないから言いますね」

      「うむ。変なもので無い限りは大丈夫だ」

       

      何時の間にやら、シリアスな空気は換気されてしまったのだろうか?

      明らかに扱いがおかしいのにも関わらずレオモンは味方してくれないし、それどころかベアモンやエレキモンの言葉を止めてくれたりしない。

      もう何と言うか、この流れから脱する事の方が難しく思えたらしく、ユウキは言われるがままに言った。

       

      「……ベアモンは『アルス』……帽子に書いてあるアルファベットの『BEARS』から後半の三文字――『A』と『R』と『S』を取った物。エレキモンは『トール』……まぁ、こっちは適当だけど」

      「おい待て、適当ってどういう事だ電撃ぶつけんぞ」

       

      ユウキが(人間が書いた神話の事なんて言っても分からないだろうからという理由で)適当と述べたため、人間世界の文献までは知らないエレキモンには知る由も無いが、エレキモンに名付けられた名前の元となった対象はトンでも無い存在だったりする。

      何とか両方とも三文字で収められた辺りは、ユウキもそれなりに頭を使ったのかもしれない。

      ちなみにベアモンは、掴みが悪くないと感じたのか、特に苦情も無かった。

      三人分の『個体名』が決まった所で、今度は三人の『チーム』の名前を決める事になる。

       

      「では最後に『チーム』の名前を決めてもらおう。案は用意しているか?」

      「あ、はぁい!! そっちは僕が考えてま~す!!」

      「そっちは考えられたのに何で自分の名前は決められて無かったんだ……」

       

      ユウキが何かを言っていたが、ベアモンはそっちの方に意識を向ける事は無く、エレキモンも特に反論を残そうとしなかった。

      ベアモンが、何処か誇らしげに宣言する。

       

      「僕達の『チーム』の名前は……『チャレンジャーズ』!!」

       

      どんな困難にも立ち向かい、道を切り開く。

      ベアモンの付けた名の意味は、単にそういう物だった。

      そしてレオモンは、その名の意味を理解した上で、最後にこう告げた。

       

      「……では、改めて歓迎しよう……『チャレンジャーズ』。この『ギルド』へようこそ。そして、これからはよろしく頼む」

       

      その言葉を区切りに、会話は終了した。

      三人は疲れを癒すために、それぞれの居場所に戻っていく。

       

      場に残ったレオモンが思考していると、部屋の中にミケモンが入ってきた。

      そして彼が、ニヤニヤとした笑顔でこう言ってきた。

       

      「うっす。あいつ等、面白かっただろ?」

      「……さてな。ひとまず、信用に足り覚悟も備わった者達、という事は分かったさ」

       

       

       

       

      ユウキ達が『チーム』を結成し、そして『ギルド』に入団した頃。

      変わらぬ清らかな水の音と、夜風が木の葉を揺らすような音が散らばる山にて。

      夜の闇に紛れるような形で、その環境からすると場違いな姿をした誰かが、独りで。

       

      「…………はい」

       

      誰かと、話をしていた。

      その耳と思われる部分には、何らかの電波を発生させる事で会話を可能にする、夜の闇と色が同化した機械が押し付けられている。

      多少でも電子機械の事を理解している者ならば、携帯電話と言われているであろう物が。

      目に見えてさえ居れば誰もが違和感を抱くであろう光景だが、誰もその光景を視界に入れる事は出来ていない。

      迷彩のような何かによって視えていないのだから、当たり前ではあるのだが。

      何者かが、言葉を紡ぐ。

       

      「予定通り『紅炎勇輝』のレベルは上昇中。その仲間も、影響を受けるような形ではありますが、成長しています。……はい、はい。了解してます」

       

      その言葉の意味を理解出来る者は、この場には居ない。

      ただ、ただ、情の感じられない言葉だけが続く。

       

      「……では、交信を終了します。次の交信は……そうですか。はい」

       

      この場に居ない相手との会話が終わったのか、彼は手に持っている機械の電源を切る。

       

      「………………」

       

      ユウキにもベアモンにもエレキモンにも。

      戦うだけの理由という物は確かに存在し、それのために戦う事は既に確定している。

      だが。

      何も、理由を持っているのは当然彼等だけでも無い。

       

      命を賭けて戦えるだけの理由を持っている者は、余程の事が無い限りは揺らぐ事も無いし、どんなに綺麗事を述べようが、それぞれはそれぞれの事情を抱いて戦いに赴き、いつかは潰し合う。

      これは、そういう者たちによる物語なのだから。

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • 投稿者
      返信
    • #3776

       開いて即右側のスクロールバーを見て戦慄。大作小説を読んでいるかのようでした。
       一気に第一章一区切りまで行きましたでしょうか。メイン三体それぞれの成熟期への進化が描かれておりましたが、何気にモノクロモンにガルルモンという我が愛するデジモン達が二連続で「今回の敵」扱いで始末されてしまった。何故だ!!
       進化を“保つ”ことにエネルギーが多大に必要という設定はなかなか見ないというか、人間がパートナーとして存在しない世界だからこそでしょうか。そういった状況下での一時的な(所謂アニメ的な)進化と退化を繰り返す作風だからこそですが、ベアモンのどこか異質な感じはこの時点で明示されておりました。
       あとこれは前にも言ったかもですが、ミケモン指南の下に“必殺技の出し方を感覚として学ぶ”ユウキの描写は本作ならではで感嘆。

       そんなこんなでギルドのリーダーにして指導者、僕らのレオモンとの面会。会ったその場でどこからか狙撃でもされて死ぬんじゃと警戒していましたが死ななかった。ミケモンがてっきりONE PIECEのハンニャバルの如く虎視眈々とリーダーの座を掠めるべくレオモンの命を狙っていたりするのかと思っていたのに忠臣だった。いずれ私の席になる……!
       レオモンはレオモンなりの考えがあるようですが、そもそも人間がデジモンに『成った』ことは感覚的に理解できないだろうので現実的な譲歩策になってしまうのも必然。迂闊に出撃すると本人死ぬしな。

       最後、如何にもな「私が敵です」な奴らがいるぅ~! これぞ小説の醍醐味!!

    1件の返信を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
    • このトピックに返信するにはログインが必要です。