こちら、五十嵐電脳探偵所:第二話・猿真似遊戯

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  • #3702
    みなみみなみ
    参加者

      脇腹に走る衝撃。

       

      (なぜだ)

       

      その言葉しか浮かばなかった。

      俺は勝ったはずだ。

      俺はクリアしたはずだ。

      なのに、なのに、なのに。

       

      男の思考は、自身を貫いた凶器と悪意を認められず、既に返り血に染まっていた服を自身の血の色で上塗りしていく。

       

      「なんでだろうねえ?おかしいよね?勝ったのにね?あ、ひょっとしてほんとに出して貰えると思ってたんだ。バッカだなー!」

       

      男の問いを聞いた相手は、ケタケタとさらに腹立たしくなるような嘲笑をあげた。

       

      「あーあ、ほんとこれやめらんない!ちょっと聞き齧って始めたばっかだったんだけどさあ、人間ってよくこんな面白いの思いついたよな!とにかくそーいうこと!ゲームクリアおめでとう!」

      「ふざ……け……」

       

      だが、そこまでだった。

       

      ーーああ、こんなはずじゃなかったのに。

       

      男の意識は急激に薄れる。

      ここにたどり着く前に見た何人もの顔を、声を思い出す。

      知らない顔ばかりだが皆、自分と同じ普通の生活を送っていた人間だったはずだ。

      けれど。

       

      (俺のせいじゃない、こいつの言いなりにゲームをやらなきゃ死んでたんだ。まだ死にたくない、許してくれ)

       

      そんな、許される保証のない弁解ばかりを並べ立てながら、男の命は絶えた。

       

      ーーーー

       

       

      「連続殺人事件、ですか」

       

      小綺麗な客室の中、テーブルを挟んで一人の若い女と一体のデジモンが相手からの依頼に目を瞬かせた。

      褐色の髪をシュシュで結った若い女の名は五十嵐美玖。

      獣のような耳と翼の備わった強靭な腕に猛禽類の下半身、中性的な輪郭をした人間の顔とその目元をヘッドマウントディスプレイで隠した人型デジモンの名はシルフィーモン。

       

      ここは美玖の経営する探偵所。

      今回訪れたその依頼人は、気難しい表情で頭を掻いた。

       

      「おう。場所はA地区。それも、ここ4週間の間1週間ごとに一件起き続けている。警察(うち)だけでなく、お前達も含む幾つかの探偵所と連携の要請が上から来てな」

       

      依頼人の名は阿部宏隆警部。

      彼にとって美玖はかつての同僚だ。

       

      「説明する。殺害現場は不特定多数の地点で起きている。死亡者は10から15人までと現場によって異なる。性別年齢職業体格は一致しない」

       

      阿部警部は言いながら、A地区の地図をテーブルに広げた。

      死体が発見された現場に赤丸のシールでポイントが付けられている。

       

      「被害者の遺体は一ヶ所に纏められて遺棄されていた」

      「凶器は?」

      「現場では発見されなかったが、遺体の損傷からして凶器に複数のパターンがある。そして幾つものケースで偏りが見られた」

      「偏り?」

       

      美玖の問いに阿部警部は書類を出す。

       

      「ある現場では二、三人の死因は大型の刃物による刺突と断定。それに加え一人は爆発物による損壊が見受けられた」

      「爆発物?」

      「首元が特に損害が酷かった。これと同じ遺体が他の現場でも最低一人は発見されている」

       

      シルフィーモンが切り出す。

       

      「デジモンの仕業の可能性はあるか?」

      「あるかもしれんがな…問題はこの殺害が起きるタイミングと時間だ。ある被害者の遺族は、遺体が発見される数日前の夕方以降不在だと証言している」

       

      美玖は調査書に目を通しながら尋ねた。

       

      「…被害者に、共通点がある…」

      「おう、調査の結果、被害者全員ある携帯サイトのメールマガジンを購読している事が判明した。……遺族から了承を得て、押収した被害者の携帯電話がある」

       

      阿部警部が言いながら取りだしたのは携帯電話。

       

      二つ折り式のそれは女性のものらしく、可愛らしいデザインのビーズのストラップが付いている。

      柔らかな色合いのパールピンクの機体は、赤黒い色に穢されていた。

       

      「この携帯のメールボックスに保存されたものがある。……これだ」

       

      機体を開いて電源ボタンを長押し起動。

      指一本押しでメール機能を選ぶ。

      受信メールの一通を開くと、それを美玖とシルフィーモンに見えるよう置いた。

       

      内容は、ごく普通のショッピングに使えるクーポン特集が目白押しのものだ。

       

      「例外なく全ての被害者がこれを定期的に受け取っていたらしい。メールマガジンを配信している広告会社にも確認を取りに行った」

      「関係性は?」

      「…ゼロだ」

       

      阿部警部は首を横に振った。

       

      「直接関係者との話を行った。だが、事件との関係性が掴めなかったんだ」

      「……」

       

      シルフィーモンが携帯電話をつかみ取る。

      大きな手ながら器用に操作し、下までメールマガジンの全文に目を通していった。

       

      「どうした?」

      「残り香がある」

      「え?」

       

      シルフィーモンは美玖の方を向いた。

       

      「美玖、そのツールはこういう画面からもデジモンの痕跡を見つけられるか?」

      「え、ちょ、ちょっと待って」

       

      美玖が腕に付けたツールを起動し、ライトをメール画面に照らす。

      ライトに照らされたメール画面を見て、阿部警部は驚愕の声をあげた。

       

      「なんだこりゃ!?」

       

       

      0101110001100111001100001110011100000………

       

      文字や絵文字が尽く歪み、0と1の羅列が炙り出しのように文字の下から浮かび上がっている。

      シルフィーモンは言った。

       

      「プログラム言語による魔術だ。デジモンの仕業なのは間違いない」

      「なんだと!?」

       

      ライトを消すと、文字や絵文字は再び元の通りに読めるものへと戻る。

      阿部警部はシルフィーモンを見遣った。

       

      「どういうことだ」

      「おそらくメールに仕込まれたものだろう。ウイルスのようにな。だから配信側は何も気づかず、爆弾のようになってしまったメールを顧客へ配信し続けていた」

      「…それって…」

       

      PRRRRRRR……

      PRRRRRRRRRRRR……

       

       

      突然の着信音。

      出元は阿部警部のポケットだ。

      手ぶりで通話に出ることを伝えると着信のボタンを押した。

       

      「阿部だ、…どうした?………おお、おお。……………何?」

       

      険しい表情になった阿部の顔を見て、美玖は不安げになる。

       

      「……わかった。今、五十嵐探偵所だ。探偵所の者を連れてそちらへ向かう」

       

      通話を切り、阿部警部は二人に内容を話す。

       

      「つい先程、今週分の被害者が発見されたんだが、うち一人が突如息を吹き返した」

      「息を吹き返した?」

      「付き添いに友人だというデジモンがいるそうだ。今から病院へ向かう。一緒に来てくれ、五十嵐」

      「はい!…シルフィーモン」

      「ああ」

       

      ーーー

       

      場所はE地区の病院。

      案内された病室には、一人の少女とそれに付き添う一体のデジモンが佇んでいた。

      外見は猫のような容姿を持つテイルモンに酷似しているが、その毛並みはテイルモンのような純白ではなく三毛猫のそれである。

       

      「あ、警察の人…」

       

      阿部警部の姿を認め、デジモンが口を開く。

       

      「……」

       

      頭に包帯を巻いた、中学生の少女。

      包帯に染みた血の赤が痛々しい。

      警察手帳を見せながら、阿部は自己紹介をした。

       

      「E地区警察署の阿部だ。それと、こちらは探偵所の人達だ。覚えている事があれば、話してくれないか?」

       

      阿部警部の言葉に、美玖は少女へ会釈する。

      シルフィーモンはその後ろに立っていた。

       

       

      少女の名は細川結。

      傍らに立つ三毛猫のようなミケモンは彼女の友人で同居関係にある。

      両親は海外赴任で家に帰る事は滅多にないと結の代わりにミケモンが話す。

       

      「あなたも、これと同じ会社のメールマガジンを受け取っていたの?」

       

      携帯電話のメール画面を見せながら尋ねる美玖。

      結は頷いた。

       

      「週に一回くらいだけど、ミケモンとショッピングに行くのが、好きなの。クーポン使うと安いお店が多いから」

      「何処へ、どうやって連れて行かれたか覚えてる?」

       

      少女は困惑したような表情を浮かべた。

       

      「それなんだけど…」

       

      助け船にか、ミケモンが口を開く。

       

      「ユイはね、メールを開いて突然消えたの」

      「…消えた?」

       

      美玖の言葉にミケモンはうんと頷く。

      今度はシルフィーモンが尋ねた。

       

      「メールマガジンにおかしな工作があった事には気づいてたか?」

       

      ミケモンは小さく頷く。

       

      「ちょっと前…4週間くらい前かな。メールマガジンから変なニオイがして、おかしいと思ってたんだ。でもユイはいつもと変わらず楽しそうだったし、ワタシ達デジモンにしか分からないモノを上手く説明できる自信がなくって…」

      「そう、だったんだ…ごめんね、ミケモン」

      「ユイが大丈夫ならそれだけで良いよ」

       

      阿部警部は尋ね先をミケモンに変えた。

      今の結の状態からして、すぐに話せる状態ではないと判断したらしい。

       

      「消えた、というのは具体的に?」

      「ワタシ達デジモンがパソコンとか携帯電話からネットワークを移動できるのは知ってるよね?……あんな感じ」

       

      美玖は口元に手指を添えた。

       

      「…シルフィーモン、さっき言った、プログラム言語による魔術って、どんなデジモンでも使えるの?」

      「いや、ウィッチェルニーという特殊な次元のデジタルワールドの出身者である魔法使いのデジモンを除けば、ごく一部のデジモンにしか使えない。メールマガジンに仕込まれた魔術の効果は、おそらく『転移』。指定の場所へ飛ばすものだ」

       

      でね、とミケモンは続ける。

       

      「ワタシ、すぐにユイを助けに”入った”の。いつものように、ネットの中を通じてユイが飛ばされた方へ。でも、そこで壁みたいなものに塞がれて…」

       

      美玖は書類の内容を思い出した。

      被害者は全て人間。

      となれば、デジモンであろう犯人はなぜ、人間のみを連れ去ったのか?

       

      「という事はフィルターをかけたのか。犯人はデジモンの介入を拒んでいる様だな」

       

      シルフィーモンが言った。

      相手が同じデジモンならば打開されては困る事情がある、という事なのだろう。

       

      「となれば、こちらも工夫がいるだろうな。美玖、作戦会議といこう」

      「え?」

       

      美玖が瞬きする。

       

      「良いのか?まだ情報は…」

      「確かに………一度、聞こう。今、自分に身に起きた事を話せるか?」

       

      シルフィーモンが結に聞くと、彼女の首はぶんぶんと横に振られた。

      思い出したくもない、という態度だ。

       

      「だろうな」

      「だとしたらどうやって犯人を、殺害方法を探れば良い?」

      「だから作戦を練ろうと言ってるんだ」

       

      シルフィーモンは言いながら、ミケモンと結に一礼の後退室した。

       

      「おい!…お前も大変だな、五十嵐。扱いづらい助手が来ちまって」

      「いいえ、むしろ、助かってます。ちょっと冷たいけど…。それじゃ、私達はこの辺で。どうも、ありがとう。結さんもお大事に」

      「うん。ユイを酷い目に遭わせた奴、絶対にこらしめてね!約束だよ」

       

      ミケモンの言葉に、美玖は力強く頷いた。

      これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない。

      犯人がデジモンならば、人間よりもより一層『動機』を問う必要がある。

       

      『なぜ、やったか?(Why Done It)』

       

      これが、美玖の探偵としてのスタイルだ。

       

       

      ………

       

      五十嵐探偵所の客室に戻ってきた二人と一体。

      シルフィーモンは書類を開いた。

       

      「ミケモンから聞いた話も含めて整理しよう。被害者はこれまで全員死亡者が出ていたが、今回”は”仮死状態で発見された生存者が出た」

      「おう」

      「被害者全員に共通するのは、メールマガジンの購読者であり、人間である事」

       

      美玖が続く。

       

      「被害者はメールマガジンを開いて、その場で消えた。それはメールマガジンに仕込まれていたプログラム言語を使った転移の魔術によるものであり、デジモンが介入できないようにフィルターがかけてある」

       

      シルフィーモンは頷く。

       

      「今回、唯一の生存者である細川結には精神的な疲労やトラウマがある」

      「結さんの気持ちはわかる…。私も、聞き出せなかった。ただ、それでわかっているのは、結さんは少なくとも”人が殺害された状況に遭遇して”いる」

       

      5年前の出来事を思い出す。

      身震いし軽い吐き気を覚えた美玖の肩に、阿部警部は優しく手を置いた。

       

      「さて。となれば、我々で探る必要は…あるな」

       

      シルフィーモンは美玖が個条書きしたメモを読み直し、そして頷いた。

       

      「囮捜査、だ」

      「囮!?」

      「被害者はメールマガジンを読んだ事でどこかへ転送された。なら、そのメールマガジンを購読するしか現状の所犯人の元へたどり着く手段はない。危険性を考えれば当然、私も行くべきだろうが、このままでは無理だ。ミケモン同様私も弾かれる可能性はある。何か手段があればいいんだが」

      「それなら、あります」

       

      美玖がデバイスを見せる。

      指輪型のデバイス。

      その水晶体部分が光を受けた。

       

      「このデバイスを使えば、フィルターは潜れると思う」

      「本当か?」

      「元々このデバイスとツールは、探偵の師匠のアグモンが私にくれたものなんですけれど、デバイスには幾つかコマンドがあって。その中にある『クローク(偽装)』ってものなら或いは」

       

      指輪型デバイスを嵌めた手を軽く握り、シルフィーモンに向ける。

      自分にも使えるみたいだけど、と言い置き、美玖はデバイスを起動させる。

       

      「…偽装(クローク)コマンド、起動」

       

      水晶体から放たれた緑色の光がシルフィーモンを包み込む。

      0と1の羅列を帯びながら、彼のシルエットが大きく変化する。

      形を大きく変え、縮小していく。

      緑色の光と0と1の数字の羅列が四散した瞬間、阿部警部のみならず美玖もぽかんと口を開けていた。

       

      「……どうだ?」

      「どうだって、お前っ…」

       

      シルフィーモンの姿は細身の人間の男性に変わっていた。

       

      グレーのタンクトップと上に羽織った白のジャケット、下には下半身と同じ色のロングパンツに脚と同じ色の黄色のスニーカー。

      キャップを目深にかぶっており、そのキャップの色もヘッドマウントディスプレイとゴーグルの色そのものである。

      ただ、中性的な顔立ちと髪だけはそのままだ。

       

      「……こうして見ると、なんていうか、イメチェンしたって感じ…」

       

      美玖が言いながら、シルフィーモンの全身を眺めた。

       

      「変な感じとかはありませんか?」

      「いや。むしろこれはこれで悪くない」

       

      シルフィーモンの脚が跳ね上がり、スマートな動きでハイキックを披露する。

       

      「さすがに必殺技を使えばバレるだろうが、普通にこの姿で戦うこともできそうだな。実践するしかないが、フィルターを潜れれば或いは」

      「転送された先で犯人との対峙も可能かもしれない」

      「そういう事だ」

       

      言いながらシルフィーモンは笑った。

      いつもなら口元から覗く牙も、小ぶりの八重歯のようなものに変化しており違和感はなくなっていた。

       

       

       

       

      0001001100001001000101000010001100001100110000010011………

       

      英文字と数字の羅列。

      それは意味のないもののように見えるが、実際は違う。

       

      「よーし、今回はこの組み合わせでいこう。どんな人間どもの争いが見られるかな?」

       

      愉快げに声の主は鼻歌を交えつつ、会社が発信するメールに手を加える。

      今のところ、尻尾を掴まれた形跡がない。

      今回も上手くいくだろうとほくそ笑む。

       

      「早く見たいなあ!人間達のデスマッチ!」

       

      まるで、お気に入りのテレビ番組を今か今かと待ち焦がれる子どものようだ。

      ただ違うのは、これによって始まるのは、血を血で洗う惨劇という血腥いショーであること。

      もちろん、参戦の意志がない人間に対する対応はバッチリだ。

      参戦の意志の有無に問わず、死を。

       

      ーーーー

       

      「早速メールが来た…」

       

      購読から数時間後。

      美玖は響く着信音に、携帯を手に取り開く。

      そこに開かれたのは、該当する広告会社からのものと寸分違わぬメール。

       

      「こちらも来た」

       

      偽装(クローク)機能により人間の姿となったシルフィーモンが自身の携帯電話を開く。

      元は彼のものではなく、万が一にと美玖が自身の古いものを貸したのだ。

       

      「…魔術が発動を開始した!」

       

      シルフィーモンの言葉が終わらぬ間に、携帯電話の画面が強い光を放つ。

       

      「きゃっ!?」

       

      光の中に吸い込まれる美玖の姿を見届け、シルフィーモンも自身から身を任せるように光へ吸われた。

      光に吸われた先は、シルフィーモンに限らずほとんどのデジモンにとって馴染み深い電子の世界。

      データとバグとその他の副産物が絡み合うネットワークの空間。

       

      (魔術は発動した。美玖と揃って転移が開始された。問題は…)

       

      ミケモンの言葉が正しければ、この先に人間を通しデジモンを弾く一種のフィルターというべき壁が待っている。

      まもなく、それが見えてきた。

       

      それは、網目の細やかな格子状の光の壁。

      シルフィーモンの身体はその壁と接触しーー

       

       

      ピリッとした感触の後、背後にある壁を視界へ捉えた。

       

      (…すり抜けた!)

       

      どうやら、このフィルターのセキュリティ性はかなり低いようだ。

      偽装(クローク)をかけられただけでこうもあっさり突破できている。

      壁を抜けてすぐ、向かう先に光が見えた。

       

      「…美玖と合流できれば良いが」

       

      個別に転移させられた以上、行先が同じとは限らない。

      そして、光の中に、シルフィーモンは再び吸い込まれた。

       

      ーーー

       

      放り出され、受け身を取る。

      だいぶ慣らしたおかげで、人間の姿でも対応できるようになったのは幸いだ。

       

      「ここは…」

       

      放り出された場所は、箱が一つ置いてあるだけの簡素な部屋。

      見渡す限り、箱の他はモニターと何処かに繋がっているらしいドアのみである。

      見渡してすぐ、シルフィーモンは自身の首元に違和感を覚えた。

      手に触れると、冷たく硬い感触。

       

      「これは…首輪か?」

       

      それは、プラスチック製の首輪のようなもの。

      継ぎ目のようなものすらない。

       

      (…そういえば)

       

      阿部警部の言葉を思い出した。

      殺害現場に最低一人は爆殺された遺体が見つかっている。

      いずれも、首元の損傷が酷い、と。

       

      「外すのを試みれば、爆発するということか」

       

      そう呟いた時、モニターが着いた。

       

      ≪ ごきげんよう!弱くて惨めな人間のみんなー!君たちの命はぜーんぶこのボクが預かった≫

       

      嘲笑う声と共にモニターに人影の様なものが映る。

      シルフィーモンはモニターの方へ向き直った。

       

      ≪突然の招待だけど君たちには今から殺し合ってもらうよー。あっと、参加したくないとか、その首輪外してもダメだからね?なんてったって、その首輪はボク特製の爆弾さ!ゲームを説明する前に言っちゃうけど、その部屋に30分以上引きこもったり外そうとしたやつは、ボクの手でどかーん!!≫

      「……悪趣味だな」

       

      シルフィーモンは吐き捨てた。

      結が話したがらなかった理由は、これで説明がつく。

       

      ≪さーて、ルールの説明いっくよー!≫

       

      モニターの人影は説明を始めた。

       

      ≪君たちの部屋に一つずつ、箱があるよね。その中に武器が入っている。それを使っても、どんな方法でもいい。君たちにはボクが用意した特別ステージで殺し合ってくれるだけで良いんだ!あっと、ステージは脱出できるよ。たった一人しか脱出できないけどね!≫

      ≪もちろんただ殺し合うだけじゃ、君たちも面白くないだろ?なので、誰か一人だけ一緒に殺しあうことのできる仲間も作れる決まり事作ったんだ。切り捨てはOK!でも新しいパートナーに乗り換えるのだけはできないから気をつけてねー!≫

       

      シルフィーモンは箱を開ける。

      中には消防斧が入っていた。

      もちろんシルフィーモンにとっては、相手が人間ならばわざわざ手斧を使う必要も理由もない。

      説明は続く。

       

      ≪ちなみにみんなの武器はボクが気まぐれで選んでる。銃とか一回は使ってみたいやつのとこに本物の銃が渡る、そんなラッキーもあるかもしれないね?≫

      (だから、凶器に偏りが…)

       

      ひとまず、手に取っておいた方が良さそうだ。

      その判断から、消防斧を取り出す。

       

      ≪ステージをクリアした暁にはボクから素敵なプレゼントをあげよう。いーかい?30分以上も引きこもったり、殺し合いのパートナー乗り換えたり、首輪外すのは爆殺対象だからねー?よーし、それじゃ、ゲームスタート!!≫

       

      ギィイイイ……

       

      古風な木製のドアがゆっくりと開く。

      シルフィーモンは消防斧を片手にドアの開いた先を見た。

      目の前には石畳と石壁でできた、人一人分の幅の通路。

      曲がりくねった通路になっているようで、まっすぐいった先に左折となっている。

       

      「迷路のようなものか…?」

       

      シルフィーモンが部屋を出てすぐ、ひとりでにドアが閉じた。

       

      「…」

       

      軽く引いたり押したりしてみたが、堅く閉じられていて開く様子はない。

      つまり、真の意味でのゲームスタートということなのだろうとシルフィーモンは理解した。

       

      「美玖と合流しなくては」

       

      こんな状況、デジモンであっても混乱は免れない。

      すぐに殺害とはならないだろうが、同じ事に巻き込まれている以上、美玖もこのステージのどこかで迷っているはず。

       

      (共闘できるのは一人まで。美玖と組むのが最善だろうな)

       

      他にも誰かと手を組みたがる人間はいるに違いない。

      そして、最後で切り捨てる必要ができた時美玖がどうなるか。

      心配でならない。

      むろん、美玖と組む相手が自身であっても同じだ。

       

      (…この”ゲーム”は殺し合いだ。譲り合い、などという行動を主催者が良く思っているはずがない)

       

      “その時”、どうすべきか。

       

      「ともあれ彼女を探そう。地形は複雑に作られているようだが、一度空間を把握できれば…」

       

      そう考えていた時、彼の耳は近づいてくる足音を拾った。

       

      (…足音は、小股走り。スタミナ切れか継続した走りではない。息遣いも荒い。少なくとも、美玖のものではないな)

       

      冷静に聴き取る彼の前に、一人の男が現れた。

      脂肪を蓄えただらしのない身体と顔つきに、不釣り合いな小さな道具。

      一見銃にも似ている代物。

      シルフィーモンの知識にはなかったが、どうやら釘打ち機のようだ。

       

      「ひ、ひっ…!」

       

      シルフィーモンの持つ消防斧を見て、男は後ずさった。

      釘打ち機と斧ではまともな勝負にならなすぎる。

       

      「…君もあのメールを見たのか」

       

      シルフィーモンが口を開く。

      太った男は釘打ち機を手にわなわなと震えながら頷く。

       

      「デュ、デュフ…そうでござるよ、き、貴殿もそのようで…」

       

      男は白地にアニメの少女キャラの可愛らしいプリントがされたシャツに、紐を緩めたショートパンツの格好をしている。

      走ってきてか汗だくで、すでにシャツの半分を濡らした状態。

      至近距離まできて、風に流れて漂う男の強烈な体臭にシルフィーモンは少したじろいだ。

      少なくとも、殺しに向くタイプの人間ではなさそうである。

       

      「せ、拙者、死にたくないでござる!間違っていつも開くやつと違うメール開いちゃっただけなのに!」

      「…つまり不慮の事故でそうなった、と」

      「それそれ!で、話もなんなんですけども……拙者とぉ、是非組んで貰えませんかね!?」

      (…そうなるか)

       

      早速の申し出にシルフィーモンはため息を漏らした。

       

      「ほら拙者、釘打ち機じゃないですか!貴殿は斧じゃないですか!」

      「それで初対面に共闘を頼むつもりか、君は。少しは警戒心というものを持てよ」

       

      さて、どうしたものか。

      男をどう扱うべきかと考えたシルフィーモンは、ふと結の事を思い出した。

      彼女は、意識を失った状態から息を吹き返していた。

      それは、つまり。

       

      (このゲーム、穴がある…?)

       

      もちろん不確定要素だが、試すしかない。

      目の前にいるこの哀れな男で。

       

      「…そもそも、私に斧(こんなもの)は不要だ」

      「へ?」

       

       

       

      ーーー

       

       

      「…誰も、いないわね」

       

      曲がり角の先を確認しつつ、美玖は足を進めた。

      彼女の手にはソードオフショットガン。

      普通のショットガンよりも近距離に特化したものだが、この迷路状のステージにおいてかなり危険な代物だろう。

      ましてや、美玖も殺害の意志はない。

       

      (シルフィーモンは大丈夫かしら…彼のことだから無事だと信じたいけど)

       

      今のところ他の人間と遭遇はしていない。

      が、それはつまり、誰といつ遭遇するかわからないということでもある。

       

      「連続殺人と思っていたけれど、まさかデスゲームだったなんて…」

       

      その手の作品は、美玖も何度か見たり読んだりした事がある。

      が、大抵はフィクションであり、ましてや自分がその当事者となるなど夢にも思わない。

      それは他の参加者もそうであるはずだが。

       

      「……問題は誰かと出会った時」

       

      緊張感に汗ばむ手がグリップを握りしめる。

      ショットガンの撃ち方は警察官時代に指導を受けた事がある。

      マスターキーとしての指導が主だったが…。

       

      だからこそ、この武器の扱い方はある程度心得ている。

      殺害する意志さえあれば遭遇してすぐに初手の銃殺も不可能ではない。

      だからこそ。

       

      「シルフィーモンにかけた偽装(クローク)はあくまで表面のデータの見せかけだけだから、彼なら万が一受けても大丈夫かもしれないけれど」

       

      これを使う事がないように、美玖は祈った。

       

       

      ーーー

       

       

      「ぐえ………」

       

      力を失った手から滑り落ちるバールのようなもの。

      それを黄色いスニーカーの足が遠くへ蹴り飛ばす。

      倒れ伏したチャラけた様相の男を見下ろしながら、シルフィーモンは口を開いた。

       

      「…これで三人目」

       

      シルフィーモンがとった手段。

      それは、参加者を無力化、つまり気絶や意識不明の状態に追いやることだ。

      結は発見された当時、意識不明の状態だった。

      頭部を何かで殴られた形跡があったため、おそらく死亡とは至らず意識を失っただけで済んだのだろう。

      ということは。

       

      (ーー意識不明にしてしまっても、ペナルティとはならない)

       

      主催者が監視しているか否かの疑問はあるが、フィルターの件からしてその線があっても判定は甘い方だろうと踏んだ。

      そもそも主催者は、ゲームの説明にて”用意した武器以外の方法で殺害するな”とは言っていない。

      追加ルールでもない限り、ゲームのルールに穴がありすぎるのである。

       

      「少なくとも、主催者があれ以来何か一言つけて干渉してくる様子はない。つまりそういうことだな」

       

      最初に会った男は絞め落として自身の出てきた部屋の前に放置してきた。

      ここまで会った人間のうち、今気絶させた一人はすでに他の誰かを殺害したらしい。

      手にしていた武器に血が付着していた。

       

      「…美玖でなければ良いが」

       

      そう意識を探索へ戻した瞬間、近くで銃声が聞こえた。

       

      「…あっちか!」

       

      BLAM BLAM!

       

      銃声と壁が何かを弾く音。

      それに伴い聞こえる足音。

       

      シルフィーモンが音を頼りに通路を走る。

      足音はかなりの早足で、靴音はおそらくヒール。

       

      「……っ!!」

       

      出会い頭で向けられた銃口。

      咄嗟にその銃身を掴み、逸らすと驚いたような表情が目に飛び込んできた。

       

      「シ、シルフィーモン!?」

      「美玖!」

       

      見れば美玖の服は所々傷だらけだ。

      シルフィーモンが次の言葉を出すよりも早く、美玖が彼の袖を引いて走る。

      背後で銃弾が二連続で石壁に弾かれた。

       

      「くそぉ!逃げんなぁ!!」

       

      焦ったような男の怒声が響く。

       

      「その傷は今の相手からか?」

      「あの人が別の人を撃ち殺した所に居合わせてしまって、私に気づいた瞬間、撃ち殺しにかかってきたんです!武器はマシンピストル!」

       

      美玖は言いながら、シルフィーモンが来た方向の通路を走る。

      後を追うシルフィーモンと足音。

       

      「ひとまずさっきの男をどうにかしないと!」

      「この先にT字路がある。そこで不意を仕掛けるぞ」

       

      そのT字路まで来たところで、シルフィーモンは咄嗟に曲がった。

      曲がって、ひと目では視認しづらい暗い地点に下がる。

       

      二手に分かれる形でシルフィーモンが曲がり、足音の主も曲がり角を出たところでソードオフショットガンによる威嚇射撃。

       

      「うおっ!?」

       

      ソードオフショットガンの短所は、射撃距離が遠い程、命中率や有効範囲がショットガンよりも落ち使い物にならないこと。

      だが、殺害の意志がない美玖としては却って都合がいい。

      相手の男性の射撃はかなり射線がブレたものであるため、銃の知識も経験も持ってない事は窺える。

       

      ならば。

       

      シルフィーモンの不意打ちをアシストする上で周囲への注意力を散漫にさせることができれば重畳だ。

      後ろへ下がりつつ中折れ式の銃身を折り弾を一発分装填、威嚇射撃を追加で二発。

      その後、背を向けて走り出した。

       

      「このアマ!まじでーー」

       

      男が撃ちながら通過しようとした所にシルフィーモンはインターラプトし、その首筋に手刀を叩きつける。

       

      「なっ!?ぐっーー」

       

      よろけた男が苦し紛れにシルフィーモンへマシンピストルを向けようとしたところに。

       

      ガッ

       

      シルフィーモンの不意打ちを確認し、駆けつけた美玖がショットガンの銃把を背後から叩きつけた。

      気絶には十分だ。

      倒れ伏した男を前に、肩で息をする美玖。

      シルフィーモンは彼女の手を引き、走り出した。

       

      「ともあれ無事で良かった。誰とも共闘は組んでないな?」

      「正直、それどころじゃなかったんです」

      「なによりだ。君と合流してすぐ共闘を考えていた」

       

      共闘を組む同意を得て、二人は腰を落ち着けた。

       

      「シルフィーモンは、どうしていたんですか?」

      「ここまで会った連中はひとまず”落とした”。殺してはいない」

      「気絶させたままに…?」

      「さっきの男はそれで大丈夫だったろう?」

      「そうですが…まさか、連続殺人ではなくてデスゲームだったなんて…」

       

      身体を互いに近づけて、いつ誰が来てもいい姿勢をとる。

       

      「その、デスゲームというのは何だい?」

      「ひと言では説明できないので長くなりますが…、閉塞した空間などに複数人の人間を閉じ込めて殺し合いをさせたり、危険な罠のある場所を探索させたりする一種のシチュエーションです」

       

      美玖は言いながら弾の残数を確かめた。

      弾はまだ有る。

       

      「一時期はあるホラー映画や漫画の影響もあって、デスゲームを題材にした作品は多く作られました。…まさか、それを現実に実践するなんて…」

      「なら、犯人はデスゲームに参加させられた被害者だというのか」

      「そうとも言えます。そしてデスゲームには大抵、課せられた目的を達成した人間に莫大な褒美が与えられますが、決して良い結果ではありません」

       

      具体的には?とシルフィーモン。

       

      「該当とした題材の作品にもよりますが、褒美自体が単なる嘘だったり、勝ち抜いた人物が褒美を貰い受けたその後にゲーム中で負った心傷から精神的な廃人となって精神病棟に送られたり…。そのような最後が用意されている事もあるんです」

      「代償も報奨も大きいがアフターケアは一切約束しない、と」

       

      シルフィーモンはなるほどと頷く。

       

      「我々デジモンでも、似た趣向でデジモン同士を騙しては相討ちをさせるような事を好む奴らはいる。ただ、それはあくまで戦略が前提であったり余程の暇を持て余した邪悪なデジモンの話。報奨、などというものもない。ここまで悪趣味と言えるレベルのものはまだ知らないな」

      「ひとまず、出口というものがあるかそれを調べましょう」

       

       

      ーー

       

      「おっ、こっちはやってるやってる〜。逃げ回ってるみたいだけど、早く戦った方が良いんじゃないかなー?」

       

      薄暗い部屋の中。

      16分割のモニターに映し出された光景を、主催者は”観戦”していた。

       

      「向こうはヤル気満々だよ〜?…あーあ、捕まっちゃった♪」

       

      モニター越しに響くチェーンソーの可動音と悲鳴。

      悲痛な女性の断末魔を聴きながら、ポテトチップスを惰性のまま貪る。

       

      「こっちの人間は…うーん、武器使わないで会った奴ら全員殺してるんだね。変わってるなー。あ、あっちから女が来るけどどうなるのかな?」

       

      モニターに映ったシルフィーモンを見る。

      シルフィーモンと美玖が互いに顔を合わせるところだ。

       

      「おっ、撃ち殺しちゃう!?……あーらら、女の方、攻撃かわされちゃってるなー。薄々思ってたけど、あっち、やっぱり手慣れてる?て、女と同じ方に走り出してったぞ。共闘成立みたいだな」

       

      こんな感じで主催者はモニターを見続けていた。

      少なくとも、シルフィーモンが人間でないことに主催者はまだ気づいていない。

       

      「……なんだか、今回のマッチングは変わった結果になってきてるな。ちょっと不燃気味だけどー」

       

      そうこうしてるうちに、モニターの一つ、かの『出口』の前に設置されたカメラは。

      到着した二人を映していた。

       

       

       

      通路を走り抜けながらシルフィーモンと美玖は『出口』を探す。

      今の美玖の腕と指にはツールもデバイスもない。

      意図的に外されたのは確かで、現状頼りは”共闘相手”のシルフィーモンと手元のソードオフショットガンのみだ。

       

      「入り組んでいてどうなってるのかわかりません…!」

      「心配するな」

       

      シルフィーモンは言いながら曲がり角の辺りで壁に手をつける。

       

      「シルフィーモン…」

      「気をつけろ。誰か殺されている」

      「……!」

       

      壁についた赤黒い染みに美玖はグリップを強く握る。

      覚悟はしていたが、それでも決して気分の良いものではない。

      その先は分かれ道になっているが、片方は行き止まりになっている。

      そして行き止まりの方で、OLと思しき女性が無残な有様で見つかった。

      近くにはバタフライナイフが転がっている。

       

      「…ひどい」

       

      一刻も早く犯人…主催者に接触するためにも、出口を見つけなければいけない。

      でなければ犠牲者は増え続ける。

      気絶させた参加者が無事とも限らない。

      シルフィーモンの方を振り向きかけた時、もう片方の道から耳障りな音が聞こえることに気づく。

       

      「この音は…遺体の様子からして、チェーンソーの音です」

       

      音は遠ざかっているようだが、油断はできない。

      シルフィーモンは美玖を真後ろへ誘い、慎重に進む。

      まもなく、通路を曲がってすぐ相手はいた。

       

      どうする?

       

      シルフィーモンを見やると、手振りで答えが返ってくる。

       

      (ここで待て)

       

      シルフィーモンが相手を追って通路の奥へ消える。

      …まもなく。

      チェーンソーの音が突如激しく何か硬いものへ擦り付けたようなものに変わった。

      聞けば相手のものと思しき声と揉み合う気配がわかる。

      それからしばらく、背後を警戒しつつ沈黙を守っていた美玖の元にシルフィーモンが戻ってきた。

       

      「行くぞ」

       

      チェーンソーの音は断続的に響いている。

      通り過ぎた際、美玖はまだ稼働しているその刃に足を切られぬよう進まなければいけなかった。

       

      ーーー

       

      「ここが、その終着点のようだな」

       

      突き当たりに一つのドア。

      そのドアにはご丁寧に『おひとり様のみご案内』と印字が刻まれていた。

       

      「主催者は共闘者を切り捨てる事が可能と言っていた。つまり、最後には殺害しなければここを通る事はできない」

       

      シルフィーモンはため息をつきながら美玖に向き直った。

       

      「どうするか、ずっと、考えていた」

       

      美玖も、思い悩んでいたか黙っていたが、やがてソードオフショットガンを彼に向けて構えた。

       

      「美玖」

      「…覚悟はできてます。お願いします、シルフィーモン」

      「……」

       

      銃声が響く。

      ややあって、崩れ落ちたのは美玖の方だった。

      意識を失い倒れかかった彼女の身体を抱え、他の参加者に見つからないように陰に隠す。

       

      (さて…)

       

      ドアのノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。

      その先は…何もない広い空間になっていて、16分割のモニターから漏れる光を除けば真っ暗だ。

      シルフィーモンが通るとやはり、最初にいた部屋同様後ろのドアがひとりでに閉まる。

       

      モニターの前まで歩み寄る。

      そして映し出された映像を見やった。

       

      (ここでモニタリングを…)

       

      周りを見回すが主催者らしき者の姿が見当たらない。

      敢えて、声を張り上げる。

       

      「ゲームはクリアだ。プレゼントがあるんだったな?姿だけ隠して黙っているのは何のーー」

       

      その瞬間、背後からの気配をシルフィーモンは察知した。

      身を翻したそのすぐ脇を三叉の槍がかすめた。

       

      「あー、外した!くっそぉ、やっぱりおまえ手慣れてるな!」

       

      不意打ちで殺し損ねた事に悔しがる主催者。

      その姿を、シルフィーモンは遂に視認した。

      間違いなくそいつはデジモンだった。

      人型だがその身体は真っ赤で、全身に不気味な刺青が走っている。

      コウモリのような翼に矢尻状の長い尾は悪魔を思わせた。

       

      「…ブギーモンか」

      「へ?なんでボクの名前知ってるの?おまえデジモンについて詳しいのか?変な人間!」

       

      ブギーモン。

      成熟期の魔人型デジモン。

      刺青の数ほど魔法を扱うと言われ、その性質は卑怯そのもの。

      先程シルフィーモンに不意打ちを仕掛けた事からも窺えるが、正々堂々とした戦いを嫌い不意打ち等の卑怯な攻撃手段を好むデジモン。

       

      「このデスゲームとやらはお前の仕業だったのか」

      「はははっ!面白かったからやってみたくてさ!すっかりハマっちゃったんだよねー。あー…プレゼントはもちろん用意してるよ!死んでもらう事がお前へのプレゼントだ!」

       

      三叉の槍の穂先が再度、シルフィーモンを貫こうと襲う。

       

      「なるほど、影響されてやってみた。それがお前のWhy Done it(動機)か」

       

      美玖の説明からして、ほとんど猿芝居のような模倣だったのだろう。

      だから穴がありすぎた。

      加えてブギーモンはまだシルフィーモンの人間としての見かけが見せかけである事に気づいていない。

       

      …十分だ。

       

      ブギーモンもまさか自分が格上たる完全体デジモンを相手にしているとは思うまい。

      それゆえに。

       

      「お前には死んで…………え?」

       

      殺そうとした人間が、目の前で手に光を集め、くるりと回る動きに目を疑った。

      華麗に、優雅に。

      女性的な動きと共に新体操のリボンのような動きで尾を引く光。

      その光が男の掌の中で、一つに纏まる。

       

      「トップガン!」

      「!?」

       

      身を乗り出すようにして掌の光を弾のように放つ。

      初めて、相手が人間でないことに気づくには、遅すぎた。

       

      「ぎゃあーっ!?」

       

      吹き飛ばされたブギーモン。

      歩み寄る男の身体に、ノイズのような歪みが走る。

      男を覆う偽装のテクスチャが剥がれ落ちていく。

       

      ……白い獣毛に覆われ翼を備えた太長く強靭な腕が見える。

      金属製の肩当てと胸当てと中央部にタービンのついたベルトが見える。

      獣の耳を備え赤いヘルメットのようなヘッドマウントディスプレイとバイザー状のゴーグルを着けた人間のような頭部が見える。

      そして、猛禽類の脚と赤褐色の羽毛に覆われた下半身が、見えた。

       

      「お、おまえ…デジモン!?なんで!?」

       

      息も絶え絶えにもがくブギーモンの首根をシルフィーモンは掴み上げた。

       

      「教えてやろうか?お前のお遊びは準備の時点で雑だったんだ」

      「ぐぅ…」

      「先週のゲームで唯一生き残った少女と彼女の友人から聞いた話が最初の決め手。まさか気絶したのを死んだと見間違えるなどと」

       

      ブギーモンが暴れる。

      それを許すシルフィーモンではなく、鋭い爪が肌に食い込むほど手に力を込めた。

      二つ、とシルフィーモンは続ける。

       

      「お前がデジモンの介入を防ぐために仕掛けたフィルター、セキュリティの精度の低さ。お陰様で潜り込みは楽だったよ。探偵の助手になってみるものだ」

      「探偵!?」

      「最初から私と彼女が潜り込むことは、仕込まれていたということに気づかなかったのもお前の敗因」

       

      シルフィーモンは不敵に笑う。

       

      「観念しろよ。ゲームはおしまいだ」

       

      ーーーー

       

      「……っ」

       

      意識が戻り、美玖はゆっくりと瞼を開く。

      白い壁と天井。

      自分がベッドの上にいるのだとわかって、美玖は怠さで重い上半身を起こした。

       

      「ここは…」

      「E地区の病院だ」

       

      ベッドの傍らから声をかけられ、美玖は目を瞬かせた。

       

      「シルフィーモン…」

      「他の犠牲者もここに運び込まれている。気絶させた奴らはひとまず無事だ」

       

      そう話すシルフィーモンの表情は安堵していた。

      話を聞くと、今回の事件の犯人であるブギーモンというデジモンを押さえ込み、コネでウイルスバスターズと呼ばれる対ウイルス種チームのデジモン達を呼んだという。

      ウイルスバスターズへひとまずブギーモンを引き渡し、電子世界からデスゲームに参加させられた者達を遺体含め現実世界に送還するのは手間がかかった。

      遺体含め総勢14人。

      うち死亡者は5人。

      ステージが迷路状だったのが、ある意味幸いだったのだろう。

       

      「ブギーモンは後日こちらの警察に送検する。そうウイルスバスターズには話を通した」

      「そう…なんですね」

       

      ふいに鳩尾の辺りに走る鈍痛。

      あの時、出口の前でシルフィーモンの拳が打ちつけられた箇所。

       

      「探偵所長なのに、やれる事ができなかったなあ」

       

      そうぼやいた。

      シルフィーモンは首を横に振る。

       

      「それは違う」

      「え?」

      「君が師匠とやらから貰ったという道具を駆使して事件のおおよその要因を解明し、私が解決を妨げようとする荒事を片付ける」

       

      バランスがとれている、と語る。

       

      「それに。初めの頃は少しばかり辟易していたが、私達デジモンと向き合ってなお突っ走る、君の姿は思う所がある。出来る限りを、ではない。やろうとする事をやろうとする。君の力不足が生じるなら、私がそれを手伝う。ちょうど良い」

      「……」

       

      牙をチラッと見せニヤリと笑う。

       

      「だから、君が所長である事に変わらない。そんな所長の助手を振る舞い続けるのも悪くないよ」

      「……」

      「何人か人間とは関わったが、君のようなタイプは初めてだ。これからも助手として、君の助けになり続ける」

       

      ポニーテールの解かれた頭をくしゃあっ、と撫でた。

       

      「…今度、君の事をじっくり聞かせてくれ。今はまだ忙しい」

       

      事件の処理をしなくては、とシルフィーモンは病室を出ていった。

      彼が書いたものなのだろう。

      サイドテーブルに置かれた書類には、デジモン達が使用するデジモン文字と日本語の両方で事件に関する情報が簡潔に纏められていた。

      その書類を手に取り、目を通していく。

       

      少し前は冷たい風にも感じていたが、先程の言葉や撫でた手に優しさを覚えた。

       

      「少しは、仲良く、なれたのかな…」

       

      距離感が掴めず、助手としても居候としても意志の疎通がきちんとできているかずっと不安で悩んでいた。

      デジモンと人間。

      互いの常識が通じ合えると美玖は思っていない。

       

      …ただ。

       

      ショットガンをシルフィーモンに向けたあの時。

      彼を信じた。

      デスゲームという極限の状況下で、彼を突破させる事が最善だと信じた。

      例えそれで自分が本当に死ぬことになったとしても、悔いはないと振り返る。

       

      「生涯をデジモンに捧げられるような仕事かあ…この仕事が、そうであれば良いな」

       

      子どもの頃授業で発表の題材にあった「将来の夢」。

      そんな仕事につきたい!と叫んで周りから驚かれた小学生の頃。

      それを振り返りながら、美玖は窓の外に目を移す。

      空は夕方のオレンジめいた色に染まっている。

      陽も落ちようとしていた。

       

      「……いつか、デジタルワールドに行って……」

       

      望みを呟きながら、美玖は鳴り響く着信に携帯電話を手に取った。

       

      • このトピックは11ヶ月前にみなみみなみが編集しました。理由: 文章の修正のため
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    • #3731

       そういえば初代デジアドが放送していた辺りが皆大好きバトル・ロワイアルがちょうど映画化していた頃でしたでしょうか。あの時期から10年ぐらいはマジでデスゲームものがめっちゃ流行って猫も杓子もデスゲームだった……マガジンは割と最近までデスゲーム漫画ばっかやってた気もしますが。
       ウィッチルニーの話題が出たので、下手人は<s>坂持金発</s>ウィザーモンやソーサリモンかと思えばブギーモンでした。最後に生き残った者へプレゼントを用意していると言いながら、例によって「死んでもらうことがプレゼントだ!」とベターなことを言われてしまえば、シルフィーモンも“雑”の一言で切り捨てるのも必然。失神した結ちゃんを脱落したと見なしたのは、ブギーモン自身が“雑”だったというよりは人間とデジモンで死の捉え方が違った故なのかなーなんて思ったり。

       まあ確かに美玖サンが気に病む程度にはあまりにシルフィーモンが有能過ぎてもうアイツ一人でいいんじゃないかなと考えてしまうのもわかるのでした。今回の犯人が成熟期のブギーモン、それに対してシルフィーモンは完全体で荒事にも慣れていると来ればあっさり制圧されてしまうわけで。
       でも最後、シルフィーモンの言葉で美玖サンも救われたのを思えばさもありなん。完全にシルフィーモンの人間化イメージ、謎解きはディナーのあとでの執事・影山になりつつあるのでした。

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