デジモンに成った人間の物語 序章 ―掌の上の平和―

トップページ フォーラム 作品投稿掲示板 デジモンに成った人間の物語 序章 ―掌の上の平和―

  • 作成者
    トピック
  • #3681
    ユキサーンユキサーン
    参加者

      ――ピピピピッ!! ピピピピッ!!

       

      「……ぅん、ん~……」

       

      目覚まし時計のアラームが響く、色々な物を散らかしている部屋の中。

      一人の青年が、室内に立ち込める蒸し暑さに呻き声を発しながら意識を覚醒させる。

      視界にモザイクが掛かってよく見えないまま、機械音声を発している目覚まし時計の上部のボタンを押す。

      音が止み気だるそうに体を起こすと、口から大きなあくびが出た。

       

      「朝、か……」

       

      もっと寝ておきたいと言う睡眠欲を押さえ込み、青年はベッドから這うように出て茶色いタンスを開く。

      中には黒や緑といった様々な色のシャツやズボンが混ざった形で収納されており、青年はそこから適当に選んだ黄緑色のTシャツと紺色のジーンズを取り出すと、無作法に足で箪笥を閉めた。

      足元に散らかっているカードやプリントを踏ん付けてしまわないように注意をしながら、寝る際に来ていた青と黒の縞模様が特徴のパシャマを脱ぎ捨て、取り出した二つの衣服に体を通す。

      衣服を外出可能な物に着替えた青年は、確認のために時計の針に目を向ける。

      時計にある二つの針はそれぞれ、六時の方向を指しており、青年は自宅から出発する時間までまだ余裕がある事を理解すると、自室のドアを開けてリビングに存在する台所へと足を運んだ。

       

      (お母さんはまだ寝てるか……)

       

      青年はリビングの直ぐ隣の部屋でまだ寝ている母を尻目に、冷蔵庫の中にある鳥の唐揚げと書かれた冷凍食品の袋を開け、食器入れから取り出した一枚の皿に三個ほど乗せて電子レンジで加熱し始める。

       

      (ただ待っているのは時間が勿体無いし、ニュースでも見るかな……)

       

      内心で青年はそう呟くと、リビングに設置されているテレビの電源を付け、リモコンを操作してニュース番組にチャンネルを合わせる。

      テレビにはアナウンス用のマイクを持った男性が映されており、その背後には大きなマンションが建てられているのが見えている。画面の右側にはテロップの表示で『原因不明の行方不明事件、再び犠牲者が』と書かれている。

       

      『こちらのマンションでは―――に住んでいる十六歳の――――君が突然行方不明になってしまい、両親の――――さんと――――さんが、我が子の無事を切に願っています。これらの行方不明事件。発生原因も何も分からないままこれまでに何十人もの人達が犠牲になっており、解決の目処が立たない状態に陥っています』

       

      青年はニュースの内容に顔を顰める。

      数週間より発生している、子供や大人を問わず突如原因不明なまま行方不明になる事件。

      人為的な証拠も一切残っておらず、何が原因なのかも分かっていないらしい。

       

      (本当に怖いな……何も分からないってのが、一番怖い)

      『警視庁はこれらの事件を『消失』事件と呼称。事件の解決に乗り出すために、行方不明になった被害者の身元や人間関係などを調べ――』

       

      ニュースの内容に耳を傾けている中、電子レンジからチーンと音が鳴り、青年は加熱が済んだであろう鳥の唐揚げの乗った皿を電子レンジから取り出し、リビングに設置されているテーブルの上に乗せる。

      食器棚から茶碗を取り出し、炊飯器からしゃもじで白飯を確保。茶碗に放り込み、唐揚げを乗せた皿と同じようにテーブルの上に乗せる。

      その後、青年は唐揚げをおかずに米を頬張り始めた。テレビに映されたニュースに目を向けながら。

       

      ――不思議と、この日の唐揚げは普段より塩辛く感じた。

       

       

       

       

       

      無情に輝く太陽の日差しが大地を熱し、通りすがる人物の片手には小さめの団扇が見られる夏の街。

      ふと上を向くと、綿菓子のような形の入道雲が悠々と泳ぎ、青く美しい空を形成しているのが見える。

      建物の中には機械によって作られた冷たい空気が流れ、外の暑さが嘘のように涼しく心地よい空間が形成されている。

       

      月日は七月の十二日。時は十一時。

      この日、青年――|紅焔勇輝《こうえんゆうき》は友達とある店で集まる約束をしていた。

      自転車を漕ぎ、風を感じながら坂道を突き進む。

      そのすぐ隣では車が通っており、エンジンの音が街中に響き渡っている。

      家を出て|十五分《じゅうごふん》程度の距離に、目的の場所であるゲームショップはあった。

      休日だからかまだ午前にも関わらず、かなりの人だかりがある。

      勇輝はそれらにぶつかってしまわないように避けながら、視線の先に見える友達の方へと向かった。

      友達の背後にはアーケードゲーム用のマシンが見え、画面にはデモムービーが流れっぱなしになっている。

       

      「お、来たな勇輝」

      「あまり待たせるのは悪いと思ってな」

       

      互いに顔を会わせると、ポーチバッグから数枚のカードを取り出す。

      カードの端にはバーコードのような物があり、カードには何かのモンスターと思われるイラストと強さの基準となるステータスがテキストに書かれている。

       

      「んじゃ、早速対戦するとするか」

       

      「おっけぃ。こっちの準備は万端だ」

       

      ポーチバッグから財布を取り出し百円玉を一つ投入すると、マシンの下部にあるカード取り出し口に一枚のカードが出てくる。取り出し口に手を突っ込み、取り出して内容を確認した勇輝はそれをジーンズのポケットの中に入れた。

       

      そして、ゲームのプレイヤーが操作出来るように画面が移り変わる。

       

      一人で遊ぶモードに二人で遊ぶモードなど、よくあるアーケードゲームに用意された選択肢から二人で遊ぶモードを選択するボタンを押すと、もう一つ百円玉を投入するようにモニターから指示が出る。

      最初の百円玉は勇輝が入れているため、二つ目の百円玉は友達が投入した。最初に百円玉を入れた時と同じようにカードを取り出し、勇輝は左側に、友達は右側の方へ立つ。

      その間に再び画面が移り変わり、カードをスキャンするように画面から指示が出る。

       

      「お前が使うのは……あ、やっぱりそれなのな」

      「当たり前だろ。これが俺の好きな奴なんだから」

       

      勇輝が親指と人差し指で摘んだカードを機械の中央に空いている空間に通すと、カードのデータがスキャンされ、画面に映された誰も居ない草原のようなフィールドに、一匹の生き物が現れる。

      その姿は上半身が機械化している深紅色のドラゴンだった。

       

      「メガログラウモンねぇ……相変わらず、その中途半端に機械化したデザインはどうにかならなかったのか」

      「うっさいわ。俺は好みなデザインだからいいんだよ」

       

      友達の呟きに唾を返しながら、勇輝は続けて三枚のカードを連続で赤外線を通して読み取らせる。

      すると、メガログラウモンの姿が画面の中で光り輝く演出と共に変化していき、やがて姿は明らかに竜とは違う、背中に深紅のマントを羽織り、胸部に刻印が刻まれている白銀の鎧を身に纏った騎士へと変貌する。

      その右手には一本の槍を、左手には紋章の描かれた大盾を装備していた。

       

      「オプションは≪それでもへっちゃら!≫に≪生き残るために≫と……≪デジソウルチャージ≫か。思いっきり単騎でやる気満々だな。てか、やっぱり早速進化させるのな」

      「まぁな。完全体だとやっぱり厳しいし……てか、そういう雑賀はいつも究極体を即スキャンしてるじゃねーか」

      「対戦ゲームはパワーの数値が全てだ。さぁて、そっちがそいつならこっちはコイツでやらせてもらうぜ」

       

      互いにツッコミを入れながら、今度は友達――雑賀がカードをスキャンさせる。

      画面上に出現したのは、顔に両目と額の部分に穴が開いた仮面を被り、黒いジャケットのような服を着ており、腰の部分に爬虫類を想わせる尻尾を伸ばした両手に拳銃を携えた……バイクの似合いそうな魔王。

       

      そのデジモンの名を、自身が登場させた騎士の名と同じぐらいに勇輝はよく知っていた。

       

      「お前明らかに狙ってるだろ……デュークモン対ベルゼブモンとか」

       

      騎士の名はデュークモン。

      魔王の名はベルゼブモン。

      それぞれ、あるアニメに登場し競演した実績を残している人気のキャラクター達である。

       

      「狙ってるも何も、俺のフェイバリットはコイツなんだから仕方無いだろ。偶然だ偶然」

       

      「……てか、ベルゼブモンってパワーキャラでは無かったような」

       

      勇輝の指摘を無視しながら、雑賀は勇輝と同じように三つのカードを用意し、それを機械に読み込ませる。

      店内に響く宣伝ムービーの音声に気を取られる事は無い。

      何故なら、二人がやっているゲームの音声もそれなりに音量が高く、それが原因で周りの音に耳を傾ける事が難しいからだ。

      それでも互いに会話が出来ているのは、意識を向けているか向けていないかの問題だが。

       

      「そういやさ、お前……例のニュース見たか?」

       

      カードの読み込みを終えた雑賀は突然、勇輝に話題を持ちかけた。

      例のニュースと言う語句を聞いた勇輝は、画面内で対戦が開始される中で雑賀の話に耳を傾ける。

       

      「見た。全然解決の目処が立ってないらしいが」

      「世界中で行方不明になってるのってのが不気味だよなぁ……」

       

      口で話題を交わしながら、手でボタンを押して技を選択する。

       

      「ここ最近はあまり自然災害とか起きてなかったし、人がやってる事なんだろうけど……まるで神隠しだよな。お前の言う通り不気味だ」

      「拉致誘拐とも考えにくいしなぁ……おっと、先手は貰ったぜ」

      「早急に解決してほしいもんだ。願わくば被害者の無事を祈る……おのれェスピードの差で取られたか! だが聖盾イージスの防御力は伊達じゃぬぇ!!」

       

      話題に内容が真剣な物であるのにゲームの話題もちゃっかり忘れていない辺り何と言うか、この二人は色んな意味で駄目なのかもしれない。

      だが脳裏に過ぎった不安を忘れる、一種の逃避のための手段とも言えるのだろう。二人は確かに楽しんでいた。

      お互いの押すボタンが見えないように二人は両手で自分が押すボタンを隠しながら選択する。

       

      「ははははは! ダブルインパクトだと思ったか? 残念ダークネスクロウでしたァ!!」

      「畜生め、今度はこっちのターンだ。さぁグラムとイージスのどちらの必殺技を食らいたい? 暴食の魔王名乗ってるんだから、ガードせずに食らいやがれェェェ!!」

      「だが断る。お前がそこで露骨にセーバーショットを使ってくる事はお見通しなんだよ!!」

      「なん……だとッ……!?」

       

      どんどん口調が崩壊しているのだが、本人達は全く気にしない。

      これらの気分の高まりがあってこその娯楽なのだから。

      幸いにも二人の青年の台詞は周りの雑音に掻き消され、他人には聞こえない。

       

      途中、勇輝が「悪魔に魂を売った者の銃弾など俺のデュークモンには当たらない!」と多少格好つけて言った直後に、雑賀のベルゼブモンの銃弾が見事に炸裂するなど、第三者から見れば内心でほくそ笑むようなトークを交わす。

       

      「それならお返しのファイナル・エリシオン……と見せかけてのロイヤルセーバーを喰らえや!!」

       

      「ぬぉぉおお!?」

       

      口では喋って両手はボタンを押す事にしか使われていないが、実際に戦っているのが画面内で作られた電子のポリゴンで作られたキャラクター達。

      先ほどから、槍から輝くエネルギーを放出したりなど派手な|演出《バトル》を繰り広げている。

      やがて片方のキャラが倒れ、勝敗が決すると勝者が決定した。

       

      「ぐぬぬ、スピードの差はやっぱり厳しいか……」

       

      「銃は剣より強し! ん~やっぱ名言だなこれは」

       

      結果のみを言えば、勇輝が出したキャラであるデュークモンが敗北し、雑賀の出したベルゼブモンが勝利を収めた。

      敗者の勇輝は悔しそうな声を上げるが、その表情はすぐに清々しい物へと変わる。

       

      「やっぱお前は強いよなぁ……次は絶対に勝つし」

      「あー、それは分かったが勇輝。とりあえず後ろに次のが来てるんだから席を譲ろうぜ」

      「へ? ……あっ」

       

      雑賀の指摘でようやく自分の後ろで番を待っている少年の存在に気付き、勇輝は少し済まなそうな表情を見せながら席を譲った。

      雑賀も同じく席を立ち、少年のプレイを後ろから傍観する事にしたようだ。

       

      「お、エアドラモンとはまたマニアな奴を使うねぇ」

      「まぁ、使うのは人の好み次第だし良いんじゃないか?」

       

      平和。

      それは一般的には安寧した状態の事を指す仏教用語だが、まさに今のような状態の事を指すのかもしれない。

      不安を紛らわすために茶化しているだけに過ぎないが、少なくとも彼等はこの小さな平和を、現在だけでも満喫したかった。

      それが例え、ただの平和ボケだと理解していても……しがみ付きたかったのだろう。

      その、当たり前の平和に。

      ◆ ◆ ◆ ◆

      時刻は午後の一時。

       

      日差しが数時間前よりも強くなり始め、街中の市民の片手に見られるペットボトルとタオルの比率が高くなってきたようだ。

      これほどの日差しの強さと気温ならば、虫眼鏡でも使った暁には太陽光線を容易に生成出来る凶器にでもなるだろう。

      尤も、そんな事をせずとも既に人体の皮膚に焦げ色が出来る事ぐらい自然な事なのだが。

       

      それはともかく。

      ゲームセンターで娯楽を満喫した二人の青年――勇輝と雑賀は、昼食を取るためにファーストフードを取り扱う大型チェーン店に立ち寄っていた。

      既にトレイの上には、二つの薄いパンの間に肉や味付けされた玉ねぎにケチャップソースが挟まっている食べ物……つまる所ハンバーガーがそれぞれ一つずつ、包み紙の上に置かれている。

      そしてその奥の方にはコーラの入った紙コップが置かれており、更にその手前にはフライドポテトが置かれている。

      二人合わせて総額六百四十円と、ファミリーレストランのメニューを入門するよりは安く済んだようだ。

       

      食事中、先に口を開いたのは雑賀だった。

       

      「やっぱり思うんだよな。最近のアレって怪人か悪の秘密結社か何かがやったんだって」

      「うん、とりあえず現実を見ようか」

       

      雑賀の言う「アレ」とは、無論勇輝も朝のニュースで確認した『消失』事件の事だ。

       

      「でもよ、いくら何でもおかしいと思わね? 人間がやった事なら何か証拠が残っててもおかしく無いだろ。誘拐なら誘拐された時の目撃状況とか誰かから聞けててもおかしくないし」

      「それもそうだけどさ、単に偶然が重なっただけで超スゴ腕の犯罪者って可能性もあるし。怪人とか悪の秘密結社だとか……非現実的すぎるだろ」

       

      本気なのか冗談なのか分からない雑賀が告げた予想を、勇輝は呆れてため息を吐きながら即刻否定する。

      現実的に考えれば、勇輝の言う通り怪人や悪の結社などと言うバトル漫画のような悪者が、現実に居るわけが無いだろう。

      しかし、雑賀は興味からか、はたまた何か引っかかるのか勇輝の返答に対して更に返答する。

       

      「この事件自体が非現実的くさいんだけどなぁ……だってさ、どんなにスゴ腕な犯罪者が仮に居たとしても、完璧な犯罪なんて存在しないだろ? 血跡も所持品も、この数ヶ月の内に一切見つから無いって時点で十分非現実的だろ」

      「まぁ、確かにそれも一理無くはないけど……というかさ、別に身内が行方不明になってるわけじゃないんだし、そこまで詮索しなくてもいいんじゃないか? どうせ警察が無事に解決するだろ」

       

      そう言いながら、勇輝はトレイの上にあるフライドポテトを摘んで口に放り込む。

       

      「お前さ……ちょっとは行方不明者の事を心配に思わないのか。死んでいるのか、生きているのかも分からんのに……薄情な奴だなぁ」

       

      その様子を見た雑賀はハンバーガーを一口食べると、現在進行形でフライドポテトを食べるスピードを速めている勇輝に嫌味を飛ばす。

      それを聞いた勇輝は顔を一気に真剣な物に変え、フライドポテトを摘む指を止めると共に雑賀の嫌味に返答する。

       

      「そりゃ心配だけど、何も出来ないだろ。ペラペラ喋ってるだけで物事が変わんのか?」

      「………………」

       

      無言でいる雑賀を見て、勇輝は言葉を紡ぐ。

       

      「それに俺達は……まだあくまで学生だ。警察とか医者みたいに、誰かを救う事なんて出来やしないだろうが。馬鹿みたいに理想論を語る以外、何が出来るんだよ?」

      「……分かった分かった。変な事を言って悪かったよ……」

      「ったく……」

       

      何処か冷めたような目で返答をしてきた勇輝に雑賀は一言謝ると、残りのファーストフードを処理し始める。それに続くように勇輝は、雑賀と同じく残り物を地道に食し始めた。

       

      『………………』

       

      それから二人は話のネタが尽きたのか、はたまた気まずいからか、店に居る間は一切の雑談を交えなかった。

       

       

       

      ◆ ◆ ◆ ◆

       

       

      ファーストフード店を出て、次に二人の青年が向かったのは……自宅から四十五分ぐらいで到着する、数多くの紙札が並び売られているカードショップだった。

      辺りには二人と年が近そうな青年や少年等の姿が見え、フリースペースではカードを使った対戦が行われていたりもする。

       

      店内ではとある学生が「俺の嫁のあのデジモンのカードが既に在庫切れ、だとッ……!!」などと呟いていたり、他にも自分の財布に入っている金額とショーケースに入っているカードを見比べて、何やら葛藤をわざわざ口に出して呪詛のように呟いている学生がいたり、もう色々とヤバい状態になっているが、ショーケースを覗いているのは二人も同じだったりする。

       

      「おぉぅ……ゴッドレア仕様のベルゼブモン・ブラストモードの値段が、予想以上と言うか何と言うか、いろいろぶっ飛んでやがる……」

      「こっちのデュークモンもだ。自力で引き当てる方が安く済むのか? 連コインも覚悟しないとな……」

       

      二人の視線の先に存在するカードには、黒い翼を生やして片腕に陽電子砲を装備した魔王のイラストと、深紅の色をした騎竜のような形をした機械に乗って盾を構える鎧騎士のイラストが描かれている。何気にその二枚を並べてみると、一枚の繋ぎ絵になるようにも見える。

       

      だがその値段はそれぞれ約五千円近くと、学生的にはキツめの額になっていた。

      二人とも、欲しいと言う欲求を行動に移さない代わりに、奥歯を強く噛み締めている。

      まぁ、彼らは所詮高校生。私用に使える金額などそう多く無いのだから、買えなくても仕方が無いのである。

       

      ちなみに、二人の目の前で商品として飾られている金箔の入った二枚のカードのテキストにはそれぞれ『デュークモン(グラニ搭乗)』『ベルゼブモン・ブラストモード』とキャラ名が書かれており、そのショーケースの上側に書かれているキャッチコピーには『死神』の魔の手から世界を救え。箱舟に導かれし勇者達と共に戦おう!!』と書かれている。

       

      どうやら正義の味方が悪を討つ系のよくあるストーリーらしい。

      店内ではそれらのカードゲームを元にしたアニメの映像が宣伝用に流されており、効果音や台詞などによって店の中を賑やかしている。

      カードと言う商品が売れるのは大方、イラストの元となった作品の面白さや発想の斬新さなどが主な要因となるが、彼らの目の前がやっているカードゲームの場合は前者である。

       

      「ん~……仕方無いし、今回はあっちとこっちに抑えておくか。一応持ってないやつだし」

       

      そういう勇輝は、ショーケースとは反対側の方でUFOキャッチャーの景品のようにぶらぶらと吊らされているカードに手を伸ばしていた。

       

      「お前さ、本当にゲームの守備範囲が幅広いよな……」

      「まぁ、こっちも好きだからな」

       

      雑賀の言葉に対して当然のように軽口で返し、三枚ほどカードを取った勇輝はお店のレジの方へと向かう。値段は三つ購入した事で割引の条件を満たし、二百円で収まったようだ。

      雑賀は特に買おうと思える物が無いらしく、安物のカードの方に手を伸ばす事は無かった。

       

      「……ん?」

       

      カードを買った後、お店の中を適当にふらついていると、二人の耳に不満そうな幼なそうな声が聞こえた。

      その声が自分達に対して向けられた物では無いのも分かってはいたが、気になった二人は声のした方を向くと、そこに居たのは上段に両手を伸ばしているが背が低くて標的のカードに手が届かずにいる、一人の10歳ぐらいかと思われる少年だった。

      興味本位でその少年の近くに寄り、二人は声を掛ける。

       

      「君、何してんの?」

      「あそこにあるのが取れなくて……」

       

      少年は声を掛けた雑賀に対してそう返答して上段の方にあるカードを指差すが、上部には他にもカードがあるため『どれ』を指しているのか二人には分からない。

       

      「あそこって何だ……?」

      「あそこっていったらあそこー!!」

       

      とりあえず。

      雑賀は子供の声を聞きながらぶら下がっているカード群に向き合って、指を動かしながら子供にとって正解のカードを探す事にしたようだ。

       

      「これか?」

      「違うよ、もっと上~」

      「じゃあこっち?」

      「違うってば。そこから二つ左~」

       

      そんなこんなで、雑賀がぶら下がっているカード達の中から確保したカードは、正確に言えばカードに書かれているキャラの名前はと言うと。

       

      「……いや、その……コイツは……」

      「あったあった、デクスドルグレモンのカード」

      「どうしてこうなった。そいつそんなに子供向けなデザインだったか!? 原種じゃなくてデクスの方を選んだのは何かの間違いなの!? ちゃんと見ろ、イラストの50パーセントが真っ赤に染まってるじゃんか!?」

       

      子供には見せられないよ!! とでも言わんばかりにイラストに返り血のような彩色が為された、黒と赤の色が特徴的で蛇のような舌をだらりと出しているドラゴンのようだ。

      しかもイラストをよく見てみると、そのドラゴンから逃げ惑う可愛らしいキノコのような姿をしたキャラクターがやられ役扱いで書かれていたりする。

       

      とまぁ、人それぞれ好みが違うと言うのはまさにこういう事で。

       

      「……え、えぇ~っと、こっちのサイバードラモンの方がカッコいいんじゃないかな~?」

       

      「デクスドルグレモン」

       

      「あっちのウイングドラモンとか」

       

      「デクスドルグレモン」

       

      「ウィルス種のメタルグレ」

       

      「ほ~し~い~!!」

       

      右手に持ったグロテスクなイラストの中にドラゴンが書かれているカードを見て、変な汗をかいている雑賀に向かって少年はカードを掴もうとぴょんぴょん飛び跳ねている。

       

      雑賀はしばし考え、観念したようにカードを少年に渡す。

       

      「……わ、分かった。分かったからシャツの裾を掴んでのばそうとするのやめてくれ」

      「わぁ~い!! お兄さん達ありがとう!!」

       

      少年はカードを受け取ると、うきうきした様子でレジの方へと向かって行った。

       

      よく耳を澄ますと、少年の履いているズボンのポケットの中から小銭がチャリチャリ鳴っているのが聞こえる。

      一応お小遣いは用意しているようだったが、買ったカードを見て少年の親はどんな表情を見せるのだろうか。

       

      (頼むから……)

      (次からは……)

      ((保護者同伴で来てくれ……))

       

       

       

       

      この後も、カードショップに来ていた別の客と持参したカードやゲームで対戦したり雑談を混ぜたりと、満足のいくまで遊ぶ事が出来て、気付けば時刻は四時になっていた。

      店内の人だかりも時間的な都合で徐々に少なくなっているらしく、勇輝と雑賀の二人はもうこの日に外出してやっておきたい事を済ませた事から、用事の済んだカードショップを出て自分達の自転車に跨った。

      店の中に居た時には内部に冷風が通っていたため感じなかったが、やはり季節が夏なだけあってまだ外には暑さが残っている。

      日もたいして落ちてはおらず、日光による熱も健在だ。

       

      「暑っちぃ……」

       

      呟きながらペダルを漕ぎ、自転車を進ませる。

       

      「明日からまた学校だな……はぁ、とっとと宿題済ませて自由になりたい」

      「ま、確かに宿題が終われば夏休みはただのパラダイスになるな。お前は部活とか入っていないし」

      「俺、夏休みに入ったら消化中のゲームを全部クリアするんだ……」

      「おいやめろ。それはゲームする前に宿題でゲームオーバーになる馬鹿の言う台詞だ」

      「誰が馬鹿だって?」

      「お前だよ」

      「なん……だと……?」

       

      愚痴や冗談を交わし、夏休みの予定に期待を膨らませながら二人は自宅への道を進む。

      やがて、三十分ほどの時間が立ち、目の前に二つの道に分岐した横断歩道が見えてきた。

       

      「んじゃ、また明日な」

      「ああ、またな」

       

      『また会おう』と別れの言葉を交わすと二人は互いに別々の横断歩道を渡って、まだ遠い位置に見える自宅を目指して自転車を漕いで行った。

       

       

       

       

       

       

       

       

      彼等は気付かなかった。

       

      「……そうか、あの子達が……」

       

      二人の事を、まるで得物を見るような眼で見る……夏と言う季節の温度には明らかに適していない濃い青色のコートを羽織った男の姿と、その視線に。

      物語の幕は既に開かれている。

      演者の意志に関係無く、傲慢で残酷な脚本家の悪意によって。

      ◆ ◆ ◆ ◆

      「…………」

       

      まだ赤くはなっていない日に照らされた街。

       

      歩道を通る人並みは言うほど多くは無く、それと対照的に車道を通る車の数は多い。

       

      もう何度も通った事のある道なりだが、風景に楽しめる要素も無ければ愛着が湧いているわけでも無いため、ただ長いだけ道はただの消化作業のようにも思えてくる。

       

      そうなれば自宅に帰るまでの間、自身の退屈を紛らわせる事が出来るのは脳裏に過ぎる妄想や想像ぐらいだろう。

       

      勇輝は機械が同じサイクルの作業を行い続けるが如く、手と足で自転車を操りながら自宅への道を進んでいる。

       

      そんな中、頭の中の思考回路は平常運転だった。

       

      (家に帰ったらどうすっかな……宿題は今の所余裕があるし、適当にBGMでも流しながらネトゲでもすっかな……)

       

      無意識の内に鼻で自分の好きなアニメの曲を歌い始める勇輝は、車道から聞こえる五月蝿いクラクションやエンジンの音に特に反応を示さない。

       

      市街に響く音は、常に車の音だと相場が決まっている。一々反応をしていては疲れるばかりだ。

       

      (ホント、今思えばゲーム以外に休日にはやれる事が無かったな……)

       

      内心で自分自身に大して自嘲気味に呟く。

       

      大して疑問にも思っていなかった事で当然だとも思っていた事だが、それ自体が疑問を招じさせる問いだった。

       

      (……だけど、他にやれる事が無いんだよな……)

       

      だが出来る事が無いかと自問自答を繰り返しても、決定的な答えが出る事は無かった。

       

      運動や学問に興味を感じられない。

       

      毎朝液晶画面を眺めても、その先で起きている出来事はあくまでも他人事。

       

      (退屈だなぁ……)

       

      「……はぁ」

       

      変化の見えない日常。将来の夢が浮かばない自分。

       

      いくら頭の中で考えても、答えを得られない事が余計に不安を煽る。

       

      (――――)

       

      不意に脳裏に思考が過ぎる。

       

      「……ッ!?」

       

      思わず自分で考えてしまった事に、勇輝の思考回路は拒絶反応を起こしハッと正気に戻る。

       

      自分でも狂っていると思ったのだろう。

       

      その思考を瞬時に別の物に入れ替える事で、何とか誤魔化す。

       

      そんなわけが無いと自分に言い聞かせるが、彼は気付かない。

       

      無意識の内に、自転車を漕ぐスピードを上げている事に。

       

      まるで逃げるようにペダルを押す力を強めている事に。

       

      (落ち着け……)

       

      外側の表情は変えずに、冷静に深呼吸をする事で自分の心を落ち着かせようとする。

       

      そんな彼の視界に、高校生になってからはあまり来る事の無くなった公園が見えてきた。

       

      少なくとも偶然とは思えない思考に、自然と自転車を自宅とは違う方向へと向ける。

       

      (……別にちょっとぐらいいいよな。帰る時間が遅れても特に支障は無いわけだし)

       

      疲れた体と気分を少しでも癒すためか、それとも単なる気まぐれか。

       

      勇輝は自身の衝動にも近い思考に任せて、公園の中へと向かって行った。

       

       

       

       

       

      到着した公園は特徴と言える物体のある場所では無く、滑り台やブランコといった遊園用のオブジェクトがそれぞれ一つずつ設置された、いたって普通の公園だった。

       

      地面は草原が生えているわけでもなく、学校の体育などに使われるグラウンドのような砂地が広がっている。

       

      無造作に小型のゴミが捨てられていたり、タバコの吸殻が灰皿に置かれる事無く放置されていたり、あまり良い気分のする光景では無い。

       

      公園の周りには囲うような形で植えられた植林があり、それらが唯一公園を彩る植物だ。

       

      草花の姿はそれ以外にまるで見えない。

       

      こうして見ると、まるで小規模な砂漠の上に遊園用のオブジェクトを飾っただけのような場所だ。

       

      勇輝はそんな公園に二つ並んだ状態で設置された、茶色いベンチの一つに腰掛けていた。

       

      自問自答の思考を繰り返すものの、納得が出来る答えは得られずにいる。

       

      「……無限大な夢の後の、何も無い世の中……か」

       

      昔の公園の風景と今の公園の風景を重ね合わせながら。他の誰も居ない、人気の無い公園でたそがれるように一人の青年が独り言を呟く。

       

      「……分かんないな」

       

      それは何に対して言った言葉なのか、勇輝自身にも分からなかった。

       

      「……はぁ」

       

      少ない間に何度したかも分からないため息を吐きながら、勇輝はポーチバッグからカードを取り出す。

       

      そのカードは、ゲームセンターで使用していた騎士のキャラクターのカードでは無く、赤い色をした恐竜のようなキャラクターのイラストが載ったカードだった。

       

      「……もう、10年ぐらい前なんだっけな」

       

      そう呟いた勇輝の脳裏に映ったのは、まだ小学生だった頃に見たアニメの映像。

       

      今の自分からすれば笑いものの、フィクションとノンフィクションの判別が付かなかった少年時代。

       

      忘れたいと当時は思った事すら、今では楽しかったと思えている。

       

      だが、過ぎた時間が戻ることは無い。

       

      「ま、今更後悔したって仕方無いよな……」

       

      カードをバッグに戻し勇輝は立ち上がった。何かを振り切るように。

       

      気付けば、此処に座り込んでから結構な時間が経ったようだ。

       

      太陽も夕日に変わり、既にほとんど落ちかかっている。

       

      公園に来るまでは全く感じなかったが風の温度も冷たくなってきて、肌寒さも感じ始めてきた。

       

      「……暗くなってきたし、そろそろ帰るか」

       

      自問自答の答えはいつか、これからの人生でそう遠くない未来で得られるだろう。

       

      そう内心で確信付けながら、勇輝はバッグの中身に不足している物が無いかを確認した後、自転車に向けて歩を進めた。

       

       

       

       

       

       

      ――その時。

       

      「……君、ちょっといいかい」

       

      急に知らぬ声で背後から呼び止められ、一瞬驚いたものの平静を装いながら後ろに振り向いた。

       

      振り向いた先に居たのは、上半身から下半身までを覆い隠す厚めの濃い青色のコートを着た、背丈の大きめな黄色い瞳の色をした男性だった。

       

      この季節にその格好は、一体何を考えたチョイスなんだろうと勇輝は内心で疑問を覚えた。

       

      「えっと……何ですか? 俺、一応急いでいるので用があるのなら早急にお願いしたいのですが」

       

      何処か不気味さを感じるその男性に対して知らず知らずの内に胸騒ぎを感じたが、きっと寒さの所為だろうと自分の中で納得させながら勇輝は一応返事を返した。

       

      男性の方は……勇輝の表情を見ると、微かに笑みを浮かべる。

       

      勇輝からすればほんの一瞬しか視認する事が出来なかったが……まるで、人間以外の何かを見るような残酷な目だった。

       

      思わず勇輝は、全身の毛がそそり立つような錯覚を覚えた。

       

      この男性は一体何者なのだろうか。

       

      その疑問を解決するために、男性に対して問いを飛ばすよりも早く……男性は口を開いた。

       

      「突然呼び止めてすまない。少しこの辺りで、探している子が居てな。君はこの辺りで『ユウキ』と言う名の男の子を知らないか?」

       

      「え?」

       

      勇輝は思わず、緊張を含んだ声を上げた。

       

      それもそうだろう。知り合った経験も無い人物に、苗字では無く名前を的確に当てられたら誰でも驚く。

       

      「俺の名前も一応『ユウキ』なんですが……多分、こんな名前をした人はこの近くには居なかったと思います」

       

      しかし、何故だろうか。

       

      勇輝は疑問を覚えながらも、男性の問いに返答した。

       

      その返事を聞いた男性の表情が微かに歓喜の色を見せ始めているのは、気のせいだろうか。

       

      ……何故、勇輝の足は無意識の内に震えているのだろうか。

       

      「そうか。では……君が紅炎勇輝君か?」

       

      「……!?」

       

      男性の口から紡がれた台詞は……驚愕せざるも得ない物だった。

       

      何故この男性は、名前だけならまだしも苗字まで言い当てられたのだろうか。

       

      単なる偶然と片付けるには、あまりにも不自然すぎる。

       

      (一体誰なんだこの人は……!?)

       

      知能を持った生物ならば誰しもが持っている、防衛本能が勇輝に呼びかける。

       

       

       

       

       

      ――『逃げろ』と。

       

      しかし、勇輝が後ろに一歩下がるのと同時に……男性の右腕が勇輝の左腕をガシッと掴んだ。

       

      「ッ!?」

       

      その驚きは色々な疑問と驚愕が合わさったものだった。

       

      男性に腕を掴まれたのもそうだが、男性の手から伝わる温度が……とても、冷たかったからだ。

       

      その冷たさはそう、氷を掴んだ時と言うよりは……

       

      「クッ……!!」

       

      防衛本能に従い、勇輝は男性の腹部に加減無しの蹴りを一撃見舞って、掴んだ手を強引に引き剥がした。

       

      そしてポケットに手を突っ込み、自転車のカギを取り出す。

       

      逃げなければ、何か取り返しのつかない事態になってしまうかもしれないと言う不安……いや、確信が勇輝の思考回路に過ぎり、思考から平常心を奪っていく。

       

      『自転車に乗り、全力で漕いで逃げれば流石に追いついてはこれない』

       

      ……その思考を読み取ったと言うよりは、それ以外に手段が無い事を確信したような表情をしている青コートの男性は……一人、独白する。

       

      「流石に運動能力は高いな。だが……」

      男性は自身の腕を野球のボールを投げるように曲げると、それを離れた距離に居る勇輝に対して振り抜いた。

      (……なッ……!?)

      すると、男性のコートの裾から白い包帯のような物が勢い良く、、まるで蛇のようにしゅるしゅると伸びていき、その包帯は勇輝の右足を絡め取った。

      「!!??」

      ただの包帯とは思えない強度に引っ張られる形で、勇輝は前のめりに転倒してしまう。

      「ゲームオーバーだ」

      「!!」

       

      そして、包帯に足を取られて動けない勇輝の首元に、男性は何処からか取り出した機械を当て……

       

      ――バチィ!!

       

      その意識を、狩り取った。

       

       

       

       

       

       

      『先日、またもや「消失」事件の被害者が発生しました』

      『今回の被害者は――――市在中の――――紅炎勇輝18歳』

      「……嘘、だろ……」

      世界から人間が、また一人消失した。

       

    • このトピックに返信するにはログインが必要です。