【割暇オリ日・余談】くちなし【暴食の魔王の場合】

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     無人の荒野。
     とうに衰退の始まっているデジタルワールドにおいて、そんなものはありふれた光景だった。かつて存在した多くの街や村はその殆どが荒れ果て、デジタルモンスター達は少数の群れや小さな集落で細々と暮らすような時代。見果てぬ世界をただ淡々と愛機ベヒーモスで駆ける何ら得るもののない日々。それは暴食の罪を冠する魔王オレにとっても退屈この上ないもので、自らが今ここに在る意味すら見出せないまま俺はただ荒野を進んでいる。
     
    「チッ……」
     
     何ともなしに舌打ちが漏れた。
     己の存在する意味。そんなもの最初から無かった。
     魔王ってのは災厄だ。そこに在る何かを傷付け、世界に生きる誰かを苦しめる為に存在する者だ。そしてそんな邪悪な俺を討伐する為にこそ、この世界には沢山の正義の味方ヒーローがいたのではなかったか?
     
     だがそのどれもが俺を倒せねェ。ベルゼブモンには遠く及ばねェ。
     やれ悪魔だ、やれ災害の化身だと畏怖される俺自身を、世界の誰も討伐することができねェと来ている。
     
     だから退屈なのだ、ベルゼブモンという名の俺は。
     だからもう終わりが近いのだ、デジタルワールドと呼ばれるこの世界は。
     
     世界の始まりに傲慢と呼ばれる魔王を産み落として以降、討ち果たされるべき悪としてこそ魔王としての俺の存在意義は在ったはずなのに、それが叶わぬとなればこの世界にはとうに自浄作用が働いていねェわけだ。遠くない未来、この世界はやがて縮小を続けた果てに消え失せることになるだろうさ。
     
     だからこそ、だ。
     ベルゼブモンとしての俺は最後の瞬間まで自由に、暴食に、世界の悪として存在し続けると決めていた。

     

     

     

     

    「久しいね」
     
     そんな荒野の中、俺は懐かしい顔を見た。

     

     

     

     

    「テメエは……」
     
     ベヒーモスを急停止させる。
     荒野にポツンと聳えている大岩、まるで鳥か獣の休憩所のように思えるそこに、一人の男が腰掛けている。
     
    「死んだはずじゃねェのか、テメエは」
    「……死んでるよ、とっくの昔に」
     
     遥か昔、憤怒と名乗る魔王がいた。ただ怒りのままに世界に反旗を翻した男だった。
     選ばれし子供とかいう連中、そして奴らの願いが形となった最後の聖騎士や古代竜人。音に聞こえたヒーロー様だ、それらとの戦いの果てに敗れて散ったと伝承には残っている。俺がベルゼブモンとして目覚める遥か昔の御伽噺、少なくとも俺が憤怒と顔を合わせるのは世界開闢以来初めてのはずだった。
     それなのに何故そこにいる男が憤怒とわかるのか。そんなこと、言うまでもねェだろ。
     
    「退屈かい? 今の世界は」
    「ああ退屈だね、退屈この上ねェさ」
     
     言ってやればフフッと微笑みを返す様はとても憤怒とは思えねェ。
     
    「もう世界には俺達に敵う奴なんざいねェからな。それこそテメエや色欲が生きてりゃ少しは楽しめたろうによォ」
    「……違いない」
     
     そう言って笑う憤怒は、俺にとっての盟友だったはずの男は、とうに憤怒おのれを忘れた死体だった。
     だったら興味なんて持ち様がねェんだ。元々俺ら魔王は英雄サマに僅かに及ばず倒されるように設計されている。世界の異分子として平和の為に立ち上がった正義の味方の手で討ち果たされるべき役割を背負っている。それがベルゼブモンを含む七大魔王の存在する意義、そのはずだった。
     だってのに、もうこの世界に俺を葬れる可能性なんざ絶無と言っていい。ロイヤルナイツは結構な昔に壊滅したと風の噂に聞いたが、それが今では究極体すら殆どいねェと来てる。俺と互角に戦える奴が一切いねェ、現れる可能性もほぼ無い世界が退屈じゃなくて何だってんだ。
     
    「彼らはどうだい?」
     
     彼ら。それが何を意味しているのかはすぐにわかった。
     俺が幾度か遭遇、もしくは交戦しているオリンポスの連中は、この世界の中でも珍しく生き残った究極体だった。その点では合格をくれてやってもいいが、まだまだ俺と互角に戦えるレベルではねェのが残念だ。
     下々の連中、アイツらの誰もが求めてやがるんだ。この荒廃し、停滞する世界に新たな光を灯してくれる英雄サマの到来を。
     そんなもの、今更いやしねェのにな。
     
    「……君、何人殺した?」
     
     意地の悪い質問だった。流石は盟友、全てお見通しというわけだ。
     結論から言って、そんな皆の求める救済の英雄サマは現れていない。少なくとも低俗な連中に英雄が、世界を救う選ばれし子供サマの存在が知られることはない。だが実際のところは違う。英雄サマは確かに生まれようとしていた。世界が荒廃し始めた後だって何人もの選ばれし子供が、世界の秩序を保つ者ホメオスタシスによって召喚され、この世界の破滅を防ぐべく遣わされている。
     しかし彼らは一人として目的を成し遂げられていない。何故かと言えば、それはつまり。
     
    「覚えちゃいねェよ、殺した数なんざ」
     
     最初に殺したのは高校生ぐらいの男だった。
     人間を始末したのは初めてだったが、元より別段戦闘力の高い存在でないことはベルゼブモンである俺自身が誰よりも知っている。だからこそ、最初はその紙より簡単に切れ、穿てる肉の塊には不快感しかなかったが、すぐに慣れた。やがてパートナーの命を奪えば選ばれし子供も連鎖的に死ぬのだと気付いた後は、最早それは作業でしかなかった。快楽もなければ使命感もない、消え行く命に感傷など覚えるはずもない。何せ俺は魔王なんだ。
     
     そうして屍の山を積み上げた。選ばれし子供とやらとそのパートナーが世界を救うだけの力を手に入れる前に、ただその命だけを刈り取ってきた。
     
    「世界そのものが滅びようとしている、言わばこれは僕ら全体の危機なんだ。そして世界が滅びれば君とて存在はできない、つまり彼らと君とが敵対する必然性はないはず……それなのに、何故だい?」
     
     試すような言葉。しかし別にこちらの答えは決まっている。
     
    「理由なんざねェよ。強い奴がいたら戦って殺す、それが俺だ」
     
     憤怒が嗤う。矛盾した表現だが、とにかく嗤った。
     そういえばいつだったか、顔を合わせたオリンポスが言っていた気がする。自分は人間を殺しただけで人間に勝ったわけではないと。この在り方を捨てない限り、自分は永遠に人の子に勝つことはできないと。
     思い出すだけでクククと乾いた笑いが漏れる。まるで意味がわからない、きっと奴は錯乱でもしていたのだろう。戦いにおいて敵対者を殺すことが何よりの勝利だ。そこには慈悲も躊躇も一切無い。倒した敵の血肉を喰らうこと以外、弱肉強食のこの世界に勝利など有り得ない。
     
    「強いのかな、彼らは」
    「……人間様に二回も負けたテメエが言う台詞か?」
    「はは、違いない」
     
     一本取られた、そう言いたげだった。その実そこには何の感慨もないのだろうが。
     
    「君は常々言っていたね? この世界は複雑怪奇になり過ぎたと、一度リセットして原初の世界に戻すべきだと」
    「ああ」
    「思想に否や卑は無い。どんな下賤な思考にもそれ自体に罪は無いからね……でも君の考えに真っ向から反しているのが他でもない君自身の行動だと、君は気付いているのかい?」
     
     既に嗤いは消えていた。憤怒は無表情でこちらを見つめている。
     見定められている、俺はそう感じた。魔王である俺自身を試すことなど何人たりとも許してはおかねェ。それなのに目の前の男は、かつて暴食の“相棒”だった男はそれをする。その感覚が実に不快この上ない。既にこの世界での役目を終え、召されようとしている憤怒じぶんは今も狂った世界で抗い続ける暴食ともより遥かに高位な場所に立っているのだと言っているようじゃねェか。
     
    「……お前にはわからねェよ、先に逝っちまったお前には……」
    「そうかい……ああ、そうかもしれないね」
     
     穏やかな声音はかつて俺達が確かに友であった時と変わらない。けれど、そんな記憶などベルゼブモンの内には存在しねェ幻だ。
     だから暴食と憤怒、俺達がこの世界で友であったことなどない。俺が目覚めた時には既に憤怒は選ばれし子供達に敗れ、この世界から退場していた。つまりもしも暴食と憤怒が友であった時があるとすれば、それは暴食が暴食でなく、憤怒が憤怒でなかった世界の中でしか有り得ない。
     だとしても、目の前の男は暴食オレにとって確かに友であるはずだった。
     
    「お前は悔しくねェのかよ……! 憤怒、ああ憤怒……だがテメエはそんな奴じゃなかったはずだ……嫉妬も傲慢も……怠惰も……テメエらは皆、そんな奴じゃなかったはずだろ……!? 俺達は皆、元々は──」
    「……君は優しいね、ベルゼブモン」
    「ッ!」
     
     思わず銃口を上げた。ベレンヘーナを眉間に突き付けられた男の顔には、本来憤怒などと呼ばれることはなかったはずの友の顔には、やはり穏やかな笑みだけがありやがった。
     
    「なんでそんな顔、できんだよ……ッ!」
     
     絞り出す声に乗る苦渋の色。こんなはずではなかった、こう在るべきではなかった。
     そんな俺の姿が憤怒にはとても好ましく思えたらしい。かつて友だった──そのはずだ、俺達には互いにそんな記憶など無いが──暴食の魔王ベルゼブモンは、如何なる世界であっても変わらず自分の友であるはずだった。そんな俺もまた変わり果てた憤怒じぶんのことを友と思ってくれている、その事実が何よりも憤怒の心を満足させたらしい。
     
    「この世界の行く末は、君に託そう」
    「ァんだと……!?」
    「誰よりも優しい君が望む世界の終末を、僕も見届けたくなったのさ。……叶わぬ願いだろうが」
     
     見れば憤怒の手足は透け始めていた。
     既に世界での役割を終えた肉体は、ただ意思の力のみで今まで存在していた。きっと全てはこの時の為。既に滅びた自分達と同じ七大魔王であり、最後の魔王として世界に在る俺と語らう為に、憤怒の精神は今まで在ったのだ。
     託すものがある。最後の魔王である俺に、託したい力があるとでも言いたげに。
     
    「テメエ……!?」
    「君は自分のしたいようにすればいい……答えは出ている。きっと、夢は同じだ……」
     
     世界はいずれ滅びる。そしてその終焉を見届けるのは他でもない自分の友、つまり俺だと理解していた。デーモンと呼ばれた頃の直感で、憤怒は遠くない未来、崩れ行く世界の中で悠然と立ち竦むベルゼブモンの姿を垣間見ていたらしい。それは物悲しい世界の終末であっただろうが、その場に立つ俺の姿は奴にとって確かな希望にも思えていた。
     彼なら必ず見届けてくれる、憤怒の愛した世界の滅亡を、大切な者達の生きた世界の最後の輝きを。
     そんな勝手な願望希望欲望を、親友は俺に押し付けやがったのだ。
     
    「……アイツは、傲慢は多分、気付いてねェぞ?」
    「それも含めて、だよ」
     
     それ以上は言えない。傲慢への言葉が遺せないのは残念だが致し方ないと憤怒は笑う。
     
    「……頼むね」
     
     だから一言だけだ。
     死人に口無し、とはよく言ったものである。

     

     

     

     

     男は消えた。最後までいけ好かない笑顔を湛えたまま。
     
    「……ふん」
     
     感慨はない。元より暴食オレは憤怒に対して何の感情も抱いていない。
     俺は孤独だ。目覚めた時代には既に他の魔王は亡く、世界に存在するのは創世記より眠り続けていると言われる傲慢のみ。故に俺自身の暴食の魔王としての生は退屈この上なかった。強いとされる奴に挑み、連中の全てを打ち倒しても一向に満たされることは無く、ただ飢えを紛らわす為だけにただひたすらに周りの命を欲した時期すらあった。
     それが世界にとって悪であることなど、俺自身とっくに理解している。
     己の行為が悪の魔王そのものだと俺は誰よりも知っている。
     もう一度言おう。俺は孤独だ。友など一人として持ったことはない。欲しいと思ったことも無い。
     
    「………………」
     
     それでも。
     そう、そうだとしても憤怒は、彼は自分にとって──

     

     

     

     

     ある荒野、その中の何の変哲も無い岩に神器が埋まっているという逸話がある。
     デジヴァイス、人間とデジモンを繋ぐと言われた聖なるアイテム。今では伝説と言われる選ばれし子供が携え、魔を打ち滅ぼす際に用いたとされる神器が、その岩には埋め込まれているという。力任せに叩き込まれたと思われるそれは、既に各所に亀裂が入っており起動することも叶わない。
     
     故に墓標。
     深紅のスカーフに包まれて打ち込まれたそれは、まるで大切な誰かの墓標のようだった。

     

     

     

     

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