ドレンチェリーを残さないでep4

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      「私、不幸を呼ぶ女なんです」

       

      「……名前に幸の字が入っていそう」

       

      その言葉に、カウンターに座ってコーヒーを飲んでいた盛実からそんな言葉が漏れた。

       

      「あ、当たりです。私、月崎幸夜(ツキサキ サチヨ)と言います」

       

      そう言う彼女は控えめに見ても美人の類で、服も質素だが質が良さそうなものを着ている人だった。少し気弱そうな雰囲気はあるが、それを見ても大抵の人は物憂げとか儚げとかそれも魅力として解釈するだろうぐらいには美人だった。出された名刺からは有名化粧品メーカーの開発・研究部に勤めていることもわかった。

       

      「……相棒で見たやつだ。『ついてない女』だ。その内に小料理屋の女将に収まるやつ」

       

      進研ゼミの漫画みたいな気分と呟く盛実のおでこを、天青は指でとんと押した。

       

      「彼女は少々胡乱な発言をしますが、無視して頂いて大丈夫です。それで詳しいことを教えてください」

       

      「でも、彼女の言う『ついてない女』という表現はぴったりかもしれません……私、男性とお付き合いしようとすると、絶対に事故が起きるんです」

       

      幸夜はそう神妙な面持ちで言った。

       

      「……事故というのは具体的には」

       

      「公園の階段から落ちたり、ベランダから植木鉢が落下して来たり……」

       

      猗鈴の質問に、幸夜はそう記憶を辿る様な素振りも見せずに答える。

       

      「なるほど、それはいつ起きますか?」

       

      「男性とのデート中です。皆さん、お見合いで知り合った人なんですけれど……」

       

      「お見合い……紹介してくれた人や、デートに行った場所は皆同じですか?」

       

      「……紹介してくれた人は同じですけれど、デートに行った場所は違います。毎回職場の人達に相談して、なるべく、落ちてきそうかものとか階段のなさそうな場所を探したりとかもしていて……」

       

      そう言うと、幸夜はこれが今までの場所のリストですと何枚かホームページなり地図なりを印刷した紙を出した。

       

      「なるほど、でも何かは起きてしまうと」

       

      「はい、一度階段も何もない様に、その時の相手が車好きだというのもあってドライブデートを提案したこともあったんですが、その時はタイヤがパンクしました」

       

      ここでですと出した紙の内一枚を指さした。

       

      「例えば、背中を押す人がいたとか、ドライブの時に後ろについてくる車があったとかは?」

       

      「……あったかもしれませんが、気づきませんでした」

       

      「車で行った場所は?」

       

      「いつパンクしたかわからないのですが……なるべく見通しがよくて広い場所、海岸沿いの展望台みたいなところとか、海辺のカフェとかに……」

       

      寄った場所は印刷してませんけれど、と少し幸夜は申し訳なさそうにした。

       

      「ちなみにそうした諸々の事故はどれくらいの頻度で起きてますか?」

       

      「デートに行ったら必ず、一年ぐらい続いています」

       

      「必ず!?」

       

      その異常さに必思わず盛実は幸夜の言葉を繰り返してしまった。

       

      「お見合いで知り合ったということですが、お見合いの時は?」

       

      「それはないです」

       

      天青はなるほどと頷いた。

       

      「わかりました。では、依頼としてはこの事故についての調査ということで、いいですか?」

       

      「いえ、違います」

       

      「……違うんですか?」

       

      思わぬ返答に、それまで冷静だった天青も少し戸惑った。

       

      「その、なんて言うか……今度の人は逃したくないんです。なので、デート中に事故が起きない様にボディガードして欲しいんです」

       

      「ボディガード……まぁ、わかりました。ちなみにデートの日取りは決まっていますか?」

       

      「明日です」

       

      「……急ですね」

       

      猗鈴も思わずそう呟いてしまう。

       

      「今朝になって、このままじゃまたダメになると思ってここを探したので……」

       

      「わかりました。デート先は?」

       

      「集合場所だけ決めてあります。県立公園の北口です。博物館や美術館、動物園、植物園が入ってるので……何かあってもデートを続行できると思って」

       

      公園は道幅が広くて見通しがよく、定番のデートスポットが集まった場所でもあるのを猗鈴はよく知っていた。県民ならば誰もが知るデートスポットのひとつだ。

       

      「賢明な判断です。とりあえず私達はこれから過去に事故が起きた場所について調べ、共通項がないか探します。ギリギリまで場所は決めないでもらった方が守りやすいです」

       

      事故が起きた時のデートの内容、場所などを一通り聞くと、天青は幸夜を一旦帰した。

       

      「……天青さん、どう思いますか?」

       

      「階段で転んだのも、植木鉢が落ちてきたのも車がパンクしたのも屋外。見通しがよいところを選んでいたなら近くに人が隠れていたということは考え難いと思う」

       

      猗鈴の問いに天青はそう答えた。

       

      「それはどうかな、バケモンとかソウルモンっていう透明になる幽霊のデジモンもいる。ついてないというよりも憑いている人なのかもよ」

       

      「……そもそも、メモリ犯罪なんですか?」

       

      猗鈴がそう問うと、天青はそうだねと頷いた。

       

      「それは多分そう。そして、カメレモンかそうじゃない、私の考えてるそれなのかは……明日のデートでわかると思う」

       

      「既に現象の説明に目星がついてるんだ?」

       

      盛実の言葉に天青は頷いた。

       

      「一応、この情報を見る限りは」

       

      天青のその表情は、猗鈴にはよくわからなかったが、盛実には確信があるのだとわかった。

       

      「……じゃあ、後は動機が分かれば誰が襲ってきているのか目星がつきますね」

       

      猗鈴はそう言って、少し眉をひそめた。

       

      「なんていうか、今回の依頼、うまく筋が通ってない気がするんです。私にはよくわからないですが、結婚って当事者達にとっては大切なものだと思うんですけれど……」

       

      「確かに、最初に問題が偶然というには起きすぎていると思ったら、すくまに探偵なんかを頼ってもおかしくない。前日にくる優柔不断さを踏まえても、一年間放置は長い」

       

      お金がなさそうでもなかったしねと、盛実は幸夜の服装を思い出しながら天青に相槌を打った。

       

      「……自作自演ってことは? 元々お見合い結婚に乗り気ではなくて、でも評判を落としたいわけでもなくて事故を演出した。それでも紹介する人が諦めないから、客観的な証人として依頼してきた」

       

      「私にはそんな自分本位の人には思えなかったけど」

       

      「マスターは基本的に甘いけど、確かにそれは正直遠回りすぎるんじゃないかなぁ」

       

      盛実もそう言うと、天青は水を一口飲んだ。

       

      「なんにしても明日。猗鈴さんはこれから私と一緒に県立公園に行って下見をしたら今日はおしまい。盛実さんは調べて欲しいことがある。明日、手口が確定すれば多分動機はわからなくても犯人は絞り込める」

       

       

      「絶対天青さんの方が向いている……」

       

      そう呟きながら猗鈴は美術館の中、幸夜とデート相手の後ろをパンフレット片手に歩いていた。

       

      女性としては滅多にいない長身の猗鈴は、目立たない様な服装をしても十分に目立っていた。

       

      幸いなのはデート相手の男性と幸夜はほとんど互いしか見えてない様であることだが、幸夜をさらに後ろからつけ狙っている人間がいればあっという間にバレるだろうなと思った。

       

      『私もそう思うけど、美術館の中から尾行だから、多分犯人にはバレてない筈』

       

      イヤホンから聞こえてくる声に、猗鈴はため息を吐きたくなった。

       

      今日、猗鈴が見ている限りでは幸夜がついていないとはとても思えなかった。美術館なので大声でしゃべってこそいないが、表情を見れば二人とも楽しそうなのはわかるし、天候も悪くなくて格好のデート日和という感じ。休日の美術館なのでそれなりの数のカップルがいたが、二人はその中でもかなり互いのことばかり見ている様に見えた。

       

      「……デートの場所とか関係なさそうなんですよね、あの二人。幸夜さんに比べると彼はまぁ……平凡な顔立ちですけれど」

       

      デート相手の男性は、田中秀樹(タナカ ヒデキ)という人で、猗鈴から見てとにかく平凡に見えた。勤めている会社も平凡、顔もまぁ悪くはないけどよくもない、どこが彼女の琴線に触れたのだろうと思う雰囲気だった。

       

      にも関わらず、二人はあまりに楽しそうで、ついてないというのもちょっとした被害妄想に近いものなんじゃないかと思うぐらい。自作自演という見方は違ったなと思いながら猗鈴は見ていた。

       

      「あ、今日レストラン臨時休業なんですね……」

       

      「じゃあ、一度公園から出て近くのお店をさがしましょうか?」

       

      「そうですね」

       

      ふと、そんな会話が聞こえてきた。

       

      「天青さん、レストラン臨時休業なので外で食事するそうです」

       

      『……わかった。猗鈴さんも、わかってるよね?』

       

      「はい」

       

      猗鈴はそう言ってかなり距離を詰めて男性から見て、幸夜と逆側の斜め後ろにぴったりと張り付いた。

       

      「月崎さん、何食べたいですか?」

       

      「そうですね、パスタなんてどうでしょう?二階の端の方にあった絵のパスタがおいしそうで」

       

      「いいですね、僕もあれおいしそうに見えちゃって……」

       

      手を繋ぎ楽しそうに話す二人に、暢気だなと思いながら、猗鈴は近くのガイド本を取り出し、周りが見えていないふりをしながら張り付き続ける。

       

      天青は、そんな三人の様子を美術館の傍に建っている三人の屋上の物陰から見ていた。

       

      そして、その視線を三人ではなく空へと向けて行く。

       

      するとそこにそれは現れる。

       

      お世辞にも目立ちにくいとは言えないブロンズの様なゴールドの様な金属質な蜂に似た姿のデジモン。

       

      「……やっぱり狙撃だ。博士、わかる?」

       

      天青はちらりと三人の位置を確認する。ちょうど三人は、美術館の入り口に造られた階段へと差し掛かるところだった。

       

      『マスター、わかったよ。そのデジモンはワスプモン、お尻から針の代わりにレーザーを撃つデジモンだよ』

       

      「了解」

       

      ワスプモンが三人の方へとお尻を向けたのを確認すると、天青は銃を構え引き金を引いた。

       

      ワスプモンがデート相手の男性を撃つ直前に天青の放ったコウモリの様な弾はワスプモンへと迫り、その体勢を崩した。

       

      しかし、レーザー自体は発射され、狙いは逸れてそばにいた猗鈴のふくらはぎにあたる。

       

      「熱ッ」

       

      思わず猗鈴は声に出し、脚を持ち上げた拍子に転びそうになったが、階段をぴょんぴょんと片足で何段か跳んだあと、手すりを掴んで無理やり体勢を立て直した。

       

      「探偵さん!?」

       

      「……お二人は一度美術館の中へ。月崎さんはヤツに尾けられていたんです」

       

      猗鈴はそう口にしながら空をトンボの様にカクカクと飛ぶワスプモンを指さした。

       

      「幸夜さん!?これって一体どうなって……」

       

      狼狽する秀樹目掛けて飛んでくるレーザーを猗鈴が身を呈して庇うと、着ていた服にじゅうと音を立てて小さく焦げた穴ができた。

       

      「……もう一度言います。美術館の中へ避難して下さい」

       

      もう一度来るかもしれないと空を見ると、ワスプモンは何発ものコウモリの様な弾に追い回されていた。背中の推進器を使って弾を的確に避けてはいるが、それにかかりきりにも見える状態だった。

       

      二人が美術館の中へ入って行くのを見ながら、猗鈴はメモリのスイッチを押した。

       

      『ウッドモン』

       

      猗鈴の身体が光に包まれて変身を終え、もう一度空を見上げると、ワスプモンはコウモリの弾を既に全て落としていた。

       

      「……さて、変身したけどどうしましょう。これ」

       

      『ワスプモンは高い機動力と触覚の索敵機能、あと結構長めの射程が強み、近距離戦に持ち込めばフレアリザモンの時の様に耐えられる心配はないから、なんとか近距離に持ち込んでブランチドレインで一気に決めて』

       

      盛実からの通信に、猗鈴は少し困った顔をした。

       

      「空飛んでるんですけれど、私はどう攻撃すればいいんですか?」

       

      『んー……ジャンプすればスペック的にはギリ届く筈! 武器が間に合わなくてごめんね!』

       

      まぁそれしかないかと猗鈴がワスプモンに向けて跳ぶと、ワスプモンはすっと横に移動して避け、自由落下する猗鈴の背中に向けてレーザーを撃った。

       

      「……だと思ったッ」

       

      体勢を崩した猗鈴が転がりながら着地すると、ワスプモンはさらにそこに追撃のレーザーを撃つ。それを避けてなんとか立ち上がったが、当然さっきと状況は変わらない。

       

      「届いても避けられるんですけれど……天青さんの弾は?」

       

      『私の弾だと速さが足りない。空中でカクカクっと動かれると追尾機能があっても全然当たらない』

       

      「速い弾とかないんですか?」

       

      『あるけど……『サングルゥモン』』

       

      通信機越しにそんな電子音が聞こえて、次の瞬間、猗鈴を狙っていたワスプモンの胴体に何かがカツンと軽い音を立ててぶつかり、そのまま地面に落ちてきた。

       

      落ちてきたそれは手のひら大のナイフか何かの刃の様なものだった。

       

      『……見ての通り、射程が足りない』

       

      『サングルゥモンメモリはマスターとの相性が微妙だし、銃だと直に挿したりベルト使うよりも威力下がるから……強みの吸血も銃じゃね……』

       

      天青の言葉に対して補足をした後、近距離だと殺傷力高過ぎるしあんまりつっかえないんだこのメモリと盛実は呟いた。

       

      「なるほど……じゃあ、もう何発か当ててもらっていいですか? ちょっと試したいことがあります」

       

      猗鈴はビームを避けながらそう言い、地面に落ちた刃を拾った。

       

      『わかった』

       

      カンカンカンと軽い音を何度も立てて刃が当たっていると、ワスプモンも目の前の攻撃が届かない猗鈴ではなく、効かない速い弾を当て続けてくる天青の方に顔を向け、そちらに意識を集中する様になった。

       

      天青はひらりひらりとワスプモンのレーザーを避けながら撃ち続け、ワスプモンもまた同じように当たらないレーザーを撃ち続ける。

       

      その様子を見て、猗鈴はもう一度ワスプモンの元まで跳ぶも、ワスプモンは一瞬触覚をピクリと動かすとそれをさっきと同じ様にあっさりと避け、またレーザーを撃とうと尻を猗鈴へと向けた。

       

      だが、ジャンプの頂点、身体が静止した一瞬に猗鈴は手に持った刃をブーメランの様に投げた。

       

      投げられた刃はワスプモンの背中の推進器に突き刺さり、直後急激にガクンと体勢が崩れた。

       

      「天青さん!」

       

      『ウッドモン』

       

      スタンと着地した猗鈴は、突然のことに状況が飲み込めず低空でコントロールを失って階段の上へと落ちかけているワスプモンに向けて走りながらメモリを挿しなおす。

       

      それを見てワスプモンもなんとか上昇しようとしたが、無事だった方の推進器も天青の撃ったコウモリの弾が当たって跡形もなく爆ぜると、あっという間に地面に叩きつけられた。

       

      『ブランチドレイン』

       

      電子音と共に階段を駆け上がり、脚を高く振り上げるとワスプモンへと振り下ろした。

       

      足に感じる確かな手応えに、猗鈴は倒したと思ったがすぐにそれが違うと気づいた。手応えはあったが弾力があったのだ。

       

      よく見れば、振り下ろした脚から伸びた枝が掴んだものはワスプモンの身体ではなく、横から伸びてきていた見覚えのある濃い緑色の触手だった。

       

      「これは……」

       

      枝を通じて流れ込んでくるエネルギーもあっという間に途切れ、触手は小さく爆散する。

       

      『猗鈴さん?誰に割り込まれた?』

       

      「もちろん私です」

       

      猗鈴がその声に横を向くと、自身の触手を噛みちぎったらしいザッソーモンの姿があった。

       

      「姫芝さん……でしたね」

       

      「名前を覚えて頂けた様で」

       

      そう言いながら、姫芝は噛みちぎったのと逆の触手を伸ばして、地面を転がっているワスプモンを掴んで手元へと引き寄せた。

       

      「……何故私を助ける?」

       

      「私、姫芝と言います。まぁ業務外ではありますが、あちらの方に用がある立場でして……利害が一致するのではないかと」

       

      「どういうことだ?」

       

      姫芝はワスプモンに向けて、笑みを浮かべながら何かを呟いた。

       

      「どうしますか?」

       

      爆散した触手の破片を軽く蹴り飛ばしながら猗鈴はそう天青に聞いた。

       

      『マスター、幸夜さんは別の出口から避難したよ』

       

      『……幸夜さんのことは博士に任せて、今はこのままここでワスプモンを捕らえるのを優先したい。もちろん、姫芝も』

       

      「わかりました」

       

      猗鈴はそう言って姫芝達に向けて駆け出した。

       

      「ここではゆっくり話すことはできなそうですから、一度場所を変えましょう」

       

      姫芝はそう言いながら、天青が持つものと似た様な形の銃を取り出して、口でメモリを挿し込み、歯で引き金を引いた。

       

      『トループモン』

       

      電子音と共に、銃口の先で黒い球が膨らみ、それは一瞬で黒いゴムで覆われた身体を持つデジモンへと変わった。

       

      「もう数体出しておきましょうか」

       

      『ト『ト『ト『トループモン』

       

      ガチガチガチガチと四回連続で姫芝が引き金を引くと、さらに四体のデジモンが現れた。

       

      「斉藤さん、こいつは……?」

       

      猗鈴が足を止めるて盛実に問いかけると、現れたデジモンはぐるりと猗鈴を囲んだ。

       

      『トループモンだ。トループモンは一応デジモンではあるけど、特殊ゴムの身体の中にエネルギーを詰め込んだ意思のない人形みたいなもの!ほっといたら多分自動で破壊活動とかすると思う!』

       

      「とりあえず、ブランチドレインじゃなくてもいいってことでいいですか?」

       

      『うん、OK! 中の人とかいないのもわかってるしね!』

       

      「……ならよかった」

       

      そう言うと、猗鈴は一体のトループモンの顔面を回し蹴りで打ち抜いた。

       

      その背中を狙って来た一体に対しては、殴りかかって来た腕を掴んで引っ張りながら拳を突き出して殴り倒す。

       

      残った三体が一度に三方から襲って来たのに対しては、一体の腹にまず迎え撃つ様に拳を打ち込み、その背中側に回って迫る残り二体に向けて蹴り飛ばした。

       

      それを一体は避けたが片方は避けられず、猗鈴へと到達する時間に時間差ができる。

       

      最初の一体は顎を蹴り上げて吹き飛ばし、そこに飛び込んできた二体目の頭に踵落としをしてそのまま強く踏みつける。

       

      パァンと踏みつけられたトループモンが規模の割に強い光と音を伴って爆発を起こしながら破裂すると、続いて先に倒したトループモン達も連鎖して爆発破裂した。

       

      「……なんで一斉に爆発するんだろう」

       

      『多分、撹乱目的かな。今は昼間だからいいけど、夜とかだったらちょっとした目眩しにはなるよ。実際……姫芝達は逃げている』

       

      「あ、ほんとだ。いませんね」

       

      『でも安心して、そっちはマスターが追ってる。猗鈴さんは念の為に幸夜さんと合流して……何も知らなかった秀樹さんへの説明もしようか』

       

      「……口下手なんですけど、大丈夫ですかね」

       

      『私もフォローするから安心してよ』

       

      「それはむしろ安心できないです」

       

      『えー』

       

       

      ビルの屋上で、天青は銃をザッソーモンとワスプモンに突きつけていた。

       

      「……うまく逃げおおせたと思ったんですけど、なんで生身でそんなに動けるんですか?」

       

      「捕まえてからなら、ゆっくり説明してあげるかも」

       

      天青は少し笑ってそう言った。

       

      ザッソーモンが触手を伸ばそうとすると、天青は即座に銃から刃を撃ち出してその先端を屋上の地面に貼り付けにする。

       

      そうして、一歩二歩と近づいていって、ピタと足を止めた。

       

      「……捕まえられては困る。彼女の使っている銃はまだ試作品。設計図はあるが試作品の状況をフィードバックできないのは損失だ」

       

      そんな言葉と共に、屋上にふらりと白衣の男性が着地した。

       

      「……なんで研究部門のトップのあなたが、というかどこから……」

       

      「彼女は一応研究部門にいるが開発能力は皆無、コアドラモンの一件の報告書を僕のところに持ってきたんだよ。それでこんなのかなと試作品を作って渡したら、使えるか持たせてみたと言うじゃないか。それを聞いて慌てて飛んできたんだ」

       

      正確に言えば、ここには路地裏から跳んで来たんだがと白衣の男性はそう言うと、真っ直ぐに天青を見た。

       

      天青はその視線になんとも言えないものを感じてサングルゥモンのメモリを抜き、改めて銃を構え引き金を引いた。

       

      『レディーデビモン』『ナイトメアウェーブ』

       

      黒い蝙蝠が銃口から濁流の様に大量に出ては白衣の男性へと押し寄せる。

       

      しかし、白衣の男性はそれを素手で当然のように受け止めた。

       

      「今は戦闘の意思は無い。僕としては同じ『魔王の眷属』同士仲良くしたいのだが……戦えば僕が勝ち君は死ぬ」

       

      白衣の袖こそ焦げていたものの赤褐色の甲殻の様なものに覆われた手は無傷で、天青はごくりと唾を飲んだ。

       

      さらに、白衣の男は金色の端子のメモリを取り出してちらりと見せた。

       

      「……私は眷属じゃないけど、あなたはどこの魔王の眷属なの?」

       

      「教えてもいいんだが……姫芝くんの上司である彼女の研究計画を聞いてないし、勝手に動いたら怒られそうだから勘弁して欲しい。でも、君に信用してもらう為だ、他の質問は受け付けよう」

       

      白衣の男は、短い髪を軽くかきながらそう言った。

       

      「……あなたの名前は?」

       

      天青は少し考えた後、そう聞いた。

       

      「本庄善輝(ホンジョウ ヨシテル)だ。親しみを込めてヨッシーとかテリーと呼んでくれても構わない」

       

      「……あなた達は何をしようとしているの?」

       

      「それは、もう少し仲良くなってからだよ黒木……いや、今は国見天青と名乗っているんだったか、ややこしいな」

       

      善輝はそう言ってまた頭をかいた。

       

      「そうだ。レディーデビモンだから、デビデビというのは?」

       

      「それは嫌だ。一応今は国見天青で通している」

       

      「そうか……では、その名前から何かいいあだ名を考えておくとしよう」

       

      「考えなくていい」

       

      「では、失礼するよ、デビデビ」

       

      「……そういう意味じゃない。あだ名で呼ばれるほど親密になる予定はないってこと」

       

      白衣の男が姫芝とワスプモンを連れて去っていくのを天青は追わなかった。一瞬、自分のポケットに入った白いメモリを手に取ったが、それもすぐに戻した。

       

      「本庄善輝……」

       

       

      「……二人には逃げられた」

       

      喫茶店に戻ってきた天青のその言葉に、猗鈴はそうですかと呟いた。

       

      「あの……ところで、今までの不幸はあの、デジモン? が起こしていたということでいいんでしょうか……」

       

      幸夜の言葉に、天青はえぇと頷いた。

       

      「今までの被害に遭っていた現場は常に屋外の開けた場所でした。犯人は証拠が残らない様に、落ちれば割れてしまう陶器製の植木鉢や、レーザーの熱で解けても擦れて熱で溶けて穴が空いた様にも見せかけられるタイヤを狙ったり、熱さを感じる程度の弱い出力のレーザーを足に撃って反射で足を動かさせて転落させたりしていたんです」

       

      「でもなんで……」

       

      「わかりません」

       

      天青がそう言うと、幸夜はとても不安そうな顔をした。

       

      「じゃ、じゃああのデジモンの正体は……」

       

      「ある程度は絞れていますが、特定にはまだ至っていません」

       

      そんなと幸夜は震え出し、どこかすがるような顔で秀樹の方を見た。

       

      それに、秀樹は最初困った様な顔をして猗鈴や盛実、天青を見たが、三人共ここで声をかけて欲しいのは恋人からであるとわかっていたので口は出さなかった。

       

      「……幸夜さん、もうデートするのはやめよう」

       

      秀樹がそう言うと、幸夜の目からぼろぼろと涙が溢れた。

       

      「そう、ですよね……こんなついてない女なんて、嫌ですよね」

       

      「い、いやそういう意味じゃ……」

       

      秀樹がうまく言葉をかけられないでいると、幸夜は涙を流したまま喫茶店を飛び出してしまった。

       

      「私は幸夜さん追ってくる。博士、あと頼んだ」

       

      「わかった、期待しないでね!」

       

      「期待して待ってる」

       

      本当に期待しないでよーという声を背に、天青は幸夜を追って喫茶店を飛び出した。

      しかし、存外幸夜の足は早く、既に姿は見えなかったが、天青が耳を澄ませば泣いている人特有の息遣いが聞こえてきた。

       

      「……こっちか」

       

      天青が追って走っていくと、幸夜は住宅街の只中にある小さな公園のベンチに座っていた。

       

      「……探偵さん、私、今回は本気だったんです」

       

      「……聞かせて下さい、依頼人に寄り添うのが探偵の仕事です」

       

      「最初、私はお見合いに乗り気じゃありませんでした。昔から断るのが苦手なんです。私の取り柄は見た目だけ……それでもそれが人によってはとても大事なのか、お見合い相手として勧められるのはお金があったりそれなりに社会的地位があったり、自信満々で押しの強い人達ばかりでした。話すこともいつも自分のことばかり……」

       

      いつもなかなか断れないんです。それに、嫌な相手でも失礼も働きたくないですしと幸夜は辛そうな顔で口にした。

       

      「では、最初はあなた狙撃もいいように使っていたんですか?」

       

      「狙撃とは気付きませんでしたけど……ただ、ついているなと思っていました」

       

      「ついている」

       

      「私自身が断らなくても、相手が不気味に感じて引いてくれる。それに、誰も大きな怪我もしていませんでしたし……」

       

      「だからこれまでは放置していたんですね」

       

      それでも、紹介はされ続けましたけれどねと幸夜は呟いた。

       

      「でも、そのおかげで彼とのお見合いも決まったんですよね」

       

      「はい、秀樹くんは……初恋の人なんです。小学校の同級生、どちらかといえば冴えない人でしたけれど、引っ込み思案な私の話をよく聞いてくれる人で……今もそうでした」

       

      なるほどと天青は頷いた。

       

      「私のことを紹介する時、お見合いをセッティングしてくれている人はいつも顔が良くて控えめな人だと言うんです。でも、私だって本当はいっぱい話したいし、自分のことも話したい。控えめなんじゃなく、前に出ていくことが苦手なんです」

       

      「今までは、ついていないと言いながらも、ついていた。だから、前日までは不安にもならず……前日になってもしかしたら彼もと、不安になったんですね」

       

      「そうです……探偵さんは守ってはくれましたが、こんな変なのに付き纏われて狙われている女なんて、誰だって嫌ですよね」

       

      「そんなことは……ないと思いますよ。あなたの話をよく聞いてくれるのは、彼もまた幸夜さんのように前に出ていくことが苦手だからでしょう」

       

      「え?」

       

      「デートするのはもうやめよう、その言葉の後に彼が続けたかったのはきっと……」

       

      天青はそう言いかけて、急に幸夜の身体を抱え込むように飛びついた。

       

      「きゃっ!」

       

      幸夜が悲鳴を上げた直後、座っていたベンチにレーザーが照射されてあっという間に座面が溶けて半壊した。

       

      「い、今のは……?」

       

      「……疫病神がまた追いかけて来たみたいです」

       

      そう言いながら天青は幸夜を立ち上がらせながら天に向けて銃を何発か撃った。

       

      天青の撃ち出した数発のコウモリは、二人を見下ろすようにして飛んでいるワスプモンへと向かっていく。

       

      「博士、GPSで私のところまで来て。ワスプモンが……」

       

      「ワスプモンも、の間違いですよ?」

       

      天青が言い終わらない内に、触手が天青の持つ銃に見慣れた濃い緑色の触手が巻きついた。

       

      『ト『ト『ト『ト『トループモン』

       

      「昼食を共にしながら少し話し合いましてね。目的は異なるものの、どちらにとっても都合がいいと、協力することにしたんですよ」

       

      喋りながら姫芝は五体のトループモンをその場に産み出して天青に向かわせる。

       

      銃を持った右手は触手に引かれ、後ろには幸夜を庇い、トループモンは迫ってくるし、ワスプモンは空から狙っている。

       

      「なかなか抵抗しますが、デジモンの膂力にどこまで抗えますかね?」

       

      しかし、天青は落ち着きはらって左手でメモリを一本取り出して銃を変形させてスロットに挿しこみ、

       

      『サングルゥモン』

       

      「でも、雑草は力尽くで引っこ抜くものでしょ?」

       

      左手で銃に巻きついた蔦を掴むと、姫芝の身体が宙に浮くほどの力で引き寄せた。

       

      『スティッカーブレイド』

       

      銃口から発射された刃の散弾は触手を切断しながら五体のトループモンと姫芝の身体にも深々と突き刺さっていく。

       

      一泊遅れてトループモンの身体は光と音を放ちながら爆発する。

       

      「……ツッ」

       

      その光と音に、天青は銃を持った手で片耳を押さえたが、一息吐くこともできない。

       

      「危ないッ……」

       

      天青がぐいと幸夜の腕を引くと、さっきまで幸夜の立っていた辺りの地面がじゅうとレーザーで焼かれた。

       

      「どこか逃げ込める建物があるところに行かないと……」

       

      そう呟いた天青の脚にまた触手が絡みつく。

       

      「……フィジカルおかしくありません? 本当に人間ですか?」

       

      そう呟きながら立ち上がる姫芝の方を向きながら天青は銃口の下に自分のスマホを接続すると銃からサングルゥモンのメモリを抜いてスマホに挿しこみ直した。

       

      『サングルゥモン』『バヨネット』

       

      音声に合わせて、メモリの刺さったスマホから30センチ程の長さの銃剣が現れるが、天青の耳はひどい耳鳴りがしていて起動音がうまく聞き取れず、ちゃんと起動できたか目で確認しようとするも、焦点の合わない目ではぼんやりとしか見えなかった。

       

      「……仕方ない」

       

      そう呟いて天青は目を閉じて耳に集中すると、軽く剣を空で一振りして空を切る音で状態を確認した後、脚に絡みついた触手を切り落とした。

       

      すると一息吐く間もなくレーザーが飛んでくる。天青はそれを銃剣で受ける。

       

      なんとか凌ぎ切ると、先端から体液を流しながら姫芝の触手が脚や手、首を狙って絡み付こうと伸びてくる。

       

      「……立ち上がって来れる様な怪我とは思えないんだけど」

       

      天青はそう独りごちながら触手をなます切りにした。

       

      「聞いてませんか? 私は痩せ我慢が得意なんです」

       

      そう言う姫芝の目は血走り、口元は強く食いしばりすぎて出血さえしていた。

       

      触手が切られるのは腕を切断されるに等しい痛みだろうに、切られた部分を伸ばして補い絡み付いてくる。

       

      トループモンの爆発のダメージが抜け切らない目は当てにならず、耳はなんとか使えるが絶え間なく脂汗が流れるぐらいには無理をしている自覚が天青にはあった。

       

      「……キリがない」

       

      天青がそう呟いて、またワスプモンのレーザーから幸夜を庇う様に手を引いた直後、ふとエンジン音が聞こえて来た。

       

      それは、既に変身済みの猗鈴と盛実の乗ったバイクが走ってくる音だった。

       

      「ごめんマスター! 猗鈴さんの武器の調整に手間取った!!」

       

      盛実はそう言って、金属製の筒にトリガーが付いただけのような奇妙なものを掲げて見せた後、バイクを降りた猗鈴に手渡した。

       

      「天青さん、私に任せて幸夜さんを」

       

      そう言って猗鈴さんがそれのトリガーを引くと。

       

      『ウッドモン』『クラブ』

       

      音声と共に筒の中から枝がずるりと伸びて一本の棍へと変わった。

       

      「何かと思えばただの棒じゃないですか」

       

      そう呟く姫芝に対し、猗鈴は到底届かないような距離から棍を振るった。

       

      すると、振った腕に合わせて伸びた枝が姫芝の身体を強かに打って転がした。

       

      「マスター、私も見とくから大丈夫!」

       

      「……任せた。すぐに戻る」

       

      そう言って天青が幸夜を連れていくのを、

       

      「……ズルい」

       

      ワスプモンはそう呟いて幸夜を追いかけようとしたが、その鼻先を猗鈴の棍が掠めると、その矛先を猗鈴へと変えた。

       

      「ズルい、ズルい、ズルい!」

       

      「……なにがです?」

       

      「綺麗な容姿に産まれて、結婚相手を紹介してくれる人もいて、選んでくれる相手もいる! なのにあの子は結婚したくないと切り捨てる!! 私みたいに手が届かない女もいるのに!!」

       

      そういえばと猗鈴は思い出す。同僚にはデートのことや間合いのことは話していると言っていた。結婚したくてたまらない人間からすれば幸夜の考え方は贅沢なものだろう。

       

      「だからあいつも『結婚しない女』から『結婚できない女』にしてやる」

       

      「それが動機ですか」

       

      「そう、『不幸を呼ぶ女』のタネはお前達に明かされたが、顔に無残な火傷でも負わせればどんなきっかけで受けたかなんて関係ない!生まれつき綺麗に産まれたってズルい部分を取り上げてやるのよ!!」

       

      猗鈴は返事をする代わりに棍をくるりと回して構え、銃身についたパーツにローダーレオモンのメモリを差し込み、トリガーを引いた。

       

      『ローダーレオモン』『ボーリンストーム』

       

      猗鈴が棍をぐるぐると振ると、先端がしなって円を描いて回転を始め、旋風が出来上がっていく。

       

      そうして出来上がった旋風が猗鈴が棍を振るのに合わせてワスプモンへと飛ぶ。

       

      「こんなとろいの……」

       

      触れないギリギリで避けようとしたワスプモンの身体が、風に引かれて旋風に囚われるのを確認すると、猗鈴はローダーレオモンのメモリを抜いて代わりにウッドモンのメモリを筒に挿し込んで棍を振りかぶった。

       

      『ウッドモン』『ブランチドレイン』

       

      猗鈴が振る動きと共に真っ直ぐに伸びた棍が竜巻に囚われたワスプモンの身体に突き刺さる。

       

      急速に棍は枝分かれしてワスプモンの身体を包み、発光しながらエネルギーを吸いはじめる。

       

      それを確認して猗鈴がもう一度棍を振るってワスプモンを地面に叩きつけると、ワスプモンの身体は光と共に爆発した。

       

      メモリの破片と共に地面に転がった女性は取り立てて不細工ということもなく、どちらかと言えばやや容姿が整っている方にさえ見えた。

       

      それを見て猗鈴は一度だけ、ため息を吐いた。

       

      「……姫芝は?」

       

      ふと、姫芝がいない事に気づいてバイクと一緒にいた盛実を見ると、げという顔をした。

       

      「えと、姫芝は別に幸夜さんを追ってた訳じゃないし、もし行ってもマスターいるから大丈夫かなって思ったけど……」

       

      ちらっと盛実は地面に落ちたゴム片を見ると、何かに気づいたらしくみるみる青ざめた。

       

      「トループモンとマスター戦ったあとだったら……やばいかも」

       

      「どうしてですか?」

       

      「マスターは五感が特別いいから……ああいう光や音が炸裂するのがめちゃくちゃ効くんだよ!」

       

      「めちゃくちゃ効くって言っても……」

       

      「猗鈴さんも体感したでしょ?スカルバルキモンの時……マスターの聴覚は五感の中でも特に鋭敏で、level5の中でも鋭敏なデジモン並だけど、その感覚の強さはヒトに耐えられる強さじゃない」

       

      確かに、猗鈴はスカルバルキモンの能力に閉じ込められた時、助けてという声に天青だけが駆けつけた。他の被害者は皆殺されてから発見されたのに、猗鈴の場所を知る筈もないのに。

       

      「今のマスターがまともに見たり音を聞ける状態でなく、姫芝もこっちが止めていると思っていたら……警戒だだ甘になってるかも」

       

      猗鈴と盛実は急いでバイクに飛び乗り、GPSで天青と幸夜を追いかけた。

       

      「マスター! 大丈夫!」

       

      二人のところに着くと、猗鈴がバイクを完全に止めるよりも早く盛実はバイクから飛び降りた。

       

      どうしてと思って猗鈴がふと地面を見ると、血痕がぽつぽつと地面に垂れていた。

       

      「救急車を呼んで。まだ視界がぼやけていて、うまく電話をかけられなくて」

       

      そう言った天青の白いシャツに血の赤い斑点ができていたが、それが天青のものでないのは明らかだった。

       

      天青は幸夜の顔に自分の服を破ったらしい布を押し当てていて、デートの為に用意しただろう幸夜の質のいい服には無残なほどに血が飛び散っていた。

       

      「切られたのはおでこで……でも目に血が入ってしまって、私も電話使えなくて」

       

      幸夜はそう言いながらされるがままにされていた。

       

      「姫芝は?」

       

      「姫芝はもういない、ワスプモンがやられたのを見てからこっちに来たらしく……トループモン何体かを目眩しに、多分、自分の触手の先端に突き刺してナイフ代わりにして襲って来た。目的は幸夜さんの顔に傷をつけることだったみたい。守れなかった」

       

      わかったと盛実は119に電話をかける。

       

      「それにしても、ワスプモンがやられたなら逃げてもおかしくないのに……」

       

      「えと、あのワスプモン?というのと仲間なんじゃないんですか?」

       

      ぽつりと呟いた猗鈴に、幸夜は目を開けないままそう言った。さっき取り乱して喫茶店から出て行った人とは思えない程落ち着いているのは、状況が異常過ぎるからだろうか。

       

      「いや、利害が一致しただけの関係で、私や天青さんはともかく幸夜さんを襲う理由は……」

       

      「多分、真面目なんだと思う」

       

      天青は目を瞑ったままそう言った。

       

      「真面目?」

       

      「こっちが何か言えば何か返すし、多分、ワスプモンと協力関係を結んだ時に、幸夜さんを傷つけることを手伝うと言ったんだと思う。それで、ワスプモンがやられても約束は守った……」

       

      理解できないと猗鈴は呟いた。

       

      こうして、月崎幸夜からもらった守って欲しいという依頼は、犯人は捕まえたものの依頼人に怪我を負わせてしまうという後味の悪い結末になった。

       

      とはいえ、依頼人が不幸になったかといえばそれもまた少し違った。

       

      「幸夜さん、年内に結婚するつもりで話を進めているみたい」

       

      天青はメールを読みながらそう猗鈴と盛実に報告した。

       

      「彼は言い方が悪かっただけでしたもんね……外でのデートは危ないからやめようという意図だったのに、もうデートするのはやめようと取られて……」

       

      「突然襲われて冷静でいられる人は少ないからね。動揺して言葉足らずになる男と、動揺して飛び出してしまった女。でも、襲われても顔に傷がついても幸夜さんと別れるって考えが出なかった辺りラブロマンスとしてはまぁまぁの結末……」

       

      「顔の傷は私と盛実さんの責任ですけどね」

       

      いいよねと言わんばかりの盛実に、猗鈴はそう釘を刺した。

       

      「ところで、犯人は結局何者だったんだっけ?」

       

      「職場の同僚。幸夜さんは、デートの場所を同僚に相談していたって言ってたでしょ?」

       

      「内向的な彼女は多くの友達に相談するタイプでもない、行き先を知っていたのは幸夜さん本人か、同僚か、相手の男性とその周囲の誰か。男性は毎回変わるから排除すると同僚しか残らないってことですね」

       

      「そう、絞りきれなかったから誘い出して特定したかったんだけど……結果的には私の判断ミスだった」

       

      「うーん……まぁでも、姫芝が割って入らなければあの時点でメモリ破壊できてたんだし、有効ではあったと思うけどなー」

       

      私にもメール見せてと盛実は天青の手からノートパソコンを奪うと、おろ? と変な声を上げた。

       

      「どうかしたんですか?」

       

      「このメール、後半は猗鈴さんに向けたものになってるんだけど……」

       

      「あぁ、だから私はそこは読んでなかったんだけど、何かあった?」

       

      そう聞いて、猗鈴もノートパソコンの画面を覗き込む。

       

      「……ここさぁ、この探偵事務所に来た理由は、『美園夏音さんから妹が働いているからと紹介された』ってなってるんだけど……」

       

      盛実の言葉に、猗鈴はガタッと椅子を跳ね除けて立ち上がった。

       

      「それは、あり得ないですよ。姉さんが死んでから私はここに来たのに」

       

      「……直接お祝いを述べつつ、少しお姉さんのこと聞いてみよう。猗鈴さん、ここに彼女の住所があるから、何かお菓子か何か持って行ってきて」

       

      「わかりました。天青さんは行かないんですか?」

       

      準備をさる猗鈴に、天青は首を横に振った。

       

      「お姉さんの話は、あくまで余談として聞くのがいい。上司と一緒に二人でってなると仰々しいし、不安も与える。お姉さんが死んだことは伏せて聞いて」

       

      なるほどと猗鈴が店を出て行くと、天青は地下に向かいながら盛実を手招きした。

       

      「……本庄善輝という男を調べて、年齢は三十代。どうやら組織の幹部の一人らしい」

       

      「それ、どこで聞いた情報?」

       

      盛実は真剣な顔でそう聞き返した。

       

      「最初に一度姫芝達を取り逃した時。本庄と名乗る男が邪魔して来た。私の本名も知ってたし……デジタルワールドとの繋がりがあるのは間違いない」

       

      「となると……肉体はともかく中身はデジモンの可能性もある?」

       

      「……わからない。それを調べる為にも、お願い」

       

      「任せて、最近ネウロ読み返したからイマジネーションはバッチリよ」

       

      「前言ってた地球の本棚みたいなのはできないの?」

       

      「私の能力だと無理かな。本来知り得ない情報には弱いから、既に地球の本棚が存在するならアクセスする方法を生み出すことはできるけど、存在するかわからないし、どうアクセスすればいいかもわからないのは無理。とりあえず警察や病院、役所のデータにアクセスしてみる」

       

      「じゃあ、結果が出たら教えて、大西さんにも調べてもらう。警察ならまた違った情報の調べ方もあるだろうし」

       

      天青がそう言うと、盛実は少し腑に落ちない様な顔をした。

       

      「……これを猗鈴さんに話さなかったのはなんで?」

       

      「本庄は私の攻撃が効かなかった」

       

      「普通の弾の方?」

       

      「いや、ナイトメアウェーブ」

       

      「Level5の技が利かないとなると、level5かlevel6のメモリを使っていると見ていいだろうね」

       

      「うん。そうなるとウッドモンじゃ対抗できない……このメモリを使うかもしれない」

       

      天青はそう言って白いメモリを取り出した。

       

      「それは私としてはなるべく使わないで欲しいんだけど……」

       

      「うん、私も使いたくはない。下手すると死ぬし」

       

      天青はそう言ってそのメモリをポケットにしまった。

       

      「でも、使わなくても死ぬ時には使うしかない」

       

      「……わかった。とりあえず、銃で使う場合はあのパーツをつけて。マスター用のベルトの予備はあるけど、サングルゥモン調整になってるから、三日で調整し直す」

       

      「ちなみに、何発撃てる?」

       

      「一発が限界、乱発は無理。だからといって直挿しは論外。わかってるよね?」

       

      わかってると天青は答えたが、盛実は怪訝そうな顔をして、何か言いかけてため息を一つついた。

       

       

       

       

       

      あとがき

      読んで頂きありがとうございました。

      今回で4話でございました。後々出番が減るバイクとすぐに次のに切り替わるベルトの表紙絵でした。

      3月の、創作サロンでの新規投稿終了前、こちらでの新規投稿開始前の更新は来週で最後になるかと思います。

      ではでは、また次回よろしくお願いいたします。

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